「あの、ちょっといいかな」
授業が終わって、放課後になってもずっと教室の中でダレていた時、俺に声がかかる。……透き通るような、美しい声。
「……結城さん」
まっすぐ伸びたストレートヘアーは、余りにも艶やか。はっきりとした目をはじめとした整っている顔のパーツ。すさまじい気品を放つ結城さんが、俺のすぐ近くまで来ていたのだ。……その姿は、俺が出来るだけ目に入れないようにしていたものだった。
「君のことは聞いたよ。……大変だったんだな」
「はい、そうですが……」
クラスのほとんどは既に教室にいないほど時間がたっているのに、どうして結城さんはこんな時間まで教室に残っていたのだろうか。というか何で俺なんかに声をかけたのだろうか?
「…………一緒に帰ろ」
「え!?!?!?!?」
結城さんは俺の右手を掴み、俺を立ち上がらせようとする。……この状況は、何? 何で俺なんかと一緒に帰ろうとするの? 目立つ奴は素直に目立つ奴同士で行動すればいいのに。
トク、トク、トク……
すっかりと静かになってしまった学校の中、俺と結城さんの足音だけが聞こえる状態で、お互い一言も話さず校門へと向かっている。
「……」
「……」
沈黙の時間が続いていく。この空気はつらい。……なんなんだよ。なんでこういうことをしてくるんだろう。俺に対する嫌がらせなのかな。いや、もしかしたら罰ゲームで俺と一緒に帰っているのかもしれない。気分はあまり良くないけれど、ここは友好的に接するしかないか。
「そういえば、結城さんとは話したことがありませんでしたよね」
「ああ、そうだな。まあ、ちょっと恥ずかしくてな」
つややかな黒髪をいじりながら、頬を染める結城さん。……俺と話すことは、はずかしい事なのか。
「でも、せっかく同じクラスになれたわけだし、仲良くしないのは何か悲しいですよね。俺は結城さんと仲良くなりたいな」
「あっ、あぁっ……そ、そうだな。私もキミと仲良くなりたいと思うぞっ!」
うろたえる結城さん。よく考えたら、いきなり俺なんかが対等に話しかけてきたら困惑しちゃうよね。
お互いに沈黙している間に、俺たちは校門まで進んだ。辺りは既に真っ暗になっていて、思ったよりも長い間学校にいたことを実感させられる。
一人でいた時間はあっという間に過ぎ去ったけれど、結城さんと一緒にいた時間はそれよりも長く感じた。一人の方が気楽なのかもしれない。
……ここから道が二つに分かれる。もしかしたら結城さんともここでお別れになるかもしれない。とりあえず道を聞いてみるか。
「あ、俺こっちの道だから。結城さんは?」
「私も同じ道」
……どうやら、まだまだ二人一緒の帰宅が続くようだ。
「さ、さっきの話だけどね……」
「うん」
結城さんは、なぜか顔を赤くしながら先ほどの話を再開させようとする。
「……本当に、聞きたい?」
「え?」
結城さんはさらに顔を赤くして、忠告するかのように俺に尋ねててくる。……もしかして、結城さんは複雑な事情を持っているのかもしれない。下手につつかない方が良さそうだ。
「話したくないなら話さなくていいよ。結城さんのしたいようにすればいい」
「それじゃ、話すことにする」
そう言った後、結城さんは眼を閉じ、しばらく経ってから目を開ける。……そして、衝撃的なことを口にする。
「私の頭を、撫でて?」
「え!?!?!?!?」
顔を赤くしたまま結城さんは立ち止まり、そして頭を低くしてこちらを見上げる。……なんだか、独特な罰ゲームのようだな。結城さんは一体、何をやらかしてしまったのだろうか。
「え? ちょっと待って、なんで突然そんなことを? 俺はただ、結城さんのことを聞こうとしただけなのに」
「……お願い。派手にやっちゃって」
結城さんは俺の質問に答えることはなく、立ち止まりながら独特なポーズを続けている。
……最初は結城さんの頭を撫でずに何とかごまかすことを考えた俺だったが、結城さんには自分の発言に責任を取ってもらいたいと考えるようになり、仕方なく結城さんの言うことに従うことにした。
「……絶対に、あとで文句を言わないでくださいね」
「うん……」
えいっ!
手に伝わる、なめらかな感覚。結城さんの髪は思った以上に質が良い。
あまりの心地よさに思わず二周してしまったが、結城さんには『派手にやっちゃって』と言われたから別に問題はないだろう。
「ハヘハハハっ、ハハホホヒヘヘェェェ……」
撫でられながら奇妙な声を発する結城さん。……もしかして、結城さんは傷ついた俺を笑わせようとしてくれているのかな? いや、この行為自体が罰ゲームの可能性もある。簡単に信じたら痛い目を見ることになるかもしれない。
「ハヘヘヘヘッ。ワタフィのぉ、名前はぁぁっ……結城ぃ、由愛菜ぁぁっ。『パレード』のぉぉ、社長のぉぉぉ、娘なのぉ」
口を大きく開き、目じりを下げながら自己紹介をする結城さん。……パレードってたしか、この国の半分以上もの企業とかかわりを持つとされる、世界でも五本の指に入る大企業じゃないか。どうしてそんなすごい人が俺と一緒に帰宅しているのだろう。護衛とかいらないのかな?
「あっ! どうひてそこでやめようとするの、ぼっと……ぼっとぉぉぉぅぅぅ! そぉぉ、そおおだよ!!! うひひへぇへへ!!!!!!」
もう完全に冷静さを失ってしまった結城さん。彼女の中には、相当な闇がたまっていたのだろう。
「はたふぃは、ふぅぅっと孤独だったんだよぅおぉ! はたふぃは、いへのぷえっしゃーひおひつはれそうなきもちでぇ、えへへ、さらにびんなはわたふぃに対してよそよそしくてぇ、かってにすごいきたいされて~ずっとこころほそかだんだよぉ……」
目に涙を浮かべながら俺にしがみついてくる結城さん。……何なんだろう、この状況。俺は夢でも見ているのだろうか?
「プレッヒャーに耐へられなかったわたふぃはぁ、あたまを撫でられなきゃぁ、ビブンのことをはだせなくなってぇ、でも、ごんなすがたクラスのみんなにも見せられなくてぇ……」
「きみはすごいのぉ!!! わたふぃは、もうふっかり現状を変えるのを諦めていてっ。でもきみはぁぁ、へつほうてきな状況でもぉ、強気になってぇぇぇ、何とかビブンの現状をよくしようといろいろがんばってぃてぇぇえぇっ。……ワタフィはぁぁ、きみにふくわれたよ。きみのゆうひあるほうほうがぁぁ、わたふぃにっ、ビブンをかえるけついをくれだんだよぉおおぉぉぉぉ!!!!!!!!」
結城さんの異常なテンションは、収まることを知らず、気が済むまで叫び続けた。
「……取り乱してすまなかった。でも、私にとってはキミだけが信頼できる存在なのだ。さっきみたいに自分の気持ちをぶちまけることの出来る、唯一の存在なんだ」
一通り叫び終えた結城さんはいつの間にか正常な状態に戻り、俺をほめ始める。
「普通の人だったら急におかしくなった私を見て笑ったり、逃げたり、蔑んだりしていただろう。でもキミは、黙って私を撫で続けていた。肯定もせず、否定もせず、ありのままの私を受け入れていたのだ。だからこそ、キミだけが信頼できる」
強い意志を感じさせる顔をこちらに向けながら、結城さんは自分の意志を伝えてくる。……俺だけが信用できる、かぁ。
なんだかちょっと、自分に自信が持ててきたかも。