トレセン学園のシェフ・ソーマ   作:PureMellow

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何でだろ……何でこんなに長くなったんだろ

でもまあ、書きたことを詰め込んだ結果です。
後悔はない。

しかし創真が中々働き始めないから色んなウマ娘とのストーリーが進まん。
くそぅ。


【炎の笑わないマリア】

 

 

 

春の少し肌寒い早朝。

 

駿川たづなは、毎日の日課である登校する生徒を迎えるように校門に立っていた。

だが、今日は学園の一般生徒は登校することはない。

 

今日は学園が施設メンテナンスをするという体で、完全休校としている。

そのため普段なら学園が休みの日でも自主練で登校してくる生徒はいるのだが、今朝は全くの無人。

学園は閑散としている。

 

それでもたづなが校門に立つ理由。

たづなはその人影を見つけて、にこりと笑った。

 

「ーーーおはようございます。幸平さん。お待ちしておりました」

 

「おはよーございます、たづなさん。今日からよろしくお願いしやっす!」

 

ーーー今日付けで、幸平創真が特別編入する日だからだ。

 

学ランに『ゆきひら』のシャツを着て、アタッシュケースを持って現れた創真は、たづなと並び歩いて学園に入っていく。

 

「寮の方は、荷物纏まりましたか?」

 

「いやー、大変だったっすわ。引っ越しとか慣れてないんで。でもまあ、俺にはコイツ(・・・)さえあればなんとでもなるので」

 

そう言って創真は、アタッシュケースを軽く持ち上げた。

たづなは小首を傾げて訊ねる。

 

「それは?」

 

「包丁っすよ」

 

「まあ! こんな立派なケースに入れてるんですね!」

 

「俺が『ゆきひら』の厨房に初めて立つ時、親父がくれたんです。

 

この包丁は………俺の料理人としての手足そのものです」

 

「成程……では、今日はとても楽しみにしてますね(・・・・・・・・・・・)!」

 

そのたづなの言葉に、創真は片眉を僅かに上げて尋ねた。

 

「ところで、今日は契約書類のサインと施設説明、調理師スタッフとの顔合わせって聞いてるんすけど……なんで包丁がいるんすか?」

 

創真は昨晩、たづなから『明日、調理道具も持ってきてください!』とメールがきた。

そのため、この包丁とエプロンを持参しているが、その詳細については何も聞いていなかった。

 

「実は、カフェテリアの料理主任が君の腕を見せて欲しいそうで。今日はぜひ、幸平さんにその腕前を振るって頂きたいと!私もぜひ御相伴に預かりたいと駄々を捏ねてしまいました♪」

 

「なるほど、それは気合い入れていかないとっすね!」

 

「はい! それでは、まずは理事長室へと向かいましょう!」

 

「うぃっす!」

 

創真は返事と裏腹に、理事長室への道順をまだ覚えていなかったので、たづながいてくれて助かったとつくづく思った。

 

 

 

理事長室にて、契約と内容の確認と説明を終え、時刻は昼。

学園案内は午後にするということで、創真と理事長、たづなはカフェテリアへと向かった。

 

「お待ちしてました」

 

3人がカフェテリアに入ると、カフェテリア内には既にスタッフが全員揃って並んでいた。

理事長は扇子を広げて掲げ、高らかに言う。

 

「歓待ッ! 皆感謝する! 紹介しよう、彼が今日付けでこの学園に編入する幸平創真であるッ!!」

 

「幸平創真っす! 今日からよろしくお願いしやーすッ!!」

 

カフェテリアは創真以外のスタッフ一同の拍手に包まれる。

 

その中から、一人の初老の女性が創真に歩み寄り、手を差し出した。

 

貫禄のある大柄な体躯と、鋭い眼光。口には棒付き飴を咥えている。

まさに歴戦の猛者と言えるそのオーラを創真は感じ取った。

 

「このカフェテリアの料理主任、カロル・ロッシェだ。君の力、期待しよう」

 

「こちらこそっす」

 

互いに握手を交わす。

カロルは創真の手を握って、不敵に笑った。

 

「……流石、あの【流浪の料理人】の息子だね。この年でこの手ができるとは、末恐ろしいものだ」

 

「いや、カロルさんもかなりできるっすね。つか、親父のこと知ってるんすか?」

 

「フッ、プロの料理人でその名を知らない奴はモグリさ。私が若い頃にアメリカにいた時、一時期一緒の厨房で仕事をしたよ。あの凄まじい腕前には惚れ惚れしたさ。また一緒に仕事をしたいと思っていたが……あの人の息子と仕事をするなんて、私も年を取ったものだ」

 

カロルは過去を懐古するように、不敵な笑みから優しさと少しの哀愁を帯びた笑みへと変わった。

 

一方で、カロルの後ろに並ぶスタッフはザワザワと騒ぎ立てている。

 

“あの主任が握手で認めるなんて……”

“【炎の笑わないマリア】が笑ったぞ……午後は鉄鍋が降るんじゃないか?”

“あの子凄いわ……私は主任と初めて対面した時怖くて泣きそうだったもの”

 

「お黙りッ!!!」

 

『『『はいっ!?』』』

 

「ははは、おもしれーなここ」

 

創真はそんなスタッフたちのやり取りにケラケラと笑い、理事長とたづなは溜息を吐いた。

 

「ーーー賑やかじゃないか。スタッフとは打ち解けたようだな、幸平くん」

 

騒々しいカフェテリアに、凛々しい声が響き、創真は振り向いた。

そこには、ルドルフと、後ろに並び立つ複数名のウマ娘が創真を見つめていた。

 

「んあ? おお、ルドルフ会長じゃんか。いやーおかげさまで」

 

「ふふ、君のその快活明朗な性格は強い武器だな。一般生徒ともその調子で頼むよ」

 

「定食屋は常連客との接客も大事っすからね。それで、後ろの人たちはどちら様っすか?」

 

「ああ、紹介しよう。今後君の学園生活と、一般生徒たちとの掛橋になるべくサポートするウマ娘たちだ」

 

創真はルドルフの後ろにいるウマ娘たちを見る。

いずれも、制服を身に纏いながらその纏うオーラはルドルフに引けを取らない強者のそれだ。

 

「私は生徒会副会長、エアグルーヴだ。貴様が生徒にふしだらな行為をしないよう見張ってやろう」

 

「……生徒会役員、ナリタブライアン」

 

「私はフジキセキだ。栗東寮の寮長をしている。どうぞよろしく、幸平くん」

 

「美浦寮の寮長、ヒシアマゾンだ! ウマ娘に手を出したらタイマンではっ倒すからな!」

 

「ルドルフの親友のマルゼンスキーよ! 困ったことがあったらこの激マブお姉さんに何でも頼ってね⭐︎」

 

各々の自己紹介に個性が光る。約二名は物騒だ。

創真はそのメンツに臆さず、堂々と言った。

 

「会長に劣らずキャラ濃いっすねー。とりあえずよろしくっす」

 

「午後の施設案内は私たちが担当する。それで理事長に昼食も一緒にどうかと誘われたので、こちらに来た訳だが……もしや幸平くん、君も調理するのか?」

 

「肯定ッ! 幸平創真にはこれから、カロル主任の出すテーマで一品料理をしてもらう予定なのだ!」

 

「ほう……それは楽しみだ」

 

「それとは別で、私たちの方で全員分の昼食は用意済みだ。では幸平、早速だが厨房に入ってもらってよいか?」

 

「うすっ! やりますか!」

 

創真は学ランを脱いでシャツの袖を捲り、エプロンを巻いて腕に巻いていた手拭いを頭に巻く。

カロルと創真だけが厨房へと入り、他の者はカウンターからの見学となった。

 

「まず、君に作ってもらう料理のテーマだが、『卵』だ。卵をメインに一品お願いしたい」

 

「へぇ……卵っすか」

 

「和・洋・中、全てのジャンルの基本となる料理テーマだ。このカフェテリアはビュッフェ形式で、様々なジャンルの料理を毎日用意するからね。だからこそ、この『卵』で君の腕を見せて貰いたい」

 

「いいっすね。ジャンルも自由っすか?」

 

「ああ。使う食材も食材庫の物を自由に使ってくれて構わないよ。制限時間は……20分で良いかね?」

 

「オッケーっす! んじゃ、早速やりましょーかね!」

 

「では、食材庫はこっちだよ。ついてきな」

 

そうして、二人が調理場から離れる間、カウンターのギャラリーでは様々な意見や臆測が飛び交った。

 

「卵なんて、主任も随分シンプルなお題にしたわね」

 

「時間も20分なら、オムレツとかだし巻き卵とかだろうか」

 

「でも、オムレツなんてシンプルなようで難しいからねぇ」

 

「まあシェフがあんなに期待してる子なら、簡単に作っちゃうんじゃないかしら?」

 

「定食屋が家業なんだろ? なら、卵料理もいくらでも作ってるだろうしな」

 

スタッフたちは料理主任が創真に並々ならぬ期待をしているのを見ているため、ある程度の味を予測している。

一方で、料理に関しては素人なウマ娘たちは創真の腕前は未知数と言える。

マルゼンスキーはカウンターに身を乗り出し肘を立てながら、ルドルフに訊いた。

 

「ねえルドルフ、この間彼に会ったんでしょ? どんな印象だった?」

 

「明朗快活、虚心坦懐……何より、料理人としてのプロ意識は相当なものだ。私もまだ少ししか接してはいないが、彼は信用できる人物だと思っているよ」

 

「へぇ、ルドルフがそんなに評価するのは珍しいね?」

 

「……私には、少し軽薄な印象が目立ちます。会長への口ぶりも馴れ馴れしすぎると思いますが」

 

「アタシはエアグルーヴがいつ怒らないかヒヤヒヤしていたぞ」

 

「……興味ないな」

 

創真とルドルフが会話を交わしている時、エアグルーヴのウマ耳は後ろを向き、眉間に皺を寄せて創真を睨みつけていた。

隣にいたヒシアマゾンはそれを見てエアグルーヴの不機嫌を悟り、小さく溜息を吐いていた。

 

そんなエアグルーヴにルドルフは苦笑する。

 

「私は気にしていないよ。寧ろ、学園生たちもあれくらいフレンドリーに来てくれる方が嬉しいんだが……」

 

「ルドルフは口調が堅すぎるのよ。私みたいにもっとナウい言葉を使わなきゃ!」

 

「これでも心がけているぞ? それに彼のお陰で、良い駄洒落を沢山思いついたんだ。後でまた礼を言わなくてはな」

 

(ーーーッ!? 最近会長の駄洒落が止まらないのは貴様が元凶か、幸平創真ッ!!)

 

(あー……これはエアグルーヴお冠だね)

 

(アタシはもう知らねぇぞ……御愁傷様、幸平)

 

「……戻ってきたな」

 

ルドルフの駄洒落に拍車を掛けた犯人が思わぬところで発覚し、被害を受けていたエアグルーヴの怒りが更に加速する。

これは後の学園案内が大変そうだとルドルフ以外が思ったところで、ナリタブライアンの言葉に全員が厨房へと視線を戻す。

 

「幸平さんの持ってきた食材は卵にニンニク、長ネギとにんじん、玉ねぎと……醤油と胡麻油? 調味料は随分少ないですね……?」

 

「期待ッ! 何を作るのか楽しみだな!」

 

たづなの疑問は、ギャラリー全員が抱いていた。

 

だし巻き卵なら、出汁や塩、酒ぐらいは使うのが一般的。

オムレツなら生クリームやバター、塩胡椒を使うのが通常のレシピだ。

 

醤油と胡麻油だけでは、和食ベースの何かを作るかしかわからない。

 

そんな周囲の怪訝な目も気にすることなく、創真は食材と使う調理器具を調理台に揃え、拳と掌を叩き合わせた。

 

「うしっ! じゃーいきましょう!」

 

創真は気合も十分に、アタッシュケースを開いた。

中には出刃、柳刃、菜切の三種類。

その中で取り出したのは、彼が最も愛用し使っている出刃包丁。

 

「………あの包丁、かなりの業物だね」

 

その包丁を見て、創真を邪魔しないようカウンターの方に離れたカロルは思わず喉を鳴らした。

それに反応したのはマルゼンスキーだった。

 

「確かに思わず見惚れちゃうわ。私も家でたまに料理するけど、家庭用のとじゃ比べるのも失礼ね」

 

「当たり前さ。プロの料理人の包丁は、君たちウマ娘にとっての鍛えた脚と同じ。アンタたちとて誇りを持ってターフを駆けるその脚を、スポーツもしていない人間の脚と比べられたら怒るだろうに」

 

「怒りますね。それを思考した性根から叩き直してやる」

 

「タイマンで分からせるまで蹴り倒すな」

 

間髪入れず答えたエアグルーヴとヒシアマゾンのその声音は、背筋が凍るほどに酷く冷たい。

他のウマ娘たちも、想像したのかその瞳が収縮し耳が逆立っていた。

 

今にも暴れ出しそうな集団が一瞬で生み出され、調理スタッフたちは恐怖に震え上がる。

対照的に、感情の機微が分かりやすいウマ娘たちにカロルと理事長、たづなは呆れたように笑った。

 

「幸平の包丁も、刃こぼれ一つなく、完璧に研ぎ上げている。毎日のメンテナンスが行き届いている証拠だね」

 

「見事ッ! やはり私の目に狂いはなかった!」

 

「もう、理事長。それは自分も褒めてませんか?

 

ーーーわっ! 凄い包丁さばきです!」

 

創真は手始めに、ニンニク、玉ねぎ等野菜類に切っていく。

速く、且つ正確でリズミカルな音と共に野菜が瞬く間に微塵切りの山になっていくその光景は、まさに達人技だ。

 

「ほう……素晴らしいな」

 

「………業物に頼らず腕も確かだと認めましょう」

 

続いて創真はフライパンを熱し、胡麻油とニンニクのみじん切りを入れる。

ニンニクの香りが立ったところでにんじんと玉ねぎ、長ネギのみじん切りを投入すると、火を弱めてじっくりと炒め始めた。

 

その調理にカロルは、顎に手を当てて考え込んでいる。

 

「……最初は肉無しのチャーハンを作るのかと思ったが、あれはもしかしてミルポワかね?」

 

「ミルポワ……ですか?」

 

「フレンチ料理で一般的に使われるフレーバーベース……主にスープや煮込み料理の味や香りの土台として使うものだ。通常は玉ネギ、にんじん、セロリをバターで炒めるものだが……セロリの代わりに長ネギ、バターの代わりに胡麻油を使ったと言うことは、あくまで和食に使うということだろうね。チャーハンなら中華鍋もあるのに普通の鉄鍋で調理し始めたから変だとは思ったが……」

 

「……彼は、定食屋の息子と聞いているが。フレンチにも精通しているのだろうか?」

 

「フン……ジャンルに囚われない自由な調理をするのは父親譲りということかい」

 

創真のフライパンで炒める野菜を見るその目は、真剣そのもの。

視覚から、耳から伝わる情報に全神経を尖らせ、針に糸を通すような繊細さで炒めていく。

なのに、その口元は純粋な少年そのものの笑みを浮かべていた。

 

懐かしい、と。

創真を見るカロルはそう思った。

 

 

トレセン学園の厨房は、ここ1年は毎日が戦場だった。

 

2000人以上のウマ娘と職員の食事を支え続け。

毎日毎日、食材庫を空にしてまで料理を作る。

 

その過酷さから一人、また一人と辞めていく背中を見て。

 

日々、年老いて重なる抜け切らない疲労。

スタッフに積もる不満やストレスのケア。

そして責任者という立場で現状の改善が進まない不甲斐なさ。

 

少しずつ、けれど確実に、カロルの身体と心を蝕み。

理事長やスタッフたち、生徒には弱音を吐くまいと意地とプライドで老体に鞭を打って調理をする。

 

いつしか、料理をすることの意義や理由を忘れかけていた。

笑うことも殆どなくなった。

 

だが、幸平創真という若く新しい風が。

 

若き日に自身が持っていた料理への情熱や愛情を。

 

それらを、少し思い出させてくれたように感じた。

 

 

 

「ーーーうし、そろそろだな」

 

野菜をじっと見ていた創真は、そう言って丼を持って炊飯器へと向かい、ご飯を装った。

 

そうして調理場に戻り、今度は卵を割って溶きほぐし始める。

 

「……やはり、チャーハンか?」

 

「具材や作る見た目は……そうとしか見えないが」

 

「だけど味付けは醤油だけでいいのか?」

 

「………ムッ!?」

 

創真はコンロの火力を突如最大にし、一気にフライパンの温度をあげた。

そして右手に持った玉杓子に醤油を入れると、玉杓子を振ってフライパンの中へ投入していく。

 

厨房全体に醤油の焦げる音と芳しい香りが広がり、創真の行動に困惑していたギャラリーの口元が自然と緩んでいく。

 

「はぁ……良い香り」

 

「今度は卵をいれるのか……やはり普通のチャーハンをーーー」

 

そこまで言いかけたカルロは、

 

いや、それを見ていた全ての者が言葉を失った。

 

創真は、玉杓子に溶き卵を移してフライパンに投入。

フライパンと玉杓子を一振りした。

 

ただ、それだけ。

 

その一振りを、一切視認できない超高速で(・・・・・・・・・・・・)

 

気付けば、創真の手元がブレ、卵と具材が宙を舞い。

それらは一粒残らず、玉杓子の中へと収まった。

左手ではコンロの火を落とす。

 

そのまま、玉杓子の中身をご飯に掛け流し。

 

創真は丼を持ってカロルに歩み寄り、それを差し出した。

 

「『幸平流裏メニュー、其ノ1“改” 〜卵かけご飯〜』

 

ーーーおあがりよっ!」

 

 生意気で、自信に満ち溢れる挑戦的なその言葉が。

 静まり返った厨房に、響き渡ったーーー。

 

 

 

カロルは、創真から差し出された丼を恐る恐る受け取った。

 

(これが……卵かけご飯、だって?)

 

まず、衝撃を受けたのは香りだ。

 

「……なんてこった。米や具材が透けるほど生の卵液なのに、その中から炙ったようなニンニクと醤油が芳ばしく香ってくる……!」

 

「……え? さっき溶き卵をカンカンに熱したフライパンに入れていたのに? 生ってどういうこと……?」

 

「……見えなかった」

 

マルゼンスキーの疑問に対して、ルドルフがポツリと呟いた。

カロルも、その言葉に頷いた。

 

「幸平は、フライパンと玉杓子を振るった。超火力により爆発する香りを、卵に熱が入る一瞬の間に人間は愚か、ウマ娘(・・・)が視認すらできない超高速で、卵と具材を混ぜ合わせのだ」

 

「………は?」

 

そんな、馬鹿げた話があるか。

それは最早、神業に等しい諸行だ。

 

ーーーだが、ルドルフの言葉に他のウマ娘は誰一人として反論できなかった。

 

人間を遥かに上回る身体能力を持つウマ娘は、当然その動体視力も何倍も優れている。

 

そしてここにいるのは、畏怖と尊敬を以て異名を戴冠したウマ娘たち。

 

『皇帝』シンボリルドルフ。

『スーパーカー』マルゼンスキー。

『女帝』エアグルーヴ

『シャドーロールの怪物』ナリタブライアン。

『幻の三冠バ』フジキセキ

『女傑』ヒシアマゾン

 

トレセン学園の中でも、いや、ウマ娘の中でもトップクラスの実力と成績を持つ強者の集団。

 

その頂点に君臨するルドルフが『見えなかった』と発する言葉の重み。

 

『皇帝』が認めた言葉を、そう易々と異議を唱える従者も民も許されない。

沈黙を以て、その神業は肯定される。

 

それに加え、創真が更に畳み掛けるようにカロルに語った。

 

「ここの卵は、スーパーでも売ってるような手頃な品質の卵だった。だから、味も淡白で他の味に馴染みやすい。

そのとろっとろの生卵の中に、“にんにく”“胡麻油”“焦がし醤油”、そんで“和風ミルポア”で甘みを最大限引き出した香味野菜を一緒に掻き込むんだ。

 

ーーー想像できるか? その極上の味を」

 

その場にいた誰しもが、その味を想像して生唾を飲んだ。

一部は、暴走する唾液の生成に追いつかず涎が垂れている者もいた。

 

カロルは震える手で箸を取り、卵が絡んだ米を摘んで、一口食した。

 

官能的な卵液のとろみの中から、むせ返りそうな程に濃厚な焦がし醤油とニンニクの暴力的な匂い、そして噛むたびに染み出す米と香味野菜の香りと甘みが、口内から鼻腔へと逆流し脳髄をぶん殴った。

 

そして、それらが生なのに熱い卵と共に喉を伝っていく。

 

その瞬間。

 

今までにない極上の旨味と快楽が全身を支配した。

 

「ーーーーーッ!!!!!」

 

カロルは、一心不乱に飯を掻き込んでいく。

 

カチカチと丼と箸がはしたなく音を立てる。

最早、理性などないに等しい、外聞も醜態も気にしない獣の如きその様相は。

 

言葉などなくとも、その美味さを周りへと知らしめた。

 

 

 

ーーー美味い。

 

卵が生である最大の利点は、この艶かしいとろりとした食感。

調味料を醤油一つに絞ったのは、生卵に何より合うのが醤油であることと、ニンニクと焦がし醤油の尖らせた香りとクセになる苦味を暈さないため。

そしてその調味料が、和風にアレンジされた“ミルポワ”でじっくり炒めた野菜と、白米の甘みをより引き立てているのだ。

 

それら全てが融合し調和するなど、今まで味わったことのない究極の美味。

それを可能にするのが、幸平創真の神業に等しい超人的鍋振るい。

 

ーーーなんて、自由な、楽しい発想と、それを可能にする技術だろう。

 

幸平創真の料理に掛ける情熱とその姿勢が、私の疲れた老体にマグマのような熱を運んでくる。

 

ああ、思い出す………。

 

若かった頃のーーーアメリカでの料理人時代を。

 

 

 

 

 

私が『彼』に会ったのは、恋愛や結婚に構わず、がむしゃらに厨房に入っていた30代の頃。

 

ニューヨークの三つ星ホテル、マンハッタンロイヤルホテルの厨房で、一緒に仕事していた。

 

【流浪の料理人】と呼ばれていた彼は、臨時の雇われながら三つ星ホテルのシェフすら虜にする料理を作っていた。

 

私はというと、三つ星の厨房とはいえその中では下っ端だ。

 

実力は当時の時点で雲泥の差。

だが、彼が年下であることと日本人だったということが、当時の私の凝り固まったプライドには不快に感じ、つまるところ嫉妬していたのだ。

 

そんな驕り高ぶった心が魔を差し、ある時彼の作るコース料理に、レシピにない味付けを勝手に加えたのだ。

だがそれは、当時の厨房のシェフにすぐにバレ、私は多大な罵詈雑言と叱責を喰らった。

 

「カロルッ!! 貴様が勝手にジョウの料理に品のない味付けをしたせいで、ジョウの至高の味がぼやけてしまったじゃないかッ!? これはこのホテルの最高VIPのお客様にお出しする料理だぞッ! どう責任を取るつもりだァッ!!?」

 

「ーーーッ、ァ……もうし、わけッ……あり……」

 

本当に馬鹿なことをしたものだ。

 

若気の至り。

下らないプライドと嫉妬のせいで、料理人人生どころか人生そのものを棒に振るう極大の愚行をしたのだから。

 

ーーーなのに、

 

「………ふーん、このソースにこの味を足すとこんな風味に変わるのか……面白れーなぁ」

 

彼はーーー才波丈一郎は、私のミスなど意に介さず、呑気にそんなことを言ったのだ。

 

「おいカロル。ライムとレモングラス持って来てくれ。あとー、カラメルソースを至急調理だ」

 

「え……?」

 

「え、お、おいジョウッ!? お前のソースを台無しにしたのはこの女だぞ!?」

 

「まだ台無しになってねぇよ。寧ろ味が広がったぜ、これ。……おい、カロル。泣きべそかいてねぇで手伝え!」

 

「ッ!? は、はいッ!!」

 

半ば強引に現実に引き戻され、私は丈一郎の調理を手伝った。

私自身、あの味は絶対失敗だと思っていたのに。

 

「ーーーえっ? 嘘、美味しい……」

 

「ああ、だろ? いやーお前のおかげだな、カロル!」

 

なのに、丈一郎はあっという間に、己のレシピにすらない未知の味を創作し、至高を超えた究極の美味に変貌させてしまったのだ。

VIPのお客様にもそのままコースをお出しし、大絶賛だったという。

 

私はこの時、丈一郎という料理人の本質と、遥か高みにある料理センスと技術に惚れ込んだのだ。

 

それとは別に………。

 

その日の夜、私は丈一郎に謝罪をするためにホテルの部屋に訪れた。

 

丈一郎は私の謝罪にあっけらかんと笑って許した。

 

それからお酒を飲み交わし、いくつか話をしていると丈一郎が翌週にはここでの仕事を終えることを知った。

 

「ねぇ、ジョウ。次はどこで料理するの?」

 

「あん? さあなぁ、元々ここに来たのも偶々頼まれたからだしな。ま、そろそろ一度日本に帰るのも悪くねぇかなぁ……」

 

「そう……」

 

日本に帰るという言葉に、私は酷く胸を締め付けられた。

私はこの感情に、人生で初めて気付いた。

 

気が付けば、私は立ち上がって丈一郎に近づいていた。

 

「ジョウ……」

 

「ん? どした? トイレならあっちにーーーッ!?」

 

丈一郎の的外れで朴念仁な発言は、私が丈一郎に抱きついたことで掻き消される。

 

バカな顔ね。料理してる時とはまるで別人だわ。

 

でも、だからこそ私はーーー。

 

 

 

 

「放せババアァアアアアアアアアッッッ!!!!?」

 

 

 

 

創真の心の底からの絶叫が厨房に響き渡る。

 

まあ、それもその筈。

 

丼を掻きこんだカロルは完食した直後、まるで陶酔したようにフラフラと創真へと近付くと、いきなり抱き着いてキスを迫ったのだから。

 

全力で顔を手で押し退けて抵抗する15歳の少年と、とても人には見せられない絶頂顔でキスしようとする屈強な婆というアブノーマルな絵面に、周りの者も絶句であった。吐き気を催す者も数名。

 

「あ……ふうぅ……」

 

「理事長!? 気を確かにっ!?」

 

ましてや、まだ創真や学園生たちと歳の変わらない理事長はこういった刺激に強くない純情な心を持っていたので、あまりの目の前の光景に失神してたづなに支えられていた。

 

「ーーーハッ!? 私は何を……」

 

「ホント何すんだよッ!?」

 

ある意味本気で命の危機を感じていた創真は、肩で息をしながら全力で抗議する。

 

正気に戻ったカロルは咳払いをして仕切り直し、改めて味の感想を言う。

 

「ン、ヴン゛………まさに天にも昇る美味さだったよ、幸平!」

 

「あいよっ! 御粗末!」

 

ようやく『美味い』の一言を言わせた創真は、いつもの決め台詞と共に、額に巻いた手ぬぐいを解いた。

カロルは創真に続けて言った。

 

「しかもこの卵かけご飯は、ウマ娘が食べやすいように作ってあるね?」

 

「……! よく気づいたな」

 

「ウマ娘が食べやすいように、とは?」

 

「この卵かけご飯はもともと、具材はネギだけにしてたんだけど、ウマ娘は苦味とか尖った味が苦手な娘が多いだろ? ニンニクと焦がし醤油だけを調味料にすると味が尖りすぎて卵のとろみでカバーできないみたいでさ。それで行き着いたのが、“和風ミルポア”を加えて作るこの『裏メニュー其ノ1“改”』ってわけだ。ウララとかネイチャは、よく〆にこれを食べてたぜ」

 

「……む、もしかして中等部のハルウララとナイスネイチャのことか?」

 

「おう。ウララはこの学園に入学してからだけど、ネイチャは実家近くの商店街の出身だからな。小学生の時から『ゆきひら』の常連だぜ」

 

「はっはっは! たまげたね幸平! 予定では人間とウマ娘の味覚の違いから叩き込む予定だったけど、どうやら要らぬ心配だったようだね」

 

「あー、つーかそもそも………いや、何でもねーや」

 

「………?」

 

「それより、美味いって認めてもらったわけだし。さっさと昼食にしようぜ。ちなみに、今の卵かけご飯食べたい人ー」

 

創真の言い淀みに一瞬疑問を持つものの、即座にその問いを言われては皆自身の欲には勝てず。

 

創真とカロル以外の全員が手を挙げたのだった。(エアグルーヴは控えめにだが挙げている)

未だ気絶している理事長の分は、たづなが両手で上げていた。

 

「おーしっ。えーっと、ひー、ふー、みー、よー……全部で32人前ね。

 

んじゃ、やりますかー」

 

飄々とした口調で了承する創真は再度手ぬぐいを額に結び、食材庫へと向かっていった。

 

「シンプルな調理とはいえ、32人前を軽々と言うねぇ。頼もしいったらありゃしないよ。

それじゃ、スタッフは昼食の用意をしな! ルドルフたちは配膳の手伝い! たづなは……席で理事長を起こしといてくれ。

 

ーーーなんで理事長は寝てるんだい?」

 

『アンタのせいだよ!?』

 

その場にいた全員の意思が重なったのは言うまでもない。

 

その後気がついた理事長も、自身が何故寝ていたのかは覚えていなかった。

 

「怪奇ッ!? たづな、いつから私は寝ていたのだ!?」

 

「理事長! 思い出さなくていいんです! 忘れたままにしていて下さい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、昼食会を終えて創真はルドルフたちウマ娘たちと共に、学園の施設案内を受けているのだがーーー

 

「次は図書室に向かうぞ。幸平、キビキビ歩け!」

 

「へいへい……なんか、エアグルーヴずっと機嫌悪くないか?」

 

何故か案内の最初からずっと先導するエアグルーヴに、創真は首を傾げていた。

だが、それは創真の左右を歩くルドルフとマルゼンスキーに否定される。

 

「フフ………あれは逆だぞ、幸平くん」

 

「ええ♪ あんなに張り切ってるグルーヴちゃんは中々見れないわ!」

 

「へー……」

 

よく見てみれば、前を歩くエアグルーヴの尻尾は左右によく動いているものの、耳は逆立っていない。

では逆に、なぜ張り切っているのかという疑問は、後ろを歩いてたフジキセキが耳打ちで答えた。

 

(エアグルーヴ、実は卵が大好物だったんだよ。君の作った卵かけご飯も、誰よりも美味しいそうに食べてたよ?)

 

(ほー、そいつは良いことを聞いたな)

 

創真は、この学園で生活していく上でウマ娘一人ひとりの好物を少しずつ集めるつもりでいた。

だが、気難しそうなエアグルーヴから聞けるのかどうか悩んでいたのもあって、思ったよりも簡単に知れたことは幸運だった。

 

そういえば、と創真は一つ、悪戯っぽくわざと話題を変えた。

 

「実は、卵かけご飯にはもう一つバージョンがあってっすね。その名も、『化けるふりかけご飯!』」

 

創真はそう言って、エアグルーヴを見た。

すると、明らかに右耳がこちらを向いて、ピクピクと動いている。尻尾も心なしか忙しない。

 

創真の意図に気づいて、マルゼンスキーは興味津々に訪ねた。

 

「何それ! どんなふりかけご飯なのかしら?」

 

「ふむ、私も気になるな……エアグルーヴも気にならないか?」

 

「なっ!? わ、私はそんな、低俗そうなものに興味など……!」

 

珍しく便乗するルドルフから突然話を振られ、こちらを振り向き足を止めるエアグルーヴ。

聞き耳を立てていたことを気づかれているとはつゆ知らず、創真はニヤニヤと笑っている。

 

「ほほーぅ? じゃあエアグルーヴ以外には今度食わしてやろうじゃないの」

 

「ーーーッ!? あー、もう! 聞いてやるからさっさと教えろ幸平! あと私の方が年上なのだから敬称を付けて呼べ、たわけっ!」

 

「堅ぇーこと言うなよ。『卵好き』のお前なら絶対気にいるぜ?」

 

「なっ!? だ、誰だ! 貴様にそんな情報を与えたのは!? アマゾン、お前か!?」

 

「はあっ!? アタシじゃねぇーよ! つか何でアタシを一番に疑うんだよ!?」

 

「この中で一番口が軽いのはお前だろう!?」

 

「………ッ! テメェ、ぶっ潰してやるッ!! 今からグラウンドでタイマン勝負だ!!」

 

「フン、返り討ちにしてそのサボり癖と共に性根を叩き直してやる!」

 

(面倒くさ……二人が騒いでいる今の内にフケるか)

 

思わぬ火種から違う導火線に火が点き、何故か論点のズレたいがみ合いを始めるエアグルーヴとヒシアマゾン。

また始まったと、ため息を吐くルドルフとマルゼンスキー。

 

それに便乗し、ナリタブライアンは気配を消してサボりに成功した。

ある意味起爆剤を投下したフジキセキは、他人事のように傍観している。

 

(意外にこの人腹黒いな……)

 

創真は、フジキセキはあまり敵にしない方がいいと悟ったのだった。

 

 

 




まあぶっちゃけ、一番書きたかったのは創真の迫真の叫びです。

原作にない色んなオリジナル設定やアレンジがありますが、一応これからの設定や話で必要になるのであまり気にせず読んで下さい。

カロルのイメージ像は、シンデレラグレイの最新刊に出てきた料理主任で大丈夫です。
最初はドーラっぽい人物を意識していたので、割と似通ってて笑いました。

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