乙女心もシグルイ   作:hasegawa

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第十景  (たわむ)れなれば♡

 

 

 

「苦しゅうない、表を上げい――――」

 

「へへぇ~っ!」

 

 盲人の自治組織“当道座”の最高位者である、賎機(しずはた)検校が屋敷。

 現在岩本虎眼は、その一室に通され、深々と平服していた。

 

 たとえ目の前で「くるしゅうない」とか言われても、「あ、それリアルに言うんすね! 時代劇で観ましたわ!」とかは言わない。テンション上げたりしない。

 ここは真面目にいかなければならぬ所なのだ。

 

「よう来たのぅ虎眼。

 しばらく会わなんだが、壮健であったか?」

 

「そりゃーもう検校さまっ! ウケケケケ!」

 

「うむ。相変わらずそこもと(お前)は、気色悪いのぅ」

 

 賎機検校は、幼少の頃に親に放置されていた折、両の目をカラスについばまれて、失ってしまったと聞く。

 なれど、明らかに虎眼の気色悪い声を聞き、眉を(ひそ)めている。とても嫌そうな顔だ。

 

 

 あの二輪(?)の儀があった日の、翌日のこと……。朝方の岩本邸の門を、ひとりの見知らぬ男が叩いた。

 その人相は特徴的で、鼻の横にとても大きな黒子(ほくろ)があり、もう速攻で三重に【掛川ミキプルーン】という変なあだ名を付けられたので、門下生全員がすぐに顔を憶えてしまった、という出来事ありけり。

 

 門下生たちはテンションを上げ、「ミキプルーン殿! お茶にございまする!」とか「懐にお隠しの短筒、かっこ良ぅござるなミキプルーン殿!」と話しかけていったのだが……、みんな大した用事もなく、ただミキプルーン言いたいだけだったので、とても鬱陶しかった。

 

 そして、この掛川ミキプルーンは検校の従者であり、一通の文を持参して来ていた。

 その内容とは、虎眼に対し「屋敷に馳せ参じるように」と命じる物であり、よって本日こうしてお邪魔している次第なのである。

 

 なんか虎眼の他にも、お付きの者として権左衛門&藤木、そして三重や千加までが着いて来てしまっているが……、彼らはいま控えの間にて、4人で楽しく談笑していたりする。

 

 この検校なる者が、一連の襲撃事件の黒幕である事は間違いない。それは充分理解している。

 なれど三重は、緊張感皆無(かいむ)であった。

 ここは敵地だというに、出されたお茶もガブガブ飲んでいる。「おかわり!」とばかりに。

 金持ちの家の茶うめー!

 

 ぶっちゃけ、虎眼も早くそちらに行きたい。めっちゃ合流したい。

 こんなハゲといるより、娘と話している方が、よっぽど楽しいし。

 

 

「まことさぁ~? 早ぅ跡目(あとめ)選んで、殿を安堵させてやらねばさぁ~?

 ちゃんと存じてんのぉ虎眼~?」

 

「ははっ! 何卒いま暫しの……」(このボケ……! 徳川の威光なかったら、ホンマいてもうてんぞ!)

 

「娘さんもさぁ~? おてんばなのは良きけどぉ~? ちとやりすぎならん~?

 あの子のせいでぇ、柳生宗則(のりのり)が剣捨てちゃったじゃーん!

 マジどーすんのアレぇ~!? そこもと責任とれんのぉ~?」

 

「ははぁーっ! どうかお許しを!」(じゃかあしいわハゲ! 三重に殴らせて、その顔面琵琶(びわ)みたくしたろかボケカス!)

 

 意訳すると、まぁそんな風な内容の会話を、暫しおこなっていく。

 ちなみに柳生家は、徳川の剣術指南役であり、地味に大問題であった。もちろん三重と立ち合った事による自信喪失である。

 

「まぁ、それは良い。決してよぅ無いやもしれぬが……。

 とにかく、本日そこもとを召したは、一流の剣客たる虎の目を借りたきが故。

 ひとつ頼まれてくれんか」

 

「はて?」

 

 クソハゲ検校が手を叩き、合図を送る。

 するとこの場に、同じくクソハゲ小姓らしき者が入室し、虎眼に一礼した。

 

「――――夕雲(せきうん)と申しまする」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「藤木源之助が用いるは木剣。

 夕雲は“飾り”なれば、その剣にて」

 

 あれから暫しの後、虎眼を含めた岩本家の一同は、中庭へと集められていた。

 

「なぁに、これはあくまでも(きょう)のひとつ。

 そうであろう? 虎眼よ」

 

「……」

 

 縁側に座る検校が、そう虎眼に同意を求めた。

 その嫌らしく歪んだ口元に、老剣鬼は僅かに眉をしかめる。

 

 

 先ほど虎眼は、夕雲なる小姓が持ち込んで来た“一振りの剣”を、頼まれるままに鑑定した。

 それは、鍔の部分に変わった装飾の施された、非常に細身の直剣である。

 一見して日本刀(やまとがたな)では無いことが分かる、鋼・鍛え・焼きのどれを取っても、とても物を斬るのには適さない貧弱な作り。

 ゆえに虎眼は、その不思議な直剣を業物とせず、ハッキリ“飾り”だと、検校の御前で断じたのだ。

 

 ほう、飾りと申したか――――

 その言葉を聞いた途端、検校は念を押すように訊ねた後、ある立ち合いを命じた。

 虎眼流には、掛川の龍と讃えられし、藤木なる剣士がいると聞く。なればその剣の使い手である夕雲に、ひとつ稽古を付けてやってはくれまいか――――と。

 

 武士として、一度吐いた言葉を飲み込むことは、許されぬ。

 わざわざ退路を断つが如く「まことの剣を見せてやってくれ」と告げる検校に、虎眼はただただ頷くしか無かったのだ。

 

 

 

「しからば両名、存分に戯れよ――――」

 

 そして今、襷掛(たすきが)けに肩を縛った藤木が、この場に立っている。

 その表情に感情は伺えず、ただ己の成すべきを成すという、まさに(さむらい)の顔で。

 

「藤木……木剣に細工は無い。安心せぃ」

 

 権左衛門が小声で告げた後、そっと両手で木剣を差し出す。

 兄弟子の顔を一瞥し、藤木がそれを受け取ろうと動いた、その時……。

 

「ッ!? 先生……!」

 

 虎眼が藤木をすり抜け、先んじて木剣を受け取った。

 

「ッ!? 三重さま……!」

 

 だが、その木剣を三重が奪い取り、満面の笑みで歩き出そうとする。

 

「ッ!? 千加どの……!」

 

 なれど、今度は千加が横からかっさらい、へっへーんとワイルドに微笑む。

 ここまでが、権左が状況を理解できぬ速度で、矢次に行われた。

 

「ちょ……お主ら! いったい如何なるつもりじゃ! ここは儂が!」

 

「木剣を返しなさい! わたくしがやりまする! ずるいずるい!」

 

「いーえ返しませぬっ! ここは千加がお対手を! ひゃっほい!」

 

 儂が! いえ三重が! いえいえ千加が!

 そう三人でワーワー木剣を奪い合う。

 

「三重ちゃん! 千加ちゃん! 検校さまの御前(おんまえ)ぞ!

 ええ子じゃから、此度(こたび)は儂に譲りなさい! ふんぎぎ……!」

 

「やーです! 三重も木剣ブンブンしとぅございまする!

 剣と名の付く物は、全部わたくしのです! ふんぎぎ……!」

 

「お放し下さりませぇ! あんなもやし小僧、千加の上段で一発なれば!

 ド頭かち割って、西洋瓜(スイカ)みてぇにしたりまする! ふんぎぎ……!」

 

 まるで「私が結婚するのよ!」「私が結婚するのよ!」と花嫁のブーケを奪い合う未婚女性のように、木剣を引っ張り合う。

 夕雲くんの方はポカンとし、ひとり取り残されている様子だ。

 

「「「わーっ!」」」バキィィ!

 

 気合一閃――――木剣が三つに割れる(・・・・・・)

 三人の剣鬼の凄まじい腕力に、木剣が耐えられなかったのだ。

 虎眼も三重も千加も、勢いのままドテーッとひっくり返る。

 

「あなや! 木剣が短ぅなりました! いとおかし!」

 

「どーすんのじゃコレ!? 検校さまからの借り物ぞ!?

 きっと高いヤツじゃぞコレ!」

 

「そんなの知りませぬ! 千加は素手でもやれまする!

 あのクソ小姓のアバラ、全砕きしたりまする! 見ててね藤木さま♪」

 

 なんか夕雲くんの身体が、小刻みにガクガク震えているような気がする。

 無理も無い。いま千加が獣のような目で、「フーッ!」とこちらを睨んでいるし。超おそろしいのだ。

 

「じゃあ三人で参りまする?

 あの腐れションベン餓鬼のはらわた、ぜんぶ掴み出す(・・・・・・・)のは如何なりや?

 千加は人体を破壊できるなら、それで満足ゆえ! 戯れなれば!」

 

「三人同時に駆け出し、先にきゃつの首を引きちぎった者の勝ち! なる儀はどうじゃ?

 なんかビーチフラッグみたいで楽しそうじゃろ? 戯れなれば!」

 

「えー、なんかコスパ悪ぅございまする。せっかくの生き試し(・・・・)ですよ?

 三重は思う存分、生きたまま切り刻みとう存じまする! 戯れなれば!」

 

 縁側に座ってる検校さまが、滝のように汗を流している。

 目が見えない者は、必然的に想像力が鍛えられるゆえ。三重たちの言葉をリアルに想像しちゃったのかもしれない。

 えっ、殺すの前提? 一応その子、儂のお抱えなんじゃけど……。

 

「――――じゃあもう順番! 一人づつ夕雲くんとやりましょう! 戯れなれば!!

 うっしーも藤木さまも、よぅございますね?」

 

「は、はぁ……」

 

「分かり申した……」

 

 さぁ並んで並んでー! とばかりに、三重の号令に従って、虎眼流の者達が列を作る。

 一番手、千加。

 二番手、虎眼。

 三番四番が、牛股と藤木。

 そして最後が三重である。

 

「参るぞえ! このチンカス坊主ー! そりゃー♪」

 

 夕雲がただただ立ちすくむ中、訳も分からず立ち合いが始まる。

 千加が元気よく(徒手空拳で)駆け出し、ドドドドと夕雲に迫っていく。

 

「ほーい♪」

 

 がしっ! ぱしっ! ベシャ!!

 千加がレイピアを素手で掴み(・・・・・)、夕雲の足を払い、倒れた所を顔面踏みつけ。

 一応は、顔のすぐ横に足を落としたので、彼を殺してしまう事は無かったが……明らかな“勝負あり”である。

 

「しからば検校さま、参りまする」

 

 次は虎眼が前に出て、〈シュババッ!〉と夕雲の方へ駆け出す。

 慌てて彼がレイピアを突き出すも、虎眼はスッと首だけで躱した後、バコーンと虎拳を決める。

 顔面をふっとばされた夕雲が、ゴロゴロと地面を転がっていく。

 

「あ、じゃあ拙者も……」

 

 続いて牛股が前に進み、のしのしと夕雲の方へ。

 先ほどの衝撃に目をパチクリさせている彼を、よいしょーと掴み上げ、〈ポーイ!〉と投げ捨てた。

 

「指南? (つかまつ)る……」

 

 藤木もスタスタと歩き出し、夕雲の所へ。

 未だ地面に顔を埋め、尺取り虫のようなポーズとなってる彼に、優しく「えいっ!」と手刀を落とす。ポスッという可愛い音が鳴った。

 

「――――では最後、わたくしにございまする! ちょえぇぇぇーーい!!」

 

 そして三重が〈ゴッ!!〉という音を立て、一瞬にして夕雲の前に立つ。

 彼の身体が「ビクゥ!」と大きく跳ね上がるが見えた。

 

「……ん?

 およよ夕雲くん、気絶しておりまする(・・・・・・・・・)

 

 かと思いきや、あにはらんや*1

 三重を眼前にしたその途端……夕雲くんはジョバーっと盛大におしっこを漏らし、そのまま白目を剥いた。

 

 ほんの一瞬とはいえ、三重の“全力の闘気”をその身に受けた事で、精神に異常をきたした物と思われる。

 まだ子供なんだし、無理もない事だ。相手は魔人なのである。

 しかも三重さま「もうラストだし、殺してもよぅございますね♪」という雰囲気まんまんだったし。

 

「……」

 

「……」

 

「うむむ……やっと出番というに、無念にございまする。

 このまま下がるのも何ですし、夕雲くんに眉毛でも書いときましょう」

 

 検校や、その傍に控えるミキプルーンが絶句する中……三重は懐から筆と(すずり)を取り出し、スッスと動かす。

 夕雲くんは体毛が無いという体質であったが、これでめでたく、男らしいぶっとい眉毛を手に入れた。

 

「あーっ! これレイピアですよ! 以西把爾亜(イスパニア)剣術の!

 ほえー、綺麗な剣にございまする~」

 

 ちょっと手持ち無沙汰になった三重が、徒然なるままに*2落ちていたレイピアを手に取り、マジマジと観察し始めた。

 さすがは阿修羅たる岩本三重。流石の博識なり。

 

「たしか……こうに御座いましたでしょうか? えーい!」ビシュウ!!

 

 そして、カッコ良くレイピアを構えた三重が、その場で軽く一突きして見せる。

 盲人である検校には見ること(あた)わず……、だが音だけで分かる。

 それは、紛い物の夕雲とは比べるのもおこがましい、“本物の突き”だった――――

 

 えっ、儂が思うてたんと違う!

 藤木とかいう者を殺すぅー申して、伊良子と一緒にほくそ笑んどったのに。何このお化けみたいな娘。この寄席(ギャグ)みたいな展開。

 きゃっきゃ☆ と三重が無邪気にはしゃぐ中……検校の頭がグアングアン揺れる。

 

 

「た、戯れなれば……♡」

 

 

 玉のような汗を浮かべた虎眼が「へへぇ~!」と平服し、絶賛フリーズ中の検校に対し、そう告げる。

 まるで「これで良いんだよね?! 遊びだもんね?! 怒ったりしないよね!?」と、わざわざ念押しをするかのように。

 はからずとも、先ほどの意趣返しとなったのだった。

 

 余談にはなるが、本来はここで〈ひょこっ♪〉と顔見せする予定だった伊良子も、いく殿がいくら袖を引っ張ろうとも「嫌に御座る! 出るとぅ無いで御座る! 死に申す!」と駄々をこね、結局ここに出て来なかったし。

 この勝負、虎眼流の完勝なり。

 

 

「――――良いか夕雲くん! (なんじ)更なる高み欲すなら、虎眼流の門を叩けぃ!!!!

 この三重が、直々に指南(つかまつ)りまする! 泣いてた日々にサヨナラ☆」

 

 

 

 ちなみに、この夕雲くん。

 実は不幸な生い立ちとか、イスパニア剣術との出会いエピソードとかも、沢山あったりしたのだが……。

 そんなもん虎眼流には、知ったこっちゃ無かった。

 

 

 

 

 

*1
侍言葉で、意外な事に の意

*2
侍言葉で、退屈のままに の意

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