『ふ、藤木どの……信じておったというに……』
そう悲し気な顔をする笹原さんに、ごめんなさいごめんなさいと、必死こいて謝った後。
「ぬわーっ! なんと鋭き太刀筋っ! まったく視えませんでした!
やはりお強いです藤木どの! もう一手願えまするか?」
なんだかよく分からないけれど、晋吾くんが物凄く
あれだけ完膚なきまでにやられ、頭から屋根に突っ込まされたというのに。
「すごいっ……! 本当にすごいです藤木どのっ!
こんなにも強き人……、私は会うたこと御座いませぬ! 尊敬いたしますっ!」
……あの一件により、瓦礫の中にいる所を三重たちに救出され、たくさん打ち身や擦り傷の治療をして貰った後のこと……。
晋吾くんは何を思ったか、いちど意気揚々と、自分のお家に帰って行った。
怪我をさせてしまったし、身体を休めるのかな~とは思ったのだが……。
でも晋吾くんは「皆様! すぐ戻りますゆえ、暫しお待ち下さいませ!」と輝くような笑みで告げ、ルンルン気分で駆け出していったのだった。
そして宣言通り、一刻ほど後に戻った彼は、
『ここの藤木源之助という御仁に、息子が大変世話になったそうで』
――――野郎っ! 親にチクりやがったッ! 卑怯だぞっ!
三重はそう冷や汗をかいたのだが……でもなにやら様子がおかしい。
なぜなら晋吾くんのお父上には、全然怒っている様子が無かったんだから。
『嬉しそうに話しよるのですよ……。藤木どのは凄い、藤木どのはお強いと。
この子は笹原先生を心より尊敬し、これまで必死に稽古に励んでおった。
なれど……斯様なまでに目を輝かせておる息子を、儂は今まで見た事が無い』
怒られなかったことは、とても有難いのだけれど……なんか目を潤ませながらシミジミと語るその雰囲気に、三重たちはすんごい嫌な予感がした。
『見つけたんじゃな――――真の
晋吾は己の理想に出会ったのだと、儂は心得申した』
あれ虎眼流じゃなくて、グーパンだったんですけど。それ勘違いかと存ずるのですが……。
そう言いたかったが、とても弁解なんて出来る雰囲気じゃない。晋吾くんのお父様は、ポロポロ涙まで流されておられたのだ。
『晋吾は槍術の使い手。だが得物は違えど、同じ士。
如何じゃろう? ぜひうちの息子を、傍に置いてやってはくれまいか……!』
『藤木どのは、御殿の上意により、駿府へ参ったと聞く。多忙なるは重々承知よ。
なれど……その手伝いで構いませぬ。どうか晋吾をお頼み申す。
お手前の所作、その生き様を学ぶは……、この子にとり“生涯の宝”となりましょうぞ』
――――アカン! こちらよりよっぽど位の高い人に、土下座されてるッ!!
――――――こんなのぜったい断られへんがなッ! 卑怯だぞ晋吾くんっ!
まぁ、打ち身や擦り傷程度とはいえ怪我もさせちゃった事だし(晋吾くん丈夫!)
それにこんなにも礼を尽くされたら、とても「やーです!」なんて言えはしない。
こうして晋吾くんは、三重たちが駿府へ滞在している間、一緒に過ごす事となったのである。
「ぐはッ……! も、申し訳御座いませぬ藤木どのっ! すぐ起き上がります故!
大丈夫! 晋吾はまだやれまする! もう一手お願いしますっ!」
倒れては起き、また倒れては起き。
いま三重たちの眼前には、嬉々として藤木に指南を受けている、晋吾くんの姿がある。
どれだけやられようが、全くお構いなし。この瞬間を大切にするように、懸命に打ち込んでいる。
「ほぉ~。あの子、見込みありますよ?
あそこまでやれる者は、なかなか居ませんもの。お若いのに大したもんです」
「それに加え、あの胆力よ。
三重どのや藤木どのを前にしては、まっすぐ立つだけでも至難というに。
嬉しそうに打ち込んで行きよるのぅ」
仕合を見学している千加と峻安が、関心したように呟く。
未熟ではある。だが彼の槍はとても真っすぐで、観ていて凄く気持ちが良いのだ。
確かに、笹原さまの指南の賜物でもあるのだろう。しかし彼がこれまで懸命に努力し、真摯に修行して来たことが、アリアリと見て取れる。
そして、いくら良い先生の下に居ようとも、“心”まで得ることは出来ない。この真っすぐで強いハートは、まさしく彼が持つ才能なのだ。
この子は強くなる――――良き士となりましょう。
それが千加と峻安、共通の評価であった。
「ふふっ♪ あーあ、藤木さまを取られてしまいましたねー。
なればわたくしは、ちとお台所をお借りいたしまする。
皆のため、精のつく物を作って差し上げねば」
今夜は駿府へ来たお祝い、そして晋吾くんの歓迎会だ。
三重は台所へ向かいながら、グイッと腕まくり。美味しい料理を作るべく、気合を入れる。
……まぁ三重が満足に作れるのは、“沼”とか“マグマ”とかいう御粥くらいだが。
ここには千加もいるのだし、なんとかなるだろう。きっと。
◆ ◆ ◆
「よう参ったな、修三郎。
して……かの物は突き止めたか?」
深夜。御馬頭、曽根
ここは蝋燭の灯りだけが照らす、薄暗い蔵の中だ。まるで人目を避けて内密の話をしたいのだと言わんばかりに、笹原はこの場に通された。
この曽根将曹なる男は、駿府家老である朝倉宣正の懐刀と言われる
そして、現在笹原が仰せつかっている
「只今、我が屋敷に身を寄せし、二十四名の牢人者。
いずれも武芸優秀、人品骨柄*1卑しからぬと心得まする」
正座をし、身を低く。されどその強き
まぁふと笹原の頭に
「ゆえに、笹原の名にかけて。
“怪しと思われる者”、皆無と存じまする」
静かな声色、なれどハッキリと。笹原はその矜持にかけて、曽根に報告した。
だが……。
「おい修三郎。わかっておるのか……?」
曽根の表情が険しくなる。まごう事なき忠義者であるハズの笹原を、濁った暗い瞳にて睨む。
「殿は
これをどう心得る? 戯言を申すまいぞ」
笹原が言った“怪しと思われる者”。これすなわち隠密のことを差す。
彼の仰せつかった任務とは、自らの屋敷に身を寄せる者達の中に、隠密らしき者が潜んでいないか、目を光らせておく事である。
いま江戸は、余が幕府に謀反を企て、天下の望みを画策することを恐れている。
ゆえに必ずや、駿府に隠密を潜らせるに相違ない――――
そう御殿忠長は、家臣たちにハッキリと断言したのだ。
なれば逆説的に、もし隠密を発見出来ないとなれば、その任に着いている者達は“無能”の烙印を押されよう。
忠長の怒りに触れ、かの狂気に染まりし一刀流により、この首を刎ねられかねない。
隠密はおりません。みな品行方正です――――それで済む話ではない。
どうしても自分たちは、ここ駿府より“怪しと思われる者”を見つけ出さねばならない。
いや、
「おい、牢人
言われるがまま、懐から紙の束を取り出し、曽根に差し出す。
これはその名の通り、いま屋敷に身を寄せている者達の名や、その経歴などが記された物だ。
「ふむ……ふむむむ」
台帳を受け取った曽根は、訝し気な目で流し読みをし、手早くページをめくっていく。
なんぞ変わった名でも、目に付く項目でもあれば、すぐさまそのページを破り取って「この者、隠密なり」と笹原に突き付けるつもりで。
非情なれど、これも致し方なしと、内心で自分を正当化しつつ。
「……ぬ?」
だが、とあるページがふと目に入った途端、ピタッと曽根の手が止まる。
「さ、笹原よ……? この
そうビリッとページを破り、笹原の方に差し出した。
「あぁ。その者ですか。
こやつは生まれてこのかた、剣を握った試しが無く、ずっと筋トレばかりしておる者に御座る」
「何故そんなモンおるん? なんで住まわせとるん?」
曽根さんの、とてもピュアな疑問が、深夜の蔵に響いた。
「しかもこやつ、何故か
いくら他も鍛えよと申しても、頑ななまでに鉄棒を離さぬ。
筋トレというより、むしろ懸垂マニアなのやもしれませぬ。
何が彼を、そうさせるんでしょうな? 大胸筋がえらい事になっておりまするぞ」
「知らんて。懸垂とかええて。
なんでそんなんに飯食わせとる? 役に立たんじゃろ?」
「いやいや曽根さま!
こやつの体重の
これ見よがしの逆三角形! ド迫力の大胸筋! 鬼の貌が如き背中!
きっと殿もお気に召すハズです」
「召さぬて。剣握ったこと無いんじゃろ? 無理じゃて」
筋の助さんの用紙をポイッと捨て、曽根は再び台帳に目線を落とす。
こやつは隠密に非ず。だって潜入任務に大胸筋、関係ないもん。
気を取り直して次に進む。
「なれば笹原よ、この星
「はい。そやつはとても、志の高い青年でしてな?
物心つきし時より、“大剣豪養成ギブス”なる鍛錬器具を、装着しておるそうな」
「ほほう」
志が高いのは良い事だ。日常生活においても、常に身体を鍛えているというのなら、さぞ屈強な青年であるのだろう。その“なんたら養成ギブス”というのは、よく分からんが。
「しかしながら、あまり使わぬ為に、在処を忘れたか……。
そのギブスを外す為の鍵を、
こやつは一生、全身に超強力なバネを着けたまま、生きてゆく羽目と相成りました。
とても剣など振れませぬ」
「――――追い出せ馬鹿! なんで住まわせとるんじゃ!」
なんで囲っとんねん! 戦えんじゃろが!
夜中だというのに、曽根の大声が近所まで木霊した。
「寝る時も、着けたままに御座るぞ?
すんごく小さく丸まっております。ダンゴムシの如く」
「知らぬわ! そら丸まりもするじゃろ! 全身バネ着けとったら!」
「歩く度にギシギシ申しまする。うるそぅてかないませぬ。
その歩み、正に牛歩の如し! だが1分も歩けぬそうな」
「何しに駿府に参った!? 仕官とか無理じゃて! 家で大人しく寝とれ!」
いつの日か鍵を見つけ、そのバネを外した時、かの者は超戦士となりましょう。その頃には凄い肉体となってるハズ。
そんな夢のある理由から、とりあえず屋敷に置いてやってるらしい。
「剣振れよッ! 剣つかえる者おらぬではないか! 一体どうなっとるんじゃ!」
「なれば曽根さま、この者は如何に御座いましょう?」
笹原がイソイソと隣にやってきて、一緒に台帳を覗き込む。
「かの者は、一子相伝の剣を受け継ぎし、猛者に御座いましてな。
その力、まさに一騎当千。徳川に仕えるに相応しき実力に御座る」
「ほう! おるではないか剣豪が!
それそれぇー♪ そういうのじゃて笹原ぁー♪」
曽根はパシパシ笹原の肩を叩き、大変お喜びのご様子だ。
「なれど、ちと日ノ本言葉に難があり申してな。
なんか『ヒテンミツルギ スターイル!』とか『クジュリュウセェーン!』とか、妙に訛っておるのです」
「――――殿に叩き斬られるッ! そんなん連れていったらッ!」
えっ、大和の生まれじゃないの!? 異人さんなの!?
いま鎖国中だというに、どうやって入って来たんだろう。どうして剣術を。
「何を訊いても、メッケーモゥとか、ホモレモンとか。
意思の疎通が上手くいかぬので御座る。シッシオ噴いたぁ~申して」
「なら無理じゃろが! せめて日本語教えてからにいたせ!
仕官もクソも無いて!」
「あ、体術も得意ですぞ? 徒手空拳でも戦え申す。
いつも『フタエノキワミィ! アーッ!』とワケの分からぬこと言いつつ、助走をつけて殴るのです」
「――――黙って殴れッ!
徳川の家臣にそんなん要らぬて! もっと大和魂ッ!!」
曽根さんの魂の叫びが、駿府城下に響き渡る。只今丑三つ時也。
「おらぬのか!? もっとまともな浪士は! マジで言うとるんか笹原!?」
「ぐぬぬ。かの者の他に“剣士”と申さば、後は藤木源之助どのしか……」
「そやつ三重どのの関係者じゃろが! 虎眼流を敵にまわせるかぁーっ!
なんでもええて! 別に剣じゃのぅても構わぬ! 誰ぞおらぬのか!」
「確か屋敷に、“人間ポンプ”なる技を得意とする御仁が。
生きたまま金魚を飲み込み、『いよっ!』と腹を叩いて吐き出しまする」
「それ武芸ちゃうがなッ! なんでいま言ったの!?」
「あとは、
「――――お主の浪士の選定、いったいどーなっとるんじゃ!!
そんなん召し抱えとったら徳川滅ぶわ! 全部お前の趣味やないか!」
オーマイガッ! とばかりに曽根が天を仰ぐ。もう隠密とか関係なしに、全員叩き斬ってしまいたい。
関係ないけど、後日ご近所さんから沢山「うるさい」と苦情が来た。やはり深夜に大声を出すもんじゃない。大事なご近所付き合いが。
「もうええ! 隠密のことは儂が全部やるっ!
お主に頼んだが間違いじゃい! ふーんだ!」
「あ、そっすか? ではお頼み申しまする。ご苦労をかけまするなぁ」
◆ ◆ ◆
「待てぇ~い伊良子清玄っ! 大人しくお縄につけぇ~い!」
「――――ちゃうし!
そして後日。剣を持った曽根さんに追い回される、伊良子の姿があった。
「たのむ! 駿府の為に死んでくれぃ! 後生じゃ清玄どの~っ!」
「 こっちの方が後生じゃ! 風前の灯火じゃ!!
うおぉぉ! 死んでたまるかぁぁーッ! 己は出世するんじゃあ~~ッ!! 」
そんな彼らを他所に……、いま三重と藤木が屋敷の縁側に座り、のんびり茶をしばいている。
仲良く肩を並べ、ほんに幸せそうな様子で。
「あ、先日いっしょに薪割りをした、瓜田
この度めでたく仕官なさるそうな♪」
「なによりに御座る(ほっこり)」
ドタドタと漫画みたいな土煙を上げて、追いかけっこする男達。
それを三重さまと藤木くんが、のほほんと見つめた。