トレセン学園のシェフ・ソーマ   作:PureMellow

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お待たせいたしました。
話に力入れ過ぎて長くなりそうなので、二話に分けます。


自分らしく

 

 

夕食時を過ぎ、食後の談笑が微かに響くカフェテリア。

 

今日は土曜日で、創真はカフェテリアでの仕事が休みだ。

 

その日の午後から新たな自身の料理のレパートリーを求めて、厨房の片隅を借りて新作料理の試作に勤しんでいたら、既にカフェテリアの閉まる時間になっていた。

 

「さて……そろそろシャワー浴びるかー」

 

カフェテリアを出て、寮に向かう。

その途中、ウマ娘のトレーニングコースが見渡せる場所で、創真はナイターのコースを走る人影を見た。

 

「ん? まだ走ってるやつがいるな……スズカか?」

 

緑色のイヤーカバーに、栗色の長い髪を靡かせ、コースをひたすらに駆ける。

その姿は、まさに風のようだった。

 

「やっぱウマ娘は速ぇなー……」

 

創真は以前、タイキシャトルからサイレンススズカが元気がないと聞いて以来、それとなく彼女を観察した。

 

確かにいつも物憂げな表情でテーブルを座っていて、歩いている時も気付けばその場を左回りにグルグルと回ることがある。

最初は何の奇行だと思ったが、タイキに聞くとそれはスズカの考え事の際の癖と言っていた。

 

だが特にその表情が晴れることなく、週末に入り今に至る。

 

創真は足を止め、コース脇のフェンスに腕をもたれさせて遠目からトレーニングの様子を眺めた。

 

サイレンススズカは創真に気付くことなく、コースを周回する。

真剣な表情で、一心不乱に。

 

傍目から見れば集中しているように見える。

だが創真には、そのトレーニングの姿はどこか違和感があった。

 

(………なんつーか、うーん……?)

 

怪我をしてそうだとか、フォームが崩れているとかそういったことは

素人目の創真には分からない。

ただ、何故かサイレンススズカの走る姿にモヤモヤしたのだ。

 

その違和感の正体は喉元まで出掛かっているのだが、言葉になって出てこない。

その違和感に創真は首を傾げて考え込む。

 

 

 

 

創真が悩んでいる間に、サイレンススズカは休憩をしようと走りを止めた。

汗を拭き、水分補給をする。

 

「……ダメ。いくら走っても……」

 

ーーー楽しくない。

そう呟くスズカの表情は暗かった。

 

走ることが何より大好きで、走ることだけを考えていたい。

なのに、ここ最近はずっと余計な雑念や不安が走りの邪魔をする。

 

(どうしたら………あれ?)

 

そこで、誰かがこちらを見ていることに気付いた。

 

(えっと……同じクラスの……幸平くん……?)

 

スズカは困惑した。

元々社交的とは言えず、スズカはクラスでも人とあまり話すことがない。

創真とは仲の良いタイキやフクキタルと交えた会話であれば話をすることもあるが、それ以外ではクラスで会った時に挨拶するか、カフェテリアで軽く受け答えする様な浅い関係である。

 

だが、あくまでその程度。接点は余りない。

ただのクラスメイト。

 

そんな彼が不意に自身のトレーニングを見ていたのだから、スズカは戸惑いつつも創真に歩み寄った。

 

「……えっと、幸平くん……?」

 

「ん? おぅ、お疲れさん。勝手に見ちまってわりぃな」

 

「あ、ううん……私に何か……?」

 

「あー、いや。寮に戻る途中で走るのが見えたからさ。なんとなく見てたんだ」

 

「そう……」

 

そこで途切れる会話。

やはり寡黙で内向的な彼女、思ったより会話が続かないと創真は頭を掻く。

 

「あー……そういや、カフェテリアもう閉まっちまうけど大丈夫か?」

 

「え? もうそんな時間……?」

 

少し焦り気味に、スズカは時間を確認する。

 

ふと、きゅぅぅ、と可愛らしい音がした。

音の主は、恥ずかしげに顔を赤くしてお腹を押さえる。

 

どうやらカフェテリアの終了時間を忘れるほど、トレーニングに集中していたらしい。

 

「どうしよう……」

 

「しゃーねぇ、俺が作ってやるよ」

 

「え……本当……?」

 

「おうよ。俺カフェテリアに先に戻ってるから、スズカはシャワー浴びてからこいよ。風邪引くからな」

 

「あ……」

 

そう言って創真は、スズカの返事を待たずにカフェテリアへと踵を返した。

 

「幸平くん……良い人、なのかな」

 

スズカは今まで、同年代の男子と仲良くなったことがなかった。

そんな彼女にとって、幸平創真との会話自体が新鮮だった。

 

返事を返す間もなく去っていく創真の背を見送り、スズカはシャワールームへと向かった。

 

 

 

 

シャワールームで汗を流し、カフェテリアに向かったスズカ。

時間は既にカフェの利用時間を過ぎていて、施設内は灯りが点いていてもとても静かだ。

 

スズカは少し不安になって、恐る恐るカフェに入り辺りを見回して創真を探す。

厨房の方へと近づくと、香ばしい香りが漂ってきて、ジャーッと何かを焼いている音が聞こえた。

 

スズカは厨房のカウンターまで向かい、中を覗き込んだ。

 

「幸平くん……?」

 

「ん? おう、来たな! もうちょっとでできるから座って待っててくれ!」

 

「あ、うん……」

 

スズカは近場の、幸平の様子が見える位置のテーブルに腰掛けた。

 

しかし誰も利用していない静かなカフェテリアは少し落ち着かず、チラチラと創真の姿を目で追ってしまう。

 

そうして数分、ようやくカウンターから創真が出てきてスズカへと歩み寄る。

 

「お待ちどうさん、スズカ。余りもので悪いが、おあがりよ」

 

そう言って、手に持っていたトレーをスズカの前に置く。

 

「わあ、良い香り……」

 

「『鰆のおにぎり茶漬け』だ。スズカは肉より魚の方が好きだったよな?」

 

「え? あ、うん。何で分かったの……?」

 

「そりゃ、俺とスズカは会話とか全然しないけどよ。ウマ娘の食事を支えるんだから、一人ひとりの食の傾向とか好みとか、ちゃんと把握しようとしてんだぜ?」

 

「もしかして……ウマ娘全員の?」

 

「おう。今はまだクラスメイトと仲の良いウマ娘のしか覚えられてねぇけどな」

 

スズカは絶句した。 

目の前の男は、トレセン学園に在籍するウマ娘全員(・・・・・)の食の好みや傾向を覚えると言ったのだから。

 

ましてや、まだ創真はこの学園に来て一月も経っていないというのに、もうそれだけの数を覚えたという。

周りにあまり関心が持てず、社交的でないスズカからすれば、それはどれだけ凄いことだろうか。

 

「ま、とりあえず冷める前におあがりよ」

 

「うん……いただききます」

 

丁寧で、淑やかな合掌と共に、スズカは椀を取った。

 

まずは香りを楽しんだ。

昆布茶の優しい香りと、焼いた鰆の芳しい香りに、心身がリラックスして思わず口角が緩む。

 

箸で、椀の中で昆布茶に浸るおにぎりを解してみる。

昆布の佃煮がまぜ込まれたおにぎりの中から、鰆の切り身が顔を出す。

鰆とご飯を一緒に箸で摘み、スズカはそれを口に運んだ。

 

パリッ、という食感が口の中で弾ける。

 

瞬間、スズカは風が通り抜けたのを感じた。

まるで森林の中を駆け抜けた時の様な、爽やかで優しい新緑の香りと共に。

それが己の中で抱いたイメージだと分かっていても。

 

スズカは、二口、三口と食べ進めていく。

その度に、最初の一口で感じたイメージが確固たる風景を構築していき、その中に没頭する。

 

緑生い茂る深い森林で、雪解け水が流れる川のせせらぎが優しく耳を打つ。

森の生命が、生きていると脈打つように土の香りが鼻腔を叩く。

 

(気持ち良い……)

 

久々に感じた、心地よい自然の息吹に。

スズカは深く、深く。息を吸い、吐いて。

 

心象風景の中でスズカは、自然と歩き出し、それは段々と歩調を早め、森の中を駆け出した。

 

そんなイメージに釣られるように、最初は行儀良く箸で少しずつ食べていたスズカは、周りを気にせず箸でさらさらと掻き込んでいく。

きっと、普段の淑やかな彼女を知っている人からすれば、それはとても驚いたことだろう。

 

スズカは、森林を駆ける。

清流が目の前に現れれば、徐にパシャパシャと足を入れて渡ってみる。

落ち葉を踏み鳴らし、倒木があれば軽やかに飛び越える。

 

(楽しい……!)

 

ただただ、目の前に続く森の中の小道を駆けていく。

自身が今、心から笑って走っているのに気づいているだろうか。

 

そうして、森の先に見えた一筋の光。

スズカは迷うことなくその光の中へ飛び込んだ。

 

その先にあったのは、見渡す限りの広い草原が続く地平線。

その中を、永遠に一本道が続いている。

 

スズカは止まることなく草原の中を駆け抜ける。

何の障害も、誰も存在しない静かで心地よい風の吹く草原の中を、スズカは心のままに走り続けた。

 

ーーーそれは、以前まで見えていた景色。

 

彼女が心のまま、在るがままに走る際にイメージできていた光景だった。

 

(思い出せた……静かでどこまでも綺麗な………私だけのーーーーー)

 

 

 

 

スズカは余韻に浸る様に、ゆっくりと静かに空の腕を置いた。

 

瞳は閉じ、だが何か吹っ切れた様な柔らかい笑みを浮かべている。

 

「美味しかった……凄く、本当に……」

 

「良い食べっぷりだったな」

 

創真は満足げに頷いて、「御粗末」といつものセリフと共に額の手ぬぐいを解いた。

 

「中のお魚……凄くパリパリしてて食感が楽しかったわ」

 

「鰆の切り身を多めにオリーブオイルを入れたフライパンで、皮面を下にしてターナーで押し当てながら弱火でじっくり焼いたんだ。身の方は熱せられたオリーブオイルをスプーンでかけながらゆっくり火を通す。これを『ポワレ』って言ってな、フランス料理の技法なんだ」

 

「幸平くんは、フランス料理もできるの……?」

 

「あー、親父に習ったのもあるけど、中学の時に親父の知り合いの店で働かせて貰ったことがあってな。そん時に色々教わったんだ」

 

「そうなんだ……お茶漬けのお米も、なんだかいつもと違ってモチモチしてた」

 

「それは、今日俺が試作料理で使ってた土鍋で炊いた米の余りを使ったからな。やっぱり米は土鍋で炊くのが一番だ」

 

「凄い……こんなにシンプルな料理なのに、一つひとつが手間が掛かっているのね」

 

「腹は満たせたか?」

 

「うん、大丈夫。……こんなに満ち足りた気分なの、久しぶりだわ」

 

そう言って笑うスズカは、ここ最近見せていた鬱屈な表情はなく、とても晴れ晴れとしていた。

その表情を見て、安堵した創真はスズカの対面に座った。

 

「………スズカはよ」

 

少し雰囲気を変えた物言いに、スズカは瞬きをした。

 

「最近走るの辛いのか?」

 

「え……」

 

「さっきの走り見てた時にな……なんとなく、楽しそうじゃねぇなって思ったんだよ」

 

スズカはドキリと心臓が脈打つのを感じた。

図星を突かれ、思わず、俯いて腕を握る。

 

「タイキが気にしてたぜ? スズカのこと。なんか悩んでるなら、一度言葉にして整理してみるのが一番スッキリするんじゃねぇか? 俺はウマ娘じゃないから走ることなんざ素人だけど、話くらいは聞くぜ?」

 

そう言ってから、沈黙がカフェテリアに訪れる。

創真は、何も言わずに待ってみた。

 

話したくないならそれで終わりでも良いと思っている。

無理強いもする理由はない。

 

だが、スズカの耳が小刻みに垂れたり起き上がったりを繰り返している。

彼女が言うべきかどうか心の中で整理をつけているのだと分かり、それを創真は見守ったのだ。

 

「……私、走ることが好きなの」

 

ポトリと、スズカから言葉が零れ落ちた。

 

「この学園に入ったのは、ただ一番にゴールをしたかったから」

 

ゆっくり少しずつ、けれど確かな思いをその言葉に乗せて行く。

 

「私には、皆みたいにどんなレースで勝つかの目標とか、欲しい名誉なんて何もなくて」

 

「子どもの頃に走った、故郷の原っぱで見た広い青空と、誰もいない静かな道が、いつも綺麗でキラキラ輝いてて。走るのが何よりも楽しくて、気持ち良くて」

 

「その景色をターフの上で、誰もいない先頭で見れたら……って思ってたの」

 

独白は止まらない。

段々とスズカの頬と唇に、自身の感情の熱が灯っていく。

 

「けれど、ここ最近のトレーニングで私のいるチームのトレーナーは、私に逃げではなく先行や差しで走るようメニューを組んでるの」

 

「私は、誰にも走りを邪魔されたくない。視界に誰かが映るだけで気が散ってしまう」

 

「私はいつだって、先頭に居続けたいのに」

 

スズカの中に溜まり続けていた不満や、怒り。

心を、脚をじわじわと蝕んでいた黒い感情が露わになっていく。

 

少し感情も昂っているのか、鼻頭や頬が赤みを帯びていく。

 

 

「一人でいたい。静かにして。私のペースを乱さないで。私の(ターフ)を汚さないで。

 

ーーー私は先頭を、誰にも譲りたくない……!」

 

 

静かに、けれどはっきりと。

自身の感情を、想いを。

 

全てを丸裸にして、スズカは宣言した。

 

「なんつーか、あれだな」

 

カフェテリアに再度訪れた沈黙。

それを破ったのは、創真だった。

 

「スズカって大人しい印象の割に、スゲー負けず嫌いで頑固なんだな」

 

「えっ」

 

何の気負いもなくヘラりと笑って言う創真に、スズカは呆けたような声を出す。

スズカも、自身の思いをここまで他人に語ったことがなかったためそんな風に言われたことがなく、何気にショックだった。

 

「私、頑固かな……」

 

見るからに落ち込んだスズカに、創真は小さく息を吐いた。

 

目の前にいる大人しそうな少女の本質は。

謙虚と清楚で外面を取り繕った、どこまでも傍若無人で唯我独尊な走りを夢見る歪なもので。

 

けれど、何よりも創真が恐ろしいと感じたのは。

それができる(・・・)のだと、彼女が何の迷いもなく語ったことだった。

 

先頭に居続ける。

誰にも先頭を譲りたくない。

 

それがどれだけ難しくて、無茶苦茶で、理想的なものか。

レース素人な創真でさえ、聞いた時には思わず戦慄した。

 

ーーーだからこそ、

 

「まあ、でもいいんじゃねーの? それで」

 

「……え?」

 

「トレーニングは大事だ。トレーナーだって、別にスズカの全てを否定してメニューを課してないのは、スズカだって理解してんだろ?」

 

「……うん」

 

「でも、それがスズカがスズカらしく走ることに繋がらなかったら、何にも意味がねぇ。スズカは、俺に喋ったことをトレーナーにも話して、理解してもらわなきゃダメだ。それで否定されるなら、トレーナーを変えた方が良い」

 

「……でも」

 

「スズカ。ウマ娘が全力で走れる時間は短いんだ。

 

 ーーーターフを走る時間に、後悔を残すな」

 

創真のその言葉には、有無を言わせない真剣味があった。

スズカは、思わず息を呑む。

 

だが直後に、創真はバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「……悪い。部外者が出過ぎたこと言ってよ」

 

「……ねぇ、幸平くん」

 

創真は逸らしていた視線を、スズカに戻す。

スズカは、何か吹っ切れたように笑っていた。

 

「来週のデビュー戦……観に来てくれる?」

 

 




スズカにはこのお茶漬けがいいなーって初期の頃から考えてました。
次話も早めに出せるよう頑張ります。

見た目清楚で物静かなのに中身は頑固で負けず嫌いってグッとくるよね。
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