そして、今月最新刊発売されるから楽しみで仕方ない……。
ダンスパーティーが終わり、会場では『アルカナ社』の新製品の発表が行われていた。
照明が落ち、会場の奥に設置された壇上に左右からスポットライトが当てられる。長々とした『アルカナ社』の社長の挨拶を終え、銃火器、防護服、戦闘機などが次々と紹介された。
(ハイドのやつ、どこ行ったんだ……?)
映し出されるスクリーンを眺める群衆の中、ジキルは注意深く周囲を観察するが見つからない。ずっとバイキングコーナーの周辺でひたすら食事をしていたはずだが、ジキルがローウェルとダンスを踊り、戻った頃には居なくなっていた。近くで同じように食事をしていたリリィにも聞いてみたが、気付いたら居なくなっていたそうだ。
(無線にも返事がねぇし……いや、それはいつも通りか)
ハイドはこういった機械を使うのが苦手だ。使い方を教えてもすぐに忘れるし、スイッチやボタンが2個以上あるものに関しては壊してしまうことが多い。アネットが作ってくれた、この耳にはめるタイプの小型の通信機はものすごく便利なのだが、ハイドの場合どこかで捨ててしまっている可能性がある。
(仕方ねぇ。この発表が終わったら探しに行くしかないか)
ハイドを探すのは別に後回しでもいいだろうと判断する。気づいたときにひょっこり現れるのはよくある事だった。
「──では、次に。我が社の期待の新星。ローウェル・カーペンター氏からも、新たな新商品のご紹介です」
会場が拍手に包まれる。人の良さそうな笑みを浮かべながら、白髪赤瞳の美しい男──ローウェル・カーペンターが壇上に上がった。
「皆さん、はじめまして。ご紹介に預かりました、ローウェル・カーペンターです。私が紹介する製品の前に一つ、お話ししたい事があります」
そう言ったローウェルがジキルの方に一瞬だけ視線を投げかけ、口の端を吊り上げたような……気がした。
「皆さんは戦争について、どうお考えでしょうか? ある記者は言っていました。戦争は悪だと。殺して、殺されて。死への感覚が麻痺して、心が死んでいく……と。ええ、まったくもってその通り。戦争は悪です。10年前の世界大戦、『光の戦争』を経験した人達なら痛感している事でしょう」
乗客の中には、ローウェルの言葉に神妙に頷く者もいれば、鼻で笑うものもいた。
「もちろん、中にはそう思わない人もいるでしょう。まして、武器商人である私が、何故こんな話をするのか分からない人もいるでしょうね……」
そこまで言いかけて、ローウェルが不意に口を止める。口元を手で覆い、何か考え込むように固まった。その様子に、会場がざわめく。
何故か、すごく嫌な予感がした。ジキルは耳にはめた通信機に手をかける。
「──んー。やっぱり前置きを話すのめんどくさいな」
唐突に、くだけた口調でそう告げるローウェル。その赤い瞳は妖しく輝いて見えた。
「まぁ、つまるところ、僕は戦争が好きなんだ。人種、階級に関係なく、誰しも等しく同じ痛みを共有できるから。僕は武器も好きだ。大人と子供、男と女、強い奴と弱い奴……そんなもの関係なく、誰もが平等に己の敵となるのだからっ」
そう嗤ったローウェルが懐から取り出した拳銃で、壇上の横のパイプ椅子に座っていた社長の脳天を撃ち抜いた。脳漿が飛び散り、会場に悲鳴が響き渡る。
「やつを撃ち殺せっ!」
『アルカナ社』の重役の一人がそう叫び、付近にいたボディガード達が一斉に拳銃を構える。
「出てきていいよ『鴉羽』──抵抗する奴は皆殺しにしようか」
その言葉と共に現れる黒い外套姿の何者か──『鴉羽』の暗殺者たちが、ローウェルを狙うボディガード達を瞬く間に血祭りにあげた。
ここで会場は混乱を極める。逃げる人。抵抗する人。命乞いをする人。殺される人。それを楽しそうに眺める赤い瞳の悪魔。
「──くそっ! イカれてやがるな、あの武器商人っ」
迷走する人垣を超えて、何とか会場から脱出したジキルが無線機のスイッチを入れる。
「こちら、『狂風』っ! 応答できるやついるかっ?」
『こちら、「百鬼」……なんとかなっ」
『「愚人」も一緒なのっ』
『「氷刃」も、大丈夫だよ』
『灯』の少女達から反応が帰ってくる。その声を聞いて、少しだけ安心する。廊下を駆ける。
「あとは『花園』と『黒子』はっ?」
「──後ろにいますっ」
振り返れば、銀髪の愛らしい顔の少女──コードネーム『花園』のリリィが、ジキルの後ろを駆けていた。
「──リリィ! 頭を下げろ!」
「────え?」
ジキルがリリィに向かって銃口を向ける。一瞬だけ驚いた顔をしたリリィが飛び込むようにして頭を下げた。その上で、リリィに向かって短刀を振り下ろす暗殺者が2人。
放たれる二発の銃弾。一発は1人の暗殺者の頭を撃ち抜き、仕留めた。しかし、もう一発はもう1人の暗殺者の肩を撃ち抜いただけで、仕留めきれなかった。
凶刃が、リリィの首を掻き切らんと迫る──。
「させないでござるよっ!」
突如、暗殺者の背後から現れる第三者。空中で一回転し、その勢いのまま暗殺者を蹴り飛ばす。壁に強く叩きつけられた暗殺者はそのまま昏倒した。
「ハイド! お前今までどこにいたんだ!?」
駆け寄るジキルに第三者──ハイドが晴れやかな笑みで応えた。
「う──じゃなくて、お花を摘みに行っていたでござるよっ。いやぁ、これが中々切れが悪く──って、あいたぁっ!?」
「羞恥心っていうのがないのか、お前はぁぁぁぁあ!? 年頃の女の子がそんな事を嬉々として語るんじゃねぇええええっ!?」
呑気に、羞恥心のかけらもない事を宣うハイドに拳骨を落とす。
頭を押さえたハイドが不満そうに口を開く。
「失敬な。拙者にだって恥じらいぐらいあるでござるよ。だから、う──って言おうとしたのをお花を摘みにで変えたんでござるよ?」
「お前、もういいから黙れっ?」
もう一つ拳骨を落とす。あまりの緊張感のなさに、『鴉羽』の暗殺者に追われていた事を忘れそうになる。ジキルとハイドのやりとりを見ていたリリィが気まずそうに口を開く。
「え、えーと……とりあえず逃げませんか? 追手もすぐ来ちゃいますし」
「あ、そうだな……ハイドも行くぞ」
「了解でござるっ」
そうして、三人は廊下を駆ける。
途中、『鴉羽』の暗殺者たちに襲われるが、ハイドが先陣を切り、ジキルとリリィが拳銃で援護する。しばらく経って、大きな空間に出る。そこは、四階にある劇団の公演が行われる専用のシアターだった。中心の広い舞台を囲うように観客席が並んでおり、天井はガラス張りになっている。
「ジキルっ!」
「ジビアにモニカか!? 無事だったんだなっ」
ちょうど同じタイミングで別の出口から現れるジビアとモニカ。このホールで一旦合流する手筈になっていたのだ。集まったジキルたちは観客席を飛び越え、舞台へと上がる。
「──おやおやぁ? 皆さん、お揃いで」
小馬鹿にしたような口調で、軽薄な笑みを浮かべたローウェルが現れる。
その傍らには初老の顔に深い切り傷のある男。そして、『鴉羽』の暗殺者たちがジキルたちを囲うように現れた。
「まさか、劇場の舞台に集まるなんてねぇ。ふふふ、ここで演劇でも見せてくれるのかい? 血肉踊る、無様な悲劇を?」
ローウェルの皮肉をジキルは鼻で笑って返す。
「言ってろ、イカれサイコ野郎。ここで踊るのはお前らだ」
そして、ジキルは片手に持ったスイッチを見せつける。
事前に仕掛けて置いた小型爆弾の起爆装置だ。もし船内で戦闘になった場合は劇場に誘導し、暗殺者達を爆殺する──ジキルが備えておいたプランの一つだ。当然、ジキル達が集まってる場所には被害が及ばない絶妙なラインで設置している。
「うーん……ハッタリ、ではなさそうだね。でもいいのかなぁ? ジキルくん。僕達を爆殺しようとしたら、この娘も死んじゃうけど?」
「は──っ?」
廊下の奥から現れた暗殺者が誰かを引きずるようにして前に出る。その姿を見てジキルは絶句した。
金髪の人形のような愛らしい少女──エルナだ。美しい金髪を無造作に引っ張り上げられ、「い、痛いのっ」と涙目に訴える。
「てめぇっ!」
怒りで目を吊り上げたジビアが今にも飛び掛からんと前に躍り出るが、リリィがそれを制止する。
「ジビアちゃん、危険です! 迂闊に動かないでください!」
リリィに諭され、渋々下がるジビア。「最悪だね」とモニカが余裕のない笑みで吐き捨てる。
その通りだった。向こうに人質を取られた。そのせいで唯一の突破口である爆弾を使えない。
(いや、1人の犠牲で多数が救えるなら迷わず実行すべきだ。迷う必要なんかない……でも)
『灯』とは少なからず蜜月を過ごした、大切な同胞だ。それを自らの手で失うことは……できない。何より、姦しくも仲睦まじい彼女達に『身近な仲間』の喪失を味わせたくない。
「……クソがっ」
爆殺するプランを諦め、ジキルは起爆装置をポケットの中にしまおうとする。
「ん? あれ? そんな簡単に決めちゃうの?」
そこでローウェルの意外そうな声が響く。
「キミらって任務のためなら命を投げ出すもんじゃないの? それでも仲間を助けたいって気持ちもあるから……ドロドロの仲間割れが見れると思ったのに」
そう宣うローウェルに『灯』の少女達が、不快感を隠すことなく睨み付ける。
ジキルも同様だった。この男は人の想いを、命を何だと思っているのか。悪魔がこの世に存在するとするならば、それはきっと、ローウェルのような男なのであろう。
少女達の視線を受け、ローウェルが含むように笑う。
「そう睨まないでよ……でも僕も退屈なんだ。だから、もっと面白くしてあげるね?」
ローウェルが左手を上げる。暗殺者達を一斉に仕掛けるつもりか、とジキルが身構える。
そして、背後から殺気を感じて振り向いた。
「────ハイド?」
その光景が、理解できなかった。相棒であるはずのハイドが、何度もドジに巻き込まれて死にかけた事もあったが、その強さに救われる事もあった少女が。今、夜よりもなお昏い瞳で。明確な殺意を持って自分に向かって短刀を振るっているなどと。
ただ、反射的に。ジキルは振り返ると同時に懐から抜いていた拳銃をハイドの頭に焦点を当てていた。
引鉄を引く余裕は十分にあった。ジキルとハイドの間に1メートルも距離はない。この距離から発砲すれば、流石にハイドと言えど、脳天を撃ち抜かれて死ぬだろう。
ハイドは元々『鴉羽』の暗殺者だ。紆余曲折あってジキルの妹に救われ、妹が『鴉羽』に殺されてからはジキルの復讐のため、バディを組む事になった。最初、ジキルにとってハイドは復讐の道具でしかなかった。復讐が終わった時、最後にコイツも殺そう──そう考えていた。
だから、自分に刃を向ける以上、コイツを殺す事に躊躇する事なんてない。
「────っ」
引鉄に手をかけ、カチっと音が鳴った時にハイドの顔を見て──ジキルは引鉄を引くことができなかった。
それは、一瞬の出来事だった。ハイドはジキルの首筋目掛けて走らせた短刀を返し、ジキルの拳銃を持った右手首から上を切り落とした。ジキルが悲鳴を上げる。ハイドはそのままジキルを蹴り倒し、今度こそその喉を掻き切らんと短刀を振り下ろす。
しかし、ジキルは身を捩り、短刀はジキルの右肩に突き刺さった。慌ててハイドが短刀を引き抜こうとするがジキルがそれを抑えてつける。さらに、ハイドを逃さないために両足をハイドの身体に絡めつけて体全体で抑えつける。
「何してんだ、ハイド!」
その一瞬の攻防に我を忘れていたジビアが、すぐさまハイドを拘束した。拘束されたハイドが抵抗する様子はなかった。リリィがジキルの状態を確認すべく駆け寄る。モニカも近くに寄って、油断なく周囲を睨み付ける。
「くっくっくっ……っ」
その一瞬の出来事を楽しげに眺めていたローウェルが噴き出すように笑い声を上げた。
「あっはっはっはっは!? いいねぇ、いいねぇ! こういうのが見たかったんだよっ。信じてた仲間に裏切られ、唖然、絶望、葛藤する瞬間! 近くで見物できなかったのが残念だよ!」
ひとしきり笑ったあと、ローウェルはまるで映画を見た後に友人に感想を尋ねるような気軽さで隣に立つ初老の男に声をかけた。
「ねぇ、ダンゾウくんはどう思う?」
「……斬り込みが甘いな。もう一足大きく踏み出していれば、そのまま首を斬り落とせただろうに」
「えー、何その感想。もっとさぁ、感傷的な意見ないの?」
「道具に感情などあるものか」
そう淡々と吐き捨てる初老の男──ダンゾウにローウェルはつまんなさそうに唇を尖らせる。
「お前たち……何なのっ? ハイドに何をしたのっ!」
一部始終を見ていたエルナが震える声でローウェルに怒鳴りつける。普段の彼女からしたらあり得ない行動だ。仲間を貶められ、傷つけられ、我慢ならなかったのだろう。
しかし、そんな少女の怒りさえ、心地良いそよ風だと言わんばかりに涼やかな笑み浮かべたローウェルがエルナのそばに寄る。
「何も? ちょっと昔を思い出させて上げただけさ……まぁ、具体的に何をしたのか聞きたければ教えて上げてもいいよ?」
寒気すら感じる、嗜虐的な笑みにエルナが思わず顔を背ける。
「おいおい。顔を背けないでくれよ、可愛いお嬢さん。そうだなぁ、次は壇上にいる5人と『鴉羽』の暗殺者たちとで一人ずつ殺し合いでもしてく? もしあの5人が『鴉羽』の暗殺者を殺したら、キミの指を一本ずつ斬り落としていこうか」
「……は?」
その提案に、エルナは思わず絶句する。
なんだ、それは。つまり、エルナの指を斬り落とされたくなければ、大人しく『鴉羽』の暗殺者に殺されろ、と言うのか。
「……調子乗りすぎでしょ、あのクソ変態野郎。マジで殺したいんだけど」
それを聞いていたモニカが忌々しそうに吐き捨てる。
「ふふっ、僕は別にいいよ? その代わり、この金髪の子の指が一本斬り落とされるけどね?」
心底楽しそうに話すローウェルは「さて、」と口を開く。
「じゃあ次のゲームも決まったことだし、早速始めよう! そっちは2名ほど戦えそうにない子達がいるけど……まぁ、捨て駒にするか、残ったキミ達3人がここにいる全員を殺せばいいだけだしね?」
ローウェルが開始を合図するかのように右手を上げ、一人の暗殺者が壇上へと上がる。
舌打ちを鳴らし、モニカが暗殺者に向き合い拳銃とナイフを構える。
これから絶望的な戦いが始まろうとしていた──その瞬間。
「──そのゲーム。僕も混ぜてもらおう」
低く、凛とした声音とガラスが砕ける音が響いた。その場にいた全員が天井を見上げる。
一人の男が、降ってきた。その男は音も立てず着地し、気づけば壇上の暗殺者を観客席の方へと吹き飛ばしていた。
目にも止まらぬ早業。あの『鴉羽』の暗殺者を容易く打ち倒してしまう男など、『灯』の中には一人しかいない。
「──先生っ」
リリィが感極まった声を上げる。そこに現れたのは、別働隊の指揮を取っていたはずの『灯』のボス──クラウスだった。