改稿した内容を新しく投稿させて頂きます。タイトルは変えてません!
しおりつけてくれていた人はごめんなさい!
ディン共和国郊外。人気の無い大地の上にポツンと一つ、大きな工場が立っている。
ディン共和国が誇る大手玩具会社『アースチェンジ』が所有する工場の一つである。
『アースチェンジ』は元々、世界大戦前からディン共和国の港町にあった小さな修理屋であった。その始まりは終戦を迎え、貧困に苦しみ、笑顔の消えた子供達を目の当たりにした当時の店主が、子供達に笑顔をと、ガラクタを集めて作った玩具だった。
苦しむ子供達に少しでも笑顔をと、終戦直後に少ない食料と小さな玩具を子供達に分け与えて回ったいう話はディン共和国内では有名な話である。今はその店主の息子が会社を起こし、世界的玩具メーカーとして世界中の子供達を笑顔にするため日々多くの玩具が製造されているーー
(ーーなんて、とても思える光景じゃないけどな)
全身を白い作業服で覆われた工場員達が怪しげな液体をカプセル一つ一つに流し込む様子をガラス越しに見ていたスーツ姿の男が目を細める。ジキルだ。
今はこの工場の関係者の1人に変装している。
(『奈落人形』の量産化はもう始まってるってところだろうな。これは早いとこ決着をつけないとまずいな……)
ガラス越しの光景から目を離し、ジキルは廊下を歩き始める。
前回の任務で工場の専用の社員IDを入手したジキルは現在、単独で工場に潜入し、内部調査を行なっていた。工場内の見取り図とシステムの情報を入手するためである。
廊下の突き当たりを右に曲がって、その先に見える扉に向かって歩いていく。扉の前には2人の警備員が立っていた。
遠くから、警備員と目があった瞬間、よく知る殺気を感じた。
(あれは、鴉羽の暗殺者だろうな……)
ジキルは凡人を装って、「いつもご苦労様です」と警備員に笑顔を向け、専用の社員IDである眼鏡を掛けた。
鋭い眼光を光らせた、警備員がジキルを一瞥する。そして、「どうぞ」と社員IDを認識する液晶へと促す。問題なしと判断されたらしい。そのままジキルは眼鏡を付けた顔を液晶へと近づける。少しすると、「認証しました」という機械音がなって扉が開いた。ジキルが入ると、扉が自動で閉まる。
(とりあえずバレずに済んだか……さ、早いとこ用事を済ませないとな)
一息ついたジキルが室内をちらりと見渡す。人気はない。だが、用心に越したことはないと仕事をするフリをしながらパソコンのあるディスクに座り、必要な情報を探し始める。
(工場の見取り図はこのファイルで、これは量産化の計画書か……んでもってこいつが工場のセキュリティ関連、と……ああ、今日はハイドのやつが居ないから仕事がめちゃくちゃ捗るな)
ハイドと共に任務をこなす事が多いジキルにとって、1人で任務に当たる事はほとんどない。たまには1人で任務に行くのもアリだなと、つい考えてしまう。
ジキルがカタカタとキーボードを打つ事、十数分。
(よし、知りたい事は知れた。さっさとトンズラするかな)
目的の情報を収集し終えたジキルは席を立ち、部屋から出ようと振り返る。
「ーーおや? もう帰るのかな?」
唐突に声が響いて、顔を向ける。
そこには両手に缶コーヒーを持ったスーツ姿の男が立っていた。
「ええ、少し確認漏れがあって……それを確認しに来ただけですので」
ジキルが動揺を隠し、笑顔で答える。
ーーどこから現れた? とジキルは突然現れた男に警戒を強める。油断していたつもりはない。だが、この目の前の男は自分に気配を悟らせないどころか、こんな距離まで詰めてきていた。まずいな、と思う。
この男は確実に自分より強い。先程扉の前にいた警備員に扮した鴉羽の暗殺者とは格が違う。
「そうなのか……なら缶コーヒーだけでもどうだい? 2人分買ってしまってね」
差し出される缶コーヒーを見て、ジキルが受け取るべきか一瞬だけ迷う。
「……ありがとうございます」
そう言って、ジキルは男が差し出した缶コーヒーを受け取る。
正体にバレていないという可能性に賭けたが、どうやら合っていたようだ。
「それでは、僕はこれで失礼します」
「あぁ、お疲れ。明日もよろしく頼むよ」
そう言って、ジキルは笑顔で頭を下げて、さっさと部屋を後にする。
(ーー危なかった。まだ調べておきたい事はあったが、工場内の調査は避けた方がいいな)
そう考えをまとめながら、ジキルは足早に廊下を歩いていったーー
ーージキルの後に続くように部屋から出た男が、曲がり角でジキルの姿が見えなくなったところで口を開いた。
「あの男を通す判断を下したのは誰かな?」
「は? 私ですーー」
警備員の言葉が続くことはなかった。
気づけば、下顎から頭の天辺を短刀が貫いていたからだ。警備員はそのまま、音を立てて倒れた。流れる血液が血池を作っていく。
もう1人の警備員が小さな悲鳴を上げる。
「な、なぜ彼をごぉっ!?」
開いた警備員の口に短刀を入れる男。その刃は口内の上部分を貫く直前で止まった。
「愚か者が。やつはスパイだ。貴様らの失態で、工場内の情報が盗み出された」
それを聞いた警備員の顔が真っ青になる。
目利きにはそれなりに自信があった。以前、ディン共和国のスパイが数人、変装をして工場内に潜入した時も見破っていたからだ。
「も、もわしわけございまへんっ! すぐにでもあの男を殺してーー」
「ーー黙れ。貴様は任務に失敗した。一人必殺を達成できない暗殺者は、鴉羽には不要だ」
そう男は告げて、警備員の脳天を短刀で貫いた。
ディン共和国にある、とある港町にて。
任務を終えたジキルは学生服に着替え、ホワイトカラーの都市労働者が行き交う通りを歩く。少しすると時計屋と塗装屋に挟まれた二階建ての建物が見えてきた。その看板には『ガーマス宗教学校』とある。来客口の受付らしき男に学生証を見せて、促されるまま奥の倉庫へと進む。積んであった木箱をずらし、現れた地下に続く階段を降りていく。
そして、階段を降りた先には広大な敷地が広がっており、目の前には宮殿とも呼べそうな洋館が建っていた。
現在、ジキルが活動拠点としている場所ーー『陽炎パレス』だ。
「ーーあ。ジキルくん、お帰りなさい! 任務お疲れ様ですっ」
そう言って、玄関前ではちょうど洗濯物を回収し終えた銀髪の少女、リリィが立っていた。山のように積まれた洗濯物の入ったカゴを両手で抱えている。
「……ん、ただいま」
言われ慣れていない言葉に、少し恥ずかしそうにジキルが答える。
そんな様子には気付かないようで、リリィが「ちょうど良かったぁ」と笑顔を向ける。
「私、両手が塞がって困ってたんですよね。ジキルくん、ドアを開けもらってもいいですか?」
「あぁ、いいよ」
そう言って、ジキルがドアを押し開ける。目の前には見事な装飾に彩られた広大なホールが広がっていた。
んしょっと、重たそうな声をあげてリリィも館内に入ってくる。その様子にジキルが気を利かせて、リリィに声を掛けた。
「重そうだね? 俺も手伝おうか?」
「え? 本当ですか? 任務後で疲れているはずなのに……ジキルくんは優しいですねぇ。じゃあ、お願いしちゃおうかなーー」
そう言って、リリィがジキルに洗濯物の入ったカゴを渡そうとする。
「ーーなんちゃって」
その瞬間、ジキルの顔面目掛けてカゴの中から入っていた洗濯物を吹き飛ばして、ガスが噴出された。
「ふっ、ひっかかりましたね! 私とアネットちゃんで共同開発した毒ガス噴出機です! これで数分は動けませんよ!」
見事に毒ガスが決まったと確信したリリィが嬉しそうに声を上げる。しかし。
「ーーまぁ、タイミングは良かったかな。前置きが露骨すぎだけどね」
そう言って、小さな白いタオルで口を塞ぐジキルがガスの煙幕から脱出した。洗濯カゴを持って玄関前に立つリリィを見た時から怪しいと感じたジキルはドアを開ける前に洗濯カゴから小さなタオルを抜き取っていた。
「あー、やっぱり? でもそこは想定済みですっ」
パチンとリリィが指を鳴らすと、物陰に隠れていた白髪の少女、黒髪の少女、青銀髪の少女が現れる。ジビア、ハイド、モニカの3人だ。
初手にナイフを振るうジビアが口を開く。
「任務後にわりーけど、覚悟してくれ」
「別に気にするな、この流れはもう慣れたよ」
そう答えてジキルがジビアの腕を絡めとり、そのまま投げ飛ばす。
続いてハイドとモニカの2人が同時にジキル目掛けてナイフを振るう。
「ジキル殿! 今日こそはやられてもらうでござるよ!」
「てめぇはいい加減、そっちに即落ちするのどうにかなんないかねっ」
「いやぁ、それは無理でしょ、ジキルさん。だってハイドだし」
2人がかりのナイフの猛攻を何とか手捌きで受け流していく。だが、近接戦闘においてハイドはジキルより格上だ。モニカも、『灯』の中ではトップクラスの実力者。ハイド相手には遠慮なく銃で応戦するも、投げ飛ばされたジビアも合流して、すぐにジキルは壁際まで追い込まれる。
気づけば、ティア、グレーテ、サラ、アネット、エルナの5人も拳銃を構えてジキルを囲むように立っている。
「まったく、何でこんな事になったんだか」
ナイフと拳銃を構えながら、ため息をこぼすジキル。
クラウスによって陽炎パレスに新しい生活ルールが追加されて以来、ジキルとハイドも『灯』の少女達から毎日のように実践訓練に付き合わされるようになった。お互いの連携率を高めたり、実力を知るためにも良い案だと一応受け入れたものの、彼女達は個々に尖った才能があり、ハマればジキルですら危ういほどの実力を発揮した。そんな彼女らの相手をするのは想像以上に辛いものだった。
また、もう一つジキルの頭を悩ませたのが、ハイドの裏切りだった。
「リリィ殿! ジキル殿に降参と言わせれば、特大パフェを頂けるのでござるな!?」
「ええ、もちろんですよ? しっかり準備してありますからね!」
「よぉっしゃあぁぁぁあっ!? さぁ、ジキル殿! さっさと降参と言って泣きながら頭を地面に擦り付けるでござるよ! さぁ! ハリー! ハリー!」
「……やべぇ。マジでアイツだけでもブチ殺したい」
ビキビキと額に青筋を浮かせるジキル。
追加されたルールというのは、『ジキルとハイドを倒す事』なのだが、ハイドはほぼ毎回リリィ達の誘惑に負けて裏切っていた。しかも毎度、同じようにパフェに釣られて、である。
我が相棒ながら情けない。というか、俺はなんでこんな面倒な事に付き合わされているんだろう、と思う。
「ちなみにですけど、先生の助けを期待しても無駄ですからね。先生はジキルくんが帰ってくる30分前に任務に出たばかりなので」
「あー、そう……ホント、俺、なんでこんな面倒な事に付き合わされているんだろう」
重いため息を溢すジキル。そんな様子を気にも留めず、ふふん、とリリィが得意気に胸を張り、にやにやと口を開く。
「どうします、ジキルくん? 降参、しちゃいます? その方が楽になれますよ〜」
「ん、まぁ、そうなんだろうけどさぁ……俺、これでもプロなんだよ。どっかのクソガキと違って」
「む、クソガキって、誰でござるか?」
「お前だよ、チョロバカクソガキ」
ジキルの言葉に、ハイドが「シンプルに酷くないでござるかっ!?」と叫ぶが、「黙ってろ」と一蹴する。
「まぁ、そういうわけでだ。俺がお前らに降参する事はねぇよ……あとさ、さっきからお前らに言いたかった事があるんだが」
「ん? 何でしょう?」
「ーーこのお遊びには、いつまで付き合えばいい?」
そう言ってジキルが両腕を下ろした瞬間、袖から一個、丸いものが落ちて来る。全員がヤバいと思い、その場から離れようとするが、遅かった。
ジキルがその丸いものに付いていたピンを蹴り上げて外す。その瞬間、丸いものから強烈な光が放たれた。閃光弾だ。
キーン、と甲高い音と目が眩むほどの光にホールが包まれる。
やがて光が晴れると、そこにはワイヤーで一括りに縛り上げられた『灯』の少女達がいた。「ま、負けましたぁ〜」とリリィが情けない声を上げる。
「一度、言ってみたかったんだよな。このセリフ」
そう言って、ジキルは悠々とホールに置いてあるコの字方のソファに腰掛ける。
「……ちょっと、ジキル殿? なぜ拙者だけ逆さ吊り?」
「お前に対する個人的な恨み」
「何それ、ちょっと怖いでござるって、あぁーーっ!?」
そう言って、いつの間にかジキルの目の前で吊し上げられたハイドが苦悶の声を上げる。
「それ! パフェでござるよなっ!? しかも大きさからして……」
「うん、お前用に用意されてたやつだろうな」
「ま、まさか……」
「お前の目の前で、コレ食うわ」
晴れ晴れとした笑顔でそう答えるジキルに、ハイドは狂いそうなほど身を捩らせる。
「うきゃーーっ!? 最低! 最低でござるよ、ジキル殿っ」
「わー、このパフェ、めちゃおいしー」
「あぁぁぁあっ!? 拙者の! 拙者のパフェがあぁぁぁあっ!?」
そうして、ハイドの絶叫が、陽炎パレス内に悲しく響くのであった。