「…で、ポリゴンがどうしたよ?」
病室に駆け込んで来た弟に尋ねてみる。顔を真っ赤にして、地団駄を踏んでいる。よほど興奮しているのか、前髪が汗でうっすらと額に張り付いていた。
「すっごく、かべをコンコンコンッて!!」
「お、おう…」
子供だから仕方がないが、説明が要領を得ていないので話の全容が分からない。この場に居れば弟の言葉を補足説明をしてくれたであろう母は、声がしたのにまだ来ない。ナースステーションにでも挨拶に行っているのだろうか。
「そのポリゴンって、お兄ちゃんのポケモンかい?良かったら、おじさんにポリゴンの事を教えてくれるかな」
屈んだウツギ博士が柔らかな物腰で問い掛ける。目を見て笑ったからか、弟はもじもじとしたまま勢いが落ちる。我が家の暴れん坊が、借りてきたニャース状態である。
「あのね…、にいちゃんのへやからポリゴンをつれてきたの…」
「君の年でポケモンのお世話をしてるのかい?凄いじゃないか!」
弟は鼻の下を擦りながら、えへへと照れたように笑っている。しかし、来たのは昨日である…わざわざ水を差すことは無いだろう。それにしてもウツギ博士は、子供の扱いに随分と慣れているようだ。そんな博士の一挙手一投足を逃すまいと手帳に何かを書き付けているハカセ。…博士の聖書でも作る気だろうか。
「さいしょはね、せなかにのったりしてて…おれがおえかきしてね。うたってたの…そしたら、ポリゴンがいきなりかべをね!つついたんだよ!」
「そうだったのか、教えてくれてありがとう。──俺君、ポリゴンが壁をつつく理由に何か心当たりはあるかい?」
そう言われてもだ。何度も繰り返すがポリゴンを連れて来たのは昨日である。何か原因になりえる事はあっただろうか。
「いや、特には…昨日、初めて連れて来た時は少し悪戯をした位で大人しかったんすけどね」
「…うーん、ならポリゴンの気を引くような物があったのかな。壁にネット空間に潜り込む為の差し込み口があったり、隣で何か物音がするとか?」
隣と言えば、よく吠えるロコンが飼われてた筈だ。それに反応をしたのだろうか。
「なぁ、ポリゴンが悪さをしてた時ってロコンの声とか聞こえたか?」
「んー、してた…かな?」
分からないらしい。言うことを言ったら落ち着いたのか博士をチラチラと見ている。大人に褒められたら嬉しいもんな。俺も息を吸ってるだけで褒められたいから気持ちは分かる。
次の事情聴取は、母親か。
※ ※ ※
母親が病室に現れたのは随分と遅かった。利き手にはボールが握られており、ポリゴンが光となって飛び出すと形になる前に直ぐ様母親がボールのボタンを押して引き戻す。移動の途中でまた飛び出したポリゴンをボールに戻す。それを繰り返しながら、少しずつ壁からポリゴンを引き剥がすようにして連れて来たらしい。途中で口の悪いトレーナーに「あのオバサン、ポケモンにめっちゃ嫌われてる」と、指を刺されて凄く恥ずかしかったそうだ。
「もう、ペッペったら…穴よ穴!すっごいんだから!」
母親はボールを構えて飛び出すポリゴンを制しながらぷりぷりと怒っている。それよりも勝手にパチモンのピッピみたいなニックネームを付けないで欲しい。
そして、聞き捨てならないワードが出た。
穴である。
俺は昨日、破いた壁紙の補修のため小遣いの減額が決まったばかりである。このまま行けば、俺の小遣いは絶望的だ。
「俺、一瞬帰るわ…ハカセ、デコイ代わりに寝といてくれ」
ただ病衣を着せられただけだったので身軽だ。フラフラと体を起こすと少しだけ痺れを感じる。感電の名残だろうか。
「クエー!!!!」
母が俺が起き上がる様子を見ていた一瞬の隙を突いてポリゴンが飛び出す。そして、走り去ってしまった。チラリと見えたポリゴンの目がとても怒っていた。あんな表情も出来たんだな。
「俺氏、入手経路は分かりませんが…ポリゴンは売買される際には安い値段ではありませんからな。一匹だけにしておくと変な輩に狙われる危険がありますから気を付けてくだされ」
そう言ってハカセは頭まで布団を被りながら俺のベッドに潜り込む。
ポリゴンは現金換算で約20万だ。そんなポケモンが街中でフラフラ…恐ろしい話だ。
急いでポリゴンを追いかけなければ…。