ツインテールの小さな姉が出来た   作:とりなんこつ

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第7話 お泊り②

「ああやってキッチンに立つ調ちゃんも可愛いと思わないか?」

 

リビングにて。

夕刊を手に、リラックスしてソファーに座る親父がそう言った。

 

「うん、そうだね」

 

答えた俺は完全に上の空。

 

夕食の買い出しから帰ってきて早々おふくろは夕飯の支度を始めて、「あ、手伝います」と調ちゃんも自前の荷物からエプロンを引っ張り出していた。

袖口にフリルがついたピンクのエプロンは、ツインテールと一緒にぴょこぴょこ揺れて確かに可愛い。

でも、俺の内心は間違いなく修羅場である。

 

なにせ買い物の帰り道、なぜか彼女に告るみたいな恰好になっちゃっている。

『月が綺麗ですね』

あんな文学少年みたいな告白ネタは、誓ってそんな意図で口に出したわけじゃない。

けれど、それを聞いた調ちゃんの青ざめた顔が心に突き刺さっていた。

 

―――うん、絶対に引かれたわ。

むしろドン引きだろ。

 

そもそも彼女の視点から見てみよう。

俺に華奢な外見から年下扱いされた挙句、今度は急転直下の告白だ。

そんな一貫性のないアクションをする俺は、果たしてどんな風に映っているものか。

よっぽど頭がイカれているか、重度のロリコン野郎…ってのはさすがに彼女に失礼か。

 

そっとキッチンの様子を伺う。

おふくろと一緒に調理している調ちゃんは、何やら会話を交わしている。

一見楽しそうだけれど、今日の俺の醜態を報告しているかもと思うだけで頭の奥がじりじりと過熱。

ソファーのクッションを頭にかぶり、ドタバタと転げまわりたい衝動に必死に耐える。

 

 

どうかにか調ちゃんに、さきほどの件を黙っていて貰えないかな?

いっそ墓場まで持っていって欲しい。

夕食の席でこれ見よがしに暴露されたら、俺は少なくとも気絶、もしくは憤死する自信がある。

 

くそう、俺の脳みそよ、いまこそリミットを解除してくれ! 

フル回転していっそ流れ星のように燃え尽きたってかまわない。

この窮地を脱するアイディアを与えてくれるならば…!

 

 

ピコーン! と確かに頭に鳴り響いたのは、起死回生のアイディアが降ってきた証。

決して変なフラグが立った音じゃないぞ? 本当だぞ?

 

 

取り合えず、俺がやらかしたことを整理しつつ再確認。

 

まずは、初顔合わせで、その外見から年下扱いするという大失態。

続いての買い物の帰り道では、意図せぬ告白に及んでしまうという大失態パート2。

 

つまり俺は、彼女を 年下 → 同年代の女の子 という流れで認識してきた。

しかし現実的に、彼女は俺よりほんの少しだけ早く生まれている年上である。

 

ここで調ちゃんが俺の家に世話になるって可能性と大前提に立ち返った場合、彼女は俺の姉というポジションになるわけで、もし本人もそう思っていたとしたなら、俺から年下扱いされたことに腹が立つのは当然だな。

姉弟の関係になろうとしていたのに、告白なんてのも噴飯ものだろう。

 

ならば、彼女の機嫌を宥め、現状を回天させる策はただ一つ―――!!

 

 

「はい、出来ましたよ~」

 

おふくろがグツグツ煮えた鍋をキッチンテーブルの上へ運搬している。

 

「ああ、美味しそうな匂いだ」

 

嬉しそうに親父がキッチンへと向かい、俺も続く。

 

席に着くと、調ちゃんが取り鉢や箸を配ってくれる。

じっとりと手に汗を掻く。

心臓はドキドキしていて、口の中もカラカラだ。

 

「…どうぞ」

 

渡してくる調ちゃんの覚悟を決める。

よし、言うぞ。

言うったら言うぞ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、…調姉さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これぞ俺の切り札。

何気ない物言いで姉弟という点を強調。姉として彼女の立場を持ち上げて、弟として俺は従属しますよというニュアンスを滲ませる、冗談抜きの生存戦略。

 

調ちゃんはきょとんとした顔つきになる。

表情から何を考えているかは伺えない。

ヤバい、しくじったか!? と背筋を寒くなる俺の目の前で、彼女の細い首筋の色が見る見る変化していく。

 

いや、本当、調ちゃんは色白だから余計そう見えるんだろうけど、人間の肌ってあんな真っ赤に染まるもんなんだね?

 

「………」

 

調ちゃんは何も言わない。でも、機嫌を損ねたわけではないみたい。

じっと見つめているのもなんなので視線を逸らしていると、なんだかおふくろが歓声を上げていた。

 

「あらあら二人とも、いつの間にそんなに仲が良くなったの~?」

 

喜びも露わに俺を見てくるおふくろ。その右目をバチバチするのはウザいからやめてくれよ…。

 

「仲が良いのはいいことだよ。うん、めでたい、飲もう」

 

親父も訳の分からないことをいって缶ビールを開けているし。

 

そして調ちゃんはというと、無表情のまま椅子に腰を下ろしていた。

でもやっぱりその首筋は真っ赤なままで。

さすがに俺の家族も、面向かってそのことを指摘するほど野暮じゃない。

おふくろも親父も上機嫌のまま、粛々と夕食が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、詠花さんの話なんだけどね」

 

親父が珍しく4本目のビールを飲み干してから語り始めた。

『素面じゃあ話せない』。

もしかして、酔っぱらわなければならないほどのヘビーな過去の追憶編か…?

 

 

なんて身構えていた時期も、俺にはありました。

 

 

 

取り合えず、話が始まっておよそ30分。

親父とおふくろの高校時代の出会いから始まる惚気話でした。

 

 

…ご馳走様です。勘弁してください。

正直いってお腹いっぱいです。ゲップが出そうです。むしろ吐きそうです。

 

両親の青春時代の甘酸っぱい思い出なんぞ、実の息子の俺にとって大量のアンコと塩水を一緒に飲ませられるみたいなもんだ。

そりゃあ親父も素面じゃ話せないよなあ、と納得する反面、こんな拷問に至る話など聞きとうなかった…!

 

 

 

それでも俺が制止できないのは、なんと調ちゃんが興味津々な様子で聞き入っているから。

いっそ彼女をおいてキッチンから離脱しようかとも考えたが、その瞬間、調ちゃんの口から今日の俺の醜態が晒されるかも知れないと考えると、とても実行できない。

 

まさに進むも退くも地獄のようなこの状況。

 

ああ、神様。俺はそんなに悪いことをしましたか?

毎日真面目に生きて来たつもりです。悔い改めますので、どうかお救い下さい。

 

俺が心の中で十字を切りつつひたすらナムアミダブツを繰り返していると、実に久しぶりに『詠花先輩』という単語が会話の中に出てきた。

 

「と、そこで詠花先輩に『気になるなら、声をかけてみれば?』って言ってくれたのよ~♪」

 

きゃぴきゃぴという声を上げておふくろ。

『年甲斐もないな』という単語が脳裏に浮かび、思わず口をついて出そうになった俺だけど、ぐっとこらえて情報の整理に努める。

 

聞いたかぎり、詠花さんに親父とおふくろの三人は同じ高校の出身。

詠花さんが三年生のとき、二人は一年生だったらしい。

そんで親父のことが気になっていたおふくろが、詠花さんの後押しを受けて告白。無事交際に至ったと。

…ごめんなさい。こんな時、どんな顔をすればいいのか分からないの。

 

「詠花先輩は『大丈夫。告白は失敗しなよ。将来は温かい家庭も築ける』とか、まるで未来を見て来たみたいなことを言うのよね~」

 

うっとりと頬を赤らめるおふくろ。

 

「そうだね、まるで予言者みたいな人でもあった。かくいう僕も就職するとき、先輩のアドバイスに従ったんだよ」

 

高校を出た親父は、二つの企業から内定を得ていた。

一つはそこそこ老舗で社員数も多い大きな企業。

もう一つはベンチャー企業で、社員は片手で数えるほどしかおらず待遇も決して良くない。

 

安定を求めるなら前者一択だったろうが、親父は後者の企業を選択。

就職した二年ほどは鳴かず飛ばずの業績の小規模な会社だったそうだが、五年目にしてとある独占技術を開発。大手企業から技術提携の打診が来るわ、業績は跳ね上がるわ。

そんな大躍進のおかげで親父も異例の若さで取締役の一席を貰い、会社自体も現在も順調に業績を重ね続けているとか。

 

「詠花先輩が僕にこのの会社を勧めた時『若いから失敗しても大丈夫さ。勉強だと思って五年は頑張ってみなよ』とかいっていたけれど、いま思えばこの結果を見越していたのかも知れないな…」

 

…なるほど。人が良いだけが取り柄に思える親父が、意外な押しの強さや場をまとめる能力を発揮したり、我が家が結構裕福な理由が分かった気がする。

 

「そういうわけなんだ、調ちゃん。君のお母さんは、まさに僕たちにとっての恩人なんだよ」

 

「そうそう。あの人がいなければきっと私もこの人と結婚してなかったし、娘も、こっちの息子も生まれてなかっただろうし」

 

なんか親父とおふくろが見つめ合っている。

くあ、背中がムズムズする。

居たたまれなくなった俺は、思わず話に割り込んでいた。

 

「そういや、詠花さんと親父は同じ村の出身なんだろ? なんか古い家系とか言っていたけど、そういう予言視の能力があったとか?」

 

田舎の古い家系に連綿と受け継がれる血統と異能力。

古典の探偵小説から近年のラノベまで良く見受けられる設定だ。

俺のオカルト趣味的な見地からも興味をそそられる。

ぶっちゃけ、親父の実家なんてそんな身近に存在するなんて思ってなかったけれど。

 

「ん~、まあ、本家の人間は色々と不思議な力があるって子供の時は良く聞かされたけれど…」

 

親父が顎に手を当てて考え込む。

 

「でも、今思い返せば、傍流の人間たちに、本家のことを絶対視させるための言い聞かせだったのかも知れないね。なにせ小さな村だったし」

 

「すると、実際に本家の人たちに不思議なことってのは…?」

 

「ないない。でも、そうか、詠花先輩だけは特別というか不思議な人ではあったよ」

 

親父の証言に俺は考え込む。

なんの変哲もない田舎の町で、詠花さんだけが家系に関係なく不思議な力を持っていたってことだろうか。

それとも、詠花さん自身も単に勘が鋭いだけ、もしくは無責任なことを言う人だけだったのかも知れない。それが偶々ハマって、親父たちが恩義に感じている可能性もあった。

 

「そういや、親父の村にはいま誰も住んでいないし、村人もどこへ行ったのかも分からないって言ってなかった?」

 

こっちの方も割りとオカルトな話だと思う。

 

「ああ、僕が村を出て二年後くらいだったかな? 大雨からの土砂崩れで家が数軒がつぶされるわ、主要道路が寸断されるわで、散々でね。もともと立地の良い場所でもなかったから、誰ともなしに次々と引っ越していったみたいで」

 

「親父の両親は?」

 

「僕の両親は、小さかった頃に亡くなっているんだよ。そこで、詠花先輩の本家の離れでお世話になって暮らしていた。そのころから詠花先輩には可愛がってもらっていたのさ」

 

「………」

 

わー。オカルトでもなんでもなかったわー。

 

「でも、詠花先輩は一回だけ変なこと言っていたのは印象に残ってるけどね。本家を出奔した理由を尋ねたら『わたしの身を依り代にしようとしてたのよ? 馬鹿馬鹿しい』だって」

 

消えたと思ったオカルトの炎が息を吹き返す。

 

「依り代ってことは、何か神様とかを降臨させるってことでしょ?」

 

自分でも思ったより喰いついてしまう。けれど、親父は笑って肩透かし。

 

「さてねえ。本家筋じゃない僕が教えて貰わなかっただけかも知れないけれど、少なくともうちの村で奉っていたのは神様じゃなくて“鬼”だったよ?」

 

鬼、ねえ。

鬼ってなると依り代っていうより、生贄とか退治ってイメージだよなー。

考え込んでしまう俺の横で、調ちゃんは親父にもっと詠花さんのエピソードをねだる。

 

「娘である那由多が生まれた時、詠花先輩がお祝いに来てくれたことがあったよ。『この子は将来大物になる』って言われたけれど、これも予言だったのかもね」

 

暢気に親父は答えているが、俺の姉貴が大物というか天才なのは本当だ。

外面も良くて、世間的には才媛とか言われているけれど、俺にいわせりゃ何かと天才は紙一重を地で行く悪魔なんだよなあ。

 

「けれど、由輝が生まれた頃には音信不通になっていてね…」

 

親父がしんみりとしたのは、その頃にはきっと調ちゃんが生まれていたはずだからだ。

間もなくその詠歌さんとその旦那さんも事故で亡くなったそうだから、調ちゃんは両親の顔すら知らないことになる。

 

結局、詠花さんの情報は、親父たちが付き合っていたころの学生時代の面白エピソードが大半となった。

当たり前だけれど、調ちゃんのことが言及されることはない。

そんな話の断片ばかりを聞いて、調ちゃんは満足なのだろうか…?

 

いつの間にか鍋は片づけられ、俺たちの前にはデザートらしきものが載った皿とお茶が置かれていた。

「調ちゃんの買ってきてくれたバナナボードよ」とおふくろが言っていたのを遠慮なくパクつく。

うん、美味いな、これ。

なんかしんみりとした空気はそのままに、紅茶の匂いとカチャカチャと茶器を動かす音だけが響く。

 

『お風呂が沸きました』

 

突然の電子音に、俺は思わずビクっと肩を震わせる。

 

「ほら、由輝、さっさと入っちゃいな!」

 

と、おふくろ。

 

「え? 俺が一番風呂でいいのかよ?」

 

「なあに? あんた調ちゃんの残り湯の方がいいの?」

 

「っ! なに馬鹿なこといってんだよ、おふくろ!」

 

「上がる時、きちんとお湯は抜いてきなさい。あ、でもそうなると、調ちゃんも最初に入ってお湯を抜いちゃう?」

 

おふくろと一緒に見ると、調ちゃんは顔を真っ赤にしていた。

消え入りそうな声で言う。

 

「…わ、私はシャワーで十分です…」

 

いかん、調ちゃんが困っておられる。

 

「それなら俺がちゃちゃっとシャワーで済ませてくるからさ」

 

「そうね。なんにせよさっさとあんたから入ってきちゃいなさいな」

 

慌てて俺は二階の自室へ着替えを取りに走る。

 

 

 

 

 

 

俺が風呂から上がると、入れ替わりでおふくろが調ちゃんを誘導していく。

 

「さて、僕は夕食前にシャワーを浴びたから、先に寝るよ。ちょっと飲み過ぎた」

 

親父も寝室へ引き上げて、俺はリビングに一人きり。

何気なくテレビを眺めていると、背後にほっこりとした気配。

ツインテールじゃないストレートヘアーをタオルで拭いながら、調ちゃんが立っていた。

 

…女の子の濡れ髪はエロいって言ったのは誰だっけ?

 

出典はともかく、今この瞬間、俺は絶賛その格言を体感中だ。

 

艶やかな髪は頬っぺたにくっついているあたり、可愛らしいを通り越してなんだか色っぽい。

加えて、ピンクの上下のパジャマは、上着の丈が長くてダボっとしていて、袖口から小さな指だけ覗いているのはいわゆる萌え袖。

それが同年代の女の子っていうのはフィクションの世界で良く見るチュエーションだけど、彼女は今、間違いなく俺の前に実在するわけで。

 

やべえ、なんか胸がドキドキして、顔が火照る…!!

 

「本当、調ちゃんの髪は綺麗ね~」

 

ドライヤーを持ってきておふくろが調ちゃんの髪を褒めている。

そのままソファーに座った彼女の髪を乾かし始めて、俺はなぜかキッチンへと避難。

冷蔵庫から冷たい麦茶を出してがぶ飲み。

 

つい先日まで想像もしなかった、リアルJKが泊りにくるというこの状況。

実際にはJCくらいに見える調ちゃんだけれど、可愛いことは否定できない。

 

これまた漫画みたいにラッキースケベやムフフな展開を想像してしまう俺は、誓って健全な男子高校生である。

だが、あくまで想像だけ。期待なんか出来るわけない。

調ちゃんの青ざめてドン引きしていた顔を思い出してカームダウン。

だいたい弱みを握られているのは俺の方で、万が一、本当に万が一だぞ? 彼女にR指定な行為にでも及ぼうものなら、おふくろが出張ってきて間違いなく処されるだろう。

 

そうだそう落ち着け俺。カームダウンしろカームダウン。

調ちゃんはそういう異性の対象として見るのではない。

むしろ実の姉のように思うのだ…!!

 

「それじゃ私もお風呂に入ってくるから、由輝、客間に布団を出してあげて」

 

「え? 客間に泊まるの?」

 

「あったり前でしょ? 那由多の部屋に泊めたら、あんたと調ちゃん、二階に二人きりじゃない」

 

げ。

考えて見りゃ当たり前のことをおふくろに指摘されてしまった。俺の失態パート3だわ。

おそるおそる調ちゃんの様子を伺う。

何も言わない彼女の頬が赤く見えるのは、お風呂上りのせいだと思いたい。

 

 

取り合えず、押し入れから来客用の布団を出す! そして敷く!

新品のシーツと枕カバーはおふくろが用意してくれていて、それもぴっちりと敷いて隅っこは三角にして畳との間に折り込む!

 

「と、取り合えず準備は出来たけど…もう寝る?」

 

「………」

 

「あはは、だよね、まだ早いよねッ!?」

 

夕食が早かったこともあり、時刻はまだ21時を過ぎたばかり。

こんな時間に寝なさいなんて、それこそ小学生扱いだろ。

なんとなくリビングへ戻り、なんとなくソファーへ座る。

調ちゃんもソファーに座って、点きっぱなしのテレビを眺めている。

 

「もしかして見たい番組とか…?」

 

調ちゃんが軽く首を振った。

それだけで黒髪がキラキラとして、なんだか甘くていい匂いが漂ってくる。

 

思わずうっとりとしていると、調ちゃんに名前を呼ばれた。

 

「あの、ヨシキくん」

 

「なあに、調姉さん?」

 

ここで調ちゃんと返しちゃあ失態はパート4まで突入だ。

終始一貫、調姉さんで通す。あ、でも心の中で調ちゃんと呼ぶのは勘弁してください。

 

「…その、ヨシキくんは、私に何をさせたいの?」

 

「…えッ!?」

 

「ううん、私に何をして欲しいの?」

 

―――今日の俺のタワゴトと失態を全て忘れてなかったことにして欲しい。

ムシの良すぎる願望が喉元まで出かかる。

 

ともあれ、急に思いもよらぬことを訴えてきた調ちゃんの行動が謎だ。

むしろ黙っていてもらう条件と引き換えに、何かをするべきなのは俺の方なのに。

 

と、ここで焦りは禁物だ。

顔を真っ赤にして黙り込む調ちゃんの台詞の真意を探ろう。

この様子から察するに、何か恥ずかしがっているようなんだけど…。

 

では、何を恥ずかしがっているんだろう?

同い年の俺といま、二人きりだから?

でも、今日、一緒に買い物をしてたときもはこんな感じじゃなかった。

となると、他に彼女が恥じらう理由なんて―――うん、一つしか思い浮かばないや。

 

「…はは。ひょっとして姉さん呼ばわりは嫌だった?」

 

おそるおそる言う俺に、調ちゃんの返答は。

 

「別に……イヤではない、よ…?」

 

恥じらう表情の中に、どこか嬉しさが滲んだ一瞬を俺は見逃さない。

つまり調ちゃん的に姉扱いされるのは嫌じゃないんみたい。むしろ嬉しい?

 

その上で「私に何をして欲しいの?」という意味をもう一度考えてみよう。

これを視点を変えて解釈すれば―――「私にもっと姉らしいことをさせて!」ってこと、なのか?

 

落ち着け、俺。ここで読み違えは許されないぞ。

同時にこれは難題でもある。

姉らしいことって何じゃらほい。

実の姉貴は参考にならんし…。

 

その時、俺の視線が電話機の横の鉛筆立てに止まったのは偶然だ。

でも、そこにあったのだ。

調ちゃんの申し出に対する、丁度良い試金石が。

 

俺はソファーから立ち上がる。

調ちゃんの華奢な身体が震えるのが分かった。うう、怖がらせて申し訳ない。

彼女の横を歩いて鉛筆立てからソフトケースに入ったそれを取り出す。

おそるおそるそれを彼女に差し出しながら、俺はあくまで弟を演じ続ける。

 

「…姉さん、耳かきをしてもらえるかな?」

 

他人から耳かきをしてもらったとして、してくれる相手と自分の関係というのは結構曖昧だと思う。

思い切りパーソナルスペースに踏み込まなければ出来ない反面、強いてしてもらうまでない行為こそ耳かき。

逆に言えば、そこまで自分を委ねられる関係といえば―――家族とか恋人とかくらいだろう。

ゆえに、家族である姉が弟にしても何も不思議ではない。不思議ではない…よね?

 

調ちゃんは目を見張り、それでもケースごと耳かきを受け取ってくれた。

だからといってOKだと判断するのは時期尚早。

ゴクリ、と俺の唾を飲み込む音が、自分でも驚くほど響く。

 

調ちゃんは俺を見上げた。

そして顔を伏せてしまう。

 

…はは、やっぱり駄目かあ。

 

残念なような当然のような苦笑いを浮かべる俺の前で、調ちゃんはパジャマに包まれた華奢な両膝を揃えている。

それから彼女は、ぽんぽんと自分の膝の上を叩いた。

 

え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、調ちゃん改め調姉さんに耳かきをして貰えることになりました。

心の中はひゃっふ~♪ というより マジですか…? って感じの驚きでいっぱい。

 

「し、失礼します…」

 

ソファーに横になり、調ちゃんの太腿の上に横からライドンオン。

なんか顔を真っ赤にしてプルプルしている彼女の顔を横目に―――いやあ、女の子の太腿の上って凄く柔らかくていい匂いがするんですね。パジャマの肌触りに、心臓がさっきからバグバグ言いっぱなしです。

 

「それじゃあ、お願いします…」

 

礼儀として目を閉じると、彼女の長い髪が頬をくすぐる感触。

それから耳の中に耳かきの先端が入ってきて、コシュコシュって感じで耳道を擦って行く。

 

うわ…。凄く気持ち良いナリ…。

 

俺だってそれなりに綺麗にしているつもりだから耳垢はないはずだ。

なのでこの耳かき自体は、耳の中へのマッサージみたいなもの。

自分で耳掃除をしていても結構気持ち良いけれど、他の人からしてもらうのは快感が段違いだぜ?

 

「…姉さんは、耳かきが上手だね…」

 

本心からの言葉。

横目で調ちゃんの顔を見上げたけれど、今度は影になってしまって良く見えない。

しかし耳掃除の先端の動きは更に大胆と繊細さを増したものになって、俺を更なる快感へと押し上げていく。

それでもいつまでも続けられれば中耳炎になっちゃうわけで、間もなく動きは制止した。

耳の中から耳かきが引かれていく感触に名残を惜しんでいると、ちょんちょんと頬を突かれる。

 

「反対も、します」

 

調ちゃんのか細い声に応じ、俺は彼女の膝の上からテイクオフ。

ソファーの反対側に身体を横たえ、先ほどの逆向きから頭をライドオン。

 

またもや始まった耳かきのあまりの気持ちの良さに、俺は陶然となってしまう。

本当に気持ち良くて口を半開きにしてそのまま意識も落ちかける寸前―――っと、危ない危ない、調ちゃんの膝を涎で汚すなんて言語同断だぜ…。

 

口を拭ってふとティッシュの行方を求めて視線を彷徨わせたとき。

リビングに続くドアに隙間が空いていて、そこからゲヒヒといった笑みを浮かべたおふくろがこっちを見ていた。

 

「まあ! 本当に仲良くなっちゃって! まあまあまあ!!」

 

「なあッ! ちがッ、おふくろ…!」

 

俺が思わず抗議の声と頭を上げようとした時。

 

「きゃッ!?」

 

ぐさッ!

 

「……ギニャアアアアア!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳かきをしてもらった俺は、自室のベッドに横になる。

ジンジンと耳が痛いのは、まったくの事故みたいなもんだ。

調ちゃんが偉く恐縮している横で、おふくろが消毒薬を浸した綿棒でグリグリしてくれたので、耳の中が化膿することはないと思う。

本当なら調ちゃんが客間に入ったのを見届けてから俺も寝たかったんだけど、『女子会』を主張するおふくろにリビングから追い出されてしまった。

 

うう、きっと今頃、二人して今頃俺のことをあげつらっているんだろうな…。

 

考えるだけで羞恥が募り、頭の中が熱くなる。

枕を被り、手足をジタバタするには、耳の痛みがセーフティみたいな役割を果たしてくれる。

耳が痛みを主張してくれるおかげで、考えに没頭せずに済んでいた。

考えてみりゃ、人間ってのは健康な五体満足でも精神的に落ち込む生き物なんだよなあ…。

 

 

耳の痛みを抱えたまま、俺は目を閉じる。

色々と思考を巡らすより痛みから逃れる方に集中していると、間もなく眠気がやってきた。

 

階下でおふくろたちが会話を交わしていることも、明日、調ちゃんを前にどんな顔をすればいいのかも、どうもでも良くなる。

抗いがたい眠気に身を委ねる寸前の最後の思考。

全部、明日になって目が覚めてから考えればいいさ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩、俺は夢を見た。

 

見知らぬ場所。誰もいない高い頂。

 

そこに二人並んで、夜空の月を見上げるどこか懐かしい感じのする夢だった。

 

 

俺の隣には、女の人が立っていた。

 

頭に被り物をしている彼女の顔は見えない。同時に、調ちゃんじゃないこともすぐに分かった。

 

なにせ彼女は、調ちゃんと比べ物にならないほどバインバインの人だったからね。

 

 

 

 

 




調ちゃんとただイチャイチャしたい人生だった…。
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