赦す赦さないの話ではなく、殺す殺さないの話である。無論、殺す。それでしか道は開けない。否、道など開けずそこで終りである。この業火の如き復讐心に安寧が訪れ、あの者に拘泥される夜が明ける。それからのことは、それから考えれば良いのだ。兎に角今は腹の内で渦巻く憎悪の消し方を知るしか出来ない。こんな思いからは解放されたいと何処かで慟哭する心がある。しかしもうよく分からない。視界が灰色に染まり、それきりなのだ。花鳥風月や明鏡止水でさえも、楽しみではなくなった。楽しむことなどとうに忘れた。前を向こうとする力を、過去に囚われる思いが上回ったのだ。だから根本から断ち切らねば、駄目なのだ。
「第一部隊、出撃しなさい」
誰の瞳にも光などは宿っておらず、最早新たな主さえ見えていない。彼等は悪鬼羅刹を背負うが如く、一心に憎しみを背負っている。新たな第一部隊は、元の審神者の結成した第二部隊の面々であった。彼らほど悲しい刀はそう居ない。信じて待つことさえ許されなかった、創や血を隠して戦場を駆けた者達。或る時会合から戻った主人が、まるで別人になってしまったのをその眼にまざまざと見せつけられた、可哀想な彼の子どもたち。
「小狐丸。どう、どう」
「ええ。だが容赦はせぬぞ、野生ゆえ」
「構わないさ、新しい主も惨殺をお望みだろう」
「権限が移るまであと2日。僕等が動かずとも野垂れ死ぬと思うけどね」
「青江、君は主の命に背く気かい?」
「やあ、あの人間に時間を使ってやるのが癪なのさ。鶴丸国永」
「違いない。俺はこの手で奴の腸を切り刻めるのが楽しみで仕方が無いけどな」
「趣味が悪いぞ、お前!」
「君は何にも染まっていなくて、羨ましい限りだ。大包平」
殺伐とした彼等は思い思いの感情を口にしている。そんな彼等の前に、ふと何者かが現れた。旧第二部隊は戦力拡充を目的として編成され、属する男士は五振りである。旧第一部隊が様々な任地に対応できるよう編成されたオールラウンダーならば、旧第二部隊はただ上から殴るだけを脳とした部隊。故に彼等一人一人の持つ能力は、旧第一部隊の面々を凌駕する可能性さえ十分に含んでいる。序列無視の叩き上げ集団とでも言おうか、それでも旧第三部隊に比べれば古参の刀剣も数名名を連ねているが、実力は申し分無い。そして彼等、狂犬軍団を統制する者。そう、彼こそが部隊長。
「それじゃ、いきますか」
――蛍丸。最早語る必要も無いだろう。一際小さな体躯。冷酷ともとれる表情でそう呟いた彼に、隊員たちはゆっくりと頷いた。蛍丸の眼にも、明らかな怒りが宿っている。しかしあくまで冷静に、冷徹に。持ち前の子供らしさは失われていた。失わざるを得なかったのかもしれない。
「ただ、先ずは二人一組で出陣だって。誰か行きたい人は?」
「六人いっぺんに行けないのかい」
「フン、主の霊力が足りていない。明らかにな」
「その点だけは、元のあいつの方が優秀だったかもな」
「どうでもいいよそんなこと。それより、誰が出るの?」
「僕が行こう」
「私も。一番槍は柄ではないが、愈々抑えが利かぬ」
真っ先に立候補したのは青江と小狐丸だった。異存のある者はおらず、恐らく小手調べといったところだろうか。相手取るのは曲りなりにも元第一部隊で、二振りのみで勝てる相手では恐らくない。偵察も兼ねて先陣を買って出たらしい冷静な青江と、赤黒い憎悪を最早抑えきれていない小狐丸。暗い夜の門前を2振りは馬に乗り見送られる。手にした松明が照らす乾いた土の道。幾度も通った、春には野辺に蓮華が咲き、秋には落ち葉を掃いた道。血と汚泥に塗れた戦から帰った道。この道は何も変わっていない。虫は鳴き、伸びた雑草が風に揺れている。何が変わったというのだろうか。あの頃と、何を違えたというのだろうか。今は踏み出す一歩一歩がこんなにも、重い。あの頃に戻れるのなら。いや、忘れることさえ許し難い。
「皮肉なのは、今も昔も彼だけが僕等を生かす意味だということだ」
青江は唇だけで呟き、瞳を伏せた。風一つ吹かない外の空気を切るように、彼等の乗る馬が走り抜ける。地図など無くとも、彼の男がいる大方の場所など二振りには分かった。それは、憎々しくも、二振りが未だ彼護るべく顕現された刀である証拠だった。
事の仔細を聞き終えた旧第一部隊と長谷部が怒りを表に出すことはなかった。自らの主人の受けた所業には理不尽を覚えるものの、故にただ怒り狂えるほど彼等は人間に対し無知ではない。まだ刀の姿をしていた時代から、彼等は人間というものが何であるかを見守ってきたのだ。可哀想だと心は痛めるものの、世に「どうしようもないこと」が存在していることを、彼等は既に知っている。
「政府の管理するサーバーに3日以上生体認証で接続せず、加えて当該する本丸の審神者が何らかの非人道的行為、非政府的行為、破壊的行為等を行っている場合。緊急措置として、その審神者の治める本丸は解体、もしくは新たな審神者を迎えます。解体の場合、既存の刀剣たちは解刀。新たな審神者を迎える場合はそのまま引き継がれます」
「心中ってのは?」
「新たな審神者に服従の意思を示さない刀剣は、審神者の人命保護の観点から破棄されます。解刀ではなく、破棄です。勿論、反乱因子である審神者が生存している場合は追放の後然るべき処置を受けます。ただ処刑ならばまだ良いのですが、それだけでは済まない可能性もあります。政府では現在記憶操作に関する研究が活発ですので……」
「……破棄というのは」
「歯に衣着せぬ言い方をするのなら、本体から破壊されます。刀剣男士の霊力は人間とは異なるので、たとえ逃亡しても政府が動けば発見は時間の問題でしょう」
こんのすけは要綱を読み上げるようにすらすらと現状況を解説した。それを耳にした面々は、自分たちが如何に危険な状況にあるかを改めて知る。
「主さんは、このことを知っていたのか」愛染国俊は緊張した面持ちで尋ねる。
「ああ。すべて知ったうえだった。お前達を引き渡して上手く逃げおおせたら、首でも括ろうと思ってたよ」
加州が涙の中で審神者の襟首を掴んでガクガクと揺らした。審神者は頭痛と吐き気で顔を蒼くさせながらも、加州を宥めようと手をウロウロさせる。
「ん~? でも、それならどうして手紙を残したの?」
「……手紙?」
次郎太刀の問いに、審神者は苦悶の最中怪訝な表情をした。愛染が取り出した書き置きを見せられ、審神者は眉間の皺を更に深める。
「俺、書いてないよ」
「やはりそうですか。主さまの筆跡との合致度が低かったのです」と、こんのすけ。
「…………こ、こんのすけが用意したのか?」
「まさか、主さまのお邪魔をする機能は僕には備わっておりません。主さまが去られた後の執務室に残されていたのです」
では誰が書いたというのだろうか。審神者の計画に反対していたような反応を示していたのだ、こんのすけが嘘を吐いている可能性も否定はできないが、果たして彼にそんなことが可能なのかは、誰の知るところでもない。
「ま、今これを置いた奴を探しても仕方がねぇな。今後どうするかを考えようぜ」
「そうだな。大将が本丸に戻らないと、俺達どの道終わりだ」
「……お前達だけで本丸へ戻るという方法も、一応」
言いにくそうに口を挟んだ審神者を再び加州が乱暴に揺さぶる。誰もその意見に賛同することなく、話合いは進められるようだ。
「奪還は難しいだろう。大俱利伽羅、本丸には何振りの刀が居たか覚えているか?」
「…………八十だ」
「つまり七十四対六ってワケか。負け戦なんか祭じゃねぇな」
「正直なところ戦える刀はそう多くない筈だよ。精々、二十振りといったところじゃない」
「そうだとしても、武力では勝てないのは確かだ」
参謀らしい参謀も居ないこの部隊の面々では、作戦会議も平行線を辿るばかりである。そもそも戦を主な生業とする彼等にとって武力行使以外の解決法などというものは探求困難なのだ。
誰もが頭を抱えた。日はとうに傾き、夜が訪れていた。誰かの腹が鳴るが、無論ろくな食事の準備さえされていない。山小屋の中は薄暗く、松明の光が届かない隅の方は真正の闇が居座っていた。
「と、とにかく飯にでもするか」
沈んだ雰囲気を察した厚が明るく言って立ち上がると同時に、ぴたりと閉じられていた筈の小屋の戸が勢いよく開かれた。瞬時に抜刀の構えを取る面々を前に、戸を開けた人物は呑気な声を漏らした。二振りの眼には、熱に浮かされた顔で布団に座っている男だけが映っている。
「おお、主様。ここにおられましたか!」
喜々とした声が何故か不気味に響いた。満面の笑みを零したその刀、小狐丸は、茫然とする審神者へと駆け寄った。その後ろではにっかり青江が無表情のまま佇んでいた。
「――探しておりましたよ、ええ。本当に」
沈黙が、落ちた。
ちょこっと変えました。