乙女心もシグルイ   作:hasegawa

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第十一景 再会

 

 

 

 賎機(しずはた)検校と岩本虎眼が、鰻丼だのなんだのという豪華な夕餉を、おっさん二人で寂しくパクついている頃――――

 その一方で、検校に謁見する身分にない藤木ら門弟は、控えの間にて若者同士「きゃっきゃ☆」申しながら、仲良くご飯を食べていた。

 

 重ねてになるが、此処なるは“敵地”なり。

 なれど三重は微塵の躊躇(ちゅうちょ)なく、「おかわり!」と皿を高く積み上げていく。

 金持ちの家の飯うめー!

 

 普段は老人の食事を用意するばかりの、屋敷に仕える中間さん達も、「こんな嬉しそうにご飯食べてくれるんだね~」と、なにやら凄く喜んでくれた。

 もっと食べなされ、もっと食べなされと、まるで田舎に住む親戚のおばあちゃんの如く、料理やお菓子を沢山持ってきてくれる。恐悦至極也。

 

 三重や千加は“武家の子女”という身分であるので、別にこちらではなく、虎眼に付いて行っても良いのだけれど……。だがいくら豪勢な料理であろうとも、偉いだけの禿げた爺さまとの食事より、断然こっちの方が良い。

 

 ここは雅な屏風も、豪華な調度品もなく、薄暗い寂しい部屋だ。

 だが優しい権左衛門、仲良し(?)の千加、愛らしい夕雲(せきうん)くん。加えて愛しの藤木までいるのだから、楽しくない筈がない。とてもあったかい空間である。

 

 しかし……、そんな幸せな時間を壊す声が聞えたのは、部屋の出入口の方からであった。

 

「――――兄弟子(あにでし)、お久しゅう御座る!」

 

 

 

 肩衣付きの裃姿(かみしもすがた)。藤木などの下級武士には、着用が許されぬ装い。

 しかも何故か、牛乳瓶みたいなメガネ(・・・・・・・・・・)をかけてはいるが、その面貌は紛う方(まごうかた)なし*1

 伊良子清玄だ――――

 

「鼻メガネ……?」

 

「鼻メガネにござる……」

 

 千加と夕雲くんが訝し気に呟くが、それに言葉を返す者は居ない。

 確かに伊良子は今、ドンキに売ってるパーティグッズみたいなメガネを掛けている。

 しかし、きゃつとの因縁を持つ三人の表情は、まさに真剣そのもの。この場を重い空気が包む。

 

「いやーはっはっは! あれから(それがし)、めでたく眼鏡デビューいたした!

 己では気に入っておるのだが、如何に御座ろう? これ似合い申す?」

 

 藤木がむんずと刀を掴み、無言で立ち上がる。きっと「イラッ☆」ときたのだろう。

 しかし、すぐさま三重が、それを声で制す。

 

「――――藤木、場をわきまえなさい」

 

 普段は無邪気な彼女が放つ、鋭く冷たい声。

 お家の子女たる者が下す、命令。

 

「此処なるは、検校様がお屋敷。

 波を立てれば、お父上にお咎めがありましょう。……座りなさい」

 

 暫しのあいだ伊良子を睨んだ後……、藤木が静かに腰を下ろす。

 それにより、一触即発だった場の空気が、ようやく弛緩する。

 

 彼らの因縁を知らぬ千加は、ただただ目を丸くするばかり。

 いつもとは違う雰囲気を感じたのか、不安そうにキュッと裾を握って来た夕雲くんに、三重は「大丈夫だよ」と優しく笑みを返す。

 

 やがて、伊良子は場の空気がまとまったのを察し、平然と歩みを進めて、権左衛門の眼前にやって来る。

 お前……その鼻メガネなんやねん。どういうつもりやねん。

 とてもそんな事を訊ける雰囲気じゃない。シュールな空気がこの場に満ちている。

 

「ささ、牛股師範。まずは御一献(ごいっこん)を」

 

「……うむ」

 

 伊良子が徳利を差し出し、権左衛門がお猪口でそれを受ける。

 

「藤木、思う所はあろうが……まぁ飲め」

 

「……」

 

 次に藤木の方にも差し出し、彼も無言でそれを受ける。

 

「では千加どの、夕雲どのにも、どうぞ御一献」

 

「かたじけのぅございまする」

 

「はい、清玄どの」

 

 彼女らは未成年だが、順番にお茶を注いでいく清玄。これも形式上の礼儀だ。

 

「さてと……、久方ぶりよのう虎眼流の方々! 達者に御座ったか?」

 

 ――――えっ、わたくしは?

 三重はお猪口を差し出したまま、〈ズコーッ!〉とつんのめる。何故わたくしだけ?

 

「……ッ!」

 

「藤木っ! 抑えよと申したでしょう! 控えなさい!」

 

 三重への無礼に、藤木は思わず刀を取る。

 だが先ほどと同じく、三重が鋭い声で制した。

 

「お父上の面目を潰すのですか! 何度申せばわかるのです! このおバカ!」

 

「しゅん……」

 

 まるで叱られたわんこの如く、藤木が悲しそうに俯く。しおれた犬耳が見えるかのような姿。

 いつも優しい三重さまに怒られるのは、彼をしても心にくるようだった。

 

「いやいや! そう叱る物では御座らんぞ? 天晴な忠義者よ!

 流石は虎眼流の忠犬! ……あ、龍にござったか?」

 

「……っ!」

 

「くっ……!」

 

 朗らかに笑う清玄に対し、二人は押し黙るばかり。

 機嫌よさげな清玄の声だけが、この場に高らかに響く。

 

「いや~! おかげさまで某、いまメガネ男子に御座るが……。

 きっと三重どのは、さぞお美しゅうなられたことであろうなぁ~。

 この目では見ること(あた)わぬのが、まこと残念に御座る」

 

 清玄は思い描くように、しみじみと呟く。

 一応、清玄の目を潰したのは自分たちの師匠なので、居心地の悪い気分になる。

 自業自得とはいえ、目が見えないのは不憫なことであるし。

 

「あ、そういえば三重どのは、げに特徴的な前髪をなさっておいでじゃが。

 それはカブト虫を意識して(・・・・・・・・・)のことに御座るか?」

 

「――――ぶっ!」

 

「――――ごふぅ!!」

 

「――――おっふぇ!!」

 

 この場の全員が、勢いよく飲み物を噴いた。

 

「それはツノにござるか? 何故わざわざ前髪を?

 斯様(かよう)なお洒落の習い、掛川でも駿府でも聞いた試しが無く。

 ぶっちゃけダソぅ御座らん?」

 

「――――ぐひゅ!」

 

「――――んぶぅ!!」

 

「――――がぼっ!!」

 

 ごほんごほん! とわざとらしく咳をする権左衛門。

 慌てて顔を隠し、笑ったのを誤魔化す千加&夕雲くん。

 もう三重と藤木に至っては、その場で白目を剥くばかりだ。

 

「まぁ、そこまでカブト虫が好きと申すなら、是非も無きこと。

 ゆえに本日は三重どのが為、キュウリとスイカを用意して御座る。

 ささ、どうぞ齧られよ。カブト虫が如く」

 

 辞儀に及ばぬ*2とばかりに、トンと三重の前に、キュウリとスイカが乗ったお盆が置かれる。

 ちなみに置いたのは、お付きとして傍に控える掛川ミキプルーンである。変なあだ名を付けられた復讐か。

 

 そして、三重が白目のままキュウリを手に取り、無言でボリボリ齧っていく音だけが、この場に響いていく。

 その姿からは、「負けてなるものか」という意思をひしひしと感じる。流石は虎眼流の阿修羅なり。

 

「おや? お茶碗が空になっておりますな三重どの。よそって差し上げましょうぞ」

 

 目も見えんくせに、そんな事に目ざとく気付いた清玄が、お茶碗を受け取る。

 そしてお(ひつ)からご飯をよそった後、受け取ろうと差し出した三重の手をスッとすり抜け……、頭の上に(・・・・)トンとお茶碗を置く。

 

「くっ……!」

 

「んん゛ッ……!」

 

「ゴホン! ゴホンッ……!」

 

 今、北斗の拳のように劇画タッチな顔をする三重の頭に、ホカホカご飯の入ったお茶碗が置かれている。

 それはあたたかな湯気を放って、まるで彼女の頭からモクモク煙が出ているかのよう。

 

「――――機関車、トーマス(ボソッ)」

 

「うふふふんwww」

 

「ぎゃーっ!www」

 

「がっはっは!!www」

 

 清玄のひと言に、この場の3人が撃沈。後ろにひっくり返る。

 三重は今も無言で座っているが、その堀の深い恐ろし気な顔と、ホカホカご飯の対比がすごい。物凄くシュールだ。

 加えて、彼女自身が作り出した、この“堪えなきゃいけない”という状況が、面白さを倍増させていた。

 

「あいやー!w 申し訳ござらぬ!w

 拙者メガネゆえっ! 栓なき事ゆえっ!」

 

「お主www お主www」

 

「清 玄 ど の www」

 

「復讐www ここぞとばかりにwww」

 

 権力サイコー! 封建社会サイコー!

 虎の威ならぬ、検校さまの威光を盾にした清玄は、ただいま絶好調。

 積年の恨みを晴らす如く、とても良い笑顔をしている。悪ふざけの鼻メガネをしてても分かる程に。

 

 なんだったら清玄は、あれから三年も経っているのに、未だに河童頭なのだ。

 きっと三重に髪の毛を剃られ過ぎて、頭頂部の毛根が死んだのだろう。そりゃあこんな態度になるのも無理はない。

 

 そして、三重以外ではこの場でただ一人、未だクスリともしていない(ポカンと呆けている)藤木に、今度は狙いを定めたのか。

 伊良子がとても良い笑顔をしながら、ルンルン♪ と藤木の傍に寄って行った。

 

「そうじゃ藤木! 実は今日、とても旨いおでん(・・・)を作って来たのだ!

 じゃが召し上がって頂こうにも、三重さまは今、あんな体勢じゃろう?

 せっかくのおでんだが、食べることが出来んと思うのだ」

 

「?」

 

 キョトンとした顔で、三重の方を見てみる。

 彼女は前述の通り、いま頭の上にホカホカご飯を乗せたまま、じっと座っているご様子だ。

 きっと少しでも身体を動かせば、お茶碗がずり落ち、ご飯で火傷をしちゃうかもしれない。

 とてもおでんを食べる為に、お箸を使うだなんて無理だろう。

 

「だからな? お前が食わせてやれ(・・・・・・・・・)

 このおでんを、三重さまにアーン(つかまつ)るのじゃ。わかったか?」

 

(こくこく)

 

 掛川ミキプルーンが、三重のすぐ傍に土鍋を置き、そそくさと蓋を開く。

 その中には、もうマグマのようにグツグツと音を立てる、灼熱のおでんが入っていた。

 

「あのぉ……藤木さま? 三重はいま下を向けませぬ、お茶碗が落ちますゆえ。

 なれどその土鍋から、なにやら凄まじい湯気が上がっている(・・・・・・・・・・・・・)のが見えるのですが」

 

「藤木よ、どれからいく? どれが一番うまそうじゃ? 好きなんを選んでみぃ」

 

(こくこく)

 

 三重の切実な訴え(震え声)は、頑張っておでんを選んでる藤木くんには届かなかった。非常に残念なことに。

 

「おぉ藤木! 厚揚げかっ!!

 たっぷりと汁の沁み込みし、熱々の厚揚げをいくと申すのじゃな!?」

 

「 なりませぬッ!! 厚揚げはなりませぬ藤木さまッ!!

  一番あかんヤツにございまするッ!! 」

 

 あるでしょう!? 汁の沁みにくい牛すじとか! せめて糸こんとか!

 なんでいま厚揚げを選んだ!? と三重の叫びが木霊する。

 

「えっ。わたくしの初めてのアーン♡ ……がこれ?

 全女子の憧れ! 掛川の世論調査“気になるあの人にしてもらいたい事”、第一位!

 その誉れ高きアーン♡ のシチュが、熱々おでんにございまするか?」

 

「さぁ藤木。つかまつれ。

 これすんごく旨いおでんじゃからな? ぜひ三重さまに食わせてやってくれ。ええな?」

 

(こくこく)

 

「承知いたしましたぁ藤木さま! チェスト関ケ原!*3

 おでん何するものぞ! 貴方さまの愛を、三重は受け止めまするっ!

 かかって参られませぇぇええーーいッッ!! 」

 

 そして、だくだくに汁の滴る、ジューシーな厚揚げ。

 それを掴んだ藤木のお箸が、そ~っと三重の口元に寄って行く。

 

 

「――――あっつッッ!!!!(韋駄天)」

 

 

 その瞬間、三重は2メートルほど飛び上がり、ご飯と厚揚げがポーンと飛んでいった。

 

「――――アチュゥゥゥウウウーーイ!!!!

 これ無理! 堪忍にござ候……ってアッツオ゛ッッ!!!!

 ホットにございまする! ホットにございまする!

 えっ……焼けた鉄? いま貴方さまは、許嫁に焼けた鉄を食わそうと? なにゆえ?」

 

「三 重 さ ま www」

 

「岩 本 さ ん www」

 

「騒ぐなwww お咎めがwww」

 

 あービックリしたー! とばかりにキョロキョロする三重を、みんな爆笑しながら諫める。

 お家に仕える者として、本当は伊良子の非道を止めるのが筋なのだろうが、これは三重自身が言ったこと。我慢せよと申し付けたのは彼女だ。

 よって今この場に、何をされても耐えろ……もとい「伊良子は何をしてもOK」みたいな謎ルールが出来上がっていた。

 門弟たちはもう、ただただ笑って見守るばかりだ。ぜんぶ三重が悪い。

 

 

「藤木、まだ沢山あろう? 次はどれをいくのだ?

 おぉ! たまご(・・・)か藤木!

 己の(あるじ)の口に、熱々のたまごを押し込むと申すか!」

 

「――――無理です! たまごは無理ですって藤木さま! 許してたもッ!!

 其は食べ物に非ず! ボルケーノなりッ!

 というかわたくし、もう自分で食べることが出来……ってアッチュイッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 関係ないけれど、普段は真面目で仏頂面の藤木がちょっと楽しそう(・・・・・・・・)に見えたのは、三重の気のせいに違いなかった。

 

 

 

 

*1
侍言葉で、見間違えようもない の意

*2
侍言葉で、どうぞ遠慮なく の意

*3
若先生作品において「やっちまえ!」の意味で使われる言葉。ちなみに本来の島津では「あの頃を思い出して頑張って行きましょう!」というニュアンス

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