とーらの かーこいもの
夕暮れ時。掛川の道端に、
三人の幼い少女が、楽し気に縄跳びをしながら、声を合わせて喉を鳴らしている姿。
“いく”に か~し も~ろたら
あ~かい はな さいた
その歌の意味を、彼女たちは知るまい。
ただただ童歌のひとつとして、教えられたままに、歌っているに過ぎない。
しかしこれは、岩本虎眼の囲い者である“いく”という女のことを、うたった物だ。
かの
そんな人の悪意にまみれた物である事など、この子達は知る由も無い。
「……ねぇ、この歌やめにしない? もうあきちゃったよ」
「ん、どうしたの静ちゃん?」
なれど……、今ふと少女の内の一人が、友達に声を掛けた。
「この“いく”って……、あの女の人のことでしょ? とってもキレイなさ」
「よく銭湯で見かける人? うちのおっ父も、きれいだ~ってほめてたよ?
わたし、ひざを擦りむいちゃった時、お薬ぬってもらった事ある」
「それにあの人、最近
じゃあ違うじゃん。とっても良い人じゃん。やさしいもん」
「あー、そうかも……。この歌ウソついてるよ。ひどいよね~」
ここ最近の掛川では、三重に泣かされた伊良子清玄が、エグエグしながら「いく殿ぉ~!」と家に駆け込む姿が、よく目撃されていた。
気が合うのか、岩本家
「じゃあさ、あの歌やろうよ! 最近おぼえたヤツ!」
「三重さまに教えてもらったヤツ? いいよやろう!」
「うんっ!」
以前から少し嫌な気分がしていた、“むざんむざん”の唄。
それを中止した少女たちは、いま無邪気な笑みを浮かべ、心から楽し気にキャッキャと喉を鳴らす。
どなたも 遠慮は 要りませぬ
三重さま ますます 元気です♪
ちから いっぱい ぶつかるぞ(白目)
門下も 楽しい 人ばかり♪
入門 しなけりゃ 損をする(目逸らし)
一虎 双龍 プラスワン♪
揃うた ところで はじめよう
――――何を教えとんねん。子供になに歌わせとんねん。
近くで洗濯や
ダメだこりゃ。
◆ ◆ ◆
寛永元年、師走――――
もう今年も終わりだのぅと、門弟たちは皆、感慨深い気持ちでいた。
船木兄弟との立ち合いで、そのあまりの動揺の為か、藤木が繰り出した“流れ”が〈スポーン!〉と飛んで行ってしまったり。
でもとりあえず伊良子が「今のが虎眼流の奥義なのだろう」と察し、ひとり密かにその術理を会得してみたり。
三重にボロボロにされる度に、「いく殿ぉ~!」と虎眼先生の
まぁ色々な事があったけれど、今年もしっかり鍛錬に励んだし、みな息災で過ごした。
門下生の減少には歯止めが掛からず、なんか門弟以外はみんな前髪(幼い子供)達ばかりになってきたけれど……、まぁ中々に良い一年であったというのが、岩本道場の者達の総括であった。
「――――ッ!」
「っ!!」
藤木が真剣を横なぎに振るい、それを床に座したままの伊良子が、パシリと両の掌で受け止める。
両者が見せる、その見事な技量に、傍で見ていた門弟たちが「ほう」と感嘆の声を漏らす。
今日は大晦日。一年最後の日なり。
いま虎眼流の稽古納めにおこなわれし、恒例となる“無刀取り”の演舞は、今年は藤木伊良子の両名によって成された。
演舞を終えた岩本道場の双龍は、自らの師である虎眼、子女である三重の前に
「う……う…………ウェカピポ……」
この際、岩本虎眼はいつものように「だぁ~っ!」と涎を垂れ流し、意識が曖昧な状態で、ただ座っているばかりかと思われた。
しかし虎眼は、いきなり皆の見守る中、ゆらりと立ち上がり、よろよろと歩き出して行った。
「……っ! 先生!?」
「腐れお父上?」
権左衛門、三重が思わず呼びかけるが、応える様子はない。
そしてフラフラと身体を左右に揺らしつつも、虎眼は未だ座したままでいる“藤木”の前にて立ち止まり、その襟元を掴む。
「ッ!?」
「……う、ウェカピポ……!」
皆が訳も分からぬまま目を見開く中、虎の剛力がズルズルと藤木を引きずって行く。
藤木は先生に抵抗をするワケにも行かず、ただお身体に触らぬようにと、自ら腰を浮かせて付いていくばかり。
「 ――――いいぜメェーーン!! 」
「ぬわっ……?!」
「ふ、藤木さまっ!!」
虎眼が謎の言葉を呟いた途端、藤木の身をポイッと放り投げる。
それはまるで、
「 金ッ! 暴力ッ! SEXッ!
金ッ! 暴力ッ! SEXッ! 」
「先生ッ、如何なされたっ!? ……なぜ今、我ら虎眼流の訓示をっ!」
権左衛門は必死にそう言い募るが、みんな「イヤな訓示やなぁ」みたいな顔をしている。
涼之介だってこの場にいるのに、そんな言葉聞かせないで欲しい。確かに達筆かもしれないけれど、道場の掛け軸に書かないで欲しい。
「 種ぇ! たぁぁーーねぇ~~いッ!! 」
白目を剥き、意識朦朧のままの虎眼が告げる。
ブルブルと震えてはいるが、その右手の指はしっかりと藤木の顔を指しており、これは彼に向かって放たれた言葉であることが分かる。
「 おっしゃあ! ちんこ見せたれ見せたれっ!
YOU! やっちゃいなよ! 」
「何を申されておるのだっ……! 先生ッ……!」
乙女の腕に抱きかかえられたまま、藤木はオロオロと狼狽する、
普段は鬼神の如くの胆力を誇る彼も、今の状況を理解する事が出来ず、狼狽えていた。
しかしその時……三重が静かに口を開く。
「僭越ながら、藤木さま――――」
ハッとした顔で、三重の方を振り返ると……。乙女は今、
「お父上は、この場にて……。
藤木さまと三重に、“男女の契り”を結べと――――そう仰せのご様子」
………。
…………………。
………………………………。
ひと時の静寂が、稽古場を包んだ。
(男女の……契り)
いくら初心な源之助にも分かる。
そも、先ほど虎眼先生は、ハッキリと「金! 暴力! SEX!」と叫んでいたのだから。
――――交われと。
今この場にて、三重といたせ。自分や門弟たちが見ている前で。
そう虎眼は、藤木に告げているのだ。
「お
ぼそりと、消えそうなほど小さな苦渋の滲む声で、三重が呟く。
「武家の娘にとり、その
結ばれるは、新婚旅行の熱海にてと、そう決めておりましたが……」
パチン! と三重が
その途端、この場の門弟たちが、一斉に腰を浮かせて立ち上がる。
「……うッ!!??」
「こと、この期に及んでは、致し方なし。
ほんに無念にございまするが、是非も無きこと……」
いま門弟たちが、ワラワラと藤木を取り囲むように、この場に集まっている。全員白目を剥いて。
思わず藤木は、この場から駆け出そうとした。だがその足はすぐにピタリと止まる。
いま大きく両腕を開き、しっかりと出入口の前で“通せんぼ”をしている、伊良子の姿を見て。
「の、退け伊良子ッ! ……頼むッ!」
(ふるふる)
なにやら「ニッタァ~!」と口元を歪めながら、伊良子がフリフリと首を振る。
あれか、あの
一緒に闇討ちとかしたのに、水筒あげたのに。あの友情は幻だったようだ。
「戻れぃ、藤木」
「先生は、お主を婿にお選びなされたのだ」
「全ては、虎眼流安泰が為ぞ。分かるな?」
――――
普段は仏頂面の藤木も、この時ばかりは愕然とした。
イヤよっ! こんな場所で! 人が見てるじゃないっ!
大切な初めてが、こんなロマンチックも、へったくれも無いだなんてっ!
そう源之助は、まるで生娘が如く、ギュッと胸元で手を握りしめる。
じりじり後ろに下がりながら、「来ないでよ! このひとでなしっ! エッチ!」とばかりに、必死に身を硬くする。
「藤木、抵抗は無駄じゃ」
「せめてもの情けじゃ。……涼之介には目隠しをさせておくでな」
「おとなしくせぃ藤木。さぁ、腰の物を降ろすのじゃ」
…………やがて藤木は、その場で取り押さえられ、冷たい床の上に寝かされた。
まるで小人の国に迷い込んだガリバーの如く、大の字で仰向けにされて、抵抗出来ぬよう手足を押えられていた。虎眼流の門弟総がかりで。
『 お諦めなさいませ 藤木さま。
長きに渡りし うぬの純潔も 今宵で終焉となる―――― 』
今なにやら恐ろし気なオーラをまとう三重が、白目を剥いて、ユラユラとこちらに歩いて来るのが分かる。こわい。
『 騎乗位をいたす――――
口を吸い申す――――
ペッティング候え――――
乳首コリコリつかまつる―――― 』
突然三重が、バッと着ていた着物をはだけた。
そこにあったのは、童貞を殺す服ならぬ【ちょんまげを殺す服】を着込みし、岩本三重のお姿。
――――あれは何だ? 本当に三重さまなのか!?
まるで幽鬼の如き姿、凄まじい情念と冷気を感じさせるその声色に、源之助は震えあがる。歯がガタガタと音を立てる。
『
四十八手…… 裏も合わせれば 九十六手の秘儀。 どこまで耐えられまするか?
三重はこの日の為に 生まれて参りました。 そう存じまする 』
――――死のう。舌を噛んで死のう。
源之助はゆっくりと、その目を閉じる。
(三重さま、心よりお慕い申す。
ゆえに、この源之助……かような形では……)
しかし、いま伊良子が「えいやっ!」とばかりに、源之助の口にグイっと布を詰めた。
――――お主は鬼か。腹も切らせてくれぬというのか。なんでじゃ
源之助の目から、綺麗な涙の雫が、ポロリとこぼれた。
「「「金ッ! 暴力ッ! SEXッ!
金ッ! 暴力ッ! SEXッ!」」」
門弟たちが手足を押さえつつ、声を合わせて合唱する。もうヤダこの道場。
源之助の脳内に、なぜか「むーざん、むーざん」の童歌が響いていく。
そして三重が「ウケケケケ!」とか言いながら、源之助の上に覆いかぶさり、彼がもう全てを諦めたレイプ目にて、そっと瞳を開く。
けれど、その時……。
「あーっ、楽しゅう御座いましたっ♪
では皆、
……。
……………。
目を見開く源之助。
そしていつものように、花のような美しい笑みを浮かべる、三重さま。
「ほら、お父上も正気にお戻りあそばされませ!
いつまでボケているのですか(バチーン!)」
三重のビンタにより、虎眼が「ゴリアテッ!?」と、変な声を出して吹っ飛ぶ。
その後すぐに、「あービックリしたー」みたいな顔で、普通にムクりと起き上がったけど。
「門弟の皆、もう良いのですよ?
呆けておるお父上の言葉……そんなのを聞いておったら、とても身が持ちませぬゆえ」
虎眼は未だ「えっ、わしの孫どこ?!」とキョロキョロしているが、門弟たちは三重の言葉に従い、源之助から手を放して立ち上がっていく。ちょっとおっかなビックリではあるが。
「ほらっ! もう今日はおしまいに御座いまするっ!
では皆、屋敷の居間の方へと行っておくれ。
いま皆のため、茂助がお蕎麦を茹でておりますゆえ♪」
◆ ◆ ◆
ゾロゾロと道場を後にしていく、虎眼流の門弟たち。
その背中を見つめながら、この場に立ち尽くす源之助の傍に、三重がそっと寄り添った。
「いや~! 申し訳ございませぬ、藤木さま♪
場の空気もあり、少しばかり興が乗ってしまいましたゆえ。どうかお許しのほどを」
未だ少し呆けたまま、源之助が三重の方を向く。
その愛らしい笑顔、「へてっ♪」とばかりの愛嬌のある姿に、凍っていた心にあたたかな日が差していく。
「それにしても……失礼ながら可愛ぅございました、藤木さま♪
ぶっちゃけた話、このまま致してしまおうかとも、存じたのですが……。
あのイジメてちゃん的な、ウサギの如くプルプル震えるお姿に、三重は鼻血つかまつる所にございましたが……それも風情なき事」
キュッと、三重が源之助の手を握る。まるでやさしく温めるように。
まっすぐ目を見つめ、まごころを伝えるように。
「今はまだ、こうして隣におって下されば、三重は良ぅございまする♪
熱海を目指し、共に
そうして藤木は、三重と手を繋ぎ、岩本の屋敷へと向かっていく――――
最後に三重がボソリと呟いた「まぁ今日は、女の子の日にございまするし……」は、正直いらなかった。
作中に登場せし“虎眼流の唄”、昭和の軍歌“隣組”なる曲、元に制作いたし候。
(かの高名なドリフOP曲もしかり、これ自体、元は隣組の替え歌也)
すなわち、軍歌なる【著作権なき曲】の替え歌、という儀に相成り申す。
加えて“むざん”なる童歌、同じく著作権無き代物也。
何ぞ問題起きし時、我かしこみ対処
何卒ご注意