乙女心もシグルイ   作:hasegawa

3 / 33
第三景  ちょんまげ天国

 

 

 入門の儀(ビンタ)を終えたる伊良子清玄、虎眼流門下となりて早一年あまり過ぎ候――――

 

「あっ」

 

「ほらあれ! ごらんなさいな!」

 

 この頃、主に掛川(かけがわ)に住む若い娘たちの間では、あの岩本道場の剣士の話題で持ち切り。噂が上がらぬ日は無いという程であった。

 

「河童よね」

 

「もろ河童」

 

「河童にございまする」

 

 ひとたび伊良子清玄が町をあるけば、町の人々が遠巻きに眺める。

 あの御仁は大変な男前でいらっしゃるのに、何を好き好んで河童みたいな頭をしておられるのじゃろう? いったい何を考えとるんじゃろうか? 不思議で仕方ない。

 もしかしてあのお方は、アホなのやもしれぬ。“残念な男前”なのやもしれませぬな。そうヒソヒソ噂するのだ。

 

(じゃかましい……! 毛が生えてくる度、定期的に三重さまが河童にしてくるのだ!

 何をどうしようが、きゃつの剣は躱せぬのだ! ほっとけぃ……!)

 

 あの時あまりの恐怖に白くなった髪は、もう既に黒々と色を取り戻している。だがあの日と同じく、今も清玄の頭頂部だけは〈ペッカー!〉と輝いている。見事に日の光を反射していた。

 

 ちなみにこの“河童みたいな髪型”は、よく幼い男の子なんかがしている髪型である。

 いたずらをした悪い子をこらしめる為、親御さんがこうやって、頭頂部だけを坊主にするのだ。

 ゆえにこれは、本来河童というよりも、お仕置きのための髪型。三国志時代の古代中国にも、これと同じ刑罰があったりもする。

 

 余談ではあるが、岩本道場の習いには「虎眼流に挑みし者、全て伊達(・・)にして帰すべし」という物がある。

 清玄のように道場破りにやって来た者を、殺してしまうのではなく、伊達な(カッコいい)見た目にさせる。

 すなわち、目を抉ったり、耳を削いだりして、一生消えない傷を与えてから帰すのだ。

 

 そうすることにより、虎眼流の剣名は、畏怖と共に高まっていく――――

 顔を“伊達”にされた剣士を見た人々は「虎眼流恐るべし」と噂し、それが広まっていくのである。

 

 ……だが三重の場合、やって来た者達を悉く河童にするので(・・・・・・・)、もう顔の怪我(ある意味での勲章)とは比べ物にならない位、カッコ悪い事にされてしまう。

 しかしながら、それは決して恒久的な傷ではなく、ほんの3ヶ月ほど我慢すれば生えてくる物。

 (さむらい)にとって、(マゲ)とは本当に大切な物なので、それが有情か非常かは、意見は分かれる所だろうが……。

 

 とにかく三重にやられた者達は、みんな“掛川の河童”となり、野に放たれた。

 ご近所さんから見れば「また岩本さん家から、河童が出てきよった」みたいな感じである。

 

 なにゆえ伊良子清玄だけが、一度ならず何度も何度もしつこく河童にされるのかは、掛川のご近所さんたちには知る由もない事。

 それが三重の「よくも藤木を傷つけたわね! 貴様だけは一生許さぬ!」という、しょーもない怨念から来る物だとは、夢にも思わぬであろう。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 噂話をするは、なにも女性ばかりに非ず。

 ここ岩本道場においても、伊良子清玄の名は既に轟いていた。

 

「おお! 対手(あいて)鉢巻(はちまき)のみを!」

 

「これは牛股師範の得意技ぞ! 清玄のやつ、もうそこまでの腕を……!」

 

 清玄が木剣を一閃した途端、対手の額にあった鉢巻が、はらりと床に落ちる。

 その凄まじい剣さばきによって、額は無傷のままで鉢巻だけをスパッと斬って見せたのだ。

 言うまでもなく“一本”。この立ち合いは清玄の完勝だ。

 対手はこの道場でもベテランとなる門弟であったのだが、清玄を前にしては、明らかな手合い違いに見えた。

 

 傍で仕合を見守っていた門下生たちは、そのあまりの腕前に、ただただ感嘆に息を漏らすのみ。

 入門一年にして、この技の冴え。圧倒的な剣才――――伊良子清玄恐るべし。

 

「おお河童どの! お主すごいな!」

 

「河童のくせにやりおるなぁ~。

 よっし次は(おれ)じゃ! 対手をしてくれぃ!」

 

 まぁでも、頭は河童やけどな(・・・・・・・・)

 全然カッコよう無いけどなと、清玄は物凄くフランクに扱われていた。

 せいぜいが「えらい強い河童おるなぁ」くらいの物だ。……残念!

 

 

 

「――――なんだお前オラ! 虎眼流入りてぇのかオラ! どうなんだオラ!」

 

「はいっ! 入りたいです!

 どうかこの涼之介を、こがんりゅうの、もんていに!」

 

 そして今、道場の片隅では……伊良子たちの仕合そっちのけで、なんかハッスルしている三重の姿があった。

 

「お前やれんのかオラ! ひょろひょろじゃねぇかオラ! 頑張れんのかオラ!」

 

「がんばります! せいいっぱい、はげみまする!

 かならずや、藤木どのや三重さまのような、りっぱな剣士になりまする!」

 

「マジかオラ! お前見込みあんなオラ! いいじゃねぇかオラ!」

 

「はい三重さま! おねがいもうしまする♪」

 

 三重は南蛮渡来のグラサンなる物をかけ、道場を見学しに来た“近藤涼之介”なる少年と戯れている。

 まだ彼はバリバリの前髪(元服前)で、恐らく年は10を数えたあたりだろう。しかし藤木や三重に対して憧れがある様子で、今もキラキラしたおめめで入門を直訴している。

 

「じゃあビンタだオラッ!!

 歯ぁ食いしばれ! いくぞ涼之介オラ!」

 

「わかりました三重さま! どうぞ来てくださいませっ!

 私はしかと、たえてみせまする!」

 

 何してんだこの人……。大丈夫か坊主ッ……!

 門下生たちは、皆ハラハラと緊張の面持ちで見守っている。

 というか、虎眼先生に無断で、勝手に弟子を取っちゃ駄目なんだけど……。この場にそう言える者は、誰も居ないのだった。

 

「よっしオラ!(ペチリ)」

 

「あうっ」

 

 可愛い音が鳴った。子供がじゃれ合うような、微笑ましいばかりの音。

 涼之介はちょっとだけよろめくが、すぐに姿勢を正して、まっすぐ三重の方に向き直る。

 

「がぁーーっでぇむ!!

 今日からお前も虎眼流だオラ! しっかり付いてこいオラ!」

 

「ありがたきしあわせですっ! 涼之介はがんばりまする♪」

 

「――――ちとお待ち下され!! なんか(それがし)の時と違う!!??」

 

 思わず清玄がツッコむ。

 対して三重と涼之介は、「?」とばかりのキョトンとした顔だ。

 

「なんだてめぇオラ! サボってんじゃねぇぞオラ! やっちまうぞオラ!」

 

「カッパどの、いかがなされた? なぜそのように、おこっておる?」

 

「いやいやいや!

 (おれ)の時はボゴォーンいうてたで御座ろうッ! 全治3カ月ぞ!

 何故そのようにペチリ? 贔屓にござろうがッ!

 えっ……もしや(それがし)の時だけ? ここにおる皆も?!」

 

「うっせえオラ! 変な髪型しやがって! ごたごた抜かすなオラ!」

 

 

 三重のビンタ(神気解放)により、清玄が壁を突き破って、ゴロゴロと転がっていく。

 ちょうど庭の池にドボーンしたので、「河童が水に帰りよった!」みたいで良い感じだ。

 その光景を門下生たちは白目で見つめ、涼之介くんがキラキラしたおめめで見つめるのであった。

 

 ぼくも強くなるぞ(曇りなき(まなこ)

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 深夜。本日の稽古も終了し、皆がとうに寝静まった頃。

 岩本道場の稽古場に、ひとり鍛錬に打ち込む、源之助の姿があった。

 

「……ッ! ……ッッ!!」

 

 カジキと呼ばれる、大きな大きな木剣。

 常人では持つ事すらままならぬそれを、片腕で掲げ、小半時もかけながら、ゆっくりゆっくり振り下ろしていく。

 これは虎眼流にて“練り”と呼ばれる、独特の鍛錬法だ。

 

「……ッ!! …………ッッ!!」

 

 誰が憶えていようか? ほんの一年ほど前まで、藤木源之助こそが岩本道場の跡取りであると、そう囁かれていたことを。

 伊良子清玄という才気溢れる剣士は、ここに来てからたったの一年で、既に中目録を許されるまでになっているのだ。

 

 あの日、源之助は清玄との立ち合いに破れた。

 そればかりか、この先伊良子清玄は、間違いなく目録においても自分と並ぶ。そして瞬く間に追い越して行くことだろう。

 

 今の己は、明らかな力不足。こんな様で岩本家を継ぐなどと、役者不足も甚だしい。

 なにも伊良子だけの話では無いぞ? ほら今お前が握る、このカジキですらも、三重が易々と振るう3メートル物には、程遠いではないか(・・・・・・・・)

 

 

「――――ッ!!!!」

 

 

 ふいに襲い来る雑念。……それを振り払うかの如く、源之助はただ一心不乱となり、鍛錬に打ち込む。

 (さむらい)として、お家を守ること。そして剣の腕を磨く事こそが、自分に出来る全てであるというように。

 

 いま彼の足元は、その過酷な鍛錬で流された汗により、大きな水溜りが出来ている。

 強く食いしばる事により、歯が砕けてしまわぬようにと咥えられた布の隙間から、苦痛にうめく小さな声が漏れ、夜の稽古場に響いていった。

 

 

 

 

(び……びゅーてぃふる)

 

 そんな彼の姿を、まるで隠密の如き所作で見つめる、ひとりの女ありけり。

 

(筋肉っ……! この引き締まった身体っ……! 肉体美ッ!!

 お美しゅうござりまする藤木さまっ! 見事也ッッ!!)

 

 言うまでも無いが……その女の名を、三重と言う。

 彼女は三百石を持つ家の子女でありながら、決して見つからぬようにと物陰に隠れ、こっそり男の身体を覗き見るという、淑女にあるまじき行為に及んでいた。

 

(Fu~♪ 君かわうぃーねぇ~い!

 ひたすらお家のため、ひいてはわたくしの為に鍛錬に打ち込む、そのお姿ッ!

 三重はキュンキュンいたしまする♪ ――――濡れるッッ!!)カッ!

 

 不器用で、実直で、誠実な人柄。

 それが三重の心と身体を、燃えるように高ぶらせる。ぶっちゃけ抱きしめたい。チュッチュしとう存じまする。

 どこをとは申せませぬが、コリコリコリコリして(つかまつ)りたい。執拗なまでに。

 

(と言いますか……もうふんどし一丁とか、誘っている(・・・・・)としか思えませぬ。

 これは三重と……しっぽり行きたいという?

 シャイな藤木さまにとり、これは精一杯の意思表示? わたくしを誘惑しているのでは?)

 

 汗をかく事が分かっており、そして誰も居ないのだからと、源之助は現在ほとんど裸。

 有り体にいえば、(ふんどし)一丁なのである。

 正直たまらぬ。眼福にございまする源之助さま。あざぁーす!

 

 滝のように鼻血を流し、足元に赤い水溜りを作った三重は、源之助に聴こえない程度に「うむむ」と唸る。

 今夜も乙女の妄想が止まらない。なうろまんてぃっく!

 

(しかしながら、ご辛抱くださいまし藤木さま。……熱海です。

 藤木さまと結ばれるは、新婚旅行の熱海にて(・・・・・・・・・)、と三重は決めておりますれば。

 申し訳ありませぬ藤木さま! 我慢の子にございまする! ……なにとぞ! なにとぞ!)

 

 何あのキュッとしたおしり。やっぱ誘ってるの?

 Oh! ぷりてぃぼーい♪ せーくすぅい~☆

 

 そんなことを存じ奉りつつ、三重は「まぁわたくしが見る分には構いませぬ」とばかりに、引き続き藤木を視姦する作業に戻る。

 ありがたや、ありがたや。これでおかず(・・・)には困りませぬ。

 本日のお惣菜、確保なり! かたじけのう、かたじけのう。

 

 男がひたすら汗を流し、それを女が「なむなむ」と拝む。ただじっと見守る。

 これが最近の岩本家にて、よく見る光景であった。

 

 ――――熱海でめちゃくちゃ犯す(乙女の矜持)

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「して、権左よ――――」

 

 またある日の晩。行燈(あんどん)の鈍い明りが照らす、岩本虎眼の自室。

 

「お主は虎眼流の跡目……藤木源之助と伊良子清玄、いずれと思うかの?」

 

 いま目の前に伏している権左衛門に向かい、虎眼がそう問いかける。

 ちなみにだが、いま虎眼の頬っぺたには、紅葉のように赤い痕が付いていたりする。

 

 これは先ほど、朦朧とした意識のままで「セックスしてぇな~。わしもな~」と思い立ち、自身の囲う(めかげ)である“いく”のもとへと向かった時、付けられた物である。

 

 虎眼はその獣が如き欲望の赴くまま、いそいそと夜這いを敢行。いくの眠る布団をひっぺがし、ゲヘヘとばかりに覆いかぶさろうとした。

 だが実は、うっかり入る部屋を間違えちゃっており……、布団の中にいた人物が『三重にございまする(威圧感)』と言い放った途端、もう小便ちびる位に震えあがった。

 

 普段は意識が朦朧としている虎眼であるが、あれからビックリくらいに意識がはっきりしたので(ビンタもされた事だし)、これもまぁ良い機会と前向きにとらえ、現在は権左衛門を部屋に呼びつけて、道場の今後に関する話し合いをしている所なのである。

 関係ないが、ぶっちゃけ死ぬかと思った。

 

 

「あっ、せーので言う? わしと権左、同時に言うてみるかの?」

 

「かしこまって御座る*1。いざ」

 

「なれば、ゆくぞ権左…………せーのっ!」

 

 

「「藤木 源之助」」

 

 

 

 ……。

 ……………。

 ……………………。

 

 ザシュッ! という斬撃音が、突然この場に響いた。

 

「……えっ。

 なにゆえ拙者、口を裂かれたのでござるか……?」

 

「気にするでない。(キッパリ)

 にしても……やはり藤木か。三重を任せられるのは……」

 

 合ってた! いま合ってたじゃん! 滅茶苦茶じゃん!!

 そう権左衛門は言いたかったが、今はダーダー血が出ているので、口元を押えるので忙しい。

 そも、この程度の理不尽、虎眼流において日常茶飯事なり。気にしても仕方ないのだった。

 

「然り。あの三重さま(・・・・・・)を任せ……いや抑え(つかまつ)ること成しうるは、やはりかの藤木源之助をおいて、他におりますまい」

 

「好いておるからのう。あれも藤木の言うことだけ(・・)は、よぅ聞きよる……。

 加えて、藤木の忍耐力……いや忠義の心か。

 常日頃、あのような目に合わされておれば、普通とっくに逃げ出しておっても、不思議ではなかろうに」

 

「しかしながら……こと剣才においては、伊良子清玄に一歩譲りましょう。

 先生が気に病んでおられますのは、そこに御座いましょうか?」

 

「うむ。やはりの……。跡取りとするなら、少しでも強い種をとな。

 こればかりは、親心とは別物じゃしのう……。お家を栄えさせんとのう……。

 そも、うぬがもそっと若ければ、それで決りじゃったであろう?

 このたわけが……。若返れアホ。ちょんまげ」

 

「――――ちょんまげはよう御座ろうッ!?

 えっ……なんでそこイジるんですか先生!?

 皆ちょんまげに御座候! ちょんまげパラダイス也!!」

 

 ちなみにだが、権左衛門はひと昔前に、とある理由から去勢をしているので、ご子孫を残すのは無理である。

 跡取りとなれぬことは、虎眼にも分かっている。ちょんまげも含めて冗談である。

 

 とにもかくにも夜の静寂の中、二人してうんうん悩む。

 三重のことばかりじゃなく、道場のこともあるし、「藤木もいいけど、伊良子もね」といった具合である。

 

「あい分かった。ではあの船木道場の双子を、藤木伊良子の両名に斬りに行かせい。

 それを見事成し遂げた方に、10ポイントをやろう(・・・・・・・・・・)

 

 考え疲れ、眠たくなり、そろそろおめめがパシパシし始めた頃……もうええわとばかりに虎眼が告げる。

 えっ、それ何のポイントに御座るか? 拙者きいた事ござらんのですが。

 権左衛門はモゴモゴしてしまう。

 

 

「ぶっちゃけ跡取りとかええから、ただ船木家を滅ぼしたい(本音)

 あいつら腹立つし、ちょうどええから斬りに行かせよ。

 後のことは、後で考えようぞ」

 

「ぎょ……御意に御座いまする」

 

 

 この親にして、この子あり――――

 なんで己は、この家に一生懸命仕えとるのじゃろうか?

 

 いつもの事ながら、ちょっとそう思わないでもない権左衛門であった。

 

 

 

 

 

*1
侍言葉で、承知しています の意






 おいでよ! ちょんまげパラダイス!


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。