トレセン学園のシェフ・ソーマ   作:PureMellow

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お待たせしました。
今話が10000文字超えた時点で3話構成諦めました。
創真の一日が濃すぎ案件。

※麻辣の説明で辛味の特徴が逆になっていたので修正いたしました。


幸平創真の一日【放課後】

 

 

 

【14:20】

 

 

 

「おらおらぁっ! あと10回だろうが根性出してけっ!!」

 

「うるせぇ……っ、勝手に来て勝手に背中乗って野次飛ばしてんじゃねぇよ……っ!?」

 

「ああん? このゴルシ様が暇つぶしに構ってるん(トレーニングに付き合ってん)だから口答えすんなよ!」

 

「建前と本音逆だろうがっ!? つか授業あんだから暇じゃねぇだろ……っ!?」

 

「ゴルシ様のパッションがここに舵を取れってゴルゴル星から指令を受けたんだ。授業は二の次だぜ」

 

「飽きたからサボってここに来たの間違いだろっ!?」

 

「創真お前……へへっ、やるじゃねぇか。ゴルシちゃん検定2級を差し上げましてよ?」

 

「いらねぇっ!? つか途中からマックイーンの声真似が上手すぎて腹立つっ!? てかお嬢様言葉似合わねぇ……っ!?」

 

「んだとぉ!? この超スーパーウルトラパーフェクトエレガントレディを捕まえて文句言うんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!?」

 

「エレガントなお嬢様はぶっ飛ばすって言わねぇんだよっ………!? てか早く降りろぉおおおおお!!!!」

 

「ほい、10回終わったぞー」

 

「づあぁっ!!」

 

「凄ぇなぁ、創真。ちゃんとやり切ったじゃねぇか!」

 

「ホント、ゴルシお前……覚えてろよ……」

 

 

 

創真は5限の授業が終わった後、その日の出席する授業はなくなったため、ホームルームの時間までトレーニングルームにいることにした。

 

創真が大体午後に筋トレをする様になってから、殆どの日でこの時間にジムにいるウマ娘とトレーニングをすることが多かったが、今日はジムに最初誰もいなかったため創真は一人で黙々とトレーニングをしていた。

 

だが、それは嵐の前の静かさで。

やはり創真の運勢は悪かったらしい。

 

腕立て伏せをやっている最中、突如現れたジャージ服のゴールドシップの乱入。

創真がゴールドシップを認識するより先に、創真の無防備な背中に乗って野次と茶々を入れ始めたのだ。

 

そして冒頭に至る。

 

創真は想定していないウマ娘一人分、それも長身なゴールドシップの負荷が掛かった状態で腕立て伏せをやり遂げ、息も絶え絶えに床に倒れ伏した。

 

ゴールドシップはそんな創真を見て、面白可笑しく笑っていた。

 

「んだよぉ体力ねぇな。そんなんじゃダートのターフでウマ娘とカバディしながらお手玉選手権で優勝できねぇぞ!」

 

「ざけんなっ! こっちは腕立て30回の5セット目で一番負荷かけてんだよ………つか、もう突っ込む気力すら起きねぇ……」

 

そんな頓珍漢な選手権があって堪るか、と創真は胡乱げにゴールドシップを見上げる。

最も、目の前の人災と愉快犯が化学反応を起こしたみたいな女ならマジでやってそうだなと思ってしまった。

対戦相手がいるのかどうかは別として。

 

創真は呼吸を整えてから、ゆっくりと起き上がる。

側に置いていたスポーツドリンクを喉に流し込み、ようやくひと心地着いた。

 

「はぁ………余計に疲れたわ」

 

「……ぷはっ。んじゃ、今度はアタシのトレーニングに付き合えよ」

 

「………何やんだ?」

 

創真が飲んでいたスポーツドリンクを横から奪い取って勝手に飲むゴールドシップが、珍しく自分からトレーニングをすると言い出した。

 

ドリンクを勝手に飲んでることは最早ツッコミすらせず、創真は胡散臭い物を見る目で見ながら尋ねた。

 

「ちょっと肩の力を鍛えたくてなー」

 

「……ウマ娘なのに、肩?」

 

肩をゴキゴキと鳴らしてそう(のたま)うゴルシに、創真はハテナを浮かべた。

 

「この間海でマグロ捕まえてたらよ。めっちゃデカい錨を見つけたんだ」

 

「……うん?」

 

「それを振り回して遊ぼうとしたら、重くて全然持ち上がんねーんだよ。それが悔しくて悔しくて、だからゴルシちゃんはその悔しさをバネに決意したんだ! この錨をアタシの相棒にしてやるって! だからそのために肩の力がいるんだ! つーわけで創真、バーベルの補助を頼む!」

 

「レースのためのトレーニングをやれ!?」

 

もう最初の一言目からまともな事を言う気がないと判りつつも、どうしても突っ込まざるを得なかった。

 

「なにおぉ!? アタシはあの錨を振り回して『不沈艦、抜錨ォッ!』って叫ぶんだ! いいから手伝え!」

 

「それどこで叫ぶ気だテメェ!? お前はターフでウマ娘を追い回しながら振り回し兼ねないからシャレにならねぇんだよ!」

 

『ウマ娘界のハジケリスト』と慄かれるゴールドシップが、最後方から錨を振り回して迫ってくるとか悪夢である。

被害者のウマ娘の脳裏に焼き付いて、レースがトラウマになる悲劇しか生まれないだろう。

 

「うるせぇー! つべこべ言わず手伝えおらぁ!」

 

「ぐおぉおああ離せぇぇぇっっ!?」

 

ゴールドシップに三角絞めをされ、創真は抵抗虚しくベンチへと引き摺られていく。

 

ゴールドシップが錨を振り回して叫ぶ姿を想像し、それを少しカッコいいと思ってしまった創真は、その時点で敗北していたのかもしれない。

 

いつかそんな事態が起きた時に、創真が共犯者にならない事を祈るばかりである。

 

 

 

【16:00】

 

 

 

クラスのホームルームも終えて、放課後となった学園はトレーニングに励むウマ娘たちで活気づく。

 

グラウンドから聞こえてくる掛け声が閑散とした学園内に響く中、とある一角の教室で、様々な香りが漂っていた。

 

そこは調理室。

主に授業の調理実習や生徒が自主的に料理できる場所だ。

 

ウマ娘には趣味で料理やお菓子作りをするものもいるため、放課後の調理室は申請さえすれば誰でも使えるようになっている。

食材は勿論自費持ち込みだ。

 

その教室には調理台が12台あり、その内の中央前方側の3台を使ってウマ娘3人がそれぞれ調理をしていた。

 

可動式のホワイトボードには、『家で簡単に作れる本格スパイス料理!』と題して3種類のレシピが書かれている。

 

調理をするウマ娘三人も、一人ひとりが違うレシピの料理を作っているようだった。

 

今日のこの時間は、以前から創真に料理を教わりたいと声を掛けていたウマ娘への料理教室が行われていた。

 

教わっているウマ娘は、スーパークリーク、タマモクロス、アイネスフウジン。

いずれも家庭的料理が得意で、それを趣味もしくは家族のために行なっている者達である。

今回は料理好きな三人が自身のレパートリーを増やしたいということで開催された。

 

先生役である創真はそれぞれの様子を監督しつつ、完成が近づき鍋を掻き混ぜているスーパークリークに声を掛けた。

 

「クリーク、そっちはどうだー?」

 

「そうですねぇ〜。創真さん、このくらいの煮込みで大丈夫ですかぁ?」

 

鍋をかき混ぜ味見をするスーパークリーク。

エプロンをして鍋を掻き混ぜるその姿は、学生にも関わらず漂わせる母性を与え。

世話好きで甘やかし上手な性格が、数多の学生とトレーナーを幼体化させるというある意味恐ろしいウマ娘である。

 

創真はスーパークリークの問いかけに彼女の調理台に近付いて、小皿を受け取り味見をする。

 

「……おし。良い感じに香りとペーストが馴染んでるな。もう盛り付けて良いと思うぞ」

 

「分かりました〜」

 

「ウチの方ももうできるでー!」

 

「こっちもなのー!」

 

創真は親指を立ててゴーサインを出し、クリークに仕上げと片付けを促す。

そこへもう二人の方から声が掛かる。

 

長い銀色の葦毛を靡かせながら、その小柄な体躯に似合わない大きな中華鍋と玉杓子を振るタマモクロス。

 

フライ鍋から熱々の揚げ物を取り出し、バットに移すアイネスフウジン。

 

それぞれも既に仕上げの段階へと入っていた。

 

「おーし、じゃあできた皿はこっちに集めてくれるか?」

 

「は〜い」

 

「わかったで!」

 

「了解なのー」

 

創真の指定したホワイトボードが近くにある調理台に、各々が調理器具やフライパンを片付けてから作った料理を持って集まった。

 

「じゃあ品評会と解説するぞー。最初はクリークの『コリバタカレー』だな」

 

「はい! とても美味しくできました〜!」

 

「おおっ! めちゃ本格的なカレーやんけ!」

 

「スパイシーな香りが食欲をそそるの〜」

 

スーパークリークの作った『コリバタカレー』は、南インドの代表的なカレーだ。

メインは鶏肉で、スパイスと一緒にトマトやココナッツペーストを一緒に煮込んで作るカレーで辛さは控えめ。

スパイシーながら甘く柔らかい香りで食べやすく、故に広く愛されやすいインドカレーである。

 

各々が手に持った匙で試食をする。

一同はその美味に歓声を上げ、作ったスーパークリークも満足気に笑みを浮かべた。

 

「今回はスパイスから作ってみましたけど、思ってたよりは大変ではなかったですね〜」

 

「クリークは料理上手だからな。スパイスの焙煎からしてみて貰ったけど、よく香りが立ってるぞ」

 

創真はホワイトボードにインド料理の基本であるスパイスを油で炒める『スタータースパイス』の解説を書き込む。

三人は持っていたメモ帳を取り出して、創真の解説を写していく。

 

「焙煎って、スパイスをフライパンで炒めてるっちゅーことか?」

 

「それは工程と手間が多くて大変そうなの……こっちのご飯は、細長くてサラサラしてるの?」

 

『コリバタカレー』の皿の横には、長粒種の米も並べられていた。

東南アジアや中東で食べられる長粒種米は日本の米と違って炊く行程で水を捨てるため、日本で愛される米特有の粘り気などがなく、匙で掬って落とせばサラリと簡単に零れ落ちる。

 

「インドカレーっつーとナンを思い浮かべると思うけど、南インドだと米の方が主流なんだよな。文化的にも一つのカレーだけじゃなくて、数種類のカレーや付け合わせを色々組み合わせて食べるのが一般的なんだ」

 

「ほー、ナンばっか食べてるイメージやったわ」

 

「インドカレー屋さんに行くと、小さい小鉢で色んなカレーが選べたりしますよね〜」

 

「あとは、ラッシーを一緒に飲むのも良く聞くの」

 

「まあそうだな。コリバタカレーならうどんとか意外にそうめんなんかも合うぞ。あと、俺が作った自家製の『マンゴーチャツネ』も持ってきたから、一緒に食ってみてくれ」

 

創真は鞄から取り出した小瓶を開けて、調理台に置く。

その物珍しさに3人は覗き込むように小瓶を見て、アイネスフウジンが先に創真へと尋ねた。

 

「『チャツネ』って初めて聞いたの!」

 

「野菜やフルーツを香辛料に漬けて発酵させて作る調味料で、主にカレーの薬味にして一緒に食べるんだ」

 

「面白いですねぇ……っ、マンゴーの甘味と酸味が、カレーの風味にアクセントを付けてさらに美味しくなりました!」

 

「へぇー、ホンマや。めっちゃ美味いなコレ!」

 

「本当なの! カレーに甘酸っぱい薬味って、日本の福神漬けみたいなのなの」

 

「そうそう。まあ日本の漬物と似た発想の食品だしな」

 

「野菜は分かりますけど、フルーツの薬味って面白いですね〜」

 

「日本じゃそうかもなー。……よし、次はタマの『麻婆豆腐』だな」

 

一品目のカレーを一頻り堪能したところで、創真は次の皿を促す。

それにタマモクロスは自信満々に胸を張った。

 

「おっしゃ! 幸平に『麻辣(マーラー)』について教えてもらったさかい、今回は辛さを効かせて作ってみたでぇ!」

 

それは、燃え盛る炎を彷彿とさせる赫。

そして立ち上る唐辛子の香りが、一同の舌を刺激して唾液の分泌を促し、スーパークリークとアイネスフウジンはつい生唾を飲んだ。

 

市販の麻婆豆腐では圧倒的に敵わないであろうその辛味の香りの豊かさ。

しかしそれと同時に身体は更に食欲を湧き上がらせていた。

 

ホワイトボードに書き込みながら、創真の解説が行われる。

 

「麻婆豆腐って、日本だと割と家庭料理で親しまれてるよな。麻婆は勿論、四川料理の辛味ってのは辣味(ラーウェイ)麻味(マーウェイ)つって、用は唐辛子と花椒(ホアジャオ)の二つが主軸になってるんだ」

 

「ホアジャオって、坦々麺とかでよく聞く香辛料なの」

 

「山椒に似た味ですよね〜」

 

「唐辛子とはちゃう、舌が痺れるような辛味やんなぁ」

 

「そうそう。四川料理はこの二つの辛さのバランスが大事なんだ。無闇に辣を強くすれば舌を刺すような刺激、麻が強ければ舌が痺れるような刺激と、偏った『辛味』だけが尖がって旨味を感じられなくなっちまうんだよな。このバランスがすげームズいんだよ」

 

辛味とは、人間の舌が感じる“味覚”の甘味・塩味・酸味・苦味・旨味の5つに該当せず、“痛覚”に該当するものである。

辛味は摂取させたものの交感神経に作用してアドレナリンを分泌させ気分を高揚させる。

 

つまり辛味が美味いというのは、心地の良い痛みを感じている状態なのである。

 

「んじゃ、タマの麻婆豆腐を食べてみるか」

 

「へっへっへ、辛さにひっくり返るんやないでぇ?」

 

「うぅ……ちょっと怖いのなの……」

 

「でも、思わず手が伸びちゃいますねぇ」

 

全員で、麻婆豆腐を一口。

 

「「「「ッ!」」」」

 

瞬間、雷撃にも似た舌を痺れさせる強烈な辛味(麻辣)

全身の毛穴が一気に広がり、頭から全身に湧き上がる熱が水分と共に体外へと出ようと暴れ出す。

 

たった一口で滴り出す汗。

脳天を突き刺す辛味。

 

しかしその向こう側には、確かな旨味が複雑に絡み合って広がっていた。

 

「辛ぇ! だがちゃんと美味いぜタマ!」

 

「ほあぁぁぁ………一気に汗が出てきちゃいましたぁ〜」

 

「舌が痛いの……でも、二口目が欲しくなっちゃうの……!」

 

三者三様、その評価は上々である。

 

「………っ、」

 

しかし、作った本人であるタマモクロスは黙って震えていた。

見れば、目尻に涙を浮かべている。

 

創真はそれを見て、揶揄うようにニヤリと笑った。

 

「んー? どうしたタマ? 震えてっけど」

 

「タマちゃん……? もしかして辛いですか?」

 

「タマちゃんお水飲む?」

 

意地の悪い笑みを浮かべた創真と、心配するスーパークリークとアイネスフウジン。

 

プルプルと身体を震わせて黙っていたタマモクロスは、やがて限界を超えて悲鳴を上げた。

 

「ヴェア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!? 思い゛ッぎり唐辛子噛んでもうだァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アッッッ!?!?」

 

ワタワタと足踏みして、全身で辛さを表現し泣き喚くタマモクロスに創真はゲラゲラ笑っていた。

あらまぁと口に手を当てているスーパークリークと、急いでコップに水を汲むアイネスフウジン。

 

タマモクロスは水を貰って一気に飲み干すと、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……し、死ぬかと思うたでぇ……ただでさえ味見で辛いのを我慢しとったのに、完全に今のがトドメやった……」

 

「あーあー、『白いイナズマ』の異名通りの痺れる辛さだぜ、って言ってやろうと思ったのによぉー、自分の電撃に感電しちまうたぁ情けねぇなタマ?」

 

「ぐぉ、こ、こんのぉ……絶妙に腹立つ煽りやでぇ……ッ!!」

 

「もぅ、創真さん? タマちゃんをあまりいじめちゃ、メッ、ですよ?」

 

「でも、ちょっと可愛かったの」

 

アイネスフウジンが思い出し笑いをする。

それに反応して創真の揶揄いもヒートアップしていた。

 

「可愛いって言やぁ、タマが踏み台使ってデカイ中華鍋振るってんのも色々バランス可笑しくて面白かったよなぁ。調理する背丈足りてねぇのに重い中華鍋は軽々振ってるから調理中何度も笑いそうになったぜ……ププッ」

 

「ぶっ殺」

 

創真の発言がタマモクロスの地雷を見事に踏み抜き、タマモクロスが創真へと飛びかかった。

お互い頬の引っ張り合いへと発展してギャーギャーと騒ぐ中、あらあらと騒ぐ子どもを見守る母親の様なスーパークリークと、やれやれと呆れた様子のアイネスフウジンは、そんなやり取りを見ながらタマモクロスの麻婆豆腐を食べ進め、二人が落ち着くまで味と辛味について意見を交わし合っていた。

 

「ぜぇ、ぜぇ……お、おし、次はアイネスの料理行くぞ」

 

「やっと落ち着いたのー。もう、冷めちゃうなの」

 

「す、すまんてアイネス。せやかて、ウチには譲れん戦いやったんや……」

 

「アイネスちゃんのお料理は、『メンチカツ』ですねぇ〜。しっかりときつね色に揚がってて美味しそうです!」

 

アイネスフウジンが作った料理は、ドン!と迫力満点のこんがり揚がった大きなメンチカツが2つ。

食べ盛りの年頃には、そのボリューム感は堪らない一品である。

タマモクロスはそのメンチカツを見て既に涎が垂れかけている。

 

「おほぉ〜ぅ、美味そうやぁ〜はよ食べたいでぇ〜」

 

「タマちゃん、涎垂れちゃってますよ〜」

 

「オグリみてぇーだな」

 

「タマちゃん待って待って、今切り分けるの!」

 

もはや丸ごと一つ奪い取り兼ねないタマモクロスを宥めながら、アイネスフウジンが用意してたナイフでメンチカツに刃を入れる。

ザクッ、と大きな衣の乾き音が良く響き、中からは肉汁がじわりと溢れ出した。

そして一気に溢れ出す肉の香りに、その食欲は湯水の如く掻き立てられていく。

 

アイネスフウジンが2つのメンチカツを半分ずつに切り分けたところで、創真は用意していた紙ナプキンを取り出して皆に配る。

 

「やっぱメンチカツを食べるなら手掴みでいかないとな。食べ盛りの学生らしく、豪快に行こうぜ」

 

「はよっ! はよぅっ!! もう待ちきれへんわ!」

 

「ふふ、ではいただきますね〜」

 

「召し上がれ……あ、違うの。おあがりよなのっ!」

 

「おい、他人の決め台詞取んなよ」

 

「えへへぇ〜、一度言ってみたかったの」

 

そんなやり取りを挟みつつ、それぞれが紙ナプキンの上からメンチカツを手に取り、齧り付いた。

 

ザクリと衣が弾け、中からはジューシーな肉汁がぴゅるっと噴水の様に溢れ出す。

メンチカツの少しクセのある挽肉の味に、創真がウマ娘用でレシピしたミルポワによる玉ねぎ、にんじん、セロリの野菜の甘味、そして挽肉に練り込まれた甘くスパイシーな香りが無限に食欲を駆り立てどんどん食べ進めてしまう。

 

あっという間に食べ終わった創真以外の3人は、もはや陶酔にも近い余韻に浸っていた。

 

「ふへっ……ふひぇふぇふぇ……アカン、これは頬が緩みっぱなしや……」

 

「凄くお肉の味が重厚なのに、あっという間に食べちゃいましたぁ……」

 

「自分で作ってなんだけど……これは凄いの。トレーニング後に毎日食べたいの」

 

「中までしっかり揚がってるし、合挽き肉と野菜がしっかりジュニエーヴルと絡んでるな。申し分ない出来だぜ、アイネス」

 

「じゅにえーぶる?って、なんや?」

 

「コイツも香辛料だよ。『ジュニエーヴル』は和名で『ねずの実』なんだが、お酒のジンは知ってるか? あれの香り付けに使うような香辛料なんだよ。クセの強い肉とかに合わせると、そのクセをジュニエーヴルの甘くスパイシーな香りがクセそのものを旨味に変えちまうんだ」

 

「そういえば、この合挽き肉は牛肉ですよね? 普通のメンチカツより、凄くお肉の味がしっかりしてませんか?」

 

「そういえば、染み出してくるお肉の脂も香りが凄かったの!」

 

「合挽き肉に関しては俺が用意させてもらったんだが、そいつはこの合挽きに混ぜてる“マトン”のお陰だな」

 

「「「マトン?」」」

 

聞き慣れない食材に、3人は疑問が重なって創真に尋ねる。

 

「マトンは生後2年以上経った羊の肉だな。ラム肉は聞いたことあるだろ?」

 

「おおっ! ラム肉は聞いたことあるで! ラムチョップとかジンギスカンは羊のラム使うてるやんなぁ?」

 

「おう、それそれ。羊肉はまあ独特のクセがあって、生後1年未満の仔羊から獲るラム肉はクセが弱いし柔らかくて食べやすいから人気だな。逆にマトンは羊肉特有の臭いやクセが強くて、あんまり好まれて食べられてねぇんだよ」

 

「そうなんですねぇ〜。じゃあこのマトンの臭みを、ジュニエーヴルが和らげてるんですかぁ?」

 

「そういうことだ。羊肉のタンパク質は他の肉に比べて良質だし、マトンには『L-カルニチン』て言う脂肪燃焼を促進する成分が豊富に含まれている。体内の脂肪と結合して、エネルギーに変えちまうってことだな。このレシピは『ゆきひら』で俺が考案したメニューでさ、平日の夕方時に学生向けで作って店の前で揚げたてを売ってたんだ。大人気のメニューだったぜ?」

 

誇らしげに鼻高く語る創真。

3人の方はというと、マトンの肉が持つ『L-カルニチン』の効果を聞いて衝撃を受け固まった。

 

体脂肪をエネルギーに変えて燃焼させる。

 

それはつまり、食べると痩せる(・・・・・・・)ということ。

 

あまりに極端で都合の良い解釈だが、間違ってはいない。

女の子でありアスリートであるウマ娘にとって、これ程理想的な肉はないだろう。

 

3人の様子に気付かず、創真はメンチカツの味を噛み締めつつ思案顔で語っていく。

 

「本当はマトン肉100%で作ってみたいんだけど、マトンの臭みを活かし切れるスパイスがまだ見つかんねぇんだよなぁ。ウマ娘じゃ臭みとスパイスが強くなっちまうと食べられない子が増えちまうし。このメンチカツも、牛とマトンを2:1で合挽きして作ってるけどまだまだ改良の余地がある。まあ、気になる香辛料とか薬膳があっから、今度知り合いに聞きに行くつもりだしなぁ。

 

ーーーまた(・・)オグリやネイチャに試作手伝ってもらうかぁ」

 

ザワリと、不穏な空気が流れた。

タマモクロスは、恐る恐ると創真に訊く。

 

「……また? オグリのやつ、そんなに食っとったんか?」

 

「まあなー。流石に揚げ物ばっかりだと身体に悪いから、ハンバーグで焼いて中の肉ダネの配合とスパイスの加減を見てもらってたな。オグリって意外に味覚が敏感でよ、ちょっとでもマトンの臭みが目立つと耳と尻尾が動くから、ウマ娘の好みの指標に丁度良くてなぁ。メンチカツはネイチャが元々食ってたことがあったから、仕上げの試食でたまに食って貰ってた感じだな」

 

「そういえばオグリちゃん、最近更に肌艶とか毛並みが良くなってたわ……。凄く噂になってるのよねぇ……」

 

「………この間水泳のトレーニングで見たオグリさんの身体、無駄のない身体で引き締まってて凄かったの。あんなに食べててどうしてそんな身体になるのか、不思議で不思議で仕方なかったの」

 

「そういや、昼にもそんな話になったっけか? オグリの美容に関しては、俺がオグリに食わしてるチャーハンに混ぜた薬膳の効果が異常なくらい出てるっぽいんだよなぁ。多分、オグリの消化能力とか代謝能力があってだと思うけどよ」

 

「そうかぁ……成る程やでぇ〜。オグリがスキンケアとか化粧なんかに興味があらへんし、部屋でそんなのを気にしてる様子もなかったしなぁ……。オグリは最近飯ん時は幸平から直接作うてもろとるし。

 

ーーーつまり幸平。お前オグリをエコ贔屓しとったっちゅーわけか?」

 

タマモクロスは穏やかな口調を一変させ、急にトーンの下がった無機質な声を創真に向けた。

カクンと傾けた首が、より恐怖心を煽り創真はぞわりと寒気を感じた。

 

見れば、後ろのスーパークリークやアイネスフウジンの目からハイライトが消えている。

 

余計に怖い。

 

「え、エコ贔屓なんざしてねぇよ。俺はオグリの食事と健康に気を遣ってくれってカロルさんから言われてっから、あれこれメニューとか栄養考えて作ってーーー」

 

「それが贔屓や言うとんねん! ええかっ!? ウマ娘ちゅーのはアスリートでありながら年頃の女の子なんや! 筋肉つけるために飯は食わなアカンし、そのために体重も増やし過ぎても減らし過ぎてもダメなんや! 肌やスタイル、オシャレに気を遣って毎日神経すり減らしとるウマ娘がどんだけいる思うてんねん!? マックイーンなんか太りやすい体質なのにスイーツ大好きやさかい、毎日血涙流しながら糖質制限やスイーツ断食をしとんのやで!? それをオグリは美味い飯たらふく食っといて美容やスタイルには無頓着! なのに女性としての身体がどんどん完成していくってどないやねん! ズルいわっ! 羨ましいわっっっ!!!」

 

全身全霊で地団駄を踏み、滂沱の涙を流しながら感情爆発させてウマ娘代表と言わんばかりの強弁と私情全開の妬みと羨望を述べるタマモクロス。

 

彼女は自身の小さい体躯にコンプレックスを抱いているため、女性としての理想の身体を日に日に体現していくオグリキャップを同室の彼女は間近で見ているのだ。

余計にその想いは強い。

 

スーパークリークはいつもの柔和な笑みを消して真顔で頷き、アイネスフウジンは報われないウマ娘たちの想いやマックイーンに感情移入してほろりと涙を伸ばしている。

 

創真はタマモクロスの迫力に気圧されつつ、不服だと言わんばかりに異議を唱えた。

 

「マックイーンならこの間ヘルシー食材で簡単に作れるケーキレシピを渡したぞ。お抱えのパティシエに渡して作って貰ったってめっちゃ喜んでたぜ?」

 

「せやからそれをウチらにも教えろ言うとんねん!? どつき回されたいんかワレェッ!!?」

 

「くぺっ!?」

 

目玉が飛び出んばかりに目をかっ開いて怒鳴り散らすタマモクロスは、その言葉の間に既に創真を思い切りどついていた。

 

流石にヒートアップし過ぎているタマモクロスをアイネスフウジンとスーパークリークが止めにかかる。

 

「ちょ、タマちゃん落ち着くの!? なんかもう言動がヤクザみたいなの!?」

 

「よしよぉし、タマちゃん良い子良い子ぉ〜」

 

「離せぇアイネス! ウチは全ウマ娘の言葉を代弁してやなぁ……っ! ちょ、ヤメェやクリーク!? ウチはそんなんで落ち着くお子様やな………ふわぁっ」

 

スーパークリークの頭撫でで簡単に落ち着いてしまったタマモクロスに、創真はどつかれた腹を押さえながらある種恐ろしいものを垣間見たと思った。

 

「でも、タマちゃんの言う通りなの。私たちはトレーナーに食事量や体重管理の指示は受けているけれど、結局それを実行していくのは私たち自身。自分たちで気をつけられることは全部やりたいの」

 

「そうねぇ。今日はおかずのレパートリーを増やしたいって私たちのお願いで創真さんに料理教室をしてもらったけれど、よければ今後も定期的に教えて貰えないかしらぁ?」

 

「あー、まあそうだな。……んじゃあいっそ、サークル活動にするか?」

 

創真のその提案はスーパークリークとアイネスフウジンは目を輝かせるほどに魅力的だった。

 

「部活ってほど活動範囲は広くできねぇけど、週一で今日みたいな料理を教えるっつーならサークル作っちまった方が早いだろ? 他にも参加したいウマ娘はいるかもしんねーしな」

 

「成る程〜、定期的に調理室借りるならその方が事務の方も管理しやすいですよねぇ。ファン感謝祭で出店やるのも楽しそうです〜!」

 

「私はバイトも多いから、活動日が週一なのは助かるかも! シフト調整もしやすいし、もっとレパートリーを増やして弟たちに色んな美味しいご飯を食べさせてあげたいの!」

 

「ぐっ……! ゆ、幸平! どついて悪かった! アンタは話の分かるやっちゃで! 堪忍してや……!」

 

落ち着きを取り戻し、冷静になって自身の言動と行動を後悔していたタマモクロスが創真に縋り付いて詫びる。

 

創真はそれを、実に良い笑顔で赦した。

 

「いいって、いいって。俺も試作料理(ゲテモノ料理)とか新作レシピを気軽に披露できる場所(イケニエ)があると助かるからよ。

 

つーわけで、じゃあ部長はタマ、お前に任せたぞ」

 

「へっ!? う、ウチが部長か!? クリークの方が適任やろ!?」

 

「何って、教えろって啖呵切ったのお前じゃんかよ。なら、責任持ってサークル運営しろよな」

 

「それは確かになの」

 

「なら副部長は私がやるわね〜。タマちゃん、一緒に頑張りましょう?」

 

「ぐぅぅぅ……しゃ、しゃーないわな。って、なら幸平! お前はどうすんのや!?」

 

「俺は正式には職員だからな。まあ一応提案者だし、監督・顧問・調理講師をやるのがいいんじゃねぇの? やることは大体今日と同じだろ?」

 

「ぐうの音も出ぇへんわ……」

 

自分から一番責任者な立場を提案してくる創真に、文句の付けようもなく。

タマモクロスは攻め所を失い諦める他なかった。

スーパークリークとアイネスフウジンも創真の顧問の申し出は歓迎的だ。

 

「主に教えてもらいたいのは家庭料理とか学生でもできるような料理ですからね。カロル料理長さんに頼むわけにもいかないですし」

 

「これ以上ない適任なの!」

 

「んじゃ、話も纏まったしよ。そろそろ俺もカフェテリア行く時間だから後の片付け頼んでいいか? サークル申請とかもよろしくな」

 

創真は時計を見た。

解説に時間がかかり既に時刻は16時45分。

17時から仕事のため、荷物を纏め始めた。

 

「わかりました〜。創真さん、今日はありがとうございました」

 

「教わったメンチカツ、マトンは流石に無理だけどこのレシピとかスパイスを参考にして家族に作ってみるの!」

 

「ほな、またカフェテリアでよろしくや〜。サークル申請ってどこに聞けばええんかなぁ……とりあえずルドルフに聞けばええか?」

 

3人の見送りを受けて、創真は調理室を後にした。

 

 




アイネスの喋り方可愛くて書いてて楽しかった。
メインエピソードどんな風に書こうかなぁ。

アンケートなんですが、19日の朝10時で締め切ります。
また次の機会で誰かアンケートしようと思うので、よろしくお願いします。
ゴルシ杯ツイスターが思ったより接戦で見てて面白い。

感想評価、誤字脱字報告等よろしくお願いします。
感想沢山頂いてとても嬉しい。全て読ませて頂いてます。
大体一話投稿する時に纏めて返してます。
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