乙女心もシグルイ   作:hasegawa

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第十二景 Hunting High and Low(天地を駆ける)

 

 

 

 検校屋敷に赴きし日。

 虎眼と弟子二名……に加えて三重&千加&お持ち帰りした夕雲くんの御一行が、岩本家に戻ったのは深夜。

 丁度(いつ)ツを回った頃である。

 

 金持ちの家で久しぶりにうな重を食い、「チョー美味しかった♪」と幸せそうにグースカ眠る虎眼の姿を確認した後、ようやく門弟たちは、それぞれの部屋に下がった。

 

 ちなみに後で聞いた所、どうやら検校との夕餉時、その場には過去に情婦であった“いく殿”の姿もあったらしいのだが……、なれど流石は虎たる豪傑。そんなモンそっちのけでうな重に夢中であったらしい。

 

 ――――確かに思う所はあるが、とりあえず飯だッ! こんなの滅多に食えんッ!!

 

 いつも三重に“沼”なる謎料理を食わされている、その反動か。

 まぁとにかく、虎眼先生が嬉しそうでなによりであった。末永く元気でいてくだされ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

来たる満月の夜 秋葉の(やしろ)に 影は唯二つ

 

伊良子 清玄

 

 

 

 その(ふみ)に気付いたのは、源之助が井戸での行水を終え、虎子の間に戻りし時。

 

 いつも文字の練習をおこなっている簡素な机、その下にそっと想いを秘するが如く置かれた、処女雪を思わせるような白い手紙。

 恐らく留守の間に、何者かが置いたのだろう、他ならぬ源之助に宛てた物だ。

 微かに文から漂う芳香は……あの数年前の道場破りの日、鍔ぜり時に源之助を悩ましめた物と、まったく同じ。

 

 ――――あの場所に一人で来い。

 それは明らかな、果し合いの申し出であった。

 感情を表すのが下手くそで、いつも皆に心配をかける彼の静かな瞳が、まるで来たる日の満月を模すが如くに、大きく見開いた。

 

 

「……」

 

 文を懐に仕舞い、その場から立ち上がる。居ても立っても居られぬとばかりに。

 そして、何気なく振り向いた顔の真ん前に、三重の姿があった(・・・・・・・・)

 

「――――はぅあッ?!?!」

 

 ビクゥ! と高く飛び上がった後、ザザザッと後ずさる。

 だがそれも、むべなるかな*1

 いま岩本三重は、まるこの世の全てを呪うかのような憎悪の瞳をし、零距離でこちらを見つめてたのだから。

 

 其は申すまでもなく、「まさにシグルイ!」と言わんばかりの、お手本のような白目である。御美事也。

 三重さま……まさかずっと私の背後に? もしや行水してた時も?

 源之助はそう思ったが、怖くて訊くことが出来ない。

 

『恋文、にございまするか……?』ゴゴゴゴ…

 

 ボソッと、幽鬼のように。地獄の底から響くような低い声で、三重が呟く。

 そして彼女が「くんくん」と、小さく鼻を動かしたのが見える。それは決して、わんこのような愛らしい仕草では無い。

 恨み、つらみ、乙女の情念……。そういうのを魔女の釜で一緒くたに煮詰めたような、とてつもなく恐ろしいオーラが漂っている。

 

 やがて源之助が壁にもたれかかり、「少しでもこやつから離れなければ!」と本能的にゴソゴソしている内に……、三重はその文の差出人を悟る。

 

「――――あの下郎ッ! やっぱりホモ(・・・・・・)にございましたか!」

 

 虎が吠えるが如く、三重が「ムッキィィーッ!」と雄たけびを上げた。

 伊良子許すまじとばかりに。

 

「なんかそんな気がしていたのですっ! 三重のほもほもセンサーがビンビン来てたのです!

 その文は、きゃつからのお誘い? 果し合い?

 嘘よッ! 真夜中に男二人でやる事など、そんなの決まってる(・・・・・・・・・)ではありませぬかっ!!」

 

 腐っておられる――――三重さまは手遅れに御座る。

 そう源之助は冷や汗を流すも、己が許嫁の勢いはとどまる事を知らぬ。富士の噴火の如し。

 

「ホモが好きです! 大好物にございまする! ごっつぁんでぃす♪

 ――――でもそういうのは、妄想で充分なり!!

 ホモに夫を寝取られた女の気持ち、一回でも考えた事あるのですかっ!

 三重はリアルなんか大嫌いだ!!」

 

 ホモにございまする! ホモにございまする! 出合え出合えーい!

 そう頭を抱えてヘッドバンキングする三重を、藤木はただただ見守るばかり。

 もうどうして良いか分からん。腹を切って済むのなら、躊躇なくそうするのに。

 

「何故ですか藤木さまっ!? そんなに男が良ぅございまするかっ!? 

 わたくし達、共に臥所(ふしど)*2に入った仲ではありませぬか! ご無体な!」

 

 いやそれ、貴方がカニバサミで無理やり引きずり込んだヤツ……。

 あの時は、周りの門弟たちが叫ぶ「金! 暴力! SEX!」の声が、とても煩かった覚えがある。

 なんとか貞操は守り通したものの、正直藤木は「みんな死んでしまえばいいのに」とか思った。

 武士としてあるまじきだけど、日ノ本など滅んでしまえと。ちょっとだけ本気で。

 

「うわーん! 源之助ちゃんが、ホモになっちまっただぁー!

 ホモにお走りなされたぞぉー! びえぇぇーん!」

 

 “見て下さい。ここにホモがいます”。

 そんな英語の例文みたいに、三重がワーワーと騒ぐ。

 そろそろ訴えるぞ。張り倒すぞこの野郎――――

 藤木は忠義者なので、そんなことは言わないが、言っても良いと思う。

 

「三重を捨てたら知りませんよ!?

 今から海を渡り、縁もゆかりも無い中華民族を滅ぼしますよ(・・・・・・)

 貴方さまは、それでもよぅございまするか!」

 

 藤木の精神がゴリゴリと削られていく。

 今日はもう疲れたし、泥のように眠りたい。お助け下され神よ。南無さんたまりあ。

 

 

「あ、いまホモって申しませんでした? 衆道と聞いて」イソイソ

 

「まぁ千加どの! いま藤木さまがですね?」

 

「――――帰ってござ候! 二人は無理に申す!!」

 

 

 文法おかし目な侍言葉が、夜の岩本家に響いた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 随分お久しぶりとなる、秋葉山昆獄(こんたけ)神社。

 あの夜から幾日か経ち、今宵は満月の夜なり。

 (やしろ)の前に敷かれた石畳の上に、いま白装束に身を包みし、藤木源之助の姿ありけり。

 

 今宵は、中秋の十五夜。

 本来武家では、この日は屋敷を開け放し、家の者たち皆で月を鑑賞するという習いがあるのだが……今この場には、酒も団子もありはしない。風流さとは程遠い、隔絶した世界だ。

 あるのは冷たく張り詰めた空気と、己の腰に据えられた大小、そして厳かに天上で輝く満月のみ。

 

 藤木の肩は襷掛けに縛られており、その額には覚悟を示すが如くの赤い鉢巻。

 そして視線は、前を見つめ不動。

 

 一連の事件の原因である伊良子清玄。かの者に己が力で勝利する事こそ、虎眼流跡目たる証明。

 藤木は、そう信じていた。

 

 

「……」

 

 やがて、石の階段を登り、こちらへとやってくる者の気配を感じた。

 そちらに目をやれば、暫くしてその人物の姿が、月明りの下に現れる。

 

「……」

 

 藤木が感情を出すことは無い。だがほんの僅かだが、眉をしかめる。

 ――――伊良子じゃない。検校屋敷の従者、友六(ともろく)だ。

 顔にある、特徴的な大きなほくろ。こちらを睨み付ける、するどい(まなこ)

 その手に持ちしは刀に非ず。すでに縄に火着されし短筒を構えながら、友六なる男がゆっくりとこちらに歩みを進める。

 

 

『――――お主がホモだったのか!!』

 

 

 だが突然、寡黙な藤木らしからぬ大声が、この場に響き渡った。

 

「ミキプルーン! ミキプルーンではありませぬか!

 まさか……お前ホモだったのかえ? 男なのに、密かに藤木さまに想いを……。

 あんなに仲良ぅしていたのに、わたくしを(たばか)っていたのかえ……?」

 

「三重さま、おいわたしゅう御座る……」

 

 眼前に友六……もといミキプルーンを見据えたまま、藤木が三重を気遣う。

 

「くそったれぇー☆ みんなみんなホモにございまするっ!

 日ノ本よい国、ホモの国! えーんえーん!」

 

「よもや、ここまで掛川が、ホモに侵食されていたとは。気が付かなんだ……」

 

「こうなれば、検校さまも怪しゅうございますね!

 あの屋敷の者は、みんなホモという可能性が出て参りましたよ!?

 いやもしや、掛川に住む男達は皆……すでに?」

 

「その可能性も、充分ありましょう。時すでに遅ぅ御座った……」

 

「そんな……! どうしましょう藤木さまっ! わたくし恐ろしゅうございまするっ!」

 

「必ずや三重さまは、私が守り申す。ご安心を」

 

「……」

 

 まるでホモをゾンビみたいに言い、やいのやいのと盛り上がる二人を、友六は茫然と眺める。

 ちなみにであるが、いま藤木は三重を肩車している(・・・・・・・・・)状態だ。

 ――――肩車をすれば、二人の影はひとつ! 問題ありませぬ!(キリッ)

 なんか一休さんみたいな事を言い、三重は無理やりこの場に同行したのだった。

 

 まぁ結果的にではあるが、清玄の方も約束を(たが)え、藤木を騙していたのだし。

 文句を言われる筋合いは無いのだ!

 

「いやあの、三重どの? 何故この場におられるんで……?

 それよりもあっし、別に衆道の嗜みは……。男色家にゃー御座いやせんが……」

 

「ウソよ! ホモはみんなそう言うのです!

 とぼけまいぞミキプルーン!」

 

「観念せよ友六。

 三重さまが、こう(おお)せになられた以上、お主はホモなのだ(・・・・・・・・)

 

「!?!?!?」

 

 友六が愕然とし、三重たちが勝ち誇った表情を浮かべる。

 関係ないが、もし密林でワニに出会ってしまった時、原住民の子供達は、頭の上に板キレなどを掲げ、自分の身長を大きく見せかけるのだという。

 そうする事により、なんか強そうに見えて、ワニが襲って来なくなるそうな。身体が大きく見えることによって、威圧感が出るのだろう。

 

 ゆえに、いま三重を肩車した藤木は、なんかすごく強そうである。

 当然だ、こんなにも今、身長が高いのだから。威圧感バリバリなのだ。

 こんな夜中に、若い男女二人が神社で肩車をしている、という意味でも。

 

「あっ! 逃げましたよ藤木さま!? 追え追えーぃ!」

 

「――――承知ッ!」ダッ!

 

 意味が分からぬ状況、そしてえも知れぬ威圧感に圧され、友六(ミキプルーン)がこの場を逃げ出していく。

 持っている短筒を放り出して、すたこら来た道を戻る。勝てるワケねぇとばかりに。

 

 そしてその背中を、肩車をした二人が猛然と追いかけて行った。ドドドドっと。

 

「くっ……! なかなか速ぅございますね。このままではホモを取り逃がしましょう。

 なれば藤木さま! いったん分離です!」

 

「心得申した! いざっ!」

 

 頭上の三重に目線を向け、しっかり頷きを返す。

 二人のコンビネーションはばっちりだ。肩車で走ってるという状況なれど。

 

「「――――オープン・ゲェーット!!」」

 

 三重の指示と共に、二人が空中にて分離。ふたつの影に別れる。

 

「「――――チェーンジ・ゲッタァー! ツゥー!!」」ガッシャーン!

 

 そして、バランス型のゲッター1(藤木)では無く、スピード型のゲッター2(三重)へと変形。再合体が完了!

 ガッキーンと空中でカッコいいポーズを決めた! チェンジゲッター!

 まぁぶっちゃけ、三重が藤木を肩車してるだけなのであるが。

 

「ふははは! わたくしのスピードに敵うものかっ!

 飛ばしますよ藤木さまっ! 掴まって下さいまし!」

 

「応ッ!」

 

 思えば、昔はこうやって、よく遊んでいたものだけど……まさかこの年になってもやるとは。

 真面目に付き合ってはいるけれど、ちょっと照れてしまう藤木くんである。はじゅい。

 

「……うわっ! 岩本三重はやッ!? きもッ!!」

 

「待てぃちょんまげ野郎ッ! いや掛川ホモぼくろ!

 観念するホモ! 地獄の直送便は足が速いホモ!」

 

「ここに兄弟子(牛股)がおられぬのが、至極無念に御座る。

 大雪山おろしが見とう御座った……」

 

 本来はここに権左衛門を加え、「3つの心をひとつにする」のが、虎眼流ゲッターの習いである。

 もうどんな敵にも負ける気がしない。地球の平和だって守ってみせる。

 虎眼流剣士は、陸海空を駆ける事が出来るのか?

 ――――出来る! 出来るのだ!

 

「ゲッター・ちりとり! ゲッター・石! ゲッター・その辺の土!」

 

 ワケの分からん技名を叫びながら、二人でそこいらに落ちてる物をポイポイと投げ、友六にぶつけていく。いわゆるロケットとかの飛び道具がわりだ。

 もうすぐそこまでゲッターが迫っているのが分かり、友六はもう涙目になっている。だが最後まで諦めない心で、いっしょうけんめい階段を駆けて行く。エライと思う。

 

「ゲッタァァァーー!! トマホゥゥウウーーークッ!!(七丁念仏)」

 

 三重が声を上げた途端、どこからか飛来した七丁念仏がこの場に突き刺さり、友六の退路を塞ぐ。

 ちょうど自らの進行方向にぶっ刺さった刀。それに腰を抜かした友六は、その場にへたり込んでしまった。

 これにて“勝負あり”である。覚えたかッ!*3

 

 

「――――ゲッタァー! プチ整形(・・・・)!」

 

「ぎゃあああぁぁぁーーッッ!!」

 

 

 だが虎眼流は厳しい。掛川の剣術集団は甘く無いのだ。

 決着がついた後、三重は友六を“伊達”にすべく右腕を一閃! ほくろ(・・・)を引きちぎる!

 友六の大事なチャームポイントが、三重によって主人と泣き別れ、満月の夜空を舞っていく。これが無ければ、そこらの町人と見分けが付かんと言うのに!

 

 あぁ! なんと無惨な事だろうっ! 虎眼流恐るべし!

 まさに惨酷無惨時代劇ッ! 武士道は死狂いなり! コワイ!

 

 

「――――ほんま悪さばっかしよってからに!

 後で職員室に来なさい! ガァァアアーーッデェム!!!!」 

 

 

 

 

 

 

 もう二度とするんじゃないぞ! ぷんぷん!

 

 そう三重さまは友六に言い、ポンと絆創膏を渡してから、お家に帰りました。(おしまい)

 

 

 

 

 

*1
侍言葉で、まぁしゃーないよね~。 の意

*2
侍言葉で、寝床 の意

*3
侍言葉で、思い知ったか! の意

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