今回の話、時系列としては3巻後の話なんです……
10年前、ガルガト帝国が降伏し戦争が終結する数ヶ月前。
俺はガルガド帝国の兵士による虐殺行為によって、家族共々殺されるはずだった。
でも、そうはならなかった。
運が良かったのか、帝国兵が放った銃弾の雨は俺と妹まで届くことはなかった。帝国兵達も逃走の途中だったのか、ろくに殺した捕虜の生死確認もせず、その場を立ち去っていった。俺は、泣き叫びそうになっていた妹の口の中に手を入れて、声が出ないようにし、俺自身も必死になって息を潜めた。
普段は黒い手袋で隠しているが、あの時妹に付けられた歯形は、今でもあの時の痛みと共に残り続けている。
その後、戦争は終結したが、戦争が残した傷痕は酷く、誰も彼もが、貧困に悩まされ、死体が疫病を撒き散らし、生き残るために犯罪が横行した。
俺もその例に漏れなく、闇市周辺に住み着き、盗人して生きてきた。
しかし、それも長くは続かなかった。
ある日、盗みを働こうとした片足の男に捕まってしまったのだ。そいつは元軍人らしく、片足と松葉杖にも関わらず、遮蔽物をひょいひょいと飛び越えてあっさり、俺を捕まえたのだ。
自警団に突き出される。そう覚悟した。しかし、
「……盗人なんか、やめちまえ。その代わり、妹と一緒に俺のとこに来い」
そう言って、男は妹と一緒に俺を自分の家に招き入れてくれた。
家と呼ぶにはお粗末で、木の板を建てただけの薄寒いものだったが、灰色の雲の下、いつ襲われるかも分からない外で寝るより、ずっとマシだった。
また、男は俺と妹にこの世界を生き抜くために、戦い方を教えてくれた。
「……戦争が終わることはねぇよ。お偉いさん方は平和が来たと宣ってるが、その腹の下じゃどうやって他国を出し抜いてやるか、考えてんのさ。つまるところ、平和ってのは次の戦争の準備期間なんだよ」
そう言って、男は常に、戦争は終わってないと俺達に言い聞かせた。その通りだと思った。戦争は、終わっていない。未だに、人は生き残るために、他者を蹴落とし、殺し合っている。
だから、強くなろうと誓った。
男の下で過ごして半年後、古傷が原因で男が死んだ。男は結局、最後まで俺達に名前を教えてくれなかった。
その日の夜、とある諜報機関に所属しているという男が俺達に会いに来た。なんでもその死んだ男から俺たちの事を頼まれていたらしい。
その日、俺は妹と別れてスパイの養成学校に入学する事を決めた。
ずっと一緒にいた妹と離れ離れになってしまうのは、辛かったし、心配だったが、必要な事だと我慢した。
養成学校での生活は相当に厳しく、死にかけた事もあったが、男から教わった技術が大いに役に立った。
入学から4年後、養成学校を卒業し、俺はディン共和国のスパイとして各地を転々としたーー。
工場内とその近辺の調査を始めてから10日が経ったこの日。
任務の最終確認を行うために、ジキル達はホールに置いてあるソファに集まっていた。
「ーーさて、全員集まったな? それでは今から、任務の最終確認をしよう」
『灯』のメンバーと、ジキル、ハイドがいる事を確認し、口を開いたクラウスが机に持っていた地図を広げた。それは、工場の見取り図だった。小さな字で、細々とメモがいたるところに書き込まれている。
「今回の任務の目標は盗み出された『奈落人形』の製造方法、およびそのデータの抹消と量産された『奈落人形』の破壊あるいは回収だ」
「……加えて、皆の調査のおかげで、『鴉羽』の暗殺者が数十名、関係者の中に紛れ込んでるのも分かった。任務中、彼らの妨害に遭うのは必然だろうな」
クラウスの言葉に、ジキルがそう付け加える。「なぁ、」と白髪の少女、ジビアが口を開いた。
「正直、その『鴉羽』の暗殺者ってどのくらい強いんだ?」
ジビアの問いに、他の少女達も首肯する。これから戦う相手の力量を把握しておきたいと思うのは同然の事だ。「そうだな、」とジキルが口を開く。
「まず、『鴉羽』には2種類の人間が存在する。まずは『指』だ。何かしらの任務を帯びて、暗殺を行う者たちだな……正直、こいつらと勝負になるのは君らの中じゃモニカとジビアぐらいだろうな。他のメンバーに関してはやり合ったら死ぬと思った方がいい」
淡々と、言葉を続けるジキル。「じゃあ、モニカちゃんとジビアちゃん以外は見つけたら即逃げなきゃですね」とリリィが神妙に答える。
今度は楽しそうに口の端を歪めたモニカが、「それじゃあ、」と口を開く。
「もう1種類の人間ってのは、何なのさ?」
「もう1種類の人間は、『目』と呼ばれる暗殺者だ」
ジキルの言葉に首を傾げる『灯』のメンバー。
ジキルの言葉を受けて、ハイドがびくりと、一瞬だけ震える。
「こいつらは、『指』の暗殺者が確実に任務を達成できたのか、見届ける役割を帯びている。また、達成できなかったり、逃走した者がいれば、そいつらを殺すのも『目』の役割だな」
んでもって、と一息入れて、言葉を区切る。
「こいつらに関しては別格だ。まともにやり合ったら、俺とハイドでも殺される可能性が高い。多分、勝てるのはこの中だとクラウスぐらいだろうな」
そう、告げる。ジビアが「マジかよ」と呻く。他のメンバーも絶句しているようだった。まだ1ヶ月も経たない間柄だが、ジキルとハイドを交えて訓練をしていく内に、彼女達はこの2人がどれほど強いのかは痛感していた。
クラウスという化け物と比べるとその実力は霞んでしまうが、ジキルは一人でも『灯』のメンバーを打ち負かせるほどだし、クラウスからも「あの『屍』よりは確実に強い」と言われているぐらいだ。
そんな2人を持ってしても殺される可能性高い暗殺者がいるとは、絶望的だった。
「……まぁ、そういう事だ。このレベルの連中が邪魔してくるってなると、普通に考えたら死人が出るだろうな」
そう言って、ジキルは「だからな、」と、ニヤリと口の端を歪めた。
「俺がもうこれしかないと、一発逆転の作戦を考えた」
ジキルの言葉に、一同がおぉっと、期待の声が上がる。
それに合わせて、ジキルが自信満々に口を開く。
「今夜、工場を事故を装って爆破するーーこれで決まりだ」
「なるほど! ……って、えぇえええっ!? それだけですかあっ!?」
作戦と呼ぶにはあまりにお粗末な内容に、リリィが素っ頓狂な声を上げる。他の少女達も動揺しているようだった。
ジキルがゴホンと、わざとらしく咳払いする。
「まぁ、言いたい事は分かる。だけど、時間がないんだよ。『奈落人形』の量産はもう始まっている。そして敵は標的を殺すためなら何でもありの、あの『鴉羽』だ。俺達の活動が勘づかれれば、最悪、無関係な工場内の従業員を巻き込みかねない」
そう言われて、少女達も納得する。
まだ報道されるまでに至ってないが、既にディン共和国の各地で、奈落人形の被害者ではないかと疑われる変死体がいくつも見つかっている。
さらに、ジキルからの情報共有により『鴉羽』が関わったとされる事件の件数とその内容を加味すれば、あり得ない話ではなかった。
「それに爆破つっても、そう簡単な話じゃない。事前に爆弾を仕掛けたとしても確実に奴らにバレて解除するのがオチだ。だから、今夜爆弾を仕掛けて、今夜中に爆破する」
「そうなると、『鴉羽』の目を引く必要があるわね」
ティアの言葉に、「そういうことだ」とジキルが首肯する。
「じゃあ今から、本作戦について細かい打ち合わせといこうーー誰も死なず、生きて帰るために、な」