前回より文章量は少なめ…
「……さて。それぞれ一通り自己紹介も終えた事だし、早速だが、今回の任務について話しておこうと思う。ジキル」
「了解した」
クラウスの言葉を受けて、ジキルはCから渡されていた暗号書をざっと読み上げて、要点だけを述べた。
「今回の任務内容は『奈落人形』を製造している工場の破壊と、その製造方法の記録の抹消だ」
『奈落人形』の名前を聞いて、少女たちがざわめく。
当然だ。クラウスから事前に聞いていたが、『奈落人形』は彼女たちが初の任務で奪還したはずのものなのだから。それがまた略奪され、工場で量産されようとしている。
「どこのどいつだよ。あんなおっかねぇもん作り出そうとしてんのは」
白髪の少女、ジビアが怒気を滲ませる。
ジキルは険しい顔で、その相手を告げた。
「標的は、近年、ディン共和国で急成長を遂げている大手玩具会社、『アースチェンジ』だ」
「……は? まさか、ディン共和国の人間が今回の敵ってことか!?」
「残念ながらな」
まじかよ、とジビアは驚きを口にした。周りの少女たちも同様だ。まさか、自国民の中からあんな恐ろしいものを作り出そうとしている輩がいるとは思わなかったのだろう。
しかも、『アースチェンジ』は今世界でも有名な、ディン共和国が誇る大企業だ。子供に大人気の玩具製品を多く製造しており、「全世界の子供達に笑顔を」を社訓にしていたはずだ。その良好なイメージを潰すには、十分すぎる事実だった。
「それだけじゃない。今回の件には、『鴉羽』も関係している疑いがある」
「え、『鴉羽』って……あの世界規模で活動する暗殺集団ですか?」
今度は赤髪の少女、グレーテが驚きを口にする。
「そうだ。俺とハイドはその『鴉羽』を調査するため、1年間、世界各地を転々としていたんだ。それが今回、ディン共和国で『奈落人形』と共に姿を現した。だからこそ、君たち『灯』と俺たちの共同戦線が出来上がった、という事さ」
ジキルが、「以上が、今回の任務の概要だ」と締め括る。少女たちも理解してくれたようだ。
ーーふと、隣のハイドを横目に見る。ハイドは目を見開き、直立していた。
「……おい、ハイド」
つん、とハイドの脇腹に指を突き刺す。「うっひゃあぁぁあああ!?」とハイドが情けない声をあげて飛び跳ねた。
「ちょ、ジキル殿! 睡眠中の女性の脇腹を突くとは、何事でござるか!? 変態にも程があるでござるよっ」
そんなハイドの言葉に少女達は、嘘でしょあの状態で寝てたのと、目を瞬かせる。「そもそも、大事な話中に寝るな!」とジキルがゲンコツを入れた。
不可能任務専門のスパイチーム、『灯』のメンバーとの顔合わせと任務内容の共有を終え、より親睦を深めようと、そのままジキルとハイドの歓迎会が開かれる運びとなった。
元々、本当に歓迎会を開くつもりだったらしい。促されるまま食堂へ向かうと多種多様、豪華な料理がテーブル一杯に並べられていた。天井には、「ようこそ、陽炎パレスへ」とカラフルな文字で書かれたプレートまで吊るされている。
……本当に、同じスパイなのかとジキルは目眩を覚えた。「僕はやる事がある」と言って、クラウスはさっさと自室へ戻っていった。隣のハイドは豪華な料理の数々に大はしゃぎしていた。「パフェは!? パフェはあるでござるか!?」というハイドの問いに、銀髪の少女、リリィが自慢気に冷蔵庫の中を見せる。その中にあった特大イチゴパフェを見て、ハイドは今まで聞いたこともないほど興奮し、絶叫していた。
こいつ、本当に幸せなやつだな、と呆れた。
そうして開かれた歓迎会は、大いに盛り上がった。
「ーーええっ!? ジキルさんって、私と同い年だったんですかぁ!?」
リリィが驚きの声を上げる。周りの少女たちも同様の反応を見せた。
それを見たジキルは少し不満気に口を開いた。
「そーだよ……いつも年上に見られがちだけどね」
「はい、てっきり30代前半かと思ってました……」
「ぶはっ!? 30代でござるか!? 言われちゃってるでござるよ、ジキル殿。いつもカリカリ、カリカリ怒ってるから老化が進んだのでござるな。髪も灰色に染まっちゃってるし、コレはそのうちハゲーー」
「その原因を作ってるのは、いっつもお前なんだがなっ」
リリィの発言に重ねるように失言を吐きまくるハイドに、ジキルは持っていたフォークを投げつけた。それをハイドは指二本で軽く受け止める。
「ジキル殿、ご飯中にフォークを投げつけるのは良くないでござるよ?」
「正論だが、お前だけには言われたくねぇっ。あと、この髪色は生まれつきだ!」
そう怒鳴るジキルに、茶髪の少女、サラが「まぁ、まぁ」と宥める。
「でも凄いっすよ。ジキル先輩って自分たちと同年代なのに、スパイ歴はもう4年になるんすよね?」
「……まぁね、養成学校もちゃんと卒業しているよ」
サラに尊敬の眼差しを向けられ、気が逸れるジキル。少し照れ臭そうに頬を掻いた。
スパイの養成学校では四半期に分かれて過酷な試験が設けられ、容赦無くふるいにかけられる。卒業試験はもっと過酷で、死者が出るほどだ。
ジキルが養成学校にいたのは4年ほど。学生時代は優秀な方で、上級生相手に勝つ事もあった。
「ハイドちゃんは、どーなんですか?」
リリィが、向かい側に座るハイドにも尋ねる。「拙者でござるか?」と、ハイドが口周りに生クリームをべったり付けたまま、口を開いた。
「拙者は、養成学校には通わなかったでござるな。ジキル殿と出会うまではずっと師匠の元で修行していたでござる」
ハイドの答えに、リリィは「修行!」と言って瞳を輝かせた。
「カッコイイ響きですねぇ。確かにハイドちゃん、話し方とか極東の方にいるっていうニンジャっていうのに似てますもんね。そのマフラーとか、とても似合ってますし!」
「えへへ、そうでござるか? 何だか照れるでござるな」
恥ずかしそうに顔を綻ばせ、頭の後ろを掻くハイド。
そんなハイドを見て、ジキルは苦笑した。
「それを言うなら、キミたちだって凄いだろ。今日俺たちがここに来た時の襲撃。いつも、クラウス相手にあんな実践的な訓練をしているんだろ?」
豪華な館内で散見される修繕の跡。あれは、あの実践的な訓練の傷跡なのだろう。しかも修繕箇所や彼女たちの言動を思い返すと、ほぼ日常的に行なっていると考えられる。ジキルは素直に感心した。
「俺から見ても、クラウスは今まで会ってきたどのスパイよりも強い。一応俺もその辺のスパイに負ける気はしないが……あれは別格だ。相手にすらならないだろうな」
そんな化物相手にほぼ毎日、実践的な襲撃を仕掛け、手解きを受けている。最初、彼女たちは養成学校の落ちこぼれだと聞いていたが、そんな事はない。彼女たちこそ近いうちに、ディン共和国が誇る優秀なスパイになる事だろう。
「それに、」とジキルは言葉を続けた。
「あれほどのスパイだ。クラウスの指導も、さぞ素晴らしいものなんだろうな」
俺も一度、指導を受けてみたいよ、とジキルは笑った。しかし、その言葉を聞いた途端、少女たちが一様に表情を曇らせた。
なにか、まずいことでも言ったのかと、ジキルが頭を傾げる。
「あー、まぁ、そうだな。口で言っても伝わんねぇだろうし。明日もあるから、その時に確認したらいいんじゃねぇか?」
そんな事をジビアが言って、他の少女たちも一様にそれがいいと、頷いた。
気を逸らすようにパンパンと手を叩き、黒髪の少女、ティアが「話題を変えましょう」と言って、また少女たちが姦しく談笑を始める。
「……なんなんだ?」
そんな呟きとともに、ジキルはもう一度、首を傾げた。