スパイ教室 二人のスパイ(後ほど削除予定)   作:眼鏡鏡眼

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最近、ジョン・ヴィックという映画を見たんですが、孤高の元殺し屋ってなんかかっこいいですよねぇ。アクションシーンも良かったですし。
興味のある人は一度、観てみてください^_^






case2 舞踏(後編)

 

 

 

「──へぇ。新聞記者なんだね。今日は弊社の取材のために?」

 

「ええ。今日は新製品と新事業の発表もあると聞きまして……今か今かと楽しみにしているんですよ」

 

「ふふ、光栄だね。皆があっと驚くような発表を準備しているから、期待しておくといいよ」

 

 そう言って笑うローウェルがグラスを傾ける。

 突然目の前に現れたローウェルに最初は戸惑ったジキルだったが、今はたまたま知り合った乗客として、会話に花を咲かせている。

 

(だが、まだ油断はできないな。こいつが俺たちについてどこまで知っているのか……分かったもんじゃない)

 

 『鴉羽』を追い始めてもう一年半にもなる。情報コントロールには細心の注意を払ってきたし、交戦した『鴉羽』の暗殺者は残らず葬っている。しかし、それだけしてもこちらの情報が相手に漏れている可能性は十分にあり得た。

 

「そういえば、キミはディン共和国出身だったよね? かの国は隣国のガルガド帝国に侵略されたんだったね」

 

「ええ。俺の村も戦火に巻き込まれました。ガルガド帝国の兵士達の虐殺に遭い──俺と妹だけ、運良く助かりました」

 

 そんな話を振られ、ジキルは苦笑いを浮かべる。ここは本当の事を話した。ディン共和国出身の者は、10年前の戦火に巻き込まれた人がほとんどだ。別に珍しい話ではないし、個人を特定する情報にはなり得ない。

 

「そうか、キミは地獄を生き抜いてきたんだね……失礼。嫌なことを思い出させたよね」

 

 しまった、と言ったように少し申し訳なさそうに眉根を寄せるローウェル。

 

「いえ。これぐらいの事、誰だって抱えている痛みですよ」

 

 ジキルは気さくに笑いかける。それを見て、安心したようにはにかむローウェルは、普通に見れば、ただの好青年にしか見えない。「それで、」とローウェルが言葉を続ける。

 

「妹さんは? 今でも一緒に?」

 

「ええ、先日も一緒にショッピングに出かけたのですが……パフェを奢れとうるさくて困りましたよ」

 

 妹ももう、死んでるけどな。とそこは内心に留めておく。今のジキルは妹と乗船したディン共和国の新聞記者、ジルだ。妹とのエピソードはハイドとの生活を参考に答えた。100%の嘘はどこかで矛盾が生じ、勘の良い者ならば気付かれる可能性がある。真実に嘘を加える──そのぐらいのさじ加減がちょうど良いのだ。

 

「可愛らしい妹さんだね。元気そうで何よりだ」

 

「ええ、まったくです。元気すぎて困るぐらいですよ」

 

 ローウェルと二人で、可笑しそうに笑い合う。側から見れば、気の合う者同士の楽しげな会話に見えるだろう。まさかその二人が敵同士だとは誰も思わない。

 

「もう一つ、聞いてもいいかな? キミは戦争と平和について、どう思う?」

 

 微笑を浮かべたまま、ローウェルがそんな事を問う。少し考えるフリをして、答える。

 

「……戦争は悪ですよ。殺して、殺されて。死への感覚が麻痺して、心が死んでいく」

 

 実体験だった。戦争はロクでもないものだ。命の天秤が限りなく軽く見られ、憎悪に侵された人々は目先の報復に囚われる。それを指揮する政治家や軍人どもも直近の利益に目が眩んでその先にある破滅に気付かないでいる。いや、気付いていたとしても自分達の選択について回った犠牲を想うと、止まれなかった者もいたかもしれない。

 その世界大戦は10年前、ガルガド帝国の降伏と共に終戦した。

 

「世界大戦が終結して、平和になったって言われていますけど……それも仮初めです。今も世界各国が水面化で利益の奪い合いをしている。その手段が戦争じゃなくなっただけの話。戦争は今も続いていて、いずれ人々は再び武器を取る。平和ってのは戦争の準備期間に過ぎないんです」

 

 これも事実だった。今でも世界は様々な利権を巡って自分達のような諜報員を使って、戦争を続けている。人の命がゴミのように捨てられた世界大戦の頃に比べれば、だいぶマシにはなったと思うが、それでも戦争で死人が出ていることに変わりはない。

 今は各国が疲弊し、戦争の凄惨が人々の記憶に新しいからこそ良いものの、時が経てばその記憶は薄れ、力を取り戻した各国がまたより大きな利権を巡って戦争を始めるだろう。

 

「……と、すみません。武器商人の方に聞かせる話でもなかったですね」

 

 冗談っぽく笑う。少し話しすぎたかと思ったが、このぐらいなら問題ないだろう。

 

「いやいや、そんな事ないよ。貴重な意見をありがとう」

 

 話を聞いていたローウェルが満足そうに頷いた。聞きたかった話が聞けた、という感じだ。

 一通りの話が終わると同時に流れていた演奏もフェードアウトした。

 

「お、曲が終わったようだね。そうだな……ジルさん。良かったら僕たちも踊りませんか?」

 

「……はい?」

 

 ローウェルの提案に思わず首を傾げる。いきなり何を言い出すのかこの男は。

 

「僕はまだ会場に来て一度も踊ってなくてね。そろそろ一曲ぐらいは踊らないといけないし……それにキミとは何だか気が合いそうだ。ダンスのパートナーとしても申し分ないんじゃないかな」

 

 などと言って、悪戯っぽく笑うローウェル。仮にも標的である男とペアを組んでダンスを踊るなどと……冗談にも程がある。

 

「いやいや、そんな……それに普通、ダンスを踊るのは男女のペアでは?」

 

「同性同士で踊る人たちもいるよ。なに、こんなのはただの遊戯さ。各々がやりたいように、楽しみたいようにすればいい」

 

 そう言われて、ローウェルに腕を引っ張られ、会場の中央へと連れていかれる。拒否しようと腕に力を込めてみたが、意外に握力が強い。

 

(何がしたいんだ? この男はっ?)

 

 意図が読めず、混乱する。変に目立つわけにもいかないので大人しく従い、会場の中央で向き合う。

 

(……いや、これ何もしなくても目立つんだが!?)

 

中央に集まったペアで男同士なのはローウェルとジキルだけだ。ついで、ローウェルの見目は女性ともとれるほど美しい容姿をしている。その結果、いやでも観衆の目を引いた。

 

(キミがリーダーで、僕がパートナーだ。しっかりリードしてくれよ?)

 

 小声でそう言われ、やむを得ず引き受ける。ローウェルの体は先ほどの握力がどこにあったのか疑うほど細かった。叩けば簡単に砕けてしまいそうな……そんな危うさがある。

 曲が流れ始める。力強い、アップテンポな曲調。ダンスの種類はタンゴ。先ほどエルナと踊ったワルツとは違い、情熱的で力強いダンスだ。曲に合わせて、互いに緩急の鋭いステップを踏む。

 

(さて、ダンスの時間もそんなに長くないし、手短にいこうか──改めて初めまして。ディン共和国のスパイ、『送火』のジキルくん)

 

 唐突に小声でそう告げられ、目を見開く。その反応を見て、ローウェルが楽しそうに口の端を歪めた。

 

(っ! ……やっぱり知ってたのか、俺のこと)

 

(もちろん。僕はすべて知ってるよ。キミの妹が『鴉羽』の襲撃で死んでいること。今はその妹のコードネームと任務を引き継いでいること。相棒が元『鴉羽』の暗殺者の少女であること。今、キミたち以外にも『灯』のスパイが数人、潜入していることもね)

 

(お前……)

 

 考えが甘かった。こちらの動きは完全に相手に筒抜けだったらしい。もっと慎重に作戦を練り、動くべきだったか、と後悔に顔を歪ませる。

 

(ふふ、いい顔だね……安心しなよ。今すぐにどうこうはしないよ。僕だって無関係の人たちを巻き込むつもりはないさ)

 

 余裕然とした態度で話すローウェル。完全に掌の上で転がされているようだ。

 

(それよりも、さっきの話の続きをしよう。戦争と平和についての話をさ)

 

 ローウェルが嬉々として、語り始める。

 

(僕は船の上で産まれてね。それから10年間、ずっと船の上で過ごしたんだ)

 

 それは、ローウェルの出生に関するものだった。ローウェル=カーペンターはこういう男だと決定づける、その根幹に関わる話。

 

(だから、ちゃんとした戸籍がなくてね。愛国心っていうのもイマイチ分からないし、戦争の実体験もないんだ。それにこの白化体質のせいで、日光にもめっぽう弱くてね。余計、船外に出せてもらえなかったんだ)

 

 今も日焼け止めクリームを丹念に塗らないとまともに外すら出られない、と苦笑いを浮かべる。

 

(でも、船の上からいつも眺めていたよ。戦火に包まれる町並み。銃弾と爆音、人々の悲鳴、絶叫、阿鼻叫喚……地獄を遠目でずっと見てきた)

 

 苦笑から一転して、恍惚とした顔でそんな事を言う。

 その表情に、ジキルは怖気が走った。

 

(僕は、その光景が大好きだった)

 

(……は?)

 

 ジキルは意味が分からず、一瞬固まる。「止まらない、止まらない」とローウェルにからかわれ、慌てて曲調に合わせてダンスを再開する。

 

(船の上は武器と弾薬、仕事の話しかしない大人達ばかりで、とても退屈でね。そんな中、僕の娯楽と言えば、遠目に見る戦場だけ。正直、今でもあそこにいたキミ達が羨ましいとすら思うよ)

 

 それは、あの戦場にいた者達全てを侮辱する言葉だった。

 怒りのあまり、ローウェルと合わせた手を強く握りしめる。

 

(お前、本気でそんな事を言ってんのか? 俺たちが、どんな思いでいたと……っ!)

 

(ああ、分かるとも。分かっている上で、そう思わずにはいられないのさ。少年時代の思い出……憧憬ってのはそういうものだろう? だからこそ、僕は今が退屈で仕方がない)

 

 愉快そうに口の端を吊り上げたローウェルが、ジキルに握られた手を握り返す。

 ミシッと手の骨が悲鳴をあげる。本当に一体この優男のどこに、こんな筋力があるのか。ローウェルが口を開く。

 

(光の戦争は終焉を迎え、現代で繰り広げられるのはキミ達スパイによる影の戦争……どいつもこいつも裏でコソコソと小競り合いをするだけ。犠牲になるのは使命と正義感に溢れたお人好しか、とびっきりのクズか、巻き込まれた哀れな一般人……大衆はそんなことも知らずに、平和が来たとマヌケ面下げて、ただ日常を過ごす。ほんっと、退屈な時代になったよねぇ)

 

 避難めいた口ぶりだった。

 ローウェルの考えは間違っている。戦争は悪だ。そんな戦争に期待するローウェルは断罪しなければならないし。そしてそれに加わり、人殺しを良しとする『鴉羽』もこの世から排除すべきだ。

 しかし、彼の言い分に思うところもある。今の世界は平和だが、仮初だ。その裏で、志あるもの達が何人も死んでいる。その犠牲の上に多くの人たちが生きている。

 では一体、その犠牲はいつまで続くのか。生まれた環境が少し違っただけで、なぜこうも差がつく? なぜ俺たちが、こんなにも傷つかなければならないのか? 道ゆく普通の人たちとすれ違った時に変わってほしいと、変わってもらえないならせめて同じ痛みを共有してほしいと、願ったことがなかったわけじゃない。

 それを実現するための方法が戦争だと、思い至ったことだってある。

 

(俺は──)

 

 それでもこの男の言うことを否定しなければ、とジキルが口を開いた時。

 曲がフェードアウトした。

 

(曲が終わったね……話はここまでにしようか)

 

 ローウェルにそう告げられ、組んでいた手を離す。二人揃って観客へ向けてお辞儀をする。観客達から盛大な拍手が上がる。男性同士のペアということで、それなりに注目を集めていたようだ。会場に戻ると、すれ違う観客達から称賛の声をかけられる。幸い、ローウェルと話をしていたことは誰も気づいていないようだった。

 

「ああ、ジル君。ダンスまで付き合ってくれてありがとう。楽しいひと時だったよ」

 

 人混みから少し離れたところで、そう笑って手を差し出すローウェル。

 正直握手を交わす気分ではなかったが、周りの目もある。ジキルは作り笑いを浮かべてそれに応じた。

 

「俺こそ、貴方と踊れて光栄でしたミスター・ローウェル」

 

「うん……そうだ、お礼と言っては何だけど、キミにこれをプレゼントしよう」

 

 満足そうに頷いたローウェルが、懐から小さなケースを取り出す。それをジキルに手渡した。

 受け取ったジキルがケースを揺らすと、カランと音がなる。小さな固形物が幾つか入っているようだ。危険はないだろうと判断し、ケースを開ける。

 

「これは……」

 

 中に入っていたのは、白い錠剤だった。

 

「キミが死に直面した時、助けとなるものだよ……その時が来たら、遠慮なく使うといい」

 

 そう耳打ちしたローウェルは心底愉快そうに、酷薄な笑みをたたえてその場を去った。

 そして会場では、最後の演奏が始まった。

 

 

 

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