スパイ教室 二人のスパイ(後ほど削除予定)   作:眼鏡鏡眼

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今回、文章量がシリーズの中で一番長くなっております(多分)
ちょっと疲れましたねw





case5 黒子(後編)

 

 

 

 

 僕が15歳の時の話だ。

 父親の仕事でとある紛争地帯にいた僕は住民の虐殺に立ち会った。終戦から5年が経とうとしていた頃。東部周辺の小国では未だに紛争が続いているところがあった。

 崩れかけた煉瓦造りの壁際に並べられた住民たちが、アサルトライフルを持った軍人たちに撃たれて死んでいく。少し離れたところには骸と化した住民がゴミのように積まれていた。

 聞けば、彼らはこの街で軍人の侵攻に少しでも反抗しようとした者たちによって作られた義勇軍の()()らしい。何十人か殺して、広場に遺体を捨て見せしめにするのだとか。

 逆に義勇軍の反抗心を煽りそうな気もするが、その義勇軍に辛酸を舐めさせられている軍人たちにとってはそれが良い方法に思えていたのだろう。

 彼らは己の鬱憤を晴らすかのように住民たちを銃殺した。

 僕はその住民たちの中で自分と同い年ぐらいの少年を見つけた。その少年はさらに幼い少女を守るように、必死に抱きしめていた。

 軍人に聞くと、彼らは兄妹なのだという。僕は軍人に拳銃を借りて、その兄妹を僕の目の前に引っ張り出してもらった。激しく抵抗する少年を軍人の一人が無理やり押さえつけ、妹から引き剥がす。

 目の前で震える妹に僕は笑顔で質問した。

 

「キミ、名前はなんて言うの?」

 

 少女は震えながも首を傾げた。パクパクと口を開く。何を言われたのか分からなかったらしい。僕は言語が異なることを思い出して、彼らの母国語で再び同じ質問をした。

 

「ゆ、ユニ……です」

 

「そっか、ユニちゃんか。可愛い名前だね。何歳になるの?」

 

「10歳、です……」

 

「10歳か。じゃあ、僕の5つ下だね」

 

 たどたどしくも質問に懸命に答えてくれる彼女を見て、僕はある事を思いついた。

 

「ねぇ、ユニちゃん。これから僕とゲームをしない? ルールは簡単、ジャンケンで最初に2回勝った方が勝ち。もし僕に勝てたらお兄さんと一緒にここから助けてあげるよ」

 

「ほ、本当っ?」

 

 彼女は目を見開いて嬉しそうな声を上げた。軍人は驚き、避難の目を向けてきたが無視した。

 

「本当さ。じゃあやるよー? ジャーン、ケーン──」

 

 唐突に始まった掛け声に慌てるも、彼女は必死に合わせる。

 

「──ポンっ」

 

 僕がパーで、彼女がチョキだった。「や、やった」と彼女が嬉しそうな声を上げる。

 

「お、やるね。じゃあ次行こうか。ジャーン、ケーン、ポンっ」

 

 次に出されたのは僕がグーで、彼女がチョキだった。

 彼女の顔が真っ青に変わる。表情がコロコロと変わり、見ていて面白い女の子だなと思った。

 

「おっと、今度は僕の勝ちだね。さぁ、次が最後だよ。ジャーン、ケーン」

 

 彼女の顔がくしゃりと歪む。何せ、次のジャンケンで勝たなければ死ぬことになるのだ。それでもとゲームを放棄しなかった彼女は手を振るう。

 

「ポンっ」

 

 僕が出したのはグー。彼女が出したのはパーだった。彼女は僕とのゲームに勝った。花開いたように顔を輝かせた彼女が口を開く。

 

「や、やった! 私、勝ったよっ。おに──」

 

 パンっと乾いた音が響き渡る。彼女の言葉が続くことはなかった。

 

「ああ、残念。せっかく僕に勝ったのに……これじゃあ、()()()だね」

 

 彼女を撃ち殺した僕はそう言って嗤う。その顛末が滑稽だったのか、軍人も笑い声を上げた。

 遅れて、少年の発狂した声が響く。

 

「お前ぇええええええっ! ユニを……俺の大事な妹を、よくも殺したなあぁああああああああっ!?」

 

 張り裂けんばかりの怒声をあげる少年に、僕は持っていた拳銃を彼の口内に突っ込んだ。

 そのまま引き金を引き、少年の脳天を内側から吹き飛ばした。

 兄妹に対する慈悲の心や、憐れみとかいうものはなかった。

 この後、この兄妹の骸も広場へと運ばれるのだろう。そして義勇軍として参加しているであろう住民たち、もしかしたら彼らの両親もいるかもしれない──は思い知るだろう。

 自分たちが守ろうとした者たちが、自分たちのせいで無惨な姿に変えられてしまった事実を。

 そんな事を想像すると、当時の僕は心が踊って仕方がなかった。

 

(──ああ、思えばあれが僕のはじめての殺人だったな)

 

 口から粘着質の赤い液体を吐き出し、ローウェルはそんな事を思い出した。

 もう5年ほど前の話になる。

 何で今更こんな事を思い出すのだろうと首を傾げ、自分のすぐそばに誰かが立っている事に気付いて顔を上げる。

 最初は視線がぼやけて焦点が合わなかった。じっと目をこらして、ようやく自分のそばに立っていたのが女と見紛うほど美しい顔立ちをした長髪の男だと分かった。

 その顔を見て、ローウェルは現在の状況を思い出した。

 呆れて、思わず笑いが漏れる。

 

「──ははっ、キミ強すぎでしょ。本当に同じ人間かい?」

 

 長髪の男──クラウスは蔑むかのように目を細めて、息をついた。

 

「お前たちが弱すぎるんだろう。まぁ、僕が強いのは認めるがな」

 

「ふは、流石は自称『世界最強のスパイ』だね」

 

「単なる事実だ」

 

 躊躇うこともなく、淡々とそう答えるクラウス。それが事実だと思い知ったからこそ、ローウェルは逆に笑いが込み上げてきた。

 決着が着くのに時間は掛からなかった。

 不意打ちでクラウスの足を負傷させ、『新薬』で強化した『鴉羽』の『目』の暗殺者2人がかりでいけば、ある程度は戦いになるだろうと思っていた。

 しかし、結果としてローウェル達はクラウスの敵にさえなれなかった。

 両手両足を砕かれても戦闘を辞めない『鴉羽』の暗殺者をクラウスは徹底的に叩き潰した。もはやあれは戦いというよりも蹂躙と言った方が正しい。

 ローウェルも『新薬』を服用し参戦したが、暗殺者たちより劣る自分が敵うはずもなく、こうして甲板の隅で壁に寄りかかり死にかけていた。

 

「まぁ、最初から勝てるとは思ってなかったし……別にいいかな」

 

 そう言って、口の端を歪める。どうせ長くない命だ。やりたいようにやって死ねるなら本望というもの。

 

「最後に答えてもらおう。ローウェル=カーペンター」

 

 瞳を閉じようとしたところで、水を差すような形でクラウスが口を開く。

 

「お前たちが計画していた全容は、あの支社ビルにあったもので全部か?」

 

「ああ、全部だよ」

 

 ローウェルは正直に答えた。元々、そのつもりで置いておいたものでもある。

 

「キミたちは僕に勝ったんだ。おめでとう……楽しいひと時だった……よ」

 

 視界が暗転する。そこでローウェルの意識は深い闇の中へと落ちて、二度と戻ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋼と鋼がぶつかり合う音が何度も響き渡る。

 豪華客船『ニュードラゴ』の第一層、ボイラー室にて。ハイドが両手で持った短刀を十字に振るい、それをダンゾウが刀で弾く。

 一見、互角に見えるそれはしかし、ダンゾウの方が一枚上手だった。体を翻したハイドが繰り出す縦横無尽の攻撃をダンゾウは右手で持った刀のみでいなし続けた。そしてハイドの攻撃と攻撃の間……その僅かな間を狙い左手に持った短刀でハイドの首を刎ねんと腕を走らせる。

 

「──させるかっ」

 

 間一髪、ジキルが発砲する。しかし、それすらもダンゾウは反応し、短刀で放たれた弾丸を弾いた。同時にハイドの腹部を蹴り上げる。ムチのように放たれた足技に吹き飛ばされ、ハイドは床を転がった。

 

「大丈夫か、ハイド!?」

 

「う、げっほ、げっほ……大丈夫、でござる……」

 

 苦しそうに息をするハイド。受け身を取ったものの、相当な威力だったのだろう。防いだハイドの両腕が赤く腫れ上がっている。最悪、骨にヒビが入ったかも知れない。

 

(くそ、このままじゃジリ貧だ……)

 

 スピードも技術も、何もかもが足りなかった。

 幸い、ジキルは『新薬』のお陰で右肩の痛みは全く感じないものの、いつ殺されてもおかしくない状況だった。

 

(……勝てる要素が全くないわけじゃない。だけど、それが今はまったく活かせてない)

 

 それは、ジキルがダンゾウとハイドの戦闘を外から見て得た予感だった。

 例えば、近接戦闘。特にスピードに関してはハイドの方が上だ。にも関わらず、ダンゾウには届かない。

 隣で起き上がったハイドがダンゾウを睨みつけ、油断なく構える。肩が上がり、両腕と両足が小刻みに震えていた。

 これは戦闘が始まってからの事だった。

 やはり、ダンゾウへの恐怖が払拭しきれないのか。ハイドの動きにはいつものキレが全くなかった。踏み込みも、いつもより一歩浅い。おそらくはダンゾウからの追撃に備えるため、無意識的にやっているものなのだろう。しかし、それと同時にハイド自身のいつもの間合いからも外れていた。

 ──なんとかしてこの状況を変えなければならない。

 そう思考を巡らせた時、ふと頭に浮かんだ案にジキルは口の端を歪めた。

 馬鹿げている。自分から死に行くようなものだ。

 だが、もうこれしか無いとも思えた。どうせ、このままいけば自分もハイドも目的を果たせず死ぬことになる。

 これ以上考えている暇もなかった。構えるハイドの肩に手を置く。

 

「ジキル殿……?」

 

 ハイドが不思議そうに首を傾げる。ジキルは不敵に笑って見せた。

 

「ハイド、俺が前衛に行く……お前は俺を全力で守れ」

 

 そう告げて、ジキルは駆け出した。ハイドの制止する声が背中を叩くが無視する。

 ダンゾウも予想しなかった行動に僅かに眉根を上げた。しかし、すぐに冷徹な暗殺者の顔に戻る。

 

「トチ狂ったか、バカめ」

 

 ダンゾウによる袈裟斬りが放たれる。最速で放たれた斬撃を止める術をジキルは持たない。いや、そもそも避ける気すらなかった。ナイフを構え、そのまま突進する。凶刃がジキルの首を刎ねんと眼前に迫り──交差する二本の短刀が、刃を止めた。

 

「──何っ?」

 

 ダンゾウが今度ははっきりと目を見開く。十数メートルほど離れていたはずのハイドが、ジキルとダンゾウの間に割って入ってきたのだから。

 その隙を狙ってジキルがナイフを横薙ぎに振るう。ダンゾウはそれを紙一重で躱し、距離を取ろうとステップを後ろに踏む。

 ジキルはそれを逃すまいと一歩、また一歩と大きく踏み込み、距離を縮めていった。

 しかし、ダンゾウは卓越した暗殺者だ。老いたとはいえ、ジキル程度のスパイに簡単に距離を詰められるほど容易くはない。当然、ダンゾウとの距離を無理に詰めようとすれば体幹が崩れ、繰り出す攻撃は出鱈目。隙だらけになる。

 そこを狙ってダンゾウが刀を振るうが──。

 

「──っ!」

 

 またしても、ハイドに防がれる。

 先ほどまで全く間合いにまで踏み込めてこなかったハイドがついて来る。動きは俊敏で、正確無比。『鴉羽』にいた頃、いや、もしくはそれ以上の可能性すらある。

 ダンゾウは忌々しげ舌打ちを漏らしながら再び距離を取ろうとステップを踏む──の様子を見て、ジキルは自身の予感を確信した。

 ハイドは『鴉羽』にいた頃よりも、またジキルとバディを組んでからも、ずっと成長を続けてきた。それは技術的面もあるし、身体的面もある。身長が少しずつ伸び、それに伴って筋力も付いてくる。身長が伸びたことにより、一歩足を踏み出すごとに進む距離も伸びた。今のハイドは暗殺者として以前よりも着実に完成に近づいていると言っていい。

 ダンゾウに対する恐怖心で本来の身体能力に制限がかかっていた。その精神面をカバーしてやれば、ハイドはダンゾウと渡り合える……!

 そのためにジキルは自ら前衛を務め、命を危険に晒した。ハイドに全力で守ることを指示して、ダンゾウへの恐怖をジキルを何としても守るという使命感に変えた。

 

(だけど、これだけじゃまだ足りない)

 

 これでは防戦一方であることは変わらない。前衛を務めるジキル自身が遅すぎる。

 ナイフを振るうよりも早い攻撃が必要だ。

 再びダンゾウとの距離を詰めたジキルに対し、ダンゾウは短刀を振るった。刀を振るった時よりもより速い斬撃。しかし、それすらもハイドは防いでしまう──を狙ってダンゾウは右手に持つ刀を構えた。防御の要たるハイドを先に潰すためだ。狙うは心臓。一刺しで絶命させる。

 しかし、刀を持つダンゾウの右手は砕かれた。

 ジキルが近距離で放った拳銃の弾丸が、その手を貫いたのだ。

 

「──貴様っ!」

 

 そこではじめて、ダンゾウが怒りの声を上げた。それはダンゾウが半世紀にもわたって人を殺し続けて久しく忘れていた感情だった。

 ジキルは嘲笑うかのような声をあげる。

 

「はは、はじめて人間らしい顔になったな。クソジジィ!」

 

 ジキルは拳銃を二丁構えて追撃の弾丸を2発、放った。ダンゾウはそれを1発は短刀で弾き、もう1発は身を捩って回避する。通過した弾丸がボイラー室の照明を撃ち落とした。

 自分が遅いなら、より速い武器を持てばいい。しかし、弾には限りがある。切れた場合、装填する暇はない。弾丸数はそれぞれ12発ずつ。先ほど撃ったものを考えると残りは計21発だ。

 ジキルが距離を詰めて至近距離から弾丸を放つ。それをダンゾウは刀で弾き、時には紙一重で躱し、なんとか直撃を避ける。そしてその上で必殺の斬撃を放つ──が、ハイドがそれを防ぐ。

 ダンゾウは右手が砕かれて使えない。左手で持つ短刀を振るうしかない。少しずつ、しかし着実に追い詰めていく。

 

「コードネーム『狂風』──壊し、狂わせる時間だ」

 

 囁くように、ジキルはそう告げる。

 このままいけば、ジキル達の勝利が確かなものとなる──しかし。

 

「────ちっ」

 

 ジキルが悔しげに舌打ちする。拳銃の弾が切れたのだ。状況が一変した。

 ダンゾウはその隙を見逃さなかった。暗闇に白刃が妖しく煌めく。振るわれた短刀がジキルの体を貫いた。

 

「がっ……!? く、そ…………っ」

 

 ジキルが血反吐を吐き、粘着質な音が床を叩く。ジキルはそのまま崩れ落ちるように倒れた。

 

「ふん、ここまでだな」

 

 手応えはあった。最後に急所を避けられたようだが致命傷を負わせたことは間違いない。あとは確実に殺すだけ。ダンゾウはジキルの首を断ち切ろうと短刀を構え──異変に気付いた。

 

(……おかしい。奴はどこにいった?)

 

 ハイドが、いない。あれだけ必死にジキルのことを守っていたハイドが、なぜジキルが一番危険な時に助けに現れなかった?

 

(それに、いつの間にこんなにも暗くなっていた?)

 

 明るかったはずのボイラー室内が暗い。

 『鴉羽』の暗殺者は暗闇でも問題なく活動できるように訓練されている。その頭領たるダンゾウももちろん、視界は半分ぐらいまで狭くなってしまうが暗闇での戦闘は慣れている。

 そしてそれは、元『鴉羽』の暗殺者だった彼女も同様だった。

 彼女の特技は『暗殺』だ。綿密な計画を立て、対象を不意打ちなどによって殺す。

 時間が経つにつれ、ダンゾウの意識はしつこく付き纏うジキルに向けられていた。

 少しの間だが、彼女の存在はダンゾウの意識の外にあった。だから、()()()()()()()()()()彼女に気づかない。

 ここに、彼女にとって最高の舞台が出来上がる。

 

 ──ダンゾウは気が付かなかった。ジキルがダンゾウを狙うフリをしながらボイラー室の照明を撃ち落としていたことを。

 

 ──ダンゾウは知る由もない。ジキルとハイドが『鴉羽』との闘いの中で、どれほどの経験を積み、お互いを理解してきたのかを。

 

 ──ダンゾウは真の意味で理解できていなかった。半世紀にも及んで裏社会を暗躍し続けた『鴉羽』を一年半で壊滅状態にまで追い詰めたジキルとハイド。二人のスパイの真価を。

 

 両手に構えた短刀を振るうと同時に、彼女は粛々と告げた。

 

「コードネーム『黒子』──忍び、這い寄る時間でござる」

 

 『扇動』×『暗殺』──霧中必殺。

 ジキルとハイド。二人のスパイによって作られた必殺の刃は、ついにダンゾウの首を落とした──。

 

 

 

 

 

 

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