性格が反転したウマ娘たちと、過労死したり尊死したりするトレーナー達の話 作:室星奏
「ご、ごめんなさいっ!? 急いでて……」
「っ~たぁ。ちょっと! 走る時はちゃんと前見なさいよっ!」
ぶつかった瞬間に放たれた声は、普段聞き慣れたウマ娘のものだった。しかし、その言葉の内容はその子のものと180度かけ離れていた。
恐る恐る謝罪で下げていた頭を上げる。小柄な背中から垣間見える長き美しい髪――ああ、なんと哀れな事なのだろうか。
「……ごめん、ライス。色々慌ただしくて。ははは」
「ははは~じゃないッ! 怪我でもしたらどうしてくれるのッ!?」
臆病なライスは見違える程に強くなってました。お姉さんは嬉しいよ(悪い意味で)。
この異変の影響下にある筈なのだが、どこかしら無理に見栄張ってるように伺える。普段のライスを見続けていた私だからこその違和感なんだろうか? 彼女を指導した期間も、他のウマ娘たちより長いし……。
でも寧ろその姿はどこか愛おしさすら感じられる。彼女特有の魅力なのかな。今気づいたけれど私さっきからこんな事しか言ってない気がする。
あれ? 反転後のみんなの方が可愛いのでは?
これは一時の
「今度何か奢ってあげるから、とりあえず先行くね?」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ~ッ!」
マズイ、これは根に持つタイプのライスか(どういうこと?)。私の一番苦手なパターンだ。どうすればいいか……。秘密兵器『ルナコール』を使ってもいいのだが、ここで一つ問題が生じる。
『ルナコール』とはその名の通り、私がひとたび『ルナー!』と叫ぶと、ルナ(シンボリルドルフ)がどこからともなくやってくるという仲のいい私達だからこそできる荒業である。
……なのだが、ルナもこの異変下に置かれていたらどうだろう? この手の業は使えない可能性がある。
賭けだが仕方ない。やってみるか。
「ハルウララーッ!!!」
「へ?」
「……ォォトォォレェェエエナアアアッ!?」
私はハルウララの名を大声で叫ぶ。
ドドドドッと校舎の奥からそれにこたえるかのように、叫びながらハルウララが駆け走ってくる。その姿は『ルナコール』をした時にやってくるルナの姿にどことなく似ていた。成程、ハルウララが反転するとルナになるんだね。
……あれ、じゃあまさかルナの方は? 嫌な予感がしてならない。まあその確認は後にするとしよう。
「あっ、ライスさんっ!? トレーナーに何してるんですか!?」
「卑怯でしょトレーナーッ!!」
「知らない!! ハルウララ委員長、後は宜しく!!」
委員長ではないが、そう呼んでしまった。
響きわたるライスとハルウララの声を背に、私は勢いよくその場から離れる。『ハルウララコール』しばらくは乱用させてもらう事にしよう。余りに使い勝手が良すぎる。
***
そのまま校舎2階へとやってくる。念のため背後を振り返るが、そこにライスの姿はなかった。ハルウララさまさまである。
座学の時間はもう終わっているので、教室に残っているウマ娘は殆どいないと思ったのだが、一つの教室から何やら掠れ、淀んだ声が響く。そっと扉を開けると、そこには二人のウマ娘がいた。
しかも、二人ともチーム・スピカのメンバーだった。……のだが。
「ねえ、テイオー。来週レースだったわよね。私、勝てると思う?」
「なんでボクに聞くのさ……。ただえさえボクだって走りたくない気分なのに~」
「いや、話聞いてくれそうな子がアンタしかいなかったからさ~」
――……重ッ!? ナニコレ、息苦しッ!?
そこにいたのはトウカイテイオーとダイワスカーレットの二人。どちらも実力的には上位に入る程なのだが、何故そのような会話をする?
「ふ、二人とも、どうしたの?」
「ふやぁあぁっ!? 負のオーラのお化けッ!?」
「ああ……トレーナー。ちょっとしたお悩み相談よ……はあ」
テイオーは私を何だと思っているのか。ダイワスカーレットに至っては、かつての負けん気は何処に行ったのやら。こちらもこちらでかなりの反転具合だった。うん、重症だね。沖野トレーナー、ご愁傷様です。
重苦しいが、さすがにこのままにしておくのはダメだ。彼女達に期待している人達も多いことだし、少しだけ話を聞いてあげる事にしよう。私は、近くにあった椅子に座り話を聞く。
「何だか最近、調子出ないのよね~。ウオッカも力付けてきてるし、そろそろ負けちゃうかも」
「だ、大丈夫だと思うよ? スカーレットちゃんだって、前のレース大差だったでしょ? 大丈夫だって」
「そうだったかしら……」
自分が出たレースの結果ぐらいは忘れないでいただきたい。そこまで落ち込んでしまっていたら申し訳ないが私にはどうしようもできない。
「そうそう、だから自信もって。ね?」
「……わかったわ」
何でちょっと不機嫌そうなんだ。何はともあれ、とりあえず立ち直って(?)くれたので良しとしましょう。空気も少しだけ軽くなってきた。
あとは……。
「テイオーは、何があったの……」
「この前のレース転びそうになって……踏まれたらって思うと……ふえぇ~」
臆病にプラスしてネガティブと来たか。バレないように、異変前のトウカイテイオーを想像する。
ぴょんぴょんと笑顔で飛び跳ねながら、トレーナートレーナーと無邪気に呼んできて、『次のレース、絶対勝つからね!』と余裕そうに宣言する姿――。
うん、戻して。
「だ、大丈夫だよ。ほらほら、泣かないで? ね? 無事だからさ」
「まだトラウマになってるよぉ~。次のレースでまた転んで……いや、骨折までいったらあぁああ!」
おいおいこの展開、さっきオグリンでもやったぞ! 言っておくけど、私はママじゃないからなッ!
抱きかかえて、背中を優しく叩き落ち着かせる。とりあえず対処法がこれしか思いつかないのである。
「……親子ごっこなら、あっちでやってくれない?」
知らんわッ!!
まだスピカ2人いるんでしょ? これ体力もつんだろうか? いや、持たせなければならない。私は他のトレーナーのように、多数のウマ娘を見ているわけではない。つまり、一番手が空いているのは私というわけだ。
何だかんだ言って、ここまで8人のウマ娘の相手をしているんだ。きっと何とかなる筈……多分。
「あ、そうそう。スペちゃんとスズカさん、どこにいるか知らない?」
「ん? ……屋上にいるわよ。良い意味で酷くて、見てられないけど」
本当にどういう事? 何はともあれ、情報を教えてくれたので感謝の言葉を述べる。……とはいっても、テイオーの震えがまだ止まらないので、もう少し一緒に居てあげる事にしよう。