うちのメスガキメイドが今日もうるさい   作:『テキスト』

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雨の日デートの練習

 

 彼女の手の上から傘の主導権を奪った俺は、いまだに彼女のことを、抱きしめる形で歩いている。

 感心がないけど彼女の冷たくなった手は、俺が心配になるほど冷えきっていた。

 

「どこに行くんですかぁ」

 

「どこって、さっきも言ったけどショッピングだよ。ショッピング」

 

「ショッピングって、わたしは別にスーパーに行って買い出しをするだけです。ちょっと勘違いしていませんかぁ? 美少女に出迎えられて、相合い傘もしてもらえて浮かれすぎですよヘンタイご主人さまぁ」

 

「うっさい」

 

「むぐー」

 

 太陽という絶対の光源をなくしてどこを見ても、ネオンライトで照らされた町。東京というのはどこにも行ってもこんな感じだ。

 降りしきる雨。傘の中と外では世界は遮断されていて、道行く人の顔はまるで見えない。傘の中というのは俺とメスガキメイドの二人だけの世界だった。

 

 つまるところ、そんな小さな空間で騒がれたらうるさいのだ。

 俺は左手で彼女の口を押さえる。ぷにぷにとした年相応の張りのあるほっぺたが、これまた冷えている。

 

「冷たっ」

 

 それでも、触る手が止まらない。

 最初は口を押さえていただけだったのに、目的が彼女のほっぺたを堪能することに変わっていった。

 

 気分はそう、某コンビニで売っているもちもちスイーツを触っている気分。

 

「お、乙女の顔を何勝手に触っているんですかぁ!」

 

 「ぜぇぜぇ」と、息を切らしながら、しばらく彼女の顔で遊んでいた俺の手が離れていったタイミング叫ぶ。

 

「……乙女ってお前何歳だよ」

 

「だから、乙女なので年齢は秘密ですぅ」

 

「はいはい」

 

「はいはいって、何ですかその適当な反応」

 

「随分と可愛らしい乙女だなって」

 

「か、か、可愛らしい?!」

 

 お子ちゃまがいっちょ前に乙女を語るなんて数年早いんだよ。

 

「……別にぃ、わたしは触られるのが嫌だったわけじゃなくてですねぇ」

 

「はいはい」

 

「そうやってまた適当な反応をしてご主人さまは、本当にいじわるですぅ。わたしが、愛想つかしていなくなったらどうするおつもりなんですかぁ」

 

 ぷいっと、顔を逸らす。逸らしてもこんな小さな空間じゃ意味がないのに。

 ぷっくりと口の中に空気を膨らませて、機嫌が悪いですよとアピールをしていた。

 

「いなくならないだろ?」

 

「ふぇ?」

 

「だから、メスガキメイドは俺の側にずっといるんだろ?」

 

 彼女には家がないらしい。だから、しぶしぶ俺の家で暮らしているから、いなくなるなんて口だけだろ。

 まあ、高校生の普通の日常が数ヶ月しか堪能できなかった俺は、普通がすでに恋しいから、俺的には家から早く出ていって欲しいけどな。

 

「――る」

 

「あぁ?」

 

「ずるです! そんなの、ノーカンノーカン!」

 

「何がずるだよ! いいから耳元で騒がないでくれ!」

 

 やっぱり俺には、彼女のことを理解することはできないらしい。

 

「もう、知らないです。ご主人さまなんて」

 

 今度は顔を伏せて見えなくなった。

 いつものやりとりができなくなって、雨のせいで重かった空気が、どんよりと余計に重くなる。

 

「あー、もう俺が悪かったです」

 

 よく分からない理由でふてくされないでくれ。

 

「何が悪かったか分かってます?」

 

「……分からないです」

 

「そーいうのが、ご主人さまのだめだめポイントなんですよぉ」

 

「だめだめポイント? 何を言っているんだ?」

 

「分からないならいいんですぅ。悩ましても頭がぽんこつなご主人さまには一生分からないとは思いますけどねぇ」

 

「際ですか」

 

 ぶっちゃけると、あまり興味がない。

 彼女はどうであれ、目の前にいるのはただの生意気なメスガキメイドで終わる話だから。

 

「そういえば何でお前は、コートを着ているんだ?」

 

「いきなり話題が変わりますね」

 

「そりゃ気になるだろ」

 

 まだ、四捨五入をしてギリギリ夏じゃないと言い切れるけど、気温は高くなってきて暑い。

 濃い雨が降っているから今日は違和感がないが、それでも服装は気になる。

 

「もしかして、雨に濡れたわたしの素肌をこんな公の場で見たいんですかぁ? やっぱりご主人さまはかなりのヘンタイさんじゃないですかぁ」

 

 もじもじと、わざとらしく身を震う。

 

「素肌って」

 

 コートの下はいつもの眼帯ビキニスタイルなのか。

 目の前の人間の布の下がほぼ裸なのは興奮するよりも呆れの方が大きい。

 

「何で外でそんな格好なんだよ」

 

「だって、お洋服ないんですもん」

 

「はぁ?」

 

 服がない? 一着も持っていないってことか?

 

「お洋服はわたしのは全部ないです。去年の夏はご主人さまの服を借りてましたし」

 

 そういえば、去年も夏になると大きめな夏服がなかったことを思いだした。

 下着どろぼうならぬ服どろぼうで、都会は怖いなと思っていたけど犯人はこいつか。

 

「お金だってその、ご主人さまの稼いだものだから、食費以外はご主人さまにしか使ってないですし」

 

 毎月メスガキメイドには、金を預けている。だけど、食費やら嗜好品やらを含めてもかなり多めに渡していた。

 

「家電量販店に行きたかったけど、今日はさらに予定変更だよ。このメスガキメイド」

 

「何でですか?」

 

 こっちの気遣いを何一つも分かっていない声にむかついた。

 

「あのな、メスガキはメスガキらしく、俺のことだけを煽ってさえいればいいんだよ。気を遣うことなんてするな。渡した金くらい自分にも使え、信頼しているから金を預けてるんだよ。そんぐらい分かれ馬鹿」

 

「それでも、ご主人さまが稼いだお金は全部、ご主人さまのために使われた方がいいじゃないですか」

 

 まだ、満足していないようだった。

 

「そのご主人さまが、周りから恥をかかないためにメイドに服を買ってあげるだけ。これで文句あるか?」

 

「……むー、ご主人さまなんかがわたしのことを言い負かすなんて生意気です」

 

 本当はデコピンの一つでもかましてやりたいけど、こんな傘の中で密着していたらできないから諦めてやることにした。

 

「俺よりも生意気なやつが目の前にいるから、どうも思わないね」

 

「結局、同属じゃないですかぁ」

 

「まあな。俺は真っ白な心の持ち主じゃないから否定はしない」

 

 俺も一人の男の子だ。大人のお姉さんとあんなことや、そんなことを妄想するくらいには心が汚れている。

 清く正しかったあの頃の感情がどこに行ってしまったのかは、母親に預けたお年玉みたいに検討もつかない。

 

「むちゃくちゃ高いブランドを買ってご主人さまを泣かせるかもしれませんよ?」

 

「それでもいいよ」

 

 今までのご褒美だとしたら安いもんだ。

 料理のできない俺からしたら、彼女がいなかったらコンビニメシで済ましていただろうし。温かい手作りご飯食べれるのは本当にありがたい。

 

「本当にそうしますよぉ、後悔しませんか?」

 

「恋人にあげたと思って忘れるからいいさ」

 

 恋人を作ったら貢ぐだろうしその練習だと思えばそこまで。

 

「こ、恋人ぉ!」

 

「例え話だから変な反応はするな」

 

 今日のこいつ、情緒不安定すぎないか?

 

「プレゼントするんですか? わたし以外の女に」

 

「本当に情緒不安定だな! おい!」

 

 二人で騒いでいると水滴がくっ付いていないドアに目についた。透明なドアからお店の中はかなり清潔な感じがする。

 看板の名前を見るとちょうど、探していた服屋らしい。けど――

 

「古着屋か」

 

 新品じゃなくて、中古品を扱う古着屋。

 

「別に構わないですよぉ。どうせわたしはご主人さまの服を着ていましたし」

 

「そうか? なら、入るぞ」

 

 傘の雨を落として、ドアに手をかける。チリンと鈴の音が俺たちを向かい入れた。

 お店の中には至る所にアロハシャツからゴスロリまで色んなジャンルの服が吊されている。

 

「服を選んだやろうか?」

 

「自分で自分の服くらい選べますよーだ」

 

 彼女はいくつかの服を持ってから、店の奥にある試着室に入る。

 

 やることもない俺は、店内をぶらりと見渡した。謎に扇風機の羽みたいなのが付いている照明を眺めながら、都会ってやっぱり不思議だなと思う。

 古着からペンダントやらネックレスやらのキラキラとした都会って感じの装飾品まで、色んな種類がある。

 

「にーちゃん、妹さんか?」

 

「……まあ、そんなところです」

 

「相合い傘なんて仲がいいんだな」

 

 レジに座っていた古着屋の店員さんは顎に生えている髭を弄りながら俺に話しかけてきた。

 店に入るまでをどうやら見られていたらしい。

 

「高校に上がってから上京して、妹も俺に着いてきたんです。ほら、都会って田舎に比べて人の密集が多いじゃないですか。だから、人混みはまだ不安みたいで」

 

 「そうか、そうか」と、笑いながら懐かしむように天井を見上げていた。

 

「身内っていうのはいつまでも大切にしろよぉ? いつ仲が悪くなったり、疎遠になるか分からねぇからさ」

 

「そう、ですよね」

 

 いつ、いなくなるか分からないことは俺だって痛いほど知っている。どんなに手を伸ばしたって、神様に祈ったって届かない場所に行ってしまう。

 現実なんてそんなもんだ。

 

「ま、お前さんたちは大丈夫そうだけどな」

 

「そうですか?」

 

「ああ、長年生きてきた年寄りの勘てやつかね。そう思えるよ」

 

 こんこんこんと、壁を叩く音が店内のどこかからする。

 

「お、妹さんが呼んでいるみたいだよ」

 

 それは、試着室からだったようで店員さんがまた笑っていた。

 

「呼んだか?」

 

「外に出て行ってください」

 

「何でだよ」

 

 わざわざ、俺が外に出る必要があるのか?

 

「そんなの決まっているじゃないですか! 恥ずかしいからです」

 

「恥ずかしい?」

 

「はっはっは、可愛らしい妹さんじゃないか。出ていってあげたらどうだ? 年相応の態度じゃないか」

 

「……分かりました。これお金です。おつりは彼女に渡してください」

 

「へいへい、まいど」

 

 財布から一万円札を取り出してトレーの上に置く。俺はメスガキメイドと店員さんに言われて、一対二。勝てるはずもなく俺はしぶしぶ外で待つことにした。

 

 何分、何十分とあれから時間が経った。

 女性の買い物が長いことは知っていたけどここまで長いとは。

 

「流石に時間がかかりすぎか?」

 

 ここまで長いと彼女が心配になってくる。

 

 店の中に再び入ろうと振り向こうとしたときちょうどチリンと、背後にある扉の鈴が鳴った。

 

「ちょっと、待ってくださいね。まだ、心の準備ができていなくて」

 

 彼女が店から出てきたときに今まで雨が降っていたのは噓みたいにすっと、雨が止んだ。

 

「振り向いてもいいですよぉ」

 

 焦らすよ待っていた時間は、期待と緊張が混じっている。

 こんなやつのために緊張をするなんて、嫌だったけどデートの練習だと思えば。

 

 振り向いて立っていたのは、ヒマワリの前で麦わら帽子を被っていた、少女が着ている白色のワンピースを着た美少女だった。

 たった、シンプルなそれを着ていたのにどんな絵の少女よりも可愛らしく可憐にそこに立っている。

 

「似合いますかぁ、似合いますよねぇ。なんたってわたしがご主人さまのことを思って選んだお洋服ですから」

 

 あなたはこの服が好きでしょ?

 

 雨がいなくなった今、遮るものはない。俺に嘆かれるように呟いた、届いてしまった言葉を頷くことしかできなかった。

 前を通っていった彼女を呼び止めることもせずにただ見つめる。

 

「なら、よかったです。いつか、ご主人さまの隣でこの服を着て歩きたいなぁ」

 

 太陽の前で夢を語る彼女は、ひねくれ者の俺から見ても世界で一番幸せそうに見えた。

 

「言葉一つかけてくれないなんて、もしかしてわたしに惚れましたか?」

 

 夢みたいなことを噓でも言われたら、普通の高校生は勘違いして惚れちまうよ。

 

「惚れねーよ。あほ」

 

 「やっと、喋ってくれましたね」と、浅い笑い声が聞こえる。

 

「そうですよね。ご主人さまはぼっきゅぼんの女性が好みですもん」

 

「そうだよ。お前みたいなちんちくりんに興味のみじんもないね」

 

「むー、いつか絶対にご主人さまを興奮させてやりますからね」

 

「はいはい、頑張ってくれよ」

 

 そんなの一生来ないと思うけどな。

 

「それでご主人さまは何を買おうとしていたんですか? わたしの買い物に時間がかかったのでさっさと行きましょ?」

 

「あぁ、実は――」

 




ご主人さま
 乙女の顔と手を勝手に触り穢す諸悪の根源。
 でも、心が広いから許してあげる。メイドは心が広いから。

メイド
 穢された被害者。かわいそう。
 今までビキニスタイルを頑なに崩したことがなかったが、今日から普通の服を着るかもしれない。
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