乙女心もシグルイ   作:hasegawa

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第七景  衆道死すべし

 

 

 

『解せぬ……。何故お前は、藤木との祝言を拒むのだ』

 

 これなるは、つい先ほど三重が、父である岩本虎眼に言われし言葉。

 親子二人、屋敷の一室にて語らい合いし折の一幕なり。

 

『お前は藤木を好いておろうに。それは藤木も然りよ。

 いったい今祝言を挙げる事に、如何なる問題があると申すか……』

 

 蝉の声だけが遠くから響く静かな部屋で、話をした。

 久方ぶりに正気となっていた父親は、どこか困ったような表情をしつつ、真剣に三重へと語り掛けていた。そこには確かな親心と、三重を気遣う気持ちがあったように思う。

 

「……」

 

 現在、三重は自室へと籠り、ひとり折り紙を作っている。

 それは男女が対となった、花嫁と花婿を象った物であった。

 

 頭の片隅では、先ほどの父との会話が、繰り返し思い出される。

 しかし、いま手の中にある愛らしい折り紙を見つめていると、知らず知らずのうちに三重の口元は、柔らかな笑みの形となっていた。

 

「……申し訳ありませぬ、お父上」

 

 先ほどの話し合いでは、どこかハッキリしない返答で、お茶を濁してしまった。

 虎眼を納得させるだけの理由を告げぬまま、話し合いを打ち切ってしまった。

 

 早く孫の顔が見たい、道場の跡継ぎを得て安堵したい。そんな父の気持ちは痛いほど分かる。

 しかし……今はまだ、それに応えて差し上げる事は出来ないと感じていた。

 

「もう少しばかり、お時間を頂きたく……。

 三重は未だ、何も成し遂げてはおりませぬゆえ」

 

 

 

 思えば、いつも自分は無茶ばかりして来たように思う。

 道場で、屋敷で、藤木の隣で……いつも迷惑を顧みずに大暴れをし、ワガママ放題して来たものだ。

 きっと、それに付き合わされている藤木などは、もうたまった物では無いことだろう。いつも苦労をかけてしまっているという、そんな自覚もあったりする。

 

 

「なれど――――決めたのです。わたくしを好きになって頂くと。

 必ずや、藤木さまのお心を動かしてみせると」

 

 

 破天荒な行動や、理不尽な言動。その手を取ってそこら中を連れまわす。引っ張って行く。

 これは三重にとっての愛情表現であり、また“自らの感情をぶつける”という、そんな試みでもあった。

 

 寡黙で、不器用で、感情を上手く表に出せない。

 どんな事も、全てその忠義や忍耐で、自分の中に押し殺してしまう人。

 そんな“藤木源之助”という男の子に、わたくしの溢れんばかりの感情をぶつける。

 取り繕うことのない素直な気持ちを、身体で表現してみせる。

 時には困らせてしまう位に、おもいっきり振り回してやる。

 

 そうする事により、なんとか彼の心を動かせないかと(・・・・・・・・・・・)、三重は考えていた。

 感情を表に出すやり方。それを藤木に教えてやれない物かと、願っていたのだ。

 

 照れてる顔が見たい。喜んでる顔が見たい。そしてわたくしに怒ってみて欲しい。

 もし彼が、たとえばお家を守るとか、(さむらい)の生き方だとか、そんなのじゃなく、ただ心からわたくしの事を「好きだ」と言ってくれたなら……。

 

 それは、なんて素敵な事だろう。

 どれほど得難くて、尊いことなんだろうと、三重は思うのだ。

 

 彼は要塞(・・)だ。

 決して落とすこと(あた)わぬ*1何人(なんぴと)たりとも入ることの出来ない、難攻不落の城だ。

 自分はそれを攻略しなくてはならない。城門をこじ開けて、無理やり中に押し入らなければならない。

 

 そうやって、彼という城を、落城せしめる。

 笑わせ、怒らせ、楽しませる。それをして見せなければ、岩本家の子女の名折れというもの。

 

 戦え。戦って勝ち取れ。それが虎たる己の生き様なり。

 親に与えられるのではなく、己が手で掴み取ってみせよ。

 

 あの男は、ほっといても私を守る!

 たとえ止めろと言っても尽くす! 身を粉にして! ……だが欲しいのはそんな事では無い。

 

 あの朴念仁の心の扉を、粉砕せしめよ――――

 それをやってのけてこそ、初めて藤木源之助の伴侶たる資格を得られる。

 その時こそ、自分達が結ばれる時だ。おもいっきり彼の胸に飛び込んで行ける。

 私は彼に必要な女だ。そう胸を張って言えるのだ。

 

「“好き”という大義名分を持ちて、ずいぶん我が儘放題をして来たものです。

 まごう事無き、迷惑な女。……それでも」

 

 これが、私という女の誓い。

 岩本三重の“矜持”だ。

 

 

 

「……?」

 

 ふと、強い風がガタガタと襖を揺らす音を聞き、意識をこの場に戻す。

 先ほどからこの部屋には、眩く感じるほどの初夏の光が、絶え間なく差し込んでいたのだが……、今ふいに太陽が雲間に隠れ、三重の視界が少し暗くなる。

 

 いま手元にある、対になった愛らしい夫婦の折り紙。

 それが日の光から遮られ、暗い影を落としている。

 

 

「嵐が――――来ますね」

 

 

 

 季節は変わり、時は流れていく。

 穏やかな日々、幸せだった少女時代は終わりを告げ、身体も心も、大人へと変わっていく。

 

 あの昆嶽(こんたけ)神社での、伊良子清玄への仕置き追放から、早三年の時が経過していた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 寛永五年、遠州掛川(えんしゅうかけがわ)

 現在ここ掛川宿には、徳川への士官を求める多くの牢人者が、各地より集っていた。 

 

 中でも、季節が夏を迎えた頃にやって来たこの六人連れは、通りすがりの町人たちが眉を顰めて道を空ける程、いかつい雰囲気を漂わせる不逞(ふてい)の輩であった。

 

「聞く所によると、駿河大納言様はな?

 まるで信長公のような、猛々しいご気性であられるそうな」

 

「なんでも技量(うで)さえあれば、わしらみてぇな無頼の者でも関係なく、召し抱えて下さるそうだぜ」

 

 調理場にいる主人が、不安気な顔で客席の方を覗き込む。

 果たして、金はちゃんと払って貰えるのか。何か因縁を付けられたり、問題を起こされやしないかと、草食動物の如く怯えている。

 

 いま六人の牢人者は、道すがら立ち寄ったこの飯屋で、我が物顔でふんぞり返って酒を飲んでいる。不敵な笑みを浮かべて。

 

「しかし、今この町は、士官にありつきてぇ牢人者で溢れ返っていやがる。

 これだけの数を、どうやって召し抱えるというのだ」

 

「そうさな。……やはり何か、証を立てにゃなるまいて」

 

「わしらの腕は、そこいらの奴らとは違うと?」

 

「吉岡を倒して名を上げた、武蔵のようにか。

 うむ。それが手っ取り早かろう」

 

 剣呑な雰囲気と、自らに火の粉が降りかかるのを恐れ、周りの客達は残らず席を立った。

 今この場にいるのは、それぞれが腰に大小の刀を携えた、この六人のみ。

 

「して、獲物はどうする?」

 

「それなりの者でなくては、証は立てられぬ。誰ぞ心当たりは?」

 

「おうおう! それなら俺知ってるぜ!」

 

 六人連れの中で、絶えずニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべていた男が、威勢よく声を上げる。

 

 

「――――ここ掛川じゃ、なんでも“虎眼流”ってのが有名らしいぜ!!」

 

 

 …………。

 ……………………。

 

 その途端、場の空気がピキリと凍り、静寂が辺りを包んだ。

 

「…………えっと、あのな?」

 

「……お主」

 

「えっ」

 

 暫くして、ようやく硬直から立ち直った仲間達が、その男に向き直る。

 酒を置き、額に冷や汗を浮かべつつ、なんとか声を絞り出す。

 

「いや、無理じゃろ(・・・・・)? 虎眼流とか……」

 

「お主、剣客をやっておるのじゃから……。

 いくら学が無いとはいえ、そのぐらいの事はさ……?」

 

「何を申しておるんじゃホンマ。考えてから物を申せ……」

 

「えっ。えっ」

 

 あきれ顔。もう絵に描いたような「はぁ……」という声。

 この場の誰もがじとぉ~っという目で、男の方を見ている。

 

「無いわ~虎眼流……。虎眼流だけは無いわ~」

 

「わしはな? 故郷(くに)に妻子を残して来とるんじゃ。どうすんのじゃそれ……」

 

「あまり滅多なことを申すな。掛川じゃぞここは……。分かっとんのか?」

 

「えっ。あれっ!?」

 

 満面の笑みで発言してみたものの、仲間達は一様に、白けた顔。

 戸惑いながらキョロキョロと見渡してみるも、同意や助け船が来る雰囲気は、微塵も無かった。

 有り体に言って、「アホかこいつ」みたいな目で見られている。

 

「お主マジ存じぬの? 一虎双龍プラスワン」

 

「別に、虎と双龍の方はええのじゃ。

 そらぁ強いんじゃろうけどな? 立派な御仁なんじゃろうけどな?」

 

「だが問題は……その“プラスワン”の方よ。

 つか、ほんまに知らぬのかお主。どうやって生きて来たんじゃ今まで。イカレか」

 

「――――こんな言われる事ある?! ボロクソに御座るがな!?」

 

「あのぉ~? お主らは……」

 

 一同が変な空気で話し合う中、そこにふらりとやって来たるは、涼之介くん(15)。

 お小遣いも入ったことだし、今日はひとりでごはん食べよっかな~♪ みたいな軽い気持ちで店に入ってみれば、なにやらそこには虎眼流の噂話をする、変な男達が居たのだ。

 思わず声を掛けてしまう。

 

「私は、虎眼流の末席の者に御座いまするが……お手前方、如何なされたのです?」

 

「ややっ! それは誠に御座るか!? マジ虎眼流!?」

 

「なんと! まだ前髪なのに! こんなめんこいのに!」

 

「すっげぇぇええーッ!!」

 

 ちょっとこっち来て座って? お話きかせて?

 涼之介はグイグイ引っ張られ、ポスンと椅子に座らされる。

 

「涼之介どの! 是非とも三重殿のお話をば、お聞かせ願いたく!」

 

「酒は飲まれまするか? お腹減ってない? なにか頼もっか?

 案ずるでないぞ? 拙者たち大人だし」

 

「あ~! よく見れば凛々しゅう御座るもんね涼之介どの! 眉とかキリッとしてるし!

 流石は虎眼流に御座るなッ!」

 

「あ、あの……」

 

 キラキラした瞳で周りを取り囲まれ、アイドルの如き扱いを受ける。

 涼之介はアワアワしちゃってるが、男達のボルテージはとどまる事を知らぬ。

 

「三重どのは幼少の時分、お転婆がすぎて牛裂きの刑に処されし時、逆に牛の方を引き裂いて(・・・・・・・・・・・)、見事お咎め無しを勝ち取ったのだとか!」

 

「先の、掛川を襲いし未曽有の大地震!

 それを拳いっぱつで『ぬりゃ~!』と止めたのが、三重様なのだとか!」

 

「もし三重どのが、もそっと早くお生まれになり、関ケ原にて西軍に着いて居たならば、今ごろ天下は豊臣の物であったとか!」

 

 人の噂って怖いなぁ。話に尾びれが付き過ぎて、千手観音みたくなってる……。涼之介は思った。

 けれど西軍に岩本三重がいるのなら、それだけで(いくさ)勝てちゃうんじゃないかと思えるのが不思議だ。なんか圧勝しそうで怖い。

 

「三重殿のご生誕前を機に、剣術はガラリと変わり申した! その進化まこと著しく!

 特に、三重どのに直接指南を受けし子供らは“恐るべき前髪達”と呼ばれ、全国各地の道場にて、猛威を振るっておると音に聞き申す*2!」

 

「三重殿との立ち合いの折、かの宮本武蔵が二天一流を捨て去り、三本目の刀を口に咥えるというワケの分からん迷走をしたというは誠なりや?」

 

「なんでも三重殿は、かの徳川幕府と個人として(・・・・・)友好条約をお結びなされたとか!

 いつ何時、如何なる状況下でも、単身にて江戸城を落城せしめること可能ッッ!!

 お一人で島津の軍事力に匹敵するという三重殿のお力を、幕府は恐れておるのだ!」

 

「三重殿は“強化外骨格”なる、奇妙奇天烈な鎧をお召しだそうじゃが、それは如何なる物ぞ?」

 

「えっと……けっこう三重さまは、普通の女の子ですよ?

 そりゃあお強いし、たまに変な鎧も着ますけれど(・・・・・・・・・・)

 

 最近の岩本家では、変な鎧を着込んだ三重さまが、「覚 悟 完 了」とか言ってシュパッと外へ飛び出していく姿が、よく目撃されている。

 

 ちなみにこの他にも、露西亜や欧米といった列強諸国が、アジアで唯一日ノ本に対してだけ侵略行為に出られずにいるのは、この国が保有する何万という数の鉄砲と、岩本三重がいるから。

 もし戦国の世なら、三重は100万石どころか、間違いなく天下を握っていた――――とかなんとか。

 

 この後、とりあえず涼之介は男達を連れ帰り、虎眼流体験ツアーにご招待。(ごはんご馳走になったし)

 岩本道場の看板にある、三重が幼少の頃に落書きした“しまじろう”の絵に、みんな「虎だけに!?」とMAXテンションだった。

 

 関係ないが、いつもこの絵を見る度に「おまえ長男やのに、なんで次郎(じろう)やねん」とツッコミたくなる涼之介であった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『――――頼もぉーう!! 出て来んかぁ虎眼流ぅーーッ!!』

 

 今日も元気に「愛! 羅舞! 日ノ本!」と三重式ブート・キャンプ(稽古)に打ち込んでいた、岩本道場の面々。

 それが、突然この場まで響いて来た大声に中断されたのは、お日様がちょうど真上に来た頃であった。

 

「よくも兄上たちをッ! 許さぬぞぉ虎眼流めぇーッ!」

 

「ゲロゲェーロ! ゲロゲェーロ!」

 

 門下生たちが「ぽけー」っと目を点にする中、突然この場にドタドタァー! と音を立てて、大きな影が飛び込んでくる。

 よく見ると、恐らく止めようと頑張っていたのであろう2.3人の門下生達が、バッコーンと跳ね飛ばされて行ったのも見える。

 

「我が名は舟木千加(ちか)! 岩本三重はどこにおるか!? 出て来やれっ!」

 

「ゲコゲコ! そうだそうだ! あの女を出せぃ!」

 

 そこにあるのは、がま剣法でお馴染み“屈木頑之助”の背に跨ってこの場に推参した、千加の姿。

 今も「ぷんぷん!」という擬音が聴こえて来そうな程、愛らしく頬を膨らませいる。

 ちなみに頑之助は、なんか満更でもなさそうな顔をしている。それで良いのかガマ剣法。

 

「お、お主は船木道場の……?

 いつぞやの折は大変世話になり申したが、如何なるご用のおもむきで?」

 

「とぼけまいぞ牛野郎っ! 変な口しおってからに!

 あれを致したるは、虎眼流の者じゃろが!

 さぁ、いますぐ下手人を出せ! 責任者でてこーい!」

 

 恐る恐る権左衛門が話しかけるが、千加の怒りはとどまる事を知らず、天元突破ナウである。

 門下生たちは皆「?」みたいな顔をしているのだが、それにも構わず喚き散らしていく。

 

「――――うちの兄上たちが、虎眼流の者に討たれたのじゃ(・・・・・・・・・・・・・)

 それだけでは無い! 数多の門下生たちが、闇討ちを仕掛けられた!!」

 

「ッ!?」

 

 相手は女子という事で、額に汗を浮かべつつも、出来るだけ穏やかに対応していた権左衛門の目が、大きく見開く。

 それは、傍で控えていた藤木も例外では無い。表情筋が死んでいるかのような、とても分かりづらい変化ではあるが。

 

「あれは何じゃ!? どういうつもりじゃ!

 手伝えと申したのは、うぬらの方じゃろが!

 ……だから我ら船木流剣士は、快く協力したというに!

 恩を仇で返すが、虎眼流の習いか! お歳暮のひとつも寄越さんで!」

 

「ち、ちとお待ち下され千加どの……!

 今しがたのお言葉、当方まったく思い当たる節あらず! いったい何を申されておるのか……」

 

「しらを切ると申すか!

 破門しようが何だろうが、きゃつも虎眼流じゃろ! 責任とらぬか!」

 

 千加が口走った“破門”という言葉。

 そのひと言を機に、この場の全員の脳裏に、ある男の名が浮かぶ。

 

「“伊良子清玄”じゃろッ! お主らが仕置きした、あの優男(やさおとこ)じゃ!!

 突然きゃつが兄上たちの前に現れ、木剣でチンコ潰したんじゃ(・・・・・・・・・・・・)!!」

 

「ッ!?」

 

「真剣ならいざ知らず、なにゆえ木剣で闇討ち?! なぜチンコ潰して周る?!

 せめて首を獲れ! 侍なめとるんか!」

 

 虎眼流における、いわゆる“伊達にする”というのは、耳や目などの顔を傷つける事だ。けしてチンコ潰すとか、そんな習いは無い。

 流石に虎眼流の者達をしても、いくら道場破りが相手とはいえ、ご子孫を残せなくする(お家を絶やす)のは酷すぎると思うし。

 

「ホモファックせいと申したるは、お主らじゃろが!!

 じゃから皆、よろこび勇んで腰振ったんじゃ!

 せっかくですしと、がんばり仕ったんじゃ! 事前にスッポンとか食べてぇ!」

 

「……ッ!」

 

「なのに、なにゆえ女子みたくされる!?

 兄上も門弟たちも剣を捨て、ただいま花嫁修業の真っ最中!!

 みんなホモじゃったし、たぶん素質もあったんじゃろが……身も心も女の子じゃ!

 いま兄上たち、ちょんまげにリボン巻いとるわ(・・・・・・・・・・・・・・)! どうしてくれんのじゃー!」

 

 門下の者達を闇討ちされ、しかも道場を壊滅にまで追い込まれたことで、千加はこの場に乗り込んで来たのだ。

 話によると、いま船木道場に残っている男性は、正式な門下生ではない頑之助ただ一人であるという。あとは全員ホモだ。

 

 ――――いくらお家断絶の危機とはいえ、こんなきっしょいヤツと結婚できるかぁ!

 千加の魂の叫びが、稽古場に響き渡る。

 ちなみに頑之助の方は「ガーン!」みたいな顔していた。

 

「勝負じゃ虎眼流ッ!

 私が勝てば、あのふざけた“しまじろう看板”を外し、ここを新生船木道場とするッ!

 元はと言えば、うぬらの責任じゃあ! 異論はあるまいなぁ!?」

 

 さぁかかってこい! とばかりに、千加が木剣片手にドシドシと中央に歩いて行く。

 その勢いに、門下生たちは思わず道を譲るが、未だ権左衛門を始めとし、ポカンと呆けている者ばかりだ。きっと今の状況に、心が追いついていないのだと思う。

 それにしても、ホモファックとはなんじゃあ?

 あの日の事を知らされていない門下生たちは、そう頭にハテナマークを浮かべていたりもする。

 

 やがて、致し方あるまいと権左衛門が腰を上げようとした時、それに先んじて中央へと歩く者の姿があった。

 この状況を意にもかいさず。ひとり平然と。徒手空拳のまま。

 ――――藤木 源之助である。

 

「なんじゃあお主ぁ! 岩本三重と違うんかあ!

 うぬのチンコを潰し、ちょんまげにギャルゲーみたいなリボン巻いたるわぁぁーー!!」

 

 勢いよく駆け出した千加が、鋭く斬りかかる。その様はまさに剽悍(ひょうかん)*3

 ハッと正気に返り、それを見た涼之介は、思わずその姿に息を呑む。

 この人はできる(・・・)と。

 

 若くして虎眼流の中目録(三重の指南もあり、ちゃんと術許し)の涼之介をしても、驚愕の踏み込みの速さ。鋭い打ち込み。

 だが脳裏に「危ないッ!」という言葉がよぎった、次の瞬間……すぐ目の前にあるハズの藤木の姿が、視界から消える。

 

 目視出来ないスピードで、何かをした(・・・・・)

 しっかり見守っていたはずなのに、そうとしか言えない。

 

「……えっ。……あれっ?」

 

 キョトンと、千加は目を丸くする。

 自分は今、おもいきり剣を振りかぶって、打ち込みにいったハズ。

 でも気が付けば、目の前には誰もおらず。確かに握っていたハズの木剣が、見当たらない。

 

「ご無礼いたした――――」

 

 その声に、ふと横を向けば……そこには千加の木剣を手に持つ、藤木の姿があった。

 構えることなく、身体のどこにも力んだ所の無い自然な立ち姿で、ただその場に佇んでいる。

 

「お対手(つかまつ)る。お気の済むまで」

 

 静かな声、真剣な瞳。

 藤木はゆっくりと、優しく千加の手の中に、木剣を返す。

 そして再び元いた位置へと戻り、千加と向き直る。

 

 打ち込んで来い。何度でも。

 貴方の怒りを、私が受け止めよう――――そう目が告げていた。

 

「……ッ!!??」

 

 カァーッと、顔が赤くなるのが分かった。

 ぼんやりと藤木を見るばかりだった千加は、一瞬で顔を林檎のように赤く染める。

 

 それは、木剣を奪われたからではない。

 隙だらけだったのに倒されず、手心を加えられた羞恥でもない。相手に得物を返されるという屈辱からでもない。

 

「――――」

 

 やがて、千加がもう打ち込んで来ないことを悟った藤木は、無言のまま一礼。背を向けて彼女の前から去っていく。

 そして権左衛門の隣に腰を降ろし、静かに瞑想をするように、両目を閉じた。

 自分の役目を終え、あとは千加を見守るとばかりに。

 

「おのれぇ虎眼流ッ!! 次なるはこの頑之助があいt……ケ゛コ゛ッッ!!!???」

 

 ゴイン! みたいな重い音が鳴り、頑之助はカエルみたいなポーズでひっくり返る。

 その傍らで、千加が木剣をぎゅっと胸元で握りしめたまま、頬を桜色に染めて源之助の方を見つめている。

 ほわわ~ん☆ っと呆けたように。まごう事無く乙女の顔(・・・・)をして。

 

「あ、あのあのっ! 確かお手前は、牛股さまでよろしゅう御座いましたか!?」

 

「いかにも……。拙者牛股にござるが……」

 

 突然〈カッ!〉とこの場に意識を戻した千加が、先ほどとは違う礼儀正しい口調で、権左衛門に声を掛けた。

 加えて、とても愛らしい声色。クネクネと女の子っぽい仕草で。

 

「あのですねっ!? わたくし思うのですがっ!

 此度の事、千加はまこと無念に存じまするっ! これも栓なき事と!

 しかしながら……、たとえ船木流が絶えようとも、やはりわたくし剣のお家の子!

 なんと申しますかですね? これからもぜひ剣の道を~と、そう申しましょうかですねっ!?」

 

「う、うむ」

 

 目がキラキラ~☆ と輝いている。文字通り星だのハートだのが、もう飛び散るくらいに舞っている。

 

 

「――――なれば牛股さまっ! この千加を、岩本道場に置いて頂く(・・・・・・・・・・)というのは、如何にございましょう?!」

 

 

 あ、惚れたのね。藤木にLOVEずっきゅん来ちゃったのね――――

 考えるまでもなく、権左衛門は悟った。

 

「僭越ながら此度のこと……、岩本船木の“両家”に非ありと存じまするっ!

 千加の面倒を見て頂くというご苦労、お願いするは心苦しゅう存じまするが……。

 しかしながら! しかしながらで御座いますよ牛股さま!? よろしゅうございまするか?

 これは両家にとり! ほんに良き落とし所ではないかと!!!!(迫真)

 これならばわたくしのお父上も、きっと納得して頂けるかと! そう存じましてですねっ!?」

 

「し、然りですな……はい」

 

 

 え、これどうするの? 三重さまに恋敵の出現?

 いちおうウチには入門の儀とかあるけど、なんかこの子“恋する乙女の一念”で、三重さまのビンタ耐えちゃいそうなんだけど……。

 

 これはまた、メントクサイ事になりそうだ――――権左衛門は静かに冷や汗を流す。

 今もひとり、涼しい顔をして座っている藤木(朴念仁)

 そしてその姿に「ぼくもあんな風になりたいっ……!」とキラキラ目を輝かせる涼之介を、ちょっと羨ましく思う。

 

 上からは叩かれ、下からは突き上げられる、この板挟みよ。

 師範(中間管理職)の苦労が身に染みる、権左衛門であった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 澄んだ気持ちの良い空気と、まだ日が登り切らない薄暗さ。

 前日はホントなんやかんやあったが、無事に朝を迎えた岩本道場の稽古場。

 

 虎眼流にて、誰よりも早く道場に入るは、いつも源之助である。

 しかしこの日、彼は戸を開けて中に入ったその途端、己以外の者の気配を感じた。

 

「……ぐすっ! うえぇん……!」

 

 源之助は時折、道場の天上を見上げることがある。

 その場所は、過去に苦楽を共にしていたある男が、人の域を軽く越えた跳躍により、登って見せた場所。

 今でも藤木は、ふと男の幻影を求めてか、何気なく上を見上げる事があった。

 

 しかし、いま気配を感じたるは、己の頭上からに非ず。

 幻影ではなく、はっきりとした身体。そしてすすり泣くような声を、眼前から認める。

 

「うぅ……藤木どのぉ。ぼくは……」

 

 

 

 

 

 そこにあったのは、まだあどけない子供の姿――――

 

 いつものおさげ髪に桃色のリボンを着け(・・・・・・・・・)、まるで女の子のようにめそめそと泣く、涼之介であった。

 

 

 

 

*1
侍言葉で、出来ない の意

*2
侍言葉で、噂に聞く の意

*3
力強くて素早い という意味






 三重さま千加さんに加え、涼之介くん(♀)
 よもやこれは、ハーレム小説にござるか?

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