スパイ教室 二人のスパイ(後ほど削除予定)   作:眼鏡鏡眼

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『黒子』編も終盤となってきました。
今月中には完結する予定なので、読んで頂いている方には最後まで付き合って頂ければと思います……!






case5 黒子(前編)

 

 

 

 負傷した右肩を何度も動かし、ジキルは顔を顰めた。

 痛みが引く様子はない。ならばせめて痛みに慣れ、身体も少しずつ慣らしていこうと考えたが、思うようにいかなかった。

 

(応急処置はしたものの、これじゃあお荷物だ)

 

 ペナルティを負った状態で勝てるほど、『鴉羽』との戦いは容易くない。動きが鈍れば、その隙を狙われ瞬く間に頭と胴体が泣き分かれる事になる。

 ジキルはズボンのポケットに手を入れ、小さなケースを取り出した。その中には白い錠剤が一つ。ダンスタイムの時にローウェルから手渡されたものだった。

 ジキルはその錠剤が何なのか知っていた。ローウェルが開発した新薬──『超人薬』。服用する事で、人体の自動制限(セーフティ)を外すことができるらしい。その結果、得られるのは超人的な身体能力と人体の破滅。

 ジキルはこの情報を以前、『奈落人形』奪還任務で侵入した工場内で情報収集をした際に得ていた。

 

「………………」

 

 服用するかどうか、迷う。形状をよく似せた毒薬の可能性もある。

 しかし、今までのローウェルとのやりとりを思い返せば、()()()()()()するために渡してきた可能性もある。どちらにせよ、服用するのはローウェルの掌の上で踊らされているようで釈然としない……しかし。

 

(……躊躇っている場合じゃないな)

 

 ジキルは意を決して、服用することに決めた。

 

「ごめんなさい、ジキル」

 

 突然、後ろから声をかけられる。

 振り返れば、申し訳なさそうに顔を伏せたハイドがいた。

 

「肩、まだ痛むんですよね? 私が刺したから……」

 

 ドレスを掴む手が震えている。今にも泣き出しそうな声に、ジキルは思わず苦笑した。

 

「気にするな。一応、応急手当てはしたし、()()()も飲んだしな」

 

 そして、安心させるようにハイドの頭を優しく撫でる。

 

「あと、口調もいつもの調子で頼む。それがお前の素なんだろうが……正直、調子が狂ってな」

 

「──っ! ……承知したでござる。ジキル殿っ」

 

 いつもの口調に戻るハイド。

 やはりハイドはこの口調がしっくりくる。

 

「ジキル、体の調子は大丈夫か?」

 

 少し離れたところでリリィたちと話し合っていたクラウスが、こちらへ来てジキルの肩に視線を移した。

 

「あぁ。右肩がまだ痛むが、それ以外は大丈夫だ」

 

 まだ痛みが続く右肩を手で押さえながら、答える。クラウスは少し目を細めて「そうか」と言った後に顎に手を当ててしばし沈黙した。

 

「……今どう動くべきか話していたところなんだが……やはり、上階と下階に行くメンバーに分かれるのが一番だという事になった」

 

 それはジキルも賛同だった。

 それこそがローウェルの思い描いたゲームの展開だろうし、その通りにいかない場合は人質に取られた乗客やエルナ、もしくはこの豪華客船そのものを危険に晒しかねない。

 

「そこで、分かれるメンバーについてなんだが──」

 

 クラウスが提案するメンバー分けはなんとなく察しがついていた。

 ジキルだって合理的に考えれば、そうする。

 しかし、ジキルには別のメンバー分けが頭の中に浮かんでいた。クラウスの言葉を遮り、ジキルは口を開く。

 

「──クラウス。それについてなんだが」

 

 

 

 

 

 

 

 時は進み、甲板の上で七色に光る龍華の夜の街並みを眺める白髪の男が一人。その背後には二人の黒い外套を纏った『鴉羽』の暗殺者が控えていた。

 

「──ああ、メチャクチャにしたいなぁ」

 

 爛々と赤い瞳を輝かせながら、男──ローウェルは口の端を歪めた。

 これはローウェルの昔からの性分だった。綺麗なものは汚したいし、美しいものは壊したい。その過程は見ていて心が踊るし、最後には自分の中でなんとも言えない解放感が胸の内を満たす。

 我ながら狂っているなとは思う。

 

「何が目的なの?」

 

「ん?」

 

 唐突に投げかけられた疑問にローウェルは振り向き、首を捻る。

 椅子にロープで縛り付けられた金髪の少女──エルナが鋭い目つきでこちらを睨んでいた。

 

「乗客を人質に取って、何かを要求するわけでもない。面倒なルールを作って、それを律儀に守ってエルナ達と戦おうとする……お前達の目的が分からないの」

 

 その問いがローウェルにとっては可笑しく、思わず笑いが漏れる。

 

「ふ、ふふふふふっ……」

 

「な、何がおかしいのっ?」

 

「いや、すまない。つい、ね」

 

 彼女の疑問はもっともだ。

 闘争には必ず理由があり、目的がある。戦争にも。テロ行為にも。戦いは何かを得るための手段の一つだ。

 しかし、そんなものなくとも戦う輩はいるのだ。

 

「そう難しく考えることはないよ。見たまんまさ……僕達に目的はない」

 

 ローウェルは嗤う。

 理由なぞなくても戦うことをやめられない人種……ローウェルや『鴉羽』がそうだった。

 

「僕達はね、お互いの欲望のために手を組んでいるのさ。僕は、この世にあるすべてを()()()()()()()。『鴉羽』は()()()()

 

 かくして、歪んだ武器商人と最凶の暗殺者という組み合わせができた。

 

「今回のテロ行為も、前回の『奈落人形』の製造も、そのためのきっかけに過ぎないのさ」

 

 戦いという手段のために目的や理由を選ばない。

 それが、ローウェルと『鴉羽』の在り方だった。

 

「く、狂ってるの……」

 

「ふふ、よく言われるよ」

 

 避難めいた顔でつぶやくエルナに、終始愉快そうに嗤うローウェル。

 

「それにしても、ただ待つってのも飽きてきたな」

 

 顎を撫でたローウェルが覗き込むようにしてエルナの顔を見る。

 

「……やっぱりキミ、綺麗な顔してるよね。まるで人形のようだ」

 

 急に容姿を褒められて面食らうエルナ。

 ローウェルがエルナの頬を這うように撫でる。その手はひどく冷たかった。

 

「……退屈しのぎに、キミの顔で遊ぼうかな」

 

「のっ!?」

 

 その言葉にエルナは戦慄する。

 ローウェルがポケットからナイフを取り出し、その刃をエルナの方に突き立てよう近付ける──その時。

 甲板に出るための唯一の入り口であり、鎖で頑丈に施錠していた扉が蹴破られた。

 

「……やっぱりキミがこっちに来たんだね」

 

 ようやく到着した人物に、ローウェルは口の端を吊り上げた。

 現れたのは、クラウスだった。後ろ髪を紐でまとめ、鉛のように重い殺気を放っていた。

 クラウスを見つけたエルナが、「先生っ!」と感極まって声を上げる。

 クラウスはエルナの無事を目視で確認し、一瞬だけ顔を緩める。しかし、すぐにローウェルに向き直って顔を引き締めた。

 

「そこまでだ。ローウェル=カーペンター。人質に取られていた乗客は救出したし、道中に襲ってきた『鴉羽』も40人きっちり叩きのめしてきた。あとはそこにいる2人と貴様だけだ」

 

 クラウスの実力を正しく測れている者であれば、それは最終通告に他ならない。そして、ローウェルはそれを正しく理解しながらも、余裕然とした態度で拍手した。

 

「あぁ、そうだねぇ。僕はここで終わりなんだろう……なら、最期まで楽しまないとね?」

 

 それが合図であったように、控えていた二人の暗殺者が動いた。

 瞬く間にクラウスに肉薄する二つの凶刃。動きの練度から考えて、この二人は『目』の暗殺者。一流のスパイであっても、この初手を回避するのはほぼ不可能。

 しかし『世界最強』を自称するクラウスからしてみれば、まだ遅い。

 

「時間の無駄だな」

 

 一瞬の出来事だった。脱力し、迫る凶刃を身体を捻り、紙一重で回避する。そして、一歩大きく踏み込む。緩急を付けた神速の動き。すれ違いざまに顎を掌底で打ち抜かれた二人の暗殺者は昏倒した。

 続いて、今度はクラウスが数十メートル離れていたローウェルの元へ肉薄する。ローウェルが「は?」と目を見開く。

 クラウスはローウェルの鳩尾を掌底で打ち据えた。

 

「ぐっ!? 流石に強いね……でも、殺さないなんて甘すぎだよ」

 

 強い衝撃に意識が飛びかけ、ローウェルが膝をつく。

 『鴉羽』のような暗殺者ならまだしも、ローウェルのような戦闘の素人が意識を保ってられるような軽い一撃ではない。それだけでもクラウスにとってみれば驚きなのだが、ローウェルの言葉を受けて後ろから感じた殺気に目を見張った。

 

「──なに?」

 

 さきほど昏倒させたはずの暗殺者二人が短刀を構え、上下に分かれて襲いかかってきていた。

 すぐさま回避しようと行動するが、今度は鳩尾に一撃食らわしたはずのローウェルに羽交締めにされた。素人の男のどこからこんな力が出ているのか全く謎だが、動けない。やむを得ず、クラウスは上から襲い掛かってきた暗殺者を蹴り飛ばす。しかし下から振るわれた短刀は避けきれず、左脚を斬りつけられた。

 痛みに顔を歪めるが、蹴り飛ばした足で下から襲ってきた暗殺者の頭を踏み抜く。そして、傷ついた足でローウェルの腹部を蹴り上げた。

 その衝撃でローウェルが後方へ転がり、クラウスはようやく解放された。すぐさま彼らから距離をとった。

 

「──あはは。驚いた? これは僕が開発した新薬でね。まぁ、ちょっとしたドーピング剤だよ」

 

 すぐに起き上がったローウェルが血反吐を吐きながら答える。最後に蹴り飛ばした時に肋骨2、3本は折ったはずだ。にも関わらず、ローウェルは痛みを感じていないようだった。

 他の二人の暗殺者も立ち上がり、短刀を構えている。もう半端な攻撃はしていない。彼らも骨の一部が砕かれたり、内臓に傷が入ったりしているはずだ。

 それでも尚、動けるというのは異常だ。さきほど、ローウェルは「新薬」と言っていた。それに該当しそうな情報を以前、ジキルから共有されていた。

 

「……死ぬつもりか」

 

 構えをとり、目を細めるクラウス。

 ローウェルはそれを鼻で笑った。

 

「何を今更。どうせ終わる命なんだ。使いたいように、とことんやらないと……意味がないでしょ?」

 

 ──船上の戦いは、まだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ボイラー室にて。

 

「……来たか」

 

 熱気を帯び、少ない灯りで照らされた室内に男の冷めた声が響く。

 男──『鴉羽』の頭領、ダンゾウの前には二人のスパイが立っていた。

 灰色髪の青年、『狂風』のジキル。

 黒髪の少女、『黒子』のハイド。

 

「……ぅあ」

 

 思わず、ハイドがうめき声を漏らす。

 切り刻まれるような殺気を放つダンゾウを前に、再び震えるハイドの頭をジキルは優しく撫でた。

 

「大丈夫だ、ハイド。今度は俺が付いてる」

 

「──っ! そうでござるな」

 

 安堵し、息を吐くハイド。震えは止まっていた。

 

「……分からんな」

 

 唐突なダンゾウの言葉に、ジキルが訝しんだ目を向ける。

 

「ローウェルが、儂のところに来るならお前たち二人だろうと言っていた。実際にお前たちは儂のところに来た。何故だ? 勝率を考えるのであれば、『燎火』が来るのが妥当だ。何故、はるかに劣るお前たち二人が来た?」

 

 ダンゾウの言う通りだ。ダンゾウに確実に勝てるのはクラウスだけだ。しかし、ジキルはクラウスにはローウェルを捕らえてもらうようにお願いし、他の『灯』の少女達には人質に取られた乗客の救出を任せた。

 スパイとしてはとても合理的とは言えない判断。しかし、元々この任務はジキル達二人が追っていたものだ。

 

「はっ、劣っているだって? それ、誰の話だよ?」

 

 そう、吐き捨てる。ジキル達はまだ失敗していない(まだ死んでいない)。ならば、この任務はジキル達の手でやるべきだ。

 それにこれからも進み続けるためにジキルは復讐を、ハイドは因縁を自分の手で終わらせなければならない──だから。

 

「俺たち()()()()、アンタなんかに負けたりしねぇ。アンタら『鴉羽』を追いかけて、追い詰めたのは俺たち二人だ。それを、分からせてやるよ」

 

「そうでござる。目にも見せてやるでござるよ、クソジジィ」

 

 そう不敵に笑って、ジキルとハイドは親指を下に突きつけた。

 

 

 

 

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