「今日はゲーチス先生の助手の方に来ていただきました、よろしくお願いします」
「はい!よろしくお願いします」
「生物学の権威であるゲーチス先生とはどの様な人なのでしょう?」
「そうですね、天才だと思います。ただ、天才っていう人種は気難しい人が多いですよね。ゲーチス先生もその類いだと思います」
「なるほどなるほど。交遊関係とかは、ご存知だったりしますか?」
「え?いや、詳しくは...遠くに生物学関係の交遊とか、研究仲間とかはいるらしいですけど」
そんな、昼下がりの番組の一幕。
ーーー
「先生!見てくれました?今日のテレビ!私、いい感じでしたよね!」
「ええ、拝見しましたよバーベナさん、良かったんじゃないですか?しかし人の交遊関係まで探る側も、それに答えてしまう側もどうかとは思いますがねえ」
ピンク色の長い髪を持った元気はつらつな女性、バーベナ。
「うぐっ...やっぱまずかったですよね、ごめんなさい」
「いえ、個人名が出たとかではありませんでしたし、気にしてもいません」
「先生、準備終わりました」
「ああ、ありがとうございます、ヘレナさん」
金髪の三つ編みを一つ結びにした女性、ヘレナ。
「さて、今日は時間が長く取れます。てきぱきと進めていきましょう」
この研究所の所長である薄黄緑の髪を持つ、まだ青年、と言えるくらいの歳の男性、ゲーチス。
ここはこの三人からなる、「ゲーチス生物研究所」だった。少し前までは。
ーーー
「おや、もうこんな時間ですか。少し没頭し過ぎましたねえ。また助手の二人に怒られてしまう」
そう自嘲気味に独り言を放ちつつ、すっかりと夜が更けた窓を見ながら凝り固まった体を一伸ばし。
研究が上手く進んでくると体勢を変える事すら忘れて没頭してしまうのは、自覚している悪い癖だ。
「そういえば、彼女らはちゃんと帰ったでしょうか」
研究に没頭するあまり、助手二人の帰りの挨拶を聞き流してしまった可能性は高い。もしくは、研究に没頭しているワタクシを気遣って静かにここを後にしてくれたか。
もし泊まり等であったら流石に声をかけていくはず...
どちらにせよ、こんな日付も変わった時間にこの研究所にいる人間はゲーチスただ一人。
のはずなのだが。
ガサッ...ゴトゴトッ...
「おや?食料庫のほうから...なんの物音でしょうか」
何やら音がした食料庫の方へワタクシは歩み始める。もしバーベナかヘレナが居るならば注意して帰らせなければならないし、何処からか侵入した盗人等ならば撃退するなり警察を呼ぶなりしなくてはならない。
食料庫の扉の前に立ち、一つ深呼吸。ワタクシだって天才などと呼ばれてはいるが、どこまでいっても普通の一研究者だ。腕っぷしに自信などないし、扉の向こうに武装した犯罪者等がいる可能性も考えると、多少の恐怖心が生まれないということはない。
が、いつまでここに立っていても何も始まらない。
決心して扉を開けてみる。
「誰だッ!」
勢い良く扉を開けるとそこに居たのは...
「モノッ...モノッ!ズッ...」
ワタクシの記憶にはまずない、なんだかよくわからない生き物だった。
ーーー
「ええと、食料庫を漁っていたのはあなたでしたか」
平静を取り繕ってはいるが、内心はぐちゃぐちゃになっている。「こんな生き物見たことない」とか、「危険性はないのか」とか。
しかし、ワタクシを認識した途端に自分が漁っていた冷蔵庫を盾に身を隠し、ゆっくりと頭だけを此方に見せてくるなんとも臆病なこの不思議な不思議な生き物を見ていると、何だかバカらしく...というか、平静を取り戻せてくる。
「あー、ワタクシはあなたに危害を加えるつもりはありません...いやええと、ワタクシの言葉は理解出来るでしょうか...?」
その言葉の意味をふんわりと理解したらしいその生き物は、冷蔵庫の後ろから体を出し、おずおずとワタクシに近付いてくる。
そしてワタクシが差し出した左手にその生き物の...「ポケモン」の頭が、ゆっくりと触れた。
これが、ワタクシ、ゲーチスが初めて不思議な生き物、ポケモンに触れた瞬間だった。
ーーー
荒らされた食料庫を片付けたあと、ソファーに座ったゲーチスはすっかりなついたらしいその生き物を膝の上に置き、思考する。
先ほどはあれだけ警戒していたのに、今では膝の上でぐっすりであるこの子は、臆病なのか図太いのか。なんだかおかしくて少し笑みがこぼれる。
(いったいこの子はなんなのでしょう、さっきの状況からするに人間の言葉を理解できる優れた知能を持っていることは予想出来ますねえ。食料も、どうやら人以外はあまり食べない様なものも食べていたようですし...ワタクシでは手に終えない案件かもしれませんね、癪ではありますが。一度、先生...じゃなくて、博士に相談してみてもいいかもしれません)
そんなことを考えてるうちに、ゲーチスは浅めの睡眠に入ってしまったのだった。
ーーー
「んせ...い...先生!起きてください!」
「む...バーベナさん。ヘレナさんも。おはようございます」
「お、おはようございます、先生」
「はい、おはようございます。じゃなくて!その...膝の上にいる子もそうですけど、とりあえずニュース見てください、ニュース!」
「ニュース...ですか」
いまいち覚醒仕切ってない頭を働かせながらテレビをつけて、適当にチャンネルを回してみる。
[ご覧ください!本日未明より、私達の常識から外れた知らない生き物達がそこかしこで目撃されています!いったいどういうことなのでしょうか!皆さま、安全を確保するため外出は控えてください!繰り返します!外出は控えてください!]
「外出は控えてくださいと言っておりましたが...?」
「そこじゃないですよ!どういうことですかこの状況!生き物は全体的に大きくなってるし色も変だし!」
「なるほどこれは...」
膝の上にいる、なんだかかわいらしく思えてきた生物を撫でながら。
「天地でもひっくり返ってしまいましたかねえ...」
ーーー
「先生、また電話です」
「今度は誰からですか!私には電話をかけたい相手がいるというのに...」
「えっ...はい...先生、アメリカ政府からみたいです」
「また厄介な...はい、お電話代わりました、ゲーチスです」
「お忙しいところすまない。生物学の権威として君に来てほしいと大統領からご指名だ。今から30分後に迎えの車を到着させるから、よろしく頼む」
「了解しました」
そう言って電話を切る。
「大統領から招集がかかりました。バーベナさん、ヘレナさん、すみませんがワタクシの準備を頼めますか?ワタクシは今から電話をかけるので」
「了解です!」「了解です」
助手の二人に準備を頼み、自分はテレビ電話をかける。あの人ならば何か知ってるんではないか、という期待を込めて。
「すみません。ゲーチスと申します、博士はいらっしゃいますか」
「すみませんが博士は今忙しく...」
「申し訳ないが此方も緊急なのです。ゲーチスからだ、と博士にお伝え願いたい」
「えっ...はい、では少々お待ちください」
そうして30秒程経っただろうか。電話が再び繋がった。
「お待たせしてすまんねゲーチス君。元気かのう?」
「ご無沙汰してますオーキド博士、ぼちぼちといったところでしょうか」
オーキド博士。日本の生物学のトップに立っていると言っても過言ではない、所謂生物学の大ベテランだ。
「それはよかった、ところで用件とはやはりあの不思議な生き物のことかの?」
「話が早くて助かりますよ。日本でも確認されていますか?」
「うむ、わしもその件でゲーチス君に頼み事があってのう。が、まずはそっちの疑問からじゃ。どうやら今日この日から、全世界の生き物は尽くがあのポケットモンスターになってしまったようじゃな」
「頼み事も気になりますが...しかし博士、そのポケットモンスターとはいったい?」
「日本はもうすでに首脳会議が終わっていてな、あの不思議な生き物たちの総称をポケットモンスター、ちぢめてポケモン、ということにするらしい」
「なるほど」
「そしてわしは、その会議でポケモンの研究をしろ、と命じられてしまってな。これから早速、生態の調査に行くところだったんじゃ、っとそういえば」
オーキド博士は繋がったままのテレビ電話の下で何かを物色し始めているようだ。
「こういうの、見たことあったりするかのう?」
博士の右手には何やら赤と白のカプセルのようなもの。左手には紫と白のスプレーのようなものが握られていた。
「ないですね。それは?」
「この右手にあるカプセルはモンスターボールという、ポケモンを捕まえることが出来るものじゃ。ポケモンにこれを当てると、ポケモンがそれを良しとすればこのボールの中に住み着いて、ゲットした、という状態になるらしい」
「なんともファンタジーな」
「わしも同意じゃ。じゃが適応せねばいかん。どうやらポケモンには兵器等が軒並み無効化されるらしくてな。ポケモンに対しての対抗策は、ポケモンしかないらしい」
日本はさすがに対応が早い。今の情報をアメリカ政府に伝えたら恐らく卒倒することだろう。
「まあ、一先ずわかりました。そしてそちらは?」
「これはきずぐすりというてな、戦いで傷付いたポケモンを回復するものらしい」
「戦い...この子達を、戦わせるということですか」
「うむ、だいたいのポケモンは適度に戦わないとストレスになるらしい。とまあ、ここまで全部これの受け売りじゃがの」
博士が面妖な機械を見せてくる。
「これはな、各地の役所の保管場所に大量に置いてあったみたいなんじゃが...正直よくわかっとらん。おそらく、ポケモンのデジタルな図鑑だとは思うのじゃが...ポケモン全体の知識は入っていても、ポケモン一体一体については全くの白紙なんじゃ」
「なるほど、では博士のこれからの目的は...」
「うむ、この図鑑を完成させ、ポケモンを個人個人でよく知る為じゃ、とはいえな、どうやら番号だけでも800種類以上いるっぽいんじゃ。それだけの種類が各国に全種類いるとは流石に考えにくい。わしはこれまでの生き物と同じように、国や地域で様々な違うポケモンがいると睨んでおる」
「さしずめポケモン博士、といったところでしょうか。頼み事とは、アメリカでのフィールドワークですか?」
「そうじゃな。どうやらこの機械、他の機械と同調してるらしい」
「せんせーい、迎えの車来ましたー」
「早いな...すみません博士、ワタクシも生憎政府に呼ばれていまして」
「お互い大変じゃな。そうじゃ、モンスターボールとかはそこら辺に落ちているみたいじゃから、拾った方が良いぞ」
「そこら辺、ですか。了解です、ありがとうございます。では」
「うむ」
まだ擦り合わせたい事があったが、遅れると文句を言われるのは目に見えているため、急ぐ事にする。
「先生、全部準備終わってます!とりあえずこの白衣だけ羽織って下さい!それと、この子の事なんですが...」
此方から目は見えないが、遠慮がちに此方に顔を向けていることはわかるこの生物...否、ポケモン。
「詳しいことはあとで説明しますが、この子を入れるカプセルがあるらしいので、それを持ってきます。あと食べ物は果物なら大丈夫でしょうからリンゴなどあげてみてください」
「?...了解です!」
「モノ...?」
「すみません、まだ個体名も知らないポケモンなる生き物のアナタ。少し外に出てきます。もう少ししたらアナタの事を詳しく知れると思いますから」
「モノ!」
ゲーチスは自分になついているであろうそのポケモンを撫でて、研究所の外に待機していた車へ向かった。
乗る直前に、車内にいた同じく政府に呼ばれたであろう男を認識し、渋い顔をしながら車に乗り込んでいった。
優しい世界なので設定とかもふわふわしてます。よっぽどおかしかったら言ってください。