――――お父上は死にました。
あの伊良子襲来の日より、2日後。
牛股権左衛門を始めとする門弟達が、岩本家に帰還して最初に聞いたのは、その一言であった。
――――
――――――お父上は死んだと、そう存じておれば良いのです。
それだけを告げ、三重はプイッと顔を背け、彼らの前から去って行った。
その態度は、師の危機にも関わらず、この場に駆けつける事が叶わなかったが故。
彼女のお父上を救って差し上げられなんだという、自分達の不甲斐なさを言外に責めているものと、牛股たちは悟った。
「な……なんという事か。
あの強かった先生が……」
「よもや、虎眼先生が討たれるなどと……」
「何のための我らぞ……。師の危機を救えずして、何の門弟ぞッ!!」
彼らは茫然と、岩本家の庭に立ち尽くす。
牛股の目から涙が零れ、それを皮切りに、この場に門弟らの慟哭の声が響いていく。
「先生ッ! 虎眼先生ぇーッ!!」
やり切れない想い、抑えきれぬ悲しみを叩きつけるように、牛股が拳を繰り出す。
ちょうどその場にあった、庭の大きな一本松から垂れ下がっている、縄でグルグルに丸めた布団。
たまに三重などがサンドバッグがわりに殴っているソレに、感情を叩きつけた。
「畜生ッ! ちくしょぉぉぉおおおーーッッ!!」
「先生ッ!! せんせぇぇぇえええーーーーッ!!」
「うわぁぁぁあああーーーーッッ!!」
それに習うように宗像、丸子、興津も殴り始める。
4人、その丸めた布団を取り囲むように立ち、順番に拳を打ち込んでいく。
岩本家の庭に、師を失った男達の叫びが木霊する。
「なにゆえ我らを残してッ!!」ドゴン!
「先生ッ! 何故ですかッ!!」ドゴン!
「嘘だと言うて下されッ!!」ドゴン!
「うおぉぉぉぉぉおおおおおおーーーーッ!! せんせぇぇーーー!!」ドゴーン!!
丁度彼らの拳が、40発を数えた辺りか。
牛股の放つ全力の拳が、まるでこれがトドメのように、布団を吹き飛ばした。
これまでで一番大きく跳ね飛んだソレは、吊るしていた縄を引きちぎられ、ポーンと遠くへと飛んでいく。
その光景を、涙で滲む視界の中で、門弟たちが見送る。
「あぁ……。斯様なことをしても、我らの罪は拭えぬのに」
「なれど、殴らずにはおれぬぞ! このやるせなさを、ぶつけるしか無かろう!」
そう言い合いながら、牛股たちが飛んでいった布団の方へと歩き出す。
もう一度木から吊るして、また思う存分殴る為に、イソイソと回収しに向かった。
しかし……。
「あれ? ――――うわぁぁぁああああッッ!!??」
先ほど、門弟たちの悲しみの拳により、縄が解けてしまった布団……。
その中から、なんかすごくグッタリしている、
しかも、もう見るに絶えないくらいボロボロとなって、ヒョッコリはみ出していた。
「虎眼先生ッ!? しっかりして下され先生ッ!!」
「拙者たち、けっこう殴り仕ったけど!? 大事ないですか先生!?」
「なんか妙に、ええ殴り心地じゃな~♪ と思うたら! 何故かような所に?!」
さもありなん。それは三重の手によるもの也。
あのドッキリに掛けられた、忌まわしき夜……。彼女は寝床に入った虎眼を、布団ごとグルグルふん縛り、ここに吊るしておいたからに他ならぬ。
さっきまでの悲しみはどこへやら。いま門弟たちはオロオロと狼狽え、なんとか赦してもらえない物かと、綺麗な土下座の最中である。
まぁ現在の虎眼はグッタリしているし、ボロボロなのは
「むむ、うるさいですねぇ……。
斯様に騒いでは、ご近所迷惑でしょうに」
自室にて、遠くより響く門弟たちのギャーギャーという声を聞きながら、三重は眉を顰める。
「まぁ、好きにさせておきまする。
あれから2日ほど経ちましたし、これにて三重の溜飲も、下がりましたゆえ。
願わくば、あと少しだけ死んだ事に出来ておれば、やりやすぅございましたが……」
もし牛股たちが、もう少しばかり遅れていたらば、いったい虎眼はどうなっていたのだろう?
そのような
ただただ、虎眼はめでたく門弟たちにより救出された――――それで良いじゃありませんかと、三重は思う。
「三重は今、たいへん忙しゅうございまする。
お父上の介護は、うっしー達に任せておきましょう」
いま三重が手にしているのは、雅な趣きを感じさせる、高価な筆。
そして彼女の机の上には、まだ作成途中である、一通の書状があった。
◆ ◆ ◆
必ず故ありて かくの如き
虎眼 金玉潰され
父の金玉 潰れし候事 全くの自業自得ゆえ どうでも良き事なれど……
我をドッキリに
後日、この仇討ち願書を受け取った、掛川藩
「源之助よ……あのな?」
掛川城の一室。
今この部屋の中央では、藤木が深く平服して座っており、それをぐるっと取り囲むようにして、7名の家臣たちが座っている。
「此度の仇討願なんじゃがな?
こう……藩庁としては、
そしてこの場の者達は、何故か皆一様に、とても困った顔をしていた。
「そも仇討願書とは、当主が討たれた場合など、
此度のように、『お父上の金玉つぶされた~』とか、『ドッキリに嵌められてムカついた~』とか、そんな理由で提出したら、いかんのじゃよ……」
「……」
源之助は静かな表情で、ただただ平服するのみ。
その真っすぐで、意思の強さを感じさせる
「あのな? これ
お家の意向に忠実なのは、とても良き事じゃがな? 源之助はエライな~と思うがな?
でもこう……もそっとな? お主が三重どのを、抑えて欲しいというか……。
むしろ、こっちが願い上げたいというか……」
「……」
ぶっちゃけ、藤木が一人で来てくれて良かった。
もし藩庁の言い付けを無視し、「わたくしが話を付けまする」とばかりに三重に来られていたら、もうハッキリと「
藤木くん、本当にありがとう――――助かり申した。
掛川の家臣たちは皆、ホッと胸を撫でおろしているのだ。
「これなるは、ほんとぉ~に内密に、願いたき儀なんじゃがな……?
仇討ちがしたいのなら、
三重殿がしたい申すのなら、したらええんじゃて……。儂らの知らぬ所で」
「……」
「やるじゃろ? たとえ何を申そうが、三重殿はやるんじゃろ?
なればもう、勝手になさって欲しいんじゃよ……。藩庁としては。
もし『否』と申したのに、それガン無視してやられたら、面目まる潰れじゃろ?
しかも、それを
「……」
「どうかそこら辺を、
儂もう今年60ぞ? 健やかな老後を生きてゆきたいんじゃ。分かってくれい……」
頼母さんは良くしてくれてるし、いつも虎眼流が苦労をかけてしまっているので、源之助としても、ただただ平服するばかりだ。
三重は野生の獣のような所があるものの、その反面、しっかり武家の子女としての良識も持ち合わせている。
ゆえに今回のように、「だからこそタチが悪い」という場合も出てくるのだった。
もう自分たちが預かり知らぬ所で、勝手にやってくれたら良い。そうすりゃなんの問題も無い。
でもこうやって、律義に仇討ち願いなんかを書いて来るものだから、頼母さんも困ってしまうのだ。
なんやねん、「ドッキリかけられて激おこにございまする」って。
儂そんな仇討願書、見た事ないわ。もう勘弁してくれと。
「先日、虎眼より届け入れがあったが、
これから三重どのと共に、掛川で道場やってくんじゃろう?
なれば、そこら辺の事情さえわきまえとってくれたら、もう儂なんも申すこと非ず!
どうかお主の方から、三重どのに言って聞かせては、くれまいかと……。
頼むわ源之助、儂もうお腹いたいんじゃて……」
「……」
跡目の件は、初耳であった。
そうなる事は必定であり、何の文句も無い事なのだが……きっと虎眼パパが我慢出来ずに、三重に内緒で届けを出しちゃったのだろうなぁ~と、源之助は思った。
そして、今この時より――――岩本三重と藤木源之助は、正式な
今までのように“事実上”ではなく、公然の物として。
「――――おそれながら」
なれど、源之助は……。
「虎眼流は、剣をもって召し抱えられし家。
なれば、剣の上で遅れをとったままにては――――」
そうハッキリと、頼母たちに告げた。
そりゃあ嬉しい。いま源之助は、喜び庭駆け回りたいくらいの気持ちだ。わんわん。
だが式を上げるのも、二人で念願の熱海に行くのも、全ては伊良子を打ち倒してからの話。
それが虎眼流の跡目たる証明であり、
「何卒、三重さまがお望みの形にて、仇討ちを。
正式な場のご準備をば、願い上げたく――――」
その揺るぎない決意、源之助の真っすぐな言葉。
だが、これもむべなるかな。掛川の家臣たちは皆、オロオロと狼狽し始める。
「う、自惚れまいぞ源之助!
いくら其方が、三重どのの伴侶とはいえ! わきまえぬか!」
「そうじゃ! いくら三重どのが、ウチの殿からめっちゃビビられておるとはいえ!
虎眼流が、当家の武芸師範のお役目なるは、変わりなかろうが!」
「いちおう形だけでも“家臣”なのじゃ! わがまま申すでない!」
「ね? そんなこと申さずにさ? お願いじゃからッ!」
ちなみに以前、“徳川忠長とズッ友”であるという、三重の力に目を付けた掛川城主が、グヘヘとばかりにニヤつきながら「とりあえず1万石でどうよ?」と、気軽に仕官を命じたことがある。
三重が女人である事、そしてかの柳生家ですら3千石である事を考えると、これは正に破格の待遇と言える。
しかし三重の『――――あ?(威圧感)』のひと言で、完膚なきまでに黙らせられ、ついでにジョバーッとおしっこ漏らして失神。
それ以来、掛川の城主は、ずっと三重の存在にビクビクしていたりする。
寝ている時も“巨大な虎に喰われる”悪夢を観るようになり、近年ではすっかりガリガリ君になってしまったのだそうだ。
「事はすでに
「そもそも其方が不甲斐なき故、かかる
いや拙者は別に、そんな風には存じとらぬけどね!?(必死)」
「虎眼が金玉潰されし日、其方はどこにおった!?
三重どのと一緒に、ゲッターごっこをしておったではないか!
楽しかったなら、それで良いじゃない!(懇願)」
「虎眼の死亡ドッキリの折りは、すんごい狼狽しておったと聞くぞ!?
普段は無愛想なお主が見せた、師匠想いなその姿に、儂も胸を打たれた!
あ~源之助くんて無口なれど、とっても優しい子なんじゃな~って思った!
でもどうか此度は、引き下がって下さいッ!(涙目)」
この度、奇しくも源之助は“岩本三重の夫”という、もうとんでもない後ろ盾を得てしまった事になる。
源之助の身分は、
彼は絶対そんな事しないし、近年まれに見るほどの忠義者であることは知っているのだけれど……、でもどうしても、身体の震えが止まらないのだ。
ドッキリにかけられたので、ブチ殺しまする――――
いくら武家社会とはいえ、そんなのを認めてたら、もう無茶苦茶になる。
いくら江戸時代の人達が刀を持ってるからと言って、腹が立ったとか、意地悪されたとかで、誰彼かまわず斬っても良いなんて、そんなことは無い。
此度の件では“金玉”であるが、この仇討ちという物に関しても、それはそれは細かなルールが、しっかりと定められているのだ。
たとえ三重が前代未聞な存在だとしても、形式上の彼女は“武家の子女”であり、どうしても認めるワケにはいかない。
法律というのは、統治の為にこそある物。
けれど……三重が書いた仇討願にある、 (`曲´#) だの ( ̄へ  ̄ 凸 だのといった顔文字が、家中の者達の足をすくませる。
その仇討願から、三重の「分かってだろうんなテメェ?」みたいな感情がアリアリと伝わってきてコワイ。もう彼らは、目の前の藤木くんに縋るしか無いという状況なのだ。
なんとか宥めすかして、事を治められないものかと、そう苦心するばかりである。
「まったく! 剣も大事じゃが、世渡りというんも大事ぞ!
虎眼のヤツめ、ちゃんと弟子にそういう部分もだな……。
比類なき業前を持ってはいても、剣才とは別の部分じゃからのう」
身分低く、無口な若者に対する老臣たちの叱責は、
なれど、たとえそれが必要以上であったとしても、源之助に不服は無かった事だろう。
自身に足りない部分が多いのは承知しているし、無理を通して願い事をするのだから、叱責されるのも当然であると認識していた。
「――――いやぁ、どうでしょうなぁ?」
この者が放つ、“ある一言”を聞くまでは……であるが。
「皆様方は、岩本様を痛く買っておられるようじゃが。拙者にはとんと……」
かの者は、
虎眼が破れたと聞きつけ、よもや自分にも運が向いて来たかと思い、この場に駆けつけた剣客。
もし虎眼流なくば、掛川の武芸師範役を任されていたのは、彼だったであろうと、周りから囁かれる人物である。
生野は源之助が叱咤されている時も、決してその輪に加わる事無く、ただ彼の背後にて座したまま、ずっといやらしくほくそ笑んでいるのみであったが、ここに来て初めて口を開いた。
「当道者に打ち負かされた岩本様が、果たして
――――グルン! ビシュッ! スタッ!
その三つの音が、この場の者達が状況を認識出来ない速度で、一度に鳴った。
「…………お」
源之助が前を向いたまま、その場でじっと座る中……。
背後にいた生野の額に、ツゥっと一筋の赤い線が引かれ、そこから血が流れ出す。
「ッ!?」
「こっ、これは……!」
「なんとっ……!」
一瞬だが、見えた。
じっと俯いて座っていた源之助が、生野の中傷めいたその言葉が言い終わらない内に、その場で身を翻して抜刀。かの者の額を横一文字に斬って見せたのだ。
まるでコマの如く縦に周り、気が付いた時には、もう元の正座に戻っていた。
今回は
むしろ、逆に皮一枚のみを斬り、あえて生野を殺さずに
それは、この物を知らぬ不心得者に、ハッキリ“格の違い”というものを教育せしめる。
並の者には目視すら叶わぬ、息を呑むほどに見事な柔*1。
そして未だ寡黙に徹する源之助の、“ただすべき事を成す”という姿勢も、まさに
「のぅ生野よ、岩本虎眼が何ぞ?
斯様に素晴らしき弟子を持つ、虎眼の技量が
「い……いえ」
そそくさと召使いの者が駆け寄り、手拭いを渡した。
それを生野は放心したまま受け取り、何も考えられぬ思考の中で、血の滲んでいる額に当てる。
言葉は無い。何も言えるワケが無い――――
いましがた見た、まさに絶技とも言うべき藤木源之助の剣を、前にしては。
もし命がいらぬ、と言うのならば、話は別であるが。
「やはり、見事じゃの。
加えて、師を嘲笑せし者を、即座に打ち返し*2に及びし忠節、まこと天晴也」
「流石は当家、剣術指南役たる虎眼流、その跡取りよ」
「生野よ? この藤木源之助は、とても其方が及ぶ所ではないわ。
また口を滑らせ、畳を血で汚さぬうちに、とっとと
召使いに肩を支えられ、生野がヨロヨロと退出していく。
古く掛川に仕える老臣たちは、みな虎眼流と藤木の腕前を知っている者ばかりなので、何やらニヤニヤと機嫌が良さそうである。
野心家ではあるのだろうが、あからさまに指南役の後釜を狙い、こうも簡単に無礼を口走る生野の人柄を、きっとあまり良くは思っていなかったのだろう。
「いやぁ~、良き物を見たのぅ!
まるで猫の如き俊敏さ! 加えて皮一枚を斬るという、その技量よ!」
「虎眼流、錆びてはおらぬのぅ!
むしろ三重殿の生誕を機に、更なる高みへ登ったと見える! これで掛川も安泰ぞ!」
「そうじゃな! 近き未来、三重殿と源之助の子も生まれよう!
きっと強き子が産まれるじゃろうから、次代も安泰じゃ!
あ、時に源之助よ? ちなみに其方は今、三重殿とはどこまd……」
――――グルン! ビシュッ! スタッ!
「…………えっ」
「ん?」
「あれ?」
「お?」
再び、その三つの音が、一度に鳴った。
源之助が猫のように身を翻し、剣を振るったのだ。
「い……稲垣ッ!! お主の額から、血が流れておるぞ!?」
「ま、まことに御座るかっ!? ほんとに?!?!」
源之助が顔を真っ赤にしながら、じっとその場に座る中……、この場の老臣たちは大慌て。
――――えっ、そんな事でも斬るの!? とばかりに。
「ちょ、源之助よ……!
いくら照れ臭いからというて、剣を抜くんはd……」
(チャキッ!)
「いやいやいやッ! 何でもない何でもない!!」
源之助が刀に手を掛けた途端、頼母さんは慌てて首をブンブン振った。
今のは
法をつかさどる掛川藩の家老をしても、判断がつかなかった。
「いやまぁ、これはちょ~っとデリカシー無かったのう! 栓なき栓なき♪
おほんっ! なんか少しばかり変な空気になってしもうたが……。
とりあえず腹が減ったのう! 源之助よ!」
「そうじゃそうじゃ! 儂らも朝から何も食うてはおらぬゆえ、もうグーペコでのう!
いや~腹が減ってたまらぬわ! ハッハッハ!」
「ほれ! 食事を用意させるで、其方も一緒に食べようぞ!
そんな膨れ面しとったら、せっかくの男前が台無しじゃぞ? 笑って笑って?」
(ぷっく~う!)
稲垣さん(老臣)が退室していくのを見送りつつ、なんとか場の空気を和ませようと、汗だくになって取り繕う家老たち。
可愛く頬を膨らませている源之助を、おじいちゃん達が何とか宥める。
「時にその方らは、かのサッポロ一番の中では、どれが一番好きかの?
やはり儂は“塩”が最強じゃと、そう存じるのじゃが」
この場でいちばん位が高く、場の纏め役でもある頼母さんが、必死に普通の空気に持っていこうと奮闘。何気ない話題を振る。
「おぉ! 塩に御座いまするか! 流石は御目が高い!」
「拙者、大好物に御座いまするぞ! 週二で食うておりますれば!
後は……、しいて申せば“味噌”に御座いましょうかな?」
「さもありなん! アレはたまらぬな!
正に天下無双! 至高の味噌
その言葉に老臣たちも同調。ちょっと不自然なまでの笑顔で、この場を盛り上げていく。みんなラーメンは大好きであるし。
「なれど、“醤油”は無しに御座るな♪
サッポロ一番で醤油を選ぶ者など、味の分からぬ馬鹿舌か、よほどの
――――グルン! ビシュッ! スタッ!
「香取ッ!? 大事ないか香取ぃぃーーッ!!」
「アカンかったのか!? よもや醤油派じゃったんか源之助よッ! そうなのかっ!?」
(ぶっくぅ~!)
額から血を流す香取さん(老臣)の肩を支えながら、いま頬をプクッと膨らませる源之助を、驚愕の目で見つめる一同。
――――えっ、これも斬られるのっ!? 滅茶苦茶やないか!!
師匠やお嫁さんのみならず、よもや食べ物の事でも斬りよるとは!
アカン、さっき虎眼を嘲笑された事で、ブレーキ壊れてしもうとるがな!!
いまこの場は、若き虎である源之助が、完全に支配している。
もしちょっとでも彼を怒らせたら、彼が気に喰わない何かを言おうモノなら、即座に額を斬られてしまうという、謎のルールが出来上がっていた。
たまに馬鹿にする人もいるが、サッポロ一番の醤油はすんごく美味しいのだ! 麺にも醤油が練り込んであるんだぞ☆
「いかん! この話題はやめじゃ! 死人が出ようぞ!」
「無駄に源之助の腕が確かゆえ、皮一枚のみで済んでおるが……。
本来は稲垣も香取も、普通に死んどるんじゃからな?! 口を滑らすまいぞ!」
「
頼母さん以外の、この場に残った三人の老臣たちが、気合を入れなおすが如く声を掛け合う。
いまこの場には、言葉の通じぬ虎がいるのだ。真面目にやらないと死んでしまう。
なまじ生野への打ち返しを「見事也!」と褒めちゃった手前、今度は自分たちの番になったからとて、NOとは言えぬ。
それは武士としてまかり通らぬと(?)、なんかみんな変な意地を張っていた。
普段は家老職にあり、まさに伏魔殿とも言うべき城内で、策謀を巡らせる彼らではあるが、今はこの青年の趣味趣向を読むのに必死だ。
超生きて帰りたい。せっかくこの地位に昇りつめたのに。まだ死にたくないで御座る。
「なれば! 牛丼の話題などは如何か?!
実は儂、“吉野家”には目が無ぅてなぁ!」
「あいや待たれよ! これは異なことを!
牛丼と申すなら、やはり“すき家”に御座ろう!
お手前は、ネギ玉牛丼を何と心得る!?」
「ええですなぁ~、色んな牛丼があり申すし♪
なれど儂は、あえて“松屋”の牛丼を推しましょうぞ! 味噌汁が付き申す!!」
「おおっ! あにはからんや*3!」
三人は和気あいあいと、仲良く牛丼トーク。
たまごを乗っけるとか、汁ダクがどうとか、好みを語り合う。
「なれど、“なか卵”は無ぅ御座るな~♪
和風牛丼だか何だか知らぬが、あんなモンは外道n……」
――――グルン! ビシュッ! スタッ!
「草彅ぃぃーーー!! しっかりせぃ草彅ぃぃ!!」
「アカンかったのだッ! なか卯を馬鹿にしたらアカンかったのだッ!!
源之助くんって、なか卯派の人じゃったの?! あんまり店舗ないのにっ!」
ブシュゥーと額から血を出し、草彅さん(老臣)がバッタリ倒れ込む。
残った二人が、涙を流しながら傍に駆け寄る。藤木くんはプクッとしているけど。
「あれは味付けが
許されなんだかっ!!」
「なか卯とは、カツ丼を食う所と見つけたりッ!
なれど侮りがたし! 和風牛丼!
儂もたまに、無性に食いとぅなるのだ! あれ実は珠玉の一品ぞ!!」
ちなみになか卯は、京風のおうどんも、物凄く美味しい。
和風牛丼とセットでお楽しみください。藤木くんのオススメです☆
とにかく、散っていった仲間達の為にも、残った二人が必死で知恵を絞る。
決して臆するまいぞ! 草彅と香取と稲垣が為! 弔い合戦じゃ!
もう二人は、半ば意地になっているのが見て取れる。
「なれば、中華はどうじゃ!?
餃子の王将と、大阪王将! お主はどちらの方に参る?」
「ほう二択か! だが笑止!
斯様な問い、念には及ばぬわ*4!
その名が示す如く、餃子といえば、餃子の王将也!!
特に天津飯の見事さたるや、まさに天下一ともいうb……」ザシュウ!!
「おわ゛っ!? 中居ぃぃぃいいいーーッッ!!」
哀れ、老臣の中居さんも凶刃に倒れ、ついに老臣5人衆は、残り一人となる。
今もぶっすぅ~という膨れ面で、じっと座っている源之助くん。そして黙ってこの場を見守っている頼母さんを除いてだが。
この部屋も、ずいぶん広うなり申した――――と言った感じだ。
「たわけがッ! 天津飯といえば、“ふわとろ天津飯”がある大阪王将じゃろうに!!
餃子の味、甲乙付け難し! まさに龍虎相打つが如しよ!
さりとて天津飯の優劣は、もはや明らか也ッ!!(カッ!)
よもや斯様なことも知らず、王将を語るとは! むべなるかな!」
別に王将の方も凄く美味しいし、「斬られても仕方ない」なんて頼母さんは思わない。
でもなんか、無駄に熱いこの場の空気を壊すのも忍びないので、黙って見守っている。
残る老臣は、最年長となる木村さん唯一人――――
共に“掛川のSMAP”としてやってきた家老仲間達の想いを背負い、彼と藤木くんが繰り広げる、最後の戦いの幕が上がる。
アイスの話題はどうだ? ……駄目だ! チョコミントと口走った瞬間に斬られる!!
なればうまい棒は? ……駄目だ駄目だ! たこやき味で南無三するがオチぞ!
そう掛川の家老最後の砦は、必死に知恵を巡らせていく。
「あっ! 時に源之助よ? 食べ物の話題もええんじゃが……。
其の方、
「ッ!?」
思わず傍で観ていた頼母さんが、カッと目を見開く。
お主ッ! 先ほど稲垣が“結婚と子供”の話題で斬られたのを、よもや忘れたワケではあるまいに! その藤木なる男は、とってもシャイボーイなるぞ!
なれど貴様は、ここで
どんだけ男気を見せるのかッ! こんな所で無駄にッ!
「いやいや♪ もちろん其方にとって、三重殿が一番というは、儂も存じておるぞよ?
なれど、なれどじゃ♪ お主にも密かに秘めたる、趣味趣向という物があろう?
いくら三重殿が美人でも、こういう女の子が好きだな~というのは、あって然るべきじゃ!
な? ここだけの話じゃ♪ 申してみいてぇ~、ほらぁ~♪」
「……なッ!? なんとッ!?」
――――ブッ込みよる! こやつメチャメチャ攻めよる! 御身は虎眼流を恐れぬのかッ!?
もうハラハラしながら見守る頼母さんを他所に、老臣の木村さんはニヤニヤしながら藤木くんに寄って行く。
きゃつこそ、掛川一の命知らず也! 男の中の男だッ! 流石は掛川のキムタク!!
「ちなみに儂はこう……乳の大きな女がの? ええと存ずるのじゃが。
なんか丈夫な赤ちゃん育ちそうじゃし、其方もそう思わぬ?
やはり男子たる者! こうグッと来るモノがあるじゃろ~う?」
「……」
あなや! 藤木くんが沈黙しとるぞ!
黙って話を聴いておるではないかッ! あにはからんや!
いけるぞ! 征けぃ掛川のキムタクよ! 一気に押し切るのじゃッ!
そう頼母さんが手に汗を握り、人知れずキムタク(木村 拓兵衛さん)にエールを送る。
「ほうかぁ藤木! お主もそう思うか! 男じゃものなぁ!
いやぁ~、分かってくれると思うとった♪ 儂は嬉しいぞ藤木よ♪
やはり乳というんは、こうバインバイーンが至高よな!
歩く度にブルーン! ブルーン! いわんとのう!
でなくば味気ないという物よ!」
「……」
藤木の手を取り、勢いよくブンブン上下する。もう「仲良し! 儂ら友達!」とばかりに。
表情を変えずに、ただその場に佇む藤木を他所に、もう木村さんは鬼の首でも獲ったかの如き喜びよう。満面の笑みである。
さぁ、ときの声を上げぇ~い! おっぱいは偉大なりやッ!
「ぶっちゃけた話……、儂もうBカップ以下の乳なんぞ、乳では無いと断じとっての?
慎ましいなどと言い繕う、その欺瞞! 壁の如き無乳! これなるは無価値ぞッ!!
もうボールぶつけたら、全く同じ速度でポーンと跳ね返ってくるような……、そんな弾力なき絶壁など、おっぱいと呼ぶのもおこがまs……」
――――斬ッッ!!!!
そんな斬撃音が、この場に響き渡った。
『お久しゅうございまする、頼母さま――――
藤木さまの帰りが遅ぅございました故、お迎えに上がりました』ゴゴゴゴ…
気が付けば……、この場に三重の姿。
彼女は、隼の如き所作で
『おや――――なにやら
この者は、お二方のご友人ですか? なんぞこやつと、良きお話でも?』
(ふるふる)
藤木がまったく表情を変えぬまま、首を横に振る。
木村さんは知る由も無かったが、虎眼流の忠犬たる彼にとって、もう三重以外の女性など、そもそも“存在しない”のと同じレベル。
故になんの躊躇もなく、木村さんを見捨てる事が出来た。
たとえ今、うっすら額から血を流し、白目を向いてその場に倒れていようとも、こいつは乳の大きさでしか女性を見ないという、大変な不心得者である。
そんな人に同情なんてしないし、お家を守る
むしろ今、三重さまが迎えに来てくれて嬉しいな♪(尻尾パタパタ)まであるのだ。
ちなみに、藤木が先ほどから妙に無口だったのは、別に乳がどうこうという話ではなく、単に三重がいる気配を感じ取っていたからである。
「……あ~、三重どのや?」
「何にございましょう、頼母さま」
多くの者達が倒れ、三重&藤木以外ではラストスタンディングとなった頼母さんが、三重に話しかける。
「此度の仇討願、しかと受理しておくでな……。
掛川城へのご足労、大義であった」
「かたじけのぅございまする――――では」
さながら、犬を引き取りに来た飼い主のように、三重が藤木くんと手を繋いで、この場を去って行く。
その後ろ姿は、正に魔人――――
掛川の家老たる頼母でなくば、失禁して気を失いかねない程のオーラを発していた。
「必ずや源之助は、虎眼の仇(?)を討ち果たし、岩本のお家を盤石の
まぁ三重どのもおる事じゃし……」
その未来が、今から目に浮かぶようだ。
まさに神か悪魔の御業により、ガッチリと確定された運命の如く。ハッキリと。
「三重どのは……まぁ慎ましき乳なれど、美しく。
源之助は、なんか子犬みたいな男なれど、凛々しいゆえ。
ゆくゆくは、掛川いちの
死人が出なかっただけ、重畳よ――――
とりあえず、6人の血で汚れちゃった畳、そして辛い現実から目を背けて、なんか良い風に締めようと頑張ってみる、頼母さんであった。