乙女心もシグルイ   作:hasegawa

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第五景  金ッ! 暴力ッ! SEXッ!

 

 

 

むーざん むーざん

とーらの かーこいもの

 

 

 

 夕暮れ時。掛川の道端に、童歌(わらべうた)響く――――

 三人の幼い少女が、楽し気に縄跳びをしながら、声を合わせて喉を鳴らしている姿。

 

 

 

まーしろな いぬ ころころ

“いく”に か~し も~ろたら

あ~かい はな さいた

 

むーざん むーざん……

 

 

 

 その歌の意味を、彼女たちは知るまい。

 ただただ童歌のひとつとして、教えられたままに、歌っているに過ぎない。

 しかしこれは、岩本虎眼の囲い者である“いく”という女のことを、うたった物だ。

 

 かの女人(にょにん)に関わりし者、(すべ)らく不幸訪れん――――決して近寄るまいぞ。

 そんな人の悪意にまみれた物である事など、この子達は知る由も無い。

 

「……ねぇ、この歌やめにしない? もうあきちゃったよ」

 

「ん、どうしたの静ちゃん?」

 

 なれど……、今ふと少女の内の一人が、友達に声を掛けた。

 

「この“いく”って……、あの女の人のことでしょ? とってもキレイなさ」

 

「よく銭湯で見かける人? うちのおっ父も、きれいだ~ってほめてたよ?

 わたし、ひざを擦りむいちゃった時、お薬ぬってもらった事ある」

 

「それにあの人、最近かわいそうな河童を助けた(・・・・・・・・・・・・)、ってきいたよ?

 じゃあ違うじゃん。とっても良い人じゃん。やさしいもん」

 

「あー、そうかも……。この歌ウソついてるよ。ひどいよね~」

 

 ここ最近の掛川では、三重に泣かされた伊良子清玄が、エグエグしながら「いく殿ぉ~!」と家に駆け込む姿が、よく目撃されていた。

 気が合うのか、岩本家不憫(ふびん)同盟の結成なのか。それは分からないが。

 

「じゃあさ、あの歌やろうよ! 最近おぼえたヤツ!」

 

「三重さまに教えてもらったヤツ? いいよやろう!」

 

「うんっ!」

 

 以前から少し嫌な気分がしていた、“むざんむざん”の唄。

 それを中止した少女たちは、いま無邪気な笑みを浮かべ、心から楽し気にキャッキャと喉を鳴らす。

 

 

 

 

 

 

こっ! こっ! 虎眼の 大爆笑♪

掛川(かけがわ)領では 顔なじみ♪

 

笑うて ちょうだい 今日もまた

どなたも 遠慮は 要りませぬ

 

 

こっ! こっ! 虎眼の 大爆笑♪

三重さま ますます 元気です♪

 

今日の 稽古は 何じゃろな

ちから いっぱい ぶつかるぞ(白目)

 

 

こっ! こっ! 虎眼の 大爆笑♪

門下も 楽しい 人ばかり♪

 

小豆を 茹でて 待ってます

入門 しなけりゃ 損をする(目逸らし)

 

 

こっ! こっ! 虎眼の 大爆笑♪

一虎 双龍 プラスワン♪

 

爺さん いくさん ちゅぱに ショタ(震え声)

揃うた ところで はじめよう

 

揃うた ところで はーじーめーよーお~!

 

 

 

 

 

 ――――何を教えとんねん。子供になに歌わせとんねん。

 近くで洗濯や(あきな)いをしていた大人たちは、そう思ったのだが、黙って口を閉ざすことにした。

 ダメだこりゃ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 寛永元年、師走――――

 もう今年も終わりだのぅと、門弟たちは皆、感慨深い気持ちでいた。

 

 船木兄弟との立ち合いで、そのあまりの動揺の為か、藤木が繰り出した“流れ”が〈スポーン!〉と飛んで行ってしまったり。

 でもとりあえず伊良子が「今のが虎眼流の奥義なのだろう」と察し、ひとり密かにその術理を会得してみたり。

 三重にボロボロにされる度に、「いく殿ぉ~!」と虎眼先生の(めかげ)の家に駆けこんでいた事が、権左衛門にバレてめっちゃ怒られてみたり。

 

 まぁ色々な事があったけれど、今年もしっかり鍛錬に励んだし、みな息災で過ごした。

 門下生の減少には歯止めが掛からず、なんか門弟以外はみんな前髪(幼い子供)達ばかりになってきたけれど……、まぁ中々に良い一年であったというのが、岩本道場の者達の総括であった。

 

 

「――――ッ!」

 

「っ!!」

 

 藤木が真剣を横なぎに振るい、それを床に座したままの伊良子が、パシリと両の掌で受け止める。

 両者が見せる、その見事な技量に、傍で見ていた門弟たちが「ほう」と感嘆の声を漏らす。

 

 今日は大晦日。一年最後の日なり。

 いま虎眼流の稽古納めにおこなわれし、恒例となる“無刀取り”の演舞は、今年は藤木伊良子の両名によって成された。

 演舞を終えた岩本道場の双龍は、自らの師である虎眼、子女である三重の前に(ひざまず)き、黙して(こうべ)を垂れる。

 

「う……う…………ウェカピポ……」

 

 この際、岩本虎眼はいつものように「だぁ~っ!」と涎を垂れ流し、意識が曖昧な状態で、ただ座っているばかりかと思われた。

 しかし虎眼は、いきなり皆の見守る中、ゆらりと立ち上がり、よろよろと歩き出して行った。

 

「……っ! 先生!?」

 

「腐れお父上?」

 

 権左衛門、三重が思わず呼びかけるが、応える様子はない。

 そしてフラフラと身体を左右に揺らしつつも、虎眼は未だ座したままでいる“藤木”の前にて立ち止まり、その襟元を掴む。

 

「ッ!?」

 

「……う、ウェカピポ……!」

 

 皆が訳も分からぬまま目を見開く中、虎の剛力がズルズルと藤木を引きずって行く。

 藤木は先生に抵抗をするワケにも行かず、ただお身体に触らぬようにと、自ら腰を浮かせて付いていくばかり。

 

「 ――――いいぜメェーーン!! 」

 

「ぬわっ……?!」

 

「ふ、藤木さまっ!!」

 

 虎眼が謎の言葉を呟いた途端、藤木の身をポイッと放り投げる。

 それはまるで、三重に投げて寄越したが如く(・・・・・・・・・・・・・)。藤木の身体は丁度、スポッと乙女の腕の中に収まる。

 

「 金ッ! 暴力ッ! SEXッ!

  金ッ! 暴力ッ! SEXッ! 」

 

「先生ッ、如何なされたっ!? ……なぜ今、我ら虎眼流の訓示をっ!」

 

 権左衛門は必死にそう言い募るが、みんな「イヤな訓示やなぁ」みたいな顔をしている。

 涼之介だってこの場にいるのに、そんな言葉聞かせないで欲しい。確かに達筆かもしれないけれど、道場の掛け軸に書かないで欲しい。

 

「 種ぇ! たぁぁーーねぇ~~いッ!! 」

 

 白目を剥き、意識朦朧のままの虎眼が告げる。

 ブルブルと震えてはいるが、その右手の指はしっかりと藤木の顔を指しており、これは彼に向かって放たれた言葉であることが分かる。

 

「 おっしゃあ! ちんこ見せたれ見せたれっ!

  YOU! やっちゃいなよ! 」

 

「何を申されておるのだっ……! 先生ッ……!」 

 

 乙女の腕に抱きかかえられたまま、藤木はオロオロと狼狽する、

 普段は鬼神の如くの胆力を誇る彼も、今の状況を理解する事が出来ず、狼狽えていた。

 しかしその時……三重が静かに口を開く。

 

「僭越ながら、藤木さま――――」

 

 ハッとした顔で、三重の方を振り返ると……。乙女は今、覚悟を決めたような顔(・・・・・・・・・・)で、じっと前だけを見ている。

 

 

「お父上は、この場にて……。

 藤木さまと三重に、“男女の契り”を結べと――――そう仰せのご様子」

 

 

 

 ………。

 …………………。

 ………………………………。

 

 ひと時の静寂が、稽古場を包んだ。

 

(男女の……契り)

 

 いくら初心な源之助にも分かる。

 そも、先ほど虎眼先生は、ハッキリと「金! 暴力! SEX!」と叫んでいたのだから。

 ――――交われと。

 今この場にて、三重といたせ。自分や門弟たちが見ている前で。

 そう虎眼は、藤木に告げているのだ。

 

「お(いたわ)しゅうございまする――――」

 

 ぼそりと、消えそうなほど小さな苦渋の滲む声で、三重が呟く。

 

「武家の娘にとり、その貞操(みさお)は誇りそのもの。

 結ばれるは、新婚旅行の熱海にてと、そう決めておりましたが……」

 

 パチン! と三重が指を鳴らした(・・・・・・)

 その途端、この場の門弟たちが、一斉に腰を浮かせて立ち上がる。

 

「……うッ!!??」

 

「こと、この期に及んでは、致し方なし。

 ほんに無念にございまするが、是非も無きこと……」

 

 いま門弟たちが、ワラワラと藤木を取り囲むように、この場に集まっている。全員白目を剥いて。

 思わず藤木は、この場から駆け出そうとした。だがその足はすぐにピタリと止まる。

 いま大きく両腕を開き、しっかりと出入口の前で“通せんぼ”をしている、伊良子の姿を見て。

 

「の、退け伊良子ッ! ……頼むッ!」

 

(ふるふる)

 

 なにやら「ニッタァ~!」と口元を歪めながら、伊良子がフリフリと首を振る。

 あれか、あの入門儀式(ビンタ)の時の復讐か。

 一緒に闇討ちとかしたのに、水筒あげたのに。あの友情は幻だったようだ。

 

「戻れぃ、藤木」

 

「先生は、お主を婿にお選びなされたのだ」

 

「全ては、虎眼流安泰が為ぞ。分かるな?」

 

 ――――傀儡(くぐつ)ッ! 男はみな傀儡(くぐつ)ッ!!

 普段は仏頂面の藤木も、この時ばかりは愕然とした。

 

 イヤよっ! こんな場所で! 人が見てるじゃないっ!

 大切な初めてが、こんなロマンチックも、へったくれも無いだなんてっ!

 そう源之助は、まるで生娘が如く、ギュッと胸元で手を握りしめる。

 じりじり後ろに下がりながら、「来ないでよ! このひとでなしっ! エッチ!」とばかりに、必死に身を硬くする。

 

「藤木、抵抗は無駄じゃ」

 

「せめてもの情けじゃ。……涼之介には目隠しをさせておくでな」

 

「おとなしくせぃ藤木。さぁ、腰の物を降ろすのじゃ」

 

 

 

 

 

 …………やがて藤木は、その場で取り押さえられ、冷たい床の上に寝かされた。

 まるで小人の国に迷い込んだガリバーの如く、大の字で仰向けにされて、抵抗出来ぬよう手足を押えられていた。虎眼流の門弟総がかりで。

 

『   お諦めなさいませ  藤木さま。

  長きに渡りし  うぬの純潔も   今宵で終焉となる――――  』

 

 今なにやら恐ろし気なオーラをまとう三重が、白目を剥いて、ユラユラとこちらに歩いて来るのが分かる。こわい。

 

『 騎乗位をいたす――――

  口を吸い申す――――

  ペッティング候え――――

  乳首コリコリつかまつる―――― 』

 

 突然三重が、バッと着ていた着物をはだけた。

 そこにあったのは、童貞を殺す服ならぬ【ちょんまげを殺す服】を着込みし、岩本三重のお姿。

 

 ――――あれは何だ? 本当に三重さまなのか!?

 まるで幽鬼の如き姿、凄まじい情念と冷気を感じさせるその声色に、源之助は震えあがる。歯がガタガタと音を立てる。

 

 

『   夜の虎眼流(・・・・・)  お見せ仕りまする――――

  四十八手……  裏も合わせれば  九十六手の秘儀。 どこまで耐えられまするか?

    三重はこの日の為に  生まれて参りました。   そう存じまする  』

 

 

 ――――死のう。舌を噛んで死のう。

 源之助はゆっくりと、その目を閉じる。

 

(三重さま、心よりお慕い申す。

 ゆえに、この源之助……かような形では……)

 

 しかし、いま伊良子が「えいやっ!」とばかりに、源之助の口にグイっと布を詰めた。

 ――――お主は鬼か。腹も切らせてくれぬというのか。なんでじゃ同胞(はらから)よ。

 源之助の目から、綺麗な涙の雫が、ポロリとこぼれた。

 

「「「金ッ! 暴力ッ! SEXッ!

   金ッ! 暴力ッ! SEXッ!」」」

 

 門弟たちが手足を押さえつつ、声を合わせて合唱する。もうヤダこの道場。

 源之助の脳内に、なぜか「むーざん、むーざん」の童歌が響いていく。

 

 そして三重が「ウケケケケ!」とか言いながら、源之助の上に覆いかぶさり、彼がもう全てを諦めたレイプ目にて、そっと瞳を開く。

 けれど、その時……。

 

 

「あーっ、楽しゅう御座いましたっ♪

 では皆、戯れは(・・・)この辺りにいたしましょう♪」

 

 

 

 ……。

 ……………。

 

 目を見開く源之助。

 そしていつものように、花のような美しい笑みを浮かべる、三重さま。

 

「ほら、お父上も正気にお戻りあそばされませ!

 いつまでボケているのですか(バチーン!)」

 

 三重のビンタにより、虎眼が「ゴリアテッ!?」と、変な声を出して吹っ飛ぶ。

 その後すぐに、「あービックリしたー」みたいな顔で、普通にムクりと起き上がったけど。

 

「門弟の皆、もう良いのですよ?

 呆けておるお父上の言葉……そんなのを聞いておったら、とても身が持ちませぬゆえ」

 

 虎眼は未だ「えっ、わしの孫どこ?!」とキョロキョロしているが、門弟たちは三重の言葉に従い、源之助から手を放して立ち上がっていく。ちょっとおっかなビックリではあるが。

 

 

「ほらっ! もう今日はおしまいに御座いまするっ!

 では皆、屋敷の居間の方へと行っておくれ。

 いま皆のため、茂助がお蕎麦を茹でておりますゆえ♪」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ゾロゾロと道場を後にしていく、虎眼流の門弟たち。

 その背中を見つめながら、この場に立ち尽くす源之助の傍に、三重がそっと寄り添った。

 

「いや~! 申し訳ございませぬ、藤木さま♪

 場の空気もあり、少しばかり興が乗ってしまいましたゆえ。どうかお許しのほどを」

 

 未だ少し呆けたまま、源之助が三重の方を向く。

 その愛らしい笑顔、「へてっ♪」とばかりの愛嬌のある姿に、凍っていた心にあたたかな日が差していく。

 

「それにしても……失礼ながら可愛ぅございました、藤木さま♪

 ぶっちゃけた話、このまま致してしまおうかとも、存じたのですが……。

 あのイジメてちゃん的な、ウサギの如くプルプル震えるお姿に、三重は鼻血つかまつる所にございましたが……それも風情なき事」

 

 キュッと、三重が源之助の手を握る。まるでやさしく温めるように。

 まっすぐ目を見つめ、まごころを伝えるように。

 

 

「今はまだ、こうして隣におって下されば、三重は良ぅございまする♪

 熱海を目指し、共に(のど)まりてゆきましょう、藤木さま――――」*1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして藤木は、三重と手を繋ぎ、岩本の屋敷へと向かっていく――――

 

 最後に三重がボソリと呟いた「まぁ今日は、女の子の日にございまするし……」は、正直いらなかった。

 

 

 

*1
侍言葉で、のんびり行きましょう の意






 作中に登場せし“虎眼流の唄”、昭和の軍歌“隣組”なる曲、元に制作いたし候。
(かの高名なドリフOP曲もしかり、これ自体、元は隣組の替え歌也)

 すなわち、軍歌なる【著作権なき曲】の替え歌、という儀に相成り申す。
 加えて“むざん”なる童歌、同じく著作権無き代物也。

 然為(さす)れば本来、楽曲使用の折り、必ず表記せし“楽曲使用コード”なる物、敢えて表記いたし申さぬ次第に御座候。
 何ぞ問題起きし時、我かしこみ対処(つかまつ)るも、此度において不要と心得たり。

 何卒ご注意(たまわ)りたく、ここに願い申し候――――

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