「――ガラガラ、ぺっ」
メスガキメイドに起こされてから、服をパジャマから制服に着替えた俺は歯磨きをしてうがいをしていた。
水で泡を流し終えて洗面台の白く角が合わさって几帳面に畳まれた、タオルで顔に残っている水分を拭き取る。
あのメスガキメイドは仕事だけは丁寧で、仕事に対して完璧だから俺は何も言えないどころか助かっていた。
煽られる以外はめっちゃ快適。
「って、何でメイドがいる生活に馴染んでいるんだよ」
もう一度確認するが、ここは普通の日本だ。倫理観も秩序もエロゲーみたいにぶっ壊れていないただの日本。
外を歩いてもメイドなんて普通にいないし、アイツみたいに裸一歩手前の眼帯ビキニなんて格好をしているやつはまずいない。
それなのに気がついたらあのメスガキメイドはうちの家に住み着きやがった。
マジでこれが分からない。どっからポップしたし。
「いいよ、俺も朝からこんなこと考えたくねぇよ」
知り合いに相談しても頭がおかしいと思われるか、警察に通報されるのがオチだろう。
俺が相談してきたやつの友人ならまずは、精神科をネット広告のようにうざくオススメするだろよ。
妄想、乙と。
たらればなんて想像していても虚しくなるだけだ、壁に掛けている時計も時間があまりないことを針で刺しているし、さっさとご飯を食べにリビングに行かなければ。
「ふっそれにしても、鏡に映る今日の俺もカッコいいな」
正面の鏡にはナイスガイが白い歯をキラリと輝かして笑っていた。俺はとりあえず目の前に見えている現実が分かればそれでいいや。
――
「やっと、目が覚めましたかぁ、だめだめご主人さま?」
扉を開けてじゅゅゅとフライパンの上で何かが焼けている音と香ばしい匂いと共に、リビングに入った俺はナチュラルに煽られる。
メスガキメイドが住み着いた最初はイラッとしたが、当時と今の俺を比べると今は特に驚くこともなく日常となっていて末恐ろしい。
「味の濃い食べ物しか美味しくないと、思い込んでいる子供舌のご主人さまのためにわざわざ作っているんですよぉ」
「……悪かったな」
濃い味が好きで、子供舌なのは本当だ。そして、俺のためにわざわざ味を調整してくれているのも本当だ。
そして、メスガキメイドが作る料理はどれも美味しいから文句のつけようがない。
「ふふっ、もっと褒めてください。ご主人さまは褒めるか、吠えることしかできないんですから」
「はいはい。で、今日のご飯はなに?」
穏やかになだめるのも慣れたものである。
「何か適当に返事されている気がしますけど、許してあげましょう。ちなみに今日の朝ご飯はご主人さまの大好きな、ケチャップたっぷりチキンライスとオムライスですよぉ」
「うわぁ、好物だからケチつけられない」
「そうでしょう、そうでしょう」
ピンク色の艶のあるツインテールを揺らしながら、鼻で歌い。楽しそうにしている後ろ姿だけなら彼女は本当に可愛い。
「できたなら持ってくよ」
「ケチャップもかけますから、座って待ってくださいねぇ?」
「え、いやいいよ。ケチャップくらい自分でかけるよ」
「いいですって。ご主人さまは座っていてくださいよぉ」
「う、うん? 分かった」
これは今までの経験上、嫌な予感しかしないのは俺の気のせいなのだろうか。
いや、食べ物を粗末には扱わないだろうし、完全に好意だろ。うん、好意であってほしい。
「にしても、よくその格好で料理するな。いつか絶対火傷するぞ?」
面積の少ない眼帯ビキニに、可愛らしくちょうちょ結びにしているひもパン。その上からのフリフリのエプロンは殆ど裸エプロンと変わらない。目の保養にはなるけど。
彼女の料理している姿に俺は内心ヒヤヒヤしていた。
火傷したら痛いだろ?
そうしたら見ているこっちも痛くなる。けして、彼女を心配しているわけではない。
「わたしは完全無欠最強無敵メイドなんですよぉ。そんな火傷なんか、するはずないじゃないですかぁ」
「お、おうそうだな」
その謎の自信は、どっから湧いて出るんだ?
そんな会話をしながら音も立てずに、オムライスの乗った皿をテーブルの上に置かれた。
金色の卵はケチャップライスを楕円状に美しい色で包まていてお店に出しても問題がないくらいに美味しそうに見える。ただ、問題があるとしたら書かれている文字だ。
――わたしのことが世界で一番好きなヘンタイご主人さま♡
「この、メスガキメイド! なんてこと書いてんだよ!」
「え、さっき言ってたじゃないですかぁ。もしかして、ご主人さまはウソまでつくんですかぁ」
エプロンを畳みながら、眼帯ビキニ姿で不思議そうに首を傾げながら彼女は俺のために目の前の椅子に座った。
ぐぬぬ、確かに起きる時に『幸せ者です』って彼女に言っちゃったよ。
「さて、いただきましょうよ」
「ああ、そうだな。いただきます」
「いただきます」
「あれ」
この角度からは見えないけど、メスガキメイドのオムライスの上にも何か文字が書かれている。
まさか、俺と同じ文字が書かれているわけでもないだろうし。
「どうしましたぁ? さっきからちらちらと不審者みたいに覗き込んで、食いしん坊過ぎてわたしのオムライスも食べたくなりましたか? あーんしてあげましょうかぁ?」
ニヤニヤと口元を歪ませながら俺のことを笑っている彼女はスプーンでほれほれと、掬ったオムライスを俺をさしながらくるくると円を描いている。
「いや、オムライスに何が書いてあるのかなって」
「……へぇっ?」
「流石に俺と同じ言葉は書いていないだろ? だったら何が書いてあるのかなって」
「わ、わたしのですかぁ?」
「……それ以外何があるよ」
「だ、だめですぅ。あっちいってください」
あと少し、あと少しで文字が見える。行儀は悪いけど手をテーブルについて体を身を投げ出すように見ようとした。
そうしたら突然彼女はスプーンで、オムライスの上の文字をなぞってかき消した。
黄色に輝いていたオムライスは、自身もこうされてしまう運命だとはつい知らずに表面が赤く染まってしまった。
「ちょっと!?」
あと少しで見れたのに、何してくれてんだよこのメイド!
書いた文字くらい見せてくれたってよくないかと、思っていると
「……うっうっ、ひどいですよぉ。ご主人さまあ」
何で急に、顔が赤くなるの? 何で急に涙ぐむの? 何で体を小刻みにプルプル震えさせているの?
まるでこれじゃあ、俺がいじめてるみたいじゃん!
「ご主人さまなんて、もう、知りません!」
そして、何でコイツは怒っているんだ?
もしかして――
「もしかして失敗したやつを見られたくなかったのか?」
「……んっ?」
「別に俺は文字くらい気にしないのに。律儀だな」
彼女は失敗を誰かに見られたくないのだろうな、だって見栄っ張りなメスガキメイドなんだ、煽りたいけど煽られたくないのだろうよ。
「そ、そうです、そうなんですよぉ。文字をちょっと失敗しちゃって? 流石にこれから学校に行くご主人さまには少しだけ申し訳なくなってしまったので。あ、もちろん食材や料理器具にはなんの罪はないですよぉ。わたしが一人で失敗してしまったので咎めるならわたし一人にしてくださいね? 見苦しいところを見られてしまったのですからどんなお仕置きも受けますよ。受けてやりますよ! べ、別にご主人さまからお仕置きなんてわたしは期待してないですけどぉ、そんなへなちょこな腕でいつも他人に臆病でマゾマゾなご主人さまが、内なる人格を他人にどんなことをしでかすのかを動画に撮ってネタにしてたくさん煽ってやりたいだけなんですからね? ま、まさかだとは思うんですけどぉ、今からおっぱじめるなんてないですよね? エロ同人みたいに? 朝からメイドとそんなことを考えるなんて本当に下半身でしか考えられないケダモノで下品でヘンタイなご主人さまなんですね。泣きじゃくるわたしをぐちゃぐちゃにしてムリヤリテーブルの上で犯すんですかぁ? あ、勘違いしないでくださいね? わたしだって初めてはベッ――」
「はいはい、分かっていますよ。俺のためにいつも頑張ってくれる世界で一番かわいいメイドさん」
喋るのが早すぎて半分も聞いてなかったけど、食材がうんぬんかんぬんでその後は多分俺のことを煽っているのだろう。うん、平常運転だ。
「っ~~~~!?!?」
そして、何でまた顔が赤くなるんだよ!
俺また何かやらかしたか?
食事での無言の時間が続く。お互いにスプーンでオムライスを掬っては口に運ぶだけだ。
いつもだったら煽り合戦になるけど気まずい今日に限ってそれがない。
「すまなかった」
この空気に耐えきれなくなった俺は自分でも何に謝っているのか分からない。
理由は分からないけど、自分で泣かした女の子を放置するほど俺は嫌な人間になりたくなかったから。
「ご自分が何に謝っているか分かっているんですか?」
「いや全く分からん」
なんたって、女の子が目の前で泣くなんて初めてだから。
物語の主人公はどんな言葉でなだめさせているんだろう。まじで凄い尊敬しちゃう。
「……ふふっ」
泣いていた彼女は笑う。
花が咲くというのは、こういう時に使っていいのか。
「何で笑うんだよ」
「いえ、とってもだめだめなご主人さまらしいですねぇ」
「今日も朝ご飯、美味しかったよ。ありがとうな」
「……わたしの偉大さが分かりましたぁ?」
「ああ、分かるよ。起きた時とさっきも言ったろ? 世界一かわいい女の子がメイドである俺は幸せ者だって」
「……それならいいんですよ。それなら、あーあやっと理解してくれましたかぁ。本当にウスノロなご主人さま」
俺は人が悲しむ顔よりも笑顔が好きだ。それは目の前のメスガキメイドのむかつく笑顔でも変わらない。
「じゃあ、行ってくる」
明るい雰囲気でオムライスを食べ終えてから食器を水に漬けて、俺は玄関に行く。
靴を履き、ローファーを軽くつま先で叩いた。
「ご主人さま、待ってください」
「んっ? 今度はなんだ?」
「ネクタイが曲がっていますよ?」
グイッと、俺のワイシャツの胸元をつかむと「よいしょ」と言いながら高い位置にある俺の顔に近づく。
ち、近い。距離が近いよ。
「もう、本当にだめだめなご主人さまなんですねぇ」
彼女はそう言って、俺の曲がったネクタイを直し始める。細い指がたまたま喉に当たり、そこから心臓が宿ったように熱が広がった。
俺がそんな状況になっていることなど知らずに、彼女は「もっと寄ってくれないと」と、グイグイ距離を詰めてくる。
彼女がその体勢になると背伸びをして、俺を見上げる姿勢に自動的になってしまう。目はさっきまで泣いていたせいか、潤っていて赤く腫れている。
普段は見下した目をしているのに、上目遣いのギャップに俺の頭がおかしくなりそう。
「もう、しっかりしてくださいよ」
「そんなに気にすることはないだろ?」
ぶっちゃけ、彼女には迷惑をかけていないし。
きっちりとネクタイを締めている人なんて、暑くなってきたいま生徒以前に先生すらあまりいない。みんな、胸元を緩めている。
きちんとしているのは熱心なガリ勉君くらいだろう。
「そりゃ気にしますよぉ、だって――」
きゅっきゅっと、身長差があるにも関わらず器用にネクタイを結ぶ。少しきつめだけど、俺のことをきちんと考えて首は絞めないように結んでくれている。
どうせ、煽りだ。俺が聞き慣れていて、彼女が言い慣れている。
結局のところ俺たちの関係だとそれが一番似合う。
「――だって、世界一かわいいわたしには、世界一かっこいいご主人さまじゃないと似合わないじゃないですかぁ」
上目遣いのせいで、普段の見下したような顔じゃなくて年齢通りの綺麗な笑顔。
無邪気なその笑顔に色をつけるなら白もしくはピンク色とつけれるほど可愛らしい仕草に、俺の心臓は過去最高の高鳴りをした。
ネクタイを締めてくれた指が俺の体温が恋しかったのか、最後に俺の首を掠めてから離れていき彼女の元に帰っていく。
俺は弾け飛んでしまうほどの心臓の鼓動は、まるで俺は彼女に恋をしているみたいに激しく動いている。
――ち、違う。俺はボンキュッボン金髪ロングお姉さんが好きなんだ!
「やっぱり、メスガキメイドなんて嫌いだぁ!」
扉を風のように走り去る俺には、後ろから聞こえる声を聞こえないふりをして、今日も俺は元気に学校に登校をする。
今日は偶然メスガキメイドにドキドキしたが断じてロリコンではない。
ご主人さま
いまだに子供舌のぽんこつご主人さま。
大好物はわたしが作ったオムライス、ハンバーグ、からあげ。
メイド
朝ご飯も弁当も夜ご飯も作ってあげている世界一かわいい有能メイド。
ご主人さまがいないうちに密かに料理の練習をしていて、最近太り気味なのは誰にも内緒。