「苦しゅうない、表を上げい――――」
「へへぇ~っ!」
盲人の自治組織“当道座”の最高位者である、
現在岩本虎眼は、その一室に通され、深々と平服していた。
たとえ目の前で「くるしゅうない」とか言われても、「あ、それリアルに言うんすね! 時代劇で観ましたわ!」とかは言わない。テンション上げたりしない。
ここは真面目にいかなければならぬ所なのだ。
「よう来たのぅ虎眼。
しばらく会わなんだが、壮健であったか?」
「そりゃーもう検校さまっ! ウケケケケ!」
「うむ。相変わらず
賎機検校は、幼少の頃に親に放置されていた折、両の目をカラスについばまれて、失ってしまったと聞く。
なれど、明らかに虎眼の気色悪い声を聞き、眉を
あの二輪(?)の儀があった日の、翌日のこと……。朝方の岩本邸の門を、ひとりの見知らぬ男が叩いた。
その人相は特徴的で、鼻の横にとても大きな
門下生たちはテンションを上げ、「ミキプルーン殿! お茶にございまする!」とか「懐にお隠しの短筒、かっこ良ぅござるなミキプルーン殿!」と話しかけていったのだが……、みんな大した用事もなく、ただミキプルーン言いたいだけだったので、とても鬱陶しかった。
そして、この掛川ミキプルーンは検校の従者であり、一通の文を持参して来ていた。
その内容とは、虎眼に対し「屋敷に馳せ参じるように」と命じる物であり、よって本日こうしてお邪魔している次第なのである。
なんか虎眼の他にも、お付きの者として権左衛門&藤木、そして三重や千加までが着いて来てしまっているが……、彼らはいま控えの間にて、4人で楽しく談笑していたりする。
この検校なる者が、一連の襲撃事件の黒幕である事は間違いない。それは充分理解している。
なれど三重は、緊張感
ここは敵地だというに、出されたお茶もガブガブ飲んでいる。「おかわり!」とばかりに。
金持ちの家の茶うめー!
ぶっちゃけ、虎眼も早くそちらに行きたい。めっちゃ合流したい。
こんなハゲといるより、娘と話している方が、よっぽど楽しいし。
「まことさぁ~? 早ぅ
ちゃんと存じてんのぉ虎眼~?」
「ははっ! 何卒いま暫しの……」(このボケ……! 徳川の威光なかったら、ホンマいてもうてんぞ!)
「娘さんもさぁ~? おてんばなのは良きけどぉ~? ちとやりすぎならん~?
あの子のせいでぇ、
マジどーすんのアレぇ~!? そこもと責任とれんのぉ~?」
「ははぁーっ! どうかお許しを!」(じゃかあしいわハゲ! 三重に殴らせて、その顔面
意訳すると、まぁそんな風な内容の会話を、暫しおこなっていく。
ちなみに柳生家は、徳川の剣術指南役であり、地味に大問題であった。もちろん三重と立ち合った事による自信喪失である。
「まぁ、それは良い。決してよぅ無いやもしれぬが……。
とにかく、本日そこもとを召したは、一流の剣客たる虎の目を借りたきが故。
ひとつ頼まれてくれんか」
「はて?」
クソハゲ検校が手を叩き、合図を送る。
するとこの場に、同じくクソハゲ小姓らしき者が入室し、虎眼に一礼した。
「――――
◆ ◆ ◆
「藤木源之助が用いるは木剣。
夕雲は“飾り”なれば、その剣にて」
あれから暫しの後、虎眼を含めた岩本家の一同は、中庭へと集められていた。
「なぁに、これはあくまでも
そうであろう? 虎眼よ」
「……」
縁側に座る検校が、そう虎眼に同意を求めた。
その嫌らしく歪んだ口元に、老剣鬼は僅かに眉をしかめる。
先ほど虎眼は、夕雲なる小姓が持ち込んで来た“一振りの剣”を、頼まれるままに鑑定した。
それは、鍔の部分に変わった装飾の施された、非常に細身の直剣である。
一見して
ゆえに虎眼は、その不思議な直剣を業物とせず、ハッキリ“飾り”だと、検校の御前で断じたのだ。
ほう、飾りと申したか――――
その言葉を聞いた途端、検校は念を押すように訊ねた後、ある立ち合いを命じた。
虎眼流には、掛川の龍と讃えられし、藤木なる剣士がいると聞く。なればその剣の使い手である夕雲に、ひとつ稽古を付けてやってはくれまいか――――と。
武士として、一度吐いた言葉を飲み込むことは、許されぬ。
わざわざ退路を断つが如く「まことの剣を見せてやってくれ」と告げる検校に、虎眼はただただ頷くしか無かったのだ。
「しからば両名、存分に戯れよ――――」
そして今、
その表情に感情は伺えず、ただ己の成すべきを成すという、まさに
「藤木……木剣に細工は無い。安心せぃ」
権左衛門が小声で告げた後、そっと両手で木剣を差し出す。
兄弟子の顔を一瞥し、藤木がそれを受け取ろうと動いた、その時……。
「ッ!? 先生……!」
虎眼が藤木をすり抜け、先んじて木剣を受け取った。
「ッ!? 三重さま……!」
だが、その木剣を三重が奪い取り、満面の笑みで歩き出そうとする。
「ッ!? 千加どの……!」
なれど、今度は千加が横からかっさらい、へっへーんとワイルドに微笑む。
ここまでが、権左が状況を理解できぬ速度で、矢次に行われた。
「ちょ……お主ら! いったい如何なるつもりじゃ! ここは儂が!」
「木剣を返しなさい! わたくしがやりまする! ずるいずるい!」
「いーえ返しませぬっ! ここは千加がお対手を! ひゃっほい!」
儂が! いえ三重が! いえいえ千加が!
そう三人でワーワー木剣を奪い合う。
「三重ちゃん! 千加ちゃん! 検校さまの
ええ子じゃから、
「やーです! 三重も木剣ブンブンしとぅございまする!
剣と名の付く物は、全部わたくしのです! ふんぎぎ……!」
「お放し下さりませぇ! あんなもやし小僧、千加の上段で一発なれば!
ド頭かち割って、
まるで「私が結婚するのよ!」「私が結婚するのよ!」と花嫁のブーケを奪い合う未婚女性のように、木剣を引っ張り合う。
夕雲くんの方はポカンとし、ひとり取り残されている様子だ。
「「「わーっ!」」」バキィィ!
気合一閃――――木剣が
三人の剣鬼の凄まじい腕力に、木剣が耐えられなかったのだ。
虎眼も三重も千加も、勢いのままドテーッとひっくり返る。
「あなや! 木剣が短ぅなりました! いとおかし!」
「どーすんのじゃコレ!? 検校さまからの借り物ぞ!?
きっと高いヤツじゃぞコレ!」
「そんなの知りませぬ! 千加は素手でもやれまする!
あのクソ小姓のアバラ、全砕きしたりまする! 見ててね藤木さま♪」
なんか夕雲くんの身体が、小刻みにガクガク震えているような気がする。
無理も無い。いま千加が獣のような目で、「フーッ!」とこちらを睨んでいるし。超おそろしいのだ。
「じゃあ三人で参りまする?
あの腐れションベン餓鬼のはらわた、
千加は人体を破壊できるなら、それで満足ゆえ! 戯れなれば!」
「三人同時に駆け出し、先にきゃつの首を引きちぎった者の勝ち! なる儀はどうじゃ?
なんかビーチフラッグみたいで楽しそうじゃろ? 戯れなれば!」
「えー、なんかコスパ悪ぅございまする。せっかくの
三重は思う存分、生きたまま切り刻みとう存じまする! 戯れなれば!」
縁側に座ってる検校さまが、滝のように汗を流している。
目が見えない者は、必然的に想像力が鍛えられるゆえ。三重たちの言葉をリアルに想像しちゃったのかもしれない。
えっ、殺すの前提? 一応その子、儂のお抱えなんじゃけど……。
「――――じゃあもう順番! 一人づつ夕雲くんとやりましょう! 戯れなれば!!
うっしーも藤木さまも、よぅございますね?」
「は、はぁ……」
「分かり申した……」
さぁ並んで並んでー! とばかりに、三重の号令に従って、虎眼流の者達が列を作る。
一番手、千加。
二番手、虎眼。
三番四番が、牛股と藤木。
そして最後が三重である。
「参るぞえ! このチンカス坊主ー! そりゃー♪」
夕雲がただただ立ちすくむ中、訳も分からず立ち合いが始まる。
千加が元気よく(徒手空拳で)駆け出し、ドドドドと夕雲に迫っていく。
「ほーい♪」
がしっ! ぱしっ! ベシャ!!
千加がレイピアを
一応は、顔のすぐ横に足を落としたので、彼を殺してしまう事は無かったが……明らかな“勝負あり”である。
「しからば検校さま、参りまする」
次は虎眼が前に出て、〈シュババッ!〉と夕雲の方へ駆け出す。
慌てて彼がレイピアを突き出すも、虎眼はスッと首だけで躱した後、バコーンと虎拳を決める。
顔面をふっとばされた夕雲が、ゴロゴロと地面を転がっていく。
「あ、じゃあ拙者も……」
続いて牛股が前に進み、のしのしと夕雲の方へ。
先ほどの衝撃に目をパチクリさせている彼を、よいしょーと掴み上げ、〈ポーイ!〉と投げ捨てた。
「指南?
藤木もスタスタと歩き出し、夕雲の所へ。
未だ地面に顔を埋め、尺取り虫のようなポーズとなってる彼に、優しく「えいっ!」と手刀を落とす。ポスッという可愛い音が鳴った。
「――――では最後、わたくしにございまする! ちょえぇぇぇーーい!!」
そして三重が〈ゴッ!!〉という音を立て、一瞬にして夕雲の前に立つ。
彼の身体が「ビクゥ!」と大きく跳ね上がるが見えた。
「……ん?
およよ夕雲くん、
かと思いきや、あにはらんや*1。
三重を眼前にしたその途端……夕雲くんはジョバーっと盛大におしっこを漏らし、そのまま白目を剥いた。
ほんの一瞬とはいえ、三重の“全力の闘気”をその身に受けた事で、精神に異常をきたした物と思われる。
まだ子供なんだし、無理もない事だ。相手は魔人なのである。
しかも三重さま「もうラストだし、殺してもよぅございますね♪」という雰囲気まんまんだったし。
「……」
「……」
「うむむ……やっと出番というに、無念にございまする。
このまま下がるのも何ですし、夕雲くんに眉毛でも書いときましょう」
検校や、その傍に控えるミキプルーンが絶句する中……三重は懐から筆と
夕雲くんは体毛が無いという体質であったが、これでめでたく、男らしいぶっとい眉毛を手に入れた。
「あーっ! これレイピアですよ!
ほえー、綺麗な剣にございまする~」
ちょっと手持ち無沙汰になった三重が、徒然なるままに*2落ちていたレイピアを手に取り、マジマジと観察し始めた。
さすがは阿修羅たる岩本三重。流石の博識なり。
「たしか……こうに御座いましたでしょうか? えーい!」ビシュウ!!
そして、カッコ良くレイピアを構えた三重が、その場で軽く一突きして見せる。
盲人である検校には見ること
それは、紛い物の夕雲とは比べるのもおこがましい、“本物の突き”だった――――
えっ、儂が思うてたんと違う!
藤木とかいう者を殺すぅー申して、伊良子と一緒にほくそ笑んどったのに。何このお化けみたいな娘。この
きゃっきゃ☆ と三重が無邪気にはしゃぐ中……検校の頭がグアングアン揺れる。
「た、戯れなれば……♡」
玉のような汗を浮かべた虎眼が「へへぇ~!」と平服し、絶賛フリーズ中の検校に対し、そう告げる。
まるで「これで良いんだよね?! 遊びだもんね?! 怒ったりしないよね!?」と、わざわざ念押しをするかのように。
はからずとも、先ほどの意趣返しとなったのだった。
余談にはなるが、本来はここで〈ひょこっ♪〉と顔見せする予定だった伊良子も、いく殿がいくら袖を引っ張ろうとも「嫌に御座る! 出るとぅ無いで御座る! 死に申す!」と駄々をこね、結局ここに出て来なかったし。
この勝負、虎眼流の完勝なり。
「――――良いか夕雲くん!
この三重が、直々に指南
ちなみに、この夕雲くん。
実は不幸な生い立ちとか、イスパニア剣術との出会いエピソードとかも、沢山あったりしたのだが……。
そんなもん虎眼流には、知ったこっちゃ無かった。