ツイステッド社会授業   作:充椎十四

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馬よ水を飲め

 この世の誰もが魔力を持っているが、どの程度持っているかはまさに十人十色。ただし種族や遺伝などの要素もあり、妖精なら芳醇な魔力を持って生まれ、人間ならば高いものから低いものまで様々だ。

 

 魔力というものが存在しない世界からやってきた監督生にとって、このツイステッドワンダーランドという世界は不便極まりないものだった。

 寮内における上水道は寮生の魔力なくして動かず、湯沸かしや調理器なども同様。監督生が学園長に『全く動かないんですけど壊れてません!?』と訴えたことで魔導バッテリーもとい魔石を基にした電池式に変わったが、学園長は『魔石を使う家電は高いんですよ! 同じクオリティーでも魔力式のものの倍の値段がするんです。ああやだやだ』とぶちぶち文句を言っていた。

 

 簡単な生活魔法すら使えないほどに魔力が低い者はツイステッドワンダーランドにも一定数いるため、バッテリータイプの家電の需要はないではない。だが数千人に一人しかいない彼らのためだけのものが大量生産されるわけもない。需要も供給も少なく、そういった家電などの価格は高止まりしている。

 そんな事情を監督生が知ったのは、半強制的な入学から数ヶ月が過ぎた頃だった。

 

 担任のクルーウェルから「何か生活で困っていることはないか」と水を向けられた監督生は、「今のところ特には」と答えた。

 

「でも、この世界で魔力なしの生活送るのって大変ですよね……。隣に魔力式の安いヤツがあるのを指くわえて見ながらバッテリー式の高いのを買わないといけないとか、嫌がらせみたいなもんじゃないですか」

 

 入学式からすぐ、学園長はぶちぶちと文句を言いながらもバッテリー式の家電を揃えてくれた。あれは有り難いことだったんだなと思い返しながら自分の考えを話せば、懐が寒い監督生に授業準備手伝いのバイトを提案してくれた担任は、「そういえばお前は異世界出身だったな。魔力のあるなしについて社会の授業をしよう」と口を開いた。

 

「先ず、インフラが整っている国とそうでない国、つまり先進国と開発途上国では前提が違う――それは分かるか?」

「まあ……はい。なんとなくですが」

 

 物と機会に溢れた日本生まれ日本育ちの監督生にとって発展途上国は縁もゆかりもない国だ。ドキュメンタリー番組やらユニ○フのCMやらで聞きかじった程度のことしか知らない。

 ――水を汲むために幼い子供が毎日十数キロも歩いて川に通っているとか、十歳やそこらの女の子が三十とか四十の男に嫁がされるとか、女や子供一人で外出できないくらいに治安が悪いとか。監督生の脳内では色んな国の色んな情報が混ざっている。

 

「開発途上国の話からしよう」

 

 明日の実験で使う薬草を選り分け、枯れている葉を千切り捨てながらクルーウェルは話し出した。

 

「開発途上国では、生活魔法すら使えないような者は自然淘汰される。なにせ貧しい者が多い……飲み水や調理するための火を用意できない者は、汚染された水や菌が繁殖したかもしれない食料を食べる他ない。お前は枯れ枝や枯れ草を使えば火をおこせるのにと思うだろうが――周囲の者はみな燃料がなくとも火を作れるんだ、火のおこし方を教えてくれる者などいないのさ。誰も彼も学がない、知識がない。だから弱い者から死んでいく」

 

 がつんと頭を殴られるような話だった。

 

「一族でまとまって生活し子育てするような種族や民族であれば魔力がない者でも生存率が高い。一族の年長者から年少者へ、生活魔法に頼らずとも生きていける技術や知識の継承が行われるからだ」

 

 魔力持ちも万能ではない。魔法を使えばブロットが溜まり、ブロットが限界まで溜まれば死ぬ。魔法に頼らない手段の継承がいかに重要であるか分かるな?

 

「だが、世の中はそんな民族や種族ばかりではない。魔力を持たない弱者は火のおこし方も清潔な水の作り方も知らず、病などにより死んでいく――これが開発途上国における魔力なしの現実だ」

 

 枯れた葉がクルーウェルの足元にいくつもいくつも落ちていく。同じ茎から伸びた葉なのに、青々とした葉と枯れて茶色い葉がある。監督生の足元にも……両手で足りない数、茶色い葉が落ちている。

 

「次に先進国における魔力なしだが、こちらでは大別して二種類に分かれる。躾のなっていない大型犬と、声を上げる体力も気力もない子犬だ」

 

 ところで監督生、お前は小さな政府と大きな政府という言葉を知っているか? 言葉だけで意味は知らないか……まあそうだろうな。政治学の言葉だ。

 

「小さな政府とはざっくり言えば、国の役割を治安維持や安全保障などの必要最低限に留めることで人々の自由を拡大しようという思想だ。夜警国家とも言われる。さっき話した開発途上国はこれだ。国民の経済活動に政府が介入することは少ない……いや、出来ないと言うべきだな。国家予算の面でも国民感情の面でも弱者を救済できる余裕がない。それに対して大きな政府とは、政府が積極的に経済活動に介入することで国民の生活を安定させ、所得格差を是正……平均値に近づけさせようという思想だ。福祉国家とも言われている」

 

 クルーウェルは小瓶に薬液を入れる作業に移った。電子秤に置いた小瓶に大瓶から無色透明な液体を注ぎ、ぴったり五十グラムで蓋をする。それを小瓶の数だけ作るのだ。

 

「先進国の多くは大きな政府になりがちだ。資本家と労働者、ホワイトカラーとブルーカラー。国民の資産に大きな偏りができれば……つまり国民に格差が広がれば、国民の不満は肥大化し治安は悪化する。肥太った資産家を守る政府を打倒せよなどという危険思想が広がりかねんし、そうなれば国家としての体を保てなくなる」

 

 ぴったり五十グラムの瓶が既に三つ。

 

「格差是正、国民の生活の安定。福祉国家という別名の通り、大きな政府は社会福祉に予算を割いている。監督生、社会福祉と聞いて思い付くものを挙げてみろ」

「えっ……社会福祉、ですか」

 

 そんなことを言われたところで、すぐに思い付くわけもない。監督生は「ええと」と呟きながら記憶をたどる。

 

「駅にエレベーターを設置する、とか? バリアフリーって言いますし」

「グッボーイ、正解だ。むろんそれ以外にも社会福祉には様々なものがあるんだが、今回の話で重要なのは今お前が挙げた『弱者保護』だ」

 

 小瓶は六十本以上あるのに、話しながらも淀みない手付きは次々と小瓶を満たしていく。

 

「弱者とは何だ? 例を挙げてみろ」

「弱者とは……ええーっと……老人とか、障がい者とか?」

「正解。他に挙げるなら交通弱者――公共交通機関がなく外部との行き来が困難な者、情報弱者――情報端末を持っておらず、端末があれば得られたであろう情報にアクセスできない者などがいる」

 

 クルーウェルは作業から顔を上げ、監督生の顔をじっと見た。

 

「では、魔力のない者は社会的弱者か否か?」

 

 交通弱者や情報弱者が社会的弱者なら――。

 

「社会的弱者です」

「その通り」

 

 魔力がない者は、監督生は社会的弱者だ。

 

「大きな政府は社会福祉政策の一つとして弱者を保護する。さっきお前が挙げたバリアフリーは、身体障がい者や体の弱った老人などの障害を取り除くというものだ。バスのノンステップ化、エレベーターやエスカレーターの設置、手すりの増設、点字ブロックなどなど……。では魔力がない者への福祉政策はどのようなものになるか、少し時間をやるから考えてみろ。三つ挙げられれば満点をやろう」

 

 監督生は手元を見下ろした。監督生の前には、枯れた葉がついた薬草の束がまだいくつも残っている。

 枯れ葉を取り除きながら――気が付くと呼吸を忘れるほど思考に没頭していた。

 

「一つ目は、魔石を使う家電の購入時に割引などを受けられる支援、です」

 

 クロウリーは仮にも名門校の学園長だ、彼が右から左へやる金額は監督生の想像も及ばない額に違いない。そんな彼が『高いんですよ!』と愚痴るのだ、一般家庭が買い揃えるのは大変だろう。必要不可欠な生活家電で困窮しました……なんてことが起きているかもしれない。

 

「二つ目は、魔法が使えない子どもの別授業。音楽か美術のどちらかを選択するみたいに、魔力の低い子ども用の授業を用意しておくこと」

 

 監督生の脳内には特別支援学級のイメージがあった。

 

「三つ目はすみません、思い付きませんでした」

 

 監督生は三つ挙げられなかったが、「グッボーイ、よく捻り出したな。満点だ」とクルーウェルは少年を手放しに褒める。

 

「一つ挙げられるだけで十分なところ、よく二つも考え出したな。お前の挙げた経済面での支援と教育面での支援の他には、先に挙げた交通弱者。魔力がない者はマジカルホイールといった交通手段を使えない。そのため交通面での支援も必要になる」

「え、ガソリンのエンジンはないんですか?」

「ガソリン……? それは燃料の名か?」

 

 監督生はあんぐりと口を開いた。だが改めて考えてみれば、大広間のシャンデリアは魔石で光っている。教室の灯りはふよふよと宙に浮いている。家電のエネルギー源は魔力や魔石で、地球でいうバイクは『マジカル』ホイール。

 もしやこの世界には、魔力以外の燃料――石炭や石油が存在していないのでは?

 

「ええと、燃える水が湧く池ってありませんか? あとは燃える石とか」

「燃える水の池なら以前ニュースで聞いた覚えがある。子どもがその池の付近で魔法の練習をして引火させ、あたり一面を火の海にしかけたという話だったはずだ」

「も、もったいねぇ……!」

 

 ここで「危ない」とか「子供の命は無事だったのか」という感想が出ないのは、ひとえに監督生の身近な魔法士見習いがみんなクソだからだ。どいつもこいつも性格がひん曲がっている。クソガキと石油を天秤に乗せたなら監督生は迷わず石油の心配をする。

 

「お前の言うガソリンとやらも気になるが、話を戻そう。魔力式の家電をはじめ、中距離の移動手段などすら使えん魔力なしには支援が必要だ」

 

 クルーウェルは一拍言葉を止めた。

 

「魔力なしへの福祉政策として、大都市近郊に魔力なし専用の住宅街を作る、というものがある」

「魔力がないと移動手段が限られるから、ですか?」

「エクセレント。むろん他にも理由はある――魔力なしは魔石を使わねば家電を動かせない。高価な魔石の購入で生活が圧迫されるという訴えから、家族の人数に応じた量の魔石を安価で購入できる制度も出来た。魔石を購入できる店舗も必要だな。魔法を使える子どもと同じ学校に通わせると差別やいじめの原因になりかねんという主張から魔力なししか通えない学校が作られた」

「すごく支援が行き届いてる感じがしますね。うちの国でもここまで支援してるかどうか……」

 

 クルーウェルは「そうだな」と頷いた。だが、一つ許されれば次も、更に次も、欲深い者は限度を知らない。

 

「始めはそれだけで良かったんだが、人というものは満たされているものより、欠けているものに目が行くものだ。街ができてから数十年もすると、街の外の人間は魔力を持っていて危険だから街を囲むように丈夫な塀を作れ、外の人間が入れないように結界を張れ、といった声が出始めた」

「え、ええー……? ちょっと何言ってるか分かんないです」

 

 クルーウェルの口も手元も淀みない。――魔力なしの中に、『魔力がないため様々な不便を強いられている憐れな我々は保護され、優遇されてしかるべきだ』と主張する一派が生まれた。もちろんそんなことを言い出したのは少数だ。数百人から千人中の一人くらい。だが、そういう者ほど声がでかい。

 手前勝手な主張のせいで、『魔力なしの街』に住む魔力なしは強欲で利権に集る蝿だというイメージが広まった。そんな偏見を厭って多くの人が『街』を離れたが、プライドで飯は食えん。一定以上の魔力があることを前提とした街には魔石式の家電は売っておらず、魔石を扱う商店もない。どうにも生活が成り立たなくなり『街』に戻ることになる。

 

「先進国には二種類の魔力なしがいる――声ばかりでかいクズと、偏見に晒されても『街』から離れられない弱者だ」

「うわぁ」

 

 悲惨な話だ。監督生は顔を覆いたくなったが、手に薬草をもっている。顎をそらしてゆっくり息を吐いた。

 

「声がでかい駄犬の要望通り『街』には塀が築かれたが、それは『街』の住人を守るためのものではない。『街』の中にいる馬鹿を外に出さないための塀なのさ」

 

 魔力無しだからといって『街』に住まねばならないという義務はないし、『街』に住まなくてもある程度は魔力無しのための支援は受けられる。だから監督生は役所で魔力無しの市民として手続きをとれば魔石式の家電を割引価格で購入できるし、大都市部にしかないが指定販売店に行けば魔石を安価で売ってもらえる。だが、闇の鏡が異世界から未成年を誘拐したことを表に出したくない学園長は家電も魔石も定価で買わねばならない。

 監督生が学園長に恩を感じる必要はない。

 

「勉強になりました……」

「知識は力だ。知識がなければ手元に道具があっても火をおこせん」

 

 学べ。現状がどうあろうと、腐らずに。そう言われたような気がして監督生はクルーウェルを窺った。クルーウェルはマジペンを振って枯れ葉を宙に集め、ゴミ箱にそのまま飛ばした。


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