スパイ教室 二人のスパイ(後ほど削除予定)   作:眼鏡鏡眼

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これにてスパイ教室 二人のスパイは完結です。
間が空いてしまうこともありましたが稚拙をここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

スパイ教室 二人のスパイ サイドストーリーの方はまだ続けていく予定ですので、不定期更新でもよければ読んでもらえたらと思いますw

では、最後の本編をどうぞ。





next mission

 

 

 

 夜空の中心に美しい満月が見える頃。ムザイア合衆国の沿岸にある人工島で爆発が起こった。

 そこはとある大企業が所有する洋上石油プラットフォームの一つなのだが、それは表向きであり裏では軍事兵器を量産しまくっているという場所であった。

 爆発が爆発を呼び、鉄組の建物は大きな悲鳴を上げて崩れてゆく。建物が崩壊する音と警報音で事態に気付いた数少ない従業員たちは大慌てで避難し、既に人工島から脱出している。

 そんな誰もいるはずのない、炎上する施設の中を必死に駆ける人影が二つ。

 

「──ハイドせんぱあぁぁぁい!? またなんか余計な事しましたよねぇえええっ!?」

 

 煙を吸わないように口元をハンカチで押さえつつ、穂麦色の髪の少女が悲鳴を上げた。

 

「言いがかりもいい加減にするでござるよ、ルカ殿! 拙者、今回こそは何もしていないでござる!」

 

 ハイドと呼ばれた少女がマフラーで口元を覆いつつ、不満そうに抗議した。穂麦色の髪の少女──ルカが、「嘘つかないでくださいっ」と即座に言い返す。

 

「本当に何もしてないでごさるよ! 設置した爆弾から垂れてる紐が気になるけど、これは引っ張っちゃいけないやつだって我慢して……その時に従業員に見つかって、ビックリした勢いで引っ張っちゃっただけで」

 

「やっぱり、してるじゃないですかぁあああああっ!?」

 

 ルカはハンカチで口を覆うのも忘れて、盛大にツッコんだ。

 

「なんで気になっちゃうんですかっ。引っ張っちゃいけないやつって分かってるなら触らないでくださいよっ? というか、なんで従業員に見つかっちゃってるんですかぁーーっ!?」

 

「……てへぺろっ」

 

「言い訳が雑っ。ほんと、勘弁してくださいよぉおおおおおっ!?」

 

 ハイドはルカよりも2年早く現場に出ている先輩だ。彼女とコンビを組んだのは2ヶ月前の話だが戦闘技術が素晴らしく、ものすごく頼りになるのだが時々こういった致命的なミスを犯す事があった。「というか、」と、すぐ隣を駆けるハイドが呑気に口を開く。

 

「拙者思うのでござるが、引っ張りたくなるような紐が付いた爆弾を準備したルカ殿が悪いのでは? 次からは気をつけてほしいでござる」

 

「いや、あれ使いたいって言ったのハイド先輩なんですけどっ? 私は他の種類の爆弾も用意してました!」

 

「……そうでござったっけ?」

 

「そうですよぉおおおおおっ!? なんで忘れて──げほ、ごほっ!?」

 

 熱気と煙で喉がむせ、ルカが激しく咳き込む。紐付きの爆弾にすると言った時、ハイドは「今度こそ大丈夫」と何やら不安になるような事を言っていた。あの時に止めておくべきだったルカは激しく後悔した。

 

「ルカ殿、早く口をハンカチで隠すでござるよ! 今は文句を垂れるより、脱出するのが先でござる」

 

「それ、ハイド先輩にだけは言われたくないですっ」

 

 2人はひょいひょいと崩れ落ちる床を避けながら階段を降り、先へ進もうとするが──。

 

「……む。これ以上は無理でござるな」

 

 ハイドがそうこぼす。プラットフォームが自重に耐えられなくなり、すでに大きく傾いていた。地上までの距離はおよそ20メートルほど。運良く降りられたとしても崩れる建物に押し潰される可能性が高い。

 それならばと、2人は海上に向かって駆け出した。

 ハイドが「飛ぶでござるよっ」と叫び、ルカが「分かりましたっ」とその言葉に応えて、2人は同時に半壊した床から飛び上がった。

 すぐさまハイドは手品のように特殊加工された大きな正方形の布を広げることで、空気抵抗を起こし、落下速度を格段に落としてゆっくりと飛行する(ムササビの術というらしい)。ルカもその布の展開に合わせて、身を翻し、ハイドの腰にしがみついた。

 

「はぁ、なんとかなりましたね……」

 

 ルカはどっと疲れたようにため息をつく。ハイドが自慢げに鼻を鳴らした。

 

「ふ、拙者のおかげでござるな……あ、ルカ殿。お礼は『ラズベリーハウス』の特大スペシャルイチゴパフェでいいでござるよ」

 

「なに、ナチュラルにご褒美を貰おうとしてるんですかハイド先輩っ? むしろ私が欲しいんですけど!?」

 

「ん? そうなのでござるか? ならルカ殿も一緒に食べるでござるよ。もちろんルカ殿の奢りでござるが」

 

「そこはハイド先輩の方が私より上なんですから、後輩におごってくださいよぉおおおおおっ?」

 

 先輩と後輩の、醜い言い争いが続く。

 ハイドは助けてあげた者の当然の権利として奢ってもらう事を主張し、一方ルカもいつも迷惑をかけられているからたまには私を労ってくださいよと、奢ってもらう事を主張する。

 

「ええい、ルカ殿の恩知らず! 後輩は先輩の言う事を大人しく聞いておけば──」

 

 割と最低な文句をハイドが言いかけて、ビリっと、布が切れるような音がした。「「あっ」」と2人揃って声を上げる。

 

「……忘れてたでござる。ルカ殿、ムササビの術用の布がツギハギだらけだからそろそろ新しい布を用意して──」

 

「またですかっ? 忘れないでくださいよ!?」

 

 ビリビリビリーっ! と音を立てて真っ二つに布が裂け、ハイドとルカは2人揃って川底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──時は遡って、『鴉羽』との死闘を終えてから一ヶ月後。ディン共和国の共同墓地にて。

 雨の中、傘もささずに墓の前で呆然と立ち尽くす黒髪の少女の姿があった。季節外れの黒いマフラーと灰色のシャツ。黒のホットパンツという出立ちで、あまり墓地に馴染んでいなかった。

 彼女はかれこれ一時間。微動だにする事なく、目の前にある墓標を空虚な瞳で見つめていた。

 

「……ハイド」

 

 労わるような声が少女の背中を叩き、後ろから傘をさされる。

 黒髪長髪の美しい顔をした男性──『灯』のボス、クラウスだ。クラウスは黒髪の少女──ハイドの隣に立った。

 

「僕はあの場にいたわけじゃないが……あの場でダンゾウにとどめを刺すことができたのはお前だけだ。そのためにジキルが致命傷を負ったのも……ジキルは承知の上だった」

 

「……分かっているでござるよ。ダンゾウを仕留めるにはあのタイミングしかなかった。もし拙者があの時ジキル殿を助けに行けば、ダンゾウは倒せず、二人揃って殺されていたでござろう」

 

 あの判断に間違いはない。ハイドもそれは重々承知していた。それに、ジキルが自力でダンゾウの攻撃から逃れることもできる可能性だってあった──現実にはそうはならなかったが。

 ジキルを貫いた刀身は右の肺を貫通していた。あの後、意識を失っていたジキルに応急処置を施し、豪華客船から波止場に着いてから最速で病院に搬送して手術を行ったが……その時にすでにジキルは死亡していたはずだった。しかし、その身体は動き続けていた。後から分かったがジキルはローウェルが開発した『新薬』を服用していたようだ。それがジキルの死期をほんのわずかだけ長引かせた。

 ジキルの状態はその場にいた医療従事者とクラウス以外には伏せられた。それはジキルからの願いでもあった。

 ジキルは自分の命が1日も保たないと踏んで、クラウスに室長への報告を任せ、ハイドと二人ですぐにディン共和国に帰国することにした。それは『灯』の少女達に近しい同胞の喪失を経験させないためであり、自分の遺体を海中へと沈めるためだった。しかし、思惑に反してジキルの遺体は漁船によって引き揚げられた。損傷が激しかったが面影があり、その遺体はジキルだと決定づけられた。遺体はすでに火葬され、遺灰は海に撒かれた。

 ハイドの目の前にある墓は、空っぽのジキルの墓だ。スパイは死後もその存在が残されることは一切ない。墓標にもハイドの全く知らない人物の名前が刻まれていた。

 

「ジキルの隣は……妹の墓か」

 

 クラウスの言葉にハイドは頷いた。ジキルの墓の隣には、ジキルの妹──リタの墓があった。もちろんリタの墓の中にも遺体なんかないし、刻まれている名前も全く異なる。それでもといいからと、リタの墓とされているところの隣にジキルの墓がたてられた。これはハイドが熱望したことだった。

 深く呼吸をし、ハイドは二つの墓に背を向けて歩き出した。クラウスは思わずハイドを呼び止める。

 

「これからお前はどうするんだ、ハイド」

 

「……もちろん任務を続けるでござるよ」

 

 立ち止まったハイドがそう告げる。クラウスはその答えを意外に思い、目を見開いた。

 

「ジキルはもういない。宿敵たる『鴉羽』も壊滅させた。お前がスパイを続ける理由は無くなったはずだ。それでも、続けるのか?」

 

 実を言えばクラウスはジキルから、ハイドからスパイを辞めるという話が上がった時に口添えをしてほしいと頼まれていた。彼女が一般人として暮らしたいというならどうか路頭に迷わないように取り計らってほしい、とも。クラウスにはそれを受け入れる準備があった。

 

「……拙者は、ジキル殿とリタ殿にたくさんのものを貰い申した。それを拙者は何一つ返すことができていないでござる」

 

 ハイドが振り返る。瞳から涙が溢れていた。それを雨が流して、大地を叩く。

 ハイドは無理やり頬を引き上げて笑顔を作り、力強く、震える声で言葉を続けた。

 

「だから、スパイを続けるでござるよ。貰ったものを今度は他の誰かに配り終えるまで、拙者はスパイを続けるでござる」

 

 その言葉を聞いて、「……極上だ」とクラウスは目を細めた。

 

 

 

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