乙女心もシグルイ   作:hasegawa

22 / 33
 今回は長編です。お時間のある時にどうぞ。







第十七景 楽しい敵討ち☆

 

 

 

 伊良子清玄の太刀が、下段から神速で跳ね上がる事は、既に解明済みだ。

 実際に伊良子と立ち合った虎眼が生きている(・・・・・)ので、その剣技の細かな所までをバッチリ聞く事が出来たのは、大きなアドバンテージと言えよう。

 

『“流れ星”と原理を同じくする技じゃ。

 足の指にて剣先を固定し、力を溜めて跳ね上げる。

 それに加え、下からの斬撃(・・・・・・)というのが、この技の肝よ。

 彼奴(きゃつ)め……、儂の横薙ぎを屈んで躱すと同時に、身体ごと突っ込んで来よったわ』

 

 実の父親を簀巻きにし、松の木にぶら下げ、そこを小一時間ボコボコに殴りながら聞き出したる情報を、三重は頭の中で整理する。

 

「横薙ぎに対しての切り上げ。水平に対する、縦の軌道……。

 これなるは、明らかにお父上の流れ星を想定し、編み出したる技にございましょう」

 

 あの仕置き追放の日より、早3年あまり。

 伊良子は虎眼流を打ち破りたいというその一念をもって、ひたすらにこの技を磨きたに相違ない。

 あの仕置きの儀……いや【伊良子清玄 vs ホモ100人! 負けたら即レイプ!】という、もう文字にするのも悍ましいような催しは、奇しくも一人の剣鬼を産み出す結果となったのだ。

 

「流れ星の打破みならず、喰らえばチンコを潰されるという、その特性。

 まさに“お家断絶剣”とも言うべき、げに恐ろしき技にございまする。

 やはり伊良子の男性恐怖症(トラウマ)や、ホモに対する深い怨念が、技に表れて……」

 

 もしその推測が正しいとしたら、これは全部三重のせい(・・・・・)という事になるのだが、そこらへんはどう思っているのだろうか?

 彼女は今も「いや~、やっかいですねぇ~」と、さも他人事のように語っているのだが、罪悪感は欠片も無いと申すのか。

 もしこの世に“魔人”とか“鬼”とかいった者がいるとしたら、それはいま目の前にいるこの女なのではないかと、権左衛門は思う。

 

「おほん! とにかく、ネタはすでに割れておりまする。

 襲い来るは、下からの斬撃。これが分かっているのなら、対策の仕様もあるというもの。

 本日より、対お家断絶剣の特訓をおこなっていきまする。

 藤木さま、うっしー、準備はよぅございますね?」

 

 岩本道場の稽古場。三重と向かい合う形で正座する両名が、コクリと頷きを返す。

 

「とりあえず、逆さ吊りにしたお父上に、千本くらい木剣を打ち込む所から始めまする。

 遠慮は無用ですよ? 別に真剣にてやって頂いても」

 

 それは勘弁して下さいと、二人がかりで何とかお取り止め頂いた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 後日、掛川某所。憎らしい程の快晴に恵まれし、仇討ち仕合当日。

 藩庁が指定したこの仇討ち場には、会場をぐるっと取り囲むように竹矢来(たけやらい)*1が組み上げられている。

 加えて、今そこには農民を始めとする数多くの者達が押し掛けており、まるで地面に落ちた菓子にたかる蟻のように、所狭しと柵に取り付いている。

 

 娯楽の少ない時代、加えてこれは(さむらい)同士が死ぬまで戦うという催し。

 抑圧される身分にある町人や農民達にとって、これほどの見世物があろうか。

 この場の誰もが興奮気味に、またその瞳に暗い光を宿しながら、これから始まるであろう殺し合いを、今か今かと待っていた。

 

「伊良子さま、藤木源之助が参ったようです」

 

 一足先に会場に入り、じっと椅子に座って心を静めていた伊良子清玄。その隣に控えるいくが声をかける。

 この場を包む緊迫感、そして一際大きくなった観客達の騒めき。それを感じながら、彼女はじっと正面を見つめる。

 今ようやくこの場へとやって来た、藤木源之助を始めとする虎眼流の者達を。

 

「岩本三重に、牛股権左衛門……あとなんか沢山いるようですが(・・・・・・・・・・)

 どうやら門弟たち総出で参ったようですね……」

 

「さ、左様か……」

 

 岩本三重を先頭に、ゾロゾロと一列。

 最近入門した千加や夕雲くん、そしてちょんまげにリボンを結んだ古株達が、まるでムカデのように連なって……もっと言えば現代におけるグレイシートレインもかくやという様子で来場して来る。

 その様は、俺たちは家族だ! 私たちはひとつだ! とばかり。

 掛川最強たる剣術集団、虎眼流ここに参着である。

 

 というか、後ろからの不意打ちだったとはいえ、涼之介を始めとする3人の門弟達は、過去に一度討ち果たした者達である。

 だというのに、まさかその全員が、恥ずかし気も無くここへやって来よるとは……。もう自分自身で伊良子を討つ気マンマンのようだ。今は亡き己のお大事さま(・・・・・)の仇討ちか。

 

「まぁそれは良いとして、いくよ?

 一応訊ねるが、藤木は鎖を着込んでいるか?」

 

「確認いたしましょう。少々お時間をば」

 

 伊良子の盲目は“なんちゃって”なので、別に見ようと思えば見られるのだが、一応は用心をして、いく殿に確認してもらう。

 彼女が言う所によると、藤木はいま戦支度をおこなっている最中との事。腰に大小の刀を差し、袖が邪魔にならぬように、両肩を襷で縛っているのだろう。

 

「もし源之助や、お前は鎖を着込んでおるかえ?」

 

「否に御座る、いく様」

 

 かと思えば、突然いくがイソイソとあちらに歩いて行き、そしてテテテとこちらに戻って来る。

 

「大丈夫みたいですよ伊良子さま♪ 大小のみです♪」

 

「なにゆえ直接? チラッとで良かったのに」

 

 普通に訊ね、普通に教えて貰って来るという豪胆さよ。

 彼女は過去に藤木の面倒を見てやっていた時期もあるので、気の知れた仲がそうさせたのかもしれない。彼女の持つ菩薩のような慈愛が成せる技であった。結果オーライ。

 

 まぁいく殿のフランクさはともかくとして、藤木が鎖を着込んでいない事が判明し、伊良子は密かに胸を撫でおろす。

 刀以外は用いぬという、彼らしい真っすぐさではあるが、これは生死を賭けた真剣勝負。服に鎖を縫い込んでいる己にアドバンテージがあると言えよう。

 

 ――――友とはいえ、我らは(さむらい)。許せ藤木よ。

 清玄は人知れず、刀を持つ手に力を込め、奥歯を噛みしめる。

 共に海に叩き込まれ、同じく記憶を失ったようだから、お主は憶えておるかどうかは知らぬが、我らは心を通わせた友であったのだ。

 せめて無駄に苦しませぬよう、渾身の一太刀にて――――伊良子はそう心に誓う。

 

「でも解せませぬ。

 なにやら藤木源之助の(たすき)が、どことなくおかしいような(・・・・・・・・・・・・)?」

 

 ひとり思いに耽っていた伊良子の意識が、いくがボソリと呟いた声に呼び戻される。

 

「袖が邪魔にならぬようにと、両肩を縛るのが常なのに。

 何故にきゃつは、左腕を首から吊っている(・・・・・・・・・・・)ので御座いましょうか?」

 

「えっ」

 

 今も前方からは、虎眼流の門弟たちが合唱する「ふじき! ボンバイエ!」の声が元気に木霊している。

 しかしながら……その無駄に振り絞った大きな声は、どこか空元気のように聴こえる。

 まるで、何かとても拙いことがあり、それを気合でなんとかしようとするような……。とりあえず声を出すことで、無理やり現実から目を背けているかのような……。

 

「あの……各々方(おのおのがた)? ちとよろしいか?」

 

「「「ッ!?!?」」」

 

 気が付けば、伊良子はフラフラと歩き出し、虎眼流の者達の眼前に来ていた。

 

「えっと、某の勘違いならば良いのだが……。

 もしかして藤木、いま骨折してたりせぬ(・・・・・・・・・・)?」

 

「「「…………」」」

 

 グルグル眼鏡の奥、伊良子が周りにバレないよう、薄目で瞳を開く。

 そこにはいくが言った通り、襷で左腕を首から吊るしている、藤木源之助の姿が。

 

「左腕、折ってたりせぬ? 使用不能になってたりせぬ?

 まだ我らは戦ってもおらぬのに。大事な仇討ち仕合の前なのに」

 

「「「…………」」」

 

 無言で伊良子を見つめるばかりの一同。藤木くん本人にいたっては、もう居たたまれない気持ちでいるのか、「くっ!」と顔を背けてしまっている。

 

「……えっ。折ってないデスヨネ? 別に大丈夫デスヨネ?」

 

「さ、さもありなーん! 藤木さま今日もカッコイー☆ 強そうダナー♪」

 

「いや三重どの? 千加どの?

 いま藤木は左腕を吊っておるのだろう? ごまかせぬぞ?」

 

 伊良子がそう問い詰める度に、この場の空気がドンドン重くなっていくのを感じる。

 藤木本人のみならず、この場の者達もみんな目を逸らし始める。伊良子の方を見ることが出来ない。

 

「あのう、清玄どの。実はですね……」

 

 貝のように口を閉じる皆に代わり、涼之介くんが一歩進み出て、伊良子に向き直る。

 

「先日、私達はお手前の秘剣を打ち破るべく、皆で特訓をしていたんですよ。

 下から来る斬撃を想定し、対手が逆さになって天井からぶら下がる~という体勢にて、切り上げをおこなうのですが……」

 

「ふむ」

 

 もじもじ、クネクネ。

 そんな風に可愛く身をよじりつつ、リボン姿の涼ちゃんが、頑張って説明をおこなう。

 

「しかしですね? この“逆さになってぶら下がる”というのが、思いのほか楽しくて(・・・・・・・・・)

 門弟のみならず、虎眼流の門下生全員が、藤木どのの対手をやりたがったのですよ。

 つぎ拙者! つぎ私やりたい! とばかりに。

 ちびっ子から大人まで、皆に大好評だったのです」

 

「ほう……」

 

 だんだん涼之介の話す内容が、怪しい感じになってきた。

 涼ちゃんも「あはは……」とばかりに苦笑しながら、それとなく目線を逸らしているのが分かる。

 話によると、どうやらディズニーランドで順番待ちをする若人たちの如く、虎眼流みんなで藤木の前に列を作っていたようだ。

 

「そんな風に、あんまりにも楽しかったものですから、皆やりすぎまして(・・・・・・・・)

 もう丸二日ほど、皆が代わる代わる繰り出していく斬撃を、左腕一本で受けさせられ……。

 そして最後、特訓の仕上げとばかりに三重さまの一撃を受けた藤木どのの左腕は、あえなく疲労骨折をば」

 

「――――馬鹿じゃないの虎眼流!? みんな馬鹿じゃないの!?」

 

 何をしとんねん! 大切な死合いの前に!

 伊良子はグゥアーっと喚き立てるが、門弟達はただただ下を向くばかり。「やっちまった~」みたいな顔をして。

 

「というか、お主が折っとるがな三重どのッ! なんで骨折させとるんじゃ!

 お主が仇討ちやりたい申したのと違うんかぁー!! やる気あんのかお主はぁー!!」

 

「出来心っ! 魔が差したのでございまするっ!

 最後だし、ちょっと強めにいこっかな~と存じたのです! 堪忍ですっ!」

 

 楽しさに呑まれ、いつしか彼女は忘れていた。

 そう、自分以外の生物というのは、かように脆い存在なのだ(・・・・・・・・・・・)という事を。

 もう満面の笑みで「えーい☆」と切り上げた途端、藤木の身体は天井をぶち抜いて、屋根まで飛んでいったのだ。むしろ骨折だけで済んでラッキーまである。これも日々の鍛錬の賜物だ。

 

「面目次第もございませぬ。これも全て、三重の責任です。

 えっと、そこでわたくし考えたのですが……。

 ここはひとつ公平を期すため、貴殿の左腕も折る(・・・・・・・・)というは、如何にございましょうか?」

 

「――――何故じゃ馬鹿たれ! 痛いじゃろうが阿保!!」

 

 完全にそちら側の過失だというに、めちゃめちゃ言い始める三重さま。

 “公平”とはいったい何なのかという、とても根源的(プリミティブ)な疑問がみんなの胸に湧いた。

 

「えっ、その方が良ぅございますよね? 

 忠長さまも、そう思いますよね?」

 

「――――折れ。辞儀には及ばぬぞ(YOUやっちゃいなよ!)三重よ」

 

「 ずるい!! それずっこいて三重どのッ!!!! 」

 

 三重の招待により、この会場にやって来た徳川忠長さまも、グッと親指を立てる。やはり持つべきは優しいお兄ちゃんだ。

 無敵かっ! もうなんでもアリか!! ぜんぶ三重のルールやないか!!

 そのあまりの理不尽さに、伊良子の血管は切れそうになる。

 

「いっその事、腕などとケチな事は申さず、首も刎ねてみるというは?」

 

「素晴らしきご提案にございまする忠長さま。感服つかまつりましたー♪」

 

「泣くぞ! 終いには泣くぞッ!! ええのかッ!?

 どうか我に、士としての本懐をッ!!」

 

 泣き叫ぶ伊良子を他所に、忠長さまと三重の間で話が纏まりそうになっている。

 そして忠長が「誰ぞある!」*2と手を叩き、お抱えの剣士達を呼びつけて打ち首の支度をさせようとした、その時……。

 

 

「 畜生! こうなれば是非も無し! 覚悟せぃ岩本三重ッ!! 」

 

「ッ!?!?」

 

 

 あなやっ! なんという事だろう!

 突如として伊良子が、三重に向かって、剣を手に襲い掛かって行ったではないかっ!

 これは! ダッシュ無明逆流れ(・・・・・・・・・)だ!

 

 ――――説明しよう! “ダッシュ無明逆流れ”とは、刀を地面に突き立てたまま猛然と疾走し、敵に突進する剣技である!

 伊良子の怒りと悲しみが込もった、ちょっとヤケクソ気味に繰り出されし技! 喰らった相手は死ぬ!

 

「くたばりゃあ岩本三重ッ!! うおぉぉぉおおおッッ!!!!」

 

「うむ! その意気や良しッ! 参られませぇい!!」

 

 地球を真っ二つに切り裂かんばかりに線をひきながら、機関車の如くの速度で疾走する。

 対して三重は徒手空拳のまま、あたかも(ひぐま)のように大きく両腕を広げ、その場にて伊良子を迎え撃つ。

 

「――――ねお虎眼流・闘気間欠泉(パワーゲイザー)ッッ!!!!」

 

「ぐぎゃあああああぁぁぁぁーーーーーッッ!?!?!?」

 

 チュゴーンと漫画みたいな音が鳴った途端、伊良子の身体は天高く吹き飛び、クルクルと木の葉のように回転。そのままベチャッと地面に激突し、ピクリとも動かなくなる。

 パワーゲイザァァァーーーーッッ!!!!

 

 

「 覚えたか小童(こわっぱ)めが! ――――無明逆流れ、破れたりッ!! 」

 

 

 いや、お前が破ってどうすんねん――――

 藤木の腕を折るどころか、主人公に先駆けてライバルキャラの必殺技を破るという、メインヒロインにあるまじき暴挙。しかも徒手空拳。

 このあまりの事態に、敵方の賎機検校は元より、この場にいる全ての者達が、ポカンと口を開けている。

 

「虎ですし、猛虎虐殺拳(タイガージェノサイド)の方が良ぅございまし……。

 って、あっ! もしかして三重……やってしまいました?

 申し訳ございませぬ藤木さま! 今のなしっ! 無しにございまする~っ!」

 

 左腕を首から吊り下げ、白目のまま茫然と立ちすくんでいる藤木。

 三重は急いで彼のもとに駆け寄り、一生懸命ご機嫌を取るのであった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「えー、アテンションプリーズ(我を見よ)アテンションプリーズ(我を見よ)

 会場の皆様へ、お伝え申しまする」

 

 身体の大きな牛股に屈んで貰い、それを台がわりにして上に立った三重が、脇差の鞘をマイク代わりにし、大きな声で告げる。

 

「本日己の刻(朝9時)より予定されし、岩本家の仇討ち仕合いにございまするが……。

 咎人の負傷、そして討ち人が精神的ショック(PTSD)にて放心状態という不測の事態により、このまま続行するは、げに困難也、という儀に相成りました」

 

 まぁ、お主がやってんけどな――――お主のせいなんやけどな。

 この場の誰もが、そうツッコミたかったのだけれど……それをしたら三重のゲイザーが飛んでくるので、ただただ黙って話を聞く。

 ちなみに、いま伊良子は全身を包帯でグルグル巻きにされており、いく殿に膝枕されながら、ウンウンと呻き声を上げている。

 時折、彼の呻き声の中に「ウデノホネガオレタ……」という言葉が混ざっていたりもするのだが、みんな聴こえないフリをしている。

 

「よって、見分役であられます掛川藩“仇討ち実行委員会”の運営判断により……。

 両名の治療および回復が為、暫しの休憩時間(・・・・・・・)が設けられる事となりました。

 なにとぞ得心(納得)下さいますよう、願い申しまする」

 

 中止でも、続行でもなく、インターバルを取るという処置。

 古今東西、仇討ち仕合いにおいて前代未聞と言える処置に、観客達は俄かに騒めき出す。

 

「百姓、侍、しょーもない匹夫下郎(ひっぷげろう)の皆様におかれましては、せっかくお集まり下さいましたのに、ほんに申し訳なく。

 もうわたくしも、本当は早くお家に帰って『藤木さまのフンドシいい匂い也!』とか申しながら、お洗濯したく存ずるのですが……そういうワケにも参りませぬ」

 

 伊良子をボロ雑巾にした事で、もう気が済んだのか。

 三重のそこはかとなく投げやりな案内。中には聞き捨てならない言葉も交じっている。

 

「では只今より、この空き時間を利用いたしまして……。

 本日仇討ちに参加の助っ人たち全員による、ある催し(・・・・)を開催せんと存じますれば。

 両名の回復をお待ちの間、こちらでお楽しみ頂けましたらば、幸いにございまする」

 

 三重がカッと目を開いた。

 そして、これまでよりも更に張りのある声で、高らかに宣言――――

 

 

『――――題しましてぇ!

 ドキッ! 全員ふんどし♪ ちょんまげだらけの仇討ち大会!! ポロリ(打ち首)もあるよ?

 開催いたしまぁぁぁあああーーす☆☆☆』

 

 

 ドンドン! パフパフ~☆

 涼之介や三重といった虎眼流一門、そして賎機検校に雇われし仇人がわの助っ人たちが、よくわからない西洋の楽器を鳴らして囃し立てる。一体どこから持ってきたのだろうか。

 

「これなるは、仇討ち側vs咎人側の団体戦なり!

 真のチョンマゲはどちらなのか!? 日本刀(やまとがたな)はどこへやったのか!?

 総勢40名のふんどし達による、(さむらい)の誇りを賭けた(?)血沸き肉躍る戦い!

 いよいよ開幕にございまするっ!」

 

 侍同士の殺し合いを観に来たら、ふんどし運動会が始まったべ――――

 この場に詰めかけた観客の農民は、未だ状況を理解出来ていないようだ。みんなポカンと口を開けている。

 

 そして選手である虎眼流の者たち、相手側の助っ人たちも、全員白目を剥いている。

 こんな事をするために侍になったんじゃない。そんな声が聴こえて来そうな程、死んだ瞳をしている。

 

「宣誓ぇ! 我ら侍一同はっ!」

 

武士道精神(ちょんまげシップ)にのっとりぃ!」

 

「「正々堂々とぉ、戦うことを誓いまぁす!」」

 

 選手代表である涼之介くん、そして掛川ホモぼくろ改めイケメン友六が、輝くような笑みで元気に宣誓を行う。

 特に愛らしい涼ちゃんの姿は大変好評で、民衆侍を問わず多くの歓声が上がっているようだ。このショタコン共め。

 

 その一方、今回の見分役である掛川藩の柳沢頼母(たのも)さんや、家老の孕石 備前守(はらいしびぜんのかみ)さん達は、「儂の知ってる仇討ちと違う!」と目をひん剥いて驚愕している。

 どうやらこれは、彼らに一言の相談もなく、三重の独断で開催された大会のようだ。無茶苦茶しよるな三重どの。

 

「え~! この大会はぁ~、男ふんどし綱引きや、男ふんどし玉入れ(意味深)などなど、全五種目の競技から成り、その合計得点にて雌雄を決しますれば。

 各種MVP、勝利者賞など、豪華賞品が盛り沢山!

 そして見事優勝せし組には、江戸幕府“徳川光成”さまより、賞金一千両が贈呈されまする!

 やったね皆の衆☆ ドンドンパフパフ~♪」

 

 ――――えっ、そんなの聞いてないんだけど?!

 きっと江戸にいる光成さんが聞いたら、そう言うだろうが……ここにいる忠長さん(弟)もウンウンと頷いているし、三重も後でぶん盗ってくる気マンマンである。

 これは公に認められし、れっきとした公儀なのである。文句は言わせないぞ♪

 

「まぁ逆に、あまりにも不甲斐なき様を晒し、お家に泥を塗りし者には、おしおき(・・・・)が待っておるのですが……。ただの腹切りで済めば御の字ですね。

 場合によっては市中引き回しや、根切り*3も有り得るやも!

 なんと申しましても、ここには忠長様がおられますゆえ♪」

 

「――――全員、打ち首獄門」

 

「「「うわぁぁぁあああーーッッ!!!!」」」

 

 阿鼻叫喚の仇討ち会場。

 それは掛川藩の者達や、観客達も例外では無い。泣き叫びながらこの場を逃げ出す者達が続出していた。

 

「ではでは、さっそく始めていきまする。準備はよろしいですか各々方?

 集えフンドシッ! カモンちょんまげッ!

 封建社会のゴミカス共! お家の傀儡たる侍達よッ!

 ――――第一種目は、男ふんどし綱引きぃぃぃいいいーー!!!!」

 

 とりあえず声出しとけ! とりあえず鳴らしとけ!

 侍も、農民も、掛川藩の人も、ワケも分からないままで「いえーい!」とか「わー!」とか言っている。

 だってこの場には、三重と忠長がいるんだもの。

 逆らって撲殺とか打ち首とかにされたら堪らないので、ヤケクソになって盛り上げていく。

 

 かくして、「ちょんまげ皆兄弟!」をスローガンとした史上初の仇討ちイベント、岩本三重&徳川幕府プレゼンツ【ドキッ! 全員ふんどし♪ ちょんまげだらけの仇討ち大会!! ポロリ(打ち首)もあるよ?】は開催されたのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「親父殿……ちとよろしいか」

 

 高貴な身分の侍や、見分役の掛川藩重臣たちが座る、屋根が備わった観覧席。

 孕石備前守の実子であり、その背後に座する偉丈夫(いじょうぶ)“孕石雪千代(ゆきちよ)”は、額にタラリと汗しながら問う。

 

「いま拙者は、何を観せられておるので御座るか(・・・・・・・・・・・・・・・)……?」

 

「……」

 

 お父上は答えない。だがさもありなん。

 いま雪千代たちの眼前では、ふんどし一丁の暑苦しい男達が「オーエス! オーエス!」と綱引きをしている光景があるのだ。

 

 虎眼流チームには門弟達(リボンズ)の他、多くのキッズ剣士達や、応援に駆けつけた船木道場の者達まで混ざってたりする。

 

 そして相手方の伊良子チームには、助っ人の虚無僧みたいな剣士達のみならず、恐らくは観客として来場したものの「助太刀いたす!(建前) なんか楽しそうに御座る!(本音)」と飛び入り参加してきたのであろう、掛川中の剣客達の姿がある。

 顔に傷があったり、はたまた頭が河童だったりするので、恐らくは過去に虎眼流道場を訪れ、そして返り討ちに合った者達なのだろう。是非とも頑張って頂きたい。

 

 そして前述の通り、その全ての参加者達がフンドシ一丁である。俺達ぁ裸がユニフォーム!

 この非常に男くさい光景に、三重もふんすふんすと鼻息を荒くする。

 キラキラと輝く汗! 筋骨隆々の肉体! 視界いっぱいの生ケツ! 彼女はご満悦であった。

 

「わざわざ尾張より呼び戻してまで、拙者に観せたき物とは、このふんどし祭りに御座るか?

 親父殿もご存じの通り、拙者は無類の女好きにて。別に衆道の嗜みは……」

 

「……」

 

 こんな筈じゃなかった……。

 自分が息子に見せたかったのは、仇討ちに挑む藤木源之助の所作である。

 かの者こそ本物の士であると、一人の剣客として見ておくべきだと思い、父親の強権を発動してまで呼び戻したというのに。パパの面目まる潰れである。

 

「まぁ女好きと申しても、あの三重とかいう女子は、御免こうむりまするが(・・・・・・・・・・)

 一見、可憐な田舎の花。……なれどあれなるは修羅に御座る。

 平将門の首塚*4と同じ位、関わってはならぬ物かと」

 

 審判なのか司会なのかは分からないが、いま両軍が引っ張る綱の真ん中あたりで、三重が大きなうちわを手に「オーエス! オーエス!」とはしゃいでいる。

 パッと見は無邪気な少女に見えなくもないが、その実やろうと思えば一人で綱引きに勝てる(・・・・・・・・・・)くらいに異次元の生命体なので、決して関わってはいけない。

 いくら女たらしの雪千代でも、ナンパなんてもってのほかだ。

 

「あー、勝ちまして御座るなぁー。勝負ありに御座るー。

 流石は虎眼流一門。きゃつらも人外に片足を突っ込んでおりますなぁ。

 まぁふんどし一丁という、とても士とは思えぬ姿ですが」

 

「……」

 

「もう一度お訊ね致しまするが……何故これを?

 拙者、尾張から三日かけて参ったのですぞ?」

 

 孕石親子が死んだ目で見つめる中……縄を最後まで引き切った虎眼流(藤木チーム)がドチャーっと後ろにひっくり返り、「わーい!」と勝ち鬨(かちどき)をあげる。

 お家に泥を塗らずに済み、緊張から解放されたのか。とても良い笑顔で笑い合っているのが見える。

 

 見事にMVPを獲り、ヒャッハーと喜びの声をあげる千加さん。そして「お許し下されぇ!」とわんわん泣き叫びながら役人に連行されて行く、伊良子チームの選手たち。(忠長によるおしおき(・・・・)である)

 

 それを他所に雪千代は、ただただ備前守の方をじぃ~っと見つめ、「ぷいっ!」と顔を背ける親父殿にプレッシャーをかけるのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「第二種目は、【ふんどし借り物競争】にございまするぅーー!!」

 

 その小さな身体のどこに、そんな力が隠されているのか。そう思わずにはいられないギネス級の大声で、三重が二回戦のルールを説明する。

 

「只今より、両軍より選出されし代表六名が、合図と共に駆けっこをいたしまする。

 そしてこちらに用意されしクジを引き、その紙に書かれたる品物を、いち早く持って参った者が勝利!

 見事一等賞に輝きし者には、徳川幕府より、遠江国500石が与えられまする!

 ちなみに最下位の者は、忠長さまのペット“お狒々さま”による、全力グーパンチの刑に処されますので、皆様がんばって下さいまし♪」

 

 え、それ虎眼先生より高いんですけど。そしてお狒々さまのグーパンって何?

 まさに天国と地獄の、デッドオアアライブ。

 今日一日で人生が変わってしまいそうだ。もしくは死ぬ

 

「それでは早速、参りましょう!

 いちについてぇ~。よぉーい…………つかまつれぇいッ!!!!(ドス声)」

 

 三重の放つ、物凄く低くて怖い声。それを聴いた途端、選手たちが走り出す。何かに追い立てられるように。

 

「さぁ始まりました! ちょんまげ対抗ふんどし借り物競争!

 各選手、横並びのデッドヒート! 命を燃やせとばかりに必死こいて走っております!

 ふんどし一丁ではございまするが、こんな真剣な表情、道場でも見た事がなぁーい!」

 

 そりゃそうだ、なんてったって命が懸かっているのだから。500石はともかくとして、お狒々さまにブン殴られて死ぬるは勘弁に御座候。

 やがて虎眼流チームの夕雲(せきうん)くんを先頭に、イケメン友六、権左衛門、何故か来ていた宮本武蔵さんがクジ引きエリアに辿り着き、ゴソゴソと中を漁る。

 そして紙に書かれた内容を確認した途端、即座に観客席に向かって走り出して行く。

 

「御免(つかまつ)るッ! どなたか“かすていら”をお持ちの御仁はおられぬか!?」

 

「米俵! 米俵をお持ちでは御座いませぬか!?」

 

「どなたか! 伊賀の手裏剣をお持ちであれば、手を挙げて頂きたく!」

 

「なんぞこれ! 草薙の剣?!

 そんなモン持っておるヤツなどおるか!?」

 

 各選手、必死に辺りを見回し、クジに書かれた品物を探していく。

 ちなみに権左衛門の引いた“かすていら”は、長崎にでも行かないと厳しいだろうし、宮本武蔵さんの引いた“草薙の剣”というのは、日本三大国宝とされるとんでもない品物。こんなトコにあるわけが無い。

 

「――――隠れ切支丹(キリシタン)!!

 どなたか、隠れ切支丹の御方はおられませんか!?」

 

 今日も三重のお化粧道具にて、立派な眉毛を書いて貰った夕雲くん。ここ最近は表情も柔らかくなり、すっかり年相応のプリティボーイとして道場でも愛されている彼なのだが、今は泣きそうな顔でオロオロと声を上げるばかり。

 早くしないと! 早くしないと! そう頑張っているのがヒシヒシと分かる。

 

「あ、拙者は隠れ切支丹に御座るぞ」

 

「ほんとですか旦那さん!? ありがとう存じまするっ!」

 

 何食わぬ顔で、普通に「はい」と手を挙げてくれたオッサンを連れて、夕雲くんが一生懸命に元の場所まで走る。ゴールまで一直線だ!

 

「夕雲くんご到着! 美事なりぃ~!

 ではこれより、ちゃんとクジの内容通りかを、確認いたしますよ~!」

 

 係りの者(役人)が、この場に一枚の板を持ってきて、それを夕雲くんが連れて来たオッサンの足元に置いた。

 

「――――踏めませぬ!!

 主のご尊顔の描かれた絵を踏むなど、拙者には出来申さぬっ!!

 どうかお許しを~っ!!」

 

 そしてオッサンがその場に泣き崩れ、おーいおいと哀れな声を上げる。

 

「合格ッ!! 虎眼流チーム夕雲くん、一等賞にございまするっ♪

 皆様どうぞ盛大な拍手をっ!」

 

 いいぞ夕雲くーん! よくやったー!!

 会場の全ての者達から、惜しみない拍手が送られる。

 それに顔を真っ赤にしつつ、テレテレと愛らしく照れる夕雲くん。

 

 その微笑ましい光景を他所に、幕府が定めた“禁教”である隠れ切支丹が発覚したオッサンが、容赦なく役人へと突き出され、連行されて行く。

 その後、彼が一体どうなったのかは、知る由も無い。

 

「決着ッ!! 第一位は虎眼流チーム、夕雲くん!

 褒賞500石、獲得でぃす♪」

 

 一等賞のメダルを首からかけて貰った夕雲くんが、表彰台の上で無邪気に手を振っている。

 虎眼を超える500石を手にしたが、そんな事はどうでも良い。なによりも、虎眼流の皆の役に立てた事が嬉しかった。

 

 自分を受け入れてくれた三重さま、そしていつも優しくしてくれる門弟たちに、心から感謝を告げるように。ここに来て良かったと、全身で気持ちを伝えるように。

 夕雲くんが今、大きく手を振っている――――

 

「そしてビリッケツの第六位は、品物を見つけられなかった宮本武蔵さま也!

 お覚悟なされませぇーい!」

 

 まぁ表彰台の横からは、今お狒々さまにブン殴られた宮本武蔵さんの「ごっぶぇ!?」みたいな声も聞えたが、この感動的な光景の前には、些細な事であろう。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「えー。第三種目として行う予定でした“男ふんどし玉入れ(意味深)”ですが……。

 掛川藩よりRー18との裁定が下り、残念ながら中止となってしまいました。

 ファックにございまする」

 

 お客さんの前だというのに、リアルに「ちっ!」と舌打ち。

 武家の娘にあるまじき姿だが、この大会に賭ける三重の熱い気持ちがそうさせたのだろう。

 そういう事にしておきたいと思う。

 

「げに遺憾にはございまするが、あとで頼母のクソッタレには文句を言うとして……。

 気を取り直して次に参りましょう!

 ――――第四種目は! 男ふんどし棒倒しぃぃぃいいいーーっ!!」

 

 男で、ふんどしで、棒って(驚愕)

 これも充分Rー18やないかと観客達は思うのだが、三重の輝くような笑顔を前に、もう何も言えなくなる。彼女は絶好調だ。

 

「これなるは、伊良子組&藤木組の侍たち全員参加で行う、総力戦にございまする!

 ルールは簡単! 相手の陣地に雄々しくおっ立つ(・・・・・・・・)、凄くぶっといの(・・・・・)を、力づくで押し倒す(・・・・)のみ!

 全国の衆道フリークの皆様! お待たせいたしましたぁ! 

 ――――男達が! ふんどし姿で! 絡み合う光景! どうぞお楽しみ下さいませ!

 あぁ快なりッ! わたくし生まれてきて良かったぁーーっ!」

 

 やっぱりRー18じゃないか。何をしとんねん虎眼流。

 三重がテンションMAXで行う、いくつもの意味深な言葉が並ぶルール説明を、みんな頑張って聴かなかった事にする。今日も婦女子の欲望がだだ漏れだ。

 

「各々方! がんばりましょう!」

 

「おうよ涼之介! 目にもの見せてくれようぞ!」

 

「これは兄貴分として、気張らんといかんのう。源之助が為に!」

 

 いま自軍の陣地にてスタンバイをする涼ちゃん、宗像、興津お兄ちゃんなどの面々が、声を掛け合い気合を入れ直す。

 

「臆するな! 虎眼流、何するものぞ!」

 

「黒子を除去してくれたるは、感謝せんことも無いが、今日がきゃつ等の命日よ!」

 

「岩本三重を頭とする虎眼流……。(違う)

 相手にとって不足なし! 宗則さまの弔い合戦じゃ!」

 

 対して敵軍の虚無僧さん達、友六、そして何故かいらっしゃる柳生の剣士たちも、まさに(いくさ)に赴く剣士の面構えだ。

 

「全国の婦女子の皆様、デッサンや浮世絵(エロ本)を描く準備はよろしゅうございまするか?

 それでは、はりきって参りましょう!

 ――――第四種目、男ふんどし棒倒し! かかれぇぇぇえええーーいッ!!!!」

 

 三重の吹く「ブオボォ~♪」というホラ貝の音色と共に、両軍が一斉に動き出す。

 ある者は雄たけびを上げ、ある者は目を血走らせながら、敵陣に突貫していく。

 まるで二つの大波が衝突したかのように、この会場を埋めつくすフンドシ達が入り乱れ、そこら中でドカバキ殴り合う。

 

「うぉぉ涼之介くぅぅーん! うぉぉぉおおおーーー!」

 

「えっ!?」

 

 かと思いきや! いま一部の柳生剣士たちが、目の色を変えて涼ちゃんに突進していく!

 

「ずっと好きでした! 挿入(いれ)させて下さい!(直球)」

 

「拙者、お手前を見てホモになり申した! 責任とって下され!」

 

「うわぁー! たすけてぇーー!」

 

 衆道家!! いや隠れホモだ!!

 こいつらは今まで、何食わぬ顔で一般人として過ごし、そして今日この日、満を持してのカミングアウト! 衆道家としての本懐を遂げるべく、襲い掛かって来た!

 

「――――零式戦術・神風!!」

 

「「「ぎゃああああぁぁぁーーーー!!」」」

 

 いたいけな少年の蕾が、今まさに無惨にも散らされようとした、その時!

 この場に颯爽と現れたエクゾチュパる零が、賊を撃滅する!

 強化外骨格なる漆黒の鎧を纏いし、正義失格者(仕置き追放)である彼は、今日も愛しい少年の貞操……いや涼之介くんを守るために戦うのだ!

 

「今だ! 征くぞ日坂剣士たちよ!」

 

「宴じゃあぁぁーー!!」

 

 そして、エクゾチュパるの武装によって無力化された者達のもとへ、ちょんまげにリボンを結んだ船木道場の剣士達が襲い掛かる!

 いざ殲滅せんと! ここなるが見せ場とばかりに!

 

「あなや! 船木道場の皆様が、柳生剣士たちをファックし始めました(・・・・・・・・・・)

 チンコ潰されたくらいでは、ホモを辞める事は出来なかったのかぁーっ!

 次々に満面の笑みでライドーン☆ 棒を倒すより大切な何かを見つけたぁ!

 なんかそこら中から『ぬふぅ! ぬふぅ!』の声が聴こえるぅー!」

 

 地獄じゃ! ここは地獄じゃ!

 見分席の掛川藩、そして観客の者達が白目を剥き、口からブクブク泡を吹き始める。中には泣き出しちゃう子供なんかもいて、まさにこの世の地獄といった様相。

 きっと今日この日の光景は、やがて伝承や浮世絵として後世に伝えられ、掛川の恥として長く残ることだろう。

 

「日坂剣士が躍動! 船木流無双だ!

 いま天下の柳生剣士たちが、尻を押えてホモから逃げ惑っているぅー!

 なんとも凄まじい光景であります!!」

 

 この場の全ての男を喰う、全ての蕾を散らさずにはおかぬ。

 そう言わんばかりに、船木道場のホモ達が戦場を席巻する!

 今も熱の籠った実況をする三重、そして幾人かの腐った女子たち以外は、もうみんな帰りたそうな顔をしている。来んかったらよかったで御座るとゲンナリしている。

 

「こうなれば、競技を終わらせるしか御座らぬぞ! 早よぅ棒を倒せぃ!」

 

「者共ぉ! 突貫せよ! 死なば諸共じゃあーー!!」

 

 ケツ押えながら逃げ回っていた者達が、ようやくこれが競技であることを思い出したかのように、一斉に棒へと突進していく。

 対するは、丸太を支える虎眼流門弟たち。そしてそれを守るかのように立ちふさがる、一人の中年男。

 あれは岩本家の中間、茂助さんだ。

 

「なんじゃ、あの老いた男は! ひょろひょろのジジイではないか!」

 

「かまわぬ! 蹴散らしてしまえぃ! 棒はすぐそこぞ!」

 

 ホモに追い立てられ、狂乱状態に陥った男達が、一斉に茂助に襲い掛かる。

 対して彼は、平然とその場に佇むばかり。今まさに敵が迫っているというのに、微塵も表情を変えることが無いのだ。

 

「あーあ。それは悪手ですよ?

 お痛ましゅうございまする、柳生の皆様(・・・・・)

 

 三重がそうボソリと呟いた、その途端、地面が爆発した――――

 もうそうとしか思えないような衝撃。その場にいた柳生剣士たち全員が、天高く跳ね飛ばされる。

 まるでクジラの潮にでも吹き上げられたかの如く。

 

「愚かな。避けて通れば良いものを……。

 茂助に手を出そうなどと、あのお父上でもなさらなかったというに(・・・・・・・・・・・)

 

 三重は「やれやれ」と目を伏せ、次々と落下しては地面に衝突していく柳生剣士たちを、心から憐れむ。

 徳川の剣術指南役だか何だか知りませぬが、相手の力量も測れぬようでは、長生きはできませんよと。

 

『さて、お次はどなたですかな?

 お家の末席たる老いぼれですが――――虎眼流お見せ仕りましょうぞ』

 

「!!??」

 

「「「!?!?!?!?」」」

 

 ニヤリと笑う顔は、温和な老人その物。……だがその表情を見た途端、この場の者達全員の背筋が凍る。

 かの者を前に、日ノ本全土にその名が轟くほどの剣士達が、頼りなくキョロキョロと仲間達の顔を見渡す。何かに縋らずにはいられなくなる。

 

 ある者は、激しくなった動悸に、両手で胸元を押え。

 またある者は混乱のまま、ありもしない刀を求めて、思わず腰に手をやる。

 誰もが呼吸を乱し、ハァハァと犬のような息遣い。カラカラに喉が渇き、固唾を呑むことすら出来ない。

 

 そしてついに、視界までおかしくなったか。

 茂助の周囲の空気だけが、おどろおどろしい黒がかった紫色に染まり、グニャグニャとうねっているように見え始める。

 

 武神、怪物……いや死神(・・)にでも見入られたように。明確な破滅のイメージが、ハッキリと剣士達の脳裏に浮かぶ。

 この御方には、絶対に勝てぬと――――

 

「世の中には、“決してやってはならぬ事”、なる物がございまする。

 ひとつ目は、食べ物を粗末にすること。

 ふたつ目は、恋人の愛を疑うこと」

 

 先ほどとは打って変わり、三重は静かな声で独白する。

 

「……そして最後は、茂助に歯向かうこと(・・・・・・・・・)

 この世に生まれ落ち、早20年ほど経ちまするが……。

 わたくしの人生において、唯一『痛い!』と感じたる物が、茂助の拳にございますれば」

 

 三重が幼少の頃、道場の看板にしまじろうを描くなどし、あまりにお転婆が過ぎた為に、茂助のカミナリが落ちたことがある。

 あの温厚な茂助が怒るなんて、想像すらしてなかった。自分は何をしても許されると思っていたし、茂助は優しいから大丈夫だと思っていた。

 けれどあの時、三重は烈火の如く叱られ、物心がついてから初めてわんわん泣いたのだ。

 

 確かにそのとき感じた恐怖や、「優しいこの人を怒らせてしまった」という得も知れぬ悲しみを、今でもハッキリと憶えている。

 これこそが、三重を人として繋ぎとめている“良識”の根源であり、原体験。決して忘れてはならない戒めでもある。

 

 けれど、なにより彼女の心にしっかりと刻まれているのは、あの時の茂助に喰らった一発の拳。

 それはまさに、小さな子供を叱る時の、どこの親でもやるようなゲンコツであったのだが……。

 

「埋まりましたもの、地面に。

 まるで釘か何かのように、わたくしの身体がゲンコツ一発で。頭の先まで……」

 

 埋まったというより、刺さった(・・・・)

 まっすぐ“きをつけ”の姿勢で川に飛び込んだみたいに、三重の身体はズッポリ地面に収まり、一体化させられたのだ。

 

「――――MOSUKE。かの英国では、そう呼ばれておるそうな。

 極東には(オーガ)が住む。決してこれに挑んではならぬと。

 こんなちっぽけな島国ひとつを、あれほどの帝国が攻め落とすこと叶わなかったのは……。

 たまたま釣りに来ていた茂助に見つかり、軍艦を全部沈められたからです――――」

 

 島津が単独でイギリスの侵略を撃退するのは、この時代より200年ほど後の事。

 それに大きく先駆けて、虎眼流の中間たるMOSUKEが大英帝国をボコボコにし、日本国を植民地化から救っていたという、闇に葬られし歴史。

 たとえ他の誰も知らずとも、三重だけは知っている。ずっと憶えている。

 

 だってあの日は、初めて茂助に釣りに連れて行ってもらった記念日で、サバやアジがたくさん釣れたのだ。

 船を沈められて「Don't kill me(殺さんといて)!」と全面降伏したイギリスの人達から、英語も教えて貰うことが出来たし。

 岩本三重が語学という物に目覚めた、思い出の日なのである。

 

 

 剣を握れば、三重は天下無双だ。この世に彼女に敵う者は存在しない。

 だが仮に、それが徒手空拳(・・・・)であるならば……三重が茂助に勝てる保証など、どこにも無い。

 

 フィジカル強すぎて、刀が扱えない――――こんな脆い棒切れ(・・・)、上手に使えません。

 茂助の剣が、未だに目録程度の腕前であり、中間という身に甘んじているのは、それが理由である。

 

 

「おやおや? 茂助の前に立ちすくんだ柳生たちが、船木剣士たちに捕まりましたね!

 ああ! どんどん食い散らかされておりまする!

 まさに飢えた野獣の如し! ぬふぅぬふぅと!」

 

 そして再び始まる、ホモ達の織り成す宴。思わず目を覆いたくなる、ホモ肉林の凄まじい光景。

 

「どいつもコイツもホモばかりだッ! 見渡す限り、男の身体で肌色です!

 ――――まったく! 武士道は死狂い(シグルイ)だぜ!!

 とりあえず三重は、そう存じまする。ある意味で。

 それでは! 楽しい楽しい衆道劇場(オペラ)の開幕です☆ ホ~モホモホモ♪」

 

 

 やがて、MOSUKEおよび船木剣士たちの活躍により、伊良子チームのふんどし達は壊滅する。

 全ての蕾を「ぬふぅ!」と散らすまで、決して敵方の棒を倒さないようにするという徹底ぶり。虎眼流チーム完勝である。

 

 今回のMVPに輝いた茂助さんは、その存在に目の色を変えた幕府より賜った膨大な褒賞を、なんと笑顔で辞退。

 このような老いぼれには、もったいのぅ御座いますれば。どうぞその金子は、良き国作りの為にお使い下され――――

 

 そうこの人にニッコリ言われてしまえば、もうぐうの音も出ない。

 彼をなんとか召し抱え、そして何かに利用しようと目論んだお偉いさん方は、一瞬茂助の瞳の奥に宿る“鬼”を垣間見てしまい、閉口するしかなかった。

 

 それにしても、茂助さんが凄いのは分かったけれど、なんかチーム名の割には、門弟達なにもしてねぇな! 全部ホモと茂助が持ってったな!

 この場の何名かはそう思ったけれど、今も優しい顔で微笑む茂助さんの前では、どうでも良い事であった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「これまでの結果を、おさらいしておきましょう。

 現在まで計4種目(内ひとつ中止)が行われ、虎眼流チームの優勢!

 3対0と、正に破竹の勢いにございまする!」

 

 ここまで三種目を行い、その全てに勝利したので、報奨金もたんまり。岩本家の懐はウハウハだ。きっと近く家の改装が行われ、さぞ道場もおっきくなる事だろう。

 まぁあんまり門下生は居ないケド。それはそれ、これはこれである。

 

「なれど、案ずるなかれ!

 最後の競技に勝利したチームには、2兆ポイント(・・・・・・)が与えられまする!

 逆転の好機ですよ伊良子チーム! やったね☆」

 

 なんかベタなバラエティー番組みたいな事になっているけれど、まぁそもそもが、この催し自体“仇討ち仕合”。これまでの三競技に勝った所で、大した意味は無いのだ。

 終わり良ければ総て良し、の言葉通り、肝心なのは次の競技。今日の本来の目的だ。

 

「それでは参りましょう! レディース&ジェントルメン(おとっちゃん、おかっつあん)

 江戸時代のクソッタレ共ッ! 準備はよろしいかッ!?

 只今よりぃぃー! 本日のメインイベント第五競技ぃぃー!

 藤木源之助vs伊良子清玄、男ふんどし敵討……」

 

「――――お待ち下さいまし、三重さん」

 

 その時……静かなる声、だが覚悟の籠った鋭い声にて、三重の宣言を止める者が居た。

 

「これまで“ふんどし”と名の付く競技ばかりにて、参加は叶いませんでしたが……。

 わたくしも仕合いとぅ存じますれば――――」

 

 いく(・・)だ――――

 いま伊良子の隣に控えるいくが、競技場の中央に立つ三重に向けて、一歩前に出る。

 その堂々とした立ち姿。観客達はみな魅入ってしまっている。

 

「まさか、女人(にょにん)は引っ込んでおれなどと、寂しい事は仰いますまい?

 わたくし達は共に女人(・・・・)にて、道理に合いませぬゆえ」

 

「お……オイいく! お前っ!」

 

 伊良子がグルグル眼鏡をずらし、思わず引き留めようとする。

 だがいくは、一度だけニッコリと目線を送り、そのまま前に歩き出す。

 その雄々しい背中、後ろ姿よ。

 歴戦の武人もかくやという、威風堂々の歩みに、伊良子は言葉を忘れた。

 ――――貴方を守護(まも)ります。必ずお救いします。

 今、凛々しさすら感じさせる表情で、一人の女が、岩本三重の眼前に立った。

 

「貴方を陥れたるは、なにも伊良子さまだけでは御座いませぬ。

 まさか貴方ともあろう者が、幼子(ややこ)の如く、やられっぱなしで泣き寝入りですか?

 ――――決着をつけましょう、三重さん」

 

 零距離で顔を突き合わせ、睨み付ける。

 三重に対し、そんな事が出来る者が、はたして居ただろうか?

 あまりに無謀、あまりに傍若無人なその所作に、当の三重ですら動けずにいる。

 

「……よろしいのですか、いく殿?

 いくら年増とはいえ、命がいらぬワケでは無いでしょうに。

 世を儚むには、早ぅございましょう?」

 

 三重が額に汗をかくという、前代未聞の事態。

 だが彼女は退く事なく、目に力を入れて、じっといくを睨む。

 

「あら、ご心配痛み入ります。

 なれど、欠片も女の魅力を持たぬ、しょんべん臭い小娘(・・・・・・・・・)に案じられる程では♪」

 

「ッ!?」

 

 絶句。三重が目を見開いて硬直する。

 

「貴方のお父上は、ただ威張り散らすばかりで、ほんに堪え性が無く(早漏で)

 ただ犬のように腰を振るだけの、役に立たぬ粗末さでした。

 かような御仁の娘とあらば、女として足りぬのも、栓なき事にございましょう」

 

「……!」

 

 視線を軽く受け流し、いくがニヤリと笑った。

 

「あ、以前からお訊きしたかったのですが……、どんなお気持ちでしたか?

 虎眼様は、わたくしに夢中。剣を振るうこともせず、私の身体に溺れる毎日。

 ……如何様な物です? お父上を取られた気持ち(・・・・・・・・・・・)というのは」

 

「――――ッ!?!?」

 

 今度こそ、本当に三重は言葉を失う。

 いま言われた言葉を理解できず、頭をシェイクされたように、意識が揺れる。

 

「源之助は、とても照れ屋でね?

 昔はよく、傷の手当てをしてやりましたが、私に触れられるだけで顔を赤くするのですよ。

 共に風呂に入りし時などは、いつも一生懸命ギュッと目を瞑っててね?

 その様がとてもいじらしくて、愛らしゅうございました♪

 あ、まだ未通女(おぼこ)の三重さんは、源之助の裸を見た事がございませんでしたか?」

 

 三重の身体がワナワナと震え始める。そして――――

 

 

「どうです? 女の価値とは、このような物を言うのです(・・・・・・・・・・・・)

 覚えたか、小娘――――」

 

 

 キッパリと、いくがトドメを刺した。

 

「…………承知いたしました、いく殿」

 

 藤木は、三重が泣くのではないか? と思っていた。

 口論に負けた彼女は、その場から逃げ出し、泣きながら自分の胸に飛び込んでくるのかと。

 けれど……。

 

「死合いましょう、心行くまで。

 この三重が、御受けしまする――――」

 

 いま三重が、俯いていた顔を上げ、しっかりといくの方を見た。

 

「最終競技は、一対一での立ち合い。

 お覚悟はよろしゅうございますか……?」

 

「是非も無し。私は先ほどより、はらわたが煮えくり返っておりますゆえ。

 よくも伊良子さまの腕を……。貴方を許しませぬ、岩本三重」

 

 いったん両者が離れ、背を向けて別れていく。

 三重は藤木たちがいる自陣へと戻り、愛刀である七丁念仏を受け取る。

 

「……三重さま」

 

 静かな瞳のまま、腰に刀を差す。まるで水面のように澄んだ心で、三重が死地へと向き直る。

 そんな彼女に、藤木はかける言葉を持たず、ただ小さくその名を呼ぶばかり。

 想い人と、敬愛する人の、一騎打ち――――

 まさかの事態に心が追いつかず、とにかく自分が代ろうと前に出た藤木を、三重がそっと手で制した。

 

「好きでしたよ? わたくしは……」

 

 どことなく寂しそうな顔で、三重が口を開く。

 

「お父上や、藤木さまに想われるあの方に、嫉妬が無かったと申せば嘘になります。

 けれど……わたくしは好きです。

 ずっといく殿のようになりたいと、憧れてたんです――――」

 

 そうニコリと笑顔を見せてから、三重は今度こそ背を向けて、中央へと歩き出した。

 

 彼女を止める機を逸し、その場に取り残された彼は、ただその姿を見送るばかり。

 まるで迷子になった子供のように、じっと三重を見つめ続ける。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『討たるる者の子葉ども、仇討ちを願うに、簿に記し、願うに任すべし。

 然れど重敵(またがたき)*5は停止すべきこと。

 家康公、御遺言。百箇条(かじょう)――――』

 

 中央に並ぶ両者へと、此度の見分役である掛川藩の重臣が、約定を読み上げていく。

 

『なにやら両名とも、当初の予定とは違うが……。

 とにかく、この仇討ちを正当と認め、当家立ち合いのもと、決闘を免許す』

 

 これなるは、仇討ち仕合いの儀式。

 いくと三重、両者の顔付きが、次第に引き締まっていく。

 

『なお、本日の勝敗をもって、遺恨は決着とす。

 両者とも、よろしいか?』

 

「委細承知にございまする」

 

「承りました」

 

 見分役が退場し、やがてこの場にドォンという、太鼓の音色が響いた。

 三重がゆっくりとした所作で、刀に手をかける。対していくも、検校の配下の者に借り受けた刀を、そっと鞘から抜いた。

 

(なにを……何を考えておるのだ、いくは)

 

 今この場の者達の視線は、すべて中央の二人へと向いている。

 伊良子は眼鏡の奥、その瞼を開き、刀を構えるいくの姿を見つめる。

 

(かような真似、いつ(おれ)が頼んだ……?

 誰が代わりに立ち合えなどと申した!

 剣を握ったことすら無い細腕で、なにゆえ……!)

 

 藤木を斬る、そう決めてここへやって来た。どのような結果になろうとも、悔いは無かった。

 その決意は、いくも承知の筈だ。友を斬らねばならぬ、斬ってみせると、ハッキリ彼女には告げていたのだから。

 

 いくの献身、彼女の愛は、身に染みて分かっているつもりだ。だがまさかこのような事をしでかすとは、全く思っていなかった。

 迷惑では無い。その深い愛情に感謝もしよう。

 けれど……何故? なぜ剣など取ろうと?

 ただただ伊良子は、そう疑問に思わざるを得ない。

 

 稽古にも付き合い、他の誰よりも伊良子の腕を知っている彼女だ。

 まさか伊良子が討たれるなどと、彼の身が危険だなどとは、微塵も思ってはいないだろうに。

 

(……三重か? 岩本三重がそうさせたのか?

 きゃつの存在が、いくを突き動かした……?)

 

 困惑する伊良子。それを他所にいくは、人知れず苦笑する。

 あの三重を前に、確実な死の予感を感じつつも、自然に口元が笑みを形作るのだ。

 

(嫉妬をしていたのは……果たしてどちらなのでしょう?)

 

 クスッと、小さく笑う。

 いま眼前で、静かに剣を構える三重を見て、いくは思うのだ。

 

(やはり、私の方ですね……。ごめんなさい三重さん。

 あまりにもあの御方が、貴方の話ばかりするものだから。

 貴方とじゃれ合っている時の顔が、あまりにも楽しそうなものだから……。

 きっと私は、嫉妬をしていたのでしょう。

 かようなお顔、私には決して見せては下さらぬのにと(・・・・・・・・・・・)

 

 冷徹で、野心家で、孤高の精神を持つあの御方が、あんなにも心を乱される。

 喧嘩をし、意地悪をされ、泣かされて、信じられないくらい馬鹿でマヌケな姿を見せる。

 それは、三重の力だ――――相手が彼女だからこそだ。

 

 なにが献身だ。なにが女の価値だ。

 自分には出来ない。伊良子さまを笑顔にする(・・・・・)なんて事は。

 いくら尽くそうとも、いくら女の魅力などがあろうとも、決していくには出来ない事だった。

 

(ゆえに、これはやつあたり(・・・・・)

 貴方を羨む私の、一世一代のワガママです)

 

 鬱屈した日々。報われない愛情。他人に搾取されるだけの人生。

 そんなつまらない女でも、一度くらいは思いっきり、はっちゃけてみたい。

 このような死地にいるのに、自然に口元が緩んでくるのも、致し方ないという物だった。

 

「ドッキリにかかった貴方の顔は、非常に見物でしたよ? ざまあみろ(・・・・・)です。

 さぁ、参りなさい三重さん」

 

 そして今、いくが刀の刀身を、その口に咥えた(・・・・・・・)

 

「ッ!? あれはっ!!」

 

流れ星(・・・)!?

 間違いありません! いく殿が変形の(・・・)流れ星を!!」

 

 自陣にて控える権左衛門と涼之介が、思わず叫ぶ。

 いま彼女は、顔の前で水平に構えた刀、その中ほどにガシッと噛み付き、これでもかと力を溜め込んでいるのだ。

 形こそ違えど、流れ星と同じ術理の技! 虎眼流の秘剣そのものだ!

 

 ――――ギリギリッ、ギリギリギリッ……!

 

 一見すれば、まるで愛憎に狂った女が、泣きながら「キィー!」っと布を噛むような……。

 その色気すら感じる姿。その独特な構え。

 恐らくは、仕置き追放にて虎眼の技を目にし、そして伊良子の鍛錬に付き合う内に、産まれた技なのだろう。

 これぞ、いくの編み出したる、オリジナルの流れ星!

 

「まるで、呪い殺さずにはおかぬとばかりの顔……。

 これが、女の情念(・・・・)か。……げに恐ろしきものよ」

 

 権左衛門が冷や汗を流す。身体の芯から震えてくるような恐怖。まるで昼ドラの世界にでも迷い込んだ心地だ。

 そして、それはこの場の全ての者達が同じ。誰もがいくの情念の前に凍り付き、固唾を呑んで死合いを見守っている。

 

「掛川に、夜叉(やしゃ)が潜んでおりましたか――――」

 

 それに対するは、岩本三重。

 彼女がゆっくりと構えを解き、ほぼ棒立ちのまま、いくへと向き直る。

 

「美事也――――そう申しておきましょう。

 なれど、この身は阿修羅(・・・)にございまする」

 

 そして今、三重が右の手で拳を作り、指相撲をする時のように親指を立て(・・・・・)、クイクイと動かして見せた。

 

「えい♪」

 

「あうっ!」

 

 ぽーん! と、いくの刀が飛ぶ。

 彼女がお手手を押えて、女の子らしく「あうっ☆」とか言ってる内に、その手を離れた刀がクルクルと回転し、明後日の方へ飛んでいった。

 

「えっ……あれ?」

 

 いくがオロオロ、キョロキョロと辺りを見渡す。いま何が起こったの? とばかりに。

 対して三重は、未だ笑顔で親指をクイクイやっている。その場から一歩も動くこと無く。

 

 

「ねお虎眼流・指弾(しだん)――――

 コイントスの要領にて、空気を弾き出す技(・・・・・・・・)

 ちょっとした飛び道具にございまする♪ えへ♪」

 

 

 ――――お前は戸愚呂か。妖怪だったのか。

 そう突っ込みたく御座るけど、みんな白目を剥く仕事で忙しい。「チーン♪」という音が聞えてきそうだ。せっかくの夜叉・流れ星が。

 

「さて。刀を飛ばされたる場合、道場稽古であれば“それまで”にございまするが……。

 如何いたしますか、いく殿?」

 

 可愛く小首を傾げて、三重がニッコリ笑う。先ほどまでとは打って変わって、年相応の愛らしい姿。

 常ならば、これにて一件落着!

 これは正に、彼女の優しさから来た行動……に見えたのだが。

 

「――――やかましいのよ小娘ぇ!! 誰が手加減しろと言ったの!!」

 

「!?!?!?」

 

 いくが徒手空拳のまま、三重に殴りかかる(・・・・・・・・)

 胸倉を掴んだまま、渾身の右ストレートを叩き込む!

 

 そのあまりの唐突さに、三重はポカンと呆けたままで拳を喰らい、おもいっきり後ろに仰け反って、天を仰ぐ。

 

「刀が何よ! なにが(さむらい)よ! 男の世界よ!

 そんな物なくったって、女は戦えるの!

 強いからって、いつも余裕かましてるんじゃないわよ! ふざけんな御座いますわよ!!」

 

「んぎっ!? ごっ!? ぶべっ!?」

 

 ごすん! ごすん! ごすん!

 いくの放つグーパンが、連続して打撃音を鳴らす。

 掴んだ胸倉を離さぬままで、何度も何度も三重の顔面に、拳を打ち込んでいく!

 

「いっ……いく殿! 乙女なれば、せめてパーにて願い申しま……ぐえッ!?!?」  

 

「うっさいのよ乳無し! 変な前髪してからに!

 そんなので源之助が落とせますかッ! ぜんぜん可愛くないのよ! このブス!」

 

 乳のことはともかく、またしても前髪を!? ブスですって?!

 あまりの理不尽、あまりの物言い。次第に三重の顔が真っ赤に染まっていき、ついにいくの胸倉をガシッと掴み返す。

 

「何をおっしゃるのですかっ! 掛川が誇るヒロインに向かって!

 藤木さまは、わたくしにキュンキュンしておりますれば!

 それにもう少ししたら、わたくしだってバインバインのおっぱいに!」

 

「おーっほっほっほ♪ なにを異なことを!*6

 空事*7を申さず、現実をごらんなさいな!

 もう成長期は終わったでしょ? (なんじ)に伸び代は非ずッ! 一生貧乳よ!!」

 

「なッ?! なななな……!」

 

「それと貴方、鏡を見たことは無いの?

 貴方を『ぷりちー♪』なんて申す者、一人たりとも存在しませんッ!!(ババーン!)

 アンタなんかより、涼之介の方がよっぽど可愛いのよ!」

 

「 ふぅんぬわぁぁぁあああーーッッ!!!! 」

 

 ――――お前は恋する乙女の皮を被った、ただの自己中だ(・・・・・・・)! ヤンデレでもなんでも無い!

 原作の藤木に謝れ! この性格ブス!

 いく殿はそう言わんばかりに、全力で拳を振るう。

 

 ――――言ってはならぬ事をッ! それを言ったら戦争でしょう!?

 そしてついに三重も拳を振るい始め、二人で胸倉を掴み合ったまま、ガンガン殴り合う。

 さながらPRIDE.21におけるドン・フ〇イvs高〇戦のように。

 

「いく殿だって、誰得のお色気要員じゃないですか!

 年増で、しかも舞妓さんみたいな髪型した女の裸なんて、誰も見たくないのですよっ!

 こんなんどうでもええから、早くバトルシーン来ないかな~って、いつも思っておりまする!」

 

「なんてこと言うの!!!!(迫真)

 この広い世の中、私のエロシーンにも、需要があるわよ!

 いく殿のエロシーンで精通しました、という若い殿方だって、きっといらっしゃるわ!」

 

「――――おるかぁボケェェェエエエーーッ!!!!」

 

 二週目以降は、いく殿の出てくるシーンだけ、飛ばして読んでます!

 シグルイは、剣とグロと男の裸で出来ておりまする! いらぬのです年増女とか!

 

 そう思っているのかは定かではないが、とりあえず観客の者達はみんな、いく殿から目を逸らしている。彼女を見ることが出来ない。いたたまれなくて。

 

 ごすん! ごすん! ごすん! ごすん!

 絶え間なく響く打撃音。殴りながら罵り合うことを止めない両名。

 観客達も「こいつらはいったい、何をしているんだ?」と、呆けた顔だ。

 

「ぜったい人気ないわよ!

 三重ちゃんなんか、もし掛川で人気投票あったら、きっと50位くらいよ!

 この残念ヒロイン! 声優の無駄遣い! cv桑島〇子の面汚し!」

 

「よくぞ申した!(致命傷)

 我が全霊の拳を受ける、その覚悟は有りや!?

 年取っても入れ歯できないように、奥歯ぜんぶへし折ります!」

 

「そんなんだからモテないんでしょうが! このゴリラ・ゴリラ・ゴリラ!

 言っとくけど、貴方が作るごはん、頭蓋骨にヒビが入るくらい不味いのよ!!

 いっつも後で、私がみんなのお夜食作ってたんだからね!?

 ちょっとは女らしくしなさいよ! いつまでお転婆やってるの!」

 

「女とは何ぞや!? ――――我が乙女道は、死狂い也!

 ありのぉ~♪ ままのぉ~♪ にございまする! 

 人を殴っている時だけ、生きていると実感できるッッ!!!!」

 

 いつまでも止まない音。あたかも永遠に続くような、この喧嘩。

 二人が思いの丈を全力でぶつけ合い、躍動している。

 

「良かったな、三重よ――――」

 

 その楽しそうな姿。取り繕うことなく、自分を曝け出せる相手。

 忠長はどこか眩しそうに、いま元気に拳を振るう妹分を見つめる。

 

 

 

「なんと……羨ましい」

 

 

 ボソリ、権左衛門が呟く。

 いま目の前にある光景を、この場の剣士達が憧憬の目で見守っている。

 

「死力を尽くし、思う存分戦う。心と体をぶつけ合う。

 その姿の、なんと美しきことか……」

 

 そしてそれは、藤木と伊良子も同じ。

 今彼らは呆けながら、でもどこか羨ましそうな顔で、三重といくを見ていた。

 自分もやりたい。こんな喧嘩をしてみたい――――愛すべき友と。

 

 ふと見たら、偶然にも同じタイミングで、目が合った。

 藤木と伊良子。二人の視線が重なり、暫しのあいだ見つめ合う。

 そして彼らは、どちらからとも無く、コクリと頷き合う――――同じ想いを共有するように。

 

 

「ぶす! このブス! ブスブスブスッ!」

 

「ファックにございまする! ファックにございまする! いく殿なんて大きらいですぅ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ……ちなみにこの戦いは、両者が気絶するまで殴り合うという、ダブルKOの結末となる。現代におけるクロスカウンターで終わったのだ。

 だが二人とも、風船みたいに腫れ上がった顔ながら、どこか晴れやかな表情で、満足気に倒れていった。

 

 伊良子と藤木が「やれやれ」といった風に介抱し、観客達はみんな大きな歓声を送る。

 結局の所、最終戦はノーコンテスト。

 本日の岩本家仇討ち仕合は、ここに無事終了。

 ドキッ! 全員ふんどし♪ ちょんまげだらけの仇討ち大会!! ポロリあるよ? は幕を下ろしたのである――――

 

 

「いや~! なんやかんやと楽しかったですねぇ!

 わたくしスッキリいたしました♪ やってみて良かったです♪」

 

「はい三重さま。何よりに御座る」

 

 

 

 

 すっかり日も暮れた頃。三重と藤木は美しい夕焼けを背に、仲良く手を繋いで帰路に着く。

 今日の思い出を胸に。深く噛みしめながら。

 

 

 そして後日、ことの成り行きを知った徳川幕府より「ちゃんと仇討ちせぇ」というお達しが届き、また改めて“駿河城御前試合”にて決着をつける事となった。

 

 当然の結果である。

 

 

 

 

 

 

*1
竹で組み上げた柵。

*2
侍言葉で、家臣の者を呼びつける時の言い方

*3
一族郎党、皆殺しにする事

*4
祟りで有名な場所。平将門は日本三大怨霊に数えられている

*5
さらなる仇討ち

*6
妙な、変わったこと

*7
嘘、真実でない言葉

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。