・藤木源之助は無明逆流れの前に敗れ、左腕を失う。
・牛鬼と化した権左衛門さえも破れ去り、敵味方を問わず、多くの者が死ぬ。
・それのみならず、見分役を務めた掛川藩の孕石すらも、此度の不手際の責任を一身に背負い、腹を切るという前代未聞の事態。
・虎眼流は地に堕ち、岩本家はお取り潰し同然の沙汰を受けて、閉鎖に追い込まれる。
・そして全ての門下生、全ての使用人たちが、岩本家から去って行く。
共に汗を流した門弟達も、全て死に絶えた今……。
ついに虎眼流は、岩本三重と藤木源之助、二人だけとなってしまうのだった。
とまぁ……そんな未来も、あったのかもしれないけど。
「――――我が世の春! 虎眼流の時代来たれり!」
あれから数日ばかりの時が経ち、いま岩本のお家に、三重の機嫌良さげな高笑いが響いていた。
「――――金! 金にございまするッ!
ほんに三重は幸せです! あぁ快なりッ!!」カッ!
原作の岩本三重ならば絶対に言わんようなセリフを、恥ずかし気もなく口にする。いま彼女は最高に輝いていた。ウケケケケ!
だがそれも、さもありなん。いま岩本家は、先日おこなった仇討ち仕合(ふんどし運動会)の褒賞金で、もうウッハウハなのだ。
「人は皆、金の
ついに掴んだぞビッグマネー☆ 我は人生の勝者也!」
やめとけ――――生々しいわ。
この場にはちびっ子も居るというのに、大人の汚い部分を見せないで欲しかった。
というか、三重の場合はちょっとその気になれば、どこぞの城へ仕官でも出来そうなものであるが……、それとこれとは話が別。
虎眼流のみんなで勝ち取った賞金。その喜びは
「ということで、このたび岩本道場は、大規模な改装を行いましてございまする。
稽古場の拡張、欧米的な“シャワールーム”の完備、そして各種
三重が\ジャジャーン!/とばかりに、自分の後ろを指す。
そこには威風堂々とそびえ立つ、新生・岩本道場の姿。
もちろんこれは、先の報奨金を使って建てた物である。あの薄暗くてカビ臭かった道場が、今は見違えんばかりにピッカピカだ。
清潔で、広々とした、近代的でお洒落な稽古場。
良質な赤樫を使用し、最上級の職人に作らせた木剣が、壁にズラッと並ぶ。
雨の日でも、屋内で体力づくりが行える優れ物。各種トレーニングマシン。
みんな大好き大胸筋! 上腕二頭筋! 各種バーベル&ダンベルなど、充実した鍛錬器具。
そして庭の池を拡張して作った、ちびっ子達にも大好評の、水練用プール施設などなど……。
「様々な器具を導入するついでに、かの“ぶら下がり健康器”も購入してみましたが……。
でもなにやら、最初から
これなるは、『たとえ三日坊主で終わっても、洗濯物を干すのに使えるよ! だから安心して買ってね♪』という、販売元のお心遣いなのでしょうか……?
すごいアプローチですね。げに業が深ぅございまする」
そして、初心者の方でも安心して鍛錬が出来るよう、豊富な知識を持つ専属トレーナー(茂助)も在中。
午前午後の一日二回おこなわれる予定の、短期集中型ダイエット・プログラム【MOSUKEブートキャンプ】で、この夏本気で痩せたいというマダム達を取り込む! 掛川にブームを巻き起こすのだ!
「いま茂助は、ここ掛川で有名にございまする。
先の辞退せし膨大な報奨金は、いま各地での医療支援、介護支援、食料支援など……様々な福祉のために使われておりますれば。
最近は町を歩いていても、『茂助さんありがとう!』の声を、よく聞くんですよ♪」
そう三重が誇らしげに微笑み、門弟の皆もウンウンと頷く。とても嬉しそうに。
岩本家の中間として、いつもお世話になっている茂助さん。彼は我らの誇りであると。
「そして、此度の儀にて好感度が爆上がりした事により、多くの入門者が虎眼流に参りました!
近年は苦境に立たされがちだった岩本道場ですが……、これにて復権にございまするっ☆」
そうなのだ。此度の改装工事中も、数多くの入門希望者が、岩本家の門を叩いてくれた。
これにはお父上こと岩本虎眼も大喜び。流石は三重じゃとメッチャ褒めてくれた。
近年は曖昧な状態にある事も多く、すっかり剣を振るう事が少なくなっていた虎眼であるが、これを機に再び情熱を取り戻したように見える。とても張り切っておられるのだ。
また近々、元気に弟子たちを指南する姿が見られる事だろう。大変楽しみである。
「でもなにやら、
これは一体、どういう儀にございましょう?
わたくし、なんぞ舵取りを間違うてしまった感が……」
「「「……」」」
門弟たちが黙り込む中、三重がうむむと首を傾げる。
いま虎眼流の門を叩いて来る者は、怪しい瞳でハァハァ言いながら、涼之介を見つめる腐女子。そして満面の笑みで
彼らは剣術をなんだと思っているのだろうか。いったい何をしにやって来たのだろうか。
「一応、ほんにガチっぽい衆道家の方々には、虎眼流・
剣には何の興味も無さそうなお姉さん方には、涼を講師として行う“おさわりOK! ショタっ子と学ぼう♪ 胸キュン護身術コース☆”をお勧めしておりまする」
え、虎眼流って衆道家ばかりなんでしょ? ホモがやる剣法なんでしょ?
そんな皆様の声に、ちょっと冷や汗をかきつつも、三重は彼ら専用のコースを用意し、それに対応したらしい。
「お客様の様々なニーズにお応えし、更なる虎眼流の発展を!
ピンチはチャンス☆ 世の中ゼニやで~! にございまするっ!」
なんだかんだ言って、三重も商魂たくましかった。
藤木の妻として道場を支えるのだから、意外と心強いのかもしれないと思う。
その他、虎眼流ではメインとなる、“剣術指南コース”を始めとし……。
お洒落な剣が女性に人気! 夕雲くんの、“アミーゴ! イスパニア剣術コース”。
虎眼流の裏特技であり、千加の十八番である、“撲殺☆ 徒手空拳コース”。
その他にも、携刀の許されない身分の方や、一揆を目論む農民の方に最適な、“やっぱりオラは竹槍コース”。
命知らずな殿方にオススメ、藤木先生が情け容赦なく鍛えてくれる、“
新しい物、斬新な物、思わず興味を惹かれる物――――
そんな多種多様なアイディアを実践し、新しいライフスタイルを提案していく所存だ。
「――――さぁ皆の衆! 今日から忙しくなりますよぉ!
日ノ本いちの道場を目指し、邁進して参りましょーう!」
三重の号令と共に、門弟達が「おー!」と拳を突き上げる。
元気いっぱいな千加。使命感に燃える涼之介。覇気に満ちた声の牛股たち古株。嬉しそうな夕雲くん。ちょっと照れながら腕を上げてる藤木などなど。
その様子はそれぞれだが、みんな希望に目を輝かせ、生き生きとした顔だ。
虎眼流にとっての天王山とも言える、先の仇討ち仕合を(一応は)乗り越え、今日からまた新しい日々が始まる。
このたび勇退した虎眼に代わり、正式に新たな道場主となった、藤木源之助。
道場の最高師範として、それを影から表から支える妻、岩本三重。
新生虎眼流・岩本道場――――スタートだ。
◆ ◆ ◆
「おかしい……何かがおかしゅう御座る」
その一方……、先の仕合を経て、このたび正式に駿府城に仕官する運びとなった、伊良子清玄。
「なにゆえ
こんな狭い部屋に押し込められておるのだ……」
だが彼は、ぶっちゃけ
先日いく殿は、なんと当日も会場にいた忠長に気に入られ、召し抱えられる事となったのである。
いくの連れ合いである伊良子は、「まぁそれだったら、君もくれば?」とばかりに、捨て扶持同然の禄を与えられ、形だけは仕官できたのだった。
というか……この冷や飯は何だ? これが曲がりなりにも、徳川の副将軍に仕える者の飯か?
こんな4畳一間の子汚い部屋、よぅ見つけて来たな。逆にようあったなと関心するレベルだ。
「ひもじゅう御座る! あったかいご飯が食べとう御座るっ!
なして己がこんな目にぃ~!!」
それもこれも、全て
かの仇討ち仕合の前、きゃつのゲイザーを喰らって、腕だの何だのを骨折し、立ち合いが出来なかったせいなのだ。
未だに清玄は、その秘剣を忠長にお見せする機会に恵まれず、どっこも何にも気に入られてなかったりする。
いま虎眼流はフィーバータイムに突入し、正にウッハウハ状態にあるというのに、伊良子との対比がすごい事になっている。
こんなんだったら、大人しく真面目に鍛錬して、ずっと岩本道場にいた方が良かったまである。
「あら清玄さま、ご機嫌よろしゅう御座いまするか?」
「い……いく!? お前っ!」
恐らくは、美味しい物でも食べて来たのか。
綺麗な着物に身を包んだいくが、爪楊枝で前歯をシーシーしつつ、「失礼……ゲップ♪」とか言いながら部屋にやって来た。冷や飯を食ってる自分との格差がすげぇ。
しかもこの部屋、2人も入るとメッチャ狭い。めっちゃ息苦しい。
「お主……大事ないか?! なんぞ忠長公にされてはおらぬか!? 怪我は?!」
「あらま、ご心配かたじけのぅ。
なれど心配はございませぬ伊良子さま♪ 忠長さまには、大変よぅして頂いておりますゆえ♪」
そう。実はいくは、愛妾などといった扱いでは無く、純粋に“使用人”のような形で召し抱えられたのである。
身体を求められる事も、過度な労働を課せられる事も無い。ときおり暇つぶしのように三味線を弾かせる以外、忠長は何も彼女に求めなかった。
ただ、ここに居ろ――――それはまるで、忠長がいくを
『先の喧嘩、誠に大義であった。
また気が向けば、三重と遊んでやれ――――』
静かな労い。そして
まるで大切な妹を想い、兄がするような……そんなほのかに優し気な顔で、忠長はそう求めたのだった。
(もう御免ですよ、忠長さま。
だってあの子、その実
……こちらは五日も、顔の腫れが引かなかったというのに――――)
勝てるワケが無い。あんな鉄で出来たような子に。
あの後、ようやく意識を取り戻した時……、自分は三重に膝枕をされており、そしてニッコリと微笑まれたのだ。
しかも三重は、あの喧嘩の中、決してこちらを過剰に傷つけぬよう、気遣いまでしていたのだから。
あんなにも沢山、日が暮れるまで殴り合ったというのに……。その見た目こそ派手に殴っていたが、いくは今どこにも怪我をしておらず、骨すら折っていなかった。何の後遺症も出ていない。
仮に三重がその気であったなら、最初に自分が殴りかかって行った時に、七丁念仏で真っ二つにされていただろう。確かにあの時、彼女は
そして、いくら胸倉を掴んだとはいえ、こちらの拳をもらう必要など、無かったハズだ。
いくは、これまで一度も喧嘩をした事がなかったし、たいして腕力も無ければ、身体の動かし方もロクに知らないのだ。
けれど三重は、全てを受け止めてくれた――――いくの想いを汲み、全て吐き出させてくれた。
力の限り、思いの丈をぶつけ合った。心にあったモヤモヤが、全て消し飛んで行ってしまった。
いま思えば、あの日の出来事は、全て夢だったんじゃないかとすら思える――――
それほどまでに熱く、非現実的で、楽しい時間だった。
けれど、もう御免だ。あんな事をするのは。
忠長さまには悪いけれど……私は女に御座いますれば。あのような野蛮な振舞い、一生に一度でよぅ御座います。
そして、一度で十二分に満足できるほど、スッキリいたしました故――――
そういくは、静かに瞳を閉じ、あの子から貰った大切な思い出を、そっと心の宝石箱に仕舞い込む。
「ほら伊良子さま、台所より饅頭をくすねて参りましたよ♪
これを召し上がって、また元気にがんばりましょう!
目指せ出世! 目指せ一国一城! 無明逆流れは無敵に御座いまする♪」
「お……おうとも! 己は必ず成り上がってみせるぞ! 見ておれよ、いく!
まぁすでに三重には破られとるし、未だ忠長公にもお見せ出来ておらぬが……諦めるものか!」
小汚なくて、死ぬほど狭い部屋の中……いくと伊良子が元気に腕を突き上げ、二人で「えいえいおー!」と微笑む。
貧乏でも、立場はしょぼくても、そんなこと関係無しに、二人の目は希望に満ちている。楽しそうに笑う。
まだまだ出世は遠いけれど、なんだかんだと幸せな、いくと伊良子であった。