第6話 エンメルカルの森
[エンメルカルの森]に入ったのは、濃い樹の匂いでわかった。あれだけ色々な部分でゲーム通りの仕様なのに妙な所で等身大の世界になっている。
ぶっちゃけ、地方マップ間の切り替えローディングがどうなるのか気になっていたんだが視界暗転だけだった。妙な一枚絵とtips蘊蓄出されても苦笑するしかなかったかもしれないが。
「わー、空気が全然違う‥‥これがおじさんの言ってた‥‥エン‥‥ナントカの森、なの?」
ミカも、見上げるような巨木が鬱蒼と生い茂る森の様子に目を見開いている。
「おう。まずは町まで行かないとな。ミカ、[交わりの山]じゃないけど、ここも今までいた[[ケルネソス]より雑魚敵が強いから出来るだけ突っ切るからな」
野盗が出るのは変わらないがグレードも上がっているし、[ハイエナ]より遥かに危険な獣型の[怪物のゴーレム]も出る。
何より、特に[ケルネソス]地方に繋がるマップ北西の辺りは、物理が通じにくい[ゴースト]がよく出るのだ。なるべく相手にしない方がいい。
幸い、時間帯は昼間で森の中とは言え道ははっきり見える。今の内にさっさと町に入ってしまうべきだろう。
「霧が出てなくて助かった。ここ、微妙に迷うんだよな」
「木ばっかり‥‥こんなとこどうやって道覚えるのよ‥‥」
ミカがげんなりした様子で言う。
「まあ、確かにわかりにくいけど大きなランドマークは幾つかあるんだよ」
そう言って、俺は地図を脳内に広げる。一応開発者の良心として、見失いにくいランドマークは地図上にアイコンとして表示されているのだ。
「俺たちは地図の北西から来たんで、南東の方に向かってる。湖が見えてきたら、それに沿って東側‥‥左に曲がるって感じだな」
脳内地図は人に見せられないから口で説明するしかないのだが、それだけだとわかりにくそうなので、ざっくり概略図を地面に枝で描いて説明する。
「この地方にゃ湖は一つしかないから、最悪迷ったら湖に沿って歩いてれば町に着くよ」
そう教えると、ミカはコクンと一つ頷いた。
「湖、湖‥‥うん、覚えた」
「まあ、はぐれたら探しに行くから。俺たちはお互いのいる方角わかるからな」
地図ではないが、俺たちプレイヤーの視点の上部には補助情報として今見ている視野の方向に地図上のどのランドマークアイコンがあるのか、という情報と、相方のいる方角アイコンが表示されている。
はぐれた時はこのアイコンが正面に見えるように向きを変えて進めば辿り着くはずだ。
ただ、この方法は平坦な地面の上では使えるが、高低差の出るマップやダンジョンでは役に立たない事もある。そういう場所でははぐれないように気をつけないといけない。
しばらく採集したり敵をやり過ごしたり撒いたりしながら、黙々と歩く。
俺はゲーム時代の知識を思い出しながらなので大して疲れないのだが、やはりミカには長旅が堪えているのだろう。明らかに足取りが重く、姿勢がフラフラし出して来た。
「ねえ‥‥まだ、なの?」
「湖までは来ただろ。もう半分は過ぎてる、頑張れ」
実際、森の中はそれなりに起伏もあるが、湖の水辺周辺はほとんど平坦だ。それだけに敵に絡まれた時にダッシュで逃げるしかないが、今の所は何とかなっている。
「こんなに歩くなんて、思ってなかった‥‥おじさん、車とかバイクとかさあ、乗り物ないの?このゲーム‥‥」
「残念だが、ない。どれだけ進めてもプレイヤーは徒歩しかないんだなぁ」
「えー!? そんなぁ~」
気持ちはわかる。数あるオープンワールドRPGでも馬すら用意してないのはマジで頭どうなってるんだ、って感じだ。
ちなみに俺はオープンワールドだと西部劇モノのRedDeadRedemption2が好きだ。馬との触れ合いが愛着を生んで、一緒に旅をするのが楽しい。馬に「ローチ」と名前をつけて事あるごとに呼び掛けるWitcher3の主人公ゲラルトの声も好きだ。
そんな風にダラダラ歩く内、視界に大きな波止場が入ってくる。
そして、嫌なものも目に入ってしまった。
真っ赤な影――[コーラルホーン]、その頭である[アルファ・コーラルホーン]だ。
「あ、鹿だ! うわぁ、めっちゃキレーな赤‥‥って、馬じゃないけど鹿いるじゃん。アレ乗れないの?」
「馬鹿言うな‥‥言っとくけどアイツ強いからな? アレと戦うぐらいなら野盗と戦う方がマシだわ」
まあ、世界観的にはフィールドマップでたまに遭遇する行商人は、コイツを飼い慣らして荷馬車を牽いてるらしい。ただ、他にやってる描写がないので結構クレイジーな蛮行なんじゃないかと疑っている。
そして奴の面倒な所は、一度狙われた際にかなり粘着質に何処までも追いかけて来るって性質なのだ。脚も速いし、その枝分かれした凶悪な角で突き上げる攻撃はかなり痛い。
仕方ない。俺はリュックからあるアイテムを地面に落とすと、ミカに拾わせる。
「‥‥え、何、コレ‥‥?」
「いいから被れ、頭防具だ。それと水と茶も飲んどけ。こっからは町までダッシュで逃げ込め」
波止場の陰に見える森の城塞都市[ベルグ]の南門を指差し、俺は武器を弓に切り替える。
しかしミカはなかなか防具を切り替えない。顔を青ざめさせてインベトリのそれを凝視している。
「これ‥‥あの鳥‥‥の頭なんじゃ‥‥」
ミカが言ってるのは前の初期マップ、[ケルネソス]でマスコット的な存在[パールバード]の事だろう。マップにもよく登場するし、なんなら漁村[シェルツォ]でも養殖されている、真っ白でフワフワな可愛いやつだ。恐らく鶏のように卵と肉の為に飼われているのだろう。
俺が渡したのはそのパールバードの頭まんまの装備、[パールバードの仮面]だ。等身大1/1サイズなんで鳥の頭を切り落としただけのようなリアルさを誇っている。
「だーいじょうぶ、ちゃんと加工した頭装備だから。切り取っただけとかじゃないから」
「いやっ‥‥でも、これめっちゃリアルでコワいんだけど! って言うか今被る必要なくない!?」
「いや、あるんだよ。それ被ると脚が速くなるから」
ミカは「マジで!?」と驚いてるが、マジだ。outwardプレイヤーは割と大マジでみんなこれ被ってるからね。
「‥‥じゃ、何で今? 最初から出してくれればいいじゃん‥‥」
「2人旅で片方だけ足速くても意味ないだろ。2つ揃ったら~って思ってたんだけどな」
そう言うと、ミカは「あー、だからおじさん親のカタキみたいに鳥ちゃん狩ってたんだ‥‥」と呆れた顔でやっと納得した。しょうがないだろ、ドロップ率レアなんだから。むしろ今持ってる方がかなり奇跡なんだよ。
ミカが[パールバードの仮面]を被り、水と茶でスタミナを回復したのを確認し、俺は少し距離を取って弓をエイムモードで引き絞った。
「‥‥俺もアイツ撒いたらすぐ町まで行くから、門のトコで合流な!」
返事はなかった。ミカが走り出したのに合わせて、俺は矢を放つ。
さあて、あのハーレム鹿野郎、どう料理しますかね。