風邪を引いた。
一角あたりはそれはもう喜んで「お前でも風邪引くんだな!」「葉月は風邪引かないってことわざにもあんのにな!」と言いそうだなあ、と思いながら天井を見上げる。普段しているコンタクトもしておらず、さらに風邪ゆえの涙目なのであまり見えはしないが、他に見るところもないのでしょうがない。
……何もすることがない。
いつもならやちるを追いかけたり仕事したり仕事したり気晴らしにちょっと散歩したり一角にちょっかいかけたりと多忙を極めていたものだが、すみません風邪でお休みしますと十一番隊の比較的まともそうな席官の人に連絡しているので、今日一日は安心して寝ていられる予定なのだ。
すぐやらなければならない仕事もなし、熱が出ている状況でやりたくなることもなし。冷蔵庫にはご飯もなし。吉幾三も土下座して謝るほどのなしなしづくしである。
薬を飲む気にもなれずしばらくぼうっとしていると、万が一のために手元に置いていた電話が鳴った。無論スマートフォンなる現世っ子の必需品ではなく、瀞霊廷らしく古き良き固定電話の子機だ。
「はいもしもし、こちら38.6度です」
「元気、ではなさそうだね。受け答えのポンタンさはいつも通りだけど」
「……ゆみちかじゃん」
「一角もいるよ」
電話口から聞き慣れた声が聞こえる。相手がいつもの2人ということは、誰が出ても対応が雑になることをお知らせするためのさっきの名乗りは無駄になったわけだ。
それにしても、それだけお互い気を遣わない相手がどうして電話を? まさかお見舞いの言葉などでもあるまいに。
「風邪のときはなんもできなくて辛いだろ? 助っ人派遣しといたぜ」
「ま、まじで!? 神じゃん、あごめん髪ない人に言うのは失礼だったな」
「今すぐ出勤して仕事しろ」
「やっほーはづちー!」
「あまりにも人選ミス!!」
電話があってすぐ、誰かなあ恋次さんかなイヅルさんかなできれば常識的でかわいい女の子がいいけどそんな人脈が十一番隊隊士にあってたまるか、と考えていたところへもってのこの登場。
やはりあのハゲとおかっぱは神などではなかった。もはや死神と言っても過言ではないだろう。
「はづちーだいじょうぶ? 元気?」
「うん大丈夫、元気だよ。だから袋から見え隠れしているスッポンを持って帰ってくれ」
「えー! スッポンの生き血は風邪にもよく効くんだよー!?」
そう言ってこちらを非難の目で見てくるやちる。
見た目はかわいらしい幼女なだけに、急に生き血とかいうオドロオドロワードが出てくると聞き間違いかと思ってしまう。
もう治ったから、な! ほら元気だろ? とぐるぐるする視界で頑張ってアピールしてやっとわかってくれたのか、なんとかスッポンは片付けてくれた。ねえ今動かなかった? 動いたよね?
それからしばらく、かなり辛いが気合いでやちるの相手をしていると、コンコン、と控えめにドアが音を立てた。
「すみませーん……高槻書記のお宅はここで合ってますかー……?」
「花太郎くん!」
扉を開けると、四番隊の山田花太郎七席がいた。手に持った袋の中は見えるだけでも風邪薬に卵、ほうれん草、レンジでチンするだけで食べられる白米など、おれが本当に求めていたものばかりが入っている。
四番隊と仲が良いことに疑問を持つ人もいるが、おれはいつも十一番隊の隊士がお世話になる関係でよく喋るのだ。
中でも花太郎くんはお茶を淹れてくれたりお菓子を持ってきたりの持ちつ持たれつな関係で、お互い気兼ねなしに話せる貴重な友人なのである。
「葉月くん! 風邪を引いたって聞いて来てみたんですけど、具合はどうですか?」
「今治ったぁ……」
「だ、ダメですよ玄関で大の字に寝ちゃったら! 風邪が悪化します!」
ああ、常識人だ。
その喜びだけで、さっきまでの疲労やしんどさが全て吹っ飛んでしまった。その代わりに起き上がる気力も失ったようで、どれだけ花太郎くんが引っ張っても起きられない。
え? うそ、もしかして花太郎くんおれより貧弱?
……いやおれは貧弱じゃないんだけども。周りがおかしいから平均的な、平均よりちょっと馬力がない程度のおれが弱い弱い言われてるだけだけども。
「任せてー! よいしょ」
そう言ってやちるがおれのことを片手で抱える。
え? うそ、もしかしてこの幼女おれより屈強?
「今日、何か食べましたか?」
「いや……冷蔵庫にすぐ食べられそうなの何もなくて」
「じゃあ、ちゃんと食べないと薬も飲めないので、ちょっとキッチンお借りして卵粥作ってきますね!」
「あたしも作る!」
「ごめん……ありがと、ございます……」
ここぞとばかりに生き生きしている花太郎くんといつも生き生きしているやちるを見送る。
安心したら急に眠気が襲ってきたようだ。おれは賑やかな音を子守唄に、すぐに眠りに落ちた。
「一角、弓親! 昨日はほんとありがとうな」
翌日。シェフ花太郎with見習いのやちるが作ってくれた卵粥を食べてすっかり治ったおれは、助っ人を寄越してくれた二人へあいさつもそこそこにお礼を言った。
花太郎くんと仲良しなのはこの二人も知るところである。わざわざ四番隊まで行って「お見舞い行ってやってくれないか」と頼んだのだと思うと普段のアレはツンデレだったのだろう。おいおいおれのこと好きすぎか〜?
と、ニヤニヤして二人を見ていたのだが。
「副隊長はお気に召したみたいだね。よかったよかった」
「お前、具合悪いときは女の子に看病されたいって言ってたもんな」
「は、じゃあ助っ人って」
「副隊長だよ?」「副隊長だぞ」
「なんでおれが喜ぶと思ったの!?」
ワク×2チン×2のおかげで数年ぶりに8度出て死ぬかと思ったので。
今更タウンですが、この世界線の瀞霊廷には電話もケーキ屋もメイド喫茶もあります。改めてご了承ください。
どれ好き?(参考までに。ネタ集め用:興味本位=5:5)
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いつメン(一角、弓親)との遠慮ない暴言
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いつメンとの男子高校生的やりとり
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やちるとのトムジェリ
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やちるとのほのぼの(広義)
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更木隊長との勝手に緊張する会話
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他隊長格とのほのぼの
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他隊長格との失言説教
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その他の要素
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全部または複数あり決められない
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別にどれが好きとかではない