「お兄様、ずるいなのです」
「はへ?」
結城さんが家を出ていった後、妹のカレンがどういうわけか俺に対して不平を鳴らしてきた。
「俺たちは残った10個のプリンのうち、4個をお前に譲ってやっただろう。ずるいと言われる筋合いはないと思うんだが」
「結城様の事なのです! 私も、結城様と濃密な関係になりたいのですよっ」
カレンは、ほっぺたを膨らませながらつぶらな瞳をこちらに向けてくる。
……この状態になったカレンは、もうだれにも止めることが出来ない。特質的な魅力を持つカレンのわがままは、家族はおろか学校の先生にすら通用してしまう。圧倒的な容姿の暴力は、彼女を絶対の存在へと引き上げているのだ。
「ああ、分かったよ。結城さんにカレンと仲良くするように頼んで……」
「それは当然なのです! 私が言いたいのはですね……」
目力を強めながら、カレンは自分の中の思いをぶつけてくる。
「お兄様はいつもいつも私に黙って自分だけ美味しい思いをしているのですよっ! おばあ様の農場を独り占め、お母さまからのお叱りはお兄様だけが免れている、今回だってそうなのです。私に黙って結城様の愛情を独り占めにするなんて、ずる過ぎるなのですっ!」
……カレンはいつも俺に不満をぶつけてくるのだ。
「……能力がなく一般企業への就職が困難だと判断されたから俺が農場の跡継ぎとして選ばれただけ。母さんはお前に期待しているから厳しくすることもあるだけ。それに、結城さんに関しても向こうから勝手に愛情を向けてきているだけ。別に俺はお前に意地悪しているわけじゃない」
「嘘なのですよっ! お兄様はどこか影があるのです。きっと裏でお母様を操って自分の都合の良いようにしているのですよ。結城様に関してだって、クラスの状況を操作して自分のことが好きになるように調整しているに違いないのです」
……俺にクラスの状況を操作する力があるなら、間違いなくあの金髪達を大人しくさせているだろう。
「俺にそんな知能はないさ。俺が母さんを操っているわけじゃない。情けない俺に見切りをつけた母さんが俺への干渉を最小限にしているだけ。俺がクラスの状況を操作しているわけじゃない。ただクラスの人たちにいじめられて、結城さんに慰められているだけだ」
「嘘なのです! お兄様は優しい心を持つ素敵な人なのです。お母さまが愛想をつかすはずがありませんし、クラスの人たちからイジメられるようなことがあるはずがないのですよ!」
カレンは純粋な子だ。優しい人はみんなから好かれて、見限られることやイジメられることがないと思い込んでいる。普通ならそうはならないだろうが、カレンは圧倒的な魅力を持つ少女。彼女と関わるとみんな笑顔になり、みんな優しくなる。その現象がカレンのゆがんだ価値観を作り出してしまっているのだ。
「お兄様はきっとみんなから好かれているのですよ。今度お兄様の学園生活を盗撮して証拠を突きつけてあげるのです」
「ああ、勝手にしろ」
……カレンには俺のクラスの陰湿さを、俺のクラスの連中にはカレンの純粋さを、それぞれ見習ってほしいものだよ。
「ふふふふふ、なのですよっ!」
いよいよこの時がやって来たのです。お昼休みを利用して、確認してやるのですよ。お兄様は一体、どのような学園生活を送って来たのか、お兄様の教室に仕込んでおいたマイクロカメラによって、全て筒抜けなのです。
「カレンちゃん、嬉しそうだね」
「もちろんなのです。カレンはこれから極秘映像を堪能するので……あっ」
1人の女の子が私のつぶやきに反応したのです。
何という秘密看破能力。さすがは私の親友のヒマリちゃんなのです。彼女の巧みな話術により、カレンの極秘ミッションが公になってしまうところだったのです。賢いカレンじゃなければ、思わず口を滑らせてしまったのですよ。
「何もやましいことはないのです。カレンはべつに、盗撮したお兄様のクラスの状況を確認しているわけではないのですよ」
「そうなんだ♪ へぇ、じゃあ何の動画を見ているのかな?」
「……黙秘権を行使するのです!」
ヒマリちゃんは笑顔をこちらに向け、核心を突こうとしてきたのです。
私を追い詰めるなんて、ヒマリはなかなかやるのですよ。まあ私は賢いので、こういう時に備えて奥の手を用意していたのですけどね。
「……そっか。黙秘権を行使されちゃったらこれ以上訊ねることはできないな。でもね、カレンちゃん。せっかく二人で机をつけて食事してるのに、一人で動画を見るのは相手に失礼だと思わないかな?」
はひん!? そう言われるとそうなのですよ。私としたことが、ついうっかり。……ここは、やむをえません。
「……それじゃ、ヒマリにも見せるのですよ」
「わあ凄い♪ 教室の動画だね。……この教室は、一体どこの教室なのかな?」
やばいのです! このままでは私がお兄様のクラスを盗撮していることがばれてしまうのです。ああ、どうすれば………………なんちゃって、なのです! カレンにとって、この程度の危機は米粒の様なものなのです。機転を効かせるのですよ。
「これはですね、最新流行の、クラスドッキリムービーなのですよ。これが、今の若者たちにバエっているのです」
「へ~そんなのが流行ってるんだ。知らなかったよ」
ふふふふふ、機転を効かせてやったのです。機転を効かす力で私の右に出るものはないのですよ。
「カレンは物知りなのです。褒め称えてくれてもいいんですよ?」
「カレンちゃんは何でも知っているんだね、いい子良い子」
さすがのヒマリちゃんも、私の賢さの前には屈してしまうのですね。溢れんばかりの笑顔で私の頭をやさしくなでているのです。
「……でもね、カレンちゃん。なんかこのクラスドッキリムービ―、違和感があるような気がするな。なかなか場面が動かないし、視点がおかしくて誰が主役なのかも良く分からないよ」
ギクッ、これは、まずいのですよ。……いや、落ち着けカレン。まだだ、まだなのですよ! カレンの華麗なるトーク技術でごまかすのです!
「……これは、はずれを引いてしまったようなのです。いくら学園ドッキリがバエると言っても、撮影者のほとんどは高校生や中学生なのです。短時間で面白さを凝縮させる技術、誰が主役なのかを早い段階で示す表現力、これがあるからこの後きっとこうなっちゃうんだろうなと視聴者に期待させるプレゼン力、そのどれもが低レベルな場合が多いのですよ。クラスドッキリムービの天下も、そう長くはないんだろうな、なのです」
「へ、へえ~。クラスドッキリムービーにもそんな裏があったんだね。……でもさ、私この人知ってるな。この金髪の人」
「この人はそんな有名なお方なのですか? カレンはイケメンに関してだけは詳しくなくて」
「そんな有名な奴じゃないよ。有名アイドルグループの研究生だもん」
ヒマリちゃんはイケメンに明るいようなのです。彼女とは数か月間ずっと一緒にいたのですが、新たな発見なのです。……でも、今まであまりヒマリはイケメンの話をしてなかったのです。これは一体どういうことなのでしょうか。
「あ、今私のことをイケメン好きだと思ったでしょ。全然そんなことはないんだから。ただ彼はこの学校の学生ってことでたまに話題に上がるってだけ」
「じゃあ、ヒマリは彼のことをどう思っているのですか?」
ヒマリちゃんは、慌てながらイケメン好きを否定したのです。……これは、怪しいのですよ。ヒマリちゃんがイケメン好きかイケメン嫌いか、これではっきりとさせるのです。
「……う~ん、正直なしかな。確かにカッコイイのかもしれないけど、何か性格悪そう。彼の嫌な感じのする笑顔をみていると、きっと彼は他人を威圧して楽しんでいるんだなって感じるの。でもま、現実ではああいうやつが成功するんだろうね」
ヒマリちゃんが冷たいことを言うのです。どうしてあったこともない人のことをここまで悪く言えるのでしょうか?
「偏見は良くないのですよ。人を見た目で判断したら、痛い目を見るのです」
「そうだね。カレンちゃんはそのままの真っすぐな君でいてね」
「そこで、どうして私の話になるのですか……」
ヒマリちゃんと話していると、なんだかペースを崩されるのです。微笑ましそうな表情をしながら、私の頭を撫でてきます。本当に私の頭をなでるのが好きなのですね。
……そんなことを考えていると、突然彼女はカレンを撫でる手を止めたのです。何かに気づいたようなのです。
「あれ? カレンちゃんみたいな顔の男の子がいるよ。ちょっぴり頼りなさそうだけれど、どこか大物感があるね。ひょっとしてこの子がカレンちゃんのお兄さん?」
「そうなのですよ♪ とっても優しい自慢のお兄様なのです!!」
うんうん、やっぱりお兄様は素敵なのです。確かに少しだけ頼りなさそうだけど、それが逆に守ってあげたくなるような儚さを感じさせるのです。……あれ? でも、何か変なのです。
「カレンちゃんのお兄さん、金髪に自分の席をどかされているようにしか見えないな。もしかして、いじめられている?……」
「……お兄様は素敵な人なのです。イジメられるわけがないのですよ」
「う~ん、そうかな~」
お兄様がいじめられるわけがない、でも嫌がらせを受けているようなのです。どういうことなのでしょうか。
……これはもしかして、もしかするかもなのです。
「それでも、やっぱり金髪はクソ野郎じゃん。性根が腐ってるね。あんなのと一緒にいるなんて、カレンちゃんのお兄さん可哀そう。そう思わない?」
「……化けの皮を、はがしてやる必要があるかもしれないのです」
「えっ?」
「いえ、こちらの話なのです」
お兄様は頭が回るお方です。私の盗撮も、すでに対策済みのようなのですね。まさかいじめられっ子を演じるだなんて、私の予想をはるかに上回っています。……でも、カレンの頭脳を甘く見てもらっちゃ困ります。お兄様には、私の賢さを思い知ってほしいのです。
あ。お兄様の盗撮がヒマリちゃんにバレちゃってましたぁ! なのです。もう遅いっ! なのですよ。