その手は誰のために   作:zhk

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 痛い。痛い。痛い。

 

 

 衝撃が固い床を波のように走る度に、全身に同様に痛みが走る。

 

 

 視界に映るには赤の景色。多くの死体と、血と、破壊の爪痕が色濃く残った見慣れた廊下。せっかく綺麗にしたのになんて、場違いな考えが頭に過って苦笑が漏れる。

 

 

 遠くから聞こえる爆発音。それはまだ、戦闘が艦内のどこかで続いていて、尚且つまだこの自分の家に外敵が我が物顔で居座っているのだという事実の確固たる証明。

だったら、自分はこんなところで横になっているわけにはいかない。これではなんのために訓練を積んできたのかわからない。今の自分の姿をあのサルカズの彼女がみれば、ゲラゲラと人を馬鹿にした嘲笑をしてくるに違いない。それは少々認めがたい話だ。

 

 

 まずは立とう。その後はすぐにあの人の無事を確かめないと。敵が来たのなら、その理由はあの人の命以外に目的として妥当な物は考え付かない。ここの最高戦力が出払った今は、まさに敵側としては絶好のチャンス。一刻も早く、あの人のもとへ向かわないと…………

 

 

 そう考えて立ち上がる。体がふらつきバランスが取りにくい。きっとあの爆発で頭を打ったんだろう。にしては痛みはあまりないのは、恐らくアドレナリンが回っているのか。体も今は少し軽く感じられる。これなら、あの人と合流するのにそう時間はかからない。軽傷で助かった。

 

 

 安堵と共に、足を動かそうとした。その時だった。こつん、何かが僕の足に当たる。瓦礫にしては柔らかく、死体にしてはやけにそれは小さい。一体なんだと顔だけで俯かせて見てみれば、それは、一本の腕。

 

 

 戦いのなかで、相手の腕が飛んだものか。頭でそう結論づけるけれど、どうにも違和感がある。あの転がる腕の服装は、まるで…………

 

 

 あっ──―

 

 

 そこで、僕は気づいた。気づいてしまった。

 

 

 体が軽いのは、アドレナリンによる興奮作用が影響してるんじゃないのだと。

 

 

 バランスが取れないのは、頭を打ったのが原因ではないんだと。

 

 

 壊れかけた人形のように、重く固い動きで視線を右に動かして。僕は見た。

 

 

 僕の肘から先の、右腕がどこにもないことを。

 

 

 ああそうか…………ということは。

 

 

 この転がる腕は、僕の物なのか。

 

 

「っ!!!! いっぐううううぎぃいいいいい!!!!」

 

 

 視覚で見た。頭が理解した。そこからは、本当に瞬間だった。

 

 

 襲ってきたのは、名状し難い気が飛ぶかと思えるほどの鋭すぎる激痛。叫びをこらえることなんて不可能で、獣染みた悲鳴が床や壁に反響して消えていく。一緒に痛みも飛べばいいのになんて妄想は、虚しい現実逃避でしかなく、むしろ痛みはそれが現実であると僕にありありと教えてくる。

 

 

 あまりの痛みに膝をつきかけるけれど。それをどうにかこらえて転びかける体を近くの壁に凭れる。そして傷口が直撃しまた激痛が走り悲鳴はまたも飛ぶ。

 

 

 視界には白い光が明滅し、意識もどこか上の空に近い。抑える左手は、留まる事を知らない血塊が溜まり真っ赤に染め上がっていく。出血の量が多すぎる。どうにか止血しなければ、命はもたないことはわずかに齧った程度の医療の知識でもわかるレベルだ。

 

 

「フッー! フッー!」

 

 

 死。それがはっきりと自分へ近づいてきているのだと、自覚せざるを得ない。呼吸はどんどんと早くなり、心臓の音はどくどくとうるさい。意識を投げ出したいけれど、そうしてしまったら確実にもう目を覚ます事はないだろう。

 

 

 生きたいなら、今この瞬間に行動をするしかない。でもどうする。何をすればいい。服を破って傷口を縛るなんて器用な真似は片手じゃ出来やしない。火で止血するにしても、ここには火も発火できる材料もありはしない。どうする…………どうする…………どんどん低迷下していく思考の海は、痛みという嵐で荒れ始めまともな答えを叩きだせない。

 

 

 ふとそこで、僕の視界に映った。遺体の体から生える、大きな源石。それを食い入るように見る中で、僕は思いつく。この傷をどうにかする方法を。

 

 

 出来るなんて確証はない。むしろ普通なら『何を馬鹿なことを』と、強引に止められるようなこと。文字通り自殺行為に近しい行いだけれど、混濁し始めた意識と思考ではじき出せたのはこれしかない。

 

 

 やってしまえば、死ぬかもしれない。しかし、やらなければ死ぬ事は確定する。まだ…………まだ僕は死にたくない。

 

 

 決意は固まった。僕はよろつく体に鞭を打ち、血が流れるほど頬を噛み締め来るであろうこれ以上の痛みに備える。そして…………

 

 

 源石へ、傷口を擦り当てた。

 

 

「──────っ!!!!!!」

 

 

 悲鳴を上げなかったのは、幸運と言っていいかもしれない。それほどまでの痛みだった。ビキビキと音を立てる傷口、体へと流れていく異物感。死体から生えていた結晶は、徐々に接地面である僕の体を侵食するように広がっていく。その度に、まるで自分が自分でなくなるような、自分であったものが他人になって、他人であったものが自分になるような嫌悪すべき感覚。

 

 

 それを、自分自身で()()()()()

 

 

 拒むな。受け取れ。流し込め。余りの苦痛に嘔吐し、瞳からは血涙が流れ出す。頭は割れんばかり痛み、異物の侵入に体が拒否反応を示しているのだと、否が応にも理解できる。

 

 

「んんんんんんんん!!! ぎぃいいいいいいぃいぃぃぃぃ!!!!!」

 

 

 だけど耐えねば明日はない。痛みをごまかすように叫んで、抑える左手を食い込むぐらいに右手を握りしめて。

 生きたいから、死にたくないから…………

 

 

 僕はまだ、あの人に思いを伝えてないから…………

 

 

 だから──―

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!!!」

 

 

 一際大きく声を張り上げて、僕はそのまま後ろに飛ぶ。

 ガキンっ!! という金属音と共に離れた傷口を血でよどむ目で見るとそこにはもう傷はなく、傷があった場所を源石がまるで覆うようにびっしりと生え渡っていた。

 

 

 血は完全に止まったようで、痛みもない。代わりに無茶をした反動なのか頭が割れそうで、胸に痞えるような気持ち悪さが止まらない。

 自分でもかなりの無茶をしたと思っている。傷口を結晶化させて塞ぐなんて、どれだけ寿命が縮んだかなんて考えたくもない。

 

 

 けれど、ひとまず何とかなった。それでいいじゃないか。別の理由で死にかけるかもしれないけれど、今は考えないようにする。体は動く。まら優先すべきはボクの安否なんかより、あの人の安否だ。

 

 

 ゆらゆらと、血潮が蠢く床を踏みしめて歩く。まるで風邪をひいたみたく重く怠い体を引きずるように。

 

 

 あの人は無事なんだろうか…………いいや無事に決まっている。あの人が、そんな簡単に死ぬわけない。それに危ないとしても、ボクが彼女を救ってみせる。そのために、ここまで努力してきたんだから。

 

 

 あの人を救ったら、また褒めてくれるだろうか? また抱きしめてくれるだろうか? また優しい心で、優しい声で、優しい笑顔でボクを癒してくれるだろうか? 

 

 

 ああ…………早く会いたい。愛しいあなたに、恋したあなたに。思い出すごとに、あなたはボクを幸せにしてくれる、太陽のようなあなたに。

 

 

 ゆっくりと、だけれど確実にあの人へと近づいて、ついに彼女の避難した部屋の前までたどり着いた。

 ここもいつ危険になるかわからない。誰が敵で、誰が味方かもわからない状況だけれど、ボクのこの命を使ってでも彼女を守って見せる。その決意と共に、ボクは残る左手で扉に手をかける。

 

 

 この時、ボクは気が付くべきだった。避難させた時にかけたロックが解除されていることに。()()()彼女の思念が、いつも以上に微弱であることに。そして…………

 もう一人、居るはずのない見慣れた思念の持ち主が、その部屋にいることに。

 

 

「よかった! ここは無事…………で…………」

 

 

 意気揚々と扉を開き、いるであろう彼女に出せる最大の明るさで声を飛ばす。いつものように、今までと同じように。けれど、ボクの言葉に返す声はなくボクの言葉も最後までつむがれなかった。

 

 

 何故なら、ボクが会いたかった、愛したあの人はだらりとその華奢な手を力なく垂らし、胸から血を流して息絶えていたから。

 

 

「──―えっ」

 

 

 事象が理解できずに、か細く声が漏れる。

 

 

 死んでる? 嘘だそんなはずないあの人が…………あの人が死ぬわけないこれは夢だ夢だそうに違いないだから早く起きろよさっさとしろよこんな悪趣味な夢なんてみたくないからさぁ腕のもう一本でも持って行っていいから早く彼女に会わせてくれよ彼女の声を聴きたい彼女の笑顔が見たい彼女に触れたいんだだから早く早く早くぅ!! 

 

 

 捲し立てるように湧き上がる感情は、必死に目の前の事を否定する。けれど、ボクの眼は無常にも現実を告げている。

 

 

 視えるはずの、思念が見えない。つまり、彼女は…………生きては…………いない。

 

 

「ああ…………ああ! あああああああ!!!!」

 

 

 どうして。どうして。どうして。

 

 

 疑問符が絶えず立ち上り、それは増え続けて止まらない。けれど、そんな中でボクは彼女以外の点に目を奪われた。

 

 

 執務用の椅子に力なく凭れる彼女の前に立つ、一人の男。知らないわけがない、ボクの…………ボク達の先生…………何も持たなかったボク達を育ててくれた、命の恩人の一人。そんな彼が片手に持つのは、赤い紅い血濡れのナイフ。滴る血が一体誰のものかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 

 

 殺したんだ。あの人を、ボクの先生は…………殺した、コロシタ、ころした…………

 

 

 どうして…………どうして…………! どうして…………!! 

 

 

「どうして!? どうして彼女を殺したぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ッ!!!!」

 

 

 溢れ零れた激情は止まることなく、ボクの背後に実体を伴って姿を見せる。怒号と同時に現れた、光を呑むほどの黒の光の二つの輪。それは高音を伴いながら高速で回転を始め、ボクの眼前に黒の球体を発生させていく。赤の稲妻を迸らせるそれは、しっかりと彼女を殺した彼に向けられて。

 

 

 そして、ボクは──―

 

 

 僕、は────彼を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴンっ! 

 

 

「あいたっ!?」

 

 

 急にやって来た鈍痛に苦悶の声を漏らして、揺蕩んでいた()の思考は覚醒する。

 

 

 眠たげに開いた目に、使い慣れたハンドルが視界いっぱいに映りこむ。ハンドルに寄りかかって眠りこけて、びくっと体が震えた拍子にバックミラーに当たったようだ。証拠にハンドルにはよだれの跡が筋となって付いていて、頭頂部のバックミラーは少し歪んでいた。

 

 

 姿勢を戻してバックミラーを定位置へ。ずっと同じ姿勢をしていたからか腰が痛いし目覚めも悪いと踏んだり蹴ったりだ。あの寝ている時に震える現象は何というんだったか、度忘れした頭をひねって考えるも答えは出ず、あきらめて俺は車から降りて体を一伸び。

 腰に提げた水筒を手に取って水分を補給し、流した汗の分を体に取り込む。ジトっと背中を伝う汗で服が張り付き気持ちが悪い。どこかで汗を流したいけれど、残念なことにこの辺りにそのような場所はなく次の町まで我慢するしかない。

 

 

 しかし、嫌な夢を見たもんだ。もう見たくなくても、瞼を閉じればあの光景は嫌でも思い出せる。もうきっと、俺はこの悪夢から解き放たれることはないのだと、心のどこかで諦めをつけるべきなんだろう。そんな気なんて、自分にはさらさらないけれど。

 

 

「…………ん? 連絡?」

 

 

 ブルりと震える携帯端末をポッケから取り出して、指をスワイプして来たメールに目を通す。内容は至って単純、俺の召集指令。召集理由は…………

 

 

「ドクターの救出…………。ついに動くってわけか」

 

 

 ふっと、口角が上がったのが自分でわかり、そのまま背を車体に預ける。清々しい快晴の空は、今の俺の鬱屈した心を洗い流していく。

 

 

「さーて! 待ちに待ったねむり姫の救出、気合い入れていきますかー!」

 

 

 明るくそう独り言ち、車に乗り込んでエンジンをかける。向かう先は、我らが家である箱舟。

 

 

 車は走る、荒野を。壊れた世界の中を。

 

 

 動乱の渦の、その渦中へと。

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