検校屋敷に赴きし日。
虎眼と弟子二名……に加えて三重&千加&お持ち帰りした夕雲くんの御一行が、岩本家に戻ったのは深夜。
丁度
金持ちの家で久しぶりにうな重を食い、「チョー美味しかった♪」と幸せそうにグースカ眠る虎眼の姿を確認した後、ようやく門弟たちは、それぞれの部屋に下がった。
ちなみに後で聞いた所、どうやら検校との夕餉時、その場には過去に情婦であった“いく殿”の姿もあったらしいのだが……、なれど流石は虎たる豪傑。そんなモンそっちのけでうな重に夢中であったらしい。
――――確かに思う所はあるが、とりあえず飯だッ! こんなの滅多に食えんッ!!
いつも三重に“沼”なる謎料理を食わされている、その反動か。
まぁとにかく、虎眼先生が嬉しそうでなによりであった。末永く元気でいてくだされ。
◆ ◆ ◆
その
いつも文字の練習をおこなっている簡素な机、その下にそっと想いを秘するが如く置かれた、処女雪を思わせるような白い手紙。
恐らく留守の間に、何者かが置いたのだろう、他ならぬ源之助に宛てた物だ。
微かに文から漂う芳香は……あの数年前の道場破りの日、鍔ぜり時に源之助を悩ましめた物と、まったく同じ。
――――あの場所に一人で来い。
それは明らかな、果し合いの申し出であった。
感情を表すのが下手くそで、いつも皆に心配をかける彼の静かな瞳が、まるで来たる日の満月を模すが如くに、大きく見開いた。
「……」
文を懐に仕舞い、その場から立ち上がる。居ても立っても居られぬとばかりに。
そして、何気なく振り向いた顔の真ん前に、
「――――はぅあッ?!?!」
ビクゥ! と高く飛び上がった後、ザザザッと後ずさる。
だがそれも、むべなるかな*1。
いま岩本三重は、まるこの世の全てを呪うかのような憎悪の瞳をし、零距離でこちらを見つめてたのだから。
其は申すまでもなく、「まさにシグルイ!」と言わんばかりの、お手本のような白目である。御美事也。
三重さま……まさかずっと私の背後に? もしや行水してた時も?
源之助はそう思ったが、怖くて訊くことが出来ない。
『恋文、にございまするか……?』ゴゴゴゴ…
ボソッと、幽鬼のように。地獄の底から響くような低い声で、三重が呟く。
そして彼女が「くんくん」と、小さく鼻を動かしたのが見える。それは決して、わんこのような愛らしい仕草では無い。
恨み、つらみ、乙女の情念……。そういうのを魔女の釜で一緒くたに煮詰めたような、とてつもなく恐ろしいオーラが漂っている。
やがて源之助が壁にもたれかかり、「少しでもこやつから離れなければ!」と本能的にゴソゴソしている内に……、三重はその文の差出人を悟る。
「――――あの下郎ッ!
虎が吠えるが如く、三重が「ムッキィィーッ!」と雄たけびを上げた。
伊良子許すまじとばかりに。
「なんかそんな気がしていたのですっ! 三重のほもほもセンサーがビンビン来てたのです!
その文は、きゃつからのお誘い? 果し合い?
嘘よッ! 真夜中に男二人でやる事など、
腐っておられる――――三重さまは手遅れに御座る。
そう源之助は冷や汗を流すも、己が許嫁の勢いはとどまる事を知らぬ。富士の噴火の如し。
「ホモが好きです! 大好物にございまする! ごっつぁんでぃす♪
――――でもそういうのは、妄想で充分なり!!
ホモに夫を寝取られた女の気持ち、一回でも考えた事あるのですかっ!
三重はリアルなんか大嫌いだ!!」
ホモにございまする! ホモにございまする! 出合え出合えーい!
そう頭を抱えてヘッドバンキングする三重を、藤木はただただ見守るばかり。
もうどうして良いか分からん。腹を切って済むのなら、躊躇なくそうするのに。
「何故ですか藤木さまっ!? そんなに男が良ぅございまするかっ!?
わたくし達、共に
いやそれ、貴方がカニバサミで無理やり引きずり込んだヤツ……。
あの時は、周りの門弟たちが叫ぶ「金! 暴力! SEX!」の声が、とても煩かった覚えがある。
なんとか貞操は守り通したものの、正直藤木は「みんな死んでしまえばいいのに」とか思った。
武士としてあるまじきだけど、日ノ本など滅んでしまえと。ちょっとだけ本気で。
「うわーん! 源之助ちゃんが、ホモになっちまっただぁー!
ホモにお走りなされたぞぉー! びえぇぇーん!」
“見て下さい。ここにホモがいます”。
そんな英語の例文みたいに、三重がワーワーと騒ぐ。
そろそろ訴えるぞ。張り倒すぞこの野郎――――
藤木は忠義者なので、そんなことは言わないが、言っても良いと思う。
「三重を捨てたら知りませんよ!?
今から海を渡り、縁もゆかりも無い中華民族を
貴方さまは、それでもよぅございまするか!」
藤木の精神がゴリゴリと削られていく。
今日はもう疲れたし、泥のように眠りたい。お助け下され神よ。南無さんたまりあ。
「あ、いまホモって申しませんでした? 衆道と聞いて」イソイソ
「まぁ千加どの! いま藤木さまがですね?」
「――――帰ってござ候! 二人は無理に申す!!」
文法おかし目な侍言葉が、夜の岩本家に響いた。
◆ ◆ ◆
随分お久しぶりとなる、秋葉山
あの夜から幾日か経ち、今宵は満月の夜なり。
今宵は、中秋の十五夜。
本来武家では、この日は屋敷を開け放し、家の者たち皆で月を鑑賞するという習いがあるのだが……今この場には、酒も団子もありはしない。風流さとは程遠い、隔絶した世界だ。
あるのは冷たく張り詰めた空気と、己の腰に据えられた大小、そして厳かに天上で輝く満月のみ。
藤木の肩は襷掛けに縛られており、その額には覚悟を示すが如くの赤い鉢巻。
そして視線は、前を見つめ不動。
一連の事件の原因である伊良子清玄。かの者に己が力で勝利する事こそ、虎眼流跡目たる証明。
藤木は、そう信じていた。
「……」
やがて、石の階段を登り、こちらへとやってくる者の気配を感じた。
そちらに目をやれば、暫くしてその人物の姿が、月明りの下に現れる。
「……」
藤木が感情を出すことは無い。だがほんの僅かだが、眉をしかめる。
――――伊良子じゃない。検校屋敷の従者、
顔にある、特徴的な大きなほくろ。こちらを睨み付ける、するどい
その手に持ちしは刀に非ず。すでに縄に火着されし短筒を構えながら、友六なる男がゆっくりとこちらに歩みを進める。
『――――お主がホモだったのか!!』
だが突然、寡黙な藤木らしからぬ大声が、この場に響き渡った。
「ミキプルーン! ミキプルーンではありませぬか!
まさか……お前ホモだったのかえ? 男なのに、密かに藤木さまに想いを……。
あんなに仲良ぅしていたのに、わたくしを
「三重さま、おいわたしゅう御座る……」
眼前に友六……もといミキプルーンを見据えたまま、藤木が三重を気遣う。
「くそったれぇー☆ みんなみんなホモにございまするっ!
日ノ本よい国、ホモの国! えーんえーん!」
「よもや、ここまで掛川が、ホモに侵食されていたとは。気が付かなんだ……」
「こうなれば、検校さまも怪しゅうございますね!
あの屋敷の者は、みんなホモという可能性が出て参りましたよ!?
いやもしや、掛川に住む男達は皆……すでに?」
「その可能性も、充分ありましょう。時すでに遅ぅ御座った……」
「そんな……! どうしましょう藤木さまっ! わたくし恐ろしゅうございまするっ!」
「必ずや三重さまは、私が守り申す。ご安心を」
「……」
まるでホモをゾンビみたいに言い、やいのやいのと盛り上がる二人を、友六は茫然と眺める。
ちなみにであるが、いま藤木は
――――肩車をすれば、二人の影はひとつ! 問題ありませぬ!(キリッ)
なんか一休さんみたいな事を言い、三重は無理やりこの場に同行したのだった。
まぁ結果的にではあるが、清玄の方も約束を
文句を言われる筋合いは無いのだ!
「いやあの、三重どの? 何故この場におられるんで……?
それよりもあっし、別に衆道の嗜みは……。男色家にゃー御座いやせんが……」
「ウソよ! ホモはみんなそう言うのです!
とぼけまいぞミキプルーン!」
「観念せよ友六。
三重さまが、こう
「!?!?!?」
友六が愕然とし、三重たちが勝ち誇った表情を浮かべる。
関係ないが、もし密林でワニに出会ってしまった時、原住民の子供達は、頭の上に板キレなどを掲げ、自分の身長を大きく見せかけるのだという。
そうする事により、なんか強そうに見えて、ワニが襲って来なくなるそうな。身体が大きく見えることによって、威圧感が出るのだろう。
ゆえに、いま三重を肩車した藤木は、なんかすごく強そうである。
当然だ、こんなにも今、身長が高いのだから。威圧感バリバリなのだ。
こんな夜中に、若い男女二人が神社で肩車をしている、という意味でも。
「あっ! 逃げましたよ藤木さま!? 追え追えーぃ!」
「――――承知ッ!」ダッ!
意味が分からぬ状況、そしてえも知れぬ威圧感に圧され、友六(ミキプルーン)がこの場を逃げ出していく。
持っている短筒を放り出して、すたこら来た道を戻る。勝てるワケねぇとばかりに。
そしてその背中を、肩車をした二人が猛然と追いかけて行った。ドドドドっと。
「くっ……! なかなか速ぅございますね。このままではホモを取り逃がしましょう。
なれば藤木さま! いったん分離です!」
「心得申した! いざっ!」
頭上の三重に目線を向け、しっかり頷きを返す。
二人のコンビネーションはばっちりだ。肩車で走ってるという状況なれど。
「「――――オープン・ゲェーット!!」」
三重の指示と共に、二人が空中にて分離。ふたつの影に別れる。
「「――――チェーンジ・ゲッタァー! ツゥー!!」」ガッシャーン!
そして、バランス型のゲッター1(藤木)では無く、スピード型のゲッター2(三重)へと変形。再合体が完了!
ガッキーンと空中でカッコいいポーズを決めた! チェンジゲッター!
まぁぶっちゃけ、三重が藤木を肩車してるだけなのであるが。
「ふははは! わたくしのスピードに敵うものかっ!
飛ばしますよ藤木さまっ! 掴まって下さいまし!」
「応ッ!」
思えば、昔はこうやって、よく遊んでいたものだけど……まさかこの年になってもやるとは。
真面目に付き合ってはいるけれど、ちょっと照れてしまう藤木くんである。はじゅい。
「……うわっ! 岩本三重はやッ!? きもッ!!」
「待てぃちょんまげ野郎ッ! いや掛川ホモぼくろ!
観念するホモ! 地獄の直送便は足が速いホモ!」
「ここに
大雪山おろしが見とう御座った……」
本来はここに権左衛門を加え、「3つの心をひとつにする」のが、虎眼流ゲッターの習いである。
もうどんな敵にも負ける気がしない。地球の平和だって守ってみせる。
虎眼流剣士は、陸海空を駆ける事が出来るのか?
――――出来る! 出来るのだ!
「ゲッター・ちりとり! ゲッター・石! ゲッター・その辺の土!」
ワケの分からん技名を叫びながら、二人でそこいらに落ちてる物をポイポイと投げ、友六にぶつけていく。いわゆるロケットとかの飛び道具がわりだ。
もうすぐそこまでゲッターが迫っているのが分かり、友六はもう涙目になっている。だが最後まで諦めない心で、いっしょうけんめい階段を駆けて行く。エライと思う。
「ゲッタァァァーー!! トマホゥゥウウーーークッ!!(七丁念仏)」
三重が声を上げた途端、どこからか飛来した七丁念仏がこの場に突き刺さり、友六の退路を塞ぐ。
ちょうど自らの進行方向にぶっ刺さった刀。それに腰を抜かした友六は、その場にへたり込んでしまった。
これにて“勝負あり”である。覚えたかッ!*3
「――――ゲッタァー!
「ぎゃあああぁぁぁーーッッ!!」
だが虎眼流は厳しい。掛川の剣術集団は甘く無いのだ。
決着がついた後、三重は友六を“伊達”にすべく右腕を一閃!
友六の大事なチャームポイントが、三重によって主人と泣き別れ、満月の夜空を舞っていく。これが無ければ、そこらの町人と見分けが付かんと言うのに!
あぁ! なんと無惨な事だろうっ! 虎眼流恐るべし!
まさに惨酷無惨時代劇ッ! 武士道は死狂いなり! コワイ!
「――――ほんま悪さばっかしよってからに!
後で職員室に来なさい! ガァァアアーーッデェム!!!!」
もう二度とするんじゃないぞ! ぷんぷん!
そう三重さまは友六に言い、ポンと絆創膏を渡してから、お家に帰りました。(おしまい)