これは夢だ。そうはっきり自覚している。
いま目の前にある、この光景は、
幼き頃から、繰り返し繰り返し、何度も夢に現れる光景だから――――
『三重さま……お止め下されッ! どうか!』
『助けてぇぇーーッッ!!』
白無垢を身に纏うわたくしが、剣を振るう。
次々と人を斬り殺していく。
『ぎゃああああああ!! うあああぁぁぁーーッ!!』
『俺の腹がぁ!! 腹がああああッッ!!』
『殺さないでッ!! どうかお許しを! 三重さまぁーー!!』
伏していく、人、人、人……。
茂助を始めとする中間の者達、道場の門下生、大好きな門弟の仲間達。
みんなみんな凶刃に倒れ、地面に赤い花を咲かせていく。
この場に沢山の血が流れ、それは血溜まりとなり、川を成していく。
――――止めて、止めて、止めて。
願う。何度も身体を止めようとする。やめてくれと懇願する。
けれど、この手は止まらない。剣を振り下ろす事を止めない。
いま千加さんが死んだ。たまに喧嘩をしたけれど、一番の仲良しだったのに。
いま
興津が、涼が、お父上が死んだ。みんな目を見開いて、わたくしの顔を見てた。
まるで、信じられない物を見るような目で。
――――止まって。止まって下さいまし。もう赦して下さい。
いくら懇願しても、やめてくれない。全てを斬り殺すまで、決して止まらない。
そして最後はいつも、あの人を斬るのだ。
わたくしの愛しい人……誰よりも大切な人を、この手で斬らされるんだ。
『三重……さま?』
――――やめろッッ!! その人だけはっ!! 代わりに私を殺せ!!!!
好きだった仏頂面が、驚愕に染まっている。
理解出来ないままで、何の抵抗もせず、わたくしの刃を迎え入れる。
そして最後の瞬間、あの凛々しかった瞳の奥に、耐え難いほどの悲しみを見る。
喉が裂けるほどの悲鳴。
声にならない叫び。
必死にのばしたのに、届かない指先。
やがて、ゆっくり、ゆっくりと……、源之助の身体が傾いていく。
もう二度と、動かなくなる。もう二度と触れられない。永遠に失った。
何よりも大切だった物が、わたくしの中で
発狂できたら、どんなに楽か。
目を瞑り、耳を塞げれば、どんなに良いことか。
でも出来ない。これはあの子が観せている物。
わたくしを
『全て無くなれ――――
今、わたくしが振り向く。
ずっと着る事を夢見ていた、あの大切な白無垢を、真っ赤な血に染めた姿で。
わたくしと
こちらへと振り向き、うっとりと笑みを浮かべる。
『いりませぬ、こんな物――――
人は
何もかも、消えてしまえばよろしい』
小さな頃は、分からなかった。この悲しい女の子が、まさか自分自身だったなんて。
物心が付き、身体が大きくなって来た頃。ようやくわたくしは「これは鏡映しの姿なんだ」と気が付いた。
幼き頃から、いつも夢に出てくる、この娘。
きっと、
彼女の喉元には、剣でえぐったように大きな穴が開いているから。
乙女の本懐を遂げたかった――――
そんな悲しみ、恨み、くちおしさ、情念。
あらゆる憎悪に身を焦がし、真っ赤な血の涙を流す、“死んだ女の子”。
彼女が今、真っすぐわたくしを見て、笑っている。
『貴方はわたくし……私達は同じもの。
その力を持ちて、全てを斬り潰しておくれ――――』
駆け出す。刀を抜き放って。
ようやく動くようになった身体。その悍ましい言葉を掻き消さんが為、抗うように雄たけびを上げながら、全力で走る。
恐怖に震える手で、“死んだ女の子”に斬りかかる。
『決して変えられない。決して赦さない。
さぁ――――
でもその剣は、いつも空を切る。
逆に首を跳ね飛ばされて、わたくしが死んだ所で、ようやくこの夢は終わる。
『――――あははは! あはははははははは!!
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!』
視界がグルグル回る。
意識が泡のように消え、深くて暗い所へ落ちていく。
まるで童女のような、楽しそうな声――――
いつまでも続く、“死んだ女の子”の声を聞きながら、地獄へ落ちていく。
◆ ◆ ◆
「――――ああああッ! あーーーーッッ!!!!」
真夜中、丑三つ時。
道場の稽古場、カジキを用いた“練り”の鍛錬をおこなっていた源之助は、声のした方へと顔を向ける。
そして、即座にこの場を駆け出して行った。
「……三重さま」
部屋に駆けつければ、そこには頭を振り乱して泣き喚く、岩本三重の姿。
源之助は傍に寄り、そっとその肩に手を掛けて、自分がここにいる事を知らせる。
「ふっ……藤木さま?! 藤木さまぁーーッ!!
わたくしはッ! わたくしはぁぁぁあああッッ!!」
泣き腫らし、真っ赤になった目。グシャグシャになった顔で、源之助に飛びつく。
彼の腹に顔を埋めて、幼子のようにわんわん泣きつく。
「嫌ですっ! 三重はあんな……! あんなのは嫌です!!
――――わたくしは違う! 違うんですッ! あんな事したくなんて無いッ!!!!」
イヤイヤと首を振りながら、ぐいぐい顔を押し付ける。
藤木の存在を確かめるように、決して離すまいと腕に力を込める。
これは、よくある事だ。
三重に物心がついてからというもの、彼女は時折こうして、夜中に飛び起きるのだ。
その度にここに駆けつけ、こうして宥めてやるのが、彼女が無き止むまで傍にいてやる事が、源之助の役目だった。
「憎くない! 恨んでなんか無い!
みんな好きです……! うっしーも、お父上も、清玄も、いく殿も……!
わたくしは、藤木さまが大好きですっ!!」
血を吐くような言葉。
得も知れぬ何かと、懸命に戦う姿。
決して余人には分からぬ、その耐えがたき苦しみ。
岩本三重の中に住む、
「承知して御座る――――
源之助はここに。貴方を守り申す」
やがて、長い時が過ぎ……、三重はすぅすぅと寝息を立てる。
慟哭し、泣き疲れて、ようやく源之助の膝で眠る。
三重さまに、この優しい時間が、いつまでも続きますように。
そう源之助は、神様に祈った。
暗いエピソードで、申し訳ございません。楽しい小説を楽しみにしていらした皆様には、お詫び申し上げます。
ですがこれは、“三重の根幹”に関わる話。必ず書いておかなければならなかった部分です。
当作品は、純然たるコメディ。幸せを目指す物語です。
どうか今回だけ、ご容赦下さい。