リビングのテレビが様々な色でちかちかと点滅をする。
コードにその光沢なボディに無理やり繋がれたテレビから効果音が鳴るって、画面ではキャラクターが自分の持っている技を使って思い思いに殴り合っていた。
これだけ聞けば楽しそうで、普通にゲームで遊んでいるだけのはずだった。
「あはは!」
右には極上に機嫌がいいやつ。
「ふざけないでくださいっ」
左には機嫌が常に最悪なやつ。
「……」
その真ん中に座りこむ無言で疲れ切っている俺。
どうしてこうなった。
「ちょっと、いいか?」
いつの間にかのけ者にされていた俺は、この格闘ゲームの勝者が決まったファンファーレの終わったと同時に、この家に来た右に座っている尋ね人のほうに声をかけた。
「なになに、ボクにその娘にも聞かせたくないヒ・ミ・ツの話でもあるのかい?」
「はぁっ?」
ゲームに負けて悔しそうに黙っていたメスガキメイドが急に声を荒げる。
「だぁっ、話がややこしくなるからこっちに来い」
無理やり手首をつかみソファーから立ち上げさせる。流石に男と女で体格差があるから簡単に力のままに廊下へ連れて行けた。
「きゃっ、キミは見かけによらずに乱暴だね」
「冗談はいいから」
「へいへい、それでボクの友人よ。どうしたんだい?」
改めて二人きりになって彼女を見る。蜂蜜を垂らしたような明るい金色の髪。誰もを睨みつけるような強い青の瞳。そして、溢れんばかりの夢が詰まった巨乳。
「あんまり、あいつを煽るなよ?」
彼女の容姿は俺のストライクゾーン。
それに見ても男の理想を詰め込んだドンピシャな姿。
実際に通っている高校の中でつき合いたいランキング堂々の一位。二位とは大差をつて圧倒的な勝利。モデルにもしょっちゅうスカウトされているらしく彼女のいる空間は決まってキラキラとしていた。
そんな彼女に、男の誰もが恋をしただろう。
――ただ、それも普通の出会いをしたらの話だ。
俺だって町で偶然すれ違ったとか、ラブコメでよくある席が隣だったりのシチュエーションとか。
それか、普通に彼女が学校一かわいいマドンナ的存在だってことを最初から知っていたら、確実に俺は叶わない片思いをしていた。
俺たちの出会いは家の近所にあるゲームショップ。しかも、最悪なことにそこのエロゲコーナーで。
上京したて、都会のちょっと多めに入った給料に俺は浮かれてエロゲを買おうと計画をしていた、というよりも購入した。
もちろん当時十六歳の俺は買ってはいけないのだが、何分初めての給料で気持ちが舞い上がってしまい。タバコやお酒をやるわけではないからいいだろと、謎の言い訳を自分にしながら勢いでやらかしてしまった。
そこで買った後に後悔することになるのだが。店を出た瞬間、俺は肩をとんとん優しく叩かれる。
万引きなんてしていないけどもしかしたら勘違いされたのかと、疑問に思いながら後ろを振り返れる。
そこに立っていたのは絶世の美女。しかも、俺のタイプのドンピシャな。
あまりのかわいさに、どこを見ていいのか分からないから揺れる俺の視線に、荒げる呼吸。買ったエロゲを器用に背中で隠しながら俺はドキドキしていた。
何を言われるんだろうと。要するのその時はまだ、俺は全ての女の子に幻想を抱いていたんだ。
可愛らしく、清楚でこっちが笑えばはにかんでくれる。都会の女の子はみんなそんな感じだと。
『キミ、未成年でエロゲ買ったでしょ?』
ギクリと、体が反応をした。その分かりやすい反応を見て、彼女は笑いながらしたり顔で俺の耳に唇を近づけた。
ここで俺の緊張は最大になる。腕にちょっとだけ、わざと当てている胸に意識を向きながら心臓は今までで一番、燃えるように痛い。
『学校にバラされたくないでしょ?』
そりゃ、もちろん。俺はただ頷く。
エロゲを買ってバレたくらいで退学にはならないとは思うけど、知らされるのは恥ずかしいし、俺の学校生活の三年間は教師の間でで確実にゴミを見るような目で見られるのは確実だ。
『だったらさ。そのゲーム、ボクに貸してよ』
甘い声、されど悪魔の呟き。
これが俺と彼女の最悪な出会い。そして、都会に来てからの初めての恋は、一瞬にして失恋をしてしまった。
「少なくともボクは楽しく会話していただけだよ?」
「お前はどうであれ、あいつはかなり機嫌が悪そうだけど?」
ほらと、俺の指の先にはリビングの扉のちょっとしたすき間。
そこから見えるメスガキは邪魔な扉を今にも蹴り飛ばし、罵詈雑言を吐き出しそうなおっかない表情をしている。
「あはは、あの表情もいいねぇ」
「あの表情もって」
「なになに、ボクに彼女が盗られそうで心配なの?」
「はぁ?」
彼女にあのメスガキメイドが盗られる?
「何でそんな突拍子もなく話しが飛躍するんだよ」
馬鹿馬鹿しいとか、そういった次元じゃなくてこいつの頭がどうかしている。
「ずばり、キミがボクと彼女を会わせたくなかったって顔をしていたから」
「そりゃあ、お前が暴走してあいつに迷惑かけるなんて目に見えていたし」
初対面の日の後で知ったことだが、目の前のやつは大のロリコンである。自分で買うのは恥ずかしいのか俺に命令をして、よくロリが出てくるゲームを買わせたがっていた。
学校では綺麗な外見で隠しているが、中身はドロドロなオッサン。
「お前とか、ボクに乱暴なことを言うの多分世界中探してもキミだけだよ?」
頬を赤らめてもじもじと自分の人差し指同士をこんにちはしている。
「はいはい、だからそういう冗談は今はいいから。続きを話せ」
茶番につき合ってあげるほど、俺の元気は枯れ果てている。
「つまんないの」
すぅと、頬の赤みは引いてニヤけた笑みに変わる。
「からかって楽しいのか?」
「ふふっ、かわいいんだもん」
「あのな、おちょくるのもいい加減にしてやれよ」
「だって、ボクなんかに嫉妬してあんなに顔を睨ませてるんだよ! しかもボクのためだけに! これは両思いと言っても過言じゃないね」
「……何であいつがお前に嫉妬してるんだよ」
嫉妬する意味があるか? 俺が二階にいる間に何があったか分からないけど居間の雰囲気は最悪だった。
たかが数分間でそうなったのは理由は知らないけどどうせ、目玉焼きが塩派かケッチャップ派かとか、そんな些細なことだろ。
俺もメスガキメイドとよく言い争いになるしな。
「――へぇ」
意味深に頷き、口元を歪ませる。
ニヤニヤと彼女は怪しい顔を隠そうともせず気色悪く笑う姿に俺はドン引きだ。
「お前、何か怖いぞ?」
「いやいや、なーんも考えていないよ? ただ、面白くてねぇ」
「面白い?」
俺は変なことを言ったか?
頭をフル回転をして悩ませても、それらしい回答が発見できない。まあ、発見できたとしても、当人たちの問題に俺は首を突っ込まないけど。
「いいんだ、キミは気づかなくて。そっちの方がいい」
「そうか?」
「ああ、実に愉快だよ」
「お前の愉快は常識人の不愉快だよ」
「だったら、キミは非常識人になるね」
「おいっ」
人を勝手に常識人じゃないみたいに言うな。
「まあまあ、そんなことはどうでもいいけど。さっさと帰ろうぜ? 何かここ冷えるし」
寒いのはきっと何故か機嫌の悪いメスガキメイドによる殺気だな。
彼女が部屋に入っていき、俺も続いて入ろうとリビングに一歩踏み出したら、入れ違いでメスガキメイドが俺の耳をつかんだ。
「ちょっと、ご主人さまは鼻の下を伸ばして何を話していたんですか?」
「うわっ」
耳を強く引っ張られて乱暴に廊下に連れて行かれる。
ドンと、壁に追いつめられて俺の左右の壁にはメスガキメイドの手が添えられた。
「ただの世間話だよ」
メスガキは顔を沈めて表情は確認できない。だけど、体は震わせている。
相当、怒りが全身に満ちているらしい。
「本当に?」
「本当に」
「噓はついていないんですよね?」
「うぐっ」
彼女が目を潤わせた上目遣いに、後ろに物理的に下がれないのに下がってしまい、頭を思いっきりぶつける。完全な図星だ。
「その反応、噓だったんですか?」
「別に噓は――」
「噓なんですよね!」
メスガキメイドの言葉が空気を震わす。キーンと、久しぶりに耳の奥まで届いた装飾されていない彼女の気持ち。
「……噓なんですよね。噓ついて、二人でわたしのことを笑おうとしているんですよね?」
「そんなんじゃ」
「……そんなんじゃなかったら、何なんですか!」
あいつがお前を見て興奮するかもしれないからって馬鹿正直に言えないだろ。
「だから、話を――」
「――話を聞いていないのは、いつもご主人さまですよね!」
メスガキは再び吠える。自分でもどうすれば分からない焦りを抱えて。誰にも理解しきれない気持ちを。
「どうしてですか?」
「どうしてって」
唇が正しい形を作れない。「ごめん」と、一単語を言えばいいだけなのに。
「何気ない日常も! この前に一緒に服を買ってくれたときも! 泥だらけで汚らしい誰も見向きもしてくれなかったわたしを拾ってくれたあの日も! ……どうして、いつもいつも期待させては必ず落とすんですかぁ?」
彼女の言葉を正面から受け止める。
「それで、言いたいことは全部か?」
「そりゃ、まだまたありますよ! 朝はなかなか起きてくれないですし。ご飯だって好き嫌い激しいから、こっちが真剣に考えたご飯は食べてくれない! 普段わたしに冷たいくせに、やけに熱くなるときもある。はっきり言って不愉快です」
「そ、そうか」
罵詈雑言の嵐。俺はただの人間。
力のない人間は翼のない飛べない鳥みたいなものだ、抗う力がないなら自然災害には黙って耐えるしかない。
「そんな、だらしなくてヘンタイでだめだめなご主人さまはわたしにとって不愉快でしかないのに――」
涙が一滴、廊下の地面に落ちた。
そこで初めて気づく。彼女が怒っていたんじゃなくて、泣いていたことに。
「――好きなんですよ。自分でどうにもできないくらいに、どうしようもなく大好きになっちゃったんですぅ」
「……メスガキメイド」
「……ご主人さまぁ。わたしの前からいなくならないでください」
か弱い声を出さないでくれ。犬みたいにすり寄って、猫みたいに顔を俺の胸に埋めないで。
彼女に対して俺がどうかしちゃいそうになってしまう。
そっと、彼女の顔を触れる。顔を伝う涙の粒を指の腹で拾い上げて俺の服に滲ませる、それを何回も繰り返す。
彼女は何も言わない。ただ、少しの涙で大量の涙を我慢してこらえて、自分の気持ちに抗っている。
「なあ、メスガキメイド――」
「――で、ここの住人は客人を放置して。エロゲーみたいに廊下のいちゃラブのズブズブをここでするのかい?」
「うぉっ」
「キミたちの会話が丸気声だよ。こそこそ話なら耳元で話さないと」
リビングのすき間を指で弾いて、不機嫌そうに立っていた。
髪を数本つまみ、暇を持て余してつまらなそうにいじっている。
「ふ~ん、それにしても、メイドさんかぁ」
「そんなちっちゃな娘にメイドをさせているとかキミもやるねぇ。ボクよりも質が割るいんじゃないかな? やってることは同人誌の竿役の変態だよ変態」
「っぐぅ」
いつもふざけたやつに真顔で言われると、精神的なダメージがかなりデカイ。
「まあ、いいや。ゲームも勝手に借りれた。ボクはもう帰るね。それからここで襲っちゃだめだぞっ。じゃあ明日学校でよろしくー」
「おいっ」
颯爽と笑顔で帰っていく彼女を、押さえつけられている俺はただ見ることしかできなかった。
「……ご主人さまぁ、ご主人さまぁ」
甘い声で何回も俺のことを呼ぶ彼女がほっとけない。
「あー、俺はここにずっといるから安心しろ」
泣きじゃくっているメスガキメイドの背中をさすりながら、俺はこの変な時間が終わるのを待つ。
ご主人さま
女の子を泣かせる悪いやつ。大っ嫌いだけど、大好き。
メイド
かわいそうなメイド。今回の被害者。
世界で一番かわいいんだけど今回のことで少しだけ自信がなくなった。
悪友
ただのロリコン。