五河士道に憑依した   作:山羊次郎

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炎の精霊

 八月三日。

 今日は琴里の誕生日だった。

 だから俺は、彼女に内緒でこっそり溜めた貯金で何かプレゼントを買おうと思っていた。

 

「なん、だよ……これ……⁉」

 

 俺は呆然と街を眺めるしかなかった。

 正確には、()()()()()、だ。

 そう、天宮市は火災に包まれ、文字通り地獄と化していたのだ。

 この現象を、俺は知っている。

 

「……そうだ、何で忘れてたんだ⁉ 八月三日は……クソッ、まさか琴里が……ッ⁉」

 

 走りながら、何を馬鹿なことをしているんだと自嘲した。

 俺はこうなることを知っていた。最初から分かっていたはずだ。なのに、琴里は精霊となって街を燃やしている。

 何もしてやれなかった。本当なら、俺が止めてやるべきだったのに。俺が助けてやらないといけなかったのに―――――。

 

 ………本当に?

 

 それは本当に俺がやるべき事なのか? そんな疑問が俺の脳裏を翳める。

 だって、そうだろ? 力があるからやらないといけない。そんなルールが通用するなら、例えば、野球が好きだけどサッカーの才能があるやつは、好きでもないサッカーをやらされ続けるということだ。

 だから俺がここで走るのは間違っているんじゃないか? 今はそんなことより、街から逃げることを考えるべきなんじゃないか?

 琴里は精霊だから死ぬことはない。折紙の両親が死ぬのは原作の流れだ。二亜についてもそうだ。俺が余計な介入をする余地なんて……。

 

「……………………………………ぁ」

「……――ッ⁉ お、おにぃちゃん⁉」

 

 走っているうちに、俺は琴里のもとに辿り着いていた。

 琴里は俺の存在を認識するや否や、目元の涙を振り払って叫ぶ。

 

「ダメ! こっちに来ないで!」

 

 瞬間、琴里の背から凄まじい熱気が吹き荒れる。

 それは大きな波となって俺の全身を嬲った。全身で感じる高熱と力を入れてないと吹き飛ばされそうな風圧を、俺は歯を食いしばって耐える。

 熱い。熱い! 熱い‼

 まるで体が燃えているみたいだ。目も開けていられない。その上、衝撃は常に体を襲う。

 ―――でも。

 

「あ、嫌ぁ……早く、早く逃げてっ‼」

 

 琴里が懇願するように叫ぶ。

 悲痛に歪んだその顔は、見ている自分が痛々しく感じる。

 その表情を見ていると胸の中に怒りが込み上げてくる。

 それは、始原の精霊に対する物ではない。

 他ならぬ、俺自身に対する怒りだ。

 

(アイツはあんなに苦しんでのに……俺は一人で逃げようとしてたのか――っ‼)

 

 情けない。

 心底自分を情けなく感じた。

 そんな自分が許せなくて……その怒りが、俺の足を一歩前に進ませた。

 助かる。火事場の馬鹿力と言う奴だろうか。とにかく、一歩進むなら、二歩だって進むし、三歩だって進められる。

 俺は二本の腕で目元を覆い、熱気を逸らし、その状態で歩行速度を加速させる。

 

「俺は」

 

 その言葉は、俺自身も気づかないうちに口をついて出ていた。

 

「俺は……おにぃちゃんには――なれない」

「っ?」

「でも」

 

 琴里に近づけば近づくほど、体が焼ける。今では節々から煙が噴き上げており、間違いなく何処かを火傷しているだろう。

 自身が傷つくと、死を身近に感じてしまう。

 こんなにも恐ろしい力を、琴里(せいれい)は身に宿しているのか。

 だから、そんなに苦しそうな顔をするのか。

 いや、それとも。

 

 お前が笑えないのは、俺のせいなのかもな。

 

 ……だったら。

 俺は守る。

 本当は琴里だけを守りたい。それだけに集中するのは一番楽だ。でも、それじゃあ駄目だ。楽だから誰か一人だけを助けるなんてのは、絶対に後悔する。そんな気がする。

 俺は精霊(ことり)を助ける。()()()()()を助ける。

 もう逃げない。楽な道には駆けない。

 俺はもう、琴里(せいれい)が苦しむ姿を見てしまったから。

 自分だけが楽になる道には行けない。

 

「俺がお前を助ける。これからもずっと。だから、今は俺を認めてくれ」

「お、にぃ――?」

 

 琴里が困惑するように首を傾げる。

 俺は彼女を安心させるように笑いかけ、その頭を撫で――――

 

 ―――そっと、彼女の唇に、己の唇を重ねた。

 

 瞬間だった。

 瞬く間に琴里の身に纏っていた霊装が消え、彼女の精霊の力が失われた。

 ……よかった。

 彼女は()()()()をちゃんと好きでいてくれたらしい。

 ……本当に、琴里にも……五河士道にも申し訳ないと思う。

 

「……えっ、嘘……?」

「琴里、早く家……は駄目だな。避難所があるはずだ。早く行くんだ」

「……お、おにぃちゃんは……?」

 

 お兄ちゃん、か。

 その言葉を掛けられると、胸が苦しくなる。彼女が見ているのは()()()()であり、()ではない。

 でも、それでいい。

 人の人生を、好意を踏み躙るような男には、丁度いい……いや、むしろそれでも足りないくらいの罰だ。

 もっと苦しい目に遭う……とまでは言えないが、苦行を強いなければ、俺の罪は償えない。

 

「大丈夫だ」

「いや、嫌だ! 一緒に、一緒に行こうよ……?」

「……ごめん」

 

 小さく謝罪し、俺は琴里の傍を離れる。

 背を向けて彼女のもとを去る俺を、琴里が大声で呼び止めた。

 

「待ってっ、おにぃちゃん。お兄ちゃん‼」

 

 その声を聴いた瞬間、後ろ髪を引かれるような気持ちが芽生えた。

 だが、それを振り払うように勢い良く頭を振り、俺は走った。

 目指す場所は、一つだ。

 

 

 

 それから、数分ほど走った先で。

 俺は目的の人物を見つけた。

 

「白い髪……間違いない、鳶一折紙だ。奥にいるのが……両親か? そうだ、未来から来る折紙は――」

 

 鳶一折紙。

 ASTと呼ばれる部隊に所属する少女で、未来から来た自分に両親を殺されるという悲しい運命を背負った少女だ。

 その因果を破る。運命を破壊する。原作では過去改変でなかったことにしようとして失敗していたが、今俺がいるのは現在だ。過去じゃない。つまり、折紙の両親を助けられる可能性があるということ。

 それが原作とはどんな風に違う結末になるのかは分からないが、俺は俺が目指せる最良を取る。精霊を助ける、その関係者も……俺が救える限り救い尽くす‼

 

「……いた」

 

 空を見上げると、白い霊装を纏った()()の少女が、奇妙なノイズで全身を覆った謎の生命体<ファントム>が戦闘を繰り広げていた。

 今のところ被害は大きくないようだが、放置していたら増えるのは確実だ。何とかしなければならない。それをしたいのも、出来るのも、俺だけだ。

 

「待て、長髪……? いや、今はそこはどうでもいい。まずは―――ッ⁉」

 

 俺が行動を開始しようとしたその時。

 光の柱が、建物を、家屋を、地面を抉りながら迫る……()()()()()()()と。

 

「なっ――⁉ ちくしょうッ!」

 

 悪態をつきながら俺は走る。

 咄嗟の判断で行った行動は至ってシンプルだった。

 

 俺は、目前に迫るレーザーを前に動けずにいた折紙を突き飛ばした。

 

 極太の波動は、俺の下半身を消し飛ばした。

 

「……? ……あがッ⁉」

 

 最初の一瞬は、痛みなんてなかった。

 だが、僅か一秒の後に下半身が激痛と、焼いた鉄板を押し付けられたような灼熱が感覚を襲った。

 声にならない獣のような呻き声を上げて、俺は蹲る。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁァァっああああああああああああああああああああああああ――ッッッ‼⁉」

 

 目の前の折紙は何が起こっているのか分からないと言った表情で呆然としている。

 ……ダメだ。これ以上叫ぶな。もし彼女が気づいてしまったら、取り返しがつかなくなるかもしれない。

 耐えろ。耐えろ、耐えろ! 耐えろ‼ 耐えろっ! 耐えろッッッ‼‼‼

 

「フゥ―ッ、フゥーッ、……うぐっ⁉」

 

 深呼吸で息を整え、痛みを和らげようとするも、まったくの無意味だ。

 だが、次の瞬間。

 俺の下半身を、紫色の炎が覆った。

 その光景に呆気に取られている間に、瞬く間にして失われた下半身が再生した。

 これが、琴里の精霊の超再生能力、か。そう言えば、下半身吹き飛ばされても生きていたのは、精霊の力を封印して生命力でも上がっていたのかもな。

 とにかく、これで一件落着だ。

 

「そうだ、未来の折紙は……?」

 

 俺は頭上を見上げる。

 だが、そこにはもう、鳶一折紙も<ファントム>もいなかった。

 俺は目の前で唖然として言葉を失っている折紙に対し、

 

「よかったな。誰も死ななくて」

「ぁ……」

 

 折紙が何かを言おうとするのを無視して、無言でその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のお兄ちゃんは、率直に言えば変な人だ。

 最初家に来たときは、暗くて何考えてるか分からなかった。

 けど、ある日を境に見違えるように変化した。

 一体何があったのかは分からないけど、嬉しいと素直に思った。それからのお兄ちゃんはとっても優しくて、私が困ってると必ず助けてくれるようになった。

 ただ、料理だけは二度としないで欲しい、というかするな。あれは食い物じゃなくて生物だった。クトゥルー的な、形状しがたきものだった。

 そんなこんなで、日常はあっという間に過ぎていき。

 

 八月三日、私は『精霊』となった。

 

 この日は私の誕生日だった。

 けど、私はノイズで覆われた妙な生物に言葉巧みに乗せられ、宝石のようなもの、霊結晶(セフィラ)を受け取ってしまった。

 結果私は精霊となり、その際に街を燃やし、お兄ちゃんを傷つけてしまった。

 なのに、お兄ちゃんは自分が傷つくことなんかお構いなしで、私のもとにやってきた。

 どうして、と言う疑問が湧いた。しかし、それは言葉にならなかった。

 

 ―――――お兄ちゃんが私にキスをして、唇を塞いでしまったからだ。

 

 羞恥や驚愕より、まず困惑が私の胸の内を占めていた。

 単純にまだ幼かった私は、その時の行為を正しく理解していなかったというのもある。

 だが、それ以上に私を困惑させたのは、私の身体から精霊の力が失われたことだ。

 お兄ちゃんがどこかに行ってしまった後、私に力を与えたノイズが再び現れて、お兄ちゃんには精霊の力をキスで封印する力があると知った。

 どうしてお兄ちゃんにそんな力があるのかは分からない。けど、一つだけハッキリしていることがある。

 あの時、あの瞬間、私を助けてくれたのは―――紛れもなく、お兄ちゃんだったということ。

 

「お兄ちゃん」

「……何だよ琴里」

「私が何に怒ってるか、分かる?」

「………………えっと」

 

 頭や腕に包帯を巻いて、いかにも怪我人ですと言った格好のお兄ちゃんに、私がジト目で問い詰める。

 お兄ちゃんは私の恩人だ……だからこそ、もうこんな目には合ってほしくない。

 

「す、すいません……」

「……ねぇ、私はもう、大丈夫なの?」

「? 大丈夫って何が……ああ。……うん、そうだな。大丈夫だよ」

「でも、怖い……また、あの力が出たら……」

 

 ギュッ、と。

 私は怪我をしていない方のお兄ちゃんの手を強く握った。

 

「その時は、また俺が助けてやる」

「でも……」

「……よし、じゃあお前にプレゼントだ。丁度誕生日だしな」

 

 私はそれを無言で手に取り、中身を確認する。

 

「これは……?」

 

 箱の中身は、花の髪飾りだった。

 

「カモミールの花。花言葉は……そうだな、『逆境に耐える』『逆境で生まれる力』だったはず。……うん、琴里なら何があっても絶対に大丈夫だ」

「………本当に、大丈夫……かな?」

「ああ。何かあったら、いつでも俺が助けるからな」

 

 お兄ちゃんはそう言って笑う。

 その笑顔は、何処か陰りを見せているような気がしたが……。

 ……うん、分かった。じゃあ、信じる。

 だって―――――私の大好きなお兄ちゃんだもん。

 

 

 




ドンドン憑依士道くんにストレスを与えていきたいですねぇ(愉悦)
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