『せっかく駿府へ参ったのですし、ちと成しとぅ儀がございまする――――』
そんな三重の“鶴の一声”により、笹原さんのお屋敷に行くまえに、ちょいと寄り道をした虎眼流の一行。
「あーっはっはっは! さぁ~ドンドン参られませぇい!
なれど、いま藤木と千加の目に映るのは、まさに地獄絵図に他ならぬ。
「ほいや!」ガン!
「そいや!」ゴン!
「えいしゃーい!」ドゴォォン!
次々に倒れていく、見知らぬ門下生たち。
ある者は壁に叩きつけられ、またある者は天井をぶち抜いて、
「どうしたのです! そんなへっぴり腰では、とても剣士を名乗れませぬよ!
あーそっかぁ~♪ やはり“師匠”がヘコいと、弟子も育たないんですねぇ~♪」
いま三重がおこなっているのは、いわゆる道場破り。
そして来てみたのは、かの“金岡
――――そう、お父上を裏切って情報を流し、その報酬で駿府に道場を建てやがった、あの士道不心得者である。
「腕が未熟なばかりか、指南も下手くそっ! 忠義もへったくれも無い恩知らずっ!
ついでにいえば、なにゆえ白目と黒目が逆転しとるのですか! 何その悪人ヅラ!?」
ちなみにであるが、先ほど金岡のクソッタレは、三重のグーパン一発で撃沈している。
一応は彼に木剣を持たせて、形だけでも「これは立ち合いですよ~」という体裁にしたので、あの三重がおこないし、文字にするのも
さらに余談ではあるが、現在ここの道場主である金岡大先生様は、ボカスカに殴られてグッタリしたまま、表にある
「かような看板など、いりませぬ。
道場経営でもなんでも、好きにするがよろしい。
……まぁお父上も無事でおられますし、赦して差し上げまする」
やがて三重が、「ぷいっ!」とつまらなそうに踵を返し、藤木の手に木剣を返す。
「義に背けば、天誅が下る――――悪いことをしたらバチがあたる。
金岡先生の教えにございまする。覚えましたか?」
コクコク! と超高速で頷く、金岡道場の皆様。
道場主および高弟たちは全員ぶっとばしたが、まだこの場には純粋に剣の道に励んでいる、若い門下生達も沢山いる。
三重は剣の先達*1として、若者たちにアドバイスを贈った。
まぁ傍に控える藤木に至っては、案の定、白目を剥いてたけど。
◆ ◆ ◆
プリプリと機嫌の悪そうな三重を「まぁまぁ」と宥めつつ、虎眼流の一行が駿府城下を歩いていた時のこと。
「あ……」
これは、全くの偶然だった。その驚きから、あまり関係のない千加だけが声を出した。
「み、三重ちゃん……あの人って」
いま眼前にある、大きなお屋敷の門から、妙齢の男女が連れ立って出てくるのが見えた。
片方は眼鏡をかけた男性、もう片方は寄り添うようにして、その手を引いて歩いている。
――――伊良子と、いく殿だ。
あちらはなんちゃって盲目の設定通り、目を瞑っているからなのか、まだこちらには気が付いていない。
だが千加が冷や汗を流す中で……この場の二人の空気が変わる。こんなにも晴天に恵まれた空の下、得も知れぬ緊張感が走る。
「…………」
「えっ、三重ちゃん!?」
だが、それを全く気に留めぬかのように、三重はスタスタと普通に歩き出す。
千加はオロオロと狼狽えるが、至極当然とばかりに追従していく藤木の背中を見て、その場で立ちすくむ事しか出来ずにいる。
「……おや?」
いく殿がふとこちらを振り向き、その目が三重を捉えたかに見えた。
だが彼女も、三重と全く同じ様子。こちらの事を気にも留めぬような素振りで、ただただ伊良子の手を引いてこちらに歩いて来る。素知らぬ顔をして。
「……」
「……」
いくと、三重。
お互いに目も合わせぬまま、身体が近づいていく。
表情を変えぬまま、どれだけ近づこうが歩みの速度も変えず、ただただ歩を進めていく。
背後でそれを見守る千加が、ギュッと胸元で手を握りしめ、ゴクリと固唾を呑む。
あれだけ憎しみ合い、あんなに殴り合ったお二人だ。
次の瞬間にも、刀を抜いていてもおかしくない。
こんな往来で、忠長さまのお膝元たる場所で剣を抜けば、一体どんなお咎めがあるか分からない。
いや……それよりも、お二人が無事では済まない!
ついにその間合いは、一足一刀。*2
だが、おもわず止めに向かおうとした千加の足が、突然ピタリと止まる。
いま唐突に起きた、眼前の出来事を見て。
――――パァン!
晴天の空に、乾いた音が鳴り響く。
とても気持ちの良い、スッキリする感じの音だ。
いくと三重が、
どれほど近づこうが、目も合わせようとしなかったのに……二人の身体がすれ違おうとしたその時、どちらからともなくスッと手を上げて、勢いよくパーンと合わせたのだ。
『源之助の腕は、治りましたか?
せいぜい鍛えておあげなさい。伊良子さまは無双です』
『かたじけのう。なれどご心配には及びませぬ。
目にもの見せましょう』
まるで、そんな二人の会話が、聴こえてくるかのよう。
その佇まい、その所作から、二人の想いが見て取れるのだ。
言葉を交わす必要も、目を合わせる必要も無い。
決着は、御前試合にて――――
二人の約束は、既に交わされているのだから。
「おんどれぇ~~!! よぅも清玄先生を殺し、名を奪いおったなぁ~~ッ!!」
「堪忍してくだされ兄弟子ッ! 後生に御座るぅ~ッ!」
そんな漢らしい乙女たち(?)を他所に、いま伊良子はバッチリ峻安さんに捕まり、ガンガン腹にチャランボ*3を叩き込まれている。
「死ねいッ! ここで死んで詫びよッ!!
ほんまお主は、悪さばかりしよって! そんな
「お許し下され! お許し下され!
アバラが折れてしまい申す! ぜんぶ折れ候!」
容赦なく叩き込まれる峻安の膝。とても重い打撃音が断続的に鳴る。
そんな
止めた方が良いのかな? でも峻安さんあんなに怒ってるし……きっと大切なお話なんだよね?
そう「ウムム……」と悩んでいるようだ。どうしていいのか分からぬ。
「――――おーい! 儂はまだ死んではおらぬぞぉー!
極寒の湖に叩き込まれたが、なんとか泳いで助かったぁー!」
「せっ……、清玄先生!? 生きておられたのですか!?」
「あなやっ! 生きて駿府へと流れ着いておったか!」
そして、何故か向こうの方から〈グゥアー!〉っと走って来る、真・伊良子清玄さん(医師)。
満面の笑みでブンブン手を振り、弟子達と再会する。あまりにも唐突な展開。
「いや~! うっかりホモに目覚めたら、殺されそうになったわぃ!
許せよ峻安……。また共に病院を開こう。もう衆道はコリゴリじゃて♪」
「先生ぇー! 良かったですぅ先生ぇー! せんせぇぇぇえええーーッ!!」ゴスゴスゴス
「――――チャランボを止めて下されッ! チャランボとめてぇぇーーっ!!」
なんか向こうで、ゴスゴス鳴ってるけれど……。
とりあえず千加は「まいっか!」とほっとく事にし、三重の後を追っかけた。