再び目を覚ますと場面が変わっていた。
薄暗いが、想像通り灯台の中らしい。俺はほっと一息ついてベッドから起き上がった。
着替えが机の上に放り出されていたので手に取り、頭から被る。ふと眠りに落ちる前に見た女の子の事が過ったが、海岸で[ボロボロの衣服]が既に拾われた後だったのだから、向こうも下着ではないはず。遠慮なくもらっておく。
「起きてるんだろ? 自己紹介しとかないか」
ざっくり灯台の中を物色し、俺はまだベッドで寝転ける女の子に呼び掛けた。
「‥‥いつから気がついてたの」
「最初からかな? このゲーム、寝るには相方と寝る時間合わせないと寝られないし」
そう。outwardではベッドやテント、寝袋で眠ることが出来るが、睡眠時間と見張り時間、武具メンテナンスの時間を設定する必要がある。マルチプレイ時はその合計が一致しないと眠れないのだ。
と言う事は、こちらが承諾してない二度寝は“寝たフリ“でしかあり得ない。実際、俺もベッドで二度寝しようかと思ったが、出来なかった。
彼女は「そう」と頷くと、こちらを見やる。
「この変な画面みたいなの、やっぱりゲームなんだ」
「そうだね。俺はこのゲーム結構やってる」
聞いてみると、普段スマホのアプリをやるぐらいでゲームの知識は殆どないらしい。まあ、自分も独りでゲームする機会はかなり減ってしまった。ガッツリ遊ぶのは友達と遊ぶ時ぐらいだろう。
その後、まず確かめたのはゲーム中断だった。ゲームのリタイアか、或いはコンビの組み直しが出来れば‥‥と思ったのだが、残念ながらそのコマンドは無効化されて使えなかった。
となると、俺はこの女の子と一蓮托生という訳だ。
「なあ、提案があるんだが」
俺は彼女に切り出した。
「んー‥‥正直、胡散臭いってか、信じられないコトの方が多いんだけど‥‥大体はわかった‥‥かな」
取りあえず、彼女に説明したのはこのゲームの放っておいても発生するペナルティーとゴールの事だった。
放っておいても発生するペナルティーの中でも最たるものは、[空腹]と[乾き]、それに序盤いきなり発生する強制イベントがあった。
「‥‥うわ、マジでウジャウジャいるし‥‥」
俺と彼女はベッドのある寝室から階段を下り、建物の戸口でそっと外を窺っていた。
そこには大の大人が10人ぐらい密集し、俺たちが出てくるのを待ち受けている。
「ほら、少し出てってみなよ」
「えぇ‥‥でも危なくない‥‥?」
「大丈夫。何か色々言われるだけだから」
それでも彼女が躊躇しているので、俺が先に出て見せる。
途端、奴らが次々に俺をなじり出す。残念ながら英語音声なんで実際何と言ってるのか全部は聞き取れない。
が、目の前にメッセージウィンドウが現れ、日本語で翻訳された内容が表示されているのて特に問題はない。と言うかそこまでゲーム忠実にせんでもと思わなくはない。リアル異世界転生の雰囲気ぶち壊しじゃねーか。
野次りが盛り上がり、適当に選択肢を選んだらゲームの男性音声で自動的に返答されたのも笑ってしまった。もはや俺というキャラクターの声が必要とされてないので、会話ですらない。
というところで、俺は一歩退いて後ろの彼女を振り返った。
「ほら、大体見てたと思うけど何にもされてないでしょ?」
「まあ、そうみたい‥‥ね」
「じゃ交代」
「は?」
俺はさっきまでいた位置に彼女を手招きする。
戸惑いながらも彼女は恐る恐る俺が立っていた場所に足を踏み入れる。
途端、また周囲の大人たちが野次りだし、彼女はビクッと身体を竦ませた。
「ちょ、おじさんムリムリムリ、ムリだってこんなん!」
「まあまあ、大丈夫だって。さっきまでと一緒だから」
「イヤイヤ、さっきと一緒って限らないじゃん!」
「よく見て。表示されてるメッセージ、さっきの奴の繰り返しなんだよ」
焦点の合わない図体のデカい大人に詰め寄られて(本当はただそこに配置されてるだけなんだろうが、彼女はそう感じているらしい)彼女は完全に腰砕けである。
俺はグイグイショルダータックルしてくる彼女を押し返しながら、彼女の目の前に表示されたメッセージウィンドウを指差した。
やがて彼女も会話が止まった事でようやく落ち着いたのか、恐る恐るウィンドウを覗き込んでしばらく黙り込む。
「‥‥ナニコレ」
「ゲーム通りの会話メッセージ」
「え‥‥マジで‥‥? ホントに同じ事しか喋らないの‥‥?」
オオマジである。outwardでは会話イベントはキャンセルで抜け出せる場合が多い。俺がさっき途中で退いて彼女にバトンタッチしたのも、会話イベントのキャンセルとして扱われている。
そして会話イベントをキャンセルした場合、もう一と度話しかけると最初から会話をやり直せるのだ。
とは言っても区切りまで話してしまうとキャンセルしてもその区切りからになるので、タイミングは重要だが「おっと変なイベント始まりそうだな」と思ったらすかさずキャンセルしてバックれる事は可能になっている。
しばらくメッセージウィンドウと目の前で選択肢待ちになっている焦点の合わない大人たちを見つめていた彼女は、かなりの間逡巡した挙げ句、深々とやるせない溜め息をついた。
「‥‥わかった。おじさんの言ってた話、信じる‥‥だからもう一回、ペナルティー?とゴール?の事、聞かせて」
俺は彼女に頷き返し、一旦大人たちを放っておいて、さっきまでいた建物の中に戻ったのだった。