乙女心もシグルイ   作:hasegawa

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番外編  駿府でわっほい

 

 

『せっかく駿府へ参ったのですし、ちと成しとぅ儀がございまする――――』

 

 そんな三重の“鶴の一声”により、笹原さんのお屋敷に行くまえに、ちょいと寄り道をした虎眼流の一行。

 

「あーっはっはっは! さぁ~ドンドン参られませぇい!

 真の虎眼流(・・・・・)、お見せつかまつりまするぅ~!」

 

 なれど、いま藤木と千加の目に映るのは、まさに地獄絵図に他ならぬ。

 

「ほいや!」ガン!

 

「そいや!」ゴン!

 

「えいしゃーい!」ドゴォォン!

 

 次々に倒れていく、見知らぬ門下生たち。

 ある者は壁に叩きつけられ、またある者は天井をぶち抜いて、天に還る(・・・・)

 

「どうしたのです! そんなへっぴり腰では、とても剣士を名乗れませぬよ!

 あーそっかぁ~♪ やはり“師匠”がヘコいと、弟子も育たないんですねぇ~♪」

 

 いま三重がおこなっているのは、いわゆる道場破り。

 そして来てみたのは、かの“金岡雲竜斎(うんりゅうさい)”の道場。

 ――――そう、お父上を裏切って情報を流し、その報酬で駿府に道場を建てやがった、あの士道不心得者である。

 

「腕が未熟なばかりか、指南も下手くそっ! 忠義もへったくれも無い恩知らずっ!

 ついでにいえば、なにゆえ白目と黒目が逆転しとるのですか! 何その悪人ヅラ!?」

 

 ちなみにであるが、先ほど金岡のクソッタレは、三重のグーパン一発で撃沈している。

 一応は彼に木剣を持たせて、形だけでも「これは立ち合いですよ~」という体裁にしたので、あの三重がおこないし、文字にするのも(はばか)られるような”ルール無用の残虐ファイト”は、正式な物として処理される事だろう。まっとうな仕合として。

 

 さらに余談ではあるが、現在ここの道場主である金岡大先生様は、ボカスカに殴られてグッタリしたまま、表にある水車(・・)に張り付けにされ、“意味もなくグルグル回される”という大切なお勤めをなさっている。ファイトに御座います。

 

「かような看板など、いりませぬ。

 道場経営でもなんでも、好きにするがよろしい。

 ……まぁお父上も無事でおられますし、赦して差し上げまする」

 

 やがて三重が、「ぷいっ!」とつまらなそうに踵を返し、藤木の手に木剣を返す。

 

 

「義に背けば、天誅が下る――――悪いことをしたらバチがあたる。

 金岡先生の教えにございまする。覚えましたか?」

 

 

 コクコク! と超高速で頷く、金岡道場の皆様。

 道場主および高弟たちは全員ぶっとばしたが、まだこの場には純粋に剣の道に励んでいる、若い門下生達も沢山いる。

 三重は剣の先達*1として、若者たちにアドバイスを贈った。

 真っすぐ剣を振りなさいと(・・・・・・・・・・・・)

 

 まぁ傍に控える藤木に至っては、案の定、白目を剥いてたけど。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 プリプリと機嫌の悪そうな三重を「まぁまぁ」と宥めつつ、虎眼流の一行が駿府城下を歩いていた時のこと。

 

「あ……」

 

 これは、全くの偶然だった。その驚きから、あまり関係のない千加だけが声を出した。

 

「み、三重ちゃん……あの人って」

 

 いま眼前にある、大きなお屋敷の門から、妙齢の男女が連れ立って出てくるのが見えた。

 片方は眼鏡をかけた男性、もう片方は寄り添うようにして、その手を引いて歩いている。

 

 ――――伊良子と、いく殿だ。

 あちらはなんちゃって盲目の設定通り、目を瞑っているからなのか、まだこちらには気が付いていない。

 だが千加が冷や汗を流す中で……この場の二人の空気が変わる。こんなにも晴天に恵まれた空の下、得も知れぬ緊張感が走る。

 

「…………」

 

「えっ、三重ちゃん!?」

 

 だが、それを全く気に留めぬかのように、三重はスタスタと普通に歩き出す。

 千加はオロオロと狼狽えるが、至極当然とばかりに追従していく藤木の背中を見て、その場で立ちすくむ事しか出来ずにいる。

 

「……おや?」

 

 いく殿がふとこちらを振り向き、その目が三重を捉えたかに見えた。

 だが彼女も、三重と全く同じ様子。こちらの事を気にも留めぬような素振りで、ただただ伊良子の手を引いてこちらに歩いて来る。素知らぬ顔をして。

 

「……」

 

「……」

 

 いくと、三重。

 お互いに目も合わせぬまま、身体が近づいていく。

 表情を変えぬまま、どれだけ近づこうが歩みの速度も変えず、ただただ歩を進めていく。

 背後でそれを見守る千加が、ギュッと胸元で手を握りしめ、ゴクリと固唾を呑む。

 

 あれだけ憎しみ合い、あんなに殴り合ったお二人だ。

 次の瞬間にも、刀を抜いていてもおかしくない。

 こんな往来で、忠長さまのお膝元たる場所で剣を抜けば、一体どんなお咎めがあるか分からない。

 いや……それよりも、お二人が無事では済まない!

 

 ついにその間合いは、一足一刀。*2

 だが、おもわず止めに向かおうとした千加の足が、突然ピタリと止まる。

 いま唐突に起きた、眼前の出来事を見て。

 

 

 ――――パァン!

 

 

 晴天の空に、乾いた音が鳴り響く。

 とても気持ちの良い、スッキリする感じの音だ。

 

 いくと三重が、ハイタッチをした音(・・・・・・・・・)

 どれほど近づこうが、目も合わせようとしなかったのに……二人の身体がすれ違おうとしたその時、どちらからともなくスッと手を上げて、勢いよくパーンと合わせたのだ。

 

『源之助の腕は、治りましたか?

 せいぜい鍛えておあげなさい。伊良子さまは無双です』

 

『かたじけのう。なれどご心配には及びませぬ。

 目にもの見せましょう』

 

 まるで、そんな二人の会話が、聴こえてくるかのよう。

 その佇まい、その所作から、二人の想いが見て取れるのだ。

 

 言葉を交わす必要も、目を合わせる必要も無い。

 

 決着は、御前試合にて――――

 二人の約束は、既に交わされているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おんどれぇ~~!! よぅも清玄先生を殺し、名を奪いおったなぁ~~ッ!!」

 

「堪忍してくだされ兄弟子ッ! 後生に御座るぅ~ッ!」

 

 そんな漢らしい乙女たち(?)を他所に、いま伊良子はバッチリ峻安さんに捕まり、ガンガン腹にチャランボ*3を叩き込まれている。

 

「死ねいッ! ここで死んで詫びよッ!!

 ほんまお主は、悪さばかりしよって! そんな弟弟子(おとうとでし)に育てた覚え無いわぃ!」

 

「お許し下され! お許し下され!

 アバラが折れてしまい申す! ぜんぶ折れ候!」

 

 容赦なく叩き込まれる峻安の膝。とても重い打撃音が断続的に鳴る。

 そんな宿命のライバル(伊良子くん)のカッコ悪い様を、たら~っと汗をかきながら見守る藤木くん。

 止めた方が良いのかな? でも峻安さんあんなに怒ってるし……きっと大切なお話なんだよね?

 そう「ウムム……」と悩んでいるようだ。どうしていいのか分からぬ。

 

「――――おーい! 儂はまだ死んではおらぬぞぉー!

 極寒の湖に叩き込まれたが、なんとか泳いで助かったぁー!」

 

「せっ……、清玄先生!? 生きておられたのですか!?」

 

「あなやっ! 生きて駿府へと流れ着いておったか!」

 

 そして、何故か向こうの方から〈グゥアー!〉っと走って来る、真・伊良子清玄さん(医師)。

 満面の笑みでブンブン手を振り、弟子達と再会する。あまりにも唐突な展開。

 

 

「いや~! うっかりホモに目覚めたら、殺されそうになったわぃ!

 許せよ峻安……。また共に病院を開こう。もう衆道はコリゴリじゃて♪」

 

「先生ぇー! 良かったですぅ先生ぇー! せんせぇぇぇえええーーッ!!」ゴスゴスゴス

 

「――――チャランボを止めて下されッ! チャランボとめてぇぇーーっ!!」

 

 

 なんか向こうで、ゴスゴス鳴ってるけれど……。

 とりあえず千加は「まいっか!」とほっとく事にし、三重の後を追っかけた。

 

 

 

 

 

*1
学問・技芸・修行などの先輩

*2
剣術における、一歩踏み込めば刀が届く距離

*3
ムエタイにおける、首相撲からの膝蹴り

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