我が家では父親から始まり、母親、当然ながら俺も弟も誰一人としてポケモンを持っていない非トレーナー家族だ。ビジネスの拠点であり、ジムがある。それがヤマブキシティだ。トレーナーやビジネスマンが集う活気のある町に住んでいながら珍しい家と言えるだろう。強いて言えば、俺は野良や野生のポケモンに襲われた時に備えてフレンドリィショップで買ったボールをポケットに一個忍ばせている。
週末になり、弟のポケモンを飼ってくれ運動の矛先はめでたく帰宅した父親に向かっていった。
「…もう、ぷっぷちゃんの時のような悲しい思いはしたくない」
そう家長である父が涙ながらに言うのだから弟に勝ち目はない。そして、「お父さんにぷっぷちゃんの話はダメ!!」と母が騒ぎだした。
かくして、弟の夢は儚くも一撃必殺で破れ去ったのである。今は泣き疲れたらしく弟はふて寝をしている。
ぷっぷちゃんは、俺が幼子の頃に我が家で飼っていたプリンだ。珍しい淡い碧色の瞳をした可愛いメスのプリンで写真が残っていた。父が若い頃にどうにも運命的な出会いをしたそうだ。俺は覚えていないが赤ん坊の頃にはうたって寝かしつけたり、泣き出すとビロードのような毛並みを擦り付けて俺をあやしてくれていたらしい。二才くらいまで何か柔らかなピッピ人形をしゃぶっていた記憶がほんのりと残っているが、ぷっぷちゃんには結びつかない。父のポケモンで優秀なベビーシッターだったぷっぷちゃん。彼女は隣町であるシオンの『たましいのいえ』で安らかな眠りについているとのことだ。
母親も母親で、幼い頃に夏祭りのトサキント釣りで捕まえたトサキントを野生のピジョットに攫われただとかで生きたポケモンを飼うには抵抗があるそうだ。
だが、俺としては弟の気持ちが理解できない訳でもない。
ポケモントレーナーの兄や姉を持つ同級生達はたまにタマゴを上のきょうだいから貰って抱っこして歩いているのを羨ましく思ったものだ。
孵化したばかりのヒトカゲを友達がボールに入れてこっそり幼稚園に連れてきたことがあった。あの頃の俺は、あまりの妬ましさに憤死もしくは羨ま死するところだった。頑丈な体に感謝である。
小さかったモンスターボールのボタンを押して、ソフトボール大に膨らませ赤いビームと共に飛び出したヒトカゲ。
レベル1のまだ動きもよちよちとあどけない姿も可愛かったが、幼稚園児だった俺たちと同じく幼く遊び盛りだったヒトカゲは陽気なお調子者だった。格好つけてひっかくをして見せた他になんと腹太鼓までして場を盛り上げるのだから幼少期の俺もそれはそれはポケモンが欲しくて仕方がなかった。
一方、オスだと信じていた控えめで武士のようなリザードンのセパルトラがメスだった上にタマゴの父親がヤドランだったとヨシくんの兄ちゃんはとても落ち込んだそうだ。彼は今もセパルトラと元気にしているだろうか……。
閑話休題、ぷっぷちゃんでもトットちゃんでもセパルトラでもなく我が弟である。正直、虫ポケモンの観察はトレーナースクールでもやるし情操教育として、そして防犯としてポケモンを迎え入れるのはありだと思っている。
しかし、問題は両親である。
母は、毒タイプや悪タイプを見れば複雑な表情を浮かべ、虫タイプを見れば悲鳴をあげる典型的な女性だ。父は父でぷっぷちゃんが忘れられない。
強いて二人の好きな系統を挙げるなら、陸上や妖精グループに属する生き物感が強いポケモンだろうか。
そう、生き物っぽいのを除外すれば良いのだ。きっと、コイルだとかイシツブテ辺りの「コイツ、何を食べるの?」って感じのポケモンなら多分文句も飲み込むに違いない。弟も格好いいのが欲しいんだろうが、取り敢えずポケモンを連れてくれば満足するだろう。
正直、ポケモンが居ないと今の俺はとても困る。
宿題のレポートを一瞬で書き上げられる天才なら別だが、俺は悲しいかな凡人だ。
弟がポケモンを諦めるのを待っている間に怒りのボルテージが上がってしまう。家庭内平和のためなのだ。
そう、ポケモンを手に入れようと思ったが吉日だ。俺にはツテがある。
ロトムの入っていないスマホで、連絡先をそっとタップしたのだった。