古戦場の岩穿つ青 ~グラスワンダー、歴史を駆ける~ 作:室星奏
「やあ、もう寝ちゃってた?」
「あ、いえ、お気になさらず」
日が沈み月明りが照らす夜の刻、先ほどのウマ姫さんが静かに中へと入ってくる。曰く見張りを変えてもらって時間を作ったとの事だった。
同じく近くの椅子に腰かけて、私の顔をマジマジと見つめる。
「ん~見れば見る程見かけない顔だよね」
「……ですよね」
「服も私達と違うし……この世界の人じゃない、とか? な訳ないか!」
「もしそうだと言ったら、どうします?」
「……詳しく聞かせてよ」
なんだかこの人になら離して良いような気がします。私はこれまでに起きた顛末をすべて彼女に語りました。
訝しむような顔で聞いては見たものの、本当に疑っている様な眼はしていませんでした。まるで冗談話を聞いているような感じです。
「成程成程。それは災難だったね」
「……信じてますか?」
「まあいきなり未来から来ましたーって言われて、適応できる人なんていないよね。……でも前にいないとはいえ、ここ織田軍の陣で嘘つける人は中々いないし、今は信じる事にするよ」
「貴方って、なんだか単純ですね」
「ははは、よく言われる」
寧ろこういう単調な性格で、嘘をつく事が出来なさそうなウマ柄だからこそ、信長様から信用されているのかもしれません。
エルあたりとかと気が合いそうな感じがします。もし出会っていたら、どのような会話をしていたのでしょうか。
「あ、そうだ。ねえねえ、聞いてもいい?」
「? 何でしょう?」
「もし未来から来たのならさ、教えてよ。未来で私達ウマ姫って、どうなってるの?」
それはウマ娘にとって、至極当然な質問でした。もし滅んでいたらそれはそれで悲しいことですし、今の自分とは違う事をやっていたら、気になってしまうのも性でしょう。
私は言える事全てを語りました。ウマ姫は現在ウマ娘という名で呼ばれていること、トゥインクルシリーズと呼ばれるものに出バして1着目指して競い合っていることを。
トゥインクルシリーズの名を言った時、『トゥル、何?』と聞き返されましたが、まあ当然の事だろうと思い、何度も言いなおします。3回目で何とか理解してくれました。
「ウマ娘にレース、か。なんだか平和そうだね。今の戦ばかりの時代じゃ考えられないや」
「ええ。酷いかもしれませんが、この時代よりかは幾分マシです」
「はは、言うねえ。でも否定できないから悔しいよ。私も出来る事なら、その時代に逃げてみたいぐらいだよ」
彼女は堂々と本音を漏らしました。その時の瞳は遠い故郷を見ているかのように、悲し気な瞳でした。
長きに渡って戦を続けてきた彼女にとって、平和というのは何時か見てみたいと願う遠き理想郷なのでしょう。その姿を見ていると、私もどこか悲しくなってしまいます。
その私を見てか、彼女はフッと笑って何時もの表情へと戻ります。まるで何かを吹っ切ったように。
「それでまあ、未来から来たとして、帰る手段とかあるの?」
「それがあったら、苦労しないと思います」
「そっか。ん~……困ったね」
彼女は顎に手をあて、むむむと難しそうな顔で悩みます。
十数秒後、彼女は指をパチンと鳴らし、一つの提案をします。
「よし、それじゃあこんなのはどうかな?」
「え?」
そういうと彼女は物置の上に置かれた重い丸太を動かし、床へドスンと落下させます。その手際は手慣れたように達者なものでした。
丸太に足を乗せ、ふふっと私に笑いかけます。何か嫌な事を考えてそうな表情です。何となく察しはつきますが。
「私達の仕事の体験会……ってね」
***
「……重ッ」
「最初は辛いからね。もっと腰に力を入れてッ」
白石鹿毛の権力を使って、少しだけ陣の外に出る事を許可された私は、彼女と共に先ほど見た大きな丸太を担ぐ練習をしていました。
これはこの時代に生きるウマ姫たちがやる特訓法であり、これを経る事で人間を軽々と持ち上げられる程の力を得るとのことらしい。
正直化け物だと思いました。普段やる筋力トレーニングでも、ここまでの事は絶対にしないと思います。
「ん~、やっぱ最初だし、全然ダメだね」
「し、白石鹿毛さんは持てるんですか?」
「当たり前じゃん、何年殿に仕えてると思ってるの?」
そういうと彼女は片手でその丸太をひょいッと持ち上げ、肩に乗せます。どれ程のトレーニングを積めばここまで行けるのか、不思議でなりません。普段のレースだったら、絶対に囲まれる事はなさそうです。
担いでいるというのに、息切れとか汗とか、全然出していませんでした。それどころかふふっと笑っています。末恐ろしい。
ですが、なんだかこのままでは終われないと思いました。こんな時にウマ娘特有の負けず嫌いを発動してしまったようです。
「……負けてなりませんね。ん……ぅっ!」
「お、さっきよりは姿勢いいね。頑張れ頑張れ」
彼女は手をパンパンと叩きながら、私を鼓舞します。それがまるで挑発であるかのようなリズムで、どんどん体内から燃え盛る何かが沸き上がってきます。
彼女はウマ娘の扱いをよく理解していると思いました。いや、力を引き出させる事が上手いと言うべきなのでしょうか?
どうすればやる気が上がるのか、どうすれば努力するようになるのか、どうすれば勝てるようになるのか、トレーナーに必要な素質と知識を全て持ち合わせてると言っても過言ではないでしょう。
「んんんっ……ぬうぅ……ッ!」
「お、数寸上がった! こんな時間でここまで進歩したのは凄い事だよ~」
数ミリ上げるだけで息を切らす私に、ねぎらいの言葉をかけてくれました。どうやら素質はあったようで、一安心しました。
このトレーニングを毎日行う事が重要、と彼女は教えてくれました。しょうがないので、元の時代に帰るまでは毎日欠かさずやってみようと思います。
……元の時代に帰った時、私はどれだけ成長する事になるのでしょうか。今から気になって仕方がありません。