来栖夏芽は生きるだけ 作:キレンリモ
私は何書いてもそうなんですけど1話目は短いです。
お試し感覚でご覧ください。
単語解説
『ライバー』
動画投稿を基本とするコンテンツであるYouTube様において配信を主とする活動を行うもの。特にVtuberに対して使われることが多い。
第一話『剣持刀矢は渡すだけ』
本を読んだ。
なんでもない日常を。苦しいだけの世界を。楽に生きたい。生きて。生きて。楽に消えたい。そんなお話だった。厭世観が欲しかったわけじゃない。悲観で生きているわけじゃない。
でも、でも。目に入った。
その物語はどうしてか手に取らないといけない気がして。
『読めないね』
机の上にそれを置いて外を見る。いい朝だ。
「さーて、世界を救いますか!」
そう声に出して玄関を出る。
隣室の人の不思議そうな目は気にしない。しないったらしない。
***
午前中の講義を終えて、友達とカフェに来ている、いた。そう、いた。ティッシュを食べるという常人とはかけ離れた友は急用で帰ってしまった。机の上には友の口から逃れたことで、嬉しそうな、それでいて寂しそうなタピオカとケーキが残っている。一口くらい食べたら良かったのに。律儀にお金だけ置いていった彼女は良いやつだ。少なくともティッシュ以外に目立った非はない。そんな彼女が急用なんて珍しいものだと思って、ふと店に入ってきた男性と目があった。
「あれ、外で会うなんて珍しいですね」
「剣持さん?」
「こんにちは、剣持刀也ですよー」
男性、といってもまだ高校生なので青年だろうか。同僚、もっといえば先輩がそこにはいた。年齢的には歳下だが、ライバー歴としては先輩。
「あ、良かったらコレ食べていきませんか?」
「良いんですか?」
「私はタピオカそこまで好きじゃないので」
剣持さんは甘いものが好きだ。プリン好きが有名だけど、シュークリームやケーキにも目がないと聞いた。これも人伝。ライバーとして直接的な関わりこそあまりないが、二期生として、にじさんじの柱としてバーチャル世界を生きる彼の情報は私の耳にも入ってきている。あ、すごく嬉しそうな顔。
「良い食べっぷりですね」
「えぇ、まあ」
「照れてるんですか?」
「ちょっと、がっつき過ぎたなと」
赤くなった頬を少しだけ傷の残った指がなぞる。
練習に熱中するあまり、傷だらけになってしまったと聞いた。聞いて、聴いて思ったのはこの人はかっこいいなということだった。尊敬できる、そういう意味で。
「私はすごいなーって思うんです。甘いものが好きで欲張っちゃう刀也さんも。練習に熱中するあまり、痛みを忘れちゃう刀也さんも。普段はクールで落ち着いたイメージがありますから」
「……好きなものを口にするようにしているんです。甘いものもそうですけど、楽しいことも。ライバーというのはエンターテイナーですから。人々に、リスナーに楽しさをリアルタイムで届けるには自分がそうであるという意識が必要でした。楽しいという心を、面白いという感情を。感じ取れる形で表すようにしています」
やっぱり、やっぱり。この人はやっぱり尊敬できる。だって、かっこいいじゃないか。強いじゃないか。自分がありたい姿のために努力をしている。私にはできない努力をしている。私は何でも吸収してしまうから。得るものを制限することでしか、調整ができないから。
「かっこいいですね」
顔を見て、そう言った。
***
帰り道、いつもより人通りの少ない街を歩く。
レンガの敷き詰められた道は春の陽気に照らされて、その上を進むものたちをしっかりと支えている。
今日は良い日だ。
そんな気分で歩いていたから、から。
浮遊感に襲われたというのが、どこか夢物語のような気がした。
「ああ、結構これはキツいな」
「剣持さん、大丈夫?」
「あまみゃに抱きつくのを我慢できるくらいには大丈夫ですよー」
「茶化さないで。ガクさんが言ってた。もう半分は持ってかれちゃったって」
「そうですね。でも渡さないわけにもいかないですから。叶さんは失敗して、ましろ君は諦めて、委員長は姿をくらませました。僕だってもう長くない。ここに来たのが夏芽さんだった時点で渡すしかなかったんです」
「……」
「まったく。嫌な話だ」