ツインテールの小さな姉が出来た   作:とりなんこつ

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第6話 お泊り①:【調視点】

私たちの住むマンションから電車を二つ乗り換えた先の駅で降りる。

駅から歩いて15分くらいの住宅街に、天乃さんの家を見つけた。

 

念のため表札をもう一度確認。

うん。『天乃』って書いてある。間違いないよね?

 

チャイムを押すと、バタバタと足音がしてドアが開く。

 

「はいはーい」

 

ヨシキくんだ。

 

「…こんにちは」

 

パタン。

 

挨拶したのに何故かドアが閉じられてしまった。しばらくするとまたドアが開いて、

 

「ごめんね。いま廃品回収に出せるものは…」

 

「…廃品回収ってなんですか?」

 

何のことか分からないけれど、ちょっぴり馬鹿にされたような感じがするのは気のせい?

 

「い、いやいやいや、いらっしゃい!?」

 

慌ててヨシキくんはドアを全開にしてくれたんだけど。

 

「どうしたの、いきなり?」

 

「一度遊びに来てって言っていたじゃないですか」

 

いきなりも何も、取引に応じて来たのは私の方だよ?

 

思わず唇を尖らせてしまう私の前に、

 

「あらあら、いらっしゃいッ!」

 

エプロンで手を拭きながら奥から出てきたのは光恵さん。

 

「ああ、良く来てくれたね」

 

その後からニコニコとした笑顔を向けてくれたのは建夫さんだ。

 

 

「…二人とも、調ちゃんが来るのは知ってたの!?」

 

「そうよー。今日、遊びに来てもいいですかって昨日、電話でね」

 

「俺はさっぱり聞いてないんですけど!?」

 

「サプライズに決まっているでしょ、サプライズ」

 

 

ヨシキくんと光恵さんが何か小声で言い合いをしていたけど、聞こえないフリをした。

そうしておいて、必死で頭を働かせる。

光恵さんはヨシキくんが私に提案した取引きのことを知らないみたい。

それってつまり…?

 

「とりあえず、上がって上がって」

 

「…お邪魔します」

 

建夫さんに促され、ヨシキくんの前をすり抜けて玄関へ。

よいしょ、っとまずはカバンを上げさせてもらって、それから靴を脱ぐ。

するとヨシキくんが、

 

「あ、荷物は俺が持つよ」

 

「だ、大丈夫ですから」

 

「いいからいいから」

 

私が止めているのに、勢いよくカバンを持ち上げてくれた。

 

え?

 

今日の私は、膝丈のフレアーのスカート。

それがふわっと捲れて、太腿の付け根あたりまで空気が触れる。

 

…………えーと。

 

「…見ました?」

 

「…ウサチャン柄、カワイイデスネ」

 

「………ッ!!」

 

私がシンフォギア姿を見られていることを忘れて、ヨシキくんの右の頬っぺたも叩いてしまっていた。

 

…やっぱり私は悪くないもん。

 

 

 

 

 

 

「まあ座って座って」

 

リビングへと通されて、建夫さんにソファーを勧められた。

腰を下ろす前に、持ってきていた菓子折りをテーブルの上に置く。

 

私のマンションの近くのお菓子屋さんの名物バナナボード。

私一人で食べると一個でお腹いっぱいになるくらい大きくて、いつも切ちゃんと半分こにして食べているお小遣い支給日の贅沢品。

今日のお土産は、奮発して6本セットの詰め合わせ。

マリアの『こういう礼儀にはお金を掛けなきゃ駄目よ?』とのアドバイスに従ってみたんだけど。

 

「詰まらないものですが…」

 

「あらあらこれはご丁寧に」

 

光恵さんが嬉しそうに受け取ってくれて、私はホッとする。

すぐにソーサーに乗ったカップと、美味しそうな焼き菓子の載ったお皿が出てきた。

 

「さあ、遠慮しないで飲んでちょうだい?」

 

「はい、頂きます」

 

紅茶はとても良い匂いだった。マリアがイギリスから買ってきたお土産で、家で大事に大事に飲んでいる茶葉に味が似ているような気がする。

きっとお高いんじゃないかな?

 

ニコニコと私を見ている建夫さん夫妻に、少しだけ微笑み返してみる。

すると、いきなり建夫さんが頭を下げてきた。

 

「いや、先日は家の息子が粗相をしてしまって申し訳ない。僕たちがもっとしっかり説明していれば」

 

「い、いえ、頭を上げてください…ッ」

 

「本人もああやって反省しているみたいだし」

 

今さらながらヨシキくんだけが絨毯に正座していたことに気づく私。

 

「本当にごめんなさいね、うちのバカ息子が…」

 

光恵さんも申し訳なさそうに言ってきて、ヨシキくんもシュンとして反省しているみたい。

けれど私は咄嗟にスカートの裾を押さえてガード。今の彼の目線の高さだと、スカートの中をまた見られちゃいそう。

 

「反省だけならサルでも出来るでしょ!」

 

光恵さんにそう言われ、ますます項垂れるヨシキくんに、ちょっぴり私も気の毒になってくる。

 

「…分かりました。謝罪は受け入れますので、それ以上謝らないで下さい」

 

心からそう言う。

シンフォギア姿を見られたのは別にして、年下扱いされたことも、スカートを捲られたことも、頭にきたし恥ずかったよ?

だけど、いつまでも根に持ってたって、何も変わらないよね。

切ちゃんの黒歴史じゃないけれど、嫌なことは早く忘れるに限ると思う。

 

「そうか、良かったよ。いや、ありがとう。本当にありがとう」

 

「本当に今回はごめんなさいね。でも、こうやって遊びに来てくれたのは、本当に嬉しいわ」

 

建夫さんたちが、心からホッとしているのが分かる。

そして私が遊びに来たことを喜んでいることも伝わってきた。

 

「ほら、調ちゃん、お菓子も遠慮しない食べてちょうだい」

 

光恵さんに勧められて、お菓子を一口。

焼き菓子はサクサクホロホロで、個別包装だったらこっそり切ちゃんに持って帰って食べさせてあげたいくらい美味しい。

でも、遠慮しないでって言われても、そんなガツガツしちゃはしたないから少しだけにしよ。

 

なのでお茶をお替りして、お喋りをたくさんした。

天気とか、最近見たテレビの動物番組とか、そんなの。

建夫さんは良く感心して、光恵さんはコロコロと笑ってくれて、すごく楽しい。

だけど今日、私が天乃さんの家にお邪魔した理由は、ヨシキくんとの取引きもあったけれど、それだけじゃあないんだ。

 

「…お二人は、私のお母さんのことを知っているんですよね…?」

 

私のお母さんの資料は、S.O.N.G.―――旧特異災害対策室の人たちでも調べ切れなかったもの。

名前と簡単なプロフィールばかりで、どんな人だったのかはまるで分からない。

けれど、建夫さんも光恵さんも、私のお母さんを恩人と呼んでいた。

ならきっと、資料にはないお母さんの情報を知っているはず。

 

すると、建夫さんと光恵さんは揃って顔を見合わせた。

建夫さんが言う。

 

「…そうか。君はお母さん―――詠花さんのことを知りたいんだね?」

 

コクリと頷く私。

 

「うん、それは最もだ。最もだと思うよ? けれど、予め断っておくんだが、写真や映像記録は僕たちも持っていないんだ、残念ながら」

 

…え?

 

「詠花さんは、写真に取られるのが嫌いみたいでね~」

 

と、光恵さん。

 

「写真に取られると魂抜かれるとか、真ん中に映ると早死にするとかって」

 

…私のお母さんって、もしかして迷信深い人なの?

 

「まあ、多少変人で言動が神がかっていて傲岸不遜な不思議ちゃんだったけれど、意外と面倒見が良い人だったよ、うん」

 

…えーと。

 

「…それでも、もっとお母さんのこと、聞かせてくれませんか?」

 

「それはもちろん。でもね、これ以上は、ちょっと素面では出来ない話かな」

 

「…え?」

 

「申し訳ないけど、まだ日は高い。続きは夕食の席でどうだろう?」

 

「………」

 

素面って、酔っぱらっていないことを言うんだよね、確か。

酔っ払わないと出来ないお話ってなんだろ? なんか嫌な予感が…。

 

「そういうわけで、調ちゃん、お手伝いをお願いしていいかしら?」

 

光恵さんがまたニコニコと笑っている。

 

「今日の夕食は鍋にするからね。好きな具材を買ってきちゃっていいから」

 

「は、はい」

 

思わず立ち上がってしまった私に、バックと小さなガマグチを渡してくれる光恵さん。

 

「荷物持ちは、こっちの図体だけでかい馬鹿息子を使って貰って構わないからね」

 

「ちょ! おふくろ…ッ!?」

 

ヨシキくんは慌てて立ち上がろうとして―――前方に、うつ伏せに倒れてしまう。

 

「いちち…」

 

きっと足が痺れたんだ。それは分かっている。

けど、そんな床から顔を上げられると、またスカートの中が見られちゃうよ。

私が裾を押さえながら軽く睨んでいると、光恵さんが言う。

 

「…不埒なことをしたら、遠慮なく折檻して貰っていいからねッ」

 

光恵さんに、足をグリグリされて、ヨシキくんは悶絶していた。

ちょっと可哀そうだったけれど、お母さんにあんな風にされるのって少し羨ましいかも。

 

 

 

 

 

 

というわけで、ヨシキくんと一緒に夕食の買い出しに行くことになった。

 

…あれ? 

冷静になって考えてみると、男の人と二人きりになるって、初めてかも…?

あ、ウェル博士はカウントしない方向で。

 

「あ、こっちの道を行ったほうが近いから…」

 

隣を歩くヨシキくんは、本当に背が高いんだ。

なんか色々と新鮮で、ちょっぴり緊張して身構えてしまう私。

 

「…し、調ちゃんは、どんな鍋が食べたいの?」

 

「それは……お財布の中の予算と、お店の値段と相談します…」

 

「そんなに気を使わなくてもいいからさ。だから、遠慮なく好きなものを買ってもらって大丈夫だからね?」

 

 

 

 

 

 

ヨシキくんはそうは言ってくれたけど、私のお財布じゃないし、なるべく安くて良いものを買わなきゃ。

そう心に決めて、到着したスーパーは結構大きい。

初めてのお店なので、ヨシキくんが軽く売り場を案内してくれた。

私が普段使っているお店より品揃えが良くて、少しワクワクしてきた。

 

実は、説明を受けている最中に、私はざっと目ぼしを付けていたり。

なので、真っ先に戻ったのは青果売り場。

さっきちらっと見て驚いたけど、凄く新鮮そうな白菜。

芯の切り口を見ると、うん、やっぱり真っ白だ。

表面の葉っぱに黒い斑点が浮かんでいるのはゴマ症と言って、これ自体は悪くなっているわけじゃないれど、見栄えが悪いから一枚むしる。

持ってみると、ギュッと詰まっている感じで重い。最高の白菜かも。

 

「うん、これにします」

 

ヨシキくんの持っているカゴに入れて、次はネギ。

こちらも先端が青々としていて、芯がしっかりと太くで締まっているものを選ぼう。

 

「ネギはこれかな」

 

次はお豆腐。

三パックセットと二パックセットの値段を睨めっこ。

…ここは奮発させてもらって、割高になるけど二個セットにさせて貰っちゃお。

 

これで、後はお肉を…。

 

精肉コーナーへ向かおうと思ったら、いきなりカランカランと鐘が鳴り響いて驚いちゃう。

 

『え~、ただいまより国産地鶏のタイムセールを開始します。手羽元、胸肉、モモ肉を、お一人様一パック限りの大特価で…』

 

国産!? 大特価!? 一人一つッ!!

 

「ヨシキくんッ!」

 

ヨシキくんの手を掴んで、特売コーナーへ一直線。

既にお買い物にきたおばさんやお母さんたちでごった返していたけれど、こういう時こと私の小さな身体も役に立つ。

頭を低くして、おばさんたちの身体の隙間へ入り込む。

低い体勢のまま、売り場のパックを二つ取ったら、係の人から「一人一個だよ」と言われた。

なので、後ろでおばさんたちより頭一つ以上は高いヨシキくんを指さすと、係の人も納得してくれたみたい。

なので、狙い通り手羽元をゲットすることが出来た。

 

「良いものが買えた…」

 

特売ということで、本当に安いお値段。それでもかなり物は良さそう。

ああ、なんか達成感が凄い…!

 

そのあとは調味料コーナーに行って、お鍋用のゴマダレとかポン酢ダレを物色する。

ヨシキくんから家に電話して貰って、足りなさそうなそれら調味料を購入してお会計。

 

うん、思っていたよりずっと安くて良いものばかりが買えたよ。

 

「これってなんの鍋を作る材料なのかな?」

 

ヨシキくんが荷物をエコバックに詰めながら尋ねてくる。

 

「鶏の水炊きです」

 

鶏肉は安いから、私たちの家でも定番のお鍋。

作るのは簡単だし、鍋だと野菜もたっぷり食べられてとってもヘルシーなんだ。

 

「―――うん、調ちゃんは良いお嫁さんになれると思うよ?」

 

感心したようなヨシキくんの声に、私は一瞬硬直してしまう。

 

別にそんな風に言われたのは初めてじゃない。切ちゃんやマリアにしょっちゅう言われている。

けれど、こんな齢の近い男の子から言われたのは初めてで。

 

きっと意味はそのままで、切ちゃんたちが言ってくれているのと同じだと思う。

けれど、なんだろう、胸のあたりがくすぐったくて、なんだか恥ずかしくなってきた…。

 

なぜかヨシキくんの方が見られない。

なので私は顔を反らして足を動かす。

別にこっちが帰り道かどうかなんて分からなかったけれど、ずんずんと前に進む。

見知らぬ街並み。

立ち並ぶ家から流れてくる夕飯を支度する匂い。

どこか懐かしくて平和な光景が、心を落ち着かせてくれる。

 

買い物自体はとても楽しかった。

良いものを買えたのも嬉しいし、大きな身体のヨシキくんに感心されたのは凄い優越感。

 

少し後ろを荷物を抱えて歩いている彼をそっと振り返る。

 

…ひょっとして、もしかして。

ヨシキくんは、特に取引とか意識してないんじゃないのかも。

まだ出会って全然時間は経ってないけれど、なんか切ちゃんみたいに分かりやすい性格をしている気がする。

だから、本人も、元から私にイジワルするつもりもなくて。

それどころか、私のシンフォギア姿も、コスプレをしているみたいに思っていたりして…?

 

 

 

そんな感じで楽観に傾いた私の心の天秤は、一瞬でひっくり返る。

 

 

 

「月が綺麗だねー」

 

 

 

……ッ!

 

月は、私の苗字に入っている一字。

けれど、私が思わず足を止めてしまったのは、月そのものが私たちシンフォギア装者にとって、凄く関りのあるものだから。

 

「いやいやいや! 前のまん丸い月も良かったけれど、今の月も赴きがあるっていうか…!」

 

続けてのヨシキくんの台詞に、私は背筋が凍る思いを味わう。

 

私たちは直接関与していないけど、月自体が欠けたのには、響さん、翼さん、クリス先輩の三人が関わっている。

その時の激闘でどうにかフィーネを倒したけれど、月を壊すことまでは止められなかった。

 

「………」

 

無言でヨシキくんを見上げる。

これ以上、彼が何を口にするのか怖い。

でも、今の私には、震えながら待つことしか出来ない…!

 

「そ、そういえば月が落ちてくるってオカルト話もがあったよねー。調ちゃんも聞いたことない? いつの間にか有耶無耶になったけどさ!!」

 

「………!!」

 

それは決定的な台詞だった。

それこそが、私と切ちゃんとマリア、それにマムが武装組織「フィーネ」として蜂起した理由なのだから。

ああ、やっぱり、と思いつつ訊ねずにはいられない。

 

「知ってて言っているんですか…?」

 

その時のヨシキくんの浮かべた表情。

 

しまった、という感じがした。

照れ臭そうな印象も受けた。

後悔している風にも見えたし、何よりその目はとても悲しそうで―――。

 

駄目だ。複雑すぎて私にはよく分からない。

理解できないまま、私の頭にはマリアの声が蘇る。

 

私たちのシンフォギア装者たちは幾つもの戦いを繰り広げてきた。

そんなアタシたちの活動は、世間にはどれだけ広まっているんデス?

切ちゃんがそう素朴な疑問を口にしたときのお話だ。

 

『点と点が穿たれたのは間違いないわ』

 

『点と点デスか?』

 

マリアの発言に、首を捻る切ちゃん。

 

『わたしたちがノイズを倒している姿を目撃されることは避けられない。情報部の人たちが攪乱してくれているみたいだけど、人の記憶までは改ざんできないわ』

 

それが点の一つ。

 

『そして、わたしたちの出撃する先には、必ずノイズや超常的な存在がいる」

 

これがもう一つの点。

 

『この点と点が繋がれて線が引かれた時、シンフォギアや聖遺物といった機密の存在に気づく人が出るかも知れない。

 ―――わたしたちの正体も含めてね』

 

ノイズに対抗できる装備はシンフォギアしかない。

装者をはっきりと目撃した人は、S.O.N.G.の保安部の職員さんから口止めの誓約書を書いてもらうことになる。

でも目撃者がたくさんいたりしたら、とても全員の口止めは出来ない。

 

『ネット上で幾つも考察サイトが出来ているよ』って、前に藤尭さんに教えてもらったことがある。

そんなサイトの話題を誘導したりするのは、マリアの言う情報部の人たちの攪乱なんだ、きっと。

 

…もしかしたら、ヨシキくんもそういう考察サイトを見ていたのかもしれない。

そこに、私のシンフォギアを纏った姿という情報が加わって、引かれた線がはっきりと一つの絵になった…。

 

 

「どうか両親にはこのことは言わないで。お願い…」

 

ヨシキくんが両手を合わせて頭を下げてくる。

 

きっとこの言葉には二つの意味があると思う。

つまり、ご両親には私がシンフォギア装者であることを伝えていないこと。

そして、ご両親を巻き込みたくないという気持ちの表れだ。

 

「………」

 

考え込む。

私だって、建夫さんや光恵さんを巻き込みたくない。

切っ掛けは私のミスで、すぐに司令に相談しなかったのもやっぱり私のミスだ。

 

…今からでも司令に連絡したらどうだろう?

 

でも、時間が経ってしまっているから、きっとヨシキくんの準備は万端だ。

情報部が色々と押さえる前に、私の正体はネット上にばら撒かれてしまう。

 

もし仮にそうなれば、ヨシキくんの身柄は拘束されちゃうんだろうな。

解放されても、不自由な生活を送ることになるかも知れない。

 

じゃあ正体をバラされた私はどうなるの?

間違いなくリディアン音楽院には通えなくなる。

もっと悪ければ、切ちゃんたちともバラバラに暮らさなきゃならなくなるかも知れない。

そして、建夫さんと光恵さんに、私のお母さんの話を聞くことは永遠にできなくなるんだ。

 

ヨシキくんの握っているのは諸刃の剣。

振るえば、彼だけでなく私もひどく傷ついてしまう。

 

だからこそ、その剣を振るうという主導権は彼にあるわけで―――今の私は大人しく従うしかない。

 

もちろん私にも今すぐにでも司令に連絡するという解決手段はあるけれど、でもそれは、本当に最後の手段だ。

 

 

首筋を撫でる風が、ひやりと冷たい。

買い物をして楽しかった気分はすっかり冷めてしまった。

一気に落ち込んだ気持ちを抱え、私は黙って頭と足を動かす。

 

家に戻ったら、ヨシキくんはまた何か取引を提案してくると思う。

これ以上何を提案されるのか、全然予想も出来なくて不安。

 

 

私は思わずキュッとスカートの裾を握り締める。

 

 

 

…えっちな要求だったらどうしよう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

“第一回チキチキ装者会議”

 

 

某S.O.N.G.本部の会議室にて。

 

そこには複数の少女たち(若干名誤表記あり)が集められていた。

だが、彼女たちの顔は見えない。

なぜなら全員が、先っぽの尖った袋のような覆面を被っているからだ。

 

「では今から、調の奪還作戦の秘密会議を始めるデス!」

 

額に『13』という数字が書かれた覆面を被った少女が宣言する。

 

パチパチと一人拍手したのは額に『5&5』と書かれた少女。

その隣で「あはは…」と笑っている雰囲気を出しているのは、『XV』と書かれた少女だった。

 

そしてその対面では、額に『S』と書かれた少女(微妙)がワナワナと拳を震わせる。

 

「ツアーから帰投したと思ったらいきなりこのような覆面を被せられる屈辱。だがこの残酷さ、今の私には心地よい…!!」

 

そんなS少女を横目に眺めるのは、額に『XL』と書かれた少女だ。

彼女はテーブルに頬杖を突き、あきれたような口調で議長に先を促す。

 

「で? わざわざあたしらを集めて奪還作戦とか銘打っているけど、具体的に何をするんだ?」

 

「そもそも調は自分の意思で出かけたんじゃないの?」

 

XLの少女の発言に言い添えるように声を上げたのは、額に『OL』と書かれた少女(笑)である。

 

「そ、それは…! そう見えるかも知れないけれど、きっと脅されて出ていったのデス! 決して調は好き好んでお泊りに行ったわけじゃないんデス!」

 

13の少女は必死で抗弁するも、それを見守る他の面々の視線はやや生温かい。

それというのも事前に配布された資料では、渦中の月読調が、一人の少年とスーパーで買い物をしている写真が添付されていたからである。

おそらく隠し撮りらしく、やや被写体にブレがあるも、見る限り楽しそうに買い物をしているように思える。

 

「…大きいな」

 

Sの少女が呟く。これは調と一緒にいる少年を指しているわけで、二人の身長差から余計そう見えたのだろう。

 

「あら? こっちの写真なんか、仲良く手を繋いじゃってるじゃない?」

 

OLの少女は、まるで母親のような優しい声音で言う。

 

「少なくとも、イヤイヤって感じはしないんだけどよ」

 

XLの少女も素直な感想を口にする。

 

「う~ん、切歌ちゃんの気持ちも分かるけどさ! これって調ちゃん個人の問題でもあるんでしょ?

 だったら奪還とか言わないで、もう少し温かく見守ってあげるべきだとわたしは思うな!」

 

5&5の少女に視線が集中したのは、彼女にしては珍しくまともな意見を口にしたからだろう。

これまた珍しく説得力のある意見でもあったので、隣のXVの少女は、喜色に溢れた声で「もう響ったら! 切歌ちゃんじゃなくて13のナンバーで呼んであげなきゃ♡」とその袖を引いていたり。

 

対して、この会議の議長にして主催者たる13の少女は、ギリギリと悔しそうに歯噛みをしている。

彼女自身が隠し撮りをしてきたわけで、二人が仲良く買い物をしているという雰囲気は、いの一番に味わっていた。

それでも敢えてこのような会議を招集し、これら資料を仲間に叩きつけたのは、彼女の経歴を鑑みれば仕方がないことかも知れない。

それが分かっているだけに、他の仲間たちも厳しい意見を口にしないように思われた。

 

それでも諦めきれない少女は、皆に次の情報を開示。

 

「買い物の帰り道で、この男の子から『月が綺麗だね』って言われて調が硬直していたんデスけど、どういうことデスかね?」

 

「ほう!」と真っ先に声を上げたのはSの少女。

続けて「…マジかよ?」と驚きの声を上げたのはXLの少女だ。

 

他の面々は意味が分からず困惑する中、まずはSの少女に説明が求められた。

 

「かの小説の大家である夏目漱石は、英語教師として教壇に立っていたことがあったそうでな。

 その時に、生徒たちに「I LOVE YOU」を訳せと命じたところ、「我、君を愛す」と直訳した。だが漱石は、「日本人はそんな直接的なことは言わない。『月が綺麗ですね』とでも訳しなさい」と告げたと言われている。

ふっ、実に日本人らしい奥ゆかしい感性に、さすが文豪と呼ばれる漱石翁らしいエピソードではないか」

 

XLの少女も捕捉。

 

「ま、おおむね先輩の言う通りさ。あたしもリディアンに入ってから、英語教師から聞いた話だけどな」

 

言われて、13の少女の全身がワナワナと震え出した。

 

「あ、あ、あいらぶゆーデスと!? そんなの調には全然早すぎるデース!!」

 

半ば絶叫する彼女を眺めるOLの少女は、「あらあらまあまあ」と驚きつつもどこか楽しげ。

 

「つーか、マリアたちが知らねえのは無理もないことなんだろうけど、純日本人であるおまえたちが知らねえってどういうこった? 先輩でさえ知っていたんだぜ?」

 

無意識で某Sをディスりつつ、XLが水を向けたのは、5&5とXVの二人組。

だがそこに展開される光景は、ある意味当然すぎる想定内。

 

「未来! 月が綺麗ですね!」

 

「ううん響ッ! 私こそ…月が綺麗ですね!」

 

「そーゆーのは家でやれ!! …つーか、この覆面に意味はあるのか、おいッ!」

 

 

 

 

二回目に続く。

 

 




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