今後は週1~2ペースになりそうです。
「ハァッ、ハァッ‥‥やっと倒れやがったか」
俺は削られたHPの回復に[肉のスープ]と[包帯]を使いながら荒い息をついた。
[電流の孵化場]も中盤である。このダンジョンは洞窟の中を研究室に改造した物なので、元からある洞穴の岩肌の中に突然巨大なガラス槽や電流を放つ機械が現れたりする。
その二面性を象徴するように、敵の種類も電気を纏う機械仕掛けの槍兵[ゴールデンミニョン]、電気放射器で遠距離攻撃をしてくる[ゴールデンスペクター]と、水辺に棲んでいたと思われる[シャコ]に分かれている。
場所は[電流の孵化場]の一番下の水辺だ。厄介な事に、目的の[語彙目録]を取るには、ダンジョンに散らばる3つのレバーを動かさなければならない。
ここまで1本は既に動かした後だが、残る2本は別々の離れた場所に点在している。
(手分けすりゃ早いんだが‥‥)
しかし、単独で敵と遭遇する危険を考えると、戦力の分散は躊躇ってしまう。
いや、同じ[ルーン魔法]使いだとしても、ゲーム時代の相方なら安心して任せただろう。
俺は横目でミカを見た。彼女もまた、こちらを見ているところだった。
「おじさん、手分けした方が早いよ。あたしなら大丈夫だからさ」
そう言われて、逡巡する。
「…‥わかった。ヤバいと思ったらすぐ逃げて来い。この水辺なら逃げ回れるだろ」
ミカのような魔法使いは、コンボが重なる事で火力が出る為、不意の遭遇戦に弱い。ルーンにしても
だからこそ段差や障害物を使ったり、前衛が注意を引きつけた隙にその側面や背後を突くのだが、今はそれを徹底し過ぎた事が判断を難しくしていた。
「おじさん、心配しすぎだってば。あたしだってやれるよ。子供じゃないんだし」
(‥‥子供はすぐそう言うよなぁ‥‥)
不安の種は尽きない。だが、確かに良い機会でもあった。
「じゃあ、また後でな」
そう言って別れると、スタミナ回復の為に[杭夫のオムレツ]を食って即座に一本目のレバーに向かってダッシュする。
敵は無視だ。この際[語彙目録]さえ手に入ればいいんだから全滅させる意味はない。
記憶を頼りに穴から続く坂を上り、一本目のレバーを見つける。即座に作動させ、俺は武器を弓に持ち変えた。
少し進むと、壁に穴が空いている。先程の水辺のある巨大な吹き抜けを、上から見下ろせるバルコニーのような形になる。
丁度正面にも同じような穴が空いており、僅かに水晶のようなオブジェクトが放つ灯りがボンヤリと穴の中を照らしていた。
(確か、あの辺りにもレバーがあったはずだ)
水辺より先に[ゴールデンミニョン]や「ゴールデンスペクター]は出ない。いるのは[シャコ]だけのはずだが、ここまでの行き道は幸か不幸か出会さなかった以上、敵はあっちの道にいるはずだ。
ややあって、穴の奥が黄色く瞬いた。[電撃弾]だろう。だが、色だけでは攻撃の種類は想像がついてもミカのものか[シャコ]のものかはわからない。
また黄色い光。続いて紫――[霊属性]の光だ。恐らく[ルーントラップ]だろう。
まだ姿は見えない。断続的に黄色や紫に光る穴の奥を見つめながら、俺は焦る心を懸命に抑えつけた。
その時だった。
全く想像していなかった穴の奥から、のそりと無傷の[シャコ]が顔を出したのだ。
ただでさえ初の単独戦闘なのに相手が中~遠距離も出来る[シャコ]で二匹もいては――など、一瞬取り留めもない考えが過った、が。
「――フッ!」
俺の身体は躊躇いなく矢を放っていた。
対岸まで20-30mもあるだろうか。ターゲットロックは当然射程外。マニュアルでやや焦点を敵の右上に絞り、放った矢だった。
――外れ。壁際やや上方にズレた的を修正し、続けざまに2射目。
ドスっと突き刺さる感覚があった。矢に触覚などある訳がないので、恐らく的の怯んだ様子と、HPゲージがそう感じさせるのだろうが。
[シャコ]の注意がこちらに向くのを構わず、更に3射目。[集中]も[激怒]もかけていない素の矢だが、十分
(今出来る援護はこれぐらいが精一杯だ――!)
俺は武器を斧に持ち帰ると、半分程に減ったスタミナをポーションで回復しながら、水辺へ戻る道を急ぎ歩いた。
途中遭遇した[シャコ]は、[激怒]と[集中]をかけたスキルの連打でほぼ瞬殺した。アイテムを回収する間も惜しんで、俺はミカの後を追って反対側の道へ飛び込んだ。
「ミカ、無事でいろよ!」
実際無事なのはわかっている。仲間の名前とHPゲージは視界の左隅に表示されているのだ。彼女のHPは1mmたりとも削れていない。
宝箱も採掘ポイントも無視して息急ききりながらレバーの所まで駆けつけると、そこには[シャコ]の死骸と、壁の穴から水辺を見下ろすミカの姿があった。
それにもう一つ。
「あ、おじさん。一匹ここから釣ったでしょ~」
よく届くね、と手すり越しに穴から下や向かいの穴を眺め、ミカは笑う。その傍らに、青白く光る骸骨がいた。
――[ゴースト]――の、プレイヤーが使役するパターンの奴だ。
俺が呆然としていると、ミカは視線の先の青い[ゴースト]を見てニヤリと笑みを深くした。
「水辺に死体があったからね。やっぱ前で戦ってくれる戦士ってありがたいよね」
なるほど。確かに彼女には[隠者]師範のところで上級スキル[まじない]を覚えてもらっていた。だが、使っている所を見た事がなかったのですっかり意識から抜け落ちていたのだ。
「…‥驚いた。使えるようになってたんだな」
「うん。表作って調べてるから、スキル同士の組み合わせなら漏れはないと思うよ」
大したもんだ。Wiki見ながらプレイするだけだった俺より、ずっとミカは真剣にこのoutwardに向き合ってる。
(いかんなー。保護者面してる場合じゃないかもしれんな)
特に魔法関連では、伝聞でしかない俺の知識より、実体験を積み重ねているミカの方が、ずっとよく物が見えているのだろう。
俺と二手に分かれてって発案も、[まじない]による[ゴースト]召喚って手札があるから思い切れたのだろう。
「大したもんでしょ?」
うん。認めるよ。
「大したもんだ。ミカ、やるな」
俺の情けない頷きに、ミカは花が咲いたように満面の笑みで応えるのだった。