「――ださい」
暗闇の中、誰かの声が聞こえた。
その声と同時にぽかぽかとした暖かな光が俺の体を包んでいる。
「……ううん」
「もう、なかなか起きないですねぇ」
誰だ?
さっきから誰の声が聞こえるんだ?
だめだ。今日は体が上手く動かせない。まるで、中くらいの大型犬に乗られている重さ、こんなに体が重いなんて記憶にない昨日の俺は何をやらかしてこんな罰を受けている?
「せっかくわたしが作った朝ご飯が冷めちゃいますよぉ。今日も真面目に起きてくれないなんてしょうがないなぁ」
意識が少しずつ回復していってそれは聞き覚えのある声だと認識ができる。
だけどまた体が全く言うことを聞かずにそれが誰であるかは理解することができない。頭がいまだにぼーっと白色のもやみたいな霧がたちこめられて、ぼやかされている。
「……ふーっ。朝も自分から起きられない、ざこざこなご主人さま起きてくださ~い」
「うわぁっ」
声の持ち主は、痺れを切らしたのか耳元で甘ったるくささやく、声と一緒にふーっと息を吹きかけた。
「きゃはっ! やっと起きたぁ」
その息に驚いて飛び上がった俺は壁に頭を強打して起きるという一番最悪な朝を迎えて。
「いダっ」
「間抜けなぼけぼけご主人さま。朝から何やってるんですか~?」
「お゛ま゛え゛ぇぇ」
「おはようございます。朝からメイドに起こして貰えないと起きれないダメダメでマヌケなご主人さま?」
親から許可を貰った、高校生になってからの幼い頃からの念願だった一人暮らし。
バイトを掛け持ちしながら学費と家賃を払い、学生の本文である勉強も運動も俺はそつなくこなしていた。
このまま、近くのそこそこいい大学に進学して彼女をつくり、就職してその彼女と結婚する。
幼い頃からテレビを見て育った俺は特別とはかけ離れ人生を目指して、人生設計をたてていた。
特別な主人公みたいな生活を送りたいわけでもなく、普通のどこにでもいるような平凡な人間としてそこそこの人生を生きていく。
――そうなるはずだったんだ。
ただ一つ、誤算だったのは俺を最悪な起こし方をして、ベッドの外に立っている俺よりも年下の彼女が俺の前に現れるまでは。
「高校生にもなって、まだ一人で起きられないんですか? 二度寝なんかの誘惑に負けた、ざこざこなご主人さまぁ」
その目は完全に俺のことを見下している、ちょっとだけつり上がった勝ち気な夕焼けよりも赤い目。ぷっくりとした薄桜色の唇は三日月形にニヒヒと、歪ませながら笑っている。
本人は真っ白な手袋をした小さな手で口を覆っているが、その小さな手ではニヤけきった口角はぜんぜん隠しきれてなどいない。
どこで買ったか分からない白黒のカチューシャでピンク色の髪を押さえて、本人は隠しているつもりだけど毎朝毎朝丁寧にセットしているツインテールをなびかせている。そのピンクの髪は朝一番の太陽の光を浴びて、陳腐だけどキラキラとどんなシルクよりも輝いて高級そうに見えた。
そして、その美しさによって今彼女が履いている白色の無地の普通の靴下にすら高級感がある。
そんな寝起きの俺でもこれだけの言葉を連想させるんだ、容姿だけなら今まで彼女以上に美しい女の人は見たことがない。
「ま、年下のメイドよりも早くに起きられないなんて、なんて間抜けなご主人さま。わたしがいなくなったらどうするつもりなんですか~」
そう、容姿だけ。
口を開けば数え切れない暴言、煽り、俺へのマウント。
どんな親の元で育てられたか分からないが、普通の親が育てたらこんなにも乱暴な子供にはならないだろう。
――彼女は世間で言われる、いわゆるメスガキメイドなんだ。
「……これで、胸も大きかったら完璧だったのに」
別に俺はこの摩訶不思議な状態が悪いものとは考えてはいない。たとえロリッ娘でも美少女に起こされるのはエロゲ主人公の特権。引っ越してばかりの俺に起こしに来てくれる幼馴染みもご近所さんも当然いるはずはない。
人にもよるが羨ましがられる立場の人間だということも理解している。
ただ、こうも思ってしまったのだ。
彼女がもしも、胸がボインボインで尻も大きかった大人の女性だったらなと。彼女が金髪のスタイルがボッキュンボンな外国人で煽ってくるなら確かに俺も興奮していただろう。
どんなに頑張っても、どんなに逆立ちしても、どんなに目を凝らしてもちんちくりんなんだ彼女は。
美少女なんだからそれなら、将来に期待すればいい?まだ、成長段階なんだから分からないじゃないか? 無知な自称紳士どもはそう俺を責めるかもしれない。
だが考えて欲しい! 肉が一センチもついていないまな板の胸にどんな希望をしろというのだ。
どんな奇跡が起こってもそこには夢は膨らまない。
「ご主人さま、今なんて言いました?」
「ヒェ」
無言の威圧が突如として俺に襲いかかった。
ゴゴゴと、空気が乱れ窓を揺らしている。外から風が吹いているわけでも、クーラーを強風でつけているわけでもない。
つい口を滑らして言ってしまったけどこれは、このメスガキメイドに聞かせてはならない禁忌のワード。その中でも群を抜いてキレられるトップワン。
ようするにめちゃくちゃに怒るポイントなのだ。
「わたしの胸が小さいのはステータスです! ……異論ありますかぁ?」
「ないです! ないです! 貧乳はステータスです!」
俺は朝っぱらから何を言わされているんだ?
回らない頭で洗脳をするように繰り返し言われて、これは主にブラック企業でやられる手法だ完全に拷問なのではないか?
このままだと俺の性癖はグラマラスなお姉さんから貧乳なんかに書き換えられてしまいそうだ。
「そうですよね。やっとマヌケなご主人さまもやっと理解してくれましか」
「は、はい。その通りでございます。貧乳は世界で一番美しいです!」
「えへへ、お礼に撫でてあげますよぉ。貧乳が世界で一番大好きなヘンタイご主人さま? 私がよしよしをしてあげますからねぇー」
そう言いながら彼女はベッドに上がり、四つん這いで俺の頭を撫でた。ニヤけながら勝ち誇った顔で、これは完全に負けた俺のことを馬鹿にしている。
ただちょっとだけ、ほんのちょっとだけ彼女のそのいたずらっ子の笑みにドキッとしたけど、俺はすぐに正気に戻った。
そもそもこんな状況になったのはコイツのせいなんだ、俺の性癖は金髪のお姉さんなんだ、マッチポンプで誤魔化された感情なんかに俺は騙されないぞ。
「わたしは世界で一番かわいいメイドなんです! そんな女の子をメイドにするなんてご主人さまは世界で一番の幸せ者ですね」
「は、はい。幸せ者です」
俺がそんなことを言えるはずもなく、悔しいが言われるがままに頷くしかできない。
「まったく、まだ撫で足られないんですかぁ? こんなに撫でたら摩擦ではげちゃいますよぉ。えへへ将来ははげはげご主人さまですねぇ」
小さな手はまだ、俺の頭を円を描くようになで続けている。
「ざーこ、ざーこ」と小悪魔な顔で口ずさみ、笑っている彼女に俺は後で何をされるか分からず、退かすことは俺にはできなかった。
「ご主人さま、このメイドがリビングで温かいご飯をよそって待ってますから、なるべく早く来てくださいね?」
あれから何分も俺のことを人形のように弄び、満足したのかメスガキメイドはウィンクを一つ残して離れていく。
そのままひょいと俺の寝室から颯爽と消えていって、そのメスガキメイドの背中を見ながら俺は一つ思ったことがあった。
ずっと口にしたかったけど、自分の頭が
それは別に今日だけではない、あのメイドがウチに勝手に居候しはじめたころからだった。
「お前にずっと言いたかったことがあるんだ――」
勇気のない俺はこんなチキンみたいなことしかできないけど相当の鬱憤が溜まっている。それこそ、心境は海より深いなんとやら状態だ。
深呼吸をして息を大きく吸いこむ。肺にこれでもかと酸素を蓄えて、俺はその全てを使って言葉をとっくの前に消えたメイドに対して吐きだした!
「この淫乱ピンクメスガキメイド! 何でお前は、いつも眼帯ビキニ姿なんだよぉ!!」
そう、彼女の服装は何故かいつも眼帯ビキニなのである。
そして、ここはいたって普通の日本でもあるということを付け加えておこう。
ご主人さま
高校生にもなって朝すらまともに起きられないだめだめご主人さま。
メイド
世界で一番かわいいピンクのメイド。
貧乳だがそれはステータスとして誇りに思っている。ただちょっと巨乳の娘には本当にちょっとだけ羨ましいと思っている。