――――藤木どのの顔を立て、この辺にしといてやるが、次やったら許さぬぞお主!
そう伊良子に〈ゴチン☆〉とゲンコツを入れてから、虎眼流一行は彼らと別れ、再び歩き出した。
「さてさて! これよりお世話になる“笹原修三郎”様についてですが……。
皆は存じておりまするか?」
屋敷へと向かう道すがら、隣を歩く仲間達に向けて、三重が語り掛けた。
軽い雑談である。
「もちのロンっ! かの“舌きりの槍”の御仁でしょ?
その御高名は、我が日坂にも轟いておりましたゆえっ」
「確か……士官を望む浪人たちを、一時預かるお役目をなさっておるのだとか。
さぞ忠長公からの信頼も厚い、立派な
「加えて、名実ともに天下一と名高き、槍の使い手と」
順番に千加、峻安、藤木が応じていく。
かの御仁は、これから自分たちがお世話になる御方であり、敬意を払うべき凄い
みんな「どんな人なんだろう?」と想像を膨らませながら、ニコニコと楽しそうな雰囲気だ。
「
ちなみにわたくしは、幾度か駿府に参った折に、お会いした事がございまする。
柔らかいお人柄で、とても尊敬できる御仁ですよ♪」
話によれば、ここ駿府に仕える家臣たちは、三重を烈火の如く毛嫌いして警戒をするか、もしくは初孫のように大切にしてくれるか、そのどちらかが多いのだそうだ。
その中でも笹原さんは、三重にとって“後者”にあたる人物。優しい人である。
何度か槍の使い方を指南してもらった事もあり、そこで習得した技法を元にして、“虎眼流・竹槍術”が誕生したという経緯もあったりする。
今も岩本道場では、多くの農民たちが楽しく学んでいる、大人気のコースだ。
ちなみにであるが、別に虎眼流ポイントを集めても、何も良いことは無い。三重が勝手に言ってるだけである。
「立ち合いの折りに感じたのですが……、笹原さまってすごく“腕が長い”のですよ。
まるで蛇のように長き腕が、恐るべき遠間より、鋭く正確に振るわれる。
これぞ笹原さまの槍の特徴也! 手ごわいですよ~?」
おお! という嬉しそうな声。
みんな強くなる事に真っすぐな子達である。おおかた「はやく手合わせしてみたい!」とでも思っているのだろう。無邪気なことだ。
ちと分かりにくい変化ではあるが、普段は寡黙な藤木くんですらも、今キラキラと目を輝かせているのが分かる。
「その腕の長さ、まさにダルシムの如s……ごほんごほんっ!!
いや、申し訳ございませぬ皆さん。これは失言でしたね」
「「「?」」」
三重は慌てて咳ばらいをし、必死に誤魔化す。対して仲間達はキョトンとした顔。
――――いったい三重さまの目には、何が映っているんだろう?
勉強家であり、とても博識な彼女であるから、沢山の事を知っておられるのだろうが……。
たまに三重の事がよく分からなくなる、藤木たちであった。
◆ ◆ ◆
「よぅ参られた。笹原修三郎に御座る――――」
ようやく屋敷に到着し、門前にてピンポンを鳴らした(無いけど)虎眼流一同。
中へと通され、庭で槍の鍛錬をおこなっていた笹原修三郎どのと挨拶を交わした。
「藤木どののお人柄は、既に三重どのより伺っておる。
お手前ほどの御仁なれば、もう何の問題も御座らん。
辞儀には及ばぬ、のどまりて過ごされよ」*1
「かたじけのぅ御座る、笹原どの」
笹原は、ほのかに笑みを浮かべつつ、快く客人たちを迎え入れる。
その有難い心遣いに対し、藤木も礼を持って応えた。普段は仏頂面だが、やれば出来る子なのである。
それにしても、こうして実際に目にしてみると、この笹原という御仁が本当に凄い武人である事が、ひと目で分かる。
精悍な顔付き。細身ながら良く引き締まった、しなやかな身体。槍を持つその所作は、まさに超一流の物。
道すがらに聞いていた通りの、敬意を払うべき御仁だ。
「――――ナマステ! いや~お世話になりまする笹原さま!
こちら、つまらぬ物にございまするが、心ばかりの手土産ですっ。
ささ! どうぞお納め下さいませー!」
「あ、また“カレー”に御座るか三重どの……。
なにゆえお主は、いつも拙者にカレーを食わそうと?
そのナマステなる言葉も、よぅ存じぬのだが……」
なにやら黄色いパッケージの箱を、三重から渋々受け取る笹原さん。
あまりにも気安く、あまりにも不躾な彼女の態度に、仲間達は「ギョ!」っと目をひん剥く。
「これを食べて、印度の風を感じて下さいませ!
あ、前にも申しましたが……笹原さまは
御座るとかじゃなく、もっと事あるごとに『ヨガヨガ』仰るべきです。
さすれば口から火を吐くことも、決して不可能にございませぬ! ヨガヨガヨガ」
「何を申しておるのか、皆目見当が付かぬが、よぅ参られた……。
千加どのも、峻安どのも、仲良ぅやりましょうぞ」
「あ、はいです……」
「よしなに……」
――――この人“苦労人属性”だ! 俺には分かる!
そんな風にかしこまってしまう、千加と峻安だった。これからの事を思うと、ほんに不憫でならぬ。
「いやなに。自由奔放なるは、三重どのの良き所。類まれなる魅力じゃ。
拙者もしかと心得ておるで、そう気にせずとも良ぅ御座るぞ」
「ほんに、かたじけのぅ……」
「痛み入りまする……」
なんと広き器! 寛大なお心!
仲間達は感服し、「ははぁ~!」と
「なれど……この屋敷には多くの浪士が暮らしておる事は、御承知の通り。
皆、腕に覚えのある者ばかりだが……中には当然、血気盛んな者もおってな」
ふと先ほどまでとは雰囲気が変わり、笹原が穏やかながらも、真剣な表情になる。
「ここなるは、御殿忠長さまのお膝元。諍いは御法度。
藤木どのは良き武人ゆえ、心配してはおらぬ。……だが改めて、心得て貰いたいのだ。
仲良く。万事仲良く――――」
藤木がしっかりその目を見据え、コクリと頷きを返す。
笹原も安心したように、柔らかい笑みを見せた。この男であれば、案ずること無き也と。
「お任せあれ笹原さまっ! 仲良ぅいたしまするっ! えへ♪」
「仲良きことは美しき哉! 千加もわっかりましたぁー♪」
――――いや、お前らが心配なんじゃよ。
のほほんと笑う乙女二名を、笹原は砂を噛んだような顔で見つめる。
「いや~、それわたくし得意。いちばん得意やもしれませぬ。
大船に乗ったつもりでいて下さいまし」
「朝飯前です。私たち乙女ですもん。
野蛮なのは大キライです。剣とか重くて重くて」
――――嘘だ。ぜったい嘘だ。
髪の毛をいじり、「~♪」と口笛を吹く二人の姿に、笹原は冷や汗を流す。
「そも喧嘩など、した事ございませぬ(キッパリ)
三重は良い子じゃな~って、お父上も仰ってました」
「好きな言葉は、愛と平和です(キッパリ)
つい先日も、雨に濡れた子犬を助けました」
――――どの口が申すか。どの口が。
ちっちゃな頃から
決してこちらと目を合わせぬ、三重たちのしらじらしい態度に、笹原はただ歯を食いしばる。
「我ら、花も恥じらう乙女――――花の化身たる存在。
こんなの愛さずにはおれませぬ☆ 嫌でも仲良くなっちゃいまする☆
いやぁー困りますねぇ~♪」
「動物よって来ますよ?
ちょっと森に入れば、もう森中の動物たちが、千加に集まって来ます。
きっと動物には分かるのでしょうね……。この身から滲み出る“優しい人オーラ”が」
――――屋敷が潰れる! 皆殺しにされる!
そんな限りなく未来予知に近い“確信”を、ハッキリ感じる笹原さん。
上意とはいえ、なんという貧乏くじ。
そう己の不運を嘆くも、もう手遅れであった。
◆ ◆ ◆
――――此度、掛川より“虎”が参られる事となった! 決して不用意に挑発すまいぞ!
そんな笹原先生の大切な御言い付けを、まるでバラエティー番組の如く、逆に捉えてしまった若者が居た。
「笹原門下、
とても元気で、張りのある大きな声。
まだ年若いだろうに、良く鍛え込まれている、大柄な身体。
その右手にある、試技用の木槍。
庭先の縁側に座り、のんびり「ぽけ~♪」っと茶を啜っていた三重と藤木は、唐突に姿を表したこの若者を前に、少しだけ面を喰らった。
なにやら彼が、尋常じゃなく張り切っているのが伺えたから。
「藤木源之助どのっ! 是非とも私とお手合わせを! 願い申しまするっ!」
こちらの事など気にも留めず、まったく空気も読まずに、晋吾くんなる少年は声を張り上げる。
それもそうだ、こんな機会はまたと無い!
音に聞く、虎眼流剣士! しかもその跡継ぎたる御仁! ここで願い出ないのは嘘だ!
もちろん尊敬はある。大きな憧れも。
だが今、彼の心にあるのは「もしこの人に勝てたら……」という、可愛い功名心。
そして……槍の使い手なら誰もが持つであろう、剣という物に対する
この御仁は、先日まで左腕を負傷していたと聞いている。
なれば、いかに高名な剣士とはいえ、今は存分に力を振るえまい。
それに加えて、剣と槍という純粋な差。我が得物の間合いは、ゆうに相手の四倍にも及ぶ。
ゆえに、勝てぬ道理は無き也――――少なくとも簡単には負けぬ。
あわよくばここで名を上げ、笹原先生やお父上に認めて頂ける、絶好の機会だ!
まだ若い彼が、そう考えてしまうのは、至極当然のこと。
この一見して無謀とも思える蛮勇も、無理からぬ事ではあった。
しかし……。
「やーです! いま三重と藤木さまは、ラブラブタイムにございまする!
空気読んで下さいましー」
――――まさか、普通に断られるとは! 思ってなかったで御座る!!
「あー美味し♪ 金持ちの家の茶うんめぇぇー!
ささ、藤木さま? 羊羹をあーん♪」
「なっ……! なななな……!」
こちらの事など気にも留めず、久方ぶりの恋人ムーブを満喫!
二人とも立場があり、なかなか岩本のお家では、こういう事が出来ないし! 愛を育むは今ぞ! とばかりに。
「ちょ! ちょいとお待ち下され!
普通は受けるでしょ!? 挑まれたら受けるが
なにが羊羹なんですか!」
「うっさいボケ。チン毛はえてから物を申せ。捻り潰すぞ小僧――――」
「ッ!?!?!?」
一瞬垣間見た、魔人オーラ。人ならざる物が持つ、三重の絶対的な威圧感。
残念ながら、晋吾くんのおみ足は、ガタガタと震えてしまっている。
「あ、もしや羊羹が欲しいのですか? 甘い物が食べたきお年頃?
よろしい。三重がおこづかいをあげますゆえ、買うて参りなさい」バリバリ!
「――――マジックテープ!? 今時マジックテープに御座るか?!
そんなの私でも使うておりませぬぞ?!」
かと思いきや、懐から取り出した物凄くダサい財布に、驚愕させられる。
ここへ来て、まだ1分と経っていないのだが、晋吾くんの心はもう決壊寸前。ジェットコースターにでも乗っているみたいだ。
「うるさい子ですねぇ。折角のムードが台無しにございまする。
ほら、要らぬのですか? ハッキリなさい」
「いやっ……! そりゃあ貰いますけどぉ!
私は藤木どのと、立ち合いをですねぇ!?」
三重の手から小銭を受け取り、それをしっかり袖に入れてから、再び喚き散らす。
なんだこの人!? でもかたじけのぅ御座る! 帰りにとら屋の羊羹を買おう!
そんな事を考えつつも、必死に喰らい付く。……あ、せやっ!
「――――虎眼流剣士は、腑抜けに御座いますかッ!
挑まれても戦えぬ、タマ無しなのですかッ!」
「 なにおぅ!?!? 」
三重が袖まくりしながら、「ガーッ!」と立ち上がる。
それに対し、晋吾くんはもう後には退けない。火が着いて止まらないのだ。
「そんなのは、士ではのぅ御座るっ!
笹原先生も、お父上も、いつも私に『男らしくあれ』と仰っておりますっ!
ガッカリです虎眼流っ!」
「なんだとぉう!? いーつわたくしが、戦わぬと申したかぁー!
今はティータイムゆえ、出直せと言うておるのですッ!
かの英国では、戦争中でも3時になったらティータイムですよ!?
砲弾が飛んで来てても、銃を置いてお紅茶に夢中! 素敵っ☆」
「そんなの知らない! ここは日ノ本だ!
虎眼流は戦ってくれぬっ! きっと負けるのが怖いんだっ!
笹原一門の先輩達の方が、よっぽど勇敢に御座るっ!」
きっと、彼の幼さがそうさせたのかもしれない。
加えて、三重がお姉さんであった事も、遠慮なく物を言える原因だったのかもしれない。(足はガクガク震えているが)
これは見る者が見れば『死にたいのか坊主!?』と言わんばかりの、非常に危機的な状況。
まさか岩本三重に対し、かような暴言を吐くとは。本来ならば殺されても文句は言えぬ。
だがそんな事、若い彼は知らない。三重にだって今日はじめて会ったのだ。
晋吾くんは止まらない。挑発して、怒らせて、是が非でも虎眼流を引きずり出そうと躍起になっている。もう手が付けられない程に。
「知ってるぞ! 虎眼流はホモだらけだ!
剣より衆道が好きなんだっ!」
「――――そりゃ船木道場でしょうがぁぁぁあああーーッッ!!
ウチは真っ当やっておりまするッ! チンコ潰されても頑張ってるのです!!」
「嘘だッ! ショタコンに走って、仕置き追放された者がいると聞くぞ!
確かお名前は、山崎九郎え……」
「――――それは申し訳のぅ! でも違うのです晋吾くんッ!!(迫真)
彼も今は真面目にやってるのですっ! 許してあげて下さいましっ!」
「ホモだからって、立ち合わないのか! 本当の意味でタマ無しだ!
男らしくないから、受けられないんだ! 女々しい人達なんだ!」
「男が
なんか気になって話が入って来ませぬ! わざとやってるのですか!?」
いつの間にか、タジタジになっている三重さま。
対して晋吾くんは絶好調だ。もう勢いが付き過ぎて、きっと自分が何を言っているのかも、分かっていないだろう。
立ち合って下さい! 勝負して下さい! 願い申しまする!
ただただ彼は、その一念を持って頑張っているのだ。
「――――貴方が強いのは分かるっ! まだヒヨッコだけど、私も
三重どのの前に立ってるだけで……、もうオシッコが漏れそうに御座るッッ!
なれど! 女人である三重どのより下なんて、男として情けなくはないのですかっ!
どうなのです藤木どのっ!?」
「……」
「私と立ち合って下さい! 勝負をして下されっ!
ご無礼は、後でいくらでも詫び申す! ほんに申し訳ございませんっ!
でも私は……! たくさん強い方と立ち合い、強ぅなりたいのですっ! 藤木どのッ!!」
必死な声、涙で滲んだ瞳。懸命な姿。
三重と相対するのは、身内の者であってもキツイのだ。普通ならば腰が抜け、とても立っていられなくなる。
そんな若者の、真っすぐな姿を受けてか……、いま藤木が縁側から腰を上げた。
「木剣を――――」
「藤木さま……」
若気の至り、蛮勇、愚かさ、身の程知らず。
たとえそうであったとしても……、藤木は彼の懸命な想いに応えてやるべく、ゆっくりと庭の中央へ歩みを進める。
「虎眼流、藤木源之助。指南
士として、武の先達として。
そして、同じ男として。
「――――ライトニング・ボルト!!」
「 ふぎゃあああぁぁぁーーーっっ!! 」
吹っ飛ぶ――――
藤木の、たったの一発の拳。
それによって晋吾くんは天高く舞い上がり、笹原邸の屋根に(ズゴーン!〉と突っ込んだ。
「ふ……藤木さま!? 貴方ッ……!!」
「あ、いえ……その」
ビックリしすぎて、白目になる三重さま。
そして自分でやったにも関わらず、なんかオロオロ狼狽えている藤木くん。
「 其は虎眼流にございませぬっ!
「み、三重さまの真似をしたら、なんか出来申した……」
開眼――――ねお虎眼流。
三重と長きに渡る時を過ごし、そしてこのたび“重傷からの復活”を果たした藤木は、いつの間にやら戦闘力が爆上がり。ねお虎眼流に片足を突っ込むに至る。
もしくは、なんか
「加減なさい! あの子は前髪ですよ!? このおバカ!」
「しゅん……」
いわく、黄金聖闘士は一秒間に1万発の拳を放つという――――
まぁそれはさておいて……、三重たちは急いで屋根に上がり、晋吾くんの救助に向かった。
笹原さまに、なんて言おう……。