追われた審神者と刀の話   作:小星

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第7話

 次の瞬間流星のように動いた愛染国俊が、容赦なく己の刃を小狐丸に振り下ろした。抜刀せぬままの刀でそれを受け止めた小狐丸は、臨戦態勢にある周囲の刀を見渡して焦った顔をした。

「ど、どうしたのじゃ」

「何をしに来たんだ」と、愛染国俊は低い声で威嚇する。

「縄はあるかい?」

「次郎、愛染、いい。皆も刀を下ろしてくれ」

張り詰めた空気の中、審神者は周囲の刀たちを諫めるように指示を飛ばす。不服だろうと主人の指示には従う他なく、面々は構えを解いた。審神者が暗黙の内に目配せをすると、獅子王は未だ傷の癒えぬ長谷部を背に隠した。審神者は徐に立ち上がり、布団の外へと出た。足取りは覚束ないままであった。

「交渉討ち入り、どちらであろうと、俺はお前達と敵対したくない。小狐丸」

「主様それは思い違いでございます。私共は、主様をお助けしたいのです。のう、にっかり」

「そうだね。こちらにも敵対の意思はないよ」

「…………そうか。それならば、嬉しい限りだ」

小狐丸が差し出した手を、審神者は躊躇いがちに握った。そうして無事に握手を交わす、ように見えた。

 しかし、無事に済む筈がないことは誰もが理解していた。小狐丸はそのまま審神者の腕を捻りあげ、骨が折れんばかりの力で手首を締めつけた。あまりの痛みと張り詰めた空気の息苦しさに立っていられなくなり、審神者は顔を歪めながら床に膝を突こうとする。

「だ、大丈夫。分かっていたから」

一瞬の内に殺気を纏った彼の刀たちに向けている言葉なのか、審神者は努めて柔らかな声色で言った。小狐丸は顔を歪める。飛び掛かろうとする加州を、大倶利伽羅が押しとどめている。愛染や厚も、どうにか正気を保っているような表情で一心に小狐丸をねめつけている。

「……随分と温和になられたようで」

「うん。そうだね」

「まるで、昔に戻られたようです」

「うん」

「あの頃の主様は、それは、お優しかった」

「まあね」

「……理由なぞ、今更聞きはしませぬ」

「俺も言いたくないよ」

「最期にひとつ、お聞きしても?」

「ああ」

小狐丸は抜刀し、刃を審神者の首元へあてがった。切れ味の冴えた刀が薄い皮膚に当たる感覚が、小狐丸の手に伝わる。その体温や、襟足の毛先のやわらかさまでもが。

「私たちを、愛しておいででしたか?」

「……さあ」

答えを聞くまでもなく振り下ろされようとした小狐丸の刀を、背後の青江が制した。驚きに目を見開く間も無く、青江は小狐丸と審神者の間に割って入った。

「どうして本当のことを言わないんだい」

「嘘なんか吐いていない」

「……にっかり」

小狐丸の指示さえ耳に入っていない様子で、にっかり青江は詰問を続ける。

「僕は知っていた。君にあったことも、君がしなければいけなかったことも」

「…………」

「ずっと黙っていた。君の居ない宴に参加して、君の食事に毒が盛られるのを止めなかった。殺したいだなんて嘘を吐いて、新しい審神者に媚びを売ったんだ。どうだい、怒りが湧いてくるだろう」

「……でも、俺のためだろう」

にっかり青江は瞠目し、彼の主を見つめた。哀しく眉を歪ませた審神者に、抑え込んできたものが嗚咽となって溢れるのを押しとどめた。

 そうして、にっかり青江は一際大きな声で「今だ」と叫んだ。次の瞬間、小狐丸は審神者の手を青江目掛けて投げるように振り払った。そして自らは獅子王の方へ突進し、彼の背後に隠されていた長谷部の首根っこを掴んで軽々と持ち上げた。青江は審神者を俵のようにして持ち上げ、次いで修羅の形相で牙を剥き出しにして迫って来るこんのすけを容赦なく足蹴りする。加州は自身を羽交い絞めにしていた大倶利伽羅の右腕に噛みつこうと口を開いた。彼の口は際限無く開き切り、耳の下の辺りの皮膚が割れて亀裂が走る。美しい顔は最早見る影も無くなっていた。大倶利伽羅はそんな加州の首を手にした刀で容赦なく断ち斬った。そして小狐丸、にっかり青江、大倶利伽羅の三振りは小屋の外へと走り出した。残された刀たちは彼等の後を追うでもなく、ただじっと三振りの様子を眺めているだけだった。

小狐丸は長谷部と共に、青江は審神者と共に乗馬し、大倶利伽羅は用意されていた馬に乗り、三振りは山小屋を後にする。目を白黒させる長谷部とは裏腹に、審神者は仮面を被ったように表情を動かさなかった。

「大俱利伽羅、俺達はいつから敵に介入されていた?」審神者が言う。

「……第一部隊と接触した時からだ」

「そうか」

審神者は思い出した。思い出してみると、何故今まで思い出さなかったのか不思議だった。

 

“大倶利伽羅という刀は、自分の元に顕現していない”こと。

“自分達は北東の山越えを目指しており、西方へは向かっていない”こと。

“過去に先の世から来た大俱利伽羅との接触があった”こと。

 

思い出さなかったのは、記憶への、否、歴史への介入があったからだ。大倶利伽羅の言う通り、彼等があの第一部隊と接触した直後から、修正主義者の工作によって審神者や長谷部の記憶は良いように隠蔽され、改竄されていた。具体的に言うならば、「居ない筈の刀が第一部隊に所属しているという事実のでっちあげ」、「審神者達の目指していた方角を忘れさせられていること」、「審神者が過去、大俱利伽羅と接触した記憶の隠蔽」などが挙げられるだろう。最も、隊の中に潜む大倶利伽羅の存在に気付くことができなかったり、手紙の内容を改竄しなかったりと、修正にも粗い箇所が目立つが。

彼、審神者は確かに奪われる側の脆い人間でしかなかった。だが、脆い人間には脆い人間なりに、知能も知恵もある。彼は過去から今に至るまでただ黙って奪われるだけでは終わりたくないと、必死に藻掻いていた。

「助かったよ。青江、小狐丸」

「言っただろう。僕は全てを知っているってね」

「私の演技も、中々見事なものでしたでしょう」

「そんなこと言いながら彼、さっきまで本気で主を殺そうとしていたんだよ」

「改心したから良いのだ。何事よりも今が重要じゃ」

小気味の良い会話が飛び交う中、長谷部だけが未だに合点のいかぬ顔で顔をキョロキョロさせていた。

「だが、長谷部が来てくれるとは予想していなかったなぁ」と、審神者。

「…………今回が初めてだ」大倶利伽羅はちらりと長谷部を見た。

「そうなのかい? 良い兆しだといいけどねぇ」

「私も先程事情を聴かされたばかりでして、長谷部や私に詳しく事情を説明してくださいませんか、大倶利伽羅」

「……ああ」大倶利伽羅は静かに語り出した。時は、泣く子も眠る丑三つ時であった。

 

 話は以前に遡る。審神者の愛した恋人が歴史から姿を消した事件、その背後には政府内に潜む反政府組織、つまり歴史修正を目論む連中の存在が関与していた。彼女の祖先に当たるある人物の存在が修正行為にとり邪魔な存在だったため歴史上から存在を末梢。その影響によって審神者の恋人も消えてしまう。彼等は政府に悟られることなく完全な修正を行った筈であった。そこに登場した危険因子というのが、この男であった。どうしたことか、彼は歴史から消えた筈の人物が存在したことをハッキリと記憶していた。そればかりか、声高に自身の恋人が消されたことを主張していたのだ。世に訴えられることを懸念した彼等反政府の人間は、彼を審神者に仕立て上げて監視の行き届く場所へと隔離した。粗末な生活の中で死んだのなら大いに結構、そうでなくともいつでも処分できる状態だった。

ただ、彼が意外にも審神者としての才能を発揮させて刀たちの信頼を買っていたことが再び問題に挙がった。その力を剥奪し、彼を物言わぬ死体もしくは実験動物にしてしまおうとしたのが、今回の事件である。

審神者は己の意思で刀から反感を買うような態度を取り、本丸を追われた。審神者は本丸から逃亡した後、三日後に近辺の山中で首を吊った姿で発見される。近侍である愛染国俊を含めた旧第一部隊五振りは審神者追放後の本丸へと乗り込み、数の力に圧倒され戦線崩壊。復讐を果たすことなくその生涯を終える。これで彼等の完全犯罪は幕を閉じたのだ。

しかし前述した通り、審神者も馬鹿ではなかった。彼は独自のルートで歴史の修正点と政府内に蔓延る悪鬼を調べることに成功し、本丸を追われる際にあるものを共に持ち出したのだ。転送装置である。その時の彼には権力の元で事件を表沙汰にする力など無かった。調べが付いた時には、後戻りできないほどに彼は彼の刀たちに忌み嫌われていて、追放も時間の問題だったこともある。手遅れだったのだ。だから、彼は転送装置によって過去へと戻り、どうにか事が上手く運ばせようと考えたのだ。しかし、問題が起きた。唯一人で逃げおおせてきた彼だけでは、転送装置を起動し操作する作業と転送装置によって転送される行為が同時に行えないのだった。

そこに現れたのが、その日の審神者の言動を不可解に思い、第一部隊でありながらも唯一振り遠征任務に向かわなかった、大倶利伽羅――その人だった。大俱利伽羅は全ての事情を審神者から聞き出し、転送装置によって過去へと飛ぶことを了承した。そして事が大きくなる以前の審神者に接触し、事件解決の手助けを行っていた。つまり、今行動を共にしている大倶利伽羅は、未来からやってきた刀なのだ。大倶利伽羅は彼の審神者が死に追いやられる度、転送装置によって過去の世界へと飛んだ。何度も試行錯誤を繰り返す内、彼の存在が過去へと戻り続ける内に、彼という刀の存在はその本丸において複雑に入り組むようになり、いつしか“大倶利伽羅という刀は彼の元には顕現していない”という事実が生まれていた。

勿論、そのような特異な存在を知った歴史修正主義者がそれを野放しにしておく道理は無い。彼等の手によって、今回のような「偽の第一部隊」が送り込まれることとなる。審神者や長谷部が窮地を救われたと錯覚していたあの部隊こそ、敵勢力の変化だった。審神者が偽の愛染の持っていた手紙に記された方角の齟齬を不可解に感じたことが、彼等が本物の第一部隊ではないと気付く糸口になったのだった。彼等の目的は、“特異点の抹殺”と“転送装置の破壊”。大倶利伽羅は長きにわたる時間の行き来によって身に付けた技術により、上手くその敵に紛れて再び審神者へ接触した。

 ここで不可解なのが、「すべてを知っている」と豪語するにっかり青江の存在である。大倶利伽羅によれば、彼の存在もまた想定内のものだという。

「……時は繰り返しているようで、小さな選択によっていつも必ず結末が違う。どんなに俺が上手く立ち回っても、にっかりが味方にならない可能性は五割。加えて、にっかりが味方に加わったとして、逆上した小狐丸に折られる可能性が三割。小狐丸が逆上せず味方になる可能性は二割。今回は相当上手くいっている方だろう」

「成程。では何故今回のにっかりはその事情を知っているのじゃ?」

「……俺は知らん」

「僕は過去に大俱利伽羅と主の会話を立ち聞きしただけだよ。夜の厠の帰りだったかな」

「つまりにっかりがその日厠へ行っていなかったら、今頃俺は死んでいたということだな」審神者は蒼い顔をする。

「因みにアンタが小狐丸の質問に答えるところでは、アンタが熱を出している場合に限り七割の確率で刺殺されているぞ」

「……ま、結果オーライだ。それより、第一部隊は無事なのか?」

「偽の誰かが送り込まれている可能性が二割ほどある。その場合は、どこかで誰かが気付かなければ犬死にだ」

「よく喋る大倶利伽羅だな」長谷部が思わず感嘆したように言う。

「…………好きで話してるんじゃない」大倶利伽羅は悟りを開いた僧の如く感情を表に出さなかった。

 暫く走り、追手が無いのを確認すると、一同は馬を止めた。患いながらの移動は堪えたのか、審神者はずり落ちるように下馬したところを待っていた小狐丸に抱き留められた。対して長谷部は療養の甲斐あって殆ど全回復していた。一同は夜目が利かないこともあり、近場の木の陰で休むことにする。ぐったりと寝そべる審神者の頭を自身の膝に乗せ、小狐丸は溜息を吐いた。このような状況にも関わらず、喜色の混じった嘆息であった。

「お許しください、ぬしさま。怒りに狂わされていた頭が晴れ、また貴方とこうして共に在れることが、こんなにも嬉しいなど……」

「相当怒っていただろう。赦してくれてありがとう、小狐丸」

「滅相もありませぬ」

審神者は心身共に疲れた様子で、また眠り始めた。疲労の蓄積に反して、顔色はだいぶ良くなってきているようだ。

 

「手紙はお前が用意したのか」長谷部は大倶利伽羅に尋ねた。

「……いや」

「では誰が書いたというんだ。修正主義者が用意したのか?」

「……いや、こんなものを作り出す脳は奴等には備わっていない。変化した際に手に入れたのならば、本物の第一部隊もこの手紙を持っている筈だ」

出鱈目の言伝を書いても、審神者や大倶利伽羅にメリットはない。となれば、第一部隊を模した修正主義者が審神者に接触する口実として用意したのだろうか。

「そもそも、そんなもの無くとも俺達には主の居る大方の場所は割り出せる筈だ」

「そうだよね、実際に僕等もそうやってここまで辿り着いた訳だ。でも何故か本物の第一部隊とは接触できていない。妙だねぇ」

「……手紙を用意したのは、鶴丸じゃな。恐らくはただ攪乱が目的じゃろうが」

「なに?」

憑き物の落ちたような表情の小狐丸は、汗ばんだ審神者の額にかかる前髪を退けながらぽつりと零した。その言葉に長谷部は怪訝な表情をする。

「薄々勘付いてはいたけれどねぇ」

「……ああ」

「矢張り。底無しの憎悪に飲まれる私や蛍丸とは裏腹に、あやつは妙に落ち着いておった。にっかりの様子も、それはそれで気に掛かってはいたが、それを差し置いても、あやつの静閑さはいっそ気色が悪いほどじゃった」

「特にこの頃、彼は正常じゃなかったしね」

にっかり青江は困ったように眉間を押さえた。燃え盛る憎悪とは対照的に、鶴丸の抱く憎しみは静かに、皮肉に、そして深く。底に触れることさえ憚られるほど、見えない場所で巨大に育ち続けていたのだ。

 審神者は微睡の中でその会話を聞きながら、「そうなっても仕方が無かったんだ」と、弁護した。思い出は美しさと残忍性を持って、彼の夢を彩っていった。

 




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