乙女心もシグルイ   作:hasegawa

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第四景  岩本ボンバイエ

 

 

 

「――――元気にございまするかぁーーッ!!!!

 よう集まったのう、ちょんまげ達よ! 今日も張り切って、お稽古いたしまするぞ!」

 

「「「はい! 三重さま!」」」

 

 爽やかな空気、眩しい朝の光が差し込む、岩本道場の稽古場。

 三重が大勢の門下生の前に立ち、大きな声で挨拶をおこなう。

 

「昨日はぐっすり寝たかえ? 朝餉は食うたかえ? 風邪など引いてはおりませぬか?」

 

「然り!」「いっぱい食べ申した!」「万全なり!」

 

「重畳ッ! 元気があればぁ~、なんでも出来るッ!!」

 

 三重の声に、幼い前髪の子達も元気に返事をする。

 今日も岩本道場は、溢れんばかりの活気に満ちていた。

 

『――――汝らに問うッ! “武士道”とは何ぞやッ!?』

 

「死ね!」「死ね!」「死ね!」「死ね!」「死ね!」

 

 突然〈カッ!〉と目を見開き、三重の声のトーンが変わる。

 

『――――では汝らに問うッ! “虎眼流”とは何ぞやッ!?』

 

「狂え!」「狂え!」「狂え!」「狂え!」「狂え!」

 

 それは子供達たちも同じ。一気に場のボルテージが上がる。

 まるで海兵隊の訓練校のように、一糸乱れぬ声で、三重の声に応えていく。

 ブルブルと道場全体が震えるほどの、凄まじい気合だ。

 

『――――ならば汝らに問うッ! “好きな食べ物”は何ぞやッッ!!??』

 

「だいこん!」「あわ!」「ひえ!」「芋!」「芋!」「きゅうり!」

 

 ここだけは人それぞれで、なんかワチャワチャー! となっている。

 みんな食べ物には拘りがあるようだ。誰しも譲れない物だってある。

 

『――――我らは、虎眼流を愛しておるかッ!? 剣に身を捧げん覚悟ありやッ!?』

 

「然り!」「然り!」「然り!」「然り!」「然り!」

 

『――――ならば是非も無し! いざ征かんッ!

 各々方(おのおのがた)ッ! 床に両手を付きて、腕立ての姿勢となられませぇぇーーいッ!!』

 

「「「応ッ!!」」」

 

 ひぃ! ふぅ! みぃ! よぉ! 愛ッ! 羅舞(ラブ)ッ! 日ノ本ッ!!

 謎の掛け声を発しつつ、一斉に鍛錬をおこなっていく門下生達。

 その様はまさに「岩本! ボンバイエ!」みたいな感じ。今日もみんな元気よく稽古に打ち込んでいる。

 

 このように、三重の指導はかなり独特なのだが……、でも教え子にやる気を出させるのがとても上手。中々に好評なのだった。

 身体が大きくて優しい権左衛門も好かれているが、それと同じくらい子供に人気がある。

 

「……おや? なにやら藤木さまと、河童の清玄の姿が見えませぬが」

 

「三重さまっ!

 お二方は虎眼先生のお言いつけにより、ちと出掛けて行かれるそうな!」

 

 やがて時刻は夕刻を向かえ、本日の稽古も終盤に差し掛かろうとしていた頃。

 キョロキョロと辺りを見渡す三重に、門下生の子が元気よく教えてくれる。

 

「あなや。腐れお父上の?

 わたくしは何も聞いておりませぬが……如何なされたのでしょうか」

 

 自分はこの道場の“師範”であり、藤木と同様に指導側の立場。道場運営に携わる人間なのだ。

 何かあるのなら、伊良子ではなく自分の方に声をかけるのが普通だと思い、三重は訝し気に眉をひそめる。

 

「うっしー、じゃなかった……牛股さまならば、何ぞご存じやもしれませぬ。

 少しばかり外しまするが、皆は稽古を続けていておくれ。

 教えを乞いたき時は、高弟の者に訊ねるのですよ? ちゅぱ衛門とかの」

 

「承知しました三重さまっ! ちゅぱ衛門どのですね!」

 

 関係ないが、三重は門人の者達に、それぞれ変なあだ名を付けて周っているようだ。

 権左衛門は“うっしー”だが、門弟である九郎右衛門のことは“ちゅぱ衛門”。

 ……その理由については、今は割愛する。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 卯の刻――――掛川領、小夜の中山峠。

 冷たい空気と朝霧の中、比乃坂神社の鳥居をくぐり山道を歩む、二名の男達の姿があった。

 

「兄者、そろそろ我らも嫁を貰ろうて、親父殿を安堵させてやっては如何かな?」

 

「うむ、ならば精々、丈夫な嫁子を探さんといかんな。

 なんと言っても、(おれ)とお前、二人の相手をする嫁子だ」

 

 並の者が見上げるほどの巨漢、腰に差した二本の大小。

 その名を船木兵馬、船木数馬。双子の兄弟である。

 

 彼らは前夜、日坂宿にて男娼相手に色におぼれており、その穢れを落とす意味で、帰宅前に比乃坂神社へと参拝しに来ていた。

 彼らの相手をした男娼の身体には、いくつもの傷や打撲が残り、中には骨を折られる者もいるという。だが決してその傍若無人なふるまいを、二人が咎められることは無い。

 船木流免許皆伝の業前を持ち、日坂最強の剣士と目されるこの二人に、意見出来る者など居はしないのだ。

 

 二人は豪快にワハハと声を上げながら、共に峠を進んでいく。

 その巨体、その大きな足で進む自信に満ちた歩みは、正に唯我独尊かに見えた。

 

 

 

「……ムッ!」

 

「ややっ!?」

 

 しかし、突然この場に響くザザッという音、そして茂みの中から飛び出して来た影により、その歩みが止まった。

 

「何奴じゃッ!? 俺達を、船木道場の数馬兵馬と知っての事かッ!!」

 

 この場に現れた影は、ふたつ。

 腰に刀を携え、顔を覆面でおおった二つの影は、瞬く間に船木兄弟の前後を取り囲み、

彼らの退路を塞ぐ。

 

「知れ者がッ! 立ち合いたくば、あらかじめ時と場所を告げておくが、武士の習いぞッ!」

 

 船木兄弟も即座に腰に手を掛け、いつでも抜刀出来る姿勢を取る。

 この状況においても、二人には微塵も怯んだ様子は無い。ただ憤怒に顔を赤く染め、狼藉者へと怒りの声を上げた。

 

「……我ら、武士(もののふ)に非ず」

 

 それを受け、奥に陣取ったひとりが、ぼそりと呟く。

 唯一覆面から覗く、鋭い瞳。冷たく小さな声。

 

「中山峠の、鎌鼬(かまいたち)なり――――」

 

 そして、手前に陣取ったもう一人の覆面が、勢いよく刀を抜いた。

 

 

 

『――――そして同じく、虎仮面(タイガーマスク)なりッ!』

 

 

 ………。

 …………………。

 

 暫しの間、この場の四人の時が止まった。

 

「さぁさぁ! ホモ道場のホモ剣法め! かかって参られませぇいッ!!

 この虎仮面と、かまいたち二人が相手ですっ! ふんすっ!」

 

「……」

 

「……」

 

「「…………」」

 

 突然ガサッとこの場に現れた、なんか虎っぽい仮面を被った人物が、「ちょえーい!」とばかりにカッコいいポーズを決める。

 しかしながら……勇ましい言葉とは裏腹の、愛らしい明らかな“女子の声”が、張り詰めていたこの場の空気を、一気に四散させた。

 

「どうしたホモ? (おく)したホモ?

 この虎の仮面を恐れぬのなら、あの日輪の輝きを越え、我が身に剣を突き立てて見せぇい!

 いざ参らん! 征くぞホモホモ・ツインズ! ルール無用の残虐ファイトを見せt」

 

「いやあの……其方(そなた)は……」

 

 いち早く硬直から立ち直った船木数馬さんが、たらりと汗を流しながら告げる。

 今も元気に“タイガーステップ”と呼ばれる独特の移動法で、周囲をクルクルと回る三重に向かって。

 

「お手前は、岩本道場のお方(・・・・・・・)に御座ろう?

 虎とか申しておるし……、虎眼流じゃろ?」

 

「!!??」

 

 なんか「ガーン!」みたいな顔をする虎仮面。

 覆面を被っているのに、明らかに狼狽している様子が伺える。

 

「慮外ながら*1、御身は三重殿とお見受けいたすが……。

 岩本道場【一虎双龍プラスワン】のお噂は、我ら日坂剣士も、音に聞いておりますゆえ。

 そも、かような儀をなさるお方が、この世に二人と居よう筈も無く……」

 

「ッッ!!??」

 

「……」

 

「……」

 

 そして、なんかとても申し訳なさそうに告げる兵馬さん。

 ガガーンと驚く三重を余所に、なんか鎌鼬の二人の方は「くっ!」って感じで、顔を背けている。

 それにしても、“一虎双龍プラスワン”とは、どういう事だろうか?

 岩本道場には、虎と二匹の龍と、あとなんか居もうす――――みたいな感じだろうか。

 まぁ実際の所で言えば「牛と、ドMと、河童と、阿修羅がいます」が正確であるが。

 

「ぐぬぬっ……! なぜ分かった! 見事なりッ!

 あれですか? 男色家独特の感覚とか、そういうのがあるのでしょうか?

 ホモはエスパーですか? エスパーがホモですか?」

 

 せっかく(こしら)えたのに。マントまで用意したのに。虎のマスクが泣いている。

 だが三重は、素直にその洞察力と、ホモを褒めたたえる。

 わたくしも乙女に御座いますれば。ホモが嫌いな女子(おなご)などおりませぬ。

 

「あのぉ……鎌鼬(かまいたち)のお二方? ちとよろしいか……?」

 

「……」

 

「さすがに我ら船木兄弟と言えど、あの三重殿(・・・・・)のお対手(つかまつ)るは……。

 ちいとばかり、その……荷が重う御座ってな?」

 

「……」

 

 タイガーマスクをほっといて、普通に鎌鼬の方に話しかけ始める船木兄弟。

 

「なんというかその……。穏便に、尋常にと申しますかな?」

 

「出来たら、うぬら二人との勝負としてもらえると、大変ありがたく存ずるのだが……。

 ほら、ちょうど二対二に御座るし? (ひら)にご配慮(たまわ)りたく……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 ――――台無しだよ(白目)

 藤木と伊良子はそう叫びたかったが、とりあえず一生懸命に剣を握る事で、心の均衡を保つ。

 

 戦いの途中、テンションの上がった三重による「ふっじっき! ふっじっき!」という大きな声援に、「名前言うとるがな。バレとるがな」とツッコミを入れる余裕もなく、立ち合いはおこなわれたのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「う゛っ……! ごほッ!!」

 

 あれから暫しの時が流れ、現在は三人で帰路を歩いている最中。

 

「およよ、清玄が……」

 

「……」

 

 突然歩みを止めてしまい、草むらに蹲った伊良子が、胃の中のものを全て吐き出す。

 二人は傍らに立ち、それを心配そうな顔で見つめる。

 

「うっぐ……! お゛っ……!」

 

 暫し待ってみても、伊良子のえづきは止まる事が無い。

 無理もない事だ。恐らく今日経験した出来事が、彼の心に大きな傷を作ったのだろう。

 

「――――伊良子」

 

 静かな歩みで、藤木が彼の傍に行く。

 そして胸元から、竹筒で出来た水筒を取り出し、そっと彼に差し出す。

 

「ゆすげ」

 

 

 色のない表情。いつもの不愛想な声――――

 だが藤木のその瞳は、どこか心から彼を気遣っているようにも見えた。

 

 思わず振り向いた伊良子も、驚いた顔で藤木を見つめている。

 あの因縁めいた出来事と、跡目の座を争う者同士の譲れぬライバル心もあり、普段ほとんど口をきく事の無い二人だ。

 

 どこかポカンとしたまま水筒を受け取る伊良子の顔、そしてじっと彼を見つめる藤木の顔。

 それは印象的な光景で、普段の二人を良く知る三重には、とても美しい姿に見えた。

 しかし……。

 

「――――おっぐぇ!!」

 

 突然、藤木も地面に蹲る(・・・・・・・・)。そして所かまわずゲーゲーやり始めた。

 

「……あぁ、藤木さま……」

 

 その様子に、三重は心配そうな声。労わるような瞳。

 ――――けどぶっちゃけ、これは全部三重のせい(・・・・・)だったりする。

 これは決してもらいゲロではなく、三重の行為によって引き起こされた事態。

 

 あの時、鎌鼬と化した二人と船木兄弟の立ち合いがおこなわれた、その後……。

 なんか思ったよりやる! と船木兄弟の意外な健闘に感心した三重が、彼らに言い放ったひと言が原因である。

 

 

『いいですねぇ船木兄弟さん! やりますねぇ!

 そこの草むらで、うちの伊良子をファックして良いぞ(・・・・・・・・・)

 

 

 これにより、伊良子は彼らにずるずると引きずられ、朝露に濡れる草むらの中へと、連れられて行った。

 藤木は三重と共に、その場でボケ~とただつっ立っていたのだが……、暫くしてここまで響いてきた『ぬふぅ!』×2の声に、思わず口元を押えた。

 

 きっと、純心な彼はショックだったのろう。

 恐らくは、想像するのも受け付けないという程に、生理的にあかんヤツだったのだろう。

 ついでに言えば、さっき伊良子が吐いていた理由でさえも、人斬りなどではなく三重のせいだと思う。

 

 まぁそんなこんながあり、あれから藤木は、揺れては帰す波のように襲い来る吐き気と戦いながら、その心身のダメージによってノロノロとしか歩けぬままで、帰路に着く羽目となったのだ。

 

 

「……藤木」

 

 これは、先ほどの焼き直しのような光景だ。

 いま地面に蹲り、胃液を地面に撒き散らす藤木の傍に、そっと三重が寄り添う。

 

「……」

 

 思わず藤木が振り向く。いま優しい顔でこちらを見ている、乙女の方へ。

 そして三重は、水筒を貰えるのかと期待していた彼の右手……それを何故か「むんず!」と掴み、グイッと自分のおっぱいに押し当てる。

 

 

「揉んどけ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは……いったい何だ?

 藤木は目を白黒させ、必死に状況の把握に務める。

 

 蹲って吐いていたら、まるで天女のような慈しみを称えた三重さまが、こちらに近寄って来くるなり「揉んどけ」と言い、おっぱい触らせてくれたで御座る――――

 

 このような状況、藤木に理解出来よう筈も無い。

 純朴で、常識人の彼には。

 

 とりあえずまぁ、後でじっくり一人で考えてみた時に、「拙者を慰めて下さったのだろう」という事だけは、なんとか理解できた。

 

 

 

*1
侍言葉で、ぶしつけながら の意

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