三名の虎眼流剣士を“可憐”にしたるは、同門の興津三十郎。
並びに、かの者を制裁したるは、同じく虎眼流、藤木源之助なり――――
その噂は、瞬く間に
同門と言えども容赦なく、命を賭して剣技を競う
加えて、
虎眼流恐るべし。ぜったい入門したくないよね――――
問題であった
ちなみにだが、例の一件の翌朝……。
稽古場に訪れた興津の表情をひとめ見た途端、三重が彼に
門下生たちがポカーンと呆ける中、三重は暫しの間、興津と真剣な表情で向かい合い、無言で〈ガシッ!〉と握手を交わした。
両者の瞳には「守るぞ、支えるぞ」という、ある種のシンパシーというか、謎の決意が燃えていたとかなんとか。
正直、見ていた藤木には、よく分からない光景だったけど。
その後、興津はきっちり門弟たちにも詫びを入れ、己の罪を告白。
各々に思う所はあったものの、同じ門下として、興津の心情がとても理解出来たことがひとつ。
興津の顔に、並々ならぬ決意を感じ取ったことがひとつ、
そしてなにより、“乙女として生きる”という新しい喜びを既に見出していた事により、それ以上は不問としたのだった。
千加に至っては、興津が船木道場の件についてはノータッチであったので、とくに怨恨なども無かったし。
それどころか、自らの
全員が全員「おーいおい!」と男臭くガン泣きしながら、まさに体育会系のノリで。
途中、感極まった涼之介が思わず口走った「栓なき事ですよ! 我らの師匠は
その後、一応ケジメとして、興津は座敷牢三日という仕置きを受ける事にはなったが……。
たまに皆でこっそり饅頭を差し入れたりしながら、また興津と共に歩んでいける事を嬉しく思う、門弟一同であった。
◆ ◆ ◆
「とぼけまいぞ……! うぬらも裏切ったのであろう……!?」
まるで70年代のスポ根ドラマが如くの、暑苦しい青春劇場が行われた、その日の夜。
「興津と同じく、虎眼流を……! 白状いたせっ……!」
ごはんを食べる時以外で、久しぶりに覚醒していた老剣鬼は、先の一件を聞くやいなや、憤怒の表情に変じた。
「先生……。誓って我ら、
「儂の目は節穴ではないっ! うぬらも検校の飼い犬ならんっ!」
いま虎眼の私室には、師の御前にて平服する三人の剣士の姿がある。
三重と藤木はタラリと冷や汗を流し、権左衛門なんか頭から花瓶の水をかけられてビショ濡れだ。
この場の誰もが、沈痛な面持ちで俯いている。
「――――裏切ったんじゃろう!? うぬらも、儂のこと嫌いなんじゃろう!? うわーん!」
「「「…………」」」
それは言うまでも無く、いい年こいて弟子達の前でガン泣きする、哀れな師の姿にだ。
「なんで裏切る!? なんでひどい事するんじゃ!
みんな儂のこと嫌いなんじゃろ! ボケた老人じゃ申して! ひどい!」
「いやあの、先生……? 決して我らは、先生のこと……」
「嘘じゃ! そんなこと申しても、
どうせうぬらも、虎眼流エンジョイ勢なんじゃろ!
誰も真剣にやってくれぬ! 剣なんか時代遅れじゃと申してぇ! うわーん!!」
「「「…………」」」
いま自分たちの師は、まるでデパートで奮闘する駄々っ子の如く、床に大の字になってジタバタしている。そこらじゅうに涙とか鼻水とかを撒き散らしながら。
近年は門下生も激減してたし、きっと不安が溜まってたんだと思う。
「こ、これはいけませぬ。
20年近く娘をやっておりまするが……、かようなお父上のお姿、三重もとんと覚えが無く」
「三重さまッ!?」
「ッ!?」
いつも傍若無人な三重が、静かに押し黙り、玉のような汗を流している。
その姿に権左衛門と藤木は、否が応でも事態の重さを実感する。「これアカンやつに御座るか?」と。
「この怒りよう、尋常ならざるご様子。
下手をすれば、このまま
「なんとッ!?」
「ッ!?!?」
「うわーん! みんな嫌いじゃー!
うぬらなんか、お腹こわして死んでしまえばええのじゃー! うわーん!!」
漫画のような量の涙、天上を見上げてスヌーピーみたく泣いている虎眼の姿に、門弟の両名はゴクリと喉を鳴らす。
三重の放ったひと言により、重い緊張感がこの場を包んでいく。
「お父上。何故そのように、荒ぶっておいでなのです?
藤木さまも、うっしーも、お父上を慕っておるではありませぬか」
「嘘じゃ! きゃつらもいつか裏切る! 儂には分かるのじゃ三重よ!」
「お二方とも、大変よくできた弟子ではありませぬか。
いつもお父上を案じておられるのですよ? 何が気に食わぬのですか」
「そんなの、口では何とでも申せよう!
信用できぬ! このエンジョイ勢めらが!」
「およよ……」
火が着いたように怒り狂う虎眼に、三重は小さくため息をひとつ。
頼みの綱であった彼女に一抹の望みを掛けていた両名は、ただただその場で押し黙るばかり。
「面目次第もございませぬ。
三重には、今のお父上をお静めする事、
「そんな……! どうにかならぬのですか三重さまっ!
このままでは虎眼流がっ……!」
「……っ! ……っ!」
「うーん、そうですねぇ~。
ちょっとお父上にお訊きして参りますゆえ、暫しお待ちを。
……もし? お父上はどうなさりたいのです?
どうしたらこの者達を、お許し願えまするか?」
三重はいったん二人のもとを離れ、虎眼の傍へと寄っていく。
そして、まるでシャイな幼児のようになった虎眼が、三重の耳元でコショコショ何かを告げる。
「あー……。左様にございまするかー。それしかのぅございまするねー。
藤木さま、牛股さま。残念ながら
よろしくお勤め下さいますよう」
プンプン! と頬を膨らませる虎眼。
それを背に、三重が「やれやれ」といった風な顔で、二人に告げた。
「あ……
しかしながら! アレは!!」
「……っ! ……っ!!(こくこく!)」
「申し訳ございませぬ。ほんに申し訳のぅ。
かようにお父上が怒っていらっしゃる以上、これは栓なき事ゆえー。
なれば
あー栓なき栓なき。にんともかんとも、にございまするー」
まるで
それを浮かべる門弟二人を尻目に、三重はひとりスタスタと退室し、儀の準備に向かった。
◆ ◆ ◆
その後、
一見すると、なんか新撰組のコスプレのようにも見えなくない、カラフルな
ちなみにこの灯りは、失くしてしまった時や、他の人達にあげたりする時の為、何本か余分に用意しておくが虎眼流の習わしである。
無事にこれらを茂助より受け取り、自室にて暫しの精神統一、並びに一通りの歌詞を復唱。
それを全て終えた後、藤木は虎眼らの待つ深夜の稽古場へと、足を運んでいった。
「来たか……藤木」
稽古場の戸を開けば、そこには自身と同じ恰好をしている、兄弟子の姿。
藤木と色違いとなるピンク色の法被を着て、その額にはファンシーな文字で【三重♡LOVE】と書かれたハチマキがある。
「お
「互いにな、
虎眼流の龍虎と呼ばれし二人だが、いま彼らが手にしているのは、木剣ではない。
ペンライトなる灯り、そして三重の顔が描かれた“雅な扇子”を持ち、道場の中ほどに立つ虎眼へと向き直った。
「牛股藤木両名、
「お待たせ申した」
その言葉に応えることなく、虎眼は弟子たちを睨み付けたまま、その場に佇むばかり。
その右手に剣を握っているのは、弟子たちに対する猜疑心の表れか。はたまた「決して逃がさぬ」という意思表示なのか。
ちなみにであるが、いま虎眼が着ているのも、藤木たちと色違いながらお揃いの法被である。
「――――では虎眼流・
師の号令に合わせ、二人が少しだけ距離を取り、同じ方向を向いて肩を並べる。
「
壁際にて控えていた門弟たちが、それぞれ琵琶とか太鼓とか尺八とかを「~♪」と鳴らし始め、小気味よい音楽が流れていく。
そしてその途端、この場に満面の笑みを浮かべた
「――――はぁーーい♪ みんなぁー、げんきぃー!!」
「「うおぉぉ! みーえちゃぁぁぁあああん!(野太い声)」」
「よぉーし♪ それじゃあ、いっくよぉー♪
聴いてくださいっ! “私の彼は虎眼流”!」
三重が〈キラッ☆〉とウインク。アイドルが如き眩いスマイル。
対して藤木たちは白目を剥きつつ、まるで傀儡のように機械的に身体を動かしていく。ペンライトをフリフリと。
わたくしの かーれーは! 虎眼流ぅ~♪
現代における“甘ロリ”、定番と言わんばかりのピンクのフリフリドレスに身を包んだ三重の、水のように澄んだ……なれどどこか「イラッ♪」とくるような歌声が、稽古場に響いていく。
ギュッと 握って 秘儀・骨子術!
道場破りは 伊達にすべし♪
「「スリー・トゥ・ワン・ゴー! タイガー! みえちゃーん!(低音)」」
赤い
「「Go! Go! Let's go! レッツゴー! みえちゃーん!(低音)」」
ちなみに藤木たちがやっているのは、いわゆる現代における“オタ芸”というヤツである。
兄貴分、弟分が息を合わせ、独特のムーブで気持ち悪く踊る。力いっぱい囃し立てる。
決してふと我に返ったり、「拙者たち剣士やのに、何をしとんねやろか?」とか考えちゃ駄目だ。
ただただ無心で身体を動かし、野太い声で合いの手を入れていく。
なれど きゃつったら! 私より!
仕える お家の
「「みーえーちゃん! オーイ☆ みーえーちゃん! オーイ☆
I・W・A・M・O・T・O! フッフー♪(低音)」」
楽器隊の門弟たちも、もちろん全員白目である。
尺八や小太鼓といった、まんま伝統芸能で使う楽器のせいで、もうとてもJ Popやアイドルソングとは言い難い、とても気色の悪い伴奏になっているのだが、そんなの気にしてるヤツはこの場には居ない。
三重と虎眼を除き、ここにいる誰もが「早く終われ」と、そう心から願っているのだ。
わたくしの かーれーは! 虎眼流ぅーー♪♪♪
「「L・O・V・E! ラブリー! みえちゃぁぁーーん!!!!
Fuuuuーーーーッッ♪♪♪(やけくそ)」」
ちなみに、三重の歌は
あらゆる武芸、学問を修めし三重だが、歌だけはひどい。
本人は満面の微笑みで、虎眼パパもなにやらご満悦の様子ではあるが、それを聴いていた藤木たち&楽器隊の者達は、みな白目のまま血の涙を流している。
心を繋いだ同門の士と共に、死線を乗り切った――――
そんな感動の涙など、ここにはありはしない。
鼓膜はいかれ、スタングレネードが炸裂した位に意識は
その威力たるや、近隣の屋根から瓦が滑り落ち、看板が〈ガッシャーン!〉といく程。
なれど流石は剣士というべきか、いま皆は無意識のままパチパチと手だけは動かしている。日頃鍛えた精神力の賜物だ。
「
音楽とは、かような物なのか? 藤木よ……」
「…………」
もうフラフラになって法被を脱ぎつつ、権左衛門がそう問いかけるが、藤木は答える言葉を持たない。
だって今も三重が、こちらに向けて〈パチパチ☆〉とウインクしまくっているから。プレッシャーが凄い。
「どうじゃ藤木! 惚れ直したであろう!
流石は三重ッ! 流石は虎眼流の子女たる娘じゃ!
これはもう、いずれ徳川公の御前でも歌うことになろうて!
いつお呼びがかかるかのう?」
そんな事したら、岩本家がお取り潰しになるわ。幕府の機能停止するわ。
そう言いたいのは山々なのだが、相手は自分たちの先生なので、ぐっと言葉を堪える門弟一同。
藤木に至っては、ただただ「なによりに御座る(白目)」と相づちを打つばかり。
「――――なれど! まだ信用は出来ぬ!
久方ぶりに三重の歌声を聴き、気分はようなったが、まだまだ信じられぬぞぉー!」
「ッ!!??」
「ッ!?!?!?」
「およよ、これはいけませぬ。
かようにお怒りのお父上、三重は見た事のぅございまする」
目玉が飛び出さんばかりに驚愕する二人を余所に、なにやら棒読みの三重さま。
「なればお父上? 次なるは何をなさりたいのです?」
(コショコショ……)
またしても、コソコソと三重に耳打ちをする虎眼先生。子供か。
「あー、これは仕方ありませぬ。これは栓なきこと。
では藤木さま? 申し訳ありませぬが、一歩前へお進み下さいませ」
「えっ、三重さま!? なにゆえ拙者ひとり……?」
「あー、栓なき栓なきー。ほんに仕方のぅございまするー。
これは是が非でも、やって頂かねばー。
ではいってみましょう! 虎眼流・
三重がパチリと指を鳴らした途端、門下の者達の手によって、この場に一対のお布団が運ばれてくる。
それと同時に、ハチマチが藤木の目元に巻かれ、完全に視界が奪われる。
やがて藤木がワケもわからぬまま待たされた、その数十秒後……。
ハチマキが取り外され、ようやく視力を取り戻した彼が見たのは、なんか妙にニヤニヤと笑う虎眼の顔であった。
「いざ
ささ藤木よ、布団に入ってみぃ? 中にある物を当ててみよ」
「いや……先生?
なにやらそこな布団、
そして三重さまのお姿が、見当たりませぬが……」
「――――えぇい! ごたごた申すな痴れ者ッ!!
早よう儂に孫の顔を見せぬかッ!! たぁぁぁねぇぇぇえええーーいッッ!!」
ついにゲームという大義名分をかなぐり捨て、虎眼は門弟たちに命じて藤木を取り押さえる。
そして無理やり布団に押し込もうと、やっきになる。
「いやぁ~、仕方ありませぬー。栓なき事ゆえー。
では藤木さま、
止めを用いぬ真剣にて(意味深)」
「――――見えて御座る! 三重さまのお顔が〈ひょっこり♪〉して御座る!!
先生ぇぇーーッ!!」
必死に藻掻いて逃げようとするも、この場の門弟たちは数十人。
いくら藤木をしても、あまりにも多勢に無勢。加えてこの者達は虎眼流だ。
そして抵抗も虚しく、三重にガバッと捕獲される。
「ふははは! カーニーバーサーミーじゃあ~♪
飛騨の山中に篭ること、十余年……。
三重があみ出したるこの技! 名づけてカニバサミ!!
もがけばもがくほど、その身に喰い込むぞ!
どやっ! 動けるもんやったら、動いてみぃー!」
「三重さまっ! どうかお許しの程を!
いやぁー! えっちぃー!!」
これは、私のオリジナルソングです(キラッ☆)