乙女心もシグルイ   作:hasegawa

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第十五景 報復

 

 

 

 ――――お父上は死にました。

 

 あの伊良子襲来の日より、2日後。

 牛股権左衛門を始めとする門弟達が、岩本家に帰還して最初に聞いたのは、その一言であった。

 

 ――――理由(わけ)? 左様な事は、どうでもよろしい。

 ――――――お父上は死んだと、そう存じておれば良いのです。

 

 それだけを告げ、三重はプイッと顔を背け、彼らの前から去って行った。

 その態度は、師の危機にも関わらず、この場に駆けつける事が叶わなかったが故。

 彼女のお父上を救って差し上げられなんだという、自分達の不甲斐なさを言外に責めているものと、牛股たちは悟った。

 

「な……なんという事か。

 あの強かった先生が……」

 

「よもや、虎眼先生が討たれるなどと……」

 

「何のための我らぞ……。師の危機を救えずして、何の門弟ぞッ!!」

 

 彼らは茫然と、岩本家の庭に立ち尽くす。

 牛股の目から涙が零れ、それを皮切りに、この場に門弟らの慟哭の声が響いていく。

 

「先生ッ! 虎眼先生ぇーッ!!」

 

 やり切れない想い、抑えきれぬ悲しみを叩きつけるように、牛股が拳を繰り出す。

 ちょうどその場にあった、庭の大きな一本松から垂れ下がっている、縄でグルグルに丸めた布団。

 たまに三重などがサンドバッグがわりに殴っているソレに、感情を叩きつけた。

 

「畜生ッ! ちくしょぉぉぉおおおーーッッ!!」

 

「先生ッ!! せんせぇぇぇえええーーーーッ!!」

 

「うわぁぁぁあああーーーーッッ!!」

 

 それに習うように宗像、丸子、興津も殴り始める。

 4人、その丸めた布団を取り囲むように立ち、順番に拳を打ち込んでいく。

 岩本家の庭に、師を失った男達の叫びが木霊する。

 

「なにゆえ我らを残してッ!!」ドゴン!

 

「先生ッ! 何故ですかッ!!」ドゴン!

 

「嘘だと言うて下されッ!!」ドゴン!

 

「うおぉぉぉぉぉおおおおおおーーーーッ!! せんせぇぇーーー!!」ドゴーン!! 

 

 丁度彼らの拳が、40発を数えた辺りか。

 牛股の放つ全力の拳が、まるでこれがトドメのように、布団を吹き飛ばした。

 これまでで一番大きく跳ね飛んだソレは、吊るしていた縄を引きちぎられ、ポーンと遠くへと飛んでいく。

 その光景を、涙で滲む視界の中で、門弟たちが見送る。

 

「あぁ……。斯様なことをしても、我らの罪は拭えぬのに」

 

「なれど、殴らずにはおれぬぞ! このやるせなさを、ぶつけるしか無かろう!」

 

 そう言い合いながら、牛股たちが飛んでいった布団の方へと歩き出す。

 もう一度木から吊るして、また思う存分殴る為に、イソイソと回収しに向かった。

 しかし……。

 

 

「あれ? ――――うわぁぁぁああああッッ!!??」

 

 

 先ほど、門弟たちの悲しみの拳により、縄が解けてしまった布団……。

 その中から、なんかすごくグッタリしている、自分達の師匠の姿(・・・・・・・・)が。

 しかも、もう見るに絶えないくらいボロボロとなって、ヒョッコリはみ出していた。

 

「虎眼先生ッ!? しっかりして下され先生ッ!!」

 

「拙者たち、けっこう殴り仕ったけど!? 大事ないですか先生!?」

 

「なんか妙に、ええ殴り心地じゃな~♪ と思うたら! 何故かような所に?!」

 

 さもありなん。それは三重の手によるもの也。

 あのドッキリに掛けられた、忌まわしき夜……。彼女は寝床に入った虎眼を、布団ごとグルグルふん縛り、ここに吊るしておいたからに他ならぬ。

 

 さっきまでの悲しみはどこへやら。いま門弟たちはオロオロと狼狽え、なんとか赦してもらえない物かと、綺麗な土下座の最中である。

 まぁ現在の虎眼はグッタリしているし、ボロボロなのは牛股たちが殴る前から(・・・・・・・・・・)なので、黙っていればバレないとは思うが。

 

 

「むむ、うるさいですねぇ……。

 斯様に騒いでは、ご近所迷惑でしょうに」

 

 自室にて、遠くより響く門弟たちのギャーギャーという声を聞きながら、三重は眉を顰める。

 

「まぁ、好きにさせておきまする。

 あれから2日ほど経ちましたし、これにて三重の溜飲も、下がりましたゆえ。

 願わくば、あと少しだけ死んだ事に出来ておれば、やりやすぅございましたが……」

 

 もし牛股たちが、もう少しばかり遅れていたらば、いったい虎眼はどうなっていたのだろう?

 そのようなたられば(・・・・)、考える必要も無き事。

 ただただ、虎眼はめでたく門弟たちにより救出された――――それで良いじゃありませんかと、三重は思う。

 

「三重は今、たいへん忙しゅうございまする。

 お父上の介護は、うっしー達に任せておきましょう」

 

 いま三重が手にしているのは、雅な趣きを感じさせる、高価な筆。

 そして彼女の机の上には、まだ作成途中である、一通の書状があった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

仇討願

 

 

我が父 虎眼 乱心に非ず

必ず故ありて かくの如き所作(しょさ)に 立ち至りしものと 確信(かくしん)致し候 (●`з´●)

 

恐れながら 賎機(しずはた)家用人 伊良子清玄より 挑発を受け 抜刀に及びし後 

虎眼 金玉潰され候事(そうろうごと)に 相成(あいなり)候と 拝察(はいさつ)致し候  。(`曲´#)

 

此度(こたび) 藩庁へ 上申致し候儀(そうろうぎ)

父の金玉 潰れし候事 全くの自業自得ゆえ どうでも良き事なれど……

我をドッキリに()め腐った 伊良子のボケを仕留めし 御許可の件 ヾ(*`Д´*)ノ

 

此の段 平に御容赦 願上(ねがいあげ)候 ( ̄へ  ̄ 凸

 

 

岩本 三重

 

 

 

 

 

 後日、この仇討ち願書を受け取った、掛川藩目付(めつけ)、柳沢頼母(たのも)さんは、額からビックリする位の汗を流しつつ、即座に藤木源之助を屋敷に召喚した。

 

「源之助よ……あのな?」

 

 掛川城の一室。

 今この部屋の中央では、藤木が深く平服して座っており、それをぐるっと取り囲むようにして、7名の家臣たちが座っている。

 

「此度の仇討願なんじゃがな?

 こう……藩庁としては、受領(じゅりょう)出来申さぬというか……」

 

 そしてこの場の者達は、何故か皆一様に、とても困った顔をしていた。

 

「そも仇討願書とは、当主が討たれた場合など、家督(かとく)が立ち行かざる~という場合にのみ、提出すべき物あってな……?

 此度のように、『お父上の金玉つぶされた~』とか、『ドッキリに嵌められてムカついた~』とか、そんな理由で提出したら、いかんのじゃよ……」

 

「……」

 

 源之助は静かな表情で、ただただ平服するのみ。

 その真っすぐで、意思の強さを感じさせる(さむらい)らしい所作すらも、頼母さんにとっては、すごく困るのであった。

 

「あのな? これ前代未聞ぞ(・・・・・)

 お家の意向に忠実なのは、とても良き事じゃがな? 源之助はエライな~と思うがな?

 でもこう……もそっとな? お主が三重どのを、抑えて欲しいというか……。

 むしろ、こっちが願い上げたいというか……」

 

「……」

 

 ぶっちゃけ、藤木が一人で来てくれて良かった。

 もし藩庁の言い付けを無視し、「わたくしが話を付けまする」とばかりに三重に来られていたら、もうハッキリと「やんぬるかな(お手上げ)!」であった。

 藤木くん、本当にありがとう――――助かり申した。

 掛川の家臣たちは皆、ホッと胸を撫でおろしているのだ。

 

「これなるは、ほんとぉ~に内密に、願いたき儀なんじゃがな……?

 仇討ちがしたいのなら、勝手にやれと(・・・・・・)

 三重殿がしたい申すのなら、したらええんじゃて……。儂らの知らぬ所で」

 

「……」

 

「やるじゃろ? たとえ何を申そうが、三重殿はやるんじゃろ?

 なればもう、勝手になさって欲しいんじゃよ……。藩庁としては。

 もし『否』と申したのに、それガン無視してやられたら、面目まる潰れじゃろ?

 しかも、それをとても咎められん(・・・・・・・・)とあっては、儂らめっちゃカッコ悪いじゃろが」

 

「……」

 

「どうかそこら辺を、其方(そち)にだけは、存じといて欲しいのよ。

 儂もう今年60ぞ? 健やかな老後を生きてゆきたいんじゃ。分かってくれい……」

 

 頼母さんは良くしてくれてるし、いつも虎眼流が苦労をかけてしまっているので、源之助としても、ただただ平服するばかりだ。

 三重は野生の獣のような所があるものの、その反面、しっかり武家の子女としての良識も持ち合わせている。

 ゆえに今回のように、「だからこそタチが悪い」という場合も出てくるのだった。

 

 もう自分たちが預かり知らぬ所で、勝手にやってくれたら良い。そうすりゃなんの問題も無い。

 でもこうやって、律義に仇討ち願いなんかを書いて来るものだから、頼母さんも困ってしまうのだ。

 

 なんやねん、「ドッキリかけられて激おこにございまする」って。

 儂そんな仇討願書、見た事ないわ。もう勘弁してくれと。

 

「先日、虎眼より届け入れがあったが、其方(そち)が虎眼流の跡目なんじゃろ?

 これから三重どのと共に、掛川で道場やってくんじゃろう?

 なれば、そこら辺の事情さえわきまえとってくれたら、もう儂なんも申すこと非ず!

 どうかお主の方から、三重どのに言って聞かせては、くれまいかと……。

 頼むわ源之助、儂もうお腹いたいんじゃて……」

 

「……」

 

 跡目の件は、初耳であった。

 そうなる事は必定であり、何の文句も無い事なのだが……きっと虎眼パパが我慢出来ずに、三重に内緒で届けを出しちゃったのだろうなぁ~と、源之助は思った。

 

 そして、今この時より――――岩本三重と藤木源之助は、正式な夫婦(めおと)となったのである。

 今までのように“事実上”ではなく、公然の物として。

 

「――――おそれながら」

 

 なれど、源之助は……。

 

「虎眼流は、剣をもって召し抱えられし家。

 なれば、剣の上で遅れをとったままにては――――」

 

 そうハッキリと、頼母たちに告げた。

 

 そりゃあ嬉しい。いま源之助は、喜び庭駆け回りたいくらいの気持ちだ。わんわん。

 だが式を上げるのも、二人で念願の熱海に行くのも、全ては伊良子を打ち倒してからの話。

 それが虎眼流の跡目たる証明であり、三重を傷つけた者は許さぬ(・・・・・・・・・・・・)という、伴侶としての使命である。

 

「何卒、三重さまがお望みの形にて、仇討ちを。

 正式な場のご準備をば、願い上げたく――――」

 

 その揺るぎない決意、源之助の真っすぐな言葉。

 だが、これもむべなるかな。掛川の家臣たちは皆、オロオロと狼狽し始める。

 

「う、自惚れまいぞ源之助!

 いくら其方が、三重どのの伴侶とはいえ! わきまえぬか!」

 

「そうじゃ! いくら三重どのが、ウチの殿からめっちゃビビられておるとはいえ!

 虎眼流が、当家の武芸師範のお役目なるは、変わりなかろうが!」

 

「いちおう形だけでも“家臣”なのじゃ! わがまま申すでない!」

 

「ね? そんなこと申さずにさ? お願いじゃからッ!」

 

 ちなみに以前、“徳川忠長とズッ友”であるという、三重の力に目を付けた掛川城主が、グヘヘとばかりにニヤつきながら「とりあえず1万石でどうよ?」と、気軽に仕官を命じたことがある。

 三重が女人である事、そしてかの柳生家ですら3千石である事を考えると、これは正に破格の待遇と言える。

 

 しかし三重の『――――あ?(威圧感)』のひと言で、完膚なきまでに黙らせられ、ついでにジョバーッとおしっこ漏らして失神。

 それ以来、掛川の城主は、ずっと三重の存在にビクビクしていたりする。

 寝ている時も“巨大な虎に喰われる”悪夢を観るようになり、近年ではすっかりガリガリ君になってしまったのだそうだ。

 

「事はすでに落着(らくちゃく)しておる! そういう事にしとこうよ!(迫真)」

 

「そもそも其方が不甲斐なき故、かかる仕儀(しぎ)に相成ったのであろう?!

 いや拙者は別に、そんな風には存じとらぬけどね!?(必死)」

 

「虎眼が金玉潰されし日、其方はどこにおった!?

 三重どのと一緒に、ゲッターごっこをしておったではないか!

 楽しかったなら、それで良いじゃない!(懇願)」

 

「虎眼の死亡ドッキリの折りは、すんごい狼狽しておったと聞くぞ!?

 普段は無愛想なお主が見せた、師匠想いなその姿に、儂も胸を打たれた!

 あ~源之助くんて無口なれど、とっても優しい子なんじゃな~って思った!

 でもどうか此度は、引き下がって下さいッ!(涙目)」

 

 この度、奇しくも源之助は“岩本三重の夫”という、もうとんでもない後ろ盾を得てしまった事になる。

 源之助の身分は、(さむらい)としては最下層にあったのだが、周りの者達は「もし三重をけし掛けられたら……」という恐怖心から、源之助に対して強く出ることなど、不可能となっている。

 彼は絶対そんな事しないし、近年まれに見るほどの忠義者であることは知っているのだけれど……、でもどうしても、身体の震えが止まらないのだ。

 

 ドッキリにかけられたので、ブチ殺しまする――――

 いくら武家社会とはいえ、そんなのを認めてたら、もう無茶苦茶になる。

 

 いくら江戸時代の人達が刀を持ってるからと言って、腹が立ったとか、意地悪されたとかで、誰彼かまわず斬っても良いなんて、そんなことは無い。

 此度の件では“金玉”であるが、この仇討ちという物に関しても、それはそれは細かなルールが、しっかりと定められているのだ。

 

 たとえ三重が前代未聞な存在だとしても、形式上の彼女は“武家の子女”であり、どうしても認めるワケにはいかない。

 法律というのは、統治の為にこそある物。変な前例(・・・・)を作ってはいけないのだ。

 

 けれど……三重が書いた仇討願にある、 (`曲´#) だの ( ̄へ  ̄ 凸 だのといった顔文字が、家中の者達の足をすくませる。

 その仇討願から、三重の「分かってだろうんなテメェ?」みたいな感情がアリアリと伝わってきてコワイ。もう彼らは、目の前の藤木くんに縋るしか無いという状況なのだ。

 なんとか宥めすかして、事を治められないものかと、そう苦心するばかりである。

 

「まったく! 剣も大事じゃが、世渡りというんも大事ぞ!

 虎眼のヤツめ、ちゃんと弟子にそういう部分もだな……。

 比類なき業前を持ってはいても、剣才とは別の部分じゃからのう」

 

 身分低く、無口な若者に対する老臣たちの叱責は、言うほど大した事なかった(・・・・・・・・・・・・)

 なれど、たとえそれが必要以上であったとしても、源之助に不服は無かった事だろう。

 自身に足りない部分が多いのは承知しているし、無理を通して願い事をするのだから、叱責されるのも当然であると認識していた。

 

「――――いやぁ、どうでしょうなぁ?」

 

 この者が放つ、“ある一言”を聞くまでは……であるが。

 

「皆様方は、岩本様を痛く買っておられるようじゃが。拙者にはとんと……」

 

 かの者は、生野陣内(いくのじんない)

 虎眼が破れたと聞きつけ、よもや自分にも運が向いて来たかと思い、この場に駆けつけた剣客。

 もし虎眼流なくば、掛川の武芸師範役を任されていたのは、彼だったであろうと、周りから囁かれる人物である。

 

 生野は源之助が叱咤されている時も、決してその輪に加わる事無く、ただ彼の背後にて座したまま、ずっといやらしくほくそ笑んでいるのみであったが、ここに来て初めて口を開いた。

 

「当道者に打ち負かされた岩本様が、果たして家中一(かちゅういち)の使い手であるのかd……」

 

 ――――グルン! ビシュッ! スタッ!

 その三つの音が、この場の者達が状況を認識出来ない速度で、一度に鳴った。

 

「…………お」

 

 源之助が前を向いたまま、その場でじっと座る中……。

 背後にいた生野の額に、ツゥっと一筋の赤い線が引かれ、そこから血が流れ出す。

 

「ッ!?」

 

「こっ、これは……!」

 

「なんとっ……!」

 

 一瞬だが、見えた。

 じっと俯いて座っていた源之助が、生野の中傷めいたその言葉が言い終わらない内に、その場で身を翻して抜刀。かの者の額を横一文字に斬って見せたのだ。

 まるでコマの如く縦に周り、気が付いた時には、もう元の正座に戻っていた。

 

 今回は皮一枚(・・・)ですんだが……、恐らく生野があと一文字でも多く言葉を発していたならば、その先は言うまでもなかろう。

 むしろ、逆に皮一枚のみを斬り、あえて生野を殺さずにおいてやる(・・・・・)事が出来る、技量の高さよ。

 それは、この物を知らぬ不心得者に、ハッキリ“格の違い”というものを教育せしめる。

 

 並の者には目視すら叶わぬ、息を呑むほどに見事な柔*1

 そして未だ寡黙に徹する源之助の、“ただすべき事を成す”という姿勢も、まさに(さむらい)たる者の姿だ。

 

「のぅ生野よ、岩本虎眼が何ぞ?

 斯様に素晴らしき弟子を持つ、虎眼の技量がどうしたと申すか(・・・・・・・・)

 

「い……いえ」

 

 そそくさと召使いの者が駆け寄り、手拭いを渡した。

 それを生野は放心したまま受け取り、何も考えられぬ思考の中で、血の滲んでいる額に当てる。

 

 言葉は無い。何も言えるワケが無い――――

 いましがた見た、まさに絶技とも言うべき藤木源之助の剣を、前にしては。

 もし命がいらぬ、と言うのならば、話は別であるが。

 

「やはり、見事じゃの。

 加えて、師を嘲笑せし者を、即座に打ち返し*2に及びし忠節、まこと天晴也」

 

「流石は当家、剣術指南役たる虎眼流、その跡取りよ」

 

「生野よ? この藤木源之助は、とても其方が及ぶ所ではないわ。

 また口を滑らせ、畳を血で汚さぬうちに、とっとと()ぬるが良い」

 

 召使いに肩を支えられ、生野がヨロヨロと退出していく。

 古く掛川に仕える老臣たちは、みな虎眼流と藤木の腕前を知っている者ばかりなので、何やらニヤニヤと機嫌が良さそうである。

 野心家ではあるのだろうが、あからさまに指南役の後釜を狙い、こうも簡単に無礼を口走る生野の人柄を、きっとあまり良くは思っていなかったのだろう。

 

「いやぁ~、良き物を見たのぅ!

 まるで猫の如き俊敏さ! 加えて皮一枚を斬るという、その技量よ!」

 

「虎眼流、錆びてはおらぬのぅ!

 むしろ三重殿の生誕を機に、更なる高みへ登ったと見える! これで掛川も安泰ぞ!」

 

「そうじゃな! 近き未来、三重殿と源之助の子も生まれよう!

 きっと強き子が産まれるじゃろうから、次代も安泰じゃ!

 あ、時に源之助よ? ちなみに其方は今、三重殿とはどこまd……」

 

 ――――グルン! ビシュッ! スタッ!

 

「…………えっ」

 

「ん?」

 

「あれ?」

 

「お?」

 

 再び、その三つの音が、一度に鳴った。

 源之助が猫のように身を翻し、剣を振るったのだ。

 

「い……稲垣ッ!! お主の額から、血が流れておるぞ!?」

 

「ま、まことに御座るかっ!? ほんとに?!?!」

 

 源之助が顔を真っ赤にしながら、じっとその場に座る中……、この場の老臣たちは大慌て。

 ――――えっ、そんな事でも斬るの!? とばかりに。

 

「ちょ、源之助よ……!

 いくら照れ臭いからというて、剣を抜くんはd……」

 

(チャキッ!)

 

「いやいやいやッ! 何でもない何でもない!!」

 

 源之助が刀に手を掛けた途端、頼母さんは慌てて首をブンブン振った。

 今のは打返(うちかえ)しに入るの!? アリなのそれ!?

 法をつかさどる掛川藩の家老をしても、判断がつかなかった。

 

「いやまぁ、これはちょ~っとデリカシー無かったのう! 栓なき栓なき♪

 おほんっ! なんか少しばかり変な空気になってしもうたが……。

 とりあえず腹が減ったのう! 源之助よ!」

 

「そうじゃそうじゃ! 儂らも朝から何も食うてはおらぬゆえ、もうグーペコでのう!

 いや~腹が減ってたまらぬわ! ハッハッハ!」

 

「ほれ! 食事を用意させるで、其方も一緒に食べようぞ!

 そんな膨れ面しとったら、せっかくの男前が台無しじゃぞ? 笑って笑って?」

 

(ぷっく~う!)

 

 稲垣さん(老臣)が退室していくのを見送りつつ、なんとか場の空気を和ませようと、汗だくになって取り繕う家老たち。

 可愛く頬を膨らませている源之助を、おじいちゃん達が何とか宥める。

 

「時にその方らは、かのサッポロ一番の中では、どれが一番好きかの?

 やはり儂は“塩”が最強じゃと、そう存じるのじゃが」

 

 この場でいちばん位が高く、場の纏め役でもある頼母さんが、必死に普通の空気に持っていこうと奮闘。何気ない話題を振る。

 

「おぉ! 塩に御座いまするか! 流石は御目が高い!」

 

「拙者、大好物に御座いまするぞ! 週二で食うておりますれば!

 後は……、しいて申せば“味噌”に御座いましょうかな?」

 

「さもありなん! アレはたまらぬな!

 正に天下無双! 至高の味噌拉麺(ラーメン)と言えようぞ!」

 

 その言葉に老臣たちも同調。ちょっと不自然なまでの笑顔で、この場を盛り上げていく。みんなラーメンは大好きであるし。 

 

「なれど、“醤油”は無しに御座るな♪

 サッポロ一番で醤油を選ぶ者など、味の分からぬ馬鹿舌か、よほどの(うつ)けかt……」

 

 ――――グルン! ビシュッ! スタッ!

 三度(みたび)、源之助の身体が翻り、鋭く太刀が抜かれた。

 

「香取ッ!? 大事ないか香取ぃぃーーッ!!」

 

「アカンかったのか!? よもや醤油派じゃったんか源之助よッ! そうなのかっ!?」

 

(ぶっくぅ~!)

 

 額から血を流す香取さん(老臣)の肩を支えながら、いま頬をプクッと膨らませる源之助を、驚愕の目で見つめる一同。

 ――――えっ、これも斬られるのっ!? 滅茶苦茶やないか!!

 師匠やお嫁さんのみならず、よもや食べ物の事でも斬りよるとは!

 アカン、さっき虎眼を嘲笑された事で、ブレーキ壊れてしもうとるがな!!

 

 いまこの場は、若き虎である源之助が、完全に支配している。

 もしちょっとでも彼を怒らせたら、彼が気に喰わない何かを言おうモノなら、即座に額を斬られてしまうという、謎のルールが出来上がっていた。

 たまに馬鹿にする人もいるが、サッポロ一番の醤油はすんごく美味しいのだ! 麺にも醤油が練り込んであるんだぞ☆

 

「いかん! この話題はやめじゃ! 死人が出ようぞ!」

 

「無駄に源之助の腕が確かゆえ、皮一枚のみで済んでおるが……。

 本来は稲垣も香取も、普通に死んどるんじゃからな?! 口を滑らすまいぞ!」

 

各々方(おのおのがた)! 気を引き締められませぇい!」

 

 頼母さん以外の、この場に残った三人の老臣たちが、気合を入れなおすが如く声を掛け合う。

 いまこの場には、言葉の通じぬ虎がいるのだ。真面目にやらないと死んでしまう。

 

 なまじ生野への打ち返しを「見事也!」と褒めちゃった手前、今度は自分たちの番になったからとて、NOとは言えぬ。

 それは武士としてまかり通らぬと(?)、なんかみんな変な意地を張っていた。

 

 普段は家老職にあり、まさに伏魔殿とも言うべき城内で、策謀を巡らせる彼らではあるが、今はこの青年の趣味趣向を読むのに必死だ。

 超生きて帰りたい。せっかくこの地位に昇りつめたのに。まだ死にたくないで御座る。

 

「なれば! 牛丼の話題などは如何か?!

 実は儂、“吉野家”には目が無ぅてなぁ!」

 

「あいや待たれよ! これは異なことを!

 牛丼と申すなら、やはり“すき家”に御座ろう!

 お手前は、ネギ玉牛丼を何と心得る!?」

 

「ええですなぁ~、色んな牛丼があり申すし♪

 なれど儂は、あえて“松屋”の牛丼を推しましょうぞ! 味噌汁が付き申す!!」

 

「おおっ! あにはからんや*3!」

 

 三人は和気あいあいと、仲良く牛丼トーク。

 たまごを乗っけるとか、汁ダクがどうとか、好みを語り合う。

 

「なれど、“なか卵”は無ぅ御座るな~♪

 和風牛丼だか何だか知らぬが、あんなモンは外道n……」

 

 ――――グルン! ビシュッ! スタッ!

 

「草彅ぃぃーーー!! しっかりせぃ草彅ぃぃ!!」

 

「アカンかったのだッ! なか卯を馬鹿にしたらアカンかったのだッ!!

 源之助くんって、なか卯派の人じゃったの?! あんまり店舗ないのにっ!」

 

 ブシュゥーと額から血を出し、草彅さん(老臣)がバッタリ倒れ込む。

 残った二人が、涙を流しながら傍に駆け寄る。藤木くんはプクッとしているけど。

 

「あれは味付けがすき焼き風(・・・・・)という、牛丼界の異端児ゆえ、いけるかと存じたのにっ!

 許されなんだかっ!!」

 

「なか卯とは、カツ丼を食う所と見つけたりッ!

 なれど侮りがたし! 和風牛丼!

 儂もたまに、無性に食いとぅなるのだ! あれ実は珠玉の一品ぞ!!」

 

 ちなみになか卯は、京風のおうどんも、物凄く美味しい。

 和風牛丼とセットでお楽しみください。藤木くんのオススメです☆

 

 とにかく、散っていった仲間達の為にも、残った二人が必死で知恵を絞る。

 決して臆するまいぞ! 草彅と香取と稲垣が為! 弔い合戦じゃ!

 もう二人は、半ば意地になっているのが見て取れる。

 

「なれば、中華はどうじゃ!?

 餃子の王将と、大阪王将! お主はどちらの方に参る?」

 

「ほう二択か! だが笑止!

 斯様な問い、念には及ばぬわ*4

 その名が示す如く、餃子といえば、餃子の王将也!!

 特に天津飯の見事さたるや、まさに天下一ともいうb……」ザシュウ!!

 

「おわ゛っ!? 中居ぃぃぃいいいーーッッ!!」

 

 哀れ、老臣の中居さんも凶刃に倒れ、ついに老臣5人衆は、残り一人となる。

 今もぶっすぅ~という膨れ面で、じっと座っている源之助くん。そして黙ってこの場を見守っている頼母さんを除いてだが。

 この部屋も、ずいぶん広うなり申した――――と言った感じだ。

 

「たわけがッ! 天津飯といえば、“ふわとろ天津飯”がある大阪王将じゃろうに!!

 餃子の味、甲乙付け難し! まさに龍虎相打つが如しよ!

 さりとて天津飯の優劣は、もはや明らか也ッ!!(カッ!)

 よもや斯様なことも知らず、王将を語るとは! むべなるかな!」

 

 別に王将の方も凄く美味しいし、「斬られても仕方ない」なんて頼母さんは思わない。

 でもなんか、無駄に熱いこの場の空気を壊すのも忍びないので、黙って見守っている。

 

 残る老臣は、最年長となる木村さん唯一人――――

 共に“掛川のSMAP”としてやってきた家老仲間達の想いを背負い、彼と藤木くんが繰り広げる、最後の戦いの幕が上がる。

 

 アイスの話題はどうだ? ……駄目だ! チョコミントと口走った瞬間に斬られる!!

 なればうまい棒は? ……駄目だ駄目だ! たこやき味で南無三するがオチぞ!

 そう掛川の家老最後の砦は、必死に知恵を巡らせていく。

 

「あっ! 時に源之助よ? 食べ物の話題もええんじゃが……。

 其の方、女子の好み(・・・・・)はどうなのじゃ?」

 

「ッ!?」

 

 思わず傍で観ていた頼母さんが、カッと目を見開く。

 お主ッ! 先ほど稲垣が“結婚と子供”の話題で斬られたのを、よもや忘れたワケではあるまいに! その藤木なる男は、とってもシャイボーイなるぞ!

 なれど貴様は、ここでブッ込んでいく(・・・・・・・)と申すか!!

 どんだけ男気を見せるのかッ! こんな所で無駄にッ!

 

「いやいや♪ もちろん其方にとって、三重殿が一番というは、儂も存じておるぞよ?

 なれど、なれどじゃ♪ お主にも密かに秘めたる、趣味趣向という物があろう?

 いくら三重殿が美人でも、こういう女の子が好きだな~というのは、あって然るべきじゃ!

 な? ここだけの話じゃ♪ 申してみいてぇ~、ほらぁ~♪」

 

「……なッ!? なんとッ!?」

 

 ――――ブッ込みよる! こやつメチャメチャ攻めよる! 御身は虎眼流を恐れぬのかッ!?

 もうハラハラしながら見守る頼母さんを他所に、老臣の木村さんはニヤニヤしながら藤木くんに寄って行く。

 きゃつこそ、掛川一の命知らず也! 男の中の男だッ! 流石は掛川のキムタク!!

 

「ちなみに儂はこう……乳の大きな女がの? ええと存ずるのじゃが。

 なんか丈夫な赤ちゃん育ちそうじゃし、其方もそう思わぬ?

 やはり男子たる者! こうグッと来るモノがあるじゃろ~う?」

 

「……」

 

 あなや! 藤木くんが沈黙しとるぞ!

 黙って話を聴いておるではないかッ! あにはからんや!

 いけるぞ! 征けぃ掛川のキムタクよ! 一気に押し切るのじゃッ!

 そう頼母さんが手に汗を握り、人知れずキムタク(木村 拓兵衛さん)にエールを送る。

 

「ほうかぁ藤木! お主もそう思うか! 男じゃものなぁ!

 いやぁ~、分かってくれると思うとった♪ 儂は嬉しいぞ藤木よ♪

 やはり乳というんは、こうバインバイーンが至高よな!

 歩く度にブルーン! ブルーン! いわんとのう!

 でなくば味気ないという物よ!」

 

「……」

 

 藤木の手を取り、勢いよくブンブン上下する。もう「仲良し! 儂ら友達!」とばかりに。

 表情を変えずに、ただその場に佇む藤木を他所に、もう木村さんは鬼の首でも獲ったかの如き喜びよう。満面の笑みである。

 各々方(おのおのがた)! 勝ちまして御座いまする! 我が軍の勝利に御座いまするぞ!

 さぁ、ときの声を上げぇ~い! おっぱいは偉大なりやッ! We are the one!!(俺たちはひとつだ!)

 

「ぶっちゃけた話……、儂もうBカップ以下の乳なんぞ、乳では無いと断じとっての?

 慎ましいなどと言い繕う、その欺瞞! 壁の如き無乳! これなるは無価値ぞッ!!

 もうボールぶつけたら、全く同じ速度でポーンと跳ね返ってくるような……、そんな弾力なき絶壁など、おっぱいと呼ぶのもおこがまs……」

 

 ――――斬ッッ!!!!

 そんな斬撃音が、この場に響き渡った。

 

 

『お久しゅうございまする、頼母さま――――

 藤木さまの帰りが遅ぅございました故、お迎えに上がりました』ゴゴゴゴ…

 

 

 気が付けば……、この場に三重の姿。

 彼女は、隼の如き所作で天井より降り立ち(・・・・・・・・)、滅ぶべき巨乳原理主義者のタカ派を、刃にて一閃した。

 

『おや――――なにやら薄汚いゴミ(・・・・・)が、伏しておりまするが。

 この者は、お二方のご友人ですか? なんぞこやつと、良きお話でも?』

 

(ふるふる)

 

 藤木がまったく表情を変えぬまま、首を横に振る。

 木村さんは知る由も無かったが、虎眼流の忠犬たる彼にとって、もう三重以外の女性など、そもそも“存在しない”のと同じレベル。

 故になんの躊躇もなく、木村さんを見捨てる事が出来た。

 

 たとえ今、うっすら額から血を流し、白目を向いてその場に倒れていようとも、こいつは乳の大きさでしか女性を見ないという、大変な不心得者である。

 そんな人に同情なんてしないし、お家を守る(さむらい)である彼には、ぶっちゃけ三重や虎眼流門下の者達以外、結構どうでも良かった。

 むしろ今、三重さまが迎えに来てくれて嬉しいな♪(尻尾パタパタ)まであるのだ。

 

 ちなみに、藤木が先ほどから妙に無口だったのは、別に乳がどうこうという話ではなく、単に三重がいる気配を感じ取っていたからである。

 

「……あ~、三重どのや?」

 

「何にございましょう、頼母さま」

 

 多くの者達が倒れ、三重&藤木以外ではラストスタンディングとなった頼母さんが、三重に話しかける。

 

 

「此度の仇討願、しかと受理しておくでな……。

 掛川城へのご足労、大義であった」

 

「かたじけのぅございまする――――では」

 

 

 

 

 

 

 

 さながら、犬を引き取りに来た飼い主のように、三重が藤木くんと手を繋いで、この場を去って行く。

 

 その後ろ姿は、正に魔人――――

 掛川の家老たる頼母でなくば、失禁して気を失いかねない程のオーラを発していた。

 

「必ずや源之助は、虎眼の仇(?)を討ち果たし、岩本のお家を盤石の(おも)きに導く。

 まぁ三重どのもおる事じゃし……」

 

 その未来が、今から目に浮かぶようだ。

 まさに神か悪魔の御業により、ガッチリと確定された運命の如く。ハッキリと。

 

 

「三重どのは……まぁ慎ましき乳なれど、美しく。

 源之助は、なんか子犬みたいな男なれど、凛々しいゆえ。

 ゆくゆくは、掛川いちの夫婦(めおと)と評判になろうぞ(震え声)」

 

 

 死人が出なかっただけ、重畳よ――――

 

 とりあえず、6人の血で汚れちゃった畳、そして辛い現実から目を背けて、なんか良い風に締めようと頑張ってみる、頼母さんであった。

 

 

 

 

 

 

*1
体術

*2
仕返しのこと

*3
侍言葉で、意外な所を! の意

*4
侍言葉で、考えるまでもない の意味

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