「あっ」
「ほらあれ! ごらんなさいな!」
この頃、主に
「河童よね」
「もろ河童」
「河童にございまする」
ひとたび伊良子清玄が町をあるけば、町の人々が遠巻きに眺める。
あの御仁は大変な男前でいらっしゃるのに、何を好き好んで河童みたいな頭をしておられるのじゃろう? いったい何を考えとるんじゃろうか? 不思議で仕方ない。
もしかしてあのお方は、アホなのやもしれぬ。“残念な男前”なのやもしれませぬな。そうヒソヒソ噂するのだ。
(じゃかましい……! 毛が生えてくる度、定期的に三重さまが河童にしてくるのだ!
何をどうしようが、きゃつの剣は躱せぬのだ! ほっとけぃ……!)
あの時あまりの恐怖に白くなった髪は、もう既に黒々と色を取り戻している。だがあの日と同じく、今も清玄の頭頂部だけは〈ペッカー!〉と輝いている。見事に日の光を反射していた。
ちなみにこの“河童みたいな髪型”は、よく幼い男の子なんかがしている髪型である。
いたずらをした悪い子をこらしめる為、親御さんがこうやって、頭頂部だけを坊主にするのだ。
ゆえにこれは、本来河童というよりも、お仕置きのための髪型。三国志時代の古代中国にも、これと同じ刑罰があったりもする。
余談ではあるが、岩本道場の習いには「虎眼流に挑みし者、全て
清玄のように道場破りにやって来た者を、殺してしまうのではなく、
すなわち、目を抉ったり、耳を削いだりして、一生消えない傷を与えてから帰すのだ。
そうすることにより、虎眼流の剣名は、畏怖と共に高まっていく――――
顔を“伊達”にされた剣士を見た人々は「虎眼流恐るべし」と噂し、それが広まっていくのである。
……だが三重の場合、やって来た者達を悉く
しかしながら、それは決して恒久的な傷ではなく、ほんの3ヶ月ほど我慢すれば生えてくる物。
とにかく三重にやられた者達は、みんな“掛川の河童”となり、野に放たれた。
ご近所さんから見れば「また岩本さん家から、河童が出てきよった」みたいな感じである。
なにゆえ伊良子清玄だけが、一度ならず何度も何度もしつこく河童にされるのかは、掛川のご近所さんたちには知る由もない事。
それが三重の「よくも藤木を傷つけたわね! 貴様だけは一生許さぬ!」という、しょーもない怨念から来る物だとは、夢にも思わぬであろう。
◆ ◆ ◆
噂話をするは、なにも女性ばかりに非ず。
ここ岩本道場においても、伊良子清玄の名は既に轟いていた。
「おお!
「これは牛股師範の得意技ぞ! 清玄のやつ、もうそこまでの腕を……!」
清玄が木剣を一閃した途端、対手の額にあった鉢巻が、はらりと床に落ちる。
その凄まじい剣さばきによって、額は無傷のままで鉢巻だけをスパッと斬って見せたのだ。
言うまでもなく“一本”。この立ち合いは清玄の完勝だ。
対手はこの道場でもベテランとなる門弟であったのだが、清玄を前にしては、明らかな手合い違いに見えた。
傍で仕合を見守っていた門下生たちは、そのあまりの腕前に、ただただ感嘆に息を漏らすのみ。
入門一年にして、この技の冴え。圧倒的な剣才――――伊良子清玄恐るべし。
「おお河童どの! お主すごいな!」
「河童のくせにやりおるなぁ~。
よっし次は
まぁでも、
全然カッコよう無いけどなと、清玄は物凄くフランクに扱われていた。
せいぜいが「えらい強い河童おるなぁ」くらいの物だ。……残念!
「――――なんだお前オラ! 虎眼流入りてぇのかオラ! どうなんだオラ!」
「はいっ! 入りたいです!
どうかこの涼之介を、こがんりゅうの、もんていに!」
そして今、道場の片隅では……伊良子たちの仕合そっちのけで、なんかハッスルしている三重の姿があった。
「お前やれんのかオラ! ひょろひょろじゃねぇかオラ! 頑張れんのかオラ!」
「がんばります! せいいっぱい、はげみまする!
かならずや、藤木どのや三重さまのような、りっぱな剣士になりまする!」
「マジかオラ! お前見込みあんなオラ! いいじゃねぇかオラ!」
「はい三重さま! おねがいもうしまする♪」
三重は南蛮渡来のグラサンなる物をかけ、道場を見学しに来た“近藤涼之介”なる少年と戯れている。
まだ彼はバリバリの前髪(元服前)で、恐らく年は10を数えたあたりだろう。しかし藤木や三重に対して憧れがある様子で、今もキラキラしたおめめで入門を直訴している。
「じゃあビンタだオラッ!!
歯ぁ食いしばれ! いくぞ涼之介オラ!」
「わかりました三重さま! どうぞ来てくださいませっ!
私はしかと、たえてみせまする!」
何してんだこの人……。大丈夫か坊主ッ……!
門下生たちは、皆ハラハラと緊張の面持ちで見守っている。
というか、虎眼先生に無断で、勝手に弟子を取っちゃ駄目なんだけど……。この場にそう言える者は、誰も居ないのだった。
「よっしオラ!(ペチリ)」
「あうっ」
可愛い音が鳴った。子供がじゃれ合うような、微笑ましいばかりの音。
涼之介はちょっとだけよろめくが、すぐに姿勢を正して、まっすぐ三重の方に向き直る。
「がぁーーっでぇむ!!
今日からお前も虎眼流だオラ! しっかり付いてこいオラ!」
「ありがたきしあわせですっ! 涼之介はがんばりまする♪」
「――――ちとお待ち下され!! なんか
思わず清玄がツッコむ。
対して三重と涼之介は、「?」とばかりのキョトンとした顔だ。
「なんだてめぇオラ! サボってんじゃねぇぞオラ! やっちまうぞオラ!」
「カッパどの、いかがなされた? なぜそのように、おこっておる?」
「いやいやいや!
何故そのようにペチリ? 贔屓にござろうがッ!
えっ……もしや
「うっせえオラ! 変な髪型しやがって! ごたごた抜かすなオラ!」
三重のビンタ(神気解放)により、清玄が壁を突き破って、ゴロゴロと転がっていく。
ちょうど庭の池にドボーンしたので、「河童が水に帰りよった!」みたいで良い感じだ。
その光景を門下生たちは白目で見つめ、涼之介くんがキラキラしたおめめで見つめるのであった。
ぼくも強くなるぞ(曇りなき
◆ ◆ ◆
深夜。本日の稽古も終了し、皆がとうに寝静まった頃。
岩本道場の稽古場に、ひとり鍛錬に打ち込む、源之助の姿があった。
「……ッ! ……ッッ!!」
カジキと呼ばれる、大きな大きな木剣。
常人では持つ事すらままならぬそれを、片腕で掲げ、小半時もかけながら、ゆっくりゆっくり振り下ろしていく。
これは虎眼流にて“練り”と呼ばれる、独特の鍛錬法だ。
「……ッ!! …………ッッ!!」
誰が憶えていようか? ほんの一年ほど前まで、藤木源之助こそが岩本道場の跡取りであると、そう囁かれていたことを。
伊良子清玄という才気溢れる剣士は、ここに来てからたったの一年で、既に中目録を許されるまでになっているのだ。
あの日、源之助は清玄との立ち合いに破れた。
そればかりか、この先伊良子清玄は、間違いなく目録においても自分と並ぶ。そして瞬く間に追い越して行くことだろう。
今の己は、明らかな力不足。こんな様で岩本家を継ぐなどと、役者不足も甚だしい。
なにも伊良子だけの話では無いぞ? ほら今お前が握る、このカジキですらも、三重が易々と振るう3メートル物には、
「――――ッ!!!!」
ふいに襲い来る雑念。……それを振り払うかの如く、源之助はただ一心不乱となり、鍛錬に打ち込む。
いま彼の足元は、その過酷な鍛錬で流された汗により、大きな水溜りが出来ている。
強く食いしばる事により、歯が砕けてしまわぬようにと咥えられた布の隙間から、苦痛にうめく小さな声が漏れ、夜の稽古場に響いていった。
(び……びゅーてぃふる)
そんな彼の姿を、まるで隠密の如き所作で見つめる、ひとりの女ありけり。
(筋肉っ……! この引き締まった身体っ……! 肉体美ッ!!
お美しゅうござりまする藤木さまっ! 見事也ッッ!!)
言うまでも無いが……その女の名を、三重と言う。
彼女は三百石を持つ家の子女でありながら、決して見つからぬようにと物陰に隠れ、こっそり男の身体を覗き見るという、淑女にあるまじき行為に及んでいた。
(Fu~♪ 君かわうぃーねぇ~い!
ひたすらお家のため、ひいてはわたくしの為に鍛錬に打ち込む、そのお姿ッ!
三重はキュンキュンいたしまする♪ ――――濡れるッッ!!)カッ!
不器用で、実直で、誠実な人柄。
それが三重の心と身体を、燃えるように高ぶらせる。ぶっちゃけ抱きしめたい。チュッチュしとう存じまする。
どこをとは申せませぬが、コリコリコリコリして
(と言いますか……もうふんどし一丁とか、
これは三重と……しっぽり行きたいという?
シャイな藤木さまにとり、これは精一杯の意思表示? わたくしを誘惑しているのでは?)
汗をかく事が分かっており、そして誰も居ないのだからと、源之助は現在ほとんど裸。
有り体にいえば、
正直たまらぬ。眼福にございまする源之助さま。あざぁーす!
滝のように鼻血を流し、足元に赤い水溜りを作った三重は、源之助に聴こえない程度に「うむむ」と唸る。
今夜も乙女の妄想が止まらない。なうろまんてぃっく!
(しかしながら、ご辛抱くださいまし藤木さま。……熱海です。
藤木さまと結ばれるは、
申し訳ありませぬ藤木さま! 我慢の子にございまする! ……なにとぞ! なにとぞ!)
何あのキュッとしたおしり。やっぱ誘ってるの?
Oh! ぷりてぃぼーい♪ せーくすぅい~☆
そんなことを存じ奉りつつ、三重は「まぁわたくしが見る分には構いませぬ」とばかりに、引き続き藤木を視姦する作業に戻る。
ありがたや、ありがたや。これで
本日のお惣菜、確保なり! かたじけのう、かたじけのう。
男がひたすら汗を流し、それを女が「なむなむ」と拝む。ただじっと見守る。
これが最近の岩本家にて、よく見る光景であった。
――――熱海でめちゃくちゃ犯す(乙女の矜持)
◆ ◆ ◆
「して、権左よ――――」
またある日の晩。
「お主は虎眼流の跡目……藤木源之助と伊良子清玄、いずれと思うかの?」
いま目の前に伏している権左衛門に向かい、虎眼がそう問いかける。
ちなみにだが、いま虎眼の頬っぺたには、紅葉のように赤い痕が付いていたりする。
これは先ほど、朦朧とした意識のままで「セックスしてぇな~。わしもな~」と思い立ち、自身の囲う
虎眼はその獣が如き欲望の赴くまま、いそいそと夜這いを敢行。いくの眠る布団をひっぺがし、ゲヘヘとばかりに覆いかぶさろうとした。
だが実は、うっかり入る部屋を間違えちゃっており……、布団の中にいた人物が『三重にございまする(威圧感)』と言い放った途端、もう小便ちびる位に震えあがった。
普段は意識が朦朧としている虎眼であるが、あれからビックリくらいに意識がはっきりしたので(ビンタもされた事だし)、これもまぁ良い機会と前向きにとらえ、現在は権左衛門を部屋に呼びつけて、道場の今後に関する話し合いをしている所なのである。
関係ないが、ぶっちゃけ死ぬかと思った。
「あっ、せーので言う? わしと権左、同時に言うてみるかの?」
「かしこまって御座る*1。いざ」
「なれば、ゆくぞ権左…………せーのっ!」
「「藤木 源之助」」
……。
……………。
……………………。
ザシュッ! という斬撃音が、突然この場に響いた。
「……えっ。
なにゆえ拙者、口を裂かれたのでござるか……?」
「気にするでない。(キッパリ)
にしても……やはり藤木か。三重を任せられるのは……」
合ってた! いま合ってたじゃん! 滅茶苦茶じゃん!!
そう権左衛門は言いたかったが、今はダーダー血が出ているので、口元を押えるので忙しい。
そも、この程度の理不尽、虎眼流において日常茶飯事なり。気にしても仕方ないのだった。
「然り。
「好いておるからのう。あれも藤木の言うこと
加えて、藤木の忍耐力……いや忠義の心か。
常日頃、あのような目に合わされておれば、普通とっくに逃げ出しておっても、不思議ではなかろうに」
「しかしながら……こと剣才においては、伊良子清玄に一歩譲りましょう。
先生が気に病んでおられますのは、そこに御座いましょうか?」
「うむ。やはりの……。跡取りとするなら、少しでも強い種をとな。
こればかりは、親心とは別物じゃしのう……。お家を栄えさせんとのう……。
そも、うぬがもそっと若ければ、それで決りじゃったであろう?
このたわけが……。若返れアホ。ちょんまげ」
「――――ちょんまげはよう御座ろうッ!?
えっ……なんでそこイジるんですか先生!?
皆ちょんまげに御座候! ちょんまげパラダイス也!!」
ちなみにだが、権左衛門はひと昔前に、とある理由から去勢をしているので、ご子孫を残すのは無理である。
跡取りとなれぬことは、虎眼にも分かっている。ちょんまげも含めて冗談である。
とにもかくにも夜の静寂の中、二人してうんうん悩む。
三重のことばかりじゃなく、道場のこともあるし、「藤木もいいけど、伊良子もね」といった具合である。
「あい分かった。ではあの船木道場の双子を、藤木伊良子の両名に斬りに行かせい。
それを見事成し遂げた方に、
考え疲れ、眠たくなり、そろそろおめめがパシパシし始めた頃……もうええわとばかりに虎眼が告げる。
えっ、それ何のポイントに御座るか? 拙者きいた事ござらんのですが。
権左衛門はモゴモゴしてしまう。
「ぶっちゃけ跡取りとかええから、ただ船木家を滅ぼしたい(本音)
あいつら腹立つし、ちょうどええから斬りに行かせよ。
後のことは、後で考えようぞ」
「ぎょ……御意に御座いまする」
この親にして、この子あり――――
なんで己は、この家に一生懸命仕えとるのじゃろうか?
いつもの事ながら、ちょっとそう思わないでもない権左衛門であった。
おいでよ! ちょんまげパラダイス!