今日も訓練が終わり、シャワーを済ませて廊下へ出ると、緒川さんが立っていた。
「すみません、月読さん。司令がお呼びですよ」
「司令が…? 分かりました。それじゃ切ちゃんも一緒に…」
「いえ、月読さんだけをご指名なんです」
私は首を捻る。
特に訓練でミスをした覚えもないし、中間考査の結果も悪くなかったし…。
緒川さんの後をついて、司令室の前へ。
「失礼します」
プシュッと音がしてドアが開くと、正面のデスクに腰を下ろしたまま司令はなんだか難しそうな表情を浮かべている。
「おう、調くん。わざわざ呼び立てして済まないな」
何時の間にか緒川さんもいなくなった部屋に二人きり。
「その、なんだ…。最近の調子はどうだ?」
「全然大丈夫です」
「生活上で何か困ったことはないか?」
「特にありません」
「そうか…」
司令にしては珍しく何かを言いかけて躊躇っている感じ。
それでもピンと背筋を伸ばすと、司令は真っすぐに私を見てきた。
「…実は、調くんの親戚の所在が判明してな」
「……えッ!?」
「そして、先方に打診したところ、君を引き取って暮らしても構わないと」
「断って下さいッ!」
反射的に私は叫んでいた。
今の私には切ちゃんにマリアという家族がいる。他の装者の仲間だっているのだ。
それを、なんで、今さら…ッ!!
司令が、これまた珍しく困ったような表情を浮かべて私を見返している。
「君はそうは言うだろうとは思った。切歌くんとマリアくんとの間に、確かな絆が存在するのは承知している。
それでも、古来より血は水よりも濃いという諺もあるのだ。一顧だにしないのはどうかと思うぞ?」
「でも…ッ」
「社会的にも、君はまだ未成年ということもある。マリアくんのように成人しているのなら、俺も口を出すつもりはないのだが…」
「………」
「ともあれ、急な話だ。一度、切歌くんやマリアくんも交えて話し合ってから返事を検討しても遅くないのではないか?」
それ以上何も言い返せず、私は司令から渡された封筒を持って部屋の外へ。
ラウンジまで来ると、焦り顔の切ちゃんがいた。
「調ぇ! 何があったんデスか!?」
緒川さんから私が司令に呼び出されていたことは聞いていたらしい。
「今日の夜、切ちゃんもマリアも都合がつくかな。大切な話があるんだ…」
「へ? なんでマリアもなんデス?」
「えっと…なんか、私の親戚が見つかったみたい」
「なんデスとぉ!?」
マンションに戻ると夕方だった。
『調の緊急事態デェス!』って切ちゃんのメールで、マリアもすぐに駆け付けてくれた。
「S.O.N.G.の調査部が集めた資料だから、まず間違いはないとは思うけれど…」
一緒に読み込んだ封筒の中味。
都内在住の『天乃』さん一家のプロフィールが写真付きで記載されていた。
なんでも、一家の主である天乃建夫さんは、私の母親だった人の又従姉妹の息子さんだとか。
「そんなのほとんど他人じゃないデスか?」
切ちゃんはそういって首を捻っていたけれど、マリアはすごく真面目な顔。
「調を引き取ってもいいと言って下さっているのよ? 資料を見る限り、悪い人たちじゃあないわね」
「でも…」
渋る私を、マリアは優しい眼差しで見てくる。
「ところで、この資料を渡すとき、司令はなんて言っていたのかしら?」
司令室でのやりとりを説明すると、マリアは腕組みをしてウンウンと頷く。
「わたしも司令と同じ意見ね。調が未成年であることも含めて」
「マリアまでそんなことを言うの…?」
「ほら、膨れない膨れない。あなたの母親の詳細と親戚がいることは判明したのだから、本当はお祝いするべきことだわ」
少し憮然としてしまう私を、マリアは慰めるように微笑んでくれた。
「そうデスよ! アタシなんか、調に比べたらママもパパも全然デスし!」
「切ちゃん…」
そうだよね、切ちゃんに比べたら悪いけど、今回は私にとってラッキーなことなのかも。
「…お母さん、か」
そっと資料の表紙を撫でる。
『桂 詠花』
それが私のお母さんの名前。
「でも、マリアに切ちゃんが私の家族だよ? 二人がいれば、私は…!」
「調」
マリアはちょっと困ったような顔になる。今日の司令の浮かべた表情とそっくりだった。
「司令が言っていた通り、血は水より濃いというわ。少しでも血縁があるのなら、それは大切にするべきだとわたしは思う」
「マリア…」
「それにね、人生においても、そういう人間関係はとても大事よ? 人は一人では生きていけない。支え合って生きていかなければならない。そして、支えてくれる人が多ければ多いほど良いと思う…」
そう言うマリアに、マムの面影が重なって見える。
「…それって、大人としての意見なの?」
それでも口を尖らせてしまう私。
「そうね。そうかもね。だけど、覚えておきなさい。人生における贅沢というのは、人間関係そのものなんだから」
笑いながらマリアは携帯端末を取り出す。
「誰にかけているんデス?」
「人間関係の贅沢ってものを見せてあげるわ」
それから30分後。
ほとんどの仲間が、私たちの家に集合していた。
「調ちゃんの一大事だっていうから、食べ過ぎてお腹でも壊したのかと思って心配したよ~」
と、響さん。
「まあ、確かに月読の人生にとって、決して些事と片付けて良い話ではないな」
資料に目を走らせながら翼さん。
「いやいや十分に一大事だろ、これは!?」
クリス先輩は大真面目な顔で皆を見回して、
「いないと思っていた親戚が見つかって、おまけに一緒に暮らさないかって言ってくれてるんだろ!?」
なんか凄く興奮しているみたい。
クリス先輩のご両親のことを知っている私としては納得できるんだけれど、そんなに喜ばれるとちょっと恥ずかしい。
「…クリス先輩は、私はこの人たちと一緒に暮らした方がいいと思います?」
「そんなの…ッ!!」
勢い込む先輩だったけれど、不安そうな顔の切ちゃんを見てゴホンと咳払い。
「…まあ、それはおまえが決めるこったな、うん」
トーンダウンしたクリス先輩から、私は他の二人へも質問。
「響さんはどう思いますか?」
「へ? わたし? うーん、そうだね、この天乃さんは調ちゃんに手を差し伸べてくれているんでしょ?
だったら一度はその手を掴んでみるべきだと思うなあ」
うん、響さんはきっとそういうだろうと思った。
「翼さんは…?」
「私も叔父様と同意見だが、敢えて私見を披露するなら…そうだな。
人生は合縁奇縁。そもそも、私とおまえたちも一度は敵対した関係だぞ?
それがこうやって仲間になっているのだから、縁というものを軽視するべきではないと思うな」
これも、とても翼さんらしい意見だと思う。
私は、順番にクリス先輩、響さん、翼さんの顔を見る。
皆してマリアからの急な連絡にも関わらず、私のために直ぐに集まってくれた。
私だって、皆に何かあれば、何事にも優先して駆けつけるつもりでいる。
…そっか。マリアが言っているのはこういうことなんだね。
自分を何よりも大切に思ってくれる人がたくさんいるというのは、とても素晴らしくて贅沢なことなのかも。
だから、私はペコリと頭を下げ、素直に御礼を言う。
「みんな、ありがとうございます…」
顔を上げ、皆の優しい眼差しを受けながら、決意を表明。
「せっかくだし、一度会ってお話してみようと思います―――」
翌日、司令にこのことを伝えると、とても喜んでくれた。
きっとこの人も、私を大切に思ってくれているんだな。
胸の奥がじんわりと温かくなる感触を覚えながら、話はとんとん拍子に進んだみたい。
連絡が来て、指定されたのは一週間後。
卸し立てのワンピースを着て、待ち合わせのホテルのレストランへ向かおうと玄関でパンプスを履く私の後ろで、なぜかマリアに切ちゃんもサングラスのスーツ姿。
「影ながらマリアとしっかりガードするデスからね! 大船に乗ったつもりで安心するデスッ!」
「…気持ちは嬉しいんだけど」
さすがに別々のタクシーに乗ってホテルまで移動。
エントランスに入ってキョロキョロしていると、左奥のソファーから書類の写真で見た男の人が立ち上がっている。
「君が月読調さんかい?」
優しそうな声音。
その隣に立つ女の人も書類で見て知っていた。
天乃さんご夫妻だ。
「…はい。初めまして」
軽く頭を下げて挨拶する私を、天乃さんたちは揃ってジーっと見てくる。
―――じーっと見るのはいいんだけど、見られるのはなんだか嫌だな。
ちょっとバツの悪い感じで戸惑っている私に、奥さんの方が言ってくる。
「うん、詠歌先輩の面影はあるわ~」
「そうだね、雰囲気なんかそっくりだよ」
旦那さんである建夫さんもそう言ってきたのには驚く。
「お二人とも、私のお母さんの知り合いなんですか?」
そう訊ねると、
「ああ。僕にとってとても頼りになるお姉さんで、恩人だよ」
「そして、わたしたちにとってのキューピッドでもあったわ」
「え…?」
戸惑う私の仕草を、また詠歌さんそっくりだといって二人で笑い合っている。
私自身、お母さんのことはよく知らないけれど。
お母さんの知っている人から、こんな風にそっくりだとか言われるのは、ちょっぴり嬉しかったり。
腕時計を見て建夫さんが言う。
「と、レストランの予約時間だね。移動しようか」
案内され席に着くと、いきなり奥さんの方から謝られた。
「ごめんなさいね。息子も来るはずなんだけど、ちょっと遅れているみたいで~」
にこやかにそう言ったあと、小声で「あのバカ息子」って呟いたのが聞こえる。
私は結構地獄耳なのだ。
申し訳なそうな二人に曖昧に頷いて、椅子に座って俯く。
頭の中で、前に見た書類の内容を思い出していた。
天乃夫妻には子供が二人いて、20歳になる長女はイギリスの大学へと留学中。
もう一人の息子は高校一年生で、今日、私が顔を合わせるのは彼の方。
そんな風に考えを巡らせていたら、突然の声で意識を引き戻される。
「す、すみません、遅れましたッ」
顔を上げると、ブレザータイプの学生服を着た男の子が立っていた。
事前情報では知っていたけれど、一言でいえば背が高い。
緒川さんより高いんじゃないかな?
私が表情に出さず動揺していると、建夫さんが立ち上がって紹介してくれた。
「ああ、紹介するよ。長男の由輝だ」
男の子が私に向かってペコリと頭を下げる。
「あ、ども由輝です。都内の聖ジェイナス学園に通ってます」
「それで、こちらが月読調ちゃんよ」
奥さんに紹介されて、私も慌てて席を立つ。
「月読調です。私立リディアン音楽院に通っています」
こちらもペコリと頭を下げると、
「こ、これはご丁寧に…」
なんかギクシャクしながらヨシキくんはウエイターの引いてくれた椅子に着席。
「と、とりあえず食事を始めようか」
建夫さんがそう言ってフォークを手に取る。
既に配膳されていた前菜に、本当は私も興味津々。
皆が食べたのを見てから私も口に運ぶ。
うん、なんていう料理か分からないけれど、美味しい…。
モムモムとゆっくりと味わっていると、正面の席の奥さんから声をかけられた。
「ねえねえ! 調ちゃんってよく可愛いって言われない?」
「…よくわかりません」
ホントはしょっちゅう切ちゃんや響さんに言われているけれど、そんなの自慢できるものでもないと思うし。
「それじゃ、男の子にモテモテじゃないの?」
「それもよくわからないです…」
私の身近に男の子なんていない。なので、こう答えるしかない。
「あら、そうなの? 世の中の男の子も見る目がないのね」
「そこはそれ母さん。リディアンは女子校だよ?」
天乃さんは夫婦で笑い合っている。
なんだかよく分からないけれど、楽しそうでいいな。
それ以上質問はこなかったので、私は料理に集中。
これも良く分からない食べ物だけど、とっても美味しいから今度切ちゃんと食べに来よ。
「…ゴホン。聞いていると思うが、君のお母さんと僕は遠い親戚みたいなものでね」
みんながメイン料理であるステーキを食べ終えたころ、建夫さんが語り掛けてきた。
あたしはさすがにお腹いっぱいで残してしまったステーキの上から顔を上げる。
「そして、血縁関係を抜きにしても、僕らは君のお母さんにとてもお世話になったんだ。
そのお返しというわけじゃないけれど、もし良かったら、僕らの家で一緒に暮らさないか?」
マリアが言うところの、ありがたい申し出なんだと思う。
そう言って貰えるなんて、ついこの間まで全く予想もしてなかった私だけど、決して嬉しい気持ちがないわけじゃない。
でも…。
「お気持ちはとてもありがたいんですけれど…」
こうやって食事までご馳走になって、冷たくお断りするなんて出来ない。
なるべくやんわりと言わなきゃ。
私にはもう家族がいるって。もう十分に報われているって。
けれど、どうやって伝えればいいんだろ?
少し迷う私に、奥さんの矢継ぎ早の声。
「そうね、いきなりウチの子にならないかなんて言われたら困るわよね。だから、返事は今すぐでなくてもいいからッ!」
「…え?」
「でもね、ちょっとだけ、お試しでもいいから、一度泊りに来てみたらどうかしら?」
「…はい?」
「それこそ軽い気持ちで遊びにくるみたいな感じで! ね? いいでしょ? 一回だけ! 一回だけでいいからッ!」
「え? あ、はい?」
気付いたとき、天乃さんはご夫婦そろって満足げに笑っていた。
「そうか。良かった。僕もそうしてくれると嬉しいよ」
…あれ? これってもしかして、私が天乃さんの家に泊まりに行く流れなの…?
「あ、あの…?」
よく分からないけれど、これは違う。思っていたのと全然違う。
どうにか軌道修正しなきゃ、と思って声を上げた私の前に、スッと置かれたデザートのお皿。
…綺麗。
うっとりと心の中で呟いてしまうほど、可憐で可愛い飾り付けのケーキだった。
「うわ~、綺麗! 美味しそう~! 調ちゃん、食べよ食べよ?」
「あ、え。はい…」
またもや流されて、フォークで切り崩した欠片を頬張る私。
「…美味しい」
思わず声が出てしまう美味しさ。
凄いよ、これ。切ちゃんにも食べさせてあげなきゃ…!!
そんな風に感激していると、いきなりケーキがもう一皿、私の前に差し出された。
「良かったら、食べてくれないか?」
差し出し人であるヨシキくんの方を見てしまう。
「俺、甘いのは苦手でさ」
照れたように笑う彼。
そういえば、男の人って甘いものが苦手な人も結構いるとか。
なのに、私が素直に受け取れないのには理由がある。
いくら何でも意地汚くない? って意識はもちろんあったけれど、この時の私は切ちゃんへのお土産に出来ないかと必死に頭を巡らせていた。
タッパーウェアとかないかしら? タッパーウェアー。
そんな風に悩んでいる私は、いったいどんな感じで見られていたんだろう?
「残すと勿体ないし」
ヨシキくんの次の台詞は、私にとってのNGワード。
勿体ない。
もったいない。
MOTTAINAI。
日本が世界に誇るべき素晴らしい精神を現した言葉だと思う。
「…そういうことなら、頂きます」
お皿を受け取り、二個目のケーキにフォークを立てた。
心の中に、切ちゃんごめん! という申し訳なさと、一日に二個も食べてしまうという後ろめたさ。
そしてそれ以上の贅沢な気持ちと幸せのままに、私は綺麗な綺麗なケーキを頬張る。
「ところで、君は何年生なの?」
ヨシキくんが訊いてくる。
味わって食べている最中に、とは思ったけれど、そもそもこれは彼のくれたケーキだ。
「一回生です…」
ごくんと飲み込んでから答える。
「リディアンって、中高一貫なんだよね、確か」
「はい、そうですよ」
「そっかー。まあ、おふくろが言ったからじゃないけれど、良かったらこんど家に遊びにおいでよ」
私にケーキをくれるあたり、悪い人じゃなさそう。
もし。もしもの話だよ?
天乃さんの家にご厄介になると、この子が私の弟ってことになるのかな?
…うん。悪くないかも。ちょっと大きすぎる気はするけれど。
「はあ…」
それでも曖昧な返事をしてしまう私に、彼は笑顔のままこう続けた。
「もちろんいきなり家族になんて抵抗はあるだろうけどさ。
でも、仮に、あくまで仮にそうなったらだよ? 俺も調ちゃんみたいな妹が出来たら嬉しかったり…」
―――え?
「あ、あの、由輝? 調ちゃんは、あんたより誕生日早いのよ? お姉さんなのよ?」
「そ、そうだぞ? リディアン音楽院の一回生で…」
「え? だから中等部の一回生なんだろ?」
………。
スーッと自分でも血の気が下がるのが分かった。
今日は、わざわざマリアが来てメイクしてくれて。
クリス先輩たちと一緒に、なるべく大人っぽく見えるワンピースを買ったつもりだったんですけど?
プルプルと握り締めた拳が震えた。
驚いたヨシキくんとやらの視線が、私の全身をじろじろと見ているのを感じる。
はい、そうですか。そういうことですか。
いったいどこを見て、驚いていらっしゃるんでしょうかねぇぇぇ…。
「ご、ごめん、調ちゃ…」
気付いたとき、私は彼の向う脛を蹴飛ばして、頬っぺたに全力全開のビンタを炸裂させていた。
―――私は悪くないもん。