その一方で、検校に謁見する身分にない藤木ら門弟は、控えの間にて若者同士「きゃっきゃ☆」申しながら、仲良くご飯を食べていた。
重ねてになるが、此処なるは“敵地”なり。
なれど三重は微塵の
金持ちの家の飯うめー!
普段は老人の食事を用意するばかりの、屋敷に仕える中間さん達も、「こんな嬉しそうにご飯食べてくれるんだね~」と、なにやら凄く喜んでくれた。
もっと食べなされ、もっと食べなされと、まるで田舎に住む親戚のおばあちゃんの如く、料理やお菓子を沢山持ってきてくれる。恐悦至極也。
三重や千加は“武家の子女”という身分であるので、別にこちらではなく、虎眼に付いて行っても良いのだけれど……。だがいくら豪勢な料理であろうとも、偉いだけの禿げた爺さまとの食事より、断然こっちの方が良い。
ここは雅な屏風も、豪華な調度品もなく、薄暗い寂しい部屋だ。
だが優しい権左衛門、仲良し(?)の千加、愛らしい
しかし……、そんな幸せな時間を壊す声が聞えたのは、部屋の出入口の方からであった。
「――――
肩衣付きの
しかも何故か、
伊良子清玄だ――――
「鼻メガネ……?」
「鼻メガネにござる……」
千加と夕雲くんが訝し気に呟くが、それに言葉を返す者は居ない。
確かに伊良子は今、ドンキに売ってるパーティグッズみたいなメガネを掛けている。
しかし、きゃつとの因縁を持つ三人の表情は、まさに真剣そのもの。この場を重い空気が包む。
「いやーはっはっは! あれから
己では気に入っておるのだが、如何に御座ろう? これ似合い申す?」
藤木がむんずと刀を掴み、無言で立ち上がる。きっと「イラッ☆」ときたのだろう。
しかし、すぐさま三重が、それを声で制す。
「――――藤木、場をわきまえなさい」
普段は無邪気な彼女が放つ、鋭く冷たい声。
お家の子女たる者が下す、命令。
「此処なるは、検校様がお屋敷。
波を立てれば、お父上にお咎めがありましょう。……座りなさい」
暫しのあいだ伊良子を睨んだ後……、藤木が静かに腰を下ろす。
それにより、一触即発だった場の空気が、ようやく弛緩する。
彼らの因縁を知らぬ千加は、ただただ目を丸くするばかり。
いつもとは違う雰囲気を感じたのか、不安そうにキュッと裾を握って来た夕雲くんに、三重は「大丈夫だよ」と優しく笑みを返す。
やがて、伊良子は場の空気がまとまったのを察し、平然と歩みを進めて、権左衛門の眼前にやって来る。
お前……その鼻メガネなんやねん。どういうつもりやねん。
とてもそんな事を訊ける雰囲気じゃない。シュールな空気がこの場に満ちている。
「ささ、牛股師範。まずは
「……うむ」
伊良子が徳利を差し出し、権左衛門がお猪口でそれを受ける。
「藤木、思う所はあろうが……まぁ飲め」
「……」
次に藤木の方にも差し出し、彼も無言でそれを受ける。
「では千加どの、夕雲どのにも、どうぞ御一献」
「かたじけのぅございまする」
「はい、清玄どの」
彼女らは未成年だが、順番にお茶を注いでいく清玄。これも形式上の礼儀だ。
「さてと……、久方ぶりよのう虎眼流の方々! 達者に御座ったか?」
――――えっ、わたくしは?
三重はお猪口を差し出したまま、〈ズコーッ!〉とつんのめる。何故わたくしだけ?
「……ッ!」
「藤木っ! 抑えよと申したでしょう! 控えなさい!」
三重への無礼に、藤木は思わず刀を取る。
だが先ほどと同じく、三重が鋭い声で制した。
「お父上の面目を潰すのですか! 何度申せばわかるのです! このおバカ!」
「しゅん……」
まるで叱られたわんこの如く、藤木が悲しそうに俯く。しおれた犬耳が見えるかのような姿。
いつも優しい三重さまに怒られるのは、彼をしても心にくるようだった。
「いやいや! そう叱る物では御座らんぞ? 天晴な忠義者よ!
流石は虎眼流の忠犬! ……あ、龍にござったか?」
「……っ!」
「くっ……!」
朗らかに笑う清玄に対し、二人は押し黙るばかり。
機嫌よさげな清玄の声だけが、この場に高らかに響く。
「いや~! おかげさまで某、いまメガネ男子に御座るが……。
きっと三重どのは、さぞお美しゅうなられたことであろうなぁ~。
この目では見ること
清玄は思い描くように、しみじみと呟く。
一応、清玄の目を潰したのは自分たちの師匠なので、居心地の悪い気分になる。
自業自得とはいえ、目が見えないのは不憫なことであるし。
「あ、そういえば三重どのは、げに特徴的な前髪をなさっておいでじゃが。
それは
「――――ぶっ!」
「――――ごふぅ!!」
「――――おっふぇ!!」
この場の全員が、勢いよく飲み物を噴いた。
「それはツノにござるか? 何故わざわざ前髪を?
ぶっちゃけダソぅ御座らん?」
「――――ぐひゅ!」
「――――んぶぅ!!」
「――――がぼっ!!」
ごほんごほん! とわざとらしく咳をする権左衛門。
慌てて顔を隠し、笑ったのを誤魔化す千加&夕雲くん。
もう三重と藤木に至っては、その場で白目を剥くばかりだ。
「まぁ、そこまでカブト虫が好きと申すなら、是非も無きこと。
ゆえに本日は三重どのが為、キュウリとスイカを用意して御座る。
ささ、どうぞ齧られよ。カブト虫が如く」
辞儀に及ばぬ*2とばかりに、トンと三重の前に、キュウリとスイカが乗ったお盆が置かれる。
ちなみに置いたのは、お付きとして傍に控える掛川ミキプルーンである。変なあだ名を付けられた復讐か。
そして、三重が白目のままキュウリを手に取り、無言でボリボリ齧っていく音だけが、この場に響いていく。
その姿からは、「負けてなるものか」という意思をひしひしと感じる。流石は虎眼流の阿修羅なり。
「おや? お茶碗が空になっておりますな三重どの。よそって差し上げましょうぞ」
目も見えんくせに、そんな事に目ざとく気付いた清玄が、お茶碗を受け取る。
そしてお
「くっ……!」
「んん゛ッ……!」
「ゴホン! ゴホンッ……!」
今、北斗の拳のように劇画タッチな顔をする三重の頭に、ホカホカご飯の入ったお茶碗が置かれている。
それはあたたかな湯気を放って、まるで彼女の頭からモクモク煙が出ているかのよう。
「――――機関車、トーマス(ボソッ)」
「うふふふんwww」
「ぎゃーっ!www」
「がっはっは!!www」
清玄のひと言に、この場の3人が撃沈。後ろにひっくり返る。
三重は今も無言で座っているが、その堀の深い恐ろし気な顔と、ホカホカご飯の対比がすごい。物凄くシュールだ。
加えて、彼女自身が作り出した、この“堪えなきゃいけない”という状況が、面白さを倍増させていた。
「あいやー!w 申し訳ござらぬ!w
拙者メガネゆえっ! 栓なき事ゆえっ!」
「お主www お主www」
「清 玄 ど の www」
「復讐www ここぞとばかりにwww」
権力サイコー! 封建社会サイコー!
虎の威ならぬ、検校さまの威光を盾にした清玄は、ただいま絶好調。
積年の恨みを晴らす如く、とても良い笑顔をしている。悪ふざけの鼻メガネをしてても分かる程に。
なんだったら清玄は、あれから三年も経っているのに、未だに河童頭なのだ。
きっと三重に髪の毛を剃られ過ぎて、頭頂部の毛根が死んだのだろう。そりゃあこんな態度になるのも無理はない。
そして、三重以外ではこの場でただ一人、未だクスリともしていない(ポカンと呆けている)藤木に、今度は狙いを定めたのか。
伊良子がとても良い笑顔をしながら、ルンルン♪ と藤木の傍に寄って行った。
「そうじゃ藤木! 実は今日、とても旨い
じゃが召し上がって頂こうにも、三重さまは今、あんな体勢じゃろう?
せっかくのおでんだが、食べることが出来んと思うのだ」
「?」
キョトンとした顔で、三重の方を見てみる。
彼女は前述の通り、いま頭の上にホカホカご飯を乗せたまま、じっと座っているご様子だ。
きっと少しでも身体を動かせば、お茶碗がずり落ち、ご飯で火傷をしちゃうかもしれない。
とてもおでんを食べる為に、お箸を使うだなんて無理だろう。
「だからな?
このおでんを、三重さまにアーン
(こくこく)
掛川ミキプルーンが、三重のすぐ傍に土鍋を置き、そそくさと蓋を開く。
その中には、もうマグマのようにグツグツと音を立てる、灼熱のおでんが入っていた。
「あのぉ……藤木さま? 三重はいま下を向けませぬ、お茶碗が落ちますゆえ。
なれどその土鍋から、なにやら
「藤木よ、どれからいく? どれが一番うまそうじゃ? 好きなんを選んでみぃ」
(こくこく)
三重の切実な訴え(震え声)は、頑張っておでんを選んでる藤木くんには届かなかった。非常に残念なことに。
「おぉ藤木! 厚揚げかっ!!
たっぷりと汁の沁み込みし、熱々の厚揚げをいくと申すのじゃな!?」
「 なりませぬッ!! 厚揚げはなりませぬ藤木さまッ!!
一番あかんヤツにございまするッ!! 」
あるでしょう!? 汁の沁みにくい牛すじとか! せめて糸こんとか!
なんでいま厚揚げを選んだ!? と三重の叫びが木霊する。
「えっ。わたくしの初めてのアーン♡ ……がこれ?
全女子の憧れ! 掛川の世論調査“気になるあの人にしてもらいたい事”、第一位!
その誉れ高きアーン♡ のシチュが、熱々おでんにございまするか?」
「さぁ藤木。つかまつれ。
これすんごく旨いおでんじゃからな? ぜひ三重さまに食わせてやってくれ。ええな?」
(こくこく)
「承知いたしましたぁ藤木さま! チェスト関ケ原!*3
おでん何するものぞ! 貴方さまの愛を、三重は受け止めまするっ!
かかって参られませぇぇええーーいッッ!! 」
そして、だくだくに汁の滴る、ジューシーな厚揚げ。
それを掴んだ藤木のお箸が、そ~っと三重の口元に寄って行く。
「――――あっつッッ!!!!(韋駄天)」
その瞬間、三重は2メートルほど飛び上がり、ご飯と厚揚げがポーンと飛んでいった。
「――――アチュゥゥゥウウウーーイ!!!!
これ無理! 堪忍にござ候……ってアッツオ゛ッッ!!!!
ホットにございまする! ホットにございまする!
えっ……焼けた鉄? いま貴方さまは、許嫁に焼けた鉄を食わそうと? なにゆえ?」
「三 重 さ ま www」
「岩 本 さ ん www」
「騒ぐなwww お咎めがwww」
あービックリしたー! とばかりにキョロキョロする三重を、みんな爆笑しながら諫める。
お家に仕える者として、本当は伊良子の非道を止めるのが筋なのだろうが、これは三重自身が言ったこと。我慢せよと申し付けたのは彼女だ。
よって今この場に、何をされても耐えろ……もとい「伊良子は何をしてもOK」みたいな謎ルールが出来上がっていた。
門弟たちはもう、ただただ笑って見守るばかりだ。ぜんぶ三重が悪い。
「藤木、まだ沢山あろう? 次はどれをいくのだ?
おぉ!
己の
「――――無理です! たまごは無理ですって藤木さま! 許してたもッ!!
其は食べ物に非ず! ボルケーノなりッ!
というかわたくし、もう自分で食べることが出来……ってアッチュイッッ!!!!!!」
関係ないけれど、普段は真面目で仏頂面の藤木が